前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

183 / 221
追記:テロリスト達の動向について書き忘れていたので追記しました。


第183話 獣①:PUPA

 天が割れ、月光が差し込む。

 それは漸く仮初の現身を、即ち幽衣を脱ぎ捨てた王への祝福である。

 生誕、再臨、目覚めの歓喜に喉を震わし、その威容に大地は震える。

 

 例え未だ(PUPA)であっても、彼女は王足るもの。

 既に、目覚めは成された。

 残る受胎を以って、座興が始まるのである。

 

 が、そんな超常現象を理解できる筈もなく、唖然と見ているしかないのが彼女達。

 

 この化け物まさか卯月なのか? 

 

 しかし、ウォースパイト達は奇妙な確信を得ていた。

 これは卯月だ。間違いなく奴だ。

 どうしてこうなったのかは、勿論欠片も理解できていなかったが。

 

「……これは、何?」

 

 やっと絞り出せたのは、その一言だった。

 

 状況が全く理解できない。

 自爆させようと飛び掛からせたイロハ級だが、自爆したのに自爆せず、何故か健在で、挙句未知の言語を話し出し、肉体を形成した。

 

 イロハ級の『艤装』と『肉』を継ぎ接ぎした、四足歩行の(ビースト)。醜悪の極致みたいな外見。

 

 勿論、ちゃんと合体させたのとは違う。

 未知のパワーによって、力づくで繋がった状態。整合性も何もない。少し身動ぎするだけで、艤装と艤装が干渉し合い、その摩擦で、獣の様な咆哮が響く。

 

 接続部位の隙間からは、漏れ出したであろう重油がボタボタと流れ落ちて入る。何処となく、腐りかけにも見えなくもない。

 何にせよ、絶対まともではない見た目だった。

 

 止めに、100隻分の深海棲艦で出来た巨体。

 頭頂部から尻尾先端まで合わせたら、40メートル以上は確実にある。

 非の打ち所がない化け物だった。

 

 しかし彼女達は、これからこれと戦わなければならない。

 

「■■■…………」

 

 獣──かどうか不明だがそう呼称する──が、瑞鶴達を睨み、唸り声を上げた。

 正確には、目も何も無い。

 代わりに肉体を形成するイロハ級全員が、こちらを見てきた。

 

「気持ち悪い」

 

 鳥肌が立ったのは、ただ気味悪いからだけではない。

 瑞鶴は気づいていないが、目の前にいるのは、遥かに深淵に近い存在。厳密には死人である彼女よりも、格上なのだ。

 

「たかが……たかが! イロハ級が纏まっただけじゃない! 怯まないわ、私は、その程度で! ご主人様への忠誠心を甘く見ないでよね!」

 

 そう自らを鼓舞し、本能的恐怖を追い払う。

 実際、言っている事は間違いではない。

 彼女達の力ならイロハ級なんて敵ではない。その塊だって同じ。吹き飛ばせる。

 

 矢継ぎ早に航空隊を繰り出し、一気に上空へ展開させる。

 

「貴方達のrole(役割)はもう終わりました。こいつ相手にはforce(戦力)になりません。此処から離れて、生存者の掃討や護衛対象の始末にでも向かってください!」

 

 動揺し切って、立ち尽くしていたテロリスト達へウォースパイトが声を飛ばす。それを受けて彼らは一斉に撤収した。

 これで良い。恐らくだが、この化け物相手では足手纏い。囮にさえならないと思った。

 

「急降下爆撃、開始!」

 

 一つ、瑞鶴の利点があった。

 避難者達を生け贄にして、イロハ級を大量に生成したが、実は『空母系』は一体も生成していない。

 理由は別の所にある──兎も角、それらを集結させた獣には航空戦力がないのである。

 

「やっぱり、私は運が良い!」

 

 予想通り獣は発艦してこない。

 空母を組み込んでいないから、航空戦力がないのだ。

 精々機銃や主砲による対空砲火ぐらい。

 

 それでも、取り込んだ100隻全てが、別々に対空砲火を行う。頭部から手足、尻尾に至るまで全身に機銃が埋め込まれているのと同じ。

 

 まるで、ご主人様のような──()()()を相手している気分。

 瑞鶴はそう感じる。

 しかし、それは普通の艦娘なら。

 システムにより強化された瑞鶴の艦載機に、その程度の対空砲火は通らない。

 

「行ける、行けるわ! ただデカいだけのウスノロだったのね。脅かしやがって!」

 

 対空砲火をしているが、獣は全然動かない。

 40メートルを超えた巨体を、四足歩行で動かすのはムリなのだろう。

 所詮は見掛け倒し、瑞鶴は嘲笑う。

 

 但し油断はしない。

 心臓が止まるような、凄まじい圧迫感が消えない。

 ──その警戒が勘違いでないと、直ぐに思い知る。

 

 獣が、一歩踏み出した。

 

「動けるのコイツ!?」

 

 一歩踏み出した後は、二歩、三歩。

 赤ん坊が成長するように、この姿での歩き方を学習した獣は、大地を踏み鳴らし、瑞鶴の方へ歩み寄ってきた。

 

 走ってはいない、歩いているだけ。

 だが、その一歩が全長40メートル級。

 人から見たら、走っているのと大して変わらない移動距離。

 迎撃できているが鬱陶しい。

 獣は、瑞鶴をその巨体で踏み潰そうと、足を上げる。

 

「ウスノロが、そんなすっとろい攻撃、当たる筈が──」

 

 瑞鶴は、一つミスを犯した。

 獣は遅くない、遅く見えるだけ。

 普通の四足獣とほぼ同じ速度で、四肢を動かす事ができる。

 それが、この巨体でとなれば。

 

「嘘、早い!?」

 

 前足がすぐそこまで迫っていた。

 普段──まず存在しないが──こんな巨大な敵と戦う機会がなかったせいで、そういう感覚を持ち合わせていなかった。

 結果、瑞鶴は逃げ損ねる。

 

 それでも、瑞鶴は諦めたりしない。この程度で諦めるなんて、奴隷としての矜持が廃る。

 

「舐めるな!」

 

 そう叫ぶと、弓矢を構え、大量に艦載機を展開。

 全てを真っ直ぐに飛ばし、落ちてくる脚部へ特攻させた。

 砂嵐に見える様な、大量の艦載機によって、獣の足は押し返される。

 更にそこへ、上空に展開していた航空隊も加勢。

 勢いは加速し、獣の前足は思いっきり跳ね返され、同時に体勢が崩れる。

 結果、腹がむき出しになった。

 

「ウォースパイト!」

「分かっています! 外しません、Fire、Fire、Fire!」

 

 多分腹の装甲は薄い。

 薄くなかったとしても、防御を崩したタイミングで攻撃はできる。何にしても攻撃のチャンス。見逃す理由はない。

 それを狙い、準備していたウォースパイトが、砲門を開く。

 

 ──これまで撃破した洗脳艦娘は秋月と最上、駆逐艦と航空巡洋艦。

 それでもあの砲撃威力を持っていた。

 これが戦艦になったら。

 戦艦がシステムの恩恵を受けたら、どんな火力になるのか。

 

 答えがこれである。

 一瞬だが、音が消失した。

 

 音を伝搬させる為の、空気が消えたからだ。

 砲撃の衝撃波が、周囲を空気を吹っ飛ばし、一瞬ではあるが真空状態を作り出したのである。

 威力は、言うまでもない。

 

「──―ッ!??」

 

 地形が丸ごと抉り取られる。

 空を覆っていた火災の煙さえ吹き飛ばされる。

 既に半壊状態だった核シェルターが、衝撃波だけで一気に崩壊する。

 衝撃波で大気が震え、獣は絶叫を上げながら、爆炎に飲み込まれた。

 姿が見えなくなった獣に、瑞鶴は歓喜した。

 

「やったわ!」

「静かにズイカク。油断してはダメ!」

 

 対してウォースパイトは冷静だった。

 未だに、『穴』を見た時の恐怖が染み付いていて、油断なんてとてもじゃないができなかった。まだ生きていると思ってしまうのだ。

 

 間もなく、爆炎が止んだ時、懸念は正しかったと思い知る。

 

「……いや致命傷でしょアレ」

 

 瑞鶴はそう思った。

 四肢でまだ立ててはいるが、腹部に穴が空いていたからだ。

 所詮はイロハ級の集合体という事か。

 『虚無』への穴とかではなく、普通のダメージとしての穴だ。

 そこからは、砲撃でスクラップになった残骸や、オイルが大量に漏れ出していた。

 

 しかし瑞鶴とは逆に、ウォースパイトはますます警戒を強める

 

「やっぱり……これは、かなり酷い目に遭うわ、私達」

「どうしてなの」

「私の砲撃を喰らって、あの程度なのがおかしいの。見て、胴体を貫通してない。ただお腹付近を抉っただけだわ」

 

 もっとも普通ならそれで致命傷。

 そうと思えないのは、眼前で起きている異常事態のせいだ。

 

「──―ッ」

 

 獣が、再び動き出した。

 ただ歩くだけではなく、先程よりも早く。

 

「来るわズイカク! 今度はcarelessness(油断)しないでくださいね!」

「分かってるわよ!」

 

 速度を見間違えて、攻撃されるなんてマヌケは一回で十分だ。

 

 しかし、獣もバカではない。

 前足を、後ろ脚を動かす度に、自分の動かし方を学習している。

 それも、一歩目を踏み出した赤ん坊が、歩き始めるぐらいに早く。

 

 このまま突撃してくるか──そう思った矢先、獣は前足の片方を、地面に深々と突き刺し、そのまま身を投げ出した。

 それだけで攻撃として成立するのが、巨体の恐ろしさだ。

 

「迎撃! 急いで!」

「わ、分かってる!」

 

 巨体相応の速度で歩いている最中に、前足を地面に刺した。

 その足が『軸』になる。

 勢いのまま、身を投げ出せば、身体は軸を中心に回るだけ。

 

 40メートル超の巨体の大半が、回転ゴマの要領で、瑞鶴達に突っ込んできたのだ。

 

 100隻分の重量に加速が乗った。

 直撃すれば死。

 D-ABYSS(ディー・アビス)の強化があっても、死を確信させるそれが迫る。

 

 回避は可能だ。出力に任せ、全力でジャンプすれば行ける。

 だが、その後の攻撃が来たら死ぬ。

 二人共、空中である程度動けるが、相手が相手。とてもじゃないが油断できない。

 

「押し返す、合わせて!」

「ええ、そうしましょう」

 

 選んだのは、火力に物を言わせ、巨体自体を押し返す方法。

 安全かどうかは微妙だが、その後臨機応変に対応できる。獣へダメージも与えられる。

 問題は、それが狙い通りになるかどうかで。

 

 砲塔を動かし、狙いを定め、引き金を引いた──獣は聞いていた。トリガーを引く音を。

 

 瞬間、獣は後ろ足を突き立てた。

 

 つまり、急ブレーキだ。

 突っ込んでいく筈だった半身は、その反動で、大きく上へと振れる。

 ウォースパイト達は止められない。砲弾と艦載機が飛び出すが、動きが変わったせいで空を切った。

 

 そして、その反動で動けない所へ、獣は『尾』を叩き付ける。

 

 遠目に見れば、振り子の様にも見える。

 最初に回転し、勢いをつけてからのブレーキ、その反動を利用し、より強く尾を振るう。

 完全な直撃コースへ乗った。

 しかし二人は、あくまで冷静に動く。

 

「案外、intelligence(知能)は残っているのですね」

 

 ウォースパイトは慌てず、砲塔を回転させ砲撃を放つ。

 直撃ではなく、尾の下部分へ向けて。

 押し返さない、軌道を逸らす。

 狙い通り弾かれた尾は、直撃コースからずれ、彼女達の頭上を通り過ぎる。

 

 その隙に、瑞鶴が弓矢を放つ。

 艦載機にせず、そのまま撃ち込み、尾へ楔として喰い込ませた。

 矢は、尾に垂直な形で、直線に並ぶ。

 

「今よ、発艦!」

 

 ここで、艦載機へ変化。

 するとどうなるか。

 それは、巨大な岩を砕くのと同じ要領。

 直線上に楔を打ち込むことで、一気に割るのと同じ仕組み。

 

 喰い込んだ矢が、一斉に変化。

 それと同時に、全て自爆した。

 

 狙い通りなら、獣の尾が縦に両断され、切断できる。

 この巨体だ、一か所ずつ破壊していくのが、良いのかもしれない。

 瑞鶴はそう考えていた。

 

 だが、そうはならない。

 

「■■■■■■!!!」

 

 尾は切断されていなかった。

 矢を刺したラインに従って、亀裂が入っているが、切断まではいっていない。

 その理由の答えは、『弾幕』が齎した。

 

 亀裂の入った尾から、分厚い弾幕が瑞鶴達へ襲い掛かる。

 小口径主砲から、大口径主砲から、機銃、副砲、高角砲に至るまで、あらゆる弾幕が吹き荒れる。

 それを見て、瑞鶴は理解した。

 

「全身が艤装、武装の塊……じゃあ、つまり、私のも押し返されたってことか!」

 

 獣は、駆逐艦から戦艦に至るまで──空母系は除く──あらゆるイロハ級で形勢されている。

 いわば、全身が隈なく武装されているのだ。

 尾を切断できなかったのは、自爆寸前にそこから弾幕を放ち、爆発のエネルギーを吹き飛ばしたからだ。

 

「ヤバい!」

 

 これは回避しきれない。

 尾からの砲撃が、瑞鶴を掠める。

 その瞬間、獣の全身から砲塔が現れた。

 

「しまっ──」

 

 察する暇もなく、砲火が切られた。向けられる砲門全ての一斉砲撃。

 逃げられず、瑞鶴はそれを全身で受け止めてしまう。

 

 ところが、彼女は余裕だ。

 爆炎で、獣からは見えないが、瑞鶴は無傷だったからだ。

 

 やっぱり、火力はイロハ級か。

 

 爆炎の中、瑞鶴はほくそ笑む。

 D-ABYSS(ディー・アビス)により、瑞鶴の装甲は強化されている。

 イロハ級の攻撃では、ダメージなんてまず入らない程堅牢。

 

 獣は巨体こそ恐ろしいが、それ以外は大した事はない。

 こちらにダメージが入らないなら、敗北は決してあり得ない。

 瑞鶴は、無造作に弓を振り回す。

 たったそれだけで、獣の砲撃は吹き飛ばされた。

 

「見た目だけって訳ね。まあ確かに驚いたけど……私達には敵わないってことね」

 

 抵抗されたことで、獣はより悍ましく咆哮。

 体勢を瑞鶴の方へ向き直し、より密度の高い弾幕を繰り出す。

 しっかり四肢で踏みしめ、反動を抑え、狙いも正確に。

 

 それでも、祝福を受けた洗脳艦娘(犠牲者)と、イロハ級の集合体ではスペック差が埋められない。

 

「アンタの力は理解できたわ。これ以上時間をかける必要はないでしょ」

 

 一撃で終わらせよう。

 瑞鶴は弓を限界まで引き絞る。

 通らないが砲弾は当たる。

 妨害のせいで、照準が少しつけ辛いが、時間の問題だ。

 

 その最中、獣が口を開いた。

 

「……ん?」

 

 攻撃だろうか、しかし、口内に砲門は見えない。

 まあ何であろうと、所詮イロハ級に毛が生えた一撃だ。ダメージはあり得ない。

 ──が、相手は超常の化け物。

 念のため、回避体勢に入れるようにはしておこう。

 

 そう思い、足を動かそうとする。

 

「え」

 

 思うように動かせなかった。

 何事かを足元を見る。

 

「あ!?」

 

 黒い液体──獣から零れ出ていた、重油が絡みついていたのだ。

 

「ズイカク前!」

「前って……ッ!?」

 

 ウォースパイトの声に前を向く。

 瑞鶴は生命の危機を感じた。

 これは、一体、何が放たれようとしているのか。

 

 獣の口内が、蒼く輝きだしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。