天が割れ、月光が差し込む。
それは漸く仮初の現身を、即ち幽衣を脱ぎ捨てた王への祝福である。
生誕、再臨、目覚めの歓喜に喉を震わし、その威容に大地は震える。
例え未だ
既に、目覚めは成された。
残る受胎を以って、座興が始まるのである。
が、そんな超常現象を理解できる筈もなく、唖然と見ているしかないのが彼女達。
この化け物まさか卯月なのか?
しかし、ウォースパイト達は奇妙な確信を得ていた。
これは卯月だ。間違いなく奴だ。
どうしてこうなったのかは、勿論欠片も理解できていなかったが。
「……これは、何?」
やっと絞り出せたのは、その一言だった。
状況が全く理解できない。
自爆させようと飛び掛からせたイロハ級だが、自爆したのに自爆せず、何故か健在で、挙句未知の言語を話し出し、肉体を形成した。
イロハ級の『艤装』と『肉』を継ぎ接ぎした、四足歩行の
勿論、ちゃんと合体させたのとは違う。
未知のパワーによって、力づくで繋がった状態。整合性も何もない。少し身動ぎするだけで、艤装と艤装が干渉し合い、その摩擦で、獣の様な咆哮が響く。
接続部位の隙間からは、漏れ出したであろう重油がボタボタと流れ落ちて入る。何処となく、腐りかけにも見えなくもない。
何にせよ、絶対まともではない見た目だった。
止めに、100隻分の深海棲艦で出来た巨体。
頭頂部から尻尾先端まで合わせたら、40メートル以上は確実にある。
非の打ち所がない化け物だった。
しかし彼女達は、これからこれと戦わなければならない。
「■■■…………」
獣──かどうか不明だがそう呼称する──が、瑞鶴達を睨み、唸り声を上げた。
正確には、目も何も無い。
代わりに肉体を形成するイロハ級全員が、こちらを見てきた。
「気持ち悪い」
鳥肌が立ったのは、ただ気味悪いからだけではない。
瑞鶴は気づいていないが、目の前にいるのは、遥かに深淵に近い存在。厳密には死人である彼女よりも、格上なのだ。
「たかが……たかが! イロハ級が纏まっただけじゃない! 怯まないわ、私は、その程度で! ご主人様への忠誠心を甘く見ないでよね!」
そう自らを鼓舞し、本能的恐怖を追い払う。
実際、言っている事は間違いではない。
彼女達の力ならイロハ級なんて敵ではない。その塊だって同じ。吹き飛ばせる。
矢継ぎ早に航空隊を繰り出し、一気に上空へ展開させる。
「貴方達の
動揺し切って、立ち尽くしていたテロリスト達へウォースパイトが声を飛ばす。それを受けて彼らは一斉に撤収した。
これで良い。恐らくだが、この化け物相手では足手纏い。囮にさえならないと思った。
「急降下爆撃、開始!」
一つ、瑞鶴の利点があった。
避難者達を生け贄にして、イロハ級を大量に生成したが、実は『空母系』は一体も生成していない。
理由は別の所にある──兎も角、それらを集結させた獣には航空戦力がないのである。
「やっぱり、私は運が良い!」
予想通り獣は発艦してこない。
空母を組み込んでいないから、航空戦力がないのだ。
精々機銃や主砲による対空砲火ぐらい。
それでも、取り込んだ100隻全てが、別々に対空砲火を行う。頭部から手足、尻尾に至るまで全身に機銃が埋め込まれているのと同じ。
まるで、ご主人様のような──
瑞鶴はそう感じる。
しかし、それは普通の艦娘なら。
システムにより強化された瑞鶴の艦載機に、その程度の対空砲火は通らない。
「行ける、行けるわ! ただデカいだけのウスノロだったのね。脅かしやがって!」
対空砲火をしているが、獣は全然動かない。
40メートルを超えた巨体を、四足歩行で動かすのはムリなのだろう。
所詮は見掛け倒し、瑞鶴は嘲笑う。
但し油断はしない。
心臓が止まるような、凄まじい圧迫感が消えない。
──その警戒が勘違いでないと、直ぐに思い知る。
獣が、一歩踏み出した。
「動けるのコイツ!?」
一歩踏み出した後は、二歩、三歩。
赤ん坊が成長するように、この姿での歩き方を学習した獣は、大地を踏み鳴らし、瑞鶴の方へ歩み寄ってきた。
走ってはいない、歩いているだけ。
だが、その一歩が全長40メートル級。
人から見たら、走っているのと大して変わらない移動距離。
迎撃できているが鬱陶しい。
獣は、瑞鶴をその巨体で踏み潰そうと、足を上げる。
「ウスノロが、そんなすっとろい攻撃、当たる筈が──」
瑞鶴は、一つミスを犯した。
獣は遅くない、遅く見えるだけ。
普通の四足獣とほぼ同じ速度で、四肢を動かす事ができる。
それが、この巨体でとなれば。
「嘘、早い!?」
前足がすぐそこまで迫っていた。
普段──まず存在しないが──こんな巨大な敵と戦う機会がなかったせいで、そういう感覚を持ち合わせていなかった。
結果、瑞鶴は逃げ損ねる。
それでも、瑞鶴は諦めたりしない。この程度で諦めるなんて、奴隷としての矜持が廃る。
「舐めるな!」
そう叫ぶと、弓矢を構え、大量に艦載機を展開。
全てを真っ直ぐに飛ばし、落ちてくる脚部へ特攻させた。
砂嵐に見える様な、大量の艦載機によって、獣の足は押し返される。
更にそこへ、上空に展開していた航空隊も加勢。
勢いは加速し、獣の前足は思いっきり跳ね返され、同時に体勢が崩れる。
結果、腹がむき出しになった。
「ウォースパイト!」
「分かっています! 外しません、Fire、Fire、Fire!」
多分腹の装甲は薄い。
薄くなかったとしても、防御を崩したタイミングで攻撃はできる。何にしても攻撃のチャンス。見逃す理由はない。
それを狙い、準備していたウォースパイトが、砲門を開く。
──これまで撃破した洗脳艦娘は秋月と最上、駆逐艦と航空巡洋艦。
それでもあの砲撃威力を持っていた。
これが戦艦になったら。
戦艦がシステムの恩恵を受けたら、どんな火力になるのか。
答えがこれである。
一瞬だが、音が消失した。
音を伝搬させる為の、空気が消えたからだ。
砲撃の衝撃波が、周囲を空気を吹っ飛ばし、一瞬ではあるが真空状態を作り出したのである。
威力は、言うまでもない。
「──―ッ!??」
地形が丸ごと抉り取られる。
空を覆っていた火災の煙さえ吹き飛ばされる。
既に半壊状態だった核シェルターが、衝撃波だけで一気に崩壊する。
衝撃波で大気が震え、獣は絶叫を上げながら、爆炎に飲み込まれた。
姿が見えなくなった獣に、瑞鶴は歓喜した。
「やったわ!」
「静かにズイカク。油断してはダメ!」
対してウォースパイトは冷静だった。
未だに、『穴』を見た時の恐怖が染み付いていて、油断なんてとてもじゃないができなかった。まだ生きていると思ってしまうのだ。
間もなく、爆炎が止んだ時、懸念は正しかったと思い知る。
「……いや致命傷でしょアレ」
瑞鶴はそう思った。
四肢でまだ立ててはいるが、腹部に穴が空いていたからだ。
所詮はイロハ級の集合体という事か。
『虚無』への穴とかではなく、普通のダメージとしての穴だ。
そこからは、砲撃でスクラップになった残骸や、オイルが大量に漏れ出していた。
しかし瑞鶴とは逆に、ウォースパイトはますます警戒を強める
「やっぱり……これは、かなり酷い目に遭うわ、私達」
「どうしてなの」
「私の砲撃を喰らって、あの程度なのがおかしいの。見て、胴体を貫通してない。ただお腹付近を抉っただけだわ」
もっとも普通ならそれで致命傷。
そうと思えないのは、眼前で起きている異常事態のせいだ。
「──―ッ」
獣が、再び動き出した。
ただ歩くだけではなく、先程よりも早く。
「来るわズイカク! 今度は
「分かってるわよ!」
速度を見間違えて、攻撃されるなんてマヌケは一回で十分だ。
しかし、獣もバカではない。
前足を、後ろ脚を動かす度に、自分の動かし方を学習している。
それも、一歩目を踏み出した赤ん坊が、歩き始めるぐらいに早く。
このまま突撃してくるか──そう思った矢先、獣は前足の片方を、地面に深々と突き刺し、そのまま身を投げ出した。
それだけで攻撃として成立するのが、巨体の恐ろしさだ。
「迎撃! 急いで!」
「わ、分かってる!」
巨体相応の速度で歩いている最中に、前足を地面に刺した。
その足が『軸』になる。
勢いのまま、身を投げ出せば、身体は軸を中心に回るだけ。
40メートル超の巨体の大半が、回転ゴマの要領で、瑞鶴達に突っ込んできたのだ。
100隻分の重量に加速が乗った。
直撃すれば死。
回避は可能だ。出力に任せ、全力でジャンプすれば行ける。
だが、その後の攻撃が来たら死ぬ。
二人共、空中である程度動けるが、相手が相手。とてもじゃないが油断できない。
「押し返す、合わせて!」
「ええ、そうしましょう」
選んだのは、火力に物を言わせ、巨体自体を押し返す方法。
安全かどうかは微妙だが、その後臨機応変に対応できる。獣へダメージも与えられる。
問題は、それが狙い通りになるかどうかで。
砲塔を動かし、狙いを定め、引き金を引いた──獣は聞いていた。トリガーを引く音を。
瞬間、獣は後ろ足を突き立てた。
つまり、急ブレーキだ。
突っ込んでいく筈だった半身は、その反動で、大きく上へと振れる。
ウォースパイト達は止められない。砲弾と艦載機が飛び出すが、動きが変わったせいで空を切った。
そして、その反動で動けない所へ、獣は『尾』を叩き付ける。
遠目に見れば、振り子の様にも見える。
最初に回転し、勢いをつけてからのブレーキ、その反動を利用し、より強く尾を振るう。
完全な直撃コースへ乗った。
しかし二人は、あくまで冷静に動く。
「案外、
ウォースパイトは慌てず、砲塔を回転させ砲撃を放つ。
直撃ではなく、尾の下部分へ向けて。
押し返さない、軌道を逸らす。
狙い通り弾かれた尾は、直撃コースからずれ、彼女達の頭上を通り過ぎる。
その隙に、瑞鶴が弓矢を放つ。
艦載機にせず、そのまま撃ち込み、尾へ楔として喰い込ませた。
矢は、尾に垂直な形で、直線に並ぶ。
「今よ、発艦!」
ここで、艦載機へ変化。
するとどうなるか。
それは、巨大な岩を砕くのと同じ要領。
直線上に楔を打ち込むことで、一気に割るのと同じ仕組み。
喰い込んだ矢が、一斉に変化。
それと同時に、全て自爆した。
狙い通りなら、獣の尾が縦に両断され、切断できる。
この巨体だ、一か所ずつ破壊していくのが、良いのかもしれない。
瑞鶴はそう考えていた。
だが、そうはならない。
「■■■■■■!!!」
尾は切断されていなかった。
矢を刺したラインに従って、亀裂が入っているが、切断まではいっていない。
その理由の答えは、『弾幕』が齎した。
亀裂の入った尾から、分厚い弾幕が瑞鶴達へ襲い掛かる。
小口径主砲から、大口径主砲から、機銃、副砲、高角砲に至るまで、あらゆる弾幕が吹き荒れる。
それを見て、瑞鶴は理解した。
「全身が艤装、武装の塊……じゃあ、つまり、私のも押し返されたってことか!」
獣は、駆逐艦から戦艦に至るまで──空母系は除く──あらゆるイロハ級で形勢されている。
いわば、全身が隈なく武装されているのだ。
尾を切断できなかったのは、自爆寸前にそこから弾幕を放ち、爆発のエネルギーを吹き飛ばしたからだ。
「ヤバい!」
これは回避しきれない。
尾からの砲撃が、瑞鶴を掠める。
その瞬間、獣の全身から砲塔が現れた。
「しまっ──」
察する暇もなく、砲火が切られた。向けられる砲門全ての一斉砲撃。
逃げられず、瑞鶴はそれを全身で受け止めてしまう。
ところが、彼女は余裕だ。
爆炎で、獣からは見えないが、瑞鶴は無傷だったからだ。
やっぱり、火力はイロハ級か。
爆炎の中、瑞鶴はほくそ笑む。
イロハ級の攻撃では、ダメージなんてまず入らない程堅牢。
獣は巨体こそ恐ろしいが、それ以外は大した事はない。
こちらにダメージが入らないなら、敗北は決してあり得ない。
瑞鶴は、無造作に弓を振り回す。
たったそれだけで、獣の砲撃は吹き飛ばされた。
「見た目だけって訳ね。まあ確かに驚いたけど……私達には敵わないってことね」
抵抗されたことで、獣はより悍ましく咆哮。
体勢を瑞鶴の方へ向き直し、より密度の高い弾幕を繰り出す。
しっかり四肢で踏みしめ、反動を抑え、狙いも正確に。
それでも、祝福を受けた
「アンタの力は理解できたわ。これ以上時間をかける必要はないでしょ」
一撃で終わらせよう。
瑞鶴は弓を限界まで引き絞る。
通らないが砲弾は当たる。
妨害のせいで、照準が少しつけ辛いが、時間の問題だ。
その最中、獣が口を開いた。
「……ん?」
攻撃だろうか、しかし、口内に砲門は見えない。
まあ何であろうと、所詮イロハ級に毛が生えた一撃だ。ダメージはあり得ない。
──が、相手は超常の化け物。
念のため、回避体勢に入れるようにはしておこう。
そう思い、足を動かそうとする。
「え」
思うように動かせなかった。
何事かを足元を見る。
「あ!?」
黒い液体──獣から零れ出ていた、重油が絡みついていたのだ。
「ズイカク前!」
「前って……ッ!?」
ウォースパイトの声に前を向く。
瑞鶴は生命の危機を感じた。
これは、一体、何が放たれようとしているのか。
獣の口内が、蒼く輝きだしていた。