身体が重い、手足を動かすのさえ億劫。瞼を空けることも辛い。
このままじっとしていたい。
気怠さの中満潮はそう思っていた。
しかしそれを許さない者がいた。
「起きてください」
誰かの声がする。
けどどうでもいい。
「起きてください。用があるんです」
煩いな、鬱陶しい、あっちへ行ってくれ。
「起こします」
しつこ……何だって?
直後、強烈な痛みが頭を貫いた。
「がっ!?」
「おはようございます」
鼻先を思いっきり殴り飛ばされた。
次第に思い出す──そうだ、わたしの鼻先潰れてたじゃん。そこを更に殴られた。どうりで痛い訳だ。
満潮はのたうち回りながら、そんなことを考えていた。
「おはようございます。私の言葉聞こえてますよね。耳潰れてないですよね?」
「聞こえ、てる、わよ……快適な目覚めを、どうもありがとう」
「お礼には及びません。用があるので起こしただけですから」
皮肉を言ったつもりなんだが。
鼻先を摩りながら、自分を起こした人物を見据える。
「アンタは……」
「ああ動かない方が良いですよ。満潮さん酷い重症を負っています。ギリギリで助け出せたら良かったですけど、あのままだと死んでましたね。あ、応急処置もしてあります。でもあくまで応急です。動かないように」
「……そうだ、私は」
だんだん思い出していく。
瑞鶴、ウォースパイト、ガンビア・ベイに囲まれた上、憂さ晴らしのように散々甚振られた。
けど無抵抗で受け入れた。
卯月が死ぬのを、見てしまったから。
「私は……また、また……どうして、まだ、ダメなの……?」
無力感が全身を支配する。
トラウマが蘇り『発作』めいた状態へ陥る。
自己嫌悪が止まらない、半ば錯乱、身動きがとれなくなる。
「何か辛い事でもあったんですか?」
満潮の心境を1ミリも察してない横やりがなければ。
「アンタ、どうしてそんな事言えるの。と言うか見てなかったの、助けてくれた事には、お礼を言うけど」
「見てましたよ? ええ、卯月さん……でしたっけ。心臓潰されてましたね。生憎、私がお二人を発見したのがそのタイミングでして、卯月さんの救助は間に合わなかったんです」
「そう……」
文句を言える立場ではない。
卯月を助ける事ができたのは、自分だったのだから。
後悔に、更にトラウマが抉られる。
「そろそろ私の要件聞いて貰っていいですか?」
「要件……っていうか、アンタ誰? 艦娘で、味方なのは分かるけど」
「私は大将の艦娘ですよ」
「大将の?」
彼女は自慢げに飛行甲板を翻す。
「航空母艦、赤城です。これから貴女に尋問します」
「……えっ」
「尋問します」
瞬間、弓矢が突き立てられた。
その動きは高速。構えるところも、引き絞る瞬間も見えない。
一瞬でホールドアップされた。
「説明の時間はないので省略します。もう核ミサイルは撃たれてしまったので」
「……嘘、でしょ」
「本当の話です。私は
赤城が満潮達を発見できたのは、避難者の捜索作業をしていたからだ。
空母である彼女には、大将自身の護衛よりも、その任務が割り振られた。
その途中、敵と交戦する卯月達が見えた為、加勢しようと──結果的には間に合わなかったが──したのだ。
「優先度って、どういう事なのよ」
「卯月さんは何者ですか?」
「は?」
「高宮中佐が提督に信頼されているのは知っています。でなければ懲罰部隊を任せたりしません。けど私は信頼しません。提督が信用していても、同じようにするのは慢心です。ましてやこの状況、万一の事は……」
「だから、何。何なの」
言いたいことは分かったが、どうして卯月が出てくる?
卯月はもう死んでいる。聞いて何の意味がある。
赤城は首を動かし、方向を示した。
「見ろってこと?」
満潮はそっちを見た。
化け物がいた。
異形の怪物が、ウォースパイト達と戦っていた。
「……何なの……あれは……?」
「卯月さんです。多分」
「は!?」
「なので貴女に尋問します。ずっと同室だったと聞いています。何か知っていますよね。話して貰います」
そんなこと言われても何を話せと。
化け物と赤城を交互に見て呆然とする。
今分かることは、壮絶な何かが起こっているという事だけだった。
零れ落ちた重油に足を取られ、拘束された瑞鶴。
そこへ獣が口を開く。
その口内は蒼い輝きを放っていた。
光が、中央へ集約されていく。
藻掻くが狙いは正確、瑞鶴の動きを見逃さずに追尾。
仮に拘束から逃れても、周囲の弾幕を受けて回避速度は低下、狙いからは逃げられない。
光が放たれた。
真っ直ぐに瑞鶴へ飛ぶ。
艦載機よりも機銃よりも砲撃よりも早い速度で光が伸びる。
「うぉぉおおおお!!」
攻撃の正体は掴めていない。
しかし確信はあった。
喰らったら死ぬという絶対的な確信が。
だが重油の拘束や弾幕で直ぐに逃げられない。艦載機を盾にしても効果があるか不明。
故に彼女は『能力』を発動させた。
「私を守れッ!」
光が瑞鶴を貫く──その寸前、地面から『戦艦ル級』──が生えてきた。
戦艦ル級が肉盾となり瑞鶴を防御したのだ。
その隙に瑞鶴は射線上から離脱する。
それが彼女の能力。
瑞鶴はイロハ級を生成できる能力を持っていた。
この襲撃において、呪いの発生元である最初の一体目は、外部から持ち込まれたのではなく、瑞鶴により現地生成されたのだ。
「なんてことなの、私が、能力を使うことになるなんて!」
しかし彼女的には、能力は隠したかった。
その方が戦略上有利だからだ。
尤も悠長な事を言える状況ではない、仕方ないと割り切る。
だが逆に、そうなるまで自分を追い詰めた『獣』に対し、怒りの感情が沸き上がった。
「しかも何よコレ、見かけの割に大した攻撃じゃないじゃない!」
光はル級の装甲に阻まれていた。
照射は続いているが、周囲にエネルギーらしき光が飛び散るだけ。
ル級は前傾姿勢かつ、足に力を込めて耐えている。
発射の勢いは高いが、それだけだ。
「本当に大したことなかったのね……このクソ餓鬼が、私を舐めやがって……」
ほくそ笑み、内心で安堵。
油断したら吹っ飛ばされてしまう。しかし装甲は抜けない。
それにル級より瑞鶴の方が固い。もし喰らっても耐えれる。
能力まで使ったのは間違いだった。能力が知れ渡るデメリットを背負っただけ。また怒りを湧き上がらせる。
「もーいい、その図体といい、コケ脅しはもう十分!」
さっさと終わらせよう。
獣の頭部へ狙いを合わせ、弓矢を発射。
照射を続けていた獣では回避が間に合わない。側頭部へ矢が刺さり、怯んで横転する。
同時に照射が途切れる。
踏ん張っていたル級は、前のめりに倒れた。
「……支配されてはいないみたいね」
見た感じ、自分の命令を聞いてくれている。さっきのように、勝手に動いて獣の肉体へ成るとかもなさそうだ。
同時に飛び散った光に気づく。ル級の装甲へ弾かれ、飛び散っていたそれに触れる。
「これは水……ってことは、あのレーザーみたいな奴は水鉄砲だったの?」
深海棲艦は模擬弾として、高密度な水を放つことができる。
丁度、前科戦線にいる
つまり獣が発射していたのはレーザーではなく、単に高密度の水鉄砲──水圧カッターが近い──を放っていただけ。
「深海棲艦なら誰でもできる、水鉄砲の模擬弾……そういう事だったの。紛らわしい」
私はこんな攻撃にビビッていたのか?
そう思うと本当に腹が立つ。
この鬱憤はキッチリぶつけてやろう。
「攻撃隊発艦、くたばれ!」
次々と弓矢を放ち、切れ目なく攻撃機を突撃、巨大な空襲を作り出す。
獣は全身の対空火器を総展開、高密度な弾幕を張り、接近を阻む。
しかし空戦においては、瑞鶴の方が有利。
艦載機を精密にコントロール、急加速、急上昇を織り交ぜ、相手の予測を攪乱。
「そこよ、爆撃開始!」
攻撃機が爆弾を落とす。
だが一瞬で撃ち落とされた。
艦載機と違い、爆弾は落としたら
だから空母は、爆弾をギリギリの所で投下する。
間に合わないよう、仮に迎撃できても、爆風に巻き込めるように。
瑞鶴の攻撃機は、各機が違うポイントで急降下爆撃を実行。
獣は本能的に、落とされた順に処理してしまう。その結果最後の一発がデッドラインを超える。
迎撃はできたが遅かった。
「■■■……ッ!」
「命中!」
身体の一部が爆風に呑まれる。破壊力は並ではない。吹き飛んだ部位がクレーターのように抉れていた。
だがやはり大き過ぎる。
複数人纏めて消せる大爆発なのに、大したダメージになっていない。やはり40メートル級の巨体は──
「ん……あ、あれ?」
瑞鶴は獣を二度見した。
「ちょっとウォースパイト!」
「どうしたのズイカク」
「なんか、大きくなってない!?」
攻撃のチャンスを伺っていた彼女は、大型電探を用いて、サイズを計測し直す。
「……巨大化している」
「どうしてよ!?」
「そんなの私が知りたいぐらいです」
この短時間で、更に1、2メートル肥大化していた。
あり得ない事態だ。
イロハ級の肉体と艤装で生成されたのが獣だ、いきなり膨張する深海棲艦はいない。だからこれは起こり得ない事態。
尤も相手が相手、何が起きてもおかしくない。
「来るわよズイカク!」
再び巨体が迫る。
大きくなった分、速度が増す。
武装の数は増えてないが、弾幕密度は変わらない。砲撃をまき散らしながら突っ込んでくる。
「ええ、でも、やることは変わらない!」
落とされた分を超える攻撃機を発艦、空襲を仕掛ける。
獣も同じように、対空砲火で迎撃しながら、瑞鶴達の元へ突っ込む。
このままでも問題はない。爆弾を落としてダメージは与えられる。
ただ時間がかかりすぎる。核が落ちる前に戦いは終わりにしないといけない。
その為には連携しなければならない。
致命傷となる砲撃を叩き込むか、空襲を全て叩き込むか。
どちらかでなければ早期決着は望めない。
だから空襲を続ける。
上へ気を取られている分、チャンスが増える。
「ガンビア・ベイ、ステルスはもういい、アンタも空襲を手伝いなさい!」
よりチャンスを増やすべく叫ぶ。
いつも通り、ステルスで隠れながら、奇襲を狙っているのだろうが、そういう状況ではない。手数が必要だ。
しかしガンビア・ベイは現れなかった。
「……嘘!?」
その時彩雲が衝撃映像を捉えた。
「今度はどうしたのズイカク」
「あ、ああ、アイツ、に、
「
ガンビア・ベイは海に向かって全力疾走していた。
とっくに戦線離脱してたのだ。
何故だどうしてだ主様への裏切りではないか。
直ちに通信を繋げ、ガンビア・ベイへ怒声を飛ばす。
『何やってんのアンタ、逃げてんじゃないわよふざけんな殺すわよ!?』
「好きにして下さい!
『訳分かんない事言ってんじゃな』
通信が一方的に切られた。
「あの下衆が!」
どの口が、という話だが、確かに下衆だった。
しかし、二人共もうじき思い知る。
ガンビア・ベイの判断が正解だったと。
「ズイカク、来るわ!」
「アイツ後で殺してやる!」
地鳴りを起こしながら突っ込んでくる。
大量の砲撃に被弾するがダメージにはならない。
水圧カッターもコケ脅し、警戒すべきは質量攻撃だけだ。
「■■■■■■!!!」
悍ましい咆哮と共に口を開き、地盤を抉って突進。
それを回避しながら、ウォースパイトが副砲を頭部へ集中発射、少しずつだが抉れ飛ぶ。
しかし獣は意に介さず、彼女の回避先へ前足を振り下ろす。
そこへ、ウォースパイトが主砲発射。
勢いと爆発力に前足が押し戻され──なかった。
獣は咄嗟に、肘辺りの主砲を一斉発射、反動で無理やり前足を振り下ろしたのだ。
「そういう
冷静にチャンスを伺う。
何度でもやるまで。主砲を連続発射、再び押し返す。
それと自分の砲撃の反動に挟まれ異音が響く。装甲に亀裂が走り、イロハ級の内臓がまろび出る。
脚部が潰れる。そう判断した獣は前足を引っ込めウォースパイト──ではなく、その近くへ叩きつけた。
「
想定外地点への攻撃、迎撃が遅れる。
その一撃が周囲を丸ごと破壊。
足場を崩され、ウォースパイトの体勢が崩れる。
その瞬間を狙い、獣が口を開く。
再び水圧カッターを叩き込む為に。
「甘いわ。所詮獣なのね」
そこへ、瑞鶴が生成した戦艦ル級が割って入る。
瑞鶴の艦載機に放り込まれたのだ。
ダメージはないだろうが、万一もある。直撃は避けた方が良い。そう考えた瑞鶴の支援。
水圧カッターがまたル級に当たる。
一回目と同じ。装甲を貫けず水が飛び散るだけ。
効果は無し。目の前には、大口を開けた獣。
「体内へ直接Presentをあげる」
主砲が口内へ叩き込まれる。
それも一発では終わらない。
盾になったル級を巻き添えに、水圧カッターを吹き飛ばし、撃てるだけ捻じ込まれる。
体内から爆炎が溢れ出し、爆炎が獣を吞み込んだ。
前、加古(顔無し)が演習で水鉄砲模擬弾撃ってましたが、あれは獣に水圧カッターを撃たせる為だけの前フリです。
まあ、ル級の装甲も貫けないよわよわレーザーですけども。