ウォースパイトの放った砲撃は、ル級を貫き獣の口内も貫いた。
「──────……ッ」
悲鳴のような咆哮を上げ、獣が倒れた。
身体を構成していたイロハ級の眼が、次々と光を失っていく。まるで一つの街が停電になったように。
体内を貫く攻撃を何度もを受けて、無事な筈もない。
「終わった……と、
しかしウォースパイトは警戒を続ける。何が起きてもおかしくない。
だが迂闊に砲撃もできない。
卯月が最初変異した時、砲撃が効かず、むしろ獣を構成する糧にされた。同じ事が起きるかもしれない。
「追撃しないの?」
「ええ、できれば、こうなった
「成程ね、でも核ミサイル数分で来るわよ。多分5分もない」
「それまでには終わらせます」
「任せる。私は敵やミサイルの動向を見てるから」
瑞鶴も同意見。
結局獣の戦闘能力は大したことなかった。
攻撃力、防御力共にイロハ級と同程度。水圧カッターはこけおどし。脅威になるのは質量攻撃だけ。
しかし雑魚と片付けられない威圧感がある。
艦載機を飛ばし周囲を警戒する。
「……これ、触って大丈夫なのかしら」
獣を観察しながら呟く。触れた瞬間吸収とか恐ろし過ぎる。
「やるしかないわね」
ウォースパイトは意を決し、そっと外殻に触れた。
彼女の『能力』を応用すれば、触診めいた事が可能だ。
「なにかベタベタしてる。重油の残りかしら。それにしては変な感触……汚いわ……
外殻としては妙な触り心地。経年劣化で解けたゴムみたいな触感。
嫌だがちゃんと見ないといけない。汚物に触る気分で、再び触れる。
「私、触る役じゃなくて良かったわ」
そんな感想を抱いて、瑞鶴は周囲を警戒する。
敵影はない。核ミサイルから逃げたからだ。
残っているのは、散財した瓦礫や、獣の遺体、さっき巻き添えで木端微塵になった
水圧カッターは効かなかったが、ウォースパイトの砲撃はダメだった。
ふと、疑問が芽生えた。
「……あの獣、どうして二度も水圧カッターを撃ったのかしら。一射目で効かないって分かってた筈なのに。一射目と二射目で、威力が変わってる感じもなかった」
その疑問を、放置していいとは思えない。
多分確かめた方が良い。
そう思った瑞鶴は、近くに落ちていたル級の残骸へ手を伸ばす。
それが光り出した。
「え」
蒼色に光り出す。
破壊かどうするか──その判断を下す間もない。
その直後、残骸が
「え……え、え?」
辺りに液化したル級の残骸が飛び散る。
死んだ深海棲艦は、跡形もなく消滅するが、こんな形ではない。
「ウォースパイト……おかしい。変よ、どうなってるの!?」
「どうかしたんですか」
「ル級が、光って、液化して、弾けた!」
「……
連鎖的に、反応が起きる。
全ての残骸が輝き、溶けて弾ける。
ばちゃん、ばちゃん……と。
そこら中に、元ル級の水たまりが出来上がっていく。
獣がル級に何かをしたのだ。
そしてやった事は一つしかない。
「水圧カッター……もしかして、それなの!?」
ウォースパイトの悪寒がピークに達する。
もう一度外殻に触れる。
一気に
そして感知する。
「
まだ死んでいない。
口から尻の穴まで貫いたのに絶命していなかった。
飛び退き、距離を取り、主砲を展開。
瑞鶴も艦載機を突撃させる。
爆発が獣を覆い尽くす。
残っていた建物や道路の残骸も吹き飛ばし、辺り一帯を更地へ変えていく。
しかし手遅れだった。
爆煙で姿が見えなくなる。
一度、状況を確認する為、砲撃を止める。
その中に、一体の巨影が見えた。
ウォースパイトが、呟く。
「……蛹だわ」
「さ、蛹?」
「外だけじゃない。中も溶けていたんだわ」
完全変態を遂げる生物は、蛹を形成する。
その中はドロドロのスライム状になっている。そうやって肉体を再構成し、孵化を遂げるのだ。
獣もまた同じ。
外殻の内側でイロハ級達は溶けて混ざり合い、再構成されていた。外殻もその余波で溶けていたのだ。
尤もこれも『蛹』。
『
融解した外殻が剥がれ落ち、第二の蛹が姿を現す。
「……状況、悪化してない、コレ?」
40メートル程度だったのが、44メートル相当に。
第一形態と同じ四足歩行。
溶けて混ざり合った結果、継ぎ接ぎではなく、一体の巨体へ変異。
黒い装甲が積み重なり、隙間からは青い光が溢れ出す。
そのせいで、ぼんやりと青黒く輝いているかのよう。
何よりも目立つのが角だった。
姫・鬼級個体は大体角を生やしている。
この獣も角を生やしている。
だが大き過ぎた。
頭部の大きさとほぼ同じ。歪に捻じ曲がった一対の巨角を冠していた。
姫・鬼級の格を示すかのように。
首をもたげ、天を仰ぐ。
獣の歓喜が、大地を揺るがす。
更なる変容を遂げた獣に、ウォースパイト達は動けない。
もう理解を諦めたい。
イロハ級の合体だけでも大概なのに、今度は融合って。
誰か説明してくれ。しかし、思考を止めては勝てるものも勝てない。
「どう見る。ウォースパイト」
「どうって言われてもね。ひょっとして
「止めて。本当にそういうの止めて」
だが、彼女達には義務がある。
主様の命令に従う義務。
卯月を殺さずに逃げ帰る選択肢はない。
例え、核ミサイルの着弾リミットが迫っていたとしても。
「やるしかないわ。最初っからこの作戦に
「いや、そうなんだけど……」
見た所武装は減っている──どころか、一つも見当たらない。
全身のイロハ級が全部溶けたせいで、無くなったのだろう。もしくは装甲の奥に格納しているか。
相対する獣は、沈黙したまま。
ウォースパイト達を見ながら、出方を伺っている。
攻撃一辺倒だった第一形態と違い、妙に理性めいたのを感じる。それが返って不気味。
先に仕掛けたのは獣だった。
しかし、それは攻撃とは言えないアクション。
前足を振り下ろした。
ただそれだけ。
それが
踏みしめた場所が輝いた。
「光、が……来る、迫ってくる!?」
真っ直ぐに光は地面を伝わり──瑞鶴の方へ迫る。
「来たわ! 攻撃よ、多分だけど!」
何だか分からないが絶対に攻撃だ。
左右に分かれ大きく跳躍。反撃として航空隊を上空ではなく、真っ直ぐ突撃。
ウォースパイトは更に大きく跳躍し、背後へ回り込む。
そうしながら光の軌跡を見続ける。
何が起きるか確かめる為に。
輝きが、瑞鶴達の居た場所へ到達。
その瞬間、輝きが膨れ上がり、地盤が弾け飛んだ。
砕けたのではない。
溶けて、液状化して飛び散った。
あのル級と同じように。
「また、液体に……!」
確信する。
戦艦ル級がああなったのは獣の力だと。
攻撃を喰らえば溶けてしまう。
確信はないが、装甲なんて関係がない。内部の骨や肉ごと溶かされて死ぬ。
獣もまた、自身の力を理解したのか、次々に前足を叩きつける。
新しいおもちゃを手に入れた子供のように。
その全てが致死性の攻撃。
瑞鶴は艦載機をコントロールしつつ、回避運動を続ける。
「
瑞鶴に注意が向いている隙に、背後へ回り込んだ。前後に分かれた方が、注意を分散させ易い。
第一形態と違い、全身に眼球はない。頭部の二つだけ。
レーダーがなければ死角がある。あったとしてもやりようはある。
その時辺りが暗くなった。
それは振り下ろされる尻尾の影だった。
「Fire!」
すかさず尾へ砲撃。
叩きつけを遅らせてから回避運動。
直撃は免れたが衝撃波が飛んでくる──だが安心はまだ。
そのままの勢いで、地面を擦りながら薙ぎ払ってくる。
ウォースパイトは少し考え、地面に向けて砲撃。
地形が抉られ、彼女の前に半ドーム状の壁が形成。
力強さ故、尾は壁の形状に従い、上の方へ弾かれる。尾の下にいる状態となったウォースパイトが砲撃。
勢いを利用され、砲撃を受けた尾はか上へ弾き飛ばされた。当たらなかったのを感知したか、首だけ曲げてウォースパイトを直視。
「狙い通りだわ」
それをウォースパイトは待っていた。
真っ直ぐ顔を狙えるタイミングを。
砲撃は発射済み。
これで直撃、相手の脅威度が図れる。そう彼女は考えた。
獣が口を空けた。
水圧カッターを撃つ気だ。
触れた物体を融解させる攻撃。
ウォースパイトの砲弾も破壊できるだろう。
不可能という点を除けば。
「
予想は前提から崩される。
開くと
「早──」
一瞬の攻防が起きる。
水圧カッターは一瞬で砲弾を液化させ貫通。その砲弾は勢いを残し獣に当たるが、溶けているのでダメージ無し。
そして水圧カッターの射線上にはウォースパイトもいる。
だが、砲弾を貫いた事で、僅かに軌道が反れたのが幸いする。
上半身を屈め、ギリギリで回避。
「もう水圧カッターじゃない。これは
しかし攻撃は終わっていない
辺り一帯が、急速に輝き出したのだ。
レーザーも当たってなく、前足の叩きつけもなかったのに何故──ウォースパイトは速攻で理解した。
「
物質を輝かせて、溶解させる。
その攻撃を放てるのはレーザーや前足だけではない。『尻尾』も同じ。
先程の薙ぎ払いで、尻尾が岸壁のドームを擦った。
接触した場所全てが、溶解攻撃の対象となっていたのだ。
光が伝搬し、ウォースパイトのいる場所も光り出す。
溶解に巻き込まれればどうなる。
分からないが、きっとただでは済まない。
加えて獣の猛攻は止まらない。
「■■■■ッ!!!」
後ろ足も地面へ叩きつけた。
そこも光り出し、輝きがウォースパイトの方へ走り出す。
彼女は理解した。
この、地形を溶かす攻撃は
少なくとも四肢と尻尾でやれる……全身と大差ない。
光が弾けようとした、その時。
「ウォースパイト動かないで!」
瑞鶴が高速で、『三本』矢を放った。
その三射がウォースパイトの肩を掠め、服を貫いた直後、艦載機へ変異。
意図を察した彼女は、小ジャンプから砲撃。
それによって、ウォースパイトは砲撃の反動を受けながら、艦載機に引っ張られる形となった。
二重の勢いによって一気に離脱。光に呑まれることなく回避成功。
引き摺られているので、身体が地面にぶつかるが、こんなものは軽傷だ。
「一気に決めようウォースパイト、私達も時間がヤバい!」
「どこまで来てるの!?」
「すぐそこ、後2,3分程度しかない!」
「Ok!」
獣の身体能力も向上していた。
一瞬で身体を翻し、真正面へ二人を捉えながら、レーザーをチャージする。
「薙ぎ払う気だわ!」
「阻止するしかない……攻撃隊、発艦!」
大量の艦載機が殺到、獣を爆弾の炎で包み込む。
第一形態より弱体化した点が、一つあった。
先程空襲を仕掛けたが、獣は一切無抵抗だった。第一形態で持っていた対空気銃や対空砲が、無くなっていたのだ。
つまり、爆撃し放題──だと思われた。
そうではない。
対空武器がない理由はそこではない。
「ダメ、通らない!」
堅牢極まった外殻は、核シェルターさえ破壊する瑞鶴の爆撃さえ、尽く弾き返した。
既に空襲でダメージは与えられなくなっていた。
だが妨害は可能。
瑞鶴は爆撃を、獣の頭部へ集中させた。
「ウォースパイト、斜め方向から、アイツの口内を狙える!?」
「行けるわ」
「視界妨害と牽制はやっとくわ。私じゃ直ぐにはできない。アンタの攻撃を体内に撃ち込むのが一番早い!」
レーザーが、地殻を瞬時に溶解させながら迫る。
盾代わりに生成した戦艦ル級やタ級も、一瞬で液化して使い物にならない。
それをどうにか、爆撃で遅らせる。
効かずとも炎が視界を遮る。
いずれは被弾するが、とりあえず目晦ましができればそれでいい。
「これで!」
その瞬間、獣が口を閉ざそうとした。
口内に砲撃を叩き込んでくることを、獣は予測していた。
だから一度口を閉じ、彼女を真っ直ぐに捉えてから、砲撃事撃ち抜こうと考えていた。
だが口は閉ざせなかった。
閉ざせない程、頬に艦載機がつっかえていたからだ。
「!?」
「所詮は獣、化け物、単細胞の畜生ってことよ!」
爆撃の理由はもう一つ。
口を閉じて防御されない為に。
艦載機をつっかえ棒のように、口内へ叩き込む予兆を隠すためのカムフラージュ。
否、こんなものは直ぐ噛み砕ける。
獣はそう思ったが、それも叶わない。
艦載機がイロハ級へ肥大化したからだ。
「──ッ!!」
弓矢が艦載機に、更にそれを糧にイロハ級に。肥大化によって強制開口。
咬合力やレーザーで破壊は可能。
取りついたイロハ級は、もう獣の制御下。変貌した時のように吸収もできる。
だがどちらも間に合わない。
「いい加減消えなさい、醜い
ウォースパイトの砲撃は、見事口内へ叩き込まれた。