核ミサイルを獣へ誘導し、外殻を破壊してから叩く。
作戦の第一段階は成功した。
何故か、獣は自分から核にぶつかりに行ったが、成功は成功──その筈だった。
ミサイルは獣に刺さったまま停止していた。
「どうして」
何故爆発しない?
「う、撃ち抜いてみる?」
「ダメです。その方法では破壊されるだけ、
地面にぶつかると起爆。ミサイルはそういう機構。外部からの攻撃では、核反応を引き起こせない。尤も、なら何故、獣に当たったのに爆発してないのか。
「だったら私達はどうすれば良いのよ!?」
ウォースパイトは何も言えない。何も浮かばない。起爆手段を自分達は持っていない。外から刺激を加えても砕けるだけ。手詰まりだ。
彼女達は、目の前の光景がアレ過ぎて、一つの疑念を失念していた。
「いえ、そもそも何故……?」
「どうかしたの」
「こいつは何故missileを自分で喰らったの。身を挺して
爆発を止める能力を持っていて、それを自覚しており、核爆発を許せなかったから、こんな行動に出た、という推測。だが獣と対話はできない。真意を問い質す事はできない。
「……ウォ、ウォースパイト、あれ」
そもそも、獣に対話の意思はない。
彼女達を消す事以外考えてない。
だから、『理由』は『行動』で示された。
ミサイルが腹部へ沈みだした。
「し、沈んでいく……」
「いえ、沈むというより、それよりも……」
吞み込まれながら、異音が響く。
固い物がひしゃげて、砕けるような音。
バキリ……バキリと、
「
数秒かからずして、核ミサイルが腹へ消えた。
静寂が支配する。
一瞬なのか、数十秒なのか?
時間感覚が消え、永遠に思えるような静寂。
地獄の沙汰を待つような静寂。
それが再び、音に破られた。
今度は、固い物が割れるような音。
「背中が、割れた……」
「何か、出てくる」
獣から溢れていた青黒い光が消えていた。赤い眼光も消えていた。
音は、背中が割けた音だった。
背骨に沿うように一直線の亀裂が走り、それを押しのけて中のナニカが盛り上がってくる。
それは見間違えようがなく、第三の『脱皮』に他ならない。
「……
最後の『
全身の外殻は赤黒く。
二対の角は更に成長、速度に耐えれず一部が割ける。
44メートル相当だった巨体は47メートルに。
更に背中には、何かが折り畳まれた様な、二対の機関が新たに生成。
そして、脱皮してから初めての一歩目。
それは『二足歩行』だった。
但し前傾姿勢。人間のような直立二足歩行ではない。狼男のような、恐竜のような立ち方だが──二本足で一歩目を踏み出した。
「そういう事、理解できたわ……」
彼女達は、本能的に理由を理解する。
核ミサイルを喰ったのは、脱皮のエネルギーを得る為だったのだ。
脱皮を終えた獣、次にやることは敵の抹殺。
目の前にいるカス二匹だけではなく、この世界にあるあらゆる営みの消滅。疑問はない。自分はそういう存在だ。
獣が口を開いた。
ウォースパイトが叫ぶ。
「来るわ、警戒を厳に! 何が来るか予想もつかない!」
レーザーが放たれた。
威力も速度も格段に向上。
付随する力は変わっていない。
当たった物質を液化させる点は、第二形態と同じ。
しかし『本質』が変わっていた。真の権能の片鱗だった能力が、真の力を宿していた。
「油断しないで、次の攻撃が──」
核爆発に迫る衝撃が、彼女の声を呑み込んだ。
*
獣が第三の脱皮を終えた頃、シェルター内にいながら、赤城の艦載機により情報を聞いている者達がいた。
大将と、護衛人物。彼らの護衛艦娘達だ。
核ミサイル着弾寸前、周囲にいたイロハ級が消滅。
安全にシェルター内に入れるようになった為、テロリストに警戒しながら全員避難。
ちなみに、他の前科戦線メンバーも、イロハ級消滅のタイミングで、近くのシェルター内に避難した。卯月達の安否は心配だったが、核爆発からは逃げるしかない。
しかし、避難したのに、核爆発は起きなかった。
外で何が起きているのか。
無線機越しだが、詳細は赤城から聞いていた。それでも尚、現実を受け止められなかった。
「それが私の姉って……冗談止めてください……」
制服の襟に、三日月型のアクセサリーを付けた駆逐艦が呟く。
全員同意する。
意味不明、奇々怪々、超常現象──もう訳が分からない。
獣に脱皮し、周囲を液化しまくり、核を受け止めた挙句、それを吸収、更に孵化。何もかもふざけている。
が、残念ながら現実。今の卯月は完全な化け物だった。
「どうしてこうなったんですか。司令官」
彼女は自らの司令官──大将へ問いかけた。
「分からん」
なので大将は、彼へ──護衛対象へ問いかける。
「これはどういうことなのかね。あれは、君達が想定した、
「……分かりません、ですが」
「ですが?」
彼にも、今起きている事態は分からない。
しかし、思い至る点はある。
「千夜博士と話したことです。いえ、真面目な内容ではなく、雑談同然だったんですが……彼女は意味深なことを言っていました」
「意味深、とは」
「正直な話、それがどういう意味だったのか、私には分からないんです」
「構わない。言ってみたまえ」
彼はその時の記憶、千夜博士の微笑みを思い出す。
「彼女は……そう、こう問いかけてきたんです」
『──究極の艦娘とは何だと思う?』
その時の彼は深くは考えなかった。
最強は存在しない。
実際の艦艇のように、それぞれ役割がある。
深海棲艦も同じ。適材適所に過ぎないと。
『成程、まっ無難な考えだ……いや間違ってはいないさ。実際その通りだしね。けれども私はそう思わない』
笑顔を浮かべて彼女は言った。
『究極の艦娘、深海棲艦とは、
それが
彼はスタッフでありながら、その時は、開発目標を知らされていなかった。
結局、千夜博士はそれだけ言って立ち去った。
「システム開発の目的は後になって知りましたが、今にして思えば、そちらが真実なのかもしれない。今の卯月さんを見ると、そう思ってしまうのです」
「究極の艦娘を生み出す……」
「アレが究極? モンスターの間違いとかじゃなくて?」
液化レーザー、耐久度、超常スペックなのは確か。
しかし制空能力はない。弾幕を張ることも数の暴力もできない。戦術的に見れば無敵だが、戦略的には一兵器に過ぎない。
千夜博士の発言と矛盾する。
彼女は何を目指したのか。
「……支配とは」
大将は赤城から、無線機越しに外の様子を聞いている。レーザーの跡地が、今どうなっているかも知っている。
だから、彼女の発言の意味を、考える事ができた。
「支配とは、対象の全てを手に入れるという事だ。言い換えれば、自分が支配対象その物になるという意味も持つ」
「司令官、どうしたんですか?」
「海を支配するとは、自らが海その物に成るという事。しかし海は同時に、大地を生み出す源でもあり、万物が帰る場所でもある……確かに究極だ。適材適所も何もない」
それは最早兵器ではなく、神、もしくは星の成せる所業。
「あの獣を放置すれば、どうなる」
シェルター内からは出ようにも、二発目の核発射もあり得るので、迂闊には出れない。動けるのは外にいる赤城と満潮だけ。判断ミスと言ってしまえばそれまでだが、こんな展開幾ら何でも想定していない。誰も大将は責めなかった。
だが、まさか、此処に更なる混沌が放り込まれるとは、誰が思っただろうか。
大将の持つ、緊急回線用の無線が鳴った。
赤城から連絡を受けているのとは別物だ。
「どうした」
話し相手は大本営。それも国土防衛の最前線担当。
話している間に、大将の顔色はどんどん悪くなる。
護衛の艦娘達は只ならぬ気配を感じていた。
「何の連絡だったの」
「新たな本土上陸情報が入った。空から一匹の深海棲艦が侵入したとのことだ」
「空って、艦載機じゃなくて?」
「深海棲艦だ」
「……あっ、え、じゃあ、ま、ま、まさか!?」
彼らには見えない。シェルターの外は。
見える筈もない、大空を飛ぶその影は。
止める事も叶わない。
分かることは一つだけ。これから起こる事は、
*
第三形態へ到達した事で、最も変わったのはレーザー出力。
液化速度が上昇しただけでなく、地殻を容易く貫通できる程の破壊力を獲得。
液化による体積膨張、そこに破壊力という圧力。
爆発の正体は、超大規模な『熱膨張』。
それも、アスファルトや土、木々さえ吹き飛ばすという、通常では考えられない規模。
また、水に対してレーザーを叩き込めば、液化よりも先、急激な気化による『水蒸気爆発』さえ引き起こせる。
それを思うがまま振るった結果が、眼前の地獄。
「何なの……これは」
直撃はギリギリで回避できた。
状況確認の為、空に飛ばした偵察機から、地獄を見た。
地獄を生み出したのは、この原理によるもの。
「これは、河なの、それとも、海なの」
『運河』が生まれていた。
深海の領域を意味する赤い水。
横幅推定400メートル。地平線彼方まで続くそれが、大地を真っ二つに割っている。
河というより運河と呼ぶべき大きさ。
それが獣の能力──ではない。
それは片方でしかない。
「でも、じゃあ、こっちは、どういう原理なの。アイツの能力は液化レーザーを吐けるってだけじゃなかったの」
誰も聞いてないのに、うわ言の様に呟く。異常極まりない光景に、現実を受け止めきれない。
運河創造は、液化能力の延長で説明できる。
だが第三形態へ至った獣は、もう『片方』の能力も覚醒させていた。
それが瑞鶴には理解できない。
「どうして、
巨大運河の中には、幾つもの『島』が生まれていた。
土でも木でも、アスファルトでもない。
青白く輝くクリスタル状の物質が、針山のように集まって、島の形状を成している。
絶対に自然には作られない異常な形状。誰かが作ったとしか思えない形。
だから、こう考える他ない。
大地を作ったのも、卯月だと。
「まさか、逆も?」
液化能力も持っているのなら、反対もあり得るんじゃないか。最悪の推測に声が震える。
「固形も……作れる……そういう事なの?」
即ち、海と大地の創造。
これが能力の正体。
海を支配するという言葉の意味。
それは最早、能力にあらず。
思うがままに海と大地を作り上げる力。
『天地創造』。
それが獣の権能。
瑞鶴の立っている場所も、獣が創造した大地である。
「■■■■!!!」
「ッ!?」
レーザー音に、瑞鶴の意識が戻される。
着弾地点に爆発が起こる。
湖になる。
海面を一歩踏みしめる。
大地が隆起する。
前足を叩きつける。
光が走り、離れたマンションが爆発し、異形の山へ再構成される。
また一歩歩く。
光が広がり、海が広がる。
一歩進むごとに、山が切り崩され、谷が埋め立てられ、新たな環境に上書きされていく。
しかも、水が個体に変化した時も、何故か爆発が起きている。熱膨張でも水蒸気爆発でもない。まだ未知の何かがある。
「……は、はは」
人類が長い時間をかけて築いた文明、街という構造。受け継がれてきた文化。
それら全てが、一歩歩くだけで、別のナニカへ置き換わる。テクスチャが張り替えられていくみたいに。
文字通りの破壊と創造。
もう笑うしかない──だが、瑞鶴は頬を叩き、意識を戻した。
「ダメ、笑ってる場合じゃない。ウォースパイトを探さないと!」
近くにいる筈だ。偵察機を飛ばし耳を澄ます。やがて弱々しい声が聞こえてきた。
「……ズ、ズイカク」
「その声、ウォースパイト? 何処にいるの!?」
「此処……
「ここって、何処なの……よ……」
それを見た時、中々見つけられなかった理由を理解した。
両足が埋まっていた。
「
「待ってよ、助けてって。どうすれば良いの」
獣は物質を自在に再構成できる──このクリスタルが何なのかは分からないが──なら、それを引き起こす爆発に巻き込まれた場合、再構成にも巻き込まれる事になる。
卯月が生成した大地に、ウォースパイトの足は埋まっている筈……だが、クリスタルの中に彼女の足が見えない。
何故なら、地面と『同化』していたからだ。
引き抜くとか、それ以前の状態だったのだ。
「自力で出れない!?」
「ダメ、力……が……」
「嘘でしょ!? 一体、どうやれば!?」
此処は獣の領地。基地型の本陣と近い概念。許可なき上陸は許されず、むしろ力を奪われる。自力脱出は不可能。
「倒さないと……でも、分からない……攻撃は通らないし、いや先に救助……クソ、どうして、こんな状況になったの!」
戸惑っている間に、事態は取り返しのつかない方向へ転がり落ちていく。
突風が二人を襲った。
只の風──とは、もう思えない。全てが厄災の前兆に思えてくる。
実際その通りだった。
「…………」
もう言葉も出ない。考えたくない。
獣は二人を見下ろしていた。
大空から。
「ああ、あの背中の、翼だったのね……」
巨大な両翼を羽ばたかせ、対空する獣。
その口内に、最も強い輝きを放ちながら、小さな光球が生成されていく。
小さな蒼い星が煌めく。
だが、まだこの場の誰もが気づいていない。
更に上空で、
艦隊新聞小話
獣の攻撃による爆発原理のレポート(本編に全く関係ナシ)
前提として、この世界の物質は、『気体』→『液体』→『個体』の順番で、安定した状態――エネルギーの低い状態になる。というのを念頭に
置いてください。
後の調査で分かる話ですが、獣は『深海のエネルギー』を直接操作する事ができます(原理不明)。
霊的なモノですが、一種のエネルギー(熱量)には違いないです。
これを物体に強制的に捻じ込めば、物体は一気に
その際、熱膨張か水蒸気爆発により、爆発が発生するのです。
そして逆パターン。個体を形成する場合。
この時は注入ではなく、大量の力をぶつける事で、液体や気体の持つエネルギーを強制的に
発生する爆発の正体は、この押し出されたエネルギーそのものなのです。
……なので実際は、そのエネルギーを集中させる事で、イロハ級を無限生成できたりするんですよね。今の卯月さんが気づいてないだけで。
基地も、兵隊も、環境さえも自在に生成可能。
言うなれば『城塞工作駆逐艦:深海○○姫』、それが今の卯月さんのカテゴリーです。
ちなみに、乱射しているレーザーは、深海のエネルギーを直接封入しただけの、単なる水鉄砲です。勢いと密度がヤバいだけで。
何?実際の物理法則?
半分概念存在の私達に何を今更!
……これよりも数十倍ヤバい『艦娘』がいるのに、本当に何を今更。