前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第187話 獣⑤:COCOON

 核ミサイルを獣へ誘導し、外殻を破壊してから叩く。

 作戦の第一段階は成功した。

 何故か、獣は自分から核にぶつかりに行ったが、成功は成功──その筈だった。

 

 ミサイルは獣に刺さったまま停止していた。

 

「どうして」

 

 何故爆発しない? 

 

「う、撃ち抜いてみる?」

「ダメです。その方法では破壊されるだけ、Detonation(起爆)にはなりません」

 

 地面にぶつかると起爆。ミサイルはそういう機構。外部からの攻撃では、核反応を引き起こせない。尤も、なら何故、獣に当たったのに爆発してないのか。

 

「だったら私達はどうすれば良いのよ!?」

 

 ウォースパイトは何も言えない。何も浮かばない。起爆手段を自分達は持っていない。外から刺激を加えても砕けるだけ。手詰まりだ。

 

 彼女達は、目の前の光景がアレ過ぎて、一つの疑念を失念していた。

 

「いえ、そもそも何故……?」

「どうかしたの」

「こいつは何故missileを自分で喰らったの。身を挺してnuclear explosion(核爆発)を止めようとした……ということなの?」

 

 爆発を止める能力を持っていて、それを自覚しており、核爆発を許せなかったから、こんな行動に出た、という推測。だが獣と対話はできない。真意を問い質す事はできない。

 

「……ウォ、ウォースパイト、あれ」

 

 そもそも、獣に対話の意思はない。

 彼女達を消す事以外考えてない。

 だから、『理由』は『行動』で示された。

 

 ミサイルが腹部へ沈みだした。

 

「し、沈んでいく……」

「いえ、沈むというより、それよりも……」

 

 吞み込まれながら、異音が響く。

 固い物がひしゃげて、砕けるような音。

 バキリ……バキリと、()()()()()()()音。

 

Nucleus(核を)……eating(食べてる)……?」

 

 数秒かからずして、核ミサイルが腹へ消えた。

 静寂が支配する。

 

 一瞬なのか、数十秒なのか? 

 時間感覚が消え、永遠に思えるような静寂。

 地獄の沙汰を待つような静寂。

 

 それが再び、音に破られた。

 

 今度は、固い物が割れるような音。

 

「背中が、割れた……」

「何か、出てくる」

 

 獣から溢れていた青黒い光が消えていた。赤い眼光も消えていた。

 

 音は、背中が割けた音だった。

 

 背骨に沿うように一直線の亀裂が走り、それを押しのけて中のナニカが盛り上がってくる。

 それは見間違えようがなく、第三の『脱皮』に他ならない。

 

「……Also(また)?」

 

 最後の『(COCOON)』へと脱皮する。

 

 全身の外殻は赤黒く。

 二対の角は更に成長、速度に耐えれず一部が割ける。

 44メートル相当だった巨体は47メートルに。

 

 更に背中には、何かが折り畳まれた様な、二対の機関が新たに生成。

 

 そして、脱皮してから初めての一歩目。

 それは『二足歩行』だった。

 但し前傾姿勢。人間のような直立二足歩行ではない。狼男のような、恐竜のような立ち方だが──二本足で一歩目を踏み出した。

 

「そういう事、理解できたわ……」

 

 彼女達は、本能的に理由を理解する。

 核ミサイルを喰ったのは、脱皮のエネルギーを得る為だったのだ。

 

 脱皮を終えた獣、次にやることは敵の抹殺。

 目の前にいるカス二匹だけではなく、この世界にあるあらゆる営みの消滅。疑問はない。自分はそういう存在だ。

 

 獣が口を開いた。

 ウォースパイトが叫ぶ。

 

「来るわ、警戒を厳に! 何が来るか予想もつかない!」

 

 レーザーが放たれた。

 威力も速度も格段に向上。

 ()()()()()だったレーザーが、地殻を深く抉り取り、瞬時に彼方まで到達する次元に。比喩でなく本当の『レーザー』に。

 

 付随する力は変わっていない。

 当たった物質を液化させる点は、第二形態と同じ。

 

 しかし『本質』が変わっていた。真の権能の片鱗だった能力が、真の力を宿していた。

 

「油断しないで、次の攻撃が──」

 

 核爆発に迫る衝撃が、彼女の声を呑み込んだ。

 

 

 *

 

 

 獣が第三の脱皮を終えた頃、シェルター内にいながら、赤城の艦載機により情報を聞いている者達がいた。

 大将と、護衛人物。彼らの護衛艦娘達だ。

 

 核ミサイル着弾寸前、周囲にいたイロハ級が消滅。

 安全にシェルター内に入れるようになった為、テロリストに警戒しながら全員避難。

 

 ちなみに、他の前科戦線メンバーも、イロハ級消滅のタイミングで、近くのシェルター内に避難した。卯月達の安否は心配だったが、核爆発からは逃げるしかない。

 

 しかし、避難したのに、核爆発は起きなかった。

 外で何が起きているのか。

 無線機越しだが、詳細は赤城から聞いていた。それでも尚、現実を受け止められなかった。

 

「それが私の姉って……冗談止めてください……」

 

 制服の襟に、三日月型のアクセサリーを付けた駆逐艦が呟く。

 全員同意する。

 意味不明、奇々怪々、超常現象──もう訳が分からない。

 獣に脱皮し、周囲を液化しまくり、核を受け止めた挙句、それを吸収、更に孵化。何もかもふざけている。

 

 が、残念ながら現実。今の卯月は完全な化け物だった。

 

「どうしてこうなったんですか。司令官」

 

 彼女は自らの司令官──大将へ問いかけた。

 

「分からん」

 

 なので大将は、彼へ──護衛対象へ問いかける。

 

「これはどういうことなのかね。あれは、君達が想定した、D-ABYSS(ディー・アビス)の発現でいいのかね」

「……分かりません、ですが」

「ですが?」

 

 彼にも、今起きている事態は分からない。

 しかし、思い至る点はある。

 D-ABYSS(ディー・アビス)開発に関わった彼には、引っかかる記憶があった。

 

「千夜博士と話したことです。いえ、真面目な内容ではなく、雑談同然だったんですが……彼女は意味深なことを言っていました」

「意味深、とは」

「正直な話、それがどういう意味だったのか、私には分からないんです」

「構わない。言ってみたまえ」

 

 彼はその時の記憶、千夜博士の微笑みを思い出す。

 

「彼女は……そう、こう問いかけてきたんです」

 

『──究極の艦娘とは何だと思う?』

 

 その時の彼は深くは考えなかった。

 最強は存在しない。

 実際の艦艇のように、それぞれ役割がある。

 深海棲艦も同じ。適材適所に過ぎないと。

 

『成程、まっ無難な考えだ……いや間違ってはいないさ。実際その通りだしね。けれども私はそう思わない』

 

 笑顔を浮かべて彼女は言った。

 

『究極の艦娘、深海棲艦とは、()()()()()()()()……』

 

 それがD-ABYSS(ディー・アビス)の目的なのか? 

 彼はスタッフでありながら、その時は、開発目標を知らされていなかった。

 結局、千夜博士はそれだけ言って立ち去った。

 

「システム開発の目的は後になって知りましたが、今にして思えば、そちらが真実なのかもしれない。今の卯月さんを見ると、そう思ってしまうのです」

「究極の艦娘を生み出す……」

「アレが究極? モンスターの間違いとかじゃなくて?」

 

 液化レーザー、耐久度、超常スペックなのは確か。

 しかし制空能力はない。弾幕を張ることも数の暴力もできない。戦術的に見れば無敵だが、戦略的には一兵器に過ぎない。

 千夜博士の発言と矛盾する。

 彼女は何を目指したのか。

 

「……支配とは」

 

 大将は赤城から、無線機越しに外の様子を聞いている。レーザーの跡地が、今どうなっているかも知っている。

 

 だから、彼女の発言の意味を、考える事ができた。

 

「支配とは、対象の全てを手に入れるという事だ。言い換えれば、自分が支配対象その物になるという意味も持つ」

「司令官、どうしたんですか?」

「海を支配するとは、自らが海その物に成るという事。しかし海は同時に、大地を生み出す源でもあり、万物が帰る場所でもある……確かに究極だ。適材適所も何もない」

 

 それは最早兵器ではなく、神、もしくは星の成せる所業。

 

「あの獣を放置すれば、どうなる」

 

 シェルター内からは出ようにも、二発目の核発射もあり得るので、迂闊には出れない。動けるのは外にいる赤城と満潮だけ。判断ミスと言ってしまえばそれまでだが、こんな展開幾ら何でも想定していない。誰も大将は責めなかった。

 

 

 だが、まさか、此処に更なる混沌が放り込まれるとは、誰が思っただろうか。

 

 

 大将の持つ、緊急回線用の無線が鳴った。

 赤城から連絡を受けているのとは別物だ。

 

「どうした」

 

 話し相手は大本営。それも国土防衛の最前線担当。

 話している間に、大将の顔色はどんどん悪くなる。

 

 護衛の艦娘達は只ならぬ気配を感じていた。

 

「何の連絡だったの」

「新たな本土上陸情報が入った。空から一匹の深海棲艦が侵入したとのことだ」

「空って、艦載機じゃなくて?」

「深海棲艦だ」

「……あっ、え、じゃあ、ま、ま、まさか!?」

 

 彼らには見えない。シェルターの外は。

 見える筈もない、大空を飛ぶその影は。

 止める事も叶わない。

 分かることは一つだけ。これから起こる事は、()()()()()()()()である。

 

 

 *

 

 

 第三形態へ到達した事で、最も変わったのはレーザー出力。

 液化速度が上昇しただけでなく、地殻を容易く貫通できる程の破壊力を獲得。

 

 液化による体積膨張、そこに破壊力という圧力。

 爆発の正体は、超大規模な『熱膨張』。

 それも、アスファルトや土、木々さえ吹き飛ばすという、通常では考えられない規模。

 

 また、水に対してレーザーを叩き込めば、液化よりも先、急激な気化による『水蒸気爆発』さえ引き起こせる。

 

 それを思うがまま振るった結果が、眼前の地獄。

 

「何なの……これは」

 

 直撃はギリギリで回避できた。

 状況確認の為、空に飛ばした偵察機から、地獄を見た。

 地獄を生み出したのは、この原理によるもの。

 

「これは、河なの、それとも、海なの」

 

 『運河』が生まれていた。

 

 深海の領域を意味する赤い水。

 横幅推定400メートル。地平線彼方まで続くそれが、大地を真っ二つに割っている。

 河というより運河と呼ぶべき大きさ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが獣の能力──ではない。

 それは片方でしかない。

 

「でも、じゃあ、こっちは、どういう原理なの。アイツの能力は液化レーザーを吐けるってだけじゃなかったの」

 

 誰も聞いてないのに、うわ言の様に呟く。異常極まりない光景に、現実を受け止めきれない。

 

 運河創造は、液化能力の延長で説明できる。

 だが第三形態へ至った獣は、もう『片方』の能力も覚醒させていた。

 それが瑞鶴には理解できない。

 

「どうして、()()()()()()()()

 

 巨大運河の中には、幾つもの『島』が生まれていた。

 

 土でも木でも、アスファルトでもない。

 青白く輝くクリスタル状の物質が、針山のように集まって、島の形状を成している。

 

 絶対に自然には作られない異常な形状。誰かが作ったとしか思えない形。

 だから、こう考える他ない。

 大地を作ったのも、卯月だと。

 

「まさか、逆も?」

 

 液化能力も持っているのなら、反対もあり得るんじゃないか。最悪の推測に声が震える。

 

「固形も……作れる……そういう事なの?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 即ち、海と大地の創造。

 

 これが能力の正体。

 海を支配するという言葉の意味。

 

 それは最早、能力にあらず。

 思うがままに海と大地を作り上げる力。

 『天地創造』。

 それが獣の権能。

 

 瑞鶴の立っている場所も、獣が創造した大地である。

 

「■■■■!!!」

「ッ!?」

 

 レーザー音に、瑞鶴の意識が戻される。

 

 着弾地点に爆発が起こる。

 湖になる。

 

 海面を一歩踏みしめる。

 大地が隆起する。

 

 前足を叩きつける。

 光が走り、離れたマンションが爆発し、異形の山へ再構成される。

 

 また一歩歩く。

 光が広がり、海が広がる。

 

 一歩進むごとに、山が切り崩され、谷が埋め立てられ、新たな環境に上書きされていく。

 

 しかも、水が個体に変化した時も、何故か爆発が起きている。熱膨張でも水蒸気爆発でもない。まだ未知の何かがある。

 

「……は、はは」

 

 人類が長い時間をかけて築いた文明、街という構造。受け継がれてきた文化。

 それら全てが、一歩歩くだけで、別のナニカへ置き換わる。テクスチャが張り替えられていくみたいに。

 文字通りの破壊と創造。

 もう笑うしかない──だが、瑞鶴は頬を叩き、意識を戻した。

 

「ダメ、笑ってる場合じゃない。ウォースパイトを探さないと!」

 

 近くにいる筈だ。偵察機を飛ばし耳を澄ます。やがて弱々しい声が聞こえてきた。

 

「……ズ、ズイカク」

「その声、ウォースパイト? 何処にいるの!?」

「此処……Q,Quickly(は、早く)……」

「ここって、何処なの……よ……」

 

 それを見た時、中々見つけられなかった理由を理解した。

 

 両足が埋まっていた。

 

Help(助けて)……で、出れないの……力も、入らない」

「待ってよ、助けてって。どうすれば良いの」

 

 獣は物質を自在に再構成できる──このクリスタルが何なのかは分からないが──なら、それを引き起こす爆発に巻き込まれた場合、再構成にも巻き込まれる事になる。

 

 卯月が生成した大地に、ウォースパイトの足は埋まっている筈……だが、クリスタルの中に彼女の足が見えない。

 何故なら、地面と『同化』していたからだ。

 引き抜くとか、それ以前の状態だったのだ。

 

「自力で出れない!?」

「ダメ、力……が……」

「嘘でしょ!? 一体、どうやれば!?」

 

 此処は獣の領地。基地型の本陣と近い概念。許可なき上陸は許されず、むしろ力を奪われる。自力脱出は不可能。

 

「倒さないと……でも、分からない……攻撃は通らないし、いや先に救助……クソ、どうして、こんな状況になったの!」

 

 戸惑っている間に、事態は取り返しのつかない方向へ転がり落ちていく。

 

 突風が二人を襲った。

 只の風──とは、もう思えない。全てが厄災の前兆に思えてくる。

 

 実際その通りだった。

 

「…………」

 

 もう言葉も出ない。考えたくない。

 

 獣は二人を見下ろしていた。

 

 大空から。

 

「ああ、あの背中の、翼だったのね……」

 

 巨大な両翼を羽ばたかせ、対空する獣。

 その口内に、最も強い輝きを放ちながら、小さな光球が生成されていく。

 小さな蒼い星が煌めく。

 

 

 

 

 だが、まだこの場の誰もが気づいていない。

 

 更に上空で、()()()()星が輝いていた。




艦隊新聞小話

 獣の攻撃による爆発原理のレポート(本編に全く関係ナシ)

 前提として、この世界の物質は、『気体』→『液体』→『個体』の順番で、安定した状態――エネルギーの低い状態になる。というのを念頭に
置いてください。

 後の調査で分かる話ですが、獣は『深海のエネルギー』を直接操作する事ができます(原理不明)。

 霊的なモノですが、一種のエネルギー(熱量)には違いないです。
これを物体に強制的に捻じ込めば、物体は一気に高エネルギー(不安定)化して――『液体』、もしくは『気体』に変化します。
 その際、熱膨張か水蒸気爆発により、爆発が発生するのです。

 そして逆パターン。個体を形成する場合。
 この時は注入ではなく、大量の力をぶつける事で、液体や気体の持つエネルギーを強制的に()()()()事で、低エネルギー(安定)状態に戻しています。
 発生する爆発の正体は、この押し出されたエネルギーそのものなのです。
 
 ……なので実際は、そのエネルギーを集中させる事で、イロハ級を無限生成できたりするんですよね。今の卯月さんが気づいてないだけで。

 基地も、兵隊も、環境さえも自在に生成可能。
 言うなれば『城塞工作駆逐艦:深海○○姫』、それが今の卯月さんのカテゴリーです。

 ちなみに、乱射しているレーザーは、深海のエネルギーを直接封入しただけの、単なる水鉄砲です。勢いと密度がヤバいだけで。

 何?実際の物理法則?
 半分概念存在の私達に何を今更!

 ……これよりも数十倍ヤバい『艦娘』がいるのに、本当に何を今更。

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