獣が、両翼を羽ばたかせ飛翔する。
全長47メートルを超える巨体が飛んでいる光景は、非常識極まりない。
だが現実。
口内で生成される小さな光球は、逃げようのない『死』を、それを眺める全員に実感させる。
「凄い事になってきましたね」
遠くの高台で、観察を続ける赤城は感嘆する。
彼女は核が来た際、シェルター内に避難せず、戦場に留まっていた。そして第三形態へ移行した獣の観察を続行していた。
「満潮さん的には、アレどう思います?」
「拘束解け!」
「却下です」
満潮は拘束用ロープでグルグル巻きだった。
「言う事言ったじゃない。私は何も分からないって、尋問は終わった筈よさっさと解放しなさい!」
「却下です。そうしたら満潮さん、卯月さんに突貫するじゃないですか」
「何が悪いのよ!」
「いや、流石に自殺しに行く人は止めますよ。それとも、今の卯月さんに勝てる策があるのでしょうか?」
「…………」
沈黙が答えだった。勝てる見込みがないのに、卯月と戦おうとしていたのだ。
「……止めない訳にはいかない。勝てる勝てないの問題じゃない!」
「ああ、ミサイルが来そうな時、避難を促したのに従わなかったのは、そういう理由だったんですね。成程、つまり
「何ですって!?」
いきなりバカ呼ばわり。満潮は憤慨する。
「自分の命を粗末にする艦娘が、バカ以外の何だと言うのでしょうか?」
「シェルターに行かなかったのは、アンタだって同じじゃない」
「現地状況を、リアルタイムで提督に伝える人員が必要でしたから。それに私、核爆発を防御できるので」
「……冗談?」
赤城は『当然でしょ?』的ニュアンスでにっこり笑う。
「本当です。私は生存方法を確立した上で留まっている。考えなしの満潮さんとは違います。勿論、あの卯月さんを止める事もできる見込みです」
「いや、だったら今止めなさいよ! あれ以上卯月の暴走を放置する理由ないし、それに、見るからにヤバい光球放とうとしてるじゃない、止めなくて言い訳ないでしょ!?」
「いえ放置です」
惨過ぎる一言に、言葉を失う。
「これはチャンスです。謎が多い
「そ、それにしても光球は止めるべきよ、シェルターが無事な保証はない。内の人達死んだらどうすんの!?」
「そこは難しい判断でしたが、威力確認を優先します」
満潮は絶句した。
「万が一の場合は、シェルター内の護衛艦隊が、大将や護衛人物を護るから保険はあります」
「一般の避難者はどうするの!? あの攻撃でシェルターが崩壊したら!?」
「各シェルターには憲兵がいらっしゃいます。可能な範囲で守ってくれます」
「守り切れるの、全員!?」
「それ以外は不幸な犠牲ですね。大丈夫、二射目以降は阻止しますから!」
提督&護衛対象&避難者の命より、獣の権能を確認する方がちょっとだけ上。人命よりもそっちが重要だった。
「アンタ、最悪だわ」
「……提督と高宮中佐に確認した上での判断なんですが」
「どいつもこいつも最悪よ!」
何かもう、全員敵にしか見えなくなってきた。
「とは、言え、そろそろ終わりですかね……」
赤城は空を見上げる。口内でチャージしていた光球が一気に収束されていく。
「核爆発は防御できますが、あれはできるでしょうか……やる以外の選択肢はないですが、極力頑張りましょう」
「何が起きるのよ」
「うーん。辺り一帯の地形が熱膨張で大爆発して、水没するとか?」
「聞いた私がバカだった」
本当に私はどうすれば良いんだ?
次々に起きる非常識な事態、対して無力極まる自分。
もう涙も流れない。
呆然と空を仰ぎ見るぐらいしかできない。
下手したら、あの星が最後に見る光景。
やたら綺麗な──『星』を眺めて呟く。
「金の星、か……」
「え?」
「は?」
「待って、満潮さん、今何て言いました!?」
「いや……金の星って」
赤城の顔がいきなり顔面蒼白に。バッと空を見上げる。
「あ゛」
それはどういう──聞いてみようとした時、光球が落とされた。
言葉を交わす余裕はない。
赤城に抱き抱えられた瞬間、全てが白になった。
*
光が爆ぜた。
世界が白く塗り潰された。
その光景を見下ろしながら、卯月はそれなりに満足していた。
地面を這って、瑞鶴達を追い回すのはもう面倒。
連中だけでなく、テロリスト共も消さなきゃならない。こいつらはまだ殺戮を続けようと、しぶとく生き残っている。
しかも、あちこちに散らばっている。一人ずつ探すのは面倒。
だから、纏めて消すと決めた。
そうして放たれた一滴の光球は、視界の全てを灰塵に帰した。
文字通りの全て。
爆発に呑み込まれたエリアからは、
建物も、山も、道路も、卯月自身が創造した海や大地も。
射程距離内のあらゆる物質が、強制的に熱膨張──連鎖的に水蒸気爆発。
すり鉢状のクレーターが残るだけ。
核の爆発跡地の様な──グラウンド・ゼロと呼ぶべき、終末的光景が広がる。
「──―」
封鎖区画一帯が吹き飛んだ。命あるものは全て消滅。テロリスト共も全滅。
それでも尚、しぶとい連中がいる。
遮蔽物が全部消えたから、直ぐに発見できた。
「が、ぁ……ッ」
瑞鶴とウォースパイト。それに満潮と……誰だアイツ?
兎も角四隻。まだ生きている。
いや、彼女達だけではなく、シェルター内に避難していた無感染者達も生きている。
肝心のシェルターはボロボロ。一番重要な地下施設区画が剥き出し。亀裂が走り外壁は何か所も崩落。防御壁の体を成していないが、その中で息を潜めて生きている。
卯月は溜息をつく。
まだ結構生存者いるし。
けどやり方は分かった。
さっさと終わらせて、次の所へ行かなきゃいけない。
この世で生きる全ての命を消す。
それが私のお仕事。
再び、光球のチャージを始まった。
「ズ……ズイカク、
「どうにか、ね……ッ!」
この土壇場において、彼女達は正確な判断をした。
落ちてくる光球、巻き起こる破壊。
瑞鶴は、ありったけの艦載機を展開し、ボール状に密集させ盾を形成。
続けてウォースパイトが、艤装のバルジを、
獣の落とした光球だが、実は爆発性はない。
射程距離内の物質を、熱膨張or水蒸気爆発により炸裂させる攻撃。つまり衝撃波は『下』から来る。直撃を避けるのなら、盾は下に向けなければらない。
しかし、ウォースパイトの両足は大地と同化したまま。そのままでは向けられない。
だから、自分で千切り飛ばした。
自分へ砲撃を叩き込み、足を千切って自由になった。そしてバルジを真下へ構えた瞬間、爆発が起きたのだ。
結果、真下からの直撃は防御。
斜め方向から来る衝撃波は艦載機の盾で防御。
見事、生存に成功した。
「……それで、よく、
「アンタだって、人の事は、言えないでしょ……!」
実際、無事ではない。
飛び散る残骸、吹き荒れる熱量に晒され、瑞鶴の肌は9割形炭化崩壊。肉が剥き出し。眼球も焦げ付き、使えるのは片目だけ。
ウォースパイトは脱出する為に両足を犠牲に。加えて砕けた地殻やアスファルトが、80箇所に及んで身体を貫き、文字通りのハチの巣。
生存に成功しただけ。文句なしの完全大破。
自己再生能力を持っているのに、中々回復できない。
と言うか完治しても、勝てる見込みがない。
何より、再生よりも、二発目が落ちる方が早い。
「次はっ……どう、防ぐの!」
「…………」
「答えて、ウォースパイト……っ!」
獣は第二射の発射体勢、光球のチャージを開始。
バルジは崩壊、艤装も大破。
瑞鶴の艦載機も、再展開にそれなりの時間が必要。
「……撃つわよ、あの、
「それで、どうにかなるの」
「分からないわ。でも、どうなっても、
ズタズタの身体は主砲旋回の反動にさえ耐えられない。空いた穴から際限なく血が溢れる。強化された血液生成速度でも到底間に合わない。
挙句、照準も定まらない。
爆発で艤装がイカれた。砲身が固定できない。
「……
手間取っている間にチャージが進む。焦る程狙いがぶれていく。血反吐を吐く。視界が霞む。発射反動に耐えれなければ命中しないのに、その力も残っていない。
もうダメなのか。
絶望しかけたその時、瑞鶴が砲身へ身体を押し付けた。
「これで、固定、できるでしょ……!」
「ズイカク、でも、発射の
「構わない……急いでッ!」
瑞鶴の献身を無駄にはできない。ウォースパイトは歯を食いしばる。照準がブレないよう、瑞鶴が全身で砲身を支えてくれた。
「ちょっとだけだけど……ダメ押しよ……!」
更に、少しだけ生成できた艦載機を飛ばす。砲撃と同じタイミングで頭部へ命中させる為に。
ウォースパイトの照準が、怪物の頭部に固定された。間髪入れずトリガーを引く。
「
ウォースパイトが叫ぶ。
反動の衝撃波が二人を襲う。
筋肉が潰れ、骨がひしゃげ、内臓が割ける。
只でさえ致命傷だったのが、何時死んでもおかしくない次元に。それでも激痛を堪え、砲身を固定し続けた。
「当たれぇぇぇぇっ!!」
瑞鶴が叫ぶ。
まともに見えない視界の中、艦載機の爆弾を叩き込む。
生成中の光球への、直撃ルートが確定した。
彼女達の奮闘が奇跡が起こした。
だが徒労だった。
砲弾も爆弾も、軌道が歪曲し──光球を迂回、獣の頭部へ命中した。
顔に、砲弾が沈む、爆弾も爆風も取り込まれて消えた。
「嘘」
核ミサイルを喰った時のように、頭部の中へ沈んで消える。
内部から起爆させる、なんて都合の良い事はできない。砲弾も爆弾も、もう取り込まれて消えた。
何故こうなったのか。
それは、今の卯月が果ての化身だからだ。
深海の根源、あちら側の現身となった卯月に、深海のエネルギーで攻撃しても無駄でしかない。
水に水をかけても、何の意味もないように。
「……ごめんなさい」
それは、瑞鶴への言葉でもあり、主様への謝罪でもあった。
打てる手が一切無くなった。
受け入れ難いが、もう認めるしかない。
文句の言いようが無い完全敗北。
ウォースパイトは屈辱に表情を歪ませる。悔しさの余り涙が出てくる。
「いいよ謝んなくて……いや主様には悪いけど。これじゃムリでしょ」
「ですがっ!」
「やるだけやったじゃん。うん、相当頑張ったんだから、ね?」
「……うぅ」
もう、逃げる力も残っていない。
あの一発を撃つので、全ての力を使い切ってしまった。
時間があれば再生能力で復活はできる。
時間があれば、砲弾や艦載機の補充もできた。
それは、もう届かない未来。
「……ありがとね」
「ええ、せめて、My lordの
「そうね」
二人は手を取り合い、空を見る。
チャージが最終段階へ到達。
掌に収まりそうな小さな光球が、星の様な光を放つ。
これが、最後に見る光景。
空を飛翔する獣、輝く青い光球。その遥か上で輝く
最後にしては、まあまあ綺麗な光景じゃないか──瑞鶴はそれを目に焼き付けようと、
だから気づけた。
「……ん?」
「どうしたの、ズイカク」
「いや、見間違い……?」
目をゴシゴシ擦り、もう一度空を見る。
飛ぶ獣、収束される光球、そして
星の輝きが、大きくなっていた。
より大きく見えていた。
見間違いではなかった。事態を把握した瑞鶴は絶叫した。
「星が、落下してる!?」
「
「ほらあれ、あの金色の星が、こ、こっちに──」
彼方大空から金色の星が落ちる。
彗星の様に、隕石の様に軌道を描き、地上へ迫る。
星が片翼をぶち抜いた。
「■■■ッ!??!」
片翼に大穴を空けられ、飛行を維持できなくなり、地表へ落下。
チャージしていた光球も、その衝撃であっさり霧散。
落下した星は、羽をぶち抜いた勢いで地表へ激突。巨大なクレーターが生まれ、大量の粉塵が巻き上がった。
「……こ、今度は何が、起きたの……」
隕石衝突の衝撃波で、二人は吹っ飛ばされていた。
しかし、意地で意識を繋ぎ止めた。
今のが何だったのか、確認の為に。
獣もまた同じ。今の隕石は何だったんだと、頭を振って立ち上がる。
「あの、
粉塵が収まる。
クレーターの中央には、割と小柄な人影があった。
見覚えのあるシルエット。
「……What?」
しかしウォースパイトは、自分の眼を疑わざるをえなかった。
彼女の知っている
誰もが知っている個体でありながら異形その物。
「……
黄金のオーラを纏っていた。瞳は青く燃えていた。黒い水着に黒いパーカー、フードを被った深海棲艦。
それは戦艦レ級。
但し
つまり三尾のレ級。
顔付きの尻尾なので『三つ首』の戦艦レ級。
単独で大本営を壊滅に陥れた怪物。
数多の名を冠する怪物。
『三つ首』。『羅刹』。『黄金の暴風雨』。『アルテミット・ワン』。『悪魔』。『飛翔棲鬼』。『謚第ュ「力』。
しかして、その正式名称は──『戦艦レ級改flagship』。
天地を震わす咆哮を上げ、最強のイロハ級が此処に降臨した。
実は前作で出したかったけど、結局その機会が無かった戦艦レ級改flagship。