頭が痛い、からだが痛い。
全身に響く鈍い痛みにわたしは起こされる。重たい目蓋をなんとか持ち上げると、真っ白な天井が見えた。
首を動かし周りを見る。清潔なカーテンに囲まれたベッドで寝ていた。ここは前科戦線の医務室だ。最初の目覚めもこの部屋だった。
しかし、なぜわたしがここに?
しかもからだが痛い。目立った外傷こそないが鈍痛が酷い。なんでこんなダメージが?
「起きましたか」
カーテンを開けて不知火が入ってきた。
「……あ」
わたしは思い出した。わたしがなにをしたのか。
わたしはしでかしたのだ。
泊地棲鬼と戦うことを禁止されて怒り狂ったわたしは高宮中佐に飛びかかり、その首をへし折ろうとしたのだ。
「え……な、なんで……?」
「その様子、覚えているようですね」
「うーちゃんは、うーちゃんはなにを……」
頭を抱える、震えが止まらない。
わたしはなにをしたのだ、いくら腹が立ったからって高宮中佐を殺そうとするなんて。
高宮中佐だけじゃない、皆殺すつもりだった。
そんなつもりないのに、あの時は全員が死ぬべき敵としか思えなかった。
苦しい、息がうまくできなくなってくる。からだ全部が痛い、押し寄せる罪悪感で気が狂いそうだ。わたしが分からない、恐くて仕方がない。
「落ち着けますか」
「こ、これが落ち着けると、思うがぴょん」
「それもそうですね」
と、不知火は黙ってしまった。
おい納得するなよ。思わず突っ込んでしまう。だがそれも一瞬、また体が震えだす。
「うーちゃんは、どうなっちゃったぴょん」
自分が自分でなかった。全く別の激増した誰かに変わってしまったような気分だ。わたしは壊れてしまったんだろうか。
「どうもありません、異常なしです」
「は?」
「予定通り明日は出撃してもらいます、不知火はその説明のために来ました」
こいつ本気で言ってるのか、誰がどう見ても異常だろう。いくら懲罰部隊といっても、後ろから撃ちかねない危険人物を投入するはずがない。
わたしの困惑を知ってか知らずか、不知火は淡々と説明してくる。
「まず卯月さんの暴走、あれはPTSD、トラウマの症状だと思われます」
「トラウマ、それで、ああなるのかぴょん」
「なるでしょう、トラウマの症状は多岐にわたると言います。
卯月さんの場合は『泊地棲鬼』というトラウマに対して、攻撃的な防御反応が起きたと考えられます。脅威になるものを排除しようと、過激な反応が起きたのです」
そうなのだろうか。
疑問に思ってもわたしには医学的知識はない。不知火がそうだと言えば、「はい」と答えるしかない。それでも戦いとなれば話は別だ。
「そんなやつを前線に出して良いのかぴょん。足を引っ張るぴょん」
「問題ない、というよりも……あとで説明しますが、卯月さんが出撃しなければ、作戦は失敗してしまいます」
「どういう意味だぴょん」
「あとで説明します。とにかく多少の危険があっても出撃すべきと、中佐はお考えです」
まったく分からないが、説明すると言ってるならそれに従おう。何度も聞くのはアホのすることだ。
「あと、あまり気に病まないでください」
不知火は気を使ってか、そう慰めてくれた。かなり無理があると分かってても。わたしは守るべき人間を殺しかけた。罪悪感は全然消えてくれない。トラウマのせいでトラウマが増えるなんて。
とシクシク悲しんでいたのが、次の一言でバカバカしくなった。
「襲撃未遂なんてここではよくあった話なので」
「いま何て言ったぴょん?」
「前科戦線の乗っ取りを画策したクーデターなんてよくあった話です。まっすぐ襲ってくるだけまだ可愛げがあります」
なんてマッポーめいた部隊だ。
今の世代で良かったと卯月は安堵した。
不知火曰く、今のメンバーはかなり大人しいらしい。一番酷い時期は常に奇襲の脅威に注意しなければならないレベルだったと言う。死の危険もあったとか。
「なので高宮中佐も気にしてません、必要以上に気に病むことないように」
「あ……そうかぴょん。でもあとで謝りに行くぴょん」
「行くのですか?」
「そりゃそうだぴょん、ケジメは必要だぴょん」
理由がなんであれわたしは人を殺しかけた。なあなあで済ませることは許されない。なにより
「良かった、安心しました」
「なにが?」
「卯月さん、不知火は中佐の忠実な秘書艦です、故に」
不知火の姿がブレた。気づいたとき、持ってたペンが首に当たっていた。
あと数センチ深ければ頸動脈を貫通していた。
「こうならなくて良かった」
「お、おう、それはなによりぴょん」
不知火はとんでもない殺意を放っていた。うっかり漏らしそうだった。背筋をぶっこ抜かれたようだった。
「許されることではない」。不知火はそう言ったのだ。高宮中佐が許しても、決してやっていいことじゃない。
できるか分からないけど、自分を律しないと。でないと殺されかねない。
「では中佐に謝罪に、と言いたいですが時間がありません。さきに説明をしましょう」
「うぇー、申し訳ないぴょん」
わたしが気絶してたせいだ。ホントに自分が嫌になる。でもウジウジしたって戦いは待ってくれない。空元気でも良いから頑張ろう。
「羅針盤とはなにかご存じですか」
「艦隊を悩ませる至上最大の敵ぴょん」
「違います」
バカな、不知火はウソをついている。だってみんなそう言ってたし。神鎮守府にいたどの艦隊も「羅針盤は敵」と言っていた。
その原因は羅針盤の意味不明な仕様にある。
なんとこの羅針盤、
妖精さんがまるでルーレットのようにクルクルと回し、止まった方向に行くというシロモノ。絶対に羅針盤ではない。それは運任せと言うのだ。
なので狙った場所に行けない。迷子になる。作戦がうまく立てられないetc……故にみんな言うのだ、羅針盤は敵だと。それが違うとでも言うのかこの不知火は。
「それは先人の偉業を知らない愚か者の考えです。卯月さんは愚か者ですか」
「うーちゃんは賢いぴょん」
「では羅針盤は敵ではありませんね」
「はい」
即答であった。自分がアホ呼ばわりされるのが嫌だった。アホだのザコだの言ってくるのはフレンチクルーラー1人で十分だ。
「でも、ならなんで羅針盤はあんな仕様なんだぴょん?」
「簡単な話です、深海棲艦の前では、普通の羅針盤が意味を成さないのです」
「ほう、なんでぴょん」
「深海棲艦は『海』そのものだからです」
「なるほ……なんて?」
言ったことの意味が分からなかった。深海棲艦が海そのものってなんだ。あいつらはどう見ても実体を持ってるぞ。
「深海棲艦の中枢は確かに『姫』です。ですが……海もまた深海棲艦なのです」
「分からんぴょん」
「やつらの支配海域が赤く染まるのは知っていますよね。ああなると海はやつらのテリトリーと化します。どういう意味か分かりますか」
わたしは首を傾げる。やっぱり分からないからだ。赤くなったからなんだというのか。
「端的に言えば、海が『体』になります」
「か、からだ?」
「そうです、海が深海棲艦の手であり足、目や耳になってしまうのです。そんな状態で飛び込めばどうなるかは……分かりますよね?」
そりゃさすがに分かる。一挙手一投足全部監視されてるのと同じだ。どんどん追い詰められてじり貧になる。勝ち目はゼロだ。絶対に勝てない戦いに挑む羽目になる。
「そのままでは『脳』足る姫は叩けない、なんとかしてこの監視網を越えなくてはならない。その為の道具が」
「羅針盤っぴょん!」
「そうです。妖精さんの技術の粋を集めた決戦兵器、それが『羅針盤』です。これだけが監視を抜ける道を示してくれます」
だからルーレット式なのか。監視網は一定ではなく変化する。それに合わせて羅針も変化するのだ。いやそれにしてもルーレットはないと思うけど。
「ちなみに無視すると?」
「よくて深海棲艦の大群百隻に包囲、運が悪いと奴等の世界に取りこまれて魂ごと帰ってこれなくなります」
「こっわ!」
魂もろとも帰れないってなんだよ。オカルトにもほどがある。決して逆らわないでおこう。卯月は強く誓った。
「ですが、この羅針盤がどう動くのか見極めなければ作戦は立てられません。艦種、編成、部隊、または
言い換えれば、どういう編成なら中枢に到達できるのか、を確かめる必要があります。前科戦線の主任務はまさにそこなのです。
羅針盤がどう動くのか、実際に戦場へ赴いて調査する。無論誤った編成により恐ろしいほどの敵に包囲されることもありますが、それも含めて調べ尽す。羅針盤を真の意味で完成させるる、そのための強行偵察部隊が、我々なのです」
なるほど、理解できた気がする。多分だけど。
でも死亡率が高いのは理解できた。事前情報ゼロの海域に真っ先に突入するからだ。しかも
そりゃ死亡率は高くなる。でも必要な仕事だ。わたしたちがやらなかったら他の鎮守府で被害がでるだけだ。
着任直後に高宮中佐が言っていた「危険な任務……しかし誰かがやらねばならない任務」の意味が理解できた。
「一応聞くぴょん、時間かければ安全に調査できるんじゃないのかぴょん」
「深海棲艦が大挙しているのに悠長にしてる時間があると思っているのでしょうか?」
「意外とあるかも」
「ありません」
バッサリ切られた。酷い反論に卯月は深く傷ついた。
「一秒遅れたら人が一人死ぬかもしれません、我々にそれは許されない。だからこそ強行偵察により、速やかに作戦成功をしなければいけないのです」
「うーちゃんたちが、艦娘が死んでもかぴょん?」
「なによりも重要なことは国家を護ること。次は人々、艦娘の命は三の次、それが中佐のお考えです」
前科戦線が出るのは、今回のように大規模作戦をするときが主なんだとか。
作戦をする理由は色々だが、失敗は許されないものばかり。頑張ったけどダメでしたなんて通用しない。その先にあるのは虐殺なのだから。
それでもちょっと面食らう。
どの鎮守府でもまず「轟沈してはならない」と教わる。卯月もそうだった。沈めば深海棲艦に取りこまれるからだ。それを承知で高宮中佐はさっきの主義を掲げているのだ。
「まあ、死ななければ済む話です」
「それもそうかぴょん」
言う通りだ。第一死ぬ気はない。
死亡率七倍を承知のうえでわたしは前科戦線に着任したのだ。今更危険とか国家優先とか言われたって意味がない。
それに誰かを護って死ねるなら、それはそれで本望だ。無価値に生きるより圧倒的にマシな道に違いない。
「それともう一つ、前科戦線には任務があります」
「まだあるかのぴょん、こんな説明回っぽい展開は飽きたぴょん」
「これで最後ですので」
もう飽きた。いい加減高宮中佐に謝りにいきたい。ブーブー不満を言いたくなってきた。
「むしろ、こちらの方が重要かと」
「こっちの方が?」
「前科戦線の任務にもう一つ、『特効』の検証があります」
特効、座学で聞いたことがある。
出撃した艦娘が普段以上の力を出せたり、やたら上手くいくという現象だ。ここを上手く利用するかで作戦成功率は大きく変わるらしい。
「深海棲艦は海そのものになっている、と言いましたよね」
「言ったぴょん」
「ですが、この力を利用できるケースがあります。深海棲艦が支配する海から、艦娘のためのエネルギーを引き出すことができる。縁、史実、トリガーは色々ありますが。それが『特効』です」
ありえなくない。いやむしろ自然な理屈だ。
なにせ艦娘と深海棲艦は同じ存在、同じ化け物だ。艦娘は所詮深海棲艦を人寄りにしただけ、暴走する荒神を正常な付喪神に戻しただけだ。
同じ存在なんだから同じこともできるって理屈だ。
「総括すれば、不知火たち前科戦線の仕事は『羅針盤』と『特効』、この二つを特定し効率的な作戦立案に貢献することです。いかなる犠牲を払ってでも」
「分かりやすい総括ありがとうぴょん」
「いえ、仕事ですから」
と言っていた不知火のまとめた髪が、ピコピコ左右に振っていた。
犬かな? 艦娘は未だに摩訶不思議な存在である。アホ毛が犬の尻尾みたいに動く場合もあるんだとか。
「今回も同じです、泊地棲鬼のテリトリーにはどう到達するか、誰が特効を持っているかを調べる為の出撃。なので
「ああ、うん、そっかぴょん」
戦うなだって、今なんて言ったこいつは。
プチッとなんか音がした。拳が全力で握られていた。いつでも殴れる状態にスタンバイされていた。すんでのところで抑え込む。
「またですか?」
「メッチャ腹立ってるぴょん」
「予想はしてましたが長丁場になりそうですね……まあご安心を、抑え役は頼んであるので」
「誰?」
「満潮さんです」
まじかよ最悪じゃねえかなんだ満潮なんだ。怒りを抑えられなかった場合は満潮にボコボコにされるのだ。なんたる屈辱、考えたくもない。絶対に暴走するものかと強く誓う。満潮にやられるのだけは嫌だ。
「もっとも、怒る余力があればですが」
「へ?」
「交戦が禁じられているのは、辿り着く頃に戦えば全滅しかねないからですよ。まあ思い知りますよ、死亡率七倍の戦場を」
そして卯月は思い知る羽目になるのである。今日までの訓練は全て茶番でしかなかったと。底の底前科戦線、そこから更に穴を掘って卯月は地獄へ向かうのである。
艦隊新聞小話
Q難しいよ、深海棲艦って結局なに!?
A整理すれば簡単ですよ、そう難しくないです(多分)
①姫級=これが本体、心臓です。叩けば支配海域は解放されます! でもその力は海全体に及んでるので、ただじゃ会えません。羅針盤はこの突破用です。
②海=深海棲艦に支配されたせいで、深海棲艦の手足になっちゃってます。このままだと姫には絶対つけないです。でも条件を満たせば、海のエネルギーを得ることもできます。
③他イロハ級=全員姫の眷属(一部例外アリ)です。怨霊の塊、付喪神の成り損ないです。基本姫を叩かなければ無限発生します。細胞みたいなものですかね>
以上①、②、③全部ひっくるめて深海棲艦と呼びます。
他深海棲艦と艦娘の設定はありますが、一気に言ったら絶対に飽きるので言いません。必要に応じてご説明します!
しかしこちらは随分とオカルトで、虫で出来てるって方がよっぽど……あ、こちらのお話です!