前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第190話 獣⑧:CHAIN

『──流石、というべきなのか──まさか、というべきなのか……始まりを走る白い兎』

『赤では?』

『そういう話ではなくてね。しかし私達は、彼女の役割を些か甘く観測してたのは違いない』

『油断ですね! 慢心ですね! 私もですけど!』

『君の言う通りだ。何事においてもシナリオ通りはあり得ない……だとしても、進み過ぎだ。あの旅人が介在した以上、バッドエンドには至らなくなった……だが、君は……それを望まないのだろう?』

 

 暗闇がある。静寂がある。肯定する。

 

『……いいや、私達が壇上に上がるのは、早すぎる』

『……焦りすぎ、は、ダメです』

『時期尚早って事だよ!』

『それは、ペンを持った君が最も分かっている筈だ……一手、たった一手の間違いで、物語は終わる。今がその分岐点なのだろう。しかも、彼女は兎だ。走れば、世界は彼女を追い駆ける。今の彼女は……物語の望むままに進んでいる──それは、望ましくない』

 

 虚空に足音が響く、涙が落ちる、笑い声が聞こえ、誰かが懇願する。

 

『本来であれば、こんな事はありえないんだ。私達は単なる一観客、壇上に上がる事はない。退場した役者に肩入れする理由も──けれど、今回は例外だ。このままでは……『奈落』が開く』

『……恐ろしい穴、なんですよ』

『うん、超恐いよ』

『故に決めた、私達も穴に飛び込むと』

 

 その問いに、彼らは首を振る。

 

『……違う、さっきも告げた通りだ。今は早い……万が一、そう万一私達という例外を、奴が知った場合、もう、取り返しがつかないような、乱丁が起きるかもしれない──だが、手は出せる。こっそり栞を差し込むぐらいのね』

 

 その手には、白い鎖が握られていた。

 

『……これも運命なのか……まさか、再び君が、水底に迷い込むとは。物語を導くのは兎だが、鍵を握るのはアリスだ……だからこそ、これは僅かな可能性でしかない』

 

 白い鎖が手渡された。

 

『過去と現在(いま)……そして未来は、鎖のように繋がっている。それを織り成すのが人ならば……それも鎖で繋がっている。人から生まれた君たちも同じだ──これは、それを意味する』

 

 暗闇が濃くなる、静寂が掻き消えていく、光が溢れ出す。

 

『……申し訳ないが、君に託す……幸い旅人が来ている、最悪は免れるだろうが……それは、君の望まない結末の筈だ。今、君にしかできない事がある。あそこは──奈落だ。永遠の、入る穴を間違えた兎はそこだ。()()辿()()……そこからは、君次第。全てはやらないし、やる事はできない』

『お願いします……どうか、あの子を……』

『頑張ってねー!』

 

 最後の言葉が聞こえる。

 

『君達の物語は、君の力で進めなければならない……それが、鎖を磨き続ける事になるのだから──……』

 

 

 *

 

 

「──ッ!?」

 

 満潮は唐突に目を覚ます。奇妙な夢を見た。真っ暗闇の中で、誰かが会話をしている夢。中身はよく覚えていないが、不思議な感覚だけが残っていた。

 

「今のは……ッ!?」

 

 今度は激痛に目を覚ます。

 身体を見ると、酷かった身体がますますボロボロになっていた。

 あちこちに火傷、砕けた破片が肌を切り、肉に刺さっている。

 

「そうだっ……私、あのバカの爆発を喰らって」

「その通りです。話が早くて助かります」

 

 声に顔を上げる。赤城が見下ろしていた。

 今度は明確に思い出す。

 空を飛んだ卯月の最終攻撃、その爆発に呑まれかけた瞬間、赤城が助けて──どういう方法かは見てないが──くれたのだ。

 

「この傷、アンタでも完全に防御できなかったって訳?」

「ええ、そうです。恐らくは最初期の核爆発に匹敵するエネルギー。それも、艦娘や深海棲艦には飛び切り有効。普通の核よりタチが悪い」

 

 赤城が袖を捲ると、酷い火傷(ケロイド)になっていた。満潮を庇った彼女も無事ではいられなかったのだ。

 

「ま、死ななかったので、問題はありません」

「問題ないって……うんまあ、そうね。ありがとう赤城、助けてくれて」

「いえいえ、気にしないで結構」

 

 あのモンスターの攻撃を受けて、この程度で収められたのだ。むしろラッキーと考えるべきだ。

 

「……で、現状どうなってんの。卯月は、瑞鶴共は?」

「更に混迷してます。具体的に言うと戦艦レ級改flagshipが乱入して、彼女をボコボコにしています」

「は?」

 

 戦艦レ級改flagshipって何? 

 轟音が響く方へ顔を向ける。

 三尾のレ級が、獣相手に大暴れしていた。

 

「……何よアレ」

 

 本日二回目の台詞。赤城も同じ気持ちだった。

 

「レ級です。見ての通り。尤も単独で大本営を襲撃して完全壊滅させた経歴持ち、史上最強のイロハ級ですが」

「何で尻尾が三つ……じゃ、ない、不味くないのアレ!?」

「不味いですね。圧倒してくれてるのは良いんですが、このままだと()()()()()。卯月さん」

 

 洗脳艦娘二人掛かりでも敵わなかった獣が、たった一隻のイロハ級に蹂躙されていく。装甲は剥がされ、何故か再生は抑制され、骨格から致命的に破壊されていく。

 その光景はちょっとだけ胸がすく思い。

 

 しかし、殺されてはならない。

 あんな怪物に成り果てても、彼女は『卯月』。自分の仲間、暴走したと言うのなら、命に代えても助けなければならない。

 

 他の前科メンバーはシェルター。出てくるには時間が掛かる。

 今動くことができる満潮だけが、卯月を救い出せる。

 

「……どうすれば」

 

 けど、手段がない。

 そもそもあの中にいるのか、いたとして、どうなっているのか、物理的に引き剥がせばいいのか──何もかもが分からない。

 

「あの、満潮さん。それでちょっと聞きたいのですが」

「何よ」

()()、何ですか?」

 

 手元を指さす。そこには汚れ一つない真っ白な鎖が握られていた。

 

「これは……」

 

 少し思い出す。気絶している間に見ていた、不思議な夢を。

 鮮明にではなく、朧気に、雰囲気だけを半ば無意識に感じ取る。託されたような気分だったことを。

 

「これを、使えば、良いのかもしれない」

「使う……とは?」

「この鎖なら、あいつを、助け出せる気がする」

 

 満潮は失笑した。

 私はバカなのか。何時手に入れたとも知れぬ不審な道具にそんな感情を抱くなんて。

 

「よし、それで行きましょう」

「ええ、当然却下よ……は?」

「不審なアイテム大変結構、是非それを試してみましょう!」

 

 唖然、こいつ何言ってんだ。

 

「いやいやいやアンタバカなの正気なの何の根拠もないんだけど?」

「え、満潮さんは『行ける』と思ったのでしょう?」

「それは……まあ」

「じゃあGOです。卯月さんの仲間である満潮さんの意見と、全く関係がない私の意見、優先されるのはどちらなのか、明確です」

 

 そんな理由で作戦の許可を出すのか。満潮はまた唖然とする。

 

「と、言うか、不審っていうなら、私達の存在自体がそうです。そんな存在に人類は賭けている。だから大丈夫、同じ事するだけです。まあ、救助方法分かんないのですから、できそうなことは片端からすべきです」

 

 それで良いのか、そんなんで良いのか。

 だが、()()()()()思った。

 分からず立ち往生して何もしないままより、分からくても何かした方が後悔がない。

 もう二度とあんな思いは嫌だ。

 

「じゃあ満潮さん突撃してください」

「……一応、私で良いのね?」

「それが、満潮さんの手に握られていた。それにも意味を感じます。援護は任せてください、あらゆるフォローを保証しますよ」

 

 こいつのフォローとか欲しくないな。満潮はちょっと思ったが口に出さない。

 

「今失礼な事思いましたね?」

「満潮、突撃する!」

「──真っ直ぐに、何もせず、がむしゃらに突っ込むんですよー」

 

 赤城から全力で目を背けて、満潮は駆けていく。

 

「さて、ひたむきな少女へ茶々を入れる邪魔者には……お仕置きですね」

 

 そして彼女は、火事場泥棒を目論む卑怯者二人を見下ろす。そして弓矢を一本放ち──その場から消滅した。

 

 

 *

 

 

 

 そうして、満潮は単独で戦場を駆ける。

 

「糞がっ……」

 

 しかし、戦場はこの世の物とは思えない地獄だった。

 何度も何度も、何度も何度も熱膨張と水蒸気爆発を繰り返したせいか、地面から水、空気に至るまで灼熱地獄と化していた。

 

 呼吸で取り入れる空気さえ、熱湯を直接呑んでいるかのよう。人間だったら肺が焼かれて即死。艤装の加護が無ければ一秒とて生きていられない。

 

 勿論、それだけではない。

 陽炎と爆炎の奥が、一瞬キラリと光った。

 

「来る!?」

 

 それは獣のレーザーの光。レ級を狙ったものなのだろうが、運悪く満潮へ当たるコース。回避しなければ──そう思った矢先。

 

 赤城の艦載機が、目の前を爆撃した。

 地面が捲られ、坂が形成される。

 

「──真っ直ぐって、そういうことね」

 

 満潮は赤城に感謝した。

 そういう意味だ、()()()()()()()()()()()()、という事。満潮は援護に感謝し坂を駆けあがる。

 そのお陰でレーザーは回避。

 直後、地形変化を伴う爆発が起きるが、その衝撃波を利用して、一気に加速する。

 

 着地、否、『着水』する。

 今のレーザーの余波で、辺り一帯が『海』になっていた。

 これは僥倖だ、当たり前だが、陸より海の方が早く移動できる──なんて、誰かが有利になるような地形を獣は創造したりしない。

 

「違う、コレ、そこら中暗礁地帯じゃない!」

 

 しかも、大量の水蒸気と陽炎で、ぼんやりと確認できる程度。無策で突っ込んだら確実に座礁してしまう。

 

 だが、今は迷う時間もない。

 満潮を辿り着かせるため、彼女の顔を赤城の偵察機が横切る。

 そして、海面ギリギリを、ジグザグに飛行する。

 

 満潮も直ぐ理解する。今辿った道は、暗礁のない安全な道。疑う事もなくそれを辿り走り出す。情けないぐらいサポートされているが仕方がない、()()()()()

 

「おんぶにだっこで、イラっとくるけど……う、ぐぅっ!?」

 

 突然咽る。しかしそれを受け止めた掌は真っ赤に染まる。

 吐血である。

 彼女の肺が周囲の高熱で破壊されつつあった。

 

「……急が、ないと」

 

 時間がない、とはそういう事。

 瑞鶴とウォースパイトの攻撃により、艤装の機能に支障が出ている──というか、80度を超える外気に晒される事が想定外。

 

 それだけでない。通常では考えられない異常環境のせいで、艤装内部から火花が散り始めていた。

 この高熱で艤装がオーバロードしつつある。

 排熱機構が役に立てていない、冷却しようとしても、外気が高すぎて意味がない。

 

 だから、おんぶに抱っことか言ってる余裕はない。世話されっぱなしだろうが、急がなければならない。肺が壊れるか、艤装が壊れるか、その前に。

 

 ──そこへ、無数の砲弾が飛び込んで来る。

 

 満潮を戮そうとするウォースパイトの攻撃。全ての逃げ道を塞ぐように飛んできて──全弾赤城の矢に撃ち抜かれた。

 

「……信用には、応えなきゃいけないわよね!」

 

 最短ルートは赤城が護ってくれる。私はそれを信じて、全速力で突っ走る。天変地異の震源地へ、満潮は身を投げ出す。

 

 

 

 

 瑞鶴とウォースパイトは、正直嫌な予感がしていた。

 全てを圧倒し、一方的に蹂躙できる筈だったのに、意味不明な変貌を遂げた卯月にこれでもかとボコボコにされた。

 それでも、単なる艦娘一人なら、どうとでもなると思っていた。

 

 ならなかった。

 

「いけませんね。彼女の邪魔をするなんて」

What speed(どういう速度なの)……!?」

 

 砲弾と矢のどっちが早いかと言ったら、当然砲弾。

 なのに赤城の矢は、後から追い付いて、砲弾をぶち抜いた。

 意味不明だ。主砲よりパワーが出る弓とは一体? 

 

「出せない? この速度が? いえ出せますね空母なら。息を吐くように。ねぇ瑞鶴さん」

「…………」

「……ごめんなさい、弱い方への配慮が足らず」

 

 瑞鶴のこめかみが痙攣する。これで煽っている気はゼロ。瑞鶴は無言で航空隊を繰り出す──が。

 

「うーん。遅い」

 

 矢を撃ってから、艦載機になるまでに撃ち落とされる。

 やはり意味が分からない。

 というか矢を矢で撃ち落とすって何? 

 艦載機さえできれば、後は強化された爆撃で蹂躙できるのに、相手が許してくれない。

 

「ズイカク! Take off early(さっさと発艦しなさい)!」

 

 ウォースパイトはターゲットを切り替え、満潮ではなく赤城を狙う。

 主砲、副砲、機銃全ての集中砲火。逃げ場は皆無。

 その隙に発艦するよう促す。

 

 しかしそれでも、艦載機の弓矢が迎撃される。

 

 赤城は既に、爆撃とまるで関係ない場所へ移動──否、ワープしていた。

 

Impossible(あり得ない)……」

「マルチタスクは基本中の基本。回避運動中にも、そういった精度を下げない訓練は当然しています」

 

 やってるからって、実践でできるかは別問題。ただ赤城はできた。

 

「ふざけないで。何なのそのワープは。まさか貴女も……何か、D-ABYSS(ディー・アビス)の『能力』を」

「いえ……しいて言えば、技術?」

「技術って、これが!?」

「ええ、()()()に言えば、『重心移動』です」

 

 重心移動を極めればワープが習得できるらしい。

 ウォースパイトは考えるのを止めた。

 瑞鶴はキレた。

 

「ふざけるなぁぁぁ!」

「じゃ、そろそろ私も、攻撃を始めます」

 

 赤城が腕を下す。空に航空隊が無音で密集していた。

 急降下爆撃が一斉に始まる。

 

「踊りなさい。お二人もそうやって逃げ惑うのを楽しんできたのでしょう? やられて嫌な事はしていはいけない。小学校で習う当たり前の事ですが、中々難しい。ですのでまずは、被害者の気持ちになる所から始めましょう」

 

 流石に爆撃は普通だった。

 瑞鶴のような核シェルターさえ破壊する異常火力は有していない。

 しかし狙いが正確過ぎた。どの艦載機も数ミリのズレなく、艤装の同じ場所を狙っていた。それも接合部や獣に傷つけられ脆くなった場所を。

 

 まともに航空隊を出せてないせいで、制空争い自体できていない。逃げながら発艦を試みるが、先程同様に叩き落される。

 僅かな航空隊と、ウォースパイトの対空砲火でギリギリ持っている状態。

 

「踊るのが下手です」

 

 赤城が背後にいた。

 

「踊り方を教えてあげましょう」

 

 瑞鶴の手がそっと握られ、社交ダンスのようにクルリと回される。しかし瑞鶴はその速度に追従できず、結果──あらぬ方向へ捻じ曲がり、腕が千切れた。

 

「あぐぅっ!?」

「ああほら! 下手だからそうなるんですよ。ダメじゃないですか真面目に練習しなきゃ」

「ズイカク……!」

 

 そこへ、赤城の急降下爆撃が迫る。

 瑞鶴がやられる。ウォースパイトは赤城へ狙いを定める。瑞鶴の手を握っているいまなら、赤城の片手は塞がっている。だから弓矢は撃てない、砲撃を通せる。

 巻き添えになるが、瑞鶴は自己再生できるから問題ではない。

 回避不可能、密集しての弾幕を浴びせようと──

 

「片手になった時戦えない。その様な正規空母ではダメなんです」

 

 赤城は()で弦を引き、矢を撃った。

 

Joke(冗談)でしょ!?」

 

 驚愕するものの、ウォースパイトは即座に副砲を発射。幸い分かりやすい軌道だった為、迎撃に成功──していなかった。

 

 砲弾が一方的にぶち抜かれた。

 

「どうなっているの!?」

 

 足元は海化している。艤装のパワーで瞬間加速、横へ緊急回避。

 

「想定外の事態に弱い。これも直さなければなりません」

 

 ──()()から、袈裟懸けに刀で両断された。

 

「これが、正規空母の闘争です」

「あって堪るか!」

 

 瑞鶴の絶叫は遠吠えに等しい。こんな所で戦っていては、卯月の所には行けない。瑞鶴とウォースパイトの考えは同じだった。

 

「ウォースパイト……!」

「……ええ、There is no way(仕方ありません)。安全地帯からでは届かない。あそこへ行かなければならない。You should do(そうしなければ),Can't provide L-class support(レ級の援護はできない)!」

 

 遠くの安全地帯からレ級の援護をしたかった。しかし、赤城の妨害でそれは叶わないと思い知った。

 彼女達は決意する。再び獣とレ級の戦場へ戻るのを。

 赤城の妨害があっても、援護の手を伸ばすことができる程、地獄の近くまで。彼女達も満潮のように、震源地へ向けて走り出す。

 

「やっと気づいたんですね偉いですね。簡単には行かせませんけども」

「──走れ!」

 

 但し地獄の悪鬼に追われながら。




赤城さんがアーカードめいたノリになっていた。別にそんなキャラにするつもり無かったのに。
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