獣となった卯月と、
卯月の敗北で。
「■、■……■■」
瀕死、そう呼ぶ他ない。
赤黒い外殻は破損してない箇所がない。手足は骨ごと砕かれ、立つ事もままならない。
最初に破壊された羽の穴は空いたまま、片翼に至っては根本から食い千切られた。
象徴的だった一対の巨角は途中で折られた挙句、骨のオヤツみたいに喰われた。
目も潰され、尻尾も千切れる寸前。
辛うじて、首だけ動かせる状況。
「──ッ!!!!!」
天に向かって咆哮する『三つ首』は、対して全くの無傷。
いや、厳密に言えば、何度もダメージを負っていた。
攻撃を喰らった時だけでなく、自分自身の攻撃のパワーで何度も自壊を繰り返していた。
だが、その毎に再生していた。
それも
二度目は自壊しない、二度目の攻撃は効かない。
より強固となった外殻による攻撃は、更なる攻撃力を宿す。
「■■■…………!」
どうにか、口だけ開いた。
追い詰められた獣は命の危機を感じる。死の淵に立った事で齎されるパワー。要するに火事場の馬鹿力。
獣の放ったレーザーは、間違いなく、今までで最強の物だった。
『三つ首』は真正面から超えてきた。
「──……ッ」
多少、進み辛そうにするが、その程度。
もう顔の皮一枚焼く事もできない。
『三つ首』は体当たりをするでもなく、単なるダッシュで突っ込んできた。
「■、■■ッ」
獣は飛んで逃げようとした。
実の所、最後のチャンスを逃さない為、再生の為のエネルギーをずっと溜めていた。
それを全て両翼に回し、一気に再生、飛んで回避、戦線離脱を試みた。
羽が──ズズズ──と音を立て、生え出した。
一気に再生すし、すぐさま離脱だ、これ以上戦えば捕食されてしまう。
しかしそれが『罠』だった。
確かに翼は再生していた。後コンマ数秒で再生するのも確かだった。
爆散した。
「■■! ■!?!? ■──ッ!?!」
再生しかけていた翼が謎の大爆発。
翼の根本が見るも無残に抉られた。
傷口には、見覚えのある鋭い欠片が何百と突き刺さっていた。爆発の衝撃で飛散して刺さったのだ。
それは、『三つ首』の装甲の欠片だった。
もう僅かな再生も叶わない。
どうして爆発した、どうしてこれが刺さった。どうして全く再生しない。
死が迫る。顔を上げる。
もう全てが遅い。相手が悪過ぎた。
相手は世界の頂点に立つ一角だったのだ。
首に、三本の尻尾が絡まった。
そして放たれたのは『背負い投げ』。
47メートル以上の巨体を、2メートル以下で投げ飛ばす『背負い投げ』。
掴んだ首を起点に、何度も何度も繰り返される『背負い投げ』。
首が千切れた。
だが『三つ首』は知っている。頭を破壊しても意味はないと。まだ死んでいないと。真のトドメはこれからだと。
ここにきて『三つ首』は初めて、尻尾の口内にある主砲を展開した。
それは最早、艦艇に乗せて良い代物にあらず。
見る人が見れば、『バカなの?』と断言するゲテモノが──『
主砲を剥き出しにして、尻尾の顎が首の断面に喰らい付いた上で砲撃開始。
接射だった。
砲口とターゲットが密着した状態で、繰り返し接射。
当然、行き場を無くしたエネルギーが暴走し、『三つ首』の尻尾が砕けていく。
だが、やはりお構いなし。
加速する再生で帳尻を合わせて、尚も砲撃を捻じ込み続ける。まるでドリルのように掘り進んでいく。
首が砕けた、腕が砕けた、全身から爆発が噴き出す。
そして本命──胸部の外殻が粉砕された。
『三つ首』はそれを睨みつける。
これが獣の本体。この中に核がある。
顕れたのは、心臓なんて当たり前の物体ではない。
そこには『奈落』が埋まっていた。
心臓と同じ位置に存在。
それは、終わりなき続く奈落。見た目だけを言うなら黒い球体。さながらブラックホールのような、底知れぬ暗黒球。
一応砲撃を撃ってみる。
虚無へ消えて終わった。
何故なら奈落だからだ。
暖簾に腕押しと言うが、この場合は虚空だ。何も無い所へ攻撃したてとて、まず当たる物がない。
だが問題ない。想定済み。『三つ首』は怒りの咆哮を上げる。
これでやっと目的が達成できる。最善を得れるかは賭けだが、兎に角やってみなければ分らない。
暗黒球に対して、恐るべき剛腕を掲げる。
横殴りの爆撃が横顔を引っ叩いた。
「…………?」
多少しかダメージになっていない。速攻で再生するので結局意味はない。
しかし『今のは何なんだ?』と、『三つ首』の意識を逸らすには十分。
瞬間『三つ首』は、その場からずり落ちた。
足場──破壊され尽くした獣の残骸だ──が崩れ落ち、巻き込まれていた。暗黒球から引き剥がされてしまう。
瑞鶴のものではない艦載機が飛び交っていた。艦載機の爆撃で不安定化していた足場を崩したのだ。
『三つ首』は、遥か遠方、気配のする方を睨む。
空から、チラリと確認できた奴。赤い艦娘が弓矢をこちらへ向けている。
成程あいつの妨害か。『三つ首』は獣を一瞥し、赤い艦娘『赤城』に対して咆哮。
しかし距離が遠い。
近づくのは簡単だが、これ以上獣と離れるのは嫌だ。
『三つ首』は赤城に対して、主砲を向けた。
三本の尻尾から、それぞれ三連装列車砲が展開。
要するに九連装列車砲が、狂気が牙を剝き、集中砲火が始まった。
そうして『三つ首』の怒りを買った赤城だが、それが狙いだったので特に気にしていない。
重要なのは奴の注意を引く事。卯月のトドメを刺されない事。
直ぐそこまで満潮は辿り着いていた。
灼熱地獄、レーザー地獄、衝撃波地獄を──赤城の援護込みとはいえ──死ぬ物狂いで踏破した満潮は瀕死だった。
とうに限界は超えていた。
常に視界は揺らぎ、肺の殆どが焼け付いて、まともに息もできない。
それでも辿り着いた、やっとここまでこれた。
ぼんやりとした見えないし、意味が分からないが、本能的に理解できる。あの暗黒球の中に卯月がいるのだと。
『三つ首』に気取られない様、慎重に獣の残骸を登り出す。
普段なら簡単なジャンプであっさり行けるのに、もうその体力がない。何ならジャンプしたら衝撃で死ぬ気がする。
しかし、何事もそう上手くいく筈がない。
突然彼女を──周辺一帯が激しく揺れ出した。
凄まじい勢いに、登りかけていた満潮は海面に投げ出される。
だったらもう一度だ、何度でも登らなきゃいけないんだ。
顔を上げた満潮が見た物は──
「え」
海面が
それは獣の最後の足掻き。
最後の脱皮が叶わなくなったが故の、やけっぱちの暴走。
残った力を使い、可能な限りの全てを、暗黒球へ引き摺り込もうとしていたのだ。
「これは……い、『引力』なの、どうして!?」
満潮も引力に引っ張られ、浮かび上がってしまう。
考えようによってはむしろ楽。何もしなくても、あの中へ飛び込めるのだから。
だが当然そんな筈がない。
引き摺り込まれ易い法則でもあるのか──満潮の背後から、瓦礫や巨大な岩判。へし折れたマンションや木々が飛んできた。
ただでさえ瀕死の今、こんなものを喰らったら死ぬ。
しかし宙に浮かんでるせいで回避行動が取れない。
死ぬしかないのか。
『いいえ、むしろチャンス。その引力を利用して一気に接近しましょう』
赤城の声が聞こえた気がした。
飛来する物体が、赤城の爆撃で破壊される。
更に『足場』が顕れた。
暗黒球へ到達する為の足場として、艦載機が低速飛行していた。
ハリケーンの真っ只中に居るような状態なのに、平然と飛行できるのは化け物とした形容できない。
しかしこれで卯月の元へ行ける。
そこへ最後の猛威が現れる。
「────ッ!」
「『三つ首』ッ!? 嘘、飛んでる!?」
獲物を取られまいとする為か、『三つ首』が牙を剝きだしにして、この暴風の中を猛スピードで飛翔していた。
回避なんて考えていない。瓦礫等に何度も当たるが、逆に全て砕いて真っ直ぐ迫って来る。
『満潮さん急いで! 追いつかれたら命はありません!』
「分かってる、わよ……っ!」
その光景はさながら、猛吹雪の中慣行されるロッククライミング。
飛び交う艦載機に、その度に命を懸けながら手を掛け、足を延ばす。吹き荒れる重力嵐に視界が乱れる。
それでも必死に手を伸ばす。
歯を食いしばり、肺を焼かれ何度も血を吐いても諦めない。
「できるか……諦め、られるか……!」
できるできないの問題ではなく、最初から
諦められない。
だからやるしかない。
狂気と呼ぶべきその執念で、満潮は手を伸ばす。
そして、その手が獣に届き──『三つ首』が追いついた。
「そんなっ……!」
『不味い!』
満潮の手を『三つ首』が掴んだ。
危機を理解した赤城が矢を飛ばす。
やはり回避行動は取らず、全弾胴体へ直撃。しかし『三つ首』は全く意に介さず、満潮の手を握り続ける。
──終わりだ。
全てを察した満潮は悟る。
認めたくないがこれが現実。受け入れるかない。
「嫌だ」
叫んでも、泣いても、どうすることもできない。
だが、そんなのは関係ない。
満潮の何かが、決壊した。
「嫌だ……ヤダ、死ねない、こんな、こんな所で死にたくない! 私は、まだ、皆の為に、何もできてない! 止めろ、私を殺さないで! 見逃しなさいよっ、うぁ、あああああ!」
まさかの号泣。恥も外見も投げ捨てた絶叫。
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、『三つ首』を睨みつける。赤く腫れた眼で懇願する。『殺さないでくれ』と。
しかし無駄な事でだ。
理性も何もない『三つ首』に、そんな命乞いは通じない。
どれだけ懇願しても、彼女には通じない。
と言うか根本的に間違っている。
「──え」
『三つ首』は満潮の手を握ったまま、振りかぶる。
そして一気に──投擲。
満潮を暗黒球の中へ投げ飛ばしたのである。
「ああああああ!?」
『満潮さーん!?』
余りの速度に、重力嵐も振り切って真っ直ぐ飛ばされる。
だがその瞬間だった。
獣の残骸から、満潮を包囲するように、無数のレーザーが放たれたのだ。
「──これは、まさか!?」
さっきのように這っていたら全弾直撃していた。
しかし、『三つ首』が投げ速度が増したせいでレーザーは空振り。
満潮は無事──と言っていいのか分からないが──暗黒球の中へ呑み込まれた。
「助けてくれたって、言うの!?」
一体、何の意図があってこんな事をしたのか。
満潮の声は暗黒球へと消える。
『三つ首』の眼には、満潮が大切に持っていた、真っ白な鎖が焼き付いていた。
また、腹を空かせた音がした。
*
何故『三つ首』はあんな、私を援護する行動をとったのだろうか。
それは分からない。
けど一つ言いたいことはある。
「何処に行くのよ……これっ!」
満潮は暗闇を
暗黒球へ突入してから、体感時間にして既に10分超。
その間ずっと落下しているのに、未だに何処にも着地せず。延々と落下する。
まず、暗黒球の中へ入る事が想定外。目の前で立ち止まり、卯月救出の為にどう動くべきか考える予定だった。
とは言え、内部へ入らずに何とかなるというのは、甘い考えだと満潮自身自覚していた。
だが待っていたのはコレだ。
何れ何処かへ着地、最深部に卯月がいると思っていたが、まだ到達できない。
幾ら何でもおかしい。
只の落下ではない。注意してみると、ずっと落ちているのに速度が全く変化してないのに気付く。ずっと等速のままだ。
そもそも、人一人分の暗黒球なのに、何処までも落下する事が異常。
「物理的に、落ちてるって訳じゃないって事?」
だとすれば、待っていても意味はない。底はあるかもしれないが、満潮自身がそんなに待てない。単純に我慢の限界。
「この状態で、アイツを探し出すしかないって事か……」
しかしそれはそれで困難だ。
周囲は完全な暗黒。一切の光がない。この空間自体が完全な暗室。目が慣れるとかそういう状態でさえない。
卯月を目視で探すのは不可能、けど、聴力や触覚で探せるような特殊技能を満潮は持っていない。
できる手段はこれぐらいしか浮かばなかった。息を目一杯吸って、そして叫んだ。
「卯月! 何処なの、返事をしなさい!」
声は暗闇へ消える。
「返事をしろ! アンタの耳なら、聞こえない訳がないでしょうが! 態々助けに来てやったのよ、少しぐらい答えなさいよ!」
声は暗闇へ消える。
「……卯月! 無事なの、今どうなってんの! 呻き声でも何でも良いから、私に声を返し……ゲホッ、ガッ……!?」
声は暗闇へ消える。
返事も返ってこない。熱で焼かれボロボロだった喉が、更に使い物にならなくなる。
それでも満潮の眼には『決意』があった。
「諦めるな……私は、諦められないんだ、こんな終わり方なんて、世界が終わったって認めてやるもんですか」
正直絶望の方が大きかった。
一切の光源がない世界、落ちているせいで探し回る事もできない世界。どうやって人一人を見つければ良いのか。
「卯月、卯月──ッ!」
だが、諦めない。
叫び続ける。
此処まで来て諦めるなんて絶対に嫌だ。
あの時とは違う、手を伸ばせば届く状況なのだ、尚更諦められない。
「──え」
ずっと持っていた白い鎖が、目も眩むような閃光を放ち始めたのだ。
それだけでなく、カタカタと、意思を持っているかのように動き始める。
「…………」
満潮は何かを感じ取り、鎖を虚空へ投げた。
鎖は自ら動き、奈落の奥深くまで一気に落下していく。
単に真っ直ぐではない。
この虚空で、ぶつかるような何かがある。
そんなモノは一つしかない。
「誰だか分からないけど……感謝するわ。これが何なのか分からないけど!」
満潮は鎖を掴み、引っ張る。
逆に自分が引っ張れる感覚がする。
間違いなく何かがいる。
確信した満潮は、ロープを使って崖を登るように、鎖を辿って奈落を下る。
白い鎖の輝きが、暗闇を照らしていた。
道中も完全な暗闇。何もなく、底も見えず、挙句壁もない。
どういう空間なのか理解は諦めた。
重要なのは、卯月を助けるという一点のみ。
やがて、鎖の道が途絶える。
鎖の先端、錨が突き刺さっている『それ』が見える。
「見えた……っ!」
若干遠く、朧気だが、あの顔は見間違えようがない。
卯月がそこにいた。
やはり自分と同じように等速で落下していた。
同じ速さで落下してるのだ、道理で発見できない訳だ。
しかし、相手は最後の脱皮をする筈だった獣。
それを邪魔され、挙句中に入ってきた不届き物への容赦はない。
傍まで行こうと、再び鎖を辿り始めた満潮。
「──邪魔」
「え」
卯月から伸びた『真っ黒な鎖』が、満潮の身体を抉り飛ばした。