前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第191話 獣⑨:ALICE

 獣となった卯月と、レ級改flagship(三つ首)との戦いは佳境に入る。

 卯月の敗北で。

 

「■、■……■■」

 

 瀕死、そう呼ぶ他ない。

 赤黒い外殻は破損してない箇所がない。手足は骨ごと砕かれ、立つ事もままならない。

 最初に破壊された羽の穴は空いたまま、片翼に至っては根本から食い千切られた。

 

 象徴的だった一対の巨角は途中で折られた挙句、骨のオヤツみたいに喰われた。

 目も潰され、尻尾も千切れる寸前。

 辛うじて、首だけ動かせる状況。

 

「──ッ!!!!!」

 

 天に向かって咆哮する『三つ首』は、対して全くの無傷。

 いや、厳密に言えば、何度もダメージを負っていた。

 攻撃を喰らった時だけでなく、自分自身の攻撃のパワーで何度も自壊を繰り返していた。

 

 だが、その毎に再生していた。

 それも()()()でなく、()()()()に。

 二度目は自壊しない、二度目の攻撃は効かない。

 

 より強固となった外殻による攻撃は、更なる攻撃力を宿す。

 

「■■■…………!」

 

 どうにか、口だけ開いた。

 追い詰められた獣は命の危機を感じる。死の淵に立った事で齎されるパワー。要するに火事場の馬鹿力。

 獣の放ったレーザーは、間違いなく、今までで最強の物だった。

 

 『三つ首』は真正面から超えてきた。

 

「──……ッ」

 

 多少、進み辛そうにするが、その程度。

 もう顔の皮一枚焼く事もできない。

 『三つ首』は体当たりをするでもなく、単なるダッシュで突っ込んできた。

 

「■、■■ッ」

 

 獣は飛んで逃げようとした。

 実の所、最後のチャンスを逃さない為、再生の為のエネルギーをずっと溜めていた。

 それを全て両翼に回し、一気に再生、飛んで回避、戦線離脱を試みた。

 

 羽が──ズズズ──と音を立て、生え出した。

 

 一気に再生すし、すぐさま離脱だ、これ以上戦えば捕食されてしまう。

 しかしそれが『罠』だった。

 確かに翼は再生していた。後コンマ数秒で再生するのも確かだった。

 

 爆散した。

 

「■■! ■!?!? ■──ッ!?!」

 

 再生しかけていた翼が謎の大爆発。

 翼の根本が見るも無残に抉られた。

 傷口には、見覚えのある鋭い欠片が何百と突き刺さっていた。爆発の衝撃で飛散して刺さったのだ。

 

 それは、『三つ首』の装甲の欠片だった。

 もう僅かな再生も叶わない。

 どうして爆発した、どうしてこれが刺さった。どうして全く再生しない。

 

 死が迫る。顔を上げる。

 もう全てが遅い。相手が悪過ぎた。

 相手は世界の頂点に立つ一角だったのだ。

 

 

 首に、三本の尻尾が絡まった。

 

 

 そして放たれたのは『背負い投げ』。

 47メートル以上の巨体を、2メートル以下で投げ飛ばす『背負い投げ』。

 掴んだ首を起点に、何度も何度も繰り返される『背負い投げ』。

 

 首が千切れた。

 

 だが『三つ首』は知っている。頭を破壊しても意味はないと。まだ死んでいないと。真のトドメはこれからだと。

 

 ここにきて『三つ首』は初めて、尻尾の口内にある主砲を展開した。

 それは最早、艦艇に乗せて良い代物にあらず。

 見る人が見れば、『バカなの?』と断言するゲテモノが──『三連装列車砲(80センチ三連装砲)』が顕れた。

 

 主砲を剥き出しにして、尻尾の顎が首の断面に喰らい付いた上で砲撃開始。

 

 接射だった。

 砲口とターゲットが密着した状態で、繰り返し接射。

 当然、行き場を無くしたエネルギーが暴走し、『三つ首』の尻尾が砕けていく。

 だが、やはりお構いなし。

 加速する再生で帳尻を合わせて、尚も砲撃を捻じ込み続ける。まるでドリルのように掘り進んでいく。

 

 首が砕けた、腕が砕けた、全身から爆発が噴き出す。

 

 そして本命──胸部の外殻が粉砕された。

 

 『三つ首』はそれを睨みつける。

 これが獣の本体。この中に核がある。

 顕れたのは、心臓なんて当たり前の物体ではない。

 

 そこには『奈落』が埋まっていた。

 

 心臓と同じ位置に存在。

 それは、終わりなき続く奈落。見た目だけを言うなら黒い球体。さながらブラックホールのような、底知れぬ暗黒球。

 

 一応砲撃を撃ってみる。

 虚無へ消えて終わった。

 何故なら奈落だからだ。

 暖簾に腕押しと言うが、この場合は虚空だ。何も無い所へ攻撃したてとて、まず当たる物がない。

 

 だが問題ない。想定済み。『三つ首』は怒りの咆哮を上げる。

 これでやっと目的が達成できる。最善を得れるかは賭けだが、兎に角やってみなければ分らない。

 暗黒球に対して、恐るべき剛腕を掲げる。

 

 横殴りの爆撃が横顔を引っ叩いた。

 

「…………?」

 

 多少しかダメージになっていない。速攻で再生するので結局意味はない。

 しかし『今のは何なんだ?』と、『三つ首』の意識を逸らすには十分。

 

 瞬間『三つ首』は、その場からずり落ちた。

 

 足場──破壊され尽くした獣の残骸だ──が崩れ落ち、巻き込まれていた。暗黒球から引き剥がされてしまう。

 瑞鶴のものではない艦載機が飛び交っていた。艦載機の爆撃で不安定化していた足場を崩したのだ。

 『三つ首』は、遥か遠方、気配のする方を睨む。

 

 空から、チラリと確認できた奴。赤い艦娘が弓矢をこちらへ向けている。

 成程あいつの妨害か。『三つ首』は獣を一瞥し、赤い艦娘『赤城』に対して咆哮。

 しかし距離が遠い。

 近づくのは簡単だが、これ以上獣と離れるのは嫌だ。

 

 『三つ首』は赤城に対して、主砲を向けた。

 三本の尻尾から、それぞれ三連装列車砲が展開。

 要するに九連装列車砲が、狂気が牙を剝き、集中砲火が始まった。

 

 そうして『三つ首』の怒りを買った赤城だが、それが狙いだったので特に気にしていない。

 重要なのは奴の注意を引く事。卯月のトドメを刺されない事。

 

 直ぐそこまで満潮は辿り着いていた。

 

 

 

 

 灼熱地獄、レーザー地獄、衝撃波地獄を──赤城の援護込みとはいえ──死ぬ物狂いで踏破した満潮は瀕死だった。

 とうに限界は超えていた。

 常に視界は揺らぎ、肺の殆どが焼け付いて、まともに息もできない。

 

 それでも辿り着いた、やっとここまでこれた。

 ぼんやりとした見えないし、意味が分からないが、本能的に理解できる。あの暗黒球の中に卯月がいるのだと。

 

 『三つ首』に気取られない様、慎重に獣の残骸を登り出す。

 普段なら簡単なジャンプであっさり行けるのに、もうその体力がない。何ならジャンプしたら衝撃で死ぬ気がする。

 

 しかし、何事もそう上手くいく筈がない。

 

 突然彼女を──周辺一帯が激しく揺れ出した。

 

 凄まじい勢いに、登りかけていた満潮は海面に投げ出される。

 だったらもう一度だ、何度でも登らなきゃいけないんだ。

 顔を上げた満潮が見た物は──

 

「え」

 

 海面が()()()()()()()()()光景だった。

 それは獣の最後の足掻き。

 最後の脱皮が叶わなくなったが故の、やけっぱちの暴走。

 残った力を使い、可能な限りの全てを、暗黒球へ引き摺り込もうとしていたのだ。

 

「これは……い、『引力』なの、どうして!?」

 

 満潮も引力に引っ張られ、浮かび上がってしまう。

 考えようによってはむしろ楽。何もしなくても、あの中へ飛び込めるのだから。

 だが当然そんな筈がない。

 

 引き摺り込まれ易い法則でもあるのか──満潮の背後から、瓦礫や巨大な岩判。へし折れたマンションや木々が飛んできた。

 

 ただでさえ瀕死の今、こんなものを喰らったら死ぬ。

 しかし宙に浮かんでるせいで回避行動が取れない。

 死ぬしかないのか。

 

『いいえ、むしろチャンス。その引力を利用して一気に接近しましょう』

 

 赤城の声が聞こえた気がした。

 飛来する物体が、赤城の爆撃で破壊される。

 

 更に『足場』が顕れた。

 暗黒球へ到達する為の足場として、艦載機が低速飛行していた。

 

 ハリケーンの真っ只中に居るような状態なのに、平然と飛行できるのは化け物とした形容できない。

 しかしこれで卯月の元へ行ける。

 そこへ最後の猛威が現れる。

 

「────ッ!」

「『三つ首』ッ!? 嘘、飛んでる!?」

 

 獲物を取られまいとする為か、『三つ首』が牙を剝きだしにして、この暴風の中を猛スピードで飛翔していた。

 回避なんて考えていない。瓦礫等に何度も当たるが、逆に全て砕いて真っ直ぐ迫って来る。

 

『満潮さん急いで! 追いつかれたら命はありません!』

「分かってる、わよ……っ!」

 

 その光景はさながら、猛吹雪の中慣行されるロッククライミング。

 飛び交う艦載機に、その度に命を懸けながら手を掛け、足を延ばす。吹き荒れる重力嵐に視界が乱れる。

 

 それでも必死に手を伸ばす。

 歯を食いしばり、肺を焼かれ何度も血を吐いても諦めない。

 

「できるか……諦め、られるか……!」

 

 できるできないの問題ではなく、最初から()()()()のだ。

 諦められない。

 だからやるしかない。

 狂気と呼ぶべきその執念で、満潮は手を伸ばす。

 

 そして、その手が獣に届き──『三つ首』が追いついた。

 

「そんなっ……!」

『不味い!』

 

 満潮の手を『三つ首』が掴んだ。

 

 危機を理解した赤城が矢を飛ばす。

 やはり回避行動は取らず、全弾胴体へ直撃。しかし『三つ首』は全く意に介さず、満潮の手を握り続ける。

 

 ──終わりだ。

 

 全てを察した満潮は悟る。

 認めたくないがこれが現実。受け入れるかない。

 

「嫌だ」

 

 叫んでも、泣いても、どうすることもできない。

 だが、そんなのは関係ない。

 

 満潮の何かが、決壊した。

 

「嫌だ……ヤダ、死ねない、こんな、こんな所で死にたくない! 私は、まだ、皆の為に、何もできてない! 止めろ、私を殺さないで! 見逃しなさいよっ、うぁ、あああああ!」

 

 まさかの号泣。恥も外見も投げ捨てた絶叫。

 涙で顔をぐしゃぐしゃにして、『三つ首』を睨みつける。赤く腫れた眼で懇願する。『殺さないでくれ』と。

 

 しかし無駄な事でだ。

 理性も何もない『三つ首』に、そんな命乞いは通じない。

 どれだけ懇願しても、彼女には通じない。

 

 と言うか根本的に間違っている。

 

「──え」

 

 『三つ首』は満潮の手を握ったまま、振りかぶる。

 そして一気に──投擲。

 満潮を暗黒球の中へ投げ飛ばしたのである。

 

「ああああああ!?」

『満潮さーん!?』

 

 余りの速度に、重力嵐も振り切って真っ直ぐ飛ばされる。

 だがその瞬間だった。

 獣の残骸から、満潮を包囲するように、無数のレーザーが放たれたのだ。

 

「──これは、まさか!?」

 

 さっきのように這っていたら全弾直撃していた。

 しかし、『三つ首』が投げ速度が増したせいでレーザーは空振り。

 満潮は無事──と言っていいのか分からないが──暗黒球の中へ呑み込まれた。

 

「助けてくれたって、言うの!?」

 

 一体、何の意図があってこんな事をしたのか。

 満潮の声は暗黒球へと消える。

 『三つ首』の眼には、満潮が大切に持っていた、真っ白な鎖が焼き付いていた。

 また、腹を空かせた音がした。

 

 

 *

 

 

 何故『三つ首』はあんな、私を援護する行動をとったのだろうか。

 それは分からない。

 けど一つ言いたいことはある。

 

「何処に行くのよ……これっ!」

 

 満潮は暗闇を()()()()()()()

 

 暗黒球へ突入してから、体感時間にして既に10分超。

 その間ずっと落下しているのに、未だに何処にも着地せず。延々と落下する。

 

 まず、暗黒球の中へ入る事が想定外。目の前で立ち止まり、卯月救出の為にどう動くべきか考える予定だった。

 とは言え、内部へ入らずに何とかなるというのは、甘い考えだと満潮自身自覚していた。

 

 だが待っていたのはコレだ。

 何れ何処かへ着地、最深部に卯月がいると思っていたが、まだ到達できない。

 

 幾ら何でもおかしい。

 只の落下ではない。注意してみると、ずっと落ちているのに速度が全く変化してないのに気付く。ずっと等速のままだ。

 そもそも、人一人分の暗黒球なのに、何処までも落下する事が異常。

 

「物理的に、落ちてるって訳じゃないって事?」

 

 だとすれば、待っていても意味はない。底はあるかもしれないが、満潮自身がそんなに待てない。単純に我慢の限界。

 

「この状態で、アイツを探し出すしかないって事か……」

 

 しかしそれはそれで困難だ。

 周囲は完全な暗黒。一切の光がない。この空間自体が完全な暗室。目が慣れるとかそういう状態でさえない。

 卯月を目視で探すのは不可能、けど、聴力や触覚で探せるような特殊技能を満潮は持っていない。

 

 できる手段はこれぐらいしか浮かばなかった。息を目一杯吸って、そして叫んだ。

 

「卯月! 何処なの、返事をしなさい!」

 

 声は暗闇へ消える。

 

「返事をしろ! アンタの耳なら、聞こえない訳がないでしょうが! 態々助けに来てやったのよ、少しぐらい答えなさいよ!」

 

 声は暗闇へ消える。

 

「……卯月! 無事なの、今どうなってんの! 呻き声でも何でも良いから、私に声を返し……ゲホッ、ガッ……!?」

 

 声は暗闇へ消える。

 

 返事も返ってこない。熱で焼かれボロボロだった喉が、更に使い物にならなくなる。

 それでも満潮の眼には『決意』があった。

 

「諦めるな……私は、諦められないんだ、こんな終わり方なんて、世界が終わったって認めてやるもんですか」

 

 正直絶望の方が大きかった。

 一切の光源がない世界、落ちているせいで探し回る事もできない世界。どうやって人一人を見つければ良いのか。

 

「卯月、卯月──ッ!」

 

 だが、諦めない。

 叫び続ける。

 此処まで来て諦めるなんて絶対に嫌だ。

 あの時とは違う、手を伸ばせば届く状況なのだ、尚更諦められない。

 

 ()()()()()()()()

 

「──え」

 

 ずっと持っていた白い鎖が、目も眩むような閃光を放ち始めたのだ。

 それだけでなく、カタカタと、意思を持っているかのように動き始める。

 

「…………」

 

 満潮は何かを感じ取り、鎖を虚空へ投げた。

 

 鎖は自ら動き、奈落の奥深くまで一気に落下していく。

 単に真っ直ぐではない。()()()()()()()()()()()()()して伸びていき……何かにぶつかった。

 

 この虚空で、ぶつかるような何かがある。

 そんなモノは一つしかない。

 

「誰だか分からないけど……感謝するわ。これが何なのか分からないけど!」

 

 満潮は鎖を掴み、引っ張る。

 逆に自分が引っ張れる感覚がする。

 間違いなく何かがいる。

 確信した満潮は、ロープを使って崖を登るように、鎖を辿って奈落を下る。

 

 白い鎖の輝きが、暗闇を照らしていた。

 道中も完全な暗闇。何もなく、底も見えず、挙句壁もない。

 どういう空間なのか理解は諦めた。

 重要なのは、卯月を助けるという一点のみ。

 

 やがて、鎖の道が途絶える。

 鎖の先端、錨が突き刺さっている『それ』が見える。

 

「見えた……っ!」

 

 若干遠く、朧気だが、あの顔は見間違えようがない。

 卯月がそこにいた。

 やはり自分と同じように等速で落下していた。

 同じ速さで落下してるのだ、道理で発見できない訳だ。

 

 しかし、相手は最後の脱皮をする筈だった獣。

 それを邪魔され、挙句中に入ってきた不届き物への容赦はない。

 傍まで行こうと、再び鎖を辿り始めた満潮。

 

「──邪魔」

「え」

 

 卯月から伸びた『真っ黒な鎖』が、満潮の身体を抉り飛ばした。

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