前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

192 / 221
第192話 獣⑩:ABYSS

 何故か分からないが『三つ首』の援護により、獣の体内にあった核──暗黒球の中へ突入に成功した満潮。

 永遠に落下し続ける奈落の中、やはり分からないが白い鎖の導きにより、同じく落下し続けていた卯月の元へ到達する。

 

「邪魔」

 

 しかし待っていたのは、黒い鎖による攻撃だった。

 

 卯月から何十本も黒い鎖が伸び、満潮へ突っ込んで来る。身を捩り回避しようとするが、運悪く一本に被弾。

 あろうことか、それだけで肉が抉れ飛んだ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 肉を抉る勢いで迫って来る黒い鎖。全てを喰らえば肉団子確定。幸い此処でも武器は使える。主砲を乱射し鎖を迎撃。

 

「だから邪魔、うーちゃんの邪魔すんなっぴょん」

 

 しかし、鎖は無尽蔵に供給される。

 ある一定の本数以上が同時展開される事はないが、撃っても撃っても減る事はない。

 そして再び被弾。足の肉が抉れる。

 

「──ッ」

 

 既に満潮は瀕死。戦える状態ではない。どうやっても追い詰めらるのは必然。

 ──だとしても、ムリだ。

 此処まで来て『止まる』なんて選択肢はない。

 

「さっきから、何を、すんのよバカ卯月!」

「バカってなんだっぴょん。真理を何も分かってない輩が知ったような口を聞くんじゃぁない!」

「真理ぃ!? まさか、あの破壊行動が!? やっぱりふざけてんじゃない!」

 

 白い鎖が光っているとは言えまだまだ暗い。卯月の表情は伺えないが、呆れた表情のように思えた。

 

「ふぁー、ほら分かってない」

「煩い! 何だって良いからこの破壊活動を止めなさい。でなきゃ殴り飛ばすわよ!」

「ヤダ」

「殴る!」

「……できもしない癖に」

 

 白い鎖はまだ卯月へ繋がっている。此処まで来たのと同じように、鎖を辿って卯月へ接近していく。

 そこへ、また黒い鎖が伸びる。

 満潮はそれを迎撃し、被弾を僅かでも減らし、鎖を進み続ける。近くに行かなきゃ殴れない。

 

「別にこっち来なくていいのに。そりゃ最後は全員殺すけど、態々死にに来る必要はないぴょん」

「アンタが訳分かんない事しているからでしょうが! 何よ真理って。この破壊に何の意味があるの!」

「意味? 意味はないぴょん。それが意味だぴょん」

「は?」

「意味なく、世界を終わらせるのが、うーちゃんのお仕事だったんだぴょん」

 

 何の疑いもない。悟りにでも目覚めたような晴れやかさだった。

 

「何よそれ……アンタの仕事は『艦娘』でしょ。誰かの為に何かを救っていくのが、私達の仕事でしょうが!?」

「うん、だから、そうしてるぴょん」

「どこがよ!?」

「うーちゃんは分かったんだぴょん。皆が望んでる事を!」

 

 攻撃を受け、肉を抉られ続け、前へ進む。

 少しずつ卯月の姿が鮮明になる。

 しかし満潮は、何か、悍ましい気配を感じていた。

 

「皆、終わりを望んでたんだぴょん。こうなってやっと分かった。誰も彼もが終わりを望んでるって。理由も何もない、抗うも何もない、必然足る終わりが世界には必要だった。何がどうなって酷くなろうが、問答無用で全部終わる。悲劇も、絶望も、悪夢だって終わっちゃえば苦しくない。それが皆の願い」

「願いですって……?」

「そう。ほら、だから同じだぴょん。これは誰かの為の戦い。艦娘としての責務を全うしてるっぴょん」

 

 より鎖を進む。卯月へ近づく。姿が見える。満潮は悍ましさの正体を理解し、逆さ吊りの状態もあって、吐きそうになった。

 

「でもまあ、流石に誰もやりたがらないから……だから、うーちゃんがやるんだぴょん。それが私の役割だったから」

 

 卯月の身体を、夥しい量の鎖が貫いていた。

 同化、と呼ぶべきなのか。真っ黒な錆塗れの鎖が、体内へと潜り込んでいる。鎖そのものに卯月が呑まれている。

 

「何なのよそれは……」

「皆だけど?」

「意味不明じゃない! さっさと引き剥がせそれを! 見れば分かるでしょ、アンタおかしくなってんのよ、その鎖で!」

「…………」

 

 突然、爽やかだった卯月の顔が変貌。満潮への敵意を剥き出しに。

 

「自分でやらないってんなら、力ずく引き剥がす!」

 

 残弾は僅か。その主砲を卯月を縛る鎖へ向け、トリガーを引く。放たれた砲弾が鎖に命中。

 

「無駄なのに」

 

 しかし、砕けたのは砲弾の方だった。

 

「嘘っ!?」

「そりゃそうだぴょん。この鎖には、()()()()()()()()が宿ってるんだから」

 

 驚愕する満潮へ鎖が殺到。主砲で迎撃し直撃は回避するが、それで僅かな残弾も尽きてしまう。

 

「無駄だと理解できたら諦めるぴょん。満潮が何をどうしようが、この流れは止められない。世界はそう出来ている」

「訳が分からないって、言ってんのよ。終わりだの何だの。そんな自殺志願者みたいな連中の願いよりも、優先する事があるでしょうが!」

「ないよ?」

 

 再び鎖が殺到する。しかし迎撃する為の武器は──まだある。満潮は魚雷を投げ、それを機銃で撃ち爆発させる。

 

「この世界で一番強いパワーは、『未来へ進む力』だぴょん。うーちゃんはそれに乗っかってるだけ」

「だから意味が分からないのよ……そんな話はどうでも良い。今すぐこの破壊活動を止めなさい! これが、アンタのやりたかった事なの!?」

「そうだぴょ──」

 

 満潮はそれの『呪詛』を遮る。

 

「違う! 『報復』だったじゃない!」

「報復……」

「アンタを地獄へ堕とした『黒幕』への報復は!? それだけじゃない、折角得た人としての生を楽しむって言ってたのは何だったの!? 今更違うって言うの、それはアンタの嫌悪する嘘じゃないっ!」

 

 彼女は必死だった。必死で鎖を辿っているが、激しい抵抗に阻まれている。今この位置からできる事は、全力で呼びかけるだけ。

 

「……ああ、そんな事?」

 

 しかし届かない。

 

「大丈夫、報復はちゃんと成し遂げるぴょん。黒幕は世界の何処かにいる。だから世界を滅ぼせば、そいつの抹殺もできちゃうぴょん。楽しむってのは、もう達成済み。今こうしてるのがとっても楽しいぴょん!」

「これが!? どこが!? こんなのが、人の楽しみだって言うの!?」

「そうだけど?」

 

 尚も叫ぶ。

 

「頭の沸いた事言わないで! あれこれ食べ物買ってたじゃない。まだ食べてないの残ってんのよ、次の給料日でまた新しいの買うんでしょ!? それに……日記! 碌な内容書けてない、もうちょっとマシな内容書きたいんじゃないの、どうなの!?」

「いや別に……んな即物的な幸福、『真理』に目覚めた後と比べると」

「『誇り』はどうしたの」

 

 叫び続ける。

 

「今のアンタの姿が、今やってる事が、『卯月』に対して誇れると思ってんの。誰が見ても『流石』だって思える姿なの……!」

「誇れるけど?」

 

 だが届かなかった。

 

「これが一番誰かの為になる行動、世界の意思そのもの、と、なれば、こんなにも誇らしい事はないぴょん。口では否定するだろうけど、心は正直に感謝している。感じられる、分かるんだぴょん」

「……ふざけないでよ」

「ノンノン、絶対的な終焉を誰もが望んでいる。満潮もそうじゃないの?」

「煩い!」

「あ、そ」

 

 卯月の身体からまた鎖が伸びる。惨めに這ってくる満潮を叩き出す為に、それが突っ込んでいく。

 

「喚くのは終わりなら、こっちも終わらせるぴょん」

「──っ!」

 

 もう迎撃の為の武器はない。魚雷も爆雷も尽きた。身体を捩って致命傷にならないよう踏ん張るのが精一杯。

 

 心の中は絶望で一杯だ。

 そりゃ、親しかった覚えはない。むしろ鬱陶しいし邪魔だ。しかし声の一つさえ届けられないとは思わなかった。

 仲間一人、同居人の心一つさえ救えない自分が恨めしい、情けなくて仕方がない。

 

 しかし、卯月の理論は──言いたくないが完璧だ。

 狂っているが、間違った事は一つも言っていない。

 世界を吹っ飛ばせば、何処かにいる黒幕も消せる。人生の楽しみ云々は当人の主観でしかない。

 

 それでも、『卯月』に誇れるかは、否だと言いたかった。誰も感謝なんてしてないと、叫びたかった。

 

 できない、それが言えない。

 何故なら、()()()()()()()から。

 絶対的な終焉こそが、世界に必要なのだと、満潮自身が知っている。

 

 

 かつて、『終わり』を渇望していたから。

 

 

 『終わり』がどれだけ魅惑的なのか知っている。

 ましてや、理不尽な終焉だ。それが本当に来てくれるなら、これ以上嬉しい事はない。その気持ちを知っているせいで否定できない。

 

 表面上取り繕って言った所で、今の卯月は直ぐ嘘だと見破るだろう。言うだけ無駄だ。

 卯月の言う通り、本音を言えば卯月に感謝していた。理不尽な終わりを齎してくれる事を、本当に嬉しく感じていた。

 

 そんな心で、言葉を届けられる筈もない。

 『終わり』が欲しいと思っている奴が、それを否定した所で、そんな言葉が届く筈がなかったのだ。

 

「抵抗すれば、苦痛だけが増すだけぴょん。早くコレを受け入れるぴょん」

 

 鎖の一本が反撃を潜り抜け、満潮の身体へぶつかる。

 しかし身体は抉り飛ばなかった。

 代わりに鎖は、体内へ潜り込んだ。

 

「ひっ!?」

「んんっ……はぁ、ああ、そういう事。なーんだ満潮は()()()()()()だ。じゃあ……私達と一緒になるぴょん」

 

 卯月は鎖を通じ、満潮の気持ちと同化。心の奥底では『終わり』を欲していると気が付き、とても嬉しくなった。

 

「止めろ、止めなさいっ!」

「はははまたまた、そんな心地良さ気が顔じゃ説得力皆無だぴょん。はいもう一本追加」

「ひゃぅっ!?」

 

 また鎖が体内へ。皮膚の下をミミズが這いずっているような悍ましい感覚──が正常。なのにちっとも気持ち悪くない。鎖の冷たさが、無機質さが心地良い。それどころか気持ち良さまである。

 

「これが終わりだ」

 

 卯月の声が耳を撫でまわす。

 

「終わりは幸福なこと。他の人よりちょっと早くそれが来るってだけの話。何も分からなくなり、微睡んで行け」

「んあっ、ぁあ!?」

 

 意識が冷たさと快楽でぐちゃぐちゃになっていく。卯月のように鎖が何本も入る。鎖に取り込まれていく。

 傷だらけで疲れ切った身体は、抵抗の意思を見せない。

 深刻な闇を抱えた心も、それを否定できない。

 

 どうして、必死にこいつを助けようとしていたのか。こんなに自分に優しくしてくれるのなら、それで良いじゃないか。

 

「……う、づきぃ……」

 

 満潮は手を伸ばす。

 

「おねだりか。愛い奴め。勿論だ、終わりは平等に、誰にでも幾らでも与えられる」

 

 鎖が伸びる。貫く場所は頭部。自分と同じように真っ黒な終焉で虜にしてあげよう。

 そこに、邪悪な意志はなかった。

 100パーセント純粋な善意のみで、卯月は救済を望んでいた。

 

「ざけんな」

「へ?」

 

 しかしその伸びた鎖を、満潮が掴んだ。

 

「あの?」

「喋んな悍ましい何で終わりをこんな心地良くしてんのよ気持ち悪い最低最悪悪趣味ふざけんな大体何その喋り方まさか本気で救済だと思ってんの頭快楽で沸騰したのざっけんな何が幸福だ何が救済だ何が平等だ──っ!」

 

 何かと言うと、割かし単純な理由で。

 

「耐えれるか! アンタに救われるなんて! 気持ち悪い!」

 

 卯月への嫌悪の方が勝った。

 

「……え、あの、じゃあ何でここに」

「最初から、こうすれば良かった。これがアンタを狂わせてるってんなら、受け入れるのが一番近づける!」

 

 黒い鎖を握りしめ、力の限り引っ張り、一気に卯月の方へ加速した。

 

「まずい!」

「おおおおお!」

 

 全身を駆ける快楽を否定するように叫ぶ。自分の身体に繋がってしまった鎖も含めて、引っ張り、足場として蹴り飛ばし加速する。

 卯月は反射的に、鎖で迎撃を行う。

 しかし、此処に来て。『白い鎖』が動いた。

 

「弾いた!?」

 

 『白い鎖』が撓り、突っ込んできた黒い鎖を弾き飛ばした。

 

 そして満潮は、卯月の手を掴む。

 

「とりあえず──宣言通りに!」

 

 全力で顔を殴りつけた。

 

「ッ──無駄、だぴょん。うーちゃんを殴った所で、コレは止まらない。一度空いた『穴』は決して塞がらない。だから」

「知るかそんなの!」

 

 叫ぶ満潮。今度は卯月と繋がる鎖を掴む。そして力の限りを尽くして、鎖を引き千切ろうとする。

 

「これの、どこが、誇れるって言うの。こんな暴走のどこにカッコ良さがあるって言うの!? 頭おかしくなってんじゃない!」

「それについてはさっき言った。これこそが、『卯月』にも誇れる行為だって」

()()()()()()!!」

 

 その発言は予想外のものだった。

 

「何言ってんだぴょん。運命の正しさはうーちゃんにある。皆等しく死ぬのが、一番良い事、皆が望んでいる事。これは妄想とかじゃなくて、絶対的な『真実』だぴょん!」

「知ってる! そんなの!」

「……え」

「終わりが、一番の救いだって、理解してる!」

 

 満潮は知っていた。終わりが救済だと。満潮は渇望していた。不条理でどうしようもない終わりの到来を。

 正直に言って、卯月のそれは望ましい事だった。

 受け入れても構わないと心の何処かで思っていた。

 

「だけど! アンタが死ぬ!」

 

 たった一つの問題を除いて。

 

「……は、うーちゃんが?」

「そうよ、アンタも死ぬって事でしょ!?」

「まあ、そうだけど」

 

 卯月は正直に答える。嘘は吐けない。こうなっても尚、嘘を言う事はできない。

 その返答に満潮は顔を更に歪ませる。

 

「なら認められない……世界の誰もが望んでいても、これが正しい事でも、私の欲しかった事でも、逝かせる訳にはいかない!」

 

 満潮は鎖を引っ張る。傷が開き、奈落の中に鮮血が飛び散る。

 それでも止めない。これしか手段がない。

 理屈じゃ勝てない、終わりが救いというのが、正しいと思ってしまえるから──だから叫ぶのだ。感情のまま、心のままに。

 それ以外にもう、言葉を届かせる手段が分からない。

 

「私の前で、誰も死んでほしくないの! だから、誰だか知らないけど離れろ、気持ちの悪い鎖が! 卯月アンタも抵抗しろ、それをとっとと引き千切れ! 顔も見たくないのに、今更アンタのいない未来が想像できない、だから、私の手を取れ!」

「いや、だから……」

「煩い!!」

 

 卯月の顔に水がかかる。

 それは涙──なんて上等なヤツだけじゃない。涙に、鼻水に、叫びまくるから唾までかかる。汚いぐちゃぐちゃの顔だった。

 

「私に救われろ!」

 

 誰を救うのか? 

 それは自分自身の為。

 卯月の事など考えていない、自分の心を救うために、卯月を救う。

 終わりは欲しいが──誰かが死ぬのは耐えられない。

 

「黙って、この手を、取りなさい!」

 

 どうしてここまで泣く。

 終わりへつけば、そんな悲哀も全部無くなる。皆が救われる。満潮の嘆きに意味はない。なのに心が揺れる。

 ──私は正しいの? 

 そして、卯月の目の前は真っ暗になった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。