前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

193 / 221
 今作のうーちゃん、しょっちゅう『カッコ良い』だとか、そういう事を言っているけど……その意味合いについては、一切説明していなかったと思います。
 今回、やぁぁぁぁぁぁっと、そこに触れます。


第193話 獣⑪:ABYSS

 『復讐』以外の全てを失った。

 

 それが卯月の自己評価だった。

 卯月の生きる意味は、生まれた直後に失われた。

 D-ABYSS(ディー・アビス)に洗脳されたとはいえ、仲間も人間も、誰も彼も殺し尽くした経験は、卯月のアイデンティティを根絶やしにしていた。

 

 『復讐』は絶対に必要だった。

 自分の中に燻るドス黒い憎悪、侮辱に対して、ケジメはつけなければならない。

 

 しかしあくまでケジメだ。生き方ではない。

 生き方が必要だった。

 だから卯月は、誇りに固執した。

 

 他の艦娘でも、多かれ少なかれ、『自身』への誇りを持っている。

 それは艦娘としてのではなく、かつてを生きた『艦艇』としての自分だ。

 

『『駆逐艦 卯月(わたし)』に、誇れる生き様を』

 

 しかし、具体的にそれはどういう生き方になるのか。

 誰かの為に戦う……のには意味を感じられない。

 

 何故なら、他人とは、自分が既に知っている『過去』だからだ。

 友情、愛、思い出、それらは過去に得た物。それを護るというのは、過去の為の戦いだ。終わった事の為に戦ったところで仕方がない。

 

 何より、大事な過去を虐殺をした彼女に、その道はもう選べない。

 

『……自分の為に戦おう』

 

 それは、目先の我欲を満たすという意味ではない。

 知らない誰かの為に戦う。

 つまり()()()()に戦うという事。そこには自分の知る過去は関わらない。

 

 誰でもない誰かの為の戦い──他者(過去)の意思が介在しない戦い、即ち()()()()()()()だった。

 

 言い換えれば()()()()()()()

 私を見た誰かが、カッコ良いと思ってくれるような生き様。

 それが、かつてを生きた『卯月』に対して、一番誇れるのではないかと……卯月はそう考えた。

 

『──だからこそ、黒幕に報復を』

 

 その生き方を、ちゃんと胸を張ってする為に、復讐はやはり必要だった。運命の決着をつけなければならなかった。

 

 果たして、それを選んだのか、それしか選べなかったのか。

 

 卯月はその誇りを胸に生きてきた。

 

 その結果、自らの手で護ると決めた子供を殺す事になった。

 悍ましい虐殺を目の当たりにした。

 

『──でもダメだ、未来の為でなきゃ』

 

 しかし、過去を()()にはできなかった。

 この死んでいった人達の意思が、無意味になってはいけないと、卯月は強く感じた。それは罪悪感故だったのか──卯月は壊れた。

 

 そして卯月は、未来の為の戦いを再開する。

 未来、果て無く未来、完全なる未来──それが行き付く先、『終焉』の為の戦いだ。

 全員死ぬ。

 しかし問題はない。

 自分の為の戦いだから、死者の意思を無駄にもしないから、恥ずかしい事は一つもなく『卯月』へ誇れる。

 

 

 だが、満潮の叫びが心を動かした。

 

 

 理屈で言えば、卯月が正しい。

 暴論の極致だが、世界が終われば全て救われる。ついでに巻き添えで黒幕も殺せる。

 しかし、あの満潮をあんなに泣かせるのが、本当に正解だったのか? 

 

 心が揺れる。何故、こんなに迷ってしまうのか。

 

『ソリャ、貴女ガ間違ッテルカラヨ』

『……え』

『貴女ハ正シイ……ケレドモ、ソレハ『結果』ダケ。未来ハ……『結果』ダケデ出来テハイナイ。ソレヲ見落トシタ結果ガ、彼女ノ涙』

 

 卯月は信じられない者を見た。

 終わりを知って冷え切った心でさえ、初恋のように燃え上がっていく。

 

『どうして、ここに』

()()()()()ヨ。私モ正確ニハ分カラナイケド……マアソレハドウデモイイワ。私カラ伝エタイノハ、タッタ一言』

「一言?」

『私ヲ侮辱スルナ』

 

 彼女の表情は、『完全なる殺意』で真っ黒だった。

 

『私ハ、ソンナ事ノ為ニ、戦ッテタンジャナイ。最後ニ行キ付クノガ、ソコダトシテモ……私ハ全力デ生キタノ』

「…………」

『貴女ノソレハ、諦観ノソレヨ』

「……で、でも、私は、何の意味を、持たせれば」

『救ワレルダケデ良イ。ソレデ、彼女ニトッテハ意味ガ生マレル』

 

 再び暗黒に、鼻水混じりの叫びが響く。

 どうやっても好きにはなれないが、今更、彼女ナシの未来が想像できない彼女の声。

 不倶戴天のルームメイトの絶叫が。

 それこそが、終わりへの道を、完全にするのに必要だったのだと、卯月は気が付いた。

 

「……どうして」

『ン?』

「また、助けてくれたんですか」

『礼ト、願イヨ』

 

 彼女は微笑む。殺意のない柔らかな笑みを。

 

『貴女ノオ陰デ私ハ意味ノアル最後ヲ迎エラレタ、ソシテ……貴女ノ歩ミハ、私ノ命ヲ意味アルモノニシテクレル。ソレガ続イテ欲シイ願イ』

 

 世界が再び真っ黒へ染まっていく。奈落が深くなっていく。

 

『デモ、コレデ本当ニ最後……奇跡ハ二度モオキナイ。私ヲ倒シタノヨ……モットカッコ良シナサイ』

「──はいっ!」

 

 声が消えた。

 卯月は確信する、もう絶対に奇跡は起こらないと。

 

「やっぱ、カッコ良いなぁ……」

 

 寂しげな呟きと共に、卯月は目を覚ました。

 

 

 *

 

 

 果たしてそれは何秒の間だったのか。

 暗闇から帰還した卯月は目を開く。

 眼前には目を閉じる前までと同じ、無限に続く奈落が広がる。

 

 満潮が必死で鎖を引き千切ろうとしているのも、前までと同じだった。

 

「満潮ー」

「何本あんのよクソが! ふざけんな、気色悪く纏わりついて……何なのよコレは、離れなさいよっ!」

「おーい、満潮ー」

「取れろ、取れろっ、取れ──え?」

 

 血塗れの手を止めて、涙&鼻水&涎でぐっちゃぐちゃの顔をこちらへ向ける。

 

「もう、大丈夫だぴょん」

「卯月?」

「大丈夫になったから、止めるぴょルボァッ!?」

 

 返事は右ストレートだった。

 

「私を油断させる気!? そうはいかない。騙されるものか!」

「いやあの、うーちゃん正気になレベァッ!?」

 

 左ストレートだった。

 

「こんな簡単に正気に戻る筈がない……これを、どうにかしなきゃ。私が、私がやらなきゃいけないんだ」

「み、満潮……あの……」

「……へっ?」

「正気、だぴょん。マジのマジで……」

 

 満潮が目をパチクリさせる。

 これ以上殴られるのは勘弁して欲しい。

 満潮は正気に戻った卯月を見て暫くフリーズ。そして状況を呑み込んで、卯月を睨みつけて、また殴った。

 

「死ね!」

「ぎゃんっ!?」

「なぁぁぁにが『大丈夫』よ! ここまで滅茶苦茶やっといて、そんな一言で済ませるつもりがざっけんぁぁぁぁ!」

「ちょ、あのまだ落ちてる最中だかギャァァァァ!?」

 

 これでもかと殴られた。

 顔面がたんこぶ塗れになるまで殴られた。

 

「ひでぇ……ぴょん」

「あれだけやっといて、これぐらいで済ませてるんだから、遥かに優しい方よ私は」

「そうですか……ハイ」

 

 文句の言いようが無かった。

 と、アレな時間はこれぐらいで切り上げる。

 正気になったのなら何時までもこんな所にいる理由はない。早く脱出しなくてはならない。しかし満潮にはまだ疑念があった。

 

「でも、その鎖繋がりっぱなしだけど、アンタ本当に大丈夫なの?」

 

 卯月を拘束していた黒い鎖は千切れていない。未だに繋がったまま。

 まだ狂気に侵されたままで、一時しのぎで正気のフリをしているだけなんじゃないか。満潮は

 そう心配していた。

 

「……これか」

 

 それを、卯月は何とも言えない視線で見つめる。

 

 この鎖の正体は結局の所──やはり鎖と言うのが一番最適だった。

 この戦場で死んでいった人達の無念。

 それを無駄にはできないという、呪いにも等しい卯月の重い。

 それが相互に合わさった結果、卯月を縛り続ける鎖として、顕れたのだ。

 

「さっさと千切るなりなんなりしなさいよ。全力で引っ張っても全然ダメだった。できるのはアンタだけだと思う」

 

 実際その通りだ。この鎖を構成している半分は卯月の意思。卯月が鎖の消滅を望めばその通りになる。

 奈落の底へ引っ張り続けるこれを、持ち続ける必要はない。

 しかし彼女は、鎖をじっと見つめたまま、中々動こうとしない。

 

「……早くしてくんない。ずっと落下し続けるのもいい加減キツイ。私だってダメージシャレにならないの。早く治療したい」

「ああ、うん。分かった」

 

 鎖を強く握りしめる。

 

「でも、千切らない」

 

 卯月は狂気に侵された歓喜ではなく、自分自身の意思でそう告げた。

 

「やっぱり無かった事にはできない。無駄にはできない、このまま奈落へ放置して、私だけ出てくなんて事はできない」

「……ならどうすんのよ」

()()()()()

 

 そう言って卯月は目を閉じる。

 次の瞬間、無数の鎖が──()()()()()()()

 繋がっていただけの鎖が、卯月自身に引き摺られるように、体内へどんどん呑み込まれていく。

 

 奈落の奥底にあった分も含めて、悍ましい量の鎖を卯月は飲み干していく。

 しかし、満潮に無理やり与えたような快楽はない。

 むしろ、絶望と苦痛に満ちた感覚。

 

 ──卯月は涼しい顔をして、それを全部受け入れる。

 

 実際の所、心の中に、途方もない数の人々が押し寄せている。

 自分と他者の境界線がなくなり、壊れていくのが確かに感じられる。

 しかし抵抗は許されない。

 憎悪に呑まれていた時は受け入れて、正気に戻ったらハイサヨナラなんて都合の良い事は、誰よりも何よりも、自分が許せない。

 

「全て……全部、引き摺っていく。無駄にはしない、いずれ消えて忘れ去られる呪いでも、せめて、私が生きている間ぐらいは……でも、その為には生きない。私は変わらない、私は、うーちゃんは自分の為に戦う」

 

 満潮は、驚愕していた。

 鎖をどれだけ飲み干しても狂っていく気配がない。

 様子がおかしくならない。

 しかし、彼女の外観が凄まじい変容を始めていた。

 

「これは呪いじゃない、祝福だ。そうしなきゃいけない。その為に『誇り』がある……」

 

 過去はもうやり直せない。

 過去(他人)の為に戦っても何の意味もない。

 けど、過去(思い出)がなければ人は自分を作れない。

 

 報復するのも、誇りを持つのも、過去があるから成り立つ事。

 でも、それが全てじゃ『呪い』にしかならない。

 

「過去を呪いじゃなく、祝福にする事。それこそが『誇り』……!」

 

 『祝福』に変えなければならない。

 それができるのは自分しかいない。

 先に『終わり』に至ってしまえば、意味も何もなくなってしまう。

 最終的に『終わる』としても、そこまでが重要なのだと、卯月は理解した。

 

「これが『誇り』なんだぴょん!」

 

 卯月の身体が、ドス黒い光で覆われた。

 

 四肢が空母棲姫を思わせるような、赤黒いガントレットとブーツで覆われる。

 そこから肌に、鈍く赤く光る亀裂が走る。

 目は一目で異形と分かる程赤く染まり、耳の付け根から後ろに向けて、一対の赤黒い巨角が生える。

 長く赤い髪の毛が、マグマのように赤く輝く。

 eliteクラスとも違う、眩く赤いオーラが全身を覆った。

 

「……赤い、深海棲艦?」

 

 そうとしか形容できない。

 赤い獣を人型に押し留めたような雰囲気。

 きっとこれが──孵化し切った姿なのだ。

 兎に角『赤』の印象が目立つ、駆逐艦の深海棲艦が目の前に立っていた。

 

「おまたせ、終わったぴょん」

「アンタ、大丈夫なのそれ」

 

 卯月は自分の身体ってか胸元を見た。絶望した表情で摩る。

 

「……大きくなってない」

「ああ大丈夫そうね」

 

 杞憂だった。極めて普段通りの卯月だった。心配した自分がアホだった。

 とりあえず、また狂っていない事に満潮は安堵する。

 本来の流れに戻す為、ゲホンと咳払いをする。

 

「んじゃ、此処から出るわよ。また外には瑞鶴とウォースパイトがいる。赤城さんが戦ってるわ、援護しなきゃいけない。『三つ首』の動向も気になるわ」

 

 赤城に助けがいるのかという話は置いておく。

 多分要らなかった。

 

「おう、じゃ、早く」

「え?」

「ん?」

「ええ、早くしてよ」

「何を?」

「いやだから、早くこの奈落から出してよって言ってんの」

 

 卯月の顔が真っ青に染まった。

 四肢や髪の毛、纏うオーラまで赤いのに、顔面だけ青いのは何だかシュールだった。

 満潮の顔も真っ青だった。

 

「……分からない?」

「それは、こっちの台詞だぴょん」

「……はぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 何と、どっちも脱出方法を分かっていなかった。

 

「ふざけんな!? 何でこの流れで分かってないのよ、この空間開いたのアンタでしょ!? 分かってなさないよバカなのアホなの!?」

「うっさいそんな精神状態じゃなかったぴょん! てかお前だって無策で飛び込んできたのかぴょん! 出口に鎖とか命綱的なヤツつけとけって話だぴょん!」

「やるも何も『三つ首』に投げ飛ばされたのよー!」

「この流れで出れないってヤダー! ダサ過ぎるってか此処でゲームオーバー嘘ぉぉぉぉ!?」

「嫌ー! こんな所で二人きっりとかぁぁぁ!?」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図だった。色々と台無しだった。錯乱する満潮の肩を誰かが叩いた。

 

「誰よこの状況下でふざけんな……」

 

 待て、誰が叩いた? 

 異常な悪寒の中、満潮は振り返る。

 『三つ首』がいた。

 

 繰り返す、『三つ首』が居た。

 

「…………」

「……え」

 

 何でこいつが此処に? 

 そんな事を考える暇もなく、『三つ首』が卯月と満潮を掴む。

 そして、三尾の内二本を翼へ変え、一気に飛翔。

 

「どわぁぁぁぁ!?」

「ギャァァァァ!?」

 

 パニックのどん底に叩き落される二人。

 特に『三つ首』にボコボコにされた卯月の悲鳴は酷かった。ぶっちゃけトラウマになっていた。

 しかしそんなの気にせず『三つ首』は飛ぶ。

 二人を抱えているのを感じさせない、軽やかな高速飛行──やがて、光が見えた。

 

「出口よぉぉぉぉ!?」

「あああわぁぁぁぁいっ!?」

 

 光を抜け、奈落から脱出した瞬間、満潮は無造作に放り出された。卯月は『三つ首』に掴まれたままだった。

 同時に暗黒球は閉鎖し消滅。

 巨大な獣の肉体も、光の粒子となって消滅していく。

 

「──ッ!」

 

 石畳へ投げられた満潮はギリギリで受け身を取って衝撃を逃がす。

 

「が……っ」

 

 そこで遂に体力の限界が訪れ、激しく吐血する。

 しかし、これで助かった。全てが上手くいった。卯月を正気に戻り脱出する事ができた。

 満潮は心の底から安堵する。

 

 けど、『三つ首』が分からない。

 どうしてあの空間に飛び込み、私達を救助してくれたのか。

 暗黒球へ投げ入れた時もそうだ、間違いなく『三つ首』は援護してくれた。

 

 ひょっとして、『三つ首』は味方だったりするんだろうか? 

 そう思い、顔を上げた満潮が目にしたのは。

 

 

「……あ゛」

 

 

 卯月の心臓を『三つ首』が貫く光景だった。




おまけ:この世界のパワーバランス

越者:武蔵、?????、三つ首
――越えられない壁――
最強格:卯月(完全体)、赤城、雪風、北上(全盛期)、ラスボス
準最強:卯月(獣)、カレー変異イ級、比叡カレー
まあまあ:D-ABYSS(ディー・アビス)搭載艦
例外:莨晁ェャ、遐エ螢、荳肴ュサ

ジョジョのスタンドパラメータ並の信憑性なので、あまり信じないようお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。