前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第196話 モニュメント

 前科戦線、執務室。

 高宮中佐と不知火の仕事場──だが、そこには今誰もない。

 彼らがいるのは、前科戦線の地下空間。

 昔、卯月が修復誘発剤の訓練を行った場所であり、最も防諜が施されている場所。

 

「──以上が、卯月さんより聞き取った情報です」

 

 波多野曹長の報告を聞き終え、中佐はタバコの煙を吐き出す。

 

「持ち合わせた倫理観、常識、価値観、それらへの影響はなし。だが……それは、知識や礼節として知っているだけ。『(さが)』としては致命的な変容が発生、か……」

「卯月さんも、それは自覚しているとのこと」

 

 命。その終わり。死に対する捉え方が、常人より遥かに軽い。

 誰かが死んでも、『あっそう』と済ませられる精神構造。

 ──何も問題はない。

 倫理的に表面上は動けるから、他所に見られても問題はない。

 

「ここでは致命的だ」

 

 しかし前科戦線では大問題。中佐は呟く。

 

「彼女は、元よりそういう人格の艦娘だったのかね?」

 

 初老の男性が問いかける。

 

「いいえ、ドライではありましたが、かなり感情的。人間的な艦娘でした」

「それがああも変容する。報告では聞いていたが、これがD-ABYSS(ディー・アビス)の影響ということか……」

 

 男性はもう一人へ向き直る。

 スキンヘッドで、袈裟を羽織った『護送人物』へ。

 

「君の所感を聞きたい」

「──私、ですか」

「そうだ、これは君の管轄だ」

「では、率直に申し上げます。凄まじく──()()です」

 

 そう言う『護送人物』自身は、信じられないといった顔をした。

 

「彼女は、最も深い領域まで踏み込んだ。で、あれば──あの程度で済む筈がない」

「本来の影響ではないと?」

「……よくて廃人、普通で深海棲艦化、最悪で終末思想の怪物に。そのどれに成っても暴走を始め、無差別虐殺を始める──私の知る人体実験の結果です」

「無差別虐殺……『獣』はそれをしていたが」

「戻った後は、そうではない」

 

 卯月はどれにも該当していない。

 死といった概念に対して、忌避感が消え去っているだけ。

 無差別虐殺は、ダメだと認識できてる。

 暴走もしていない。

 

「あの程度で済んでいるのは、奇跡と呼ぶ他ないと、私は思います」

 

 その上で、処遇を決めるのは高宮中佐の仕事。

 しかしそれでも、かなりの問題があった。

 

「……あの程度なのが、問題なのだ」

「君の悩みは分かる。今の卯月が前科戦線の『理念』に反している。それを気にしているのだろう?」

「そうです。貴方の『理念』こそが、この部隊を軍隊として成立させる最も重要な要。私はそれに従い、前科持ちを集めてきました。しかし、このようなケースは初めてなのです」

「だろうな。後天的に価値観が激変するなど、まさしく前代未聞だ」

 

 そう言って、『だが』と彼は──大将は続ける。

 

「しかし今は、君の部隊だ。それは分かってるだろう」

「…………」

「『理念』は大事だ。だが、時代が進めば過去へとなり、放置すれば腐り消えていく。変えないべきかもしれんが、変えなければならないかもしれぬ。それは結果論でしか語れない……私は君の判断を尊重する。そこも含めて、君を後任とした」

 

 大将は席を立ち、杖を片手に歩き出す。

 

「大将、どちらへ?」

「寝る。私はもう結構な年齢なんだ」

「では、部屋を用意してあります」

「不要だ。それは君の仕事ではあるまい。寝床程度自分で何とか……というより、判断を間違えると殺されかねない。寝床は彼女が用意してくれている」

「あっ……失礼しました」

「秘書艦が迷惑をかける。本当に迷惑をかける」

 

 今日一番げっそりした表情で、大将は出口へ去っていく。

 地上へのエレベーターの場所を、大将は知っていた。

 残されたのは高宮中佐と、『護送人物』の二人。

 

「……あの、あの方の秘書艦って」

「知らぬが仏、と言う単語を知っているか?」

「大変ですね……」

 

 大変なのだ。あの赤城を抑えるのはマジで大変なのだ。

 

「……悩みますよね、流石に」

「……だが、仕事だ。朝までに答えは出さなければならない」

 

 人でなしと化した艦娘一隻を、どうすべきか。

 解体か、存続か。

 

 存続の必要性は強い。

 専門家も異常と言う程、システムへの高い親和性を持つ。そして初めて起きた事件の重要参考人。

 

 だが、解体させる理由も強い。

 一人二人ではない、戦史以来、最も多くの虐殺をした艦娘だ。

 そしてそれを自覚して、後悔する素振りは皆無。

 

 まごう事なく危険。

 何時制御不能になるかも分からない。

 だが解体すれば、黒幕への道は間違いなく遠くなる。

 

「……始まりこそが、重要では」

「なんだ、急に」

「……提督業なんてやったことがないので、こんなのは、烏滸がましいとは分かっていますが……時間が許す限りは迷うべきです。それは、自分自身が後悔しない為に。その上で……基点に立つべきです」

「基礎」

「そう、私達、艦娘に関わる者全てが、最初に叩き込まれる基礎中の基礎です」

 

 そう言って、『護送人物』も席を立つ。

 無言のまま不知火に出口まで案内されていく。

 不知火も室内には入らない。

 高宮中佐は一人、朝日が昇るまで、机に向かい続けていた。

 

 

 *

 

 

 よく寝れたかそうでないかで言うと、固かったせいで殆ど眠れなかった卯月。

 と言うか、照明はつけっぱなしだし、時間も分からないので、寝るに寝れないのが本音。勿論ベッドに拘束されて寝返りもうてない。

 

 大変不機嫌な中、卯月は転寝から目を覚ました。

 

「寝る時ぐらい、別の方法にして欲しいぴょん……」

 

 愚痴りながらも、これからを思う。

 今日、卯月の処遇が決まる。

 存続か、解体か。

 卯月としては、正直どちらでも構わなかった。

 しかし、決定は早くして欲しい……また憲兵隊の前で放尿を晒す羽目になる。

 

『あら卯月さん、早めに起きてらしたんですね?』

「……どちら様? 聞いた事のない声だけど」

『初めまして。赤城と言います。大将の秘書艦を務めてます』

「ああ、護衛艦隊の……ってことは、赤城さんが処遇を伝えに来たのかぴょん?」

『違います、別件です』

「?」

 

 何だろうか、卯月がそう思った時、腕以外の拘束が解除された。

 そして、鏡張りの一部が開き──そこが扉だったのだ──赤城と突撃銃を構えた憲兵隊が入ってくる。

 

「……これはどっちだぴょん?」

「さぁ? 卯月さんの処遇は分かりませんが、これから伝えるとのことです」

「なら、これは何なんだぴょん?」

「大将がお呼びです。来て頂きます」

 

 と言って、背後に回り込んでいた憲兵が、耳栓を捻じ込んだ後、麻袋を被せてくる。

 地下空間の構造を、把握されない為の処置である。

 そのまま憲兵隊に抱っこされ、卯月は歩かされる。

 

「よく意味が分からないぴょん。そもそも、うーちゃん出しちゃっていいの?」

「その点はご心配なく。私はめっちゃくっちゃ強いので。暴走したてなら、卯月さんなんてちょちょいのちょい、です」

 

 赤城は、手刀を首元で振るうジェスチャーをする。

 そこの冗談めいた雰囲気は感じない。

 暴走すれば、自覚する間もなく、卯月は始末されるだろう。

 

「好きで暴走してる訳じゃないぴょん」

「ふーん」

 

 ヒュッ──と風を切る音。

 

 卯月の首が切られた音。

 頸動脈到達まで後数ミリまで、切断された音。

 寒気が走る。血が垂れる。

 

 抜かれた刀が、静かに鞘に収まる。

 

「私ですね……実は、とても怒っているんです。何故だか分かりますよね?」

「大将が避難していたシェルターを、うーちゃんが破壊しかけたから。そういう理由で合ってるぴょん?」

「正解です! よかった、これで小首を傾げたら、ついやっちゃうところでした」

 

 と言った直後赤城は抜刀。

 今度は、卯月の髪の毛──アホ毛が切り飛ばされた。

 

「あ」

「おい!?」

「すみません。つい。でも仕方ありません。卯月さんを殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて……堪らなくて」

「誰だ! こいつを迎えに寄越したのは!?」

 

 仕方がない。大事な提督を殺されかけたのだ。仕方ない。

 ──でもこれはなくない? 

 麻袋を被せられ、赤城の表情が見えないのが尚怖い。

 

「ええ、ええ! ご安心ください……その場の衝動で命令違反を起こす。そのような愚行、この赤城はしません」

「そ、そっかぴょん」

「やるなら誰にも気づかれず痕跡も残さないので」

 

 余計にタチが悪かった。

 そういえば、秘書艦はヤバいと前聞いたような……こういうことかと、卯月は内心頭を抱えるた。

 

 

 

 

 とかしている間に、赤城が足を止めた。

 風の音、潮の匂い。

 地下空間から何れかのルートを使い、彼女達は地上へ出ていた。

 

 赤城の案内はここまで。

 麻袋を取られ、卯月はぷはぁと息を吐く。

 

「ふぅー、いったいうーちゃんは、何処へ連れてこられたんだぴょん。基地内ではあるみたいだけど……ん?」

 

 目の前の光景──というより()()は見覚えがあった。

 最初の頃たまたま見つけ、何となく来ては、お参りめいた事をしていた場所。

 

「モニュメント……どうして此処に?」

「私が呼んだのだ」

 

 後ろからの声に卯月は振り向く。

 そこにいたのは初老の男性。

 

「貴方が、大将さん、ですかぴょん?」

「そうだ。私の名は坏土 譲(ハイド ジョウ)。君の事は高宮くんからよく聞いている」

 

 大将──坏土大将はそう言って、モニュメントの方へ向き直る。

 

「……あの、うーちゃんにどういう用事で?」

「君に少しばかし、聞きたいことがある。()()についてだ」

「その、モニュメントについて? うーちゃんそれは良く分かりませんだぴょん」

 

 何度か祈ったりしたが、これが何なのか卯月は知らない。

 知らないまま、勝手に報告とかしてみた。

 そういう事をすべき場所だと、何となく感じていただけだ。

 

「だからだ」

 

 坏土大将の質問は要領を得ない。

 卯月は頭上に『?』マークを浮かべている。

 

「君はこれを知らないまま、しかし通っていた事は、高宮くんから聞いている。だから聞きたい……何故、そういう行動をしたのか」

 

 それは完全に想定外の質問だった。

 てっきり、『獣』としての暴走について、また聞かれるのかと思っていたからだ。

 卯月は即答できず、少し悩んでしまう。

 坏土大将は急かすことなく、無言で返事を待つ。

 

「誰かのお墓だってのは察してたぴょん。でも冥福を祈っても、この人のこと知らないし。だったらうーちゃんの事話した方が良いかなって。その方が楽しく思えるんじゃないかなーって感じ」

 

 知らない人の冥福は──祈れないとは言わないが、卯月には余り価値を感じなかった。

 それより先の事を話した方が、彼女達の退屈しのぎにはなるのでは。

 

「返事をしない何かへ話して、心を落ち着かせるってのもあったけど……基本はそーゆー理由だぴょん。ぶっちゃけ、都合の良いモニュメントって認識してたのが、正直な所なんだけど……」

 

 誰の墓なのか? 

 そもそも墓なのか? 

 それも知らず、勝手に祈ったり自分語りしてた。

 怒られそうだが、それが卯月の正直な回答だった。

 

「十分だ」

 

 坏土大将はモニュメントに近づき、花の交換や掃除を始める。

 

「ここへは滅多に来れない。来た時ぐらい、私の手で手入れをしておきたいのだ」

「やっぱお墓ですか。でも、名前が刻まれてないのは何でですか?」

「名前はあるが」

「へ?」

「よく見てみろ」

 

 卯月は黒いモニュメントを覗き込む。

 そして気づいた時、思わず息を呑んだ。

 

「……これ、全部、名前だったのかぴょん」

 

 黒いモニュメントではなかった。

 全部が名前だった。

 夥しい数の名前が刻まれたせいで、真っ黒に見えていただけだった。

 

「そうだ……そうか、知らない者は、ただ黒いモニュメントと誤認するのか」

「これ、いったい何人分の名前なんだぴょん……」

「累計で815人分だ」

 

 それは何の冗談だ? 

 非現実的だと卯月は思う。しかし反論はできない。

 重みが、彼の言葉にはあった。

 

「開戦初期は……何もかもが手探りだった。建造において検証している暇などなかった。戦力を増強し、生存圏の奪取で精一杯だったのだ。ここに刻まれた名前の半数は、作戦も何もない特攻で散っていった」

「これは、何の慰霊碑ぴょん。前科戦線だけじゃないの」

「ここは、私の鎮守府だった」

 

 深海棲艦の進行を受けにくく、また差別・偏見・情報漏洩を警戒し、集目を避けられる場所。

 最初期の鎮守府は、どれもそういった所に建てられた。

 

「艦娘には一切の人権が無かった。それどころではなかった。深海棲艦の呪いで土地は腐り、浄化の為の核が何度も空を飛んだ……その中で、どうにか彼女達の名前を残そうとした結果がこれだ」

 

 その後、此処が前科戦線になった後も、名残りとして戦死者の名前が刻まれ続け今に至る。

 卯月は改めて息を呑んだ。

 気軽に語りかけたモニュメント、それの重さに改めて息を呑む。

 

「そういうものだとは、思わなかったのかね?」

「……うん、全く。知らなかったし。あー、機嫌悪くしちゃったぴょん?」

「言っただろう、十分だと。これは墓碑銘(エピタフ)ではなく、慰霊碑(モニュメント)であるべきだ」

 

 足が不自由なのに、それを感じさせず、坏土大将は手入れを続ける。

 ボーっと突っ立ってるのもアレだと、卯月も軽く手入れを手伝う。

 

「君の処遇は、高宮くんにより決定される」

「そっかぴょん」

「解体もあり得る。その前に話しておきたかった」

 

 手入れが終わり、坏土大将が背中を向ける。

 赤城に支えられ、今の帰るべき場所へ帰っていく。

 大将は言葉を残す。

 

「生きていればだが、そのモニュメントの手入れを頼みたい」

「……良いですけど、何でうーちゃんに?」

「彼女等に、未来を語ってくれたからだ。これに敬意を払い、君なりに意味を見出し、君だけの物語を語ってくれたからだ。それこそが、彼女等の生きた最大の証明になる」

 

 ただ、哀れみ、懐かしむだけでは、何の意味もない。

 彼女達の死を生かす為には、それが未来へ繋がらなければならない。

 

 亡霊の妄執などではなく、価値ある未来。

 とても小さなことだが、卯月はそれを未来へ活かした。

 明日の自分を頑張らせる為の、他愛のない話。

 

 このモニュメントが、卯月にとって特別な物に成ったのなら、それが最も良い。

 彼女達が一番救われる。

 

「君に感謝する」

 

 だから彼は『敬意』を払った。

 去っていく大将を見送りながら、卯月は思う。

 

「あー、ダメだわ……この流れじゃ、死ねる訳ないぴょん」

 

 解体にならないよう、ちょっとでも足掻いてみよう。

 卯月は迎えに来た不知火へ、両手を差し出す。

 再び手錠を掛けられ──中佐の元へ。




坏土大将の見た目は……軍帽を被って、グラサン付けて、白髪で仏頂面で、CV:大塚周夫さんってイメージです。
……ええ、高宮中佐のCVは池田勝さんですとも。
分かった人は惑星モナドへご招待!
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