一度地上に出たので麻袋はナシ。
大将が去っていった後、卯月の監視は不知火とあきつ丸が引き継いだ。
卯月に暴走する気はないが、それはそれ、これはこれ。
放置するには余りに危険。
そんな危険極まりない存在と化した卯月の処遇が、言い渡される。
執務室で、卯月は高宮中佐と向き合っていた。
「──処遇を言い渡す前に、一応だが聞いておく。お前は自分の行動を後悔しているか?」
「ノー、だぴょん。あの殺戮は人の倫理で言えば間違いだけど、完全な間違いじゃない」
地下で波多野曹長に言ったことと同じ。
人は死ぬ、何れ絶対に死ぬ。
卯月はそれを早めて、早めての救いを与えただけ。
──だが。
「でも二度とはやらない」
「それは何故だ?」
「……私はまだ、艦娘でいたいから」
卯月の感性は、ハッキリ言って壊れている。
何の罪もない子供を殺しても、『不幸な事故だったぴょん』と済ませるだろう。
しかし、そこには『誇り』がない。
まだ、戦いは終わっていない。せめてそこまでは『誇り』を持っていたかった。
「あと、大将さんと約束しちゃいました。此処にある
「…………」
「なので、まあ、解体しないで欲しいぴょん」
ここまで来ても、解体への忌避感はない。
死そのものへの恐怖まで壊れ切っている。
ただ、それでは釈然としないから。
そんな理由で、卯月は解体を拒絶した。
「以上だぴょん」
「そうか」
高宮中佐はタバコを吸おうとして、ライターを寸全で止める。
箱にしまい、席を立つ。
そして、窓からそれを見下ろした。
「あの
「……へ?」
「お前が一人で話しかけてきたのは、度々見てきた」
慌てて窓に駆け寄る。
草木に隠れて見づらいが、確かに
最悪であった。
恥ずかしさに、卯月は顔を覆って唸り声を上げる。
「オ゛ァ゛ーッ!」
「…………」
本気で解体を拒絶してるんだよな?
高宮中佐はちょっと疑問を抱いた。
ゲホンと咳ばらいをして、彼は話し出す。
「……前科戦線に招く条件は二つ。一つは強者であること。もう一つは前科持ちであること」
「知ってますぴょん。過酷な戦場だから、死ににくく、かつ死んでも問題じゃない人材が必要だって。うーちゃんは例外だけど」
「もう一つある」
「えっ」
「
そんな条件は知らない、人ってどういう事?
卯月はポカンと首を傾げた。
「前科持ち、と言えども、その程度は異なる。止むを得ないものから、救いがたいクズまでいる……しかし、許容できないのは、心の方だ」
「心?」
「『感傷』だ」
物事を感じ、心を痛めること。
それだけでなく、誰かの為に、心を感じることができること。
大事なのはそこだった。
「感傷すらない者には、
尚、これを秘密にしているのは、言ってしまうと偽装する輩がいるからだ。
嘘発見器はあるが、あれも万全ではない。
だから余計、人材不足に陥る訳だが、こればっかりは仕方がなかった。
「特務隊の創設者、坏土大将が決めた理念だ」
「え、あの人、此処の創設者なのかぴょん?」
「そうだ」
前科というだけで解体するのは勿体ない。
開戦初期の、恐ろしいまでの人材不足により求められた『必要悪』。
それが特務隊──前科戦線の原点だ。
「その観点から言えば……分かるな?」
答えは分かり切っていた。
感傷のない者に、艦娘の資格はない。ならば卯月は──紛れもなく失格。
待ち受けるは解体。
だが卯月は、中佐を真っ直ぐに見据える。
「しかし、今は私の特務隊だ。理念が絶対条件ではないと考える。感傷を欠片も抱かないロクデナシだとしても……それを自覚し、艦娘でいたいと思うのならば……『例外』足り得る。本当のロクデナシは自覚さえないものだ」
高宮中佐は顔を上げる。
「──神鎮守府において『造反』、戦艦水鬼戦においても『造反』、そして『虐殺行為』。本来であれば、この場で処刑となる」
「はい」
「だが、私はお前を存続させる」
「つまり、解体は」
「行わない」
卯月は歓喜の声を上げかけて、ちゃんと押し留めた。
そんな事したらダメだ。
一応、空気は読めていた。
「但し、これまでと同じは不可能だ。お前の行為は……歴史を塗り替えてしまった。艦娘単独により行われた虐殺としては、類を見ない規模。ぶっちぎりの被害となった」
深海棲艦によるジェノサイドは起きている。
だが、同じ規模のを艦娘がやったのは前代未聞。
情報工作が上手くいかなければ、艦娘の社会的立場が本気で危うかったのだ。
「……まるで自慢にならない」
「艦娘戦史に、未来永劫刻まれることも確定している」
「マジかぴょん」
どうして、こういう方向でばかり有名になるのか?
正直っていうかいい加減にして欲しい。別に望んで暴走してる訳じゃないのに。
「この基地内であれば、自由行動を認めていたが、それに大きな制限をつける。そして特務隊での活動期間を30年分延長する」
30年──とても長い数字。
しかし卯月のしでかした事から見れば、無期懲役でないだけ圧倒的にマシ。
それは彼女も理解している。反論は行わず無言で頷く。
「私から伝えるべき事は以上だ。他細かい事は不知火か飛鷹に聞く事」
「あの、中佐、それはそれとして、お願いが」
「何だ」
「一回だけで良いので、あの戦場に行くことはできるぴょん?」
外出許可そのものは、交換券で買う事ができる。
但し現在、あのエリアは立ち入り禁止区域となっている。
そこをどうにかできるかは、また別問題だ。
「何かするのか」
「自分のしでかしたことと、向き合いたいぴょん」
「……検討だ。追って伝える」
「ありがとうございます、だぴょん」
深々と頭を下げて、卯月は部屋から退出。
その瞬間、外にいた不知火が、卯月の手元へ手錠、首へ首輪、足へ足枷が、一瞬で装着された。
「……全部、爆弾入りぴょん?」
「はい。でも、これでも上からは足りないって言われました。上層部は貴女の体内に、核弾頭を埋め込まなければ安心できないと」
「えぇ……」
「核保有の為の方便です。気にしなくて良いですから」
と不知火は言うが、半分ぐらいはマジである。
実際問題、卯月が暴走した時、こんな爆弾で間に合うのか。
尤も核が通じるかも怪しいが。
この卯月が、核ミサイルを食べたモンスターであることは忘れてはいけない。
「ああでも、爆発したら数百メートルが焼土になります。卯月さんの周囲にいた人も巻き添えなので、ご注意ください」
「あー、その威力で、上を納得させるのかぴょん?」
不知火は頷く。
卯月の存続は高宮中佐の判断だが、これからそれを上層部へ通さないといけない。
普段は独断人事で口出しはないが、今回は流石に例外。
上を説き伏せる材料は多いに越したことはない。
ただし、半ば茶番。
坏土大将が、根回しや裏工作をしているからだ。
多少議論はあるが、解体の心配はない。
「──卯月さんのあの暴走は、メリットもあったんです」
「……は? あれに?」
「『呪い』が消滅していました」
深海棲艦が上陸した時、生命や土地、植物全てに伝搬してゆく、致死性の呪い。
元を辿れば、それを無理やり
「『彼』曰く、『獣』が自らのパワーにする為、根こそぎ取り込んだのだろう、と言っていました。結果、呪いは綺麗さっぱりと」
進行を食い止めた後、一番厄介な後処理は、呪いの対処だ。
基本、自然消滅を待つしかない。
その間、人間は一切近寄れない。
かといって完全放置だと、何時の間にかイロハ級が生まれてる事もあり、定期的な巡視は必須。
再侵攻の足掛かりにされる可能性もある。
控え目に言って最悪。
数十年に渡り国家予算を蝕む悪夢。
それが、皮肉にも卯月のお陰で木端微塵になった。
「つまりうーちゃんは、この戦いにおけるMVP?」
「……ええ、まあ、核ミサイルを喰ったお陰で、放射線汚染もなかったですし。MVP、あながち間違いでもありせん。ですが代償に同盟国から凄まじい追及を受け、数十人の政治家が病院送りになりましたけど」
「そんなところにまで被害が……」
出るに決まってた。
結局、新手の深海棲艦という事で、どうにか押し切ったのだが……多くの政治家が病院、もしくは
「あ、卯月さんの追加30年分、
「マジかよ。そんな横暴中佐や波多野曹長が許したのかぴょん」
「『妥当』と、一言だけ」
中年男性の髪の毛が如何に重要か、彼らは理解していた。
悲劇的なことに、高宮中佐も波多野曹長も立派な中年だった。
毛根へのダメージは重罪なのである。
*
ある程度の位置まで行った後、卯月は再び麻袋&耳栓を装備させられ、基地の地下エリアへ。
一々上と下を行ったり来たりするのは面倒なのだが、危険な艦娘を隔離するということで、当分はこの対応になる。
「この間尋問を受けた、マジックミラーの部屋とは違うぴょん?」
「はい。但し部屋は憲兵隊により包囲されますし、監視カメラも設置されるので、プライバシーは無いと思ってください」
「覗きとはいい趣味してるぴょん」
「その耳、遂に腐ったんですか?」
貧相なぺったんこボディーを見て、誰が喜ぶと言うのか。
仮に居た場合、速やかに憲兵隊裁判(有罪率150%)に掛けられ、憲兵の憲兵が退役させられる。
この世界の鎮守府は、駆逐艦や海防艦も安心して暮らせるのだ。
「と、言う訳で、当面の卯月さんの独房がこちらです」
「……ドアは普通だぴょん」
「代わりに小窓が鉄格子になっています」
扉ではなく窓が鉄格子に。
憲兵隊は此処から中を確認することができるのだ。
後、天窓も設置してあり、病気にならない程度の日光も確保されている。
「うーん、実はこのうーちゃん、ちょっとウキウキなんだぴょん」
「は? 独房生活が?」
「ねんがんのプライベートをてにいれたぞ!」
前科戦線──どころか、神鎮守府の頃から(確か)そうだし、大半の艦娘がそうだが、生まれてこのかた、一人でゆったりできる空間は無かった。
例え独房と言えど、完全に一人になれるのは初。
「じゃ、もう入っていいんだぴょん?」
「……え、ええ、どうぞ」
特に、喧しく鬱陶しく反りが合わないクソったれ同居人とおさらばできるのは、もう幸福と言う他ない。
卯月は心の底からウキウキしながら扉を開けた。
「遅い! 何処で油売ってたの! ほっつき歩くのが許される立場だと思ってんの!?」
「まあまあ満潮さん、卯月お姉さまも三週間振りに動けて嬉しかったんです。そうですよねお姉さま! フォローしたので撫でて下さい!」
「ウ゛ー!」
「加古さんも『彼女を撫でてくれ』と言っています」
「人の発言を歪曲すんな!」
「あっ失礼しました」
卯月は速やかに扉を閉じる。
「おっと部屋を間違えた。それでうーちゃんの独房は何処だぴょん?」
「そこです」
「ハァ?」
「そこです。というか、この地下に独房はそこ一つだけです」
元より超少人数の特殊部隊の拠点。
そんな、何人も独房へ放り込むケースは想定されていない。
つまり、あのタコ部屋こそ卯月の独房に他ならない。
プルプル震えながら不知火へ顔を向ける。
不知火は諦観の表情で、首を横に振る。
「多いわ!」
当然の突っ込みが不知火を襲った。
「何で三人も先客がいんだぴょん! 『独り』の『房』って書いて『独房』じゃん。三人いんじゃんどーなってんだっぴょん!?」
「まあ、色々と、ええ」
「説明を求めるぴょん、あんな居たら狭いぴょん! てゆーか喧し過ぎるしうーちゃんのプライバシーは何処へ!?」
「プライバシーは死にました」
「ダーイ!?」
六畳間のボロアパートの方が、一人当たりの面積は大きい。
それにさえ劣るって、いくら独房でも、軍事施設としてどうなんだ。
叫び散らかす卯月。
その気持ちは理解可能、しかし不知火は死んだ目で──
「事務処理の都合です」
何かもう面倒になった。
「用があれば呼びますので、今日はお疲れ様でした、ゆっくり休んでくださいさようなら」
単純にかったるい。
不知火は背中を向けてさっさと逃亡。
残された卯月は、憲兵に掴まれながら叫んだ。
「説明責任果たしやがれー!」
「卯月さん。独房へ入ってください」
「独房へ入れます」
「ごゆっくりとどうぞ」
「あ゛ー!?」
抵抗も何もなく、憲兵に独房へ放り込まれる卯月。
彼女を眺めながら不知火は思う。
正直、こうなるとは思っていなかった。
わたしはこれからどうなるんだ?
わたしのプライバシーはどうなるんだ?
今までと別方向の悩みに、卯月は一人頭を抱えるのであった。