前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第198話 眼光

 卯月のプライバシーは絶命した。

 独りっきりの独房は、合計四人が詰め込まれたタコ部屋と化していた。

 どうしてこうなってしまったのか? 

 卯月は自分の運の無さを、呪いに呪う。

 

「あれは彗星…?いや…違うぴょん。彗星はもっとこう、バァーって動くぴょん!」

「卯月お姉さまが精神崩壊を!」

「叩きゃ治るわよ」

「分かりました!」

 

 流れるような回し蹴りが卯月の側頭部を貫く。

 卯月は真横へ一回転半、壁に衝突した。

 

「ハッ! うーちゃんはいったい……」

「治りました!」

「……冗談だったのに」

「え?」

「なんでもないわ、てか卯月アンタいい加減現実を直視しなさい」

「まずこのメンツが非現実的なんだぴょんッ!」

 

 現在の部屋の住民は四名。

 卯月、満潮、秋月、加古──常識的に考えて多すぎ。

 何故こうなったのか、突っ込むのは当然のこと。

 

「私は兎も角、そこの二人が情緒不安定になるのがメインの理由」

「……あ、そーゆー理由」

 

 秋月も加古も、卯月に対して精神的に依存している所がある。

 片方は『お姉さま』、片方は『ママ』。

 これを、殆ど接触できない状態にしたらどうなるか? 

 

 特にヤバいのが秋月。

 情緒が死ぬ前の卯月と同じく、自己嫌悪のせいで精神が不安定。

 それを更に悪化させたら危険だ。

 

 何かとは、中佐は言わなかったが、卯月のように『獣化』する可能性を彼等は恐れていた。

 

「申し訳ないですお姉さま……」

「アー、ウン、ショウガナイピョン。キニシテナイダイジョブピョン」

「目のハイライトが死んでいます」

「プライベートがそんなに楽しみだったのね。くだらないわ」

 

 なお結果論ではあるが、秋月や加古が依存してしまった遠因は卯月本人。

 ある種の自己責任、部屋から叩き出すことは不可能になった。

 

「……いや待て、じゃあ満潮は何なんだぴょん」

「は? 相方だからでしょ?」

「ぴょん?」

「いやだから、相方だからよ」

「???」

 

 言っている意味は分かるが、意味が分からない。

 相方というのは、戦闘におけるタッグって意味であり、四六時中くっついてるという意味ではなかった筈だが? 

 疑問符を浮かべる卯月へ満潮は畳み掛ける。

 

「だから相方はそういうものでしょ。元々部屋が一緒だったことの延長線よ。大体アンタが発作起こした時誰が対処すると思ってんの。秋月と加古じゃ共倒れの可能性ある以上私しかいないじゃない」

「あの最近は発作余り起きn」

 

 満潮の説得(物量)は止まらない。

 

「そういう理由があっての中佐命令で渋々此処に住む羽目になったの二度も説明しないわ返事は?」

「ハイ」

「という理由なの」

 

 釈然としない。凄く納得できない。

 でも今更何も言えない。

 中佐は承認済みだと言うが、ゴリ押しで押し切られた感じがどうしても否めない。

 

「──あと、抑止力」

「抑止力?」

「これについては冗談抜き。アンタがまた暴走しないための、精神への抑止力」

 

 と言って満潮は、首元を指さす。

 秋月は手首を、加古は尻尾で足元を。

 卯月は気づく。

 それが、自分に嵌められた、爆弾入りの『枷』を刺していると。

 

「暴走したら、爆発する、爆発の威力は百メートル超……」

「その説明、冗談じゃないから」

 

 そこまで言って察せない卯月ではない。

 分厚い壁に覆われた、六畳程度のこの小部屋。

 そこで爆弾が起爆すれば──

 

「みんな、うーちゃんの巻き添えで爆死だぴょん」

 

 故に『抑止力』。

 お前が暴走したら、仲間も巻き添えで死ぬからな、という精神へのプレッシャー。

 暴走した際、地下だけで封じ込められる保証もない。

 その側面もあり、高宮中佐はこの同居人達を許可したのである。

 

「無論、全員承諾済みだから、そのつもりでいてね」

「いや重い。色々と重すぎるぴょん。お前ら正気なのかっぴょん?」

「当然、正気です」

 

 秋月は胸を張る。

 結果的に卯月の為になるなら、命は惜しくない。

 卯月が死ぬなら自分も死ぬからだ。

 

「…………!」

 

 言葉は出ないが、加古も似たようなもの。

 仮面のモニターに顔文字は出てこない。そんなものでは表せない、覚悟の重さを現す様に。

 だが、肝心の卯月がダメなのだ。

 

「あのー、ごめん、どうでもいい」

 

 獣化の後遺症。卯月の倫理観はズタボロだ。

 命がまるでどうでもいい、自分の命も、他人の命も。

 仲間でも全く変わらない。

 

 不味いこと言っちゃったかな? 

 卯月は気まずそうにする。

 命を軽んじたことではなく、悪い空気にしたことに。

 

「……ごめんね?」

「ってのが今の卯月よ。事前に説明はしたけど、それでもアンタ達、ここに住むの?」

 

 満潮は知っていたが、秋月と加古は、此処で初めて知る。卯月に残された後遺症を、その深刻さを。

 

「今なら撤回できる筈だけど」

「満潮さんは……何を言ってるんですか。あの中佐さんが、今更そんなこと認める筈がないですよ」

「言ってみないことには分からないでしょ」

「いえ、この状態込みで中佐さんは上へ報告してます。それを急に変える事なんて、できないですよ──そして、私は、最初からそういうつもりです」

 

 秋月は、卯月へ目線を移す。

 そして手を取り、顔を覗き込んだ。

 

「『同棲』をしましょう」

「マジなの? どうして? 発作をマシにできるから?」

「それもありますけど、そういうんじゃないです。卯月お姉さまは……そう、なんていうか……『ファン』です」

「私は換気扇だった……?」

「真面目にやってくださいね」

 

 くだらない冗談を言う空気ではなかった。秋月の眼がちょっと怖かった。

 気を取り直して、秋月が話す。

 

「『ファン』だから、卯月お姉さまを追っかけますし、お姉さまのことをできる限り知りたいです。何なら運命共同体にまでなりたい……卯月お姉さまと一緒に死ねるなら、それはそれで()()なんです」

 

 冗談は言っていない──マジだ。

 秋月は本気で言っている。

 そう確信させるだけのパワーが秋月にはある。

 

 だが、そうしたのは他ならぬ卯月自身。

 止むを得ない状況であったとしても、間違いなく彼女が原因。

 

「これが俗にいうヤンデレというやつかぴょん……」

「重い女で済みません。でも原因お姉さまなので、責任はとってくださいね。今更とらないなんて言いませんよね。言ったら秋月は、秋月はウフフフフフ」

「ハイライト消すの止めて?」

 

 素直に怖い。

 どうしてこうなってしまった? 

 卯月は考える。

 

 自分が暴走したのが原因でした。

 頭を抱えて唸る。

 何で私は獣化したんだよこのバカヤロウ。

 

「──と、秋月は以上です。撤回はしないので、大丈夫です満潮さん」

「あっそう……加古はどうなの」

「って言っても、加古は……」

 

 顔無しである加古は喋れない。

 ってか話す口がない。

 なので身振り手振りで表現するしかない。

 

 彼女は両手で卯月の片手をホールド。

 更に尻尾まで巻き付けて、卯月を離すまいとする。

 

 卯月には、加古から『音』が聞こえていた。

 不安、焦り、依存、心配──離れたくない、離れて欲しくない、一緒にいたい。

 多分そんな感じの思い。

 これを力づくで引き剥がす事はできないし、する気もなかった。

 

「……んじゃ満潮は?」

「は? 私は言った通りよ、アンタと『相方』だからよ。他に説明いるの?」

「さいですかっぴょん」

 

 マジで『相方』だからで全部押し切るつもりだった。

 何か隠してない気がしないまでもないが……まあ良いかと、卯月は思う。

 それに何よりも──口には絶対出さないが──逆だ。

 

 満潮には傍にいて欲しい。

 そう強く思っているのは、他ならぬ卯月自身なのだ。

 

「んじゃまあ、『同居』ね。どうぞ。死んでもうーちゃん知らないぴょん」

 

 生き死にの興味は絶無だが、これで良いのかなぁ……とは思う。

 しかし下手なこと言ったらまたハイライトの消えた目線が突き刺さる。

 もう体力的にも限界、卯月が全て諦めることで、話は決着した。

 

「眠い。寝るぴょん……お水だけ飲む」

 

 眼を擦りながら、洗面所へ行く卯月。

 他同居人は待機。

 二人以上使えるスペースなんて存在しない。

 

「満潮さん」

「何よ」

「言わなくて良いんですか。何時死んでもおかしくないんですし、言える内に言った方が」

「嫌」

「い、嫌?」

「だってアイツ嫌いだもん」

 

 なのにごり押しで同居している満潮。

 嘘は言っていない。

 満潮は卯月が嫌いだし、卯月も満潮は嫌いなのだ。

 

 それが羨ましい。

 けど、私にその一線は超えられない。

 だから秋月は、自分を『ファン』と自称した。

 

「……あ」

「どうしたんですか?」

「言ってない、アイツに、自分の()のこと」

「あっ」

 

 実は獣化の後遺症は、精神だけではなかった。

 大したことじゃなかったのでスルーされてたが、肉体の方にも出ていたのだ。

 今まで、鏡とかを見なかったので気づかれなかったが、洗面所には鏡がある。

 

『ウ゛ッ』

「……卒倒しましたね」

「気絶したわね」

 

 二人はコクリと頷き、ぶっ倒れた卯月を布団へ運んだ。

 

 

 *

 

 

「なんじゃあこりゃああ!」

 

 両手を見ながら絶叫する卯月。

 天窓から太陽が見えていれば、そこに向けて吠えていた。

 腹を抑えた後に叫ぶまでが様式美である。

 

「なんで手を見てんのよ」

「いや……別に」

 

 ネタが伝わらない悲しみを卯月は背負った。

 

 と茶番はさておき。

 

「本当にどうなってんだっぴょん!」

 

 洗面所の鏡を見て、卯月は改めて絶叫。

 ここにきて初めて、獣化が齎した()()への後遺症を知る羽目になる。

 

「目が! 真っ赤!」

 

 艦娘、卯月の目の色は元々赤寄り。

 しかし、()()()()()()()()

 今の卯月の瞳は『深紅』。

 クリムゾンレッドとも良い、ワインレッドに近い文字通りの真っ赤。

 

「黒目だけじゃない! 白目まで!? どーいうことなのぴょん!?」

 

 黒目と白目の境目は、至近距離でギリギリ判別できる程度。

 充血どころの騒ぎではない。

 深海棲艦のような赤。

 知らない人が見ても、一発で『異常』だと分かる時点の赤さ。

 

「視界に異常はないんだから、気にしなければいいじゃない」

「そういう問題じゃあないッ!」

「あのー、お姉さま、言い辛いんですが、それだけじゃなくてですね」

 

 秋月が部屋の照明を消す。

 赤い光が、ぼんやりと部屋を照らす。

 まあ言わずもが、光源は卯月の瞳だ。

 

「冗談よして欲しいぴょん……」

「夜戦の心配なら不要よ。深海棲艦と同じ闇に紛れるような光だから。目立って集中砲火喰らう心配はないって北上さんが」

「だからそういう問題じゃあないッ! こ、これじゃ、人としての生活を楽しむって言う、うーちゃんの夢が、更に遠のくぴょん!」

 

 コンタクトとかで対応できるでしょ? 

 

「もう未来永劫叶わなくなってないその夢?」

「満潮さん言ってることと思ってることが多分逆です!」

「あ」

「ほぎゃぁ!」

 

 血を吐いて卯月は死んだ。

 

「ドウシテ……ドウシテ……」

「大丈夫ですかお姉さまー! 死なないでくだ──心臓止まってませんか!?」

「精神へのダメージで!?」

 

 心臓マッサージ&AEDで蘇生。

 何故、卯月の眼が真っ赤になったのか──ぶっちゃけた話、深海棲艦に寄ったからだ。

 

 eliteクラスの個体を見れば分かる通り、深海棲艦には瞳が赤い個体が存在する。

 獣化した卯月は、存在そのものが深海棲艦に寄った。

 結果、その因子が身体の一部に──『瞳』に出てしまったのである。

 

 それが北上と『彼』による分析結果だ。

 

「……すっげぇ今更なんだけど。うーちゃん、どうして人型の艦娘で、存在できているんだぴょん」

「それを私に言われても」

「秋月からしたら、流石お姉さまって感じですが」

「卯月全肯定マシンは静かに」

 

 と、秋月は言うが──『彼』曰く、これは凄まじいこと。

 |D-ABYSS()()()()()()()により、夥しい死にたての魂と一体化した。

 肉体はイロハ級を媒介に獣となり、深海棲艦として孵化。

 そこまでしておいて、艦娘に戻れている。

 

 変貌から──戻るまで。

 そのすべてを含めて凄まじい。

 

 まあ今の卯月からしたらどうでもいいが。

 それより、この瞳どうしようって思っている。

 

「マジでヤバいぴょん。前みたいに、他所の鎮守府行ったりする時ヤバいぴょん」

「確かにそうですね。出撃した時、他の艦隊に見られても、面倒なことになりそうです。毎回毎回接触しないよう調整するなんて、不可能ですし」

 

 極端な話、『深海棲艦が艦娘に擬態しているぞ!』と発砲されかねない。

 冗談ではない。

 それがあり得る程の深紅。

 

「……赤」

「赤? 赤いけど、どうかしたぴょん?」

「何でもない」

 

 満潮は思い出さざるを得なかった。

 獣から救出した時のあの姿。

 艦娘の身ではあるが──ある種の神聖さを感じさせる、鮮烈な光景。

 

 天へ向かう、赤黒い二本角。

 奈落より顕れたる、『赤い深海棲艦』。

 あれは、どういうものだったのか。

 それが分かるのは、まだ先の話。




身体に変化が~的な台詞が前あったと思いますが、それがこれです。
他作品で言うと、アー〇ードとか、アンデ〇セン神父の眼鏡並みに光ってます。真っ赤っかです。折角だから手袋も装備させようかしら。

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