今年もうーちゃんの活躍をお祈りしましょう(愉悦)。
あれから数日間、卯月はその罪状の重さから外に出られず、孤独な地下生活を送っていた──なんてことは全く無かった。
外に出てたし、全く孤独ではなかった。
ただ、理由なしに外に出てる筈もなく。
「次ぃ! 鎮守府10周! 時間制限以内でなければ、腕立て伏せを追加するクマ!」
訓練の為である。
「コヒャー……コヒャー……コヒャー……」
ぐるんと白目を剝き、口からはドパドパと涎、文字通りの顔面蒼白。
走る姿勢すらままならず、生まれたての小鹿も通り越し、折れる寸前の小枝みたいに足を震わしていた。
「うわぁ酷い顔。いっそ見てて笑えるわね」
「いやアレ大丈夫なんですの? 二日酔いのポーラさんと同じ顔していますけど」
「死んだら蘇生すればいいでしょ」
満潮も大概酷い考えだった。
「まぁ仕方ないんですけどね。リハビリ急がなきゃいけませんし」
「……中佐、マジで作戦参加させる気なのね」
「何だかんだ言って、洗脳艦娘と同じ力で戦えるのは、大きいですから」
卯月の醜態を見学する熊野。
事情は彼女が言った通り。
もう、次の出撃がすぐそこまで迫っていた。
卯月も参加は決定済み。なのだが、三週間も寝込んでいたせいで、卯月の体力はボロカスと化していた。
それを強制的に治すべく、球磨主導の元、修復材の使用もオーケーなリハビリが実施されていた。
「じ、時間内、走り切った、ぴょん」
「よーし! じゃあ腕立て伏せを100回だクマ!」
「エ゛ッ時間内に」
「誰が元々ないって言ったクマ。オーバーしたら100回に追加するって意味だクマ! さっさとやるクマ!」
「ピョェェェェェ」
死にかけのヒナみたいな声だった。
──とは言え、本当に死なれるのは流石に困る。
本当にギリッギリの所で、球磨は休憩を用意している。
「──―」
最早無言。
満潮の所まで来た卯月は、無表情で卒倒。
言うまでもなく瀕死。
その口を無理やり開け、スポーツドリンクを流し込んでいく。
「うわぁ……もうちょっと丁寧にやってあげては如何ですか?」
「面倒」
「そうでしたか……」
要介護か何かにしか見えない光景。
熊野はちょっと引いた。
なお、熊野が此処にいる理由は、単なる暇潰しである。
人のことは言えず大概だった。
「あ゛……熊野? どーして、此処にいるっぴょん」
「暇つぶしですわー」
「あっそう……」
と言って、卯月は熊野から目線を逸らす。
「気にしてませんから、もういいですわ。事情も、謝罪も聞きましたし」
「バツの悪さは感じてんだぴょん。勘弁して欲しいぴょん」
「そういうことであれば」
熊野を含め、他のメンバーも事の顛末を知っている。
その事に対し卯月は謝罪した。
罪悪感はない。
ビームの着弾地が悪ければ、彼女達も死んでいたのだが、気にする様子も絶無。『迷惑かけちゃったな』程度の深刻さ。
全員あっさりと許容した。
許す許さないとかではなく、『別にいいよ』ぐらいで流してしまった。
一番混乱したのは卯月本人。
それこそ、親の仇のように責め立てられるのを覚悟してたのにこの程度。
『あははは~、そんな、殺されかけましたーってぐらいで怒ってたら、
泥酔しながらポーラは言った。
『反乱計画企ててないだけ幾億倍マシだわ』
『同感です』
飛鷹と不知火もその調子。
一体昔の特務隊は、どれだけサツバツとしてたのか。
兎も角、最古参の三人がこの反応。
球磨や熊野、那珂も似たり寄ったりな反応、必要以上に卯月を責めたりはしなかった。
『死んでないし、顔に傷もついてないから、気にしてないよ!』
傷ついてたら?
卯月は聞いてみた。
『もぐ』
何を?
答えはなかった。
戦艦水鬼以上の圧倒的殺意に卯月はしめやかに失禁。
その恥もあって、まあまあな感じで許されていた。
──そんな簡単に許していいのか?
未だにそんな疑問がある。
けど、あまりくどいのは返って失礼。卯月はそれ以上、謝罪を口にはしない。代わりに出てくるのは訓練の愚痴だ。
「どーして、こんな急に訓練すんだぴょん……」
「そりゃ次の作戦が一週間後に迫っているからでしょ」
「スケジュールおかしいぴょん。考えた奴はおつむが爆発してるに違いない。きっと殺し屋みたいな目つきしてるに違いないp」
ヒュン──と風を切る音。
頬からツーっと血が垂れる。
執務室から投擲された万年筆が、アスファルトに突き刺さっていた。
やはり殺し屋では?
とか言ったら二射目が来る。
命に執着はないが、こんなマヌケな死は御免である。
だが敢えて卯月は、言ってやった。
上手く誘導して満潮を盾にしてやる魂胆だった。
「やはり殺し屋だぴょん!」
「は!?」
予想通り弾丸(万年筆)が飛来する。
「ふはは、だが喰らうのは満潮貴様だぴょギャア!」
が、不知火の暗器(万年筆)は別の場所に着弾──折れた先端が、跳弾めいた動きで卯月の眼球に突き刺さった。
「あああああ!?」
「休憩終わりだクマ! 次はスクワットだクマ!」
「待って死ぬムリ医務室へ」
「死んだら使っていいクマ」
「悪魔どもめーっ!」
目に万年筆が刺さったまま連行される卯月。
それを見て満潮は呟いた。
「バカなの?」
そうであった。
ぐうの音もでないバカであった。
*
何故、出撃がたった一週間後になったのか。
別に卯月への嫌がらせとかではなく、ましてや作戦決行を早めた訳でもない。
このタイミング、この日以外に、できる時が無かったからだ。
「ターゲットは、ガンビア・ベイよ」
卯月はその言葉に固まる。
……入渠ドッグに半ば転がされた状態でなければ、もうちょっとシリアスだった。
兎も角、ガンビア・ベイ。
ステルス迷彩を有し、ぶっちぎりの逃走能力を持っていた軽空母。
ひとまずリハビリを終え、入渠しながら満潮の話を聞く。
「あいつか……でも、他の二人は標的にしないぴょん?」
「ええ、上層部はあいつらよりも、ガンビア・ベイの方が遥かに脅威であると認定している。何よりも最優先で仕留めろってね」
「何でそこまで」
「国防」
「こ?」
「国防が、崩壊するから」
以前の戦いにより、瑞鶴の『能力』はある程度割れた。
何かしらの怨念を媒介に、イロハ級を現地生成できる能力。
推定段階だが、ウォースパイトも似たような『能力』を持っている可能性は高い。
「深海棲艦が上陸したら」
「呪いが撒かれる」
「撒かれた呪いへの対処は」
「感染者の掃討とか、核攻撃しかない」
「じゃあ、イロハ級を現地生成できる、瑞鶴の上陸は」
「絶対阻止しなきゃヤバい」
「ところでガンビア・ベイの『能力』は?」
「……あ」
その問答で卯月は気が付く。
自身の血の気が引いていくのを感じる。
ガンビア・ベイはステルス迷彩を持つ。そして(恐らくだが)他人にもステルス迷彩を施せる。
「前の事件、瑞鶴とウォースパイトは、ガンビア・ベイの『能力』でステルス化されて、内地へ侵入したらしいわ」
何時の間にか、気付きようもなく、全世界の何処にでも、深海棲艦を持ち込むことが可能。
例えて言うなら、ある種のステルス核兵器。
ガンビア・ベイが健在である限り、ずーっとこれを警戒し続けなければならない。
だが、そんなことは不可能だ。
精神も、国家の体力もそんなにもたない。
「そんなアイツが、内地近くに出現する情報を掴んだらしいわ」
「マジか。どういう?」
「詳細は知らない。作戦の時教えて貰えるかもね。まあアンタは立場上分からないけど」
「ぬぐっ」
何も知らされないまま、作戦だけ参加──があり得るのが、今の卯月の立場というのを忘れてはならない。
「つーことは、ベイが内地に出てくるのが、一週間後ぴょん?」
満潮は頷いた。
それに卯月は納得する。
なるほど、確かにわたしの都合なんて待ってる場合じゃない。
そうなると……自分の用事を済ますのは困難か?
ある種のケジメとして、卯月はあの戦場へ行きたかった。
しかし、そんな余裕はなさげ。
ガンビア・ベイを始末してから行けばいいが、あんまり長引くの何だか。死ぬかもしれないし。
「あ、そうだった、明日、例の戦場にアンタ連れてくって」
「へ? スケジュール大丈夫かぴょん?」
「『全力で捻じ込めば行けるクマ』って言ってたわ」
「ざけんな。クマクマ言ってきゃわきゃわアピールでもしてんのかっぴょん」
ぴょんと言うのはきゃわきゃわアピールでは無かったのだ。
満潮は心の底から驚愕。
が、リアクションは特になし。
後ろの方に目が行った。
「あ゛」
「クマー」
穴持たずという冬眠に失敗したヒグマがいる。
それは、餌が少なく非常に獰猛なのだ。
「おおおおや球磨先輩いかがされましたでしょうか!?」
「クマー」
「え、あの、まだ入渠終わってないぴょん疲労が抜けきってないぴょ痛い痛い足掴まないで!」
「クマー」
「足が足が捥げちゃう引っ張らないでー!?」
熊に取られたものは、決して取り返してはいけない。それはサバイバルの鉄則。
大切なものだが、諦めるしかない。
穴倉(訓練場)へ引き摺り込まる卯月。満潮は涙した。
「いやそんな大事じゃなかったわ」
涙は引っ込んだ。
誰かの断末魔が木霊した。
残当だった。
*
地獄訓練は続く。
午前は終わり、しっかりと昼食をとった後の午後も地獄。
食べたお昼は殆ど吐いてしまいました。
口端から虹色を垂れ流しながら、卯月はぜいぜい走り回る。
「ほらダメダメ! ちゃーんと声ださないと、立派なアイドルにはなれないよ!」
「ピョン! ピョン! ピョン!」
「腹式呼吸だよ、ほらっ!」
那珂は思いっきり卯月のお腹を叩いた。
腸内で消化中だった食べ物が体内を逆走。卯月の口からまた滝みたいに流れ出す。
勿論那珂は浴びない。
飛び散った虹は綺麗に回避していた。
「ピョンピョン!! ピョンピョン!」
「うん、声はちょっと良くなった。でも動きにキレがない! しかも笑顔もない! アイドル失格だよそれじゃ! いい卯月ちゃんアイドルって言うのは自分がどんな苦しくても笑顔で! 動きもキレッキレでカッコいい一面もあってそれからそれから」
「ピョンンンンンッ!」
ホラー映画の一幕であった。
訓練担当は、球磨から那珂に交代していた。
深い理由はない。一日中卯月に付き合えるほど、球磨は暇ではなかった。
だが、那珂には休憩という概念が無かった。
あるのはアイドルに対する狂気的な熱量のみである。
球磨よりヤバい。休憩があるだけあっちがマシ。
人選ミスではなかろうか?
そう疑問符を浮かべられたのも遥か昔、今の卯月はトップアイドルを目指すダンシングマシーンに成り果てていた。
「さっきからぴょんとしか言ってないけど。アレ大丈夫なのかしら」
「さあ。口が動くんなら大丈夫じゃないの?」
「そして北上、どうしてアンタがいんの?」
「
「ああ」
アイドルをキメまくりトリップ状態の卯月。
そこへ、名前を呼ぶ声が聞こえる。
これは喝采に違いない!
もう手遅れに近かった。
「ワタシアイドルダピョン! オーエンアリガトー!」
「あの、違うんですが……」
「ウーチャンキライニナテモ、アイドルハキラ……っあ゛? 誰だぴょん」
急に正気に戻るの恐いな。
満潮は思った。
卯月を呼んだ声は、今まで特務隊にいなかった者の声である。
全く知らない声に、卯月の聴覚は強く反応する。
そこに好奇心はない。
あるのは、獣同然の警戒心。『奇襲』、『侵入者』、『敵』。脳裏に浮かぶ単語はそればかり。
滲み出る殺意に、『彼』は両手を上げた。
武器は持っていない。
近くにいる満潮や北上も警戒していない──それを以って、警戒をある程度解除した。
「どちら様だぴょん」
「止めなさい卯月。さっきの醜態の後じゃ、何やってもシリアスにはなれない諦めなさい。アンタはもうお笑い枠よ。売れない方の」
「そういうノリじゃないんだけど?」
「えー、自己紹介、して良いでしょうか?」
阿保なやり取りは程ほどにする。
「悪いぴょん。それで、どちら様だぴょん?」
「私は、かつて……
その単語に反応した人がいた。
大将護衛の元、前科戦線に移送しようとしていた人がいた。
惨劇の発端。
その一角となった『彼』は、無事ここに辿り着いていた。
この名乗りを聞くために、多くの犠牲が出た。
彼が死んでたら全部無駄死に。
そうならなかったことに、卯月は少し喜んだ。
でも何で数珠持ってんの?
「
坊主の……技術者!
技術者でありながら、同時に僧侶。
──ナンデ?
卯月はキャパオーバー。宇宙猫めいた表情でフリーズするのであった。
ガンビア・ベイはかなりヤバいです。
どんな核兵器も、彼女が持つだけでステルス核に変貌した。
ウラン凝縮アーキア入りウォーカーギア全機が、ステルス迷彩を持っちゃった感じ(分かるかなぁ?)