前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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卯月のSSが少ない気がするのは気のせいでしょうか。増えれば良いのにと思っています。


第2話 解体

 夜の帳が、土砂降りの雨で濡れている。

 真っ暗な夜道、水浸しのアスファルト。誰もいない山道を、一台の車が走っていた。

 ただの車に見えるが、何か所かに防弾用の装甲が張られている。軍が所有する護送車の一つなのだ。

 

 神鎮守府に着任した卯月は、その護送車の中で目を覚ました。

 ……ここはどこだ? 

 そう首を動かした瞬間、全身を激痛が襲った。

 

「──ッ!?」

 

 溜まっていた痛みが、全て噴き出したような、全身に針を突き立てられるような痛み。

 あまりの苦しさに卯月は叫ぶ。しかし、悲鳴は出なかった。代わりに出たのはうめき声だった。

 

 猿ぐつわを噛まされていて、上手く話せなくなっていたのだ。

 いや、それだけではない。四肢は拘束され、目隠しもされている。指先を動かすぐらいしかできない。

 

 耳だけは何もされてない。車のエンジン音に、窓ガラスを叩き付ける雨粒の音、そして時折響く雷の音。嵐の中で車が走っている。その中にいることだけ理解できた。だけど、どうしてこんなところににわたしはいるんだ? 

 

 確かわたしは、一ヶ月の基礎訓練を得て、初出撃に臨んでいた。

 近海に深海凄艦が現れて、その対応のために出撃したのだ。菊月や他の仲間たちと一緒に。これが初陣だと、意気込んでいたのを覚えている。

 

 しかし、そこまでだった。

 

 覚えているのはそこまでだった。

 あとはなにも分からない。出撃して、なんの脈絡もなくこうなっている。まるで時間でも飛んだような感覚だった。

 

 意味が分からない、現状が理解できない。加えて気が狂いそうな激痛、卯月はパニック一歩寸前だった。

 

 周りに人の気配はない。いるはずの運転手も、卯月に対して何もしない。拘束されている理由の説明はもちろんない。

 

 カーブにさしかかったのか、車がブレーキを踏み込む。

 卯月はシートベルトで固定されていない。拘束のせいで受け身もとれない。ブレーキの速度のまま、転がって体をぶつけてしまう。

 

「うあ、あぁ……」

 

 卯月自身は気づいていないが、気絶している間にも、何度も体をぶつけている。ブレーキやカーブの度に、どこかしらを打ちつけている。

 艤装がなければただの人間。彼女のからだは痣塗れだった。青くない場所を探す方が難しいほどだった。

 

 自分が衰弱していることに、卯月は気づきはじめた。鎮守府にいたときと比べて、まるで力が入らなかったからだ。

 

 だんだんとうめき声も出なくなっていく。体の痛みを感じなくなっていく。死がひたひたと、ゆっくり確実に、首元へ手をかけ始めている。

 

 目隠しはもう、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 そのせいで息も難しくなっていく。パニック状態さえ超えて、意識が混濁し始めた。

 

 なんで、どうして、なにが、どうなって。

 あの初陣のときに、なにかがあったのだ。綺麗サッパリ消えている記憶で、わたしはなにかをしてしまったのだ。

 

 しかし、それを推理したところで、もうどうにもならない。

 わたしは、死ぬのか。

 なんにもできないで、なんにも知らないで。生まれ直した意味を、なにも作れないままに。冷たくなっていくからだが、そうだ、お前は死ぬと囁いてくる。

 

 卯月はひたすら、仲間が無事であることを祈っていた。

 神提督や菊月に間宮さん。少ししか一緒にいられなかったあの人たちが、元気でやっていることを願い続ける。わたしと同じ状況でないことを祈る。

 それが、壊れそうなこころを繋ぎ止める、唯一の手段だった。

 

 

 

 

 車のブレーキを踏むたびに、卯月がぶつかっているのを、運転手は分かっていた。

 彼の隣にいる兵士も気づいていた。その度に、背後の壁にぶつかる音がしたからだ。護送任務を請け負った軍人たちも、全員知っていた。

 

 その上で、無視を決め込んでいた。

 艦娘といえども、艤装がなければ普通の少女と変わらない。わざわざ固定する必要はない。四肢の拘束だけで十分なのだ。

 

 体重の軽い卯月は、少しのブレーキで転がり、あちこちにぶつかってしまう。まあ、そうなること込みで拘束しなかったのだが。全身痣塗れになっても、誰も憐れとは思わなかった。むしろ当然だと思っていた。

 

 車のライトが、濡れた路面に反射する。

 道も悪い、視界も悪い。あげく同乗者も悪い。何もかもが悪い。運転手はバックミラー越しに卯月を睨み付ける。卯月は目隠しのせいで、そのことに気づけない。

 

 涙ぐむ卯月を見て、運転手は露骨に舌打ちをした。

 気持ちの悪い奴。

 犯罪者のくせに、被害者ぶっているのだろうか? 

 

「落ち着け、あと数十分で解体施設につく。こいつとはそこでおさらばだ」

 

 ようすを見かねた助手席の兵士が、飲みかけの缶コーヒーを手渡す。ほぼ一晩中運転しているのに加え、運んでいるのがあんな奴なのだ、不満を抱く気持ちは、良く分かった。

 

「解体施設ぐらい、もう少し近いトコに建ててくれていいじゃねえか」

「文句を言ってもどうにもなるまい。あいつらは人権を持っている。あまり目立つ場所で解体するのは、世間が許さんのだ」

「クローンを作れるくせ人権だって? 汚いとこは隠しやがる。面倒なこった」

 

 艦娘は基本的人権を持っている。

 なぜなら、人権がなければ、使い潰す連中が増えてしまうからだ。それが政府や軍上層部の決定だった。

 

 兵士個人としては、それで良いと考えている。

 兵士も艦娘も貴重な資源。考えなしに消耗していいものではない。

 

 だが、人権……自由が保障されているなら、『責任』もなくてはならない。解体施設は『責任』をとらせる場所だ。

 

 それでも艦娘はデリケートな存在だった。

 死刑を『解体』と、物のように言っている時点で、扱いの微妙さは伺える。だから施設は人目のつきにくい場所にある。この矛盾には、兵士も思うところはあった。

 

「クローンでも何でも、やったことの責任は負わなければならない。こいつには一切同情しない」

「同感だ、こんな奴のためには、二度と運転したくないね」

「わたしも同じ気持ちだ」

 

 まだ涙を流す卯月を見て、兵士も苛立つ。

 あんなやつのために、何人の人間が苦労したのか彼女は分かっていないのだ。行為の『責任』はキッチリ背負って貰おう。解体現場を見たいとは思わないが。

 

 途端に、いっそう雨が激しくなった。

 運転はより慎重になり、夜道を照らすライトは乱反射する。目を細めながら、滑落しないように注意する。

 

 荒れる天候が頂点に達し、稲妻が落ちた。雷鳴に照らされた道路に、運転手たちは、自分の目を疑った。

 

 

 雷光を背にして、一人の人間が立っていた。

 

 

「は!?」

 

 

 道路のど真ん中、護送車の真正面。

 先に反応した運転手はすぐさまブレーキペダルを踏み込む。急停止の反動が彼らに襲い掛かり、エアバッグが作動する。卯月は一際強い衝撃を受けたせいで、ついに意識を失った。

 

 エアバッグが引いて、まっさきに辺りを見渡す。

 さっきまで立っていた人影は、まったく見当たらない。サイドミラーやバックミラーで確認しても、どこにも確認できない。

 

「まさか、ひいちまったのか」

 

 運転手の顔が蒼ざめていく。ハンドルを握る手が震えだす。険しい峠道だ。跳ねた衝撃でがけ下まで落ちたのかもしれない。

 しかし、助手席の兵士は首を横に振り銃を構えた。

 

「いや、おかしい」

「なにがだ、人はいたんだぞ!」

「そこが妙なんだ。今は何時だ? ここはどこだ?」

 

 そう言われると、たしかにおかしい。

 真夜中で、歩道もない山道。近くに民家は一件もない。しかも、堂々と道路のど真ん中に立っていた。

 まるで、護送車を待っていたかのように。

 

「まさか」

「敵襲だ、身構えろ」

 

 運転手の手が、別に理由でわずかに震えた。ごくりと生唾を呑み込んで、彼も武器を手に取る。

 

 兵士たちは、卯月を逃がさないためだけにいるのではない。

 艦娘はロストテクノロジーとオーバーテクノロジーの産物。解体が決まった艦を標的にした事件は過去何件かおきている。テロリスト等に奪われたら大参事を招きかねない。それに備えて、護送車と兵士が用意されていたのだ。

 

 敵の位置を確認しなければなにもできない。

 後ろの兵士たちも臨戦態勢に入る中、運転手はゆっくりとドアを開けた。

 どの方向にもいなかった。

 あと確認していないのは、車体の上と下しかない。

 

 銃口を下に向け、狙いを定めさせないよう飛び降りる。車体の下に誰もいないことを確認し、側面のはしごを一気に昇る。

 車体の上にも、敵はいない。改めて周りを見るが、やはり誰もいなかった。

 

「……おっこちたのか?」

 

 まさか、しかしそれしか考えられない。だとすれば相当の間抜けだ。とにかく近くに敵はいない。それを報告するため運転手は自分の席に戻る。

 

 兵士が倒れていた。

 

「あとはあなただけです」

 

『敵』が、助手席にいた。

 

 背筋が凍るのが分かった。車内にいた兵士たちは全員動けなくなっている。殺されたのだ。物音一つ、悲鳴一つなかった。雨音である程度紛れるとしても、敵の腕前は異常だった。

 

 変声機を使っているのか、性別や年齢は伺えない。

 しかし凄まじい強さなのは分かる。武器らしきものはなにも持っていない。素手だけで、熟練の兵士たちを倒していた。

 

「痛くないようにはしてあげます」

 

 敵の手刀が、首元に叩き込まれた。

 目で追えない速さ。運転手は敗北を認める他なかった。

 

 だが、手刀は滅茶苦茶痛かった。

 痛てぇじゃねえか下手くそ。

 そんな断末魔とともに、彼の意識は刈り取られた。激痛による失神であった。

 

 

 

 

 兵士たちは殺されていなかった。気絶、または麻酔銃によって眠らされていただけだった。

 無力化した兵士たちを横目に、襲撃者は卯月の元へ近づく。その足音で卯月は再び目を覚ました。

 

「聞こえていますね?」

 

 身動ぎする卯月を見て、襲撃者は咳ばらいをし、語り出した。

 

「駆逐艦卯月。あなたはこれから解体されようとしています。『解体』とはなにか分かりますか? 簡潔に言えば『死刑』です。あなたは処刑されようとしています」

 

 情報が正しければ、彼女は着任してから間もない。基本的知識が欠けている可能性もある。それ以上に、危機感を煽るのが目的だ。その方が()()()()()()()。襲撃者は更に現実を突きつける。

 

「あなたはそうなるほどの犯罪をしました。前科持ちというわけです。その罰が解体なのです」

 

 じたばたともがく卯月が固まった。状況を全くできないまま、護送車に積まれたようだ。

 予想通りだ。彼女は自分がなにをしたのか分かっていない。混乱している。だからこそよりチャンスでもある。

 

「しかし、もう一つ選択肢があります。

 わたしたちの部隊に加わる選択肢です。ですが──生き続ける代償に地獄を見なければなりません。

 駆逐艦卯月、あなたはここで死にたいですか。地獄であっても生き残りたいですか」

 

 襲撃者は卯月の猿ぐつわを外す。これで話せるようになった。呼吸が辛かったのか何度か咳を出していた。

 

「長くは待ちません。同様の理由で詳細な説明もしません。生きたいか否かを、わたしは問います」

 

 卯月はなにも話さない。

 口枷を外したにも関わらず、ゼイゼイと喘いでばかりで一言も口にしない。聞き漏れがないように耳を澄ましたが、それでも喋ろうとしない。

 

「……良いんですね?」

 

 それでも卯月は動かなかった。これ以上待てばわたしが危険に晒される。襲撃者はため息をついて立ち上がった。

 

「では、さようなら」

 

 自分で言っておいて、かなり落胆した声が出た。

 しかし仕方のないことだ。

 わたしの部隊はとにかく過酷だ。無理矢理連れてきたとしても、そんな覚悟ではすぐに沈んでしまう。自分で選んでもらわなければ意味がないのだ。

 

「……ん?」

 

 踏み出そうとした足が、なにかに引っ掛かる。

 

 足元にいたのは、襲撃者のズボンに喰らいつく卯月の姿だった。

 

「ムーッムー……ッ!」

 

 涙をボロボロと流し、息を荒らげながらも、離すまいと必死になっている。ここまで必死なのに、話そうとしない理由は分からなかった。

 

 だが、この態度は間違いない。

 命に縋りつこうとする必死な雰囲気。生きることを渇望している。地獄を見てでも、生きようとしているのだ。

 

「生きたいですか」

 

 卯月は、ズボンを噛む力を更に強くした。確信を得た襲撃者は卯月を担ぎ上げて、近くへ止めておいた自分のバイクへ乗り込む。肩にかかる体重が重くなった。緊張の糸が切れてまた気絶したのだろう。まあ、その方が運びやすいが。

 

「こちら不知火、目標(ターゲット)を確保しました。今からランデブー・ポイントに向かいます」

〈了解、慎重に頼むわね〉

「承知しました」

 

 荷台に卯月を乗せて、不知火はバイクで走りだす。

 見つかる危険がある山道ではなく、荒れた場所を走っていく。相当揺れているのに、卯月はまったく目覚めない。

 

 合流地点まで半分を切った、その時だった。

 

 護送車が突如、大爆発を起こした。

 

「……なんてことですか」

 

 爆発の音が不知火のところまで聞こえた。振り返り、炎上する車両を遠目に睨み付ける。

 

「敵は予想を超えてきましたよ」

 

 不知火は護送車の兵士たちに冥福を祈った。

 彼らは職務を遂行しただけなのだ。まさか、無関係な人間まで巻き込むとは思わなかった──思いたくなかった。

 

「予想以上の、化け物(外道)でした」

 

 再びバイクを走らせて、不知火は夜の密林に消えていく。

 燃える炎も彼女の姿は照らせない。そして、これを仕組んだ『黒幕』の目を誤魔化すのだ。せいぜい慌てふためけ、怯えていろ。

 わたしたちは、化け物を殺すための存在なのだから。

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