艦娘という存在は、純粋なテクノロジーで生み出された存在ではない。
陰陽道であったり、魔術的なもの──科学技術だけでなく、あらゆる『力』によって作られた。
その為、戦争初期は技術顧問として、そういった人々が招かれた。
そして技術確立から数十年。
僧侶や陰陽師、魔術師は、大本営における技術職としての立場を確立する。
つまり袈裟を着て数珠を持ったボウズがメカニックだとしても、何もおかしい所はないのである。
「なるほど……?」
が、疑問符しか浮かばない卯月。
現実を受け入れるには、もう少し時間が必要だった。
「なにか、混乱させてしまったようで、申し訳ありません」
「あー、別に構わないぴょん……む、ってことは、あの戦場でシェルター内にいたのかぴょん」
「ええ、坏土大将と一緒に」
「それは悪いことをしちゃったぴょん。殺しかけてごめんなさい」
乱射していたレーザーは、運が悪ければそこへ直撃していた。
さらっと言ってるところから察せられるが、罪悪感はない。一応次元で残った倫理観から言っただけ。
「気にしないで大丈夫。むしろ、あの状態から艦娘にまで戻れたことを、私は喜ばしく思います」
「がふっ!?」
しかし卯月には致命傷だった。
「どうしたの」
「不味い、この吹き荒れる善人オーラ! 正面から浴びたら灰になってしまうぴょん!」
「なれ」
「ミ゛」
満潮が退く。後光が直撃し卯月は灰になった。
「で、どうしたの」
「ちょっと、卯月さんに実験に付き合って頂きたく」
「そう、ホラとっとと動きなさい……ダメね、工廠まで運んどくわ」
何処からか取り出したシャベルで、卯月(塵)を丸ごと掬い、運搬する満潮。
「……これも獣化の後遺症でしょうか」
「違うと思うよ?」
北上がバッサリ切った。
で、その卯月は工廠につくと蘇生。
そこには卯月の艤装が置いてあった。
勿論、
「獣化により、
「断ってるよーな余裕はないんでしょ? 大丈夫ぴょん」
艤装を装備し、海へ出る。
そして何時ものように殺意を高め、一気に作動までもっていく。
異変が起きたのはその直後だった。
「んぎっ!?」
不意に激痛が走った。
一瞬だが、全身を引き裂くような痛みを感じた。
今のは何だと、自分の身体を確認する。
「──は?」
その手は
手だけではない。
足も、首も、服の下にも罅割れが。
真っ赤に光る亀裂が、全身に刻まれていた。
「これは」
「……不味くない?」
彼等が思い出すのは、全身に赤い亀裂がある中枢棲姫という個体。
深海棲艦の中枢と噂される個体だが──目の前の卯月は違う。
この亀裂は、そういうものではない。
「がっ」
苦悶の表情を浮かべた直後。
「があああああ!?」
「卯月!?」
卯月は崩れ落ちる。絶叫を上げながら。
「痛い痛い痛い痛いッ!!?」
全身に激痛が走っていた。
骨がひしゃげ、内側から爆発しそうな感覚だ。
訓練どうこうで耐えれるタイプではない、生物として反応せざるを得ない痛み。
発作でもないのに五感が狂う。
まともに立っていられない。目の前が見えない。
金切り声を上げているのが、自分だというのも分からなくない。
特に『耳』が酷い。
脳味噌まで砕けそうな痛みが、鼓膜から発せられている。
しかし突然──痛みが消えた。
「──っ」
「しっかりしなさい卯月! 大丈夫なの!」
「キ……キツイ……ぴょん。何、今のは……」
先程見えた亀裂は消えていた。
しかし幻ではない。
卯月の全身には裂傷が走り、大量の血が滲み出ている。
それが、あの亀裂が齎したのは明らかだ。
「──予め、改造しといて、良かったねぇ」
「ええ、心の底からそう思います」
「流石は元関係者。褒めてしんぜよう。その前に卯月の応急処置だけどね」
「準備をしてきます」
実験を見ていた平須磨僧正。
彼の手にはシステム制御のスイッチが握られていた。
今まで
それを任意で解除できる装置。
元開発スタッフだから作れた物。『実験は安全な方が良い筈です』と、三週間の間に作っていた物が、さっそく役に立ったのである。
急遽ドッグへ運搬された卯月。
何が起きるか未知数なので、高速修復材の使用許可は取得済み。
直ちにドッグへ叩き込まれたお陰で、卯月は後遺症等もなく、直ぐ治ることができた。
「死ぬかと思ったマジで死ぬかと思ったぴょん」
いつもの口調だが、冗談ではない。
そう確信させるぐらいの酷い痛み。ショックのせいか顔色がまだ蒼い。
一体あの時何が起きたのか?
その答えは、割とあっさり判明した。
「『限界』だ」
「限界……って?」
「卯月さん、貴女の肉体がもう『限界点』を越えたのです」
よく分からない。が、いい内容でないのは確か。
ゴホンと咳払いをして、平須磨僧正は説明をしだす。
「恐らくは獣化による影響でしょう。
「それパワーアップしたんじゃ」
「ええ、但し『システム』は、です」
「……うーちゃん自身に問題が?」
平須磨僧正は淡々とした様子で頷く。
「システムによる強化は力業なんです。エネルギーを無理やり取り込ませ、ドーピングをしているに過ぎない。秋月さんや最上さん……卯月さん自身のように、使用後は身体に深刻な負荷が掛かる」
最初の頃は特に酷かったが──システム発動の度に、数週間寝込んでいた。秋月も最上も救助時はボロボロ。それを卯月は思い出す。
「回復力も強化されるので、誤魔化しは効きますが、『限界』はある。そして……言い難いことではありますが、卯月さん、貴女は『最弱』の駆逐艦です。誰よりも肉体が弱い。流石に海防艦には勝りますが……だから誰よりも早く『限界』が来た。貴女の身体は
傷口が光っていたのは、溢れ出る深海のエネルギーの輝きだ。
「次に、このまま使えば死にます」
二度と使えないという、死刑宣告。
使っても死ぬという、死刑宣告。
卯月は固まった。
どう反応すればいいか分からなかった。
あるのは不安。
システム無しで今後の戦いを生き抜けるのか。そもそもシステムが無い私に存在価値はあるのだろうか?
「システムの作動効率を下げることはできないの」
「ムリだねー、効率が上がった原因が獣化なもんだから、前みたいに調整ができなくなってる。上げる事も下げる事もムリ」
「……バクった?」
「そうとも言う」
まあバグるよな。あれだけやらかせば。
卯月と満潮は納得していた。
「う゛ー……嘘だぴょん、まさか化け物になったのが、こんな形で足を引っ張るとは。冗談キッツイぴょん」
「戦い方を変えていくしかないわね。今後はインチキに頼らずってことで」
「えー」
「文句があるの?」
「いや……今まで必死になって使いこなそうとしてたのに、今更『ダメです死にます』って言われると、色々思う所が」
こんなイカれた装置無い方がいい。
しかし、必死で使いこなす努力をしてきた。
それを否定された気分。何となくだが。
「──いえ、使えますが」
「え?」
「は? 矛盾してんだけど。さっきのアンタの発言と」
「ですから、
どういう意味なのか。卯月と満潮は首を傾げた。
「ですので『改修』を施します」
それは……どういう?
卯月と満潮はまた首を傾げた。
*
卯月の艤装は平須磨僧正預かりとなった。
システム作動による肉体崩壊。それに対する改善を行う為に。
ただ、具体的な内容はまだ。
終わってからのお楽しみ、という事である。
艤装の調整には暫く時間がかかる為、僧正と北上は工廠へ閉じ籠っていた。
その後、生身でもリハビリはできる為、那珂ちゃんによるアイドル訓練が続行。夜になっても終わらず、深夜になって漸く解放されたのであった。
「ギィ……」
「あが、がが、ぎごげぇ」
疲労の極致。
身体の輪郭が安定せず、作画崩壊した卯月を加古が心配する。
まともな返事も出なかった。
「リハビリとは言え可哀想なお姉さま。秋月が慰めてあげます」
と言って膝枕。
ふっくらとした太腿。その他諸々もおっきい。
同じ駆逐艦なのに、この違いは一体?
「どうも敗北者だぴょん。ガクッ」
「うふふ、寝ちゃうほど心地よかったんですね。秋月は嬉しいです」
絶対に違う。
尚、秋月型自体、駆逐艦にしては発育が良い。
満潮も少しじっとりした目線を向けていた。秋月は気づかなかった。
──改めてだが、此処は卯月の地下独房である。
何故か満潮に秋月に加古と合計四人生息しているが、あくまで卯月の地下独房である。
備え付けのベッドは二つ。
四人には足りないので、ベッド一つを二人で使用。
まあ寝る前は、互いのベッドを行ったり来たりしている状態だ。
「満潮さんは、次の作戦について何か聞いているんですか?」
「何も。まだ未確定情報が多いんでしょ。知らされるかも分からないけどね」
「そうでしたか」
「……過酷には違いないでしょうけど」
過酷なリハビリを課している時点で、それは察せられた。
それも当然のこと。相手はガンビア・ベイ。どれだけの攻撃を叩き込んでも、一切のダメージを負わせられなかった相手だ。
「アンタはガンビア・ベイ知らないんっけ」
「はい……一番下っ端だったからだと思います。最上さんなら知ってるかもしれませんが……あの調子なので」
「記憶の混濁、少しずつマシになってるって聞いたけど」
最上はここにはいない。彼女は熊野と同じ部屋で生活中だ。
というか、ここにいたら、秋月が衝動的に殺す可能性が高かった。
「……思うんですが」
「何?」
「懲罰部隊という割には、皆さん、とても優しいですよね」
「は? 頭爆発したの?」
「いえ真面目に。こんな秋月や最上さんを引き取って、人並みの扱いですし、卯月お姉さまにも、私刑とか拷問してないですし」
「意味ないことはしない性分ってことでしょ。中佐はそういう奴よ」
高宮中佐の人となりをちゃんと知りはしないが、それぐらいは分かる。だが優しいとまではいかないだろ。満潮はそう考える。
「本当に普通の鎮守府なら、もっと娯楽あるし、人間らしい扱いになるわ。ちゃんと罪人扱いしてるって意味合いなら、人間らしいかもしれないけどね」
それが、満潮の知る普通。
幾つもの鎮守府を渡って来た──その度に追い出されてきた──満潮だから分かる。
「と、言いましても、此処が初めてですからね」
「……そうね」
そして満潮は知っている。
初めての場所での経験が全てだと。
どれだけ時間が立とうとも、そこでの記憶は、自らを永遠に苛む。
卯月のように、
「……こんな風に、他愛のない話をするのも、初めてなんです。敬愛するお姉さまを撫でながら、こんな、中身のない会話するのさえ、嬉しいんです」
秋月は、不幸極まることに、ドロップしたのを『黒幕』に回収された。
そこで無限の虐殺を強要された。
逆らえば、最上の暴力に晒された。逆らわなくても気紛れに晒された。
理不尽に殴られない。
たった、そんな当たり前極まることが、秋月にはひたすらに嬉しかった。
色々あふれ出し軽く涙が出る。
それを心配した加古が近づき、秋月を慰めようとアタフタしていた。
満潮はハァと溜息を吐く。
「アホくさ」
切って捨てた。
「なっ」
「そんな当たり前のことで一々泣いてたら身体持たないわ。此処にいるのは一時的なもの、いずれ普通の鎮守府に行くのよ。もっと貪欲になんなさい」
「貪欲、ですか」
「もっと『幸福』を追いなさい。そんなんじゃ他所行ったとき、そこのメンバーに要らない心配かけるわよ」
秋月には──加古も最上も、幸福になる権利がある。
どう見ても『黒幕』の被害者。
その分、幸せになってほしい。そうでなければ不条理が過ぎる。満潮は純粋にそう思っていた。
「満潮さん……」
「何」
「満潮さんも大概面倒な性格してますね」
「思ったけどアンタ結構毒吐くわね」
「洗脳されたた時の後遺症では?」
それも、仲間内の軽口。
相手を軽蔑するものではない。
只の他愛のない雑談。だからこそ良い。
──だからこそ、私はダメだ。
私に『幸福』を追う権利はない。
洗脳されて虐殺とかではない。『艦娘』として成すべきことができなかった私には、その権利はない。
握り拳に爪が喰い込む。
けれでも、その手は布団の中。
気付かれる事さえ、あってはならない。満潮はそう自分を戒めた。