前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第201話 巡礼

 ガンビア・ベイ討滅戦決行まであと三日。

 卯月はそこを訪れていた。

 満潮や秋月が来ることは、他ならぬ卯月自身が断固拒絶。

 

 そればかりはダメだ。

 誰が何と言おうと、他人を連れては来れない。

 目の当たりにして、罪悪感が無くても、慚愧が無くても、こればかりは私でなければ。

 

「…………」

 

 眼前には、死地があった。

 

 数日前までは、人の営みが感じられた都市。

 たった一晩で、あらゆる生命(GENE)を根こそぎ奪い去られた都市。

 刻まれた文化(MEME)を、丸ごと白紙化された都市。

 

 洗脳艦娘が引き金を引いた。

 『獣』が止めを刺した。

 卯月が()()を終わらせた。

 

 あの日の戦場を、卯月は見下ろす。

 

「放射線はありません。『獣』が核ミサイルを食べたので。『呪い』もありません。『獣』が全て喰らったので」

 

 最後辺りの大爆発により『海』は全消滅。

 巨大なクレーター内に、歪に『創造』された大地が乱立。

 人類文化の痕跡は、半壊したシェルターぐらい。

 

「『獣』による天地創造により、既存の街並み、建築物は消滅。活動できている生命体は、『呪い』の影響を免れた僅かなバクテリアのみ。虫一匹、雑草一つさえ存在はしていません」

 

 『異能』の痕跡を残す遺跡。

 人の営みは顧みられない。

 追加で乱立された、技研の調査用ベースキャンプは、何故だか残酷に感じられた。

 

「ありがとう。此処に来る許可をくれて」

 

 卯月はそれら全てを見続ける。

 瞬きさえ惜しい。一分、一秒でも長く見る。網膜に焼き付ける。

 ──面倒だなぁ。

 そう思っても、目を逸らすのはプライドが許さない。

 

 無価値だ、無駄だ、こんな感傷何も意味がない。

 そんなことは分かってる。

 この認識が間違いでないという確信まである。

 

 ならばこそ、この感傷は捨てられない。

 まだ艦娘でいたいなら、まだ此処に立っていたいなら──それさえ無くしたのなら、自死を選ぶ時だろう。

 

「こんな状況下で言うのは何なのですが」

 

 と、平須磨僧正が切り出す。

 

「敵の目的の一つは、達成された可能性が高い」

「目的? 暗殺は失敗してるぴょん」

「違います。艦娘を社会から追放する目的です。多分ですけど……あの戦場、深海の艦載機が無かったの覚えていますか」

 

 卯月は首を振る。

 瑞鶴は何故か、空母系のイロハ級を生成しなかった。

 空を覆っていたのは、瑞鶴とガンビア・ベイ、艦娘の艦載機だけ。

 

「あれは──街を襲っていたのが、艦娘であると、周囲への印象操作だったようです」

「は? ナンデそんなことすんだぴょん」

「社会が艦娘を迫害すれば、人間は深海棲艦への抵抗力を減らす。そういう高等な作戦の可能性がちょっと」

「いや、回りくどいぴょん」

 

 あんまり思いつかないが、それならもっとやり方あるよね? 

 卯月でさえそう思う。

 大本営の偉い人たちも、『頭悪いの?』と懐疑的。

 メインの目的は暗殺であり、ヘイト行為は()()()だったんだろう、というのが主な見方だ。

 

 そんな()()()をするなら、本命に集中しろよ。という見解が大半だが。

 

「あと結局、『獣』の暴れっぷりに印象持ってかれたので、ヘイト操作の影響力はカス同然だったようです」

「えぇ……」

 

 これだけの大惨劇なのに、これだ。

 こんなグダグダなオチを、神は許すというのか? 

 卯月は神を殴ると決意する。

 自分(付喪神)だった。

 

「せいやっ! ゴッパァッ!」

「何故突然自分の腹を殴ったんですか卯月さん! は、これが報告にあった幻覚症状!」

「違うピョン……」

 

 自分は何をしてるのやら。

 情緒は死んでるが、無意識レベルでは多少動揺してるのか? 

 だったら、少し嬉しい。

 

 殴った腹を抱えながら、平須磨僧正と一緒に、死地を歩く。

 技研の調査用ベースキャンプは避けていく。

 許可は取ってる、事前に通知もしてある。

 

 しかし卯月が不味い。

 

「ねぇ、僧正さん。これやっぱ目立つぴょん?」

「とてつもなく目立っています」

「ぴょん……」

 

 獣化の後遺症。深紅に輝く瞳。

 

 早とちりした技研が、『擬態型深海棲艦ヤッター!』と拉致しかねない。

 倫理研修は実施済み。

 しかし、時に好奇心は暴走する。卯月の身の安全は保障されていなかった。

 

 まあ、その場合憲兵の大群がエントリーするので問題はないが、面倒事は少ない方が良い。余計な警戒をさせない為、離れた場所を散策していた。

 

 尚、サングラスとかを試してみたものの、紅光は平然とぶち抜いてきた。無駄だった。むしろサングラス越しに光る眼が不気味。

 遮断するには専用のレンズが必要になるだろう。

 

「……一つ、訂正が」

「どーしたぴょん」

「敵のヘイト作戦ですが一部は成功しました。卯月さんです。何処からか漏れたのか、誰かが意図して漏らしたのか、獣となり街を滅ぼしたのは、()()卯月だと、軍内部・世間では噂になっています」

「あー、そうなっちゃったぴょん」

「そうなりました」

 

 元々、神鎮守府を壊滅させた『造反者卯月』として、卯月の存在は知られている。

 噂レベルだが、それ故に広まり易い。

 

 無論、大本営としては完全否定。

 あれはあくまで深海棲艦の最新兵器であって、艦娘とは全く関係がない──と主張。

 『じゃあ核ミサイル食える深海棲艦が出たって事じゃねぇか!』

 と、各国からの追及が強まったのは、政府官僚の犠牲(胃と毛根)で乗り切った。

 

「しかし、噂は誰にも止められない。流石に艦娘がああも変貌するのかと、懐疑的な人が多いですが、反艦娘派にしてみれば格好のネタ」

「つまり何が言いたいんぴょん?」

「──前科持ちは首輪がある。見られれば分かってしまう。今後他所の艦娘に見られた場合、卯月さんは暗殺を警戒しなければならないでしょう」

 

 卯月の評判は元々ド底辺だった。

 それが更にどん底地の獄、獄の獄まで落っこちた。

 

 以前のような、外部との協力は慎重にならざるをえない。

 場所によっては、鎮守府ぐるみで暗殺を決行、そのまま事実隠ぺいを図ってもおかしくない。

 やり過ぎだろうか? 

 卯月はそうは思わない。

 

「ああ、それで良いと思うぴょん」

「そうですか?」

「むしろ、何にも警戒してない連中の方が、返って不安になっちゃいぴょん」

 

 客観的に見て卯月は化け物だ。

 人の倫理は通じない。

 鎮守府一つ、街一つを滅ぼしといて、『正当性はある』と言う正真のモンスター。

 で、あれば、暗殺を想定に入れるのは妥当。

 

「──やはり奇跡だ」

「へ? 急に何?」

「あの状態から、此処まで戻って来れたことがです。人の形に戻り、人の言葉が通じる。通常では考えられない事です」

 

 平須磨僧正は、幾つもの実験を見てきた。

 艦娘が深海棲艦へ変異したり、もっと冒涜的なナニカになるのも。

 軽い変異なら兎も角、深い所からは誰も返ってこなかった。

 

 それだけに興味が沸く。

 技術職として、何故卯月は帰還できたのか。

 

「さぁ……帰投できたのは、まぁ、満潮のお陰だけど……うーちゃんにも分かってないことが多いぴょん。満潮が持ってた鎖とか、レ級とか」

「報告には聞いています。鎖は調査中ですが、レ級についてはとくには」

「ぴょん? 調べないの?」

「はい」

「なんでだぴょん。D-ABYSS(ディー・アビス)の怪物なら、調べるべきだぴょん」

 

 卯月はそう思っていた。

 『獣』を正面からボッコボコにする化け物中の化け物。

 間違いなくD-ABYSS(ディー・アビス)を乗せている。でなければあり得ない戦闘力。

 瑞鶴達にも攻撃してたのは謎だけど。

 強化し過ぎて暴走したのか? 

 何にせよ、放置はあり得ない。

 

 ──そう勘違いをしていた。

 

「ないですよ?」

「ない? 何が」

D-ABYSS(ディー・アビス)が」

「誰に」

「戦艦レ級改flagshipに」

「はっ?」

 

 ちょっと言ってる意味が分からなかった。

 

「いえだから、戦艦レ級改flagshipもとい『三つ首』は、D-ABYSS(ディー・アビス)とは無関係です」

 

 視界がキラキラと輝き、脳からは水蒸気が噴出する。

 そっか理解できたぞ獣化の後遺症で聴覚に異常が出てるんだそうでなきゃこんな幻聴聞こえる筈がないやちょっと待ってなんか別の声が聞こえるような──

 

「そうか……そうだったのか、死者とは……引力とは……」

「卯月さーん!?」

「はうぁっ!」

 

 卯月は現実へ帰還した。

 

「危なかった……宇宙の真理を理解しちゃうところだったぴょん……一足先に飛び級で進化しちゃうトコだったぴょん」

「話戻して良いですか?」

「アッハイ」

 

 だとしても信じ難い話だった。

 

「……マジ関係ないの?」

「はい。D-ABYSS(ディー・アビス)の開発開始が十年前。『三つ首』が初めて観測されたのは三十年程前です」

「時間が全然合わないぴょん」

 

 平須磨僧正の話は事実である。なお初観測されたのが三十年程前であり、大本営襲撃は十年程前になる。

 

「えぇ……じゃあ、アイツは『素』であの強さなのかっぴょん」

「そうなります」

「冗談キツイぴょん……」

 

 あんなモンスターがいるのかこの世界。

 天地創造如きで調子に乗っていた自分が、何だかアホくさくなった。

 ──卯月には酷な話だが、あのレベルの化け物はまだいる。少なくとも三匹と一人はいる。内一人は幸い人類の味方だ。

 

 とは言え、システムとは別の意味合いで、調査対象になっている。

 大本営襲撃以来、初めて能動的に動いたのだ。

 その行動原理を読み解けば、今度の対策、上手くいけば討伐の手掛かりになるかもしれない。

 

「できるなら、取り出したいのですがね……」

「取り出すって?」

「『三つ首』の刺ですよ。心臓に刺さりっぱなしになってる」

「──は?」

 

 一瞬、信じ難い話が聞こえた。

 

「あれ、聞いていませんか?」

「聞いてない聞いてない待ってどういう状態なの今のうーちゃんは」

「心臓ぶち抜かれたじゃないですか。結局、何故か心臓は無事だったんですが、貫通しっぱなしなんです。刺が。正確には『三つ首』の装甲片ですが」

 

 卯月は今度こそ言葉を失った。

 刺が? 貫通してる? わたしの心臓に? 

 で無事だって? 

 

「……ワッツ?」

「ええ、そういう感想になるでしょうね。私達も同感です」

「何で死んでないのうーちゃん」

「分かりかねます。ただ、刺さっている『刺』は、卯月さんの生命活動に支障をきたしていません」

 

 視界がグルグル回る。

 色々な情報を詰め込まれ過ぎて、いよいよ眩暈がしてきた。

 

「これも……調べてくれてるぴょん……?」

「それは、当然」

「なら良いぴょん……もう、満足できたから、基地に帰るぴょん……頭痛くなってきた」

「そうですか、では戻りましょうか」

 

 フラフラとした足取りで、卯月は回収地点に戻る。

 疲れすぎて思考を手放す。

 ぼんやりと、感じたことだけを考える。

 

 (自分)の手により崩壊した地形。エネルギーを直接操作したからだろうか。土でも木でもない、結晶みたいな物質で埋め尽くされている。

 その内一つを見ていると──風が吹いた途端、ガシャンと崩れ去った。

 

「崩れた」

「え? ああ、あの結晶体ですか……あれだけじゃありません。この辺りの地形は全て、通常より早く風化を始めています」

「ふーん」

 

 もうなんか何が起きても受け入れられる自信があった。

 超常現象を目の当たりにし過ぎたのだ。

 やったのは卯月自身だけど。

 

「絶対時間加速現象が観s」

「あーあーあー! 何も聞こえない何も分かんない疲れた脳味噌がオーバーヒートしちゃいそーだぴょーん」

 

 また超常現象か! 

 卯月は耳を塞ぎながら、横ヘドバンで解説を拒否。

 平須磨僧正は『しまった』という顔で、口を塞ぐ。

 

「……失礼しました」

「ううん、さあ、落ち着けやしないけど、うーちゃんの家に帰るぴょ」

「詳しい説明が必要でしたね」

「ちょ、ま」

「時間には絶対時間と相対時間という概念があるのですが、この辺り一帯は何故か絶対時間が加速状態にあり物質の崩壊が早まっているんです。しかし何故この様な現象が起きているのかは不明です。ですがずっと加速を続けている訳ではなく、徐々にこちらとあちらの絶対時間のズレは補正されつつあります。興味深いのは人間から見た相対時間はそのままという点なのですが、果たしてこれが絶対時間が通常通りの領域から来たからそうなのか、それとも」

「サヨナラーッ!?」

「卯月さーん!?」

 

 アワレ過剰な情報を詰め込まれた卯月の頭部は爆発四散! 

 卯月は認識を改めた。

 この僧正、一度話し出すと止まらないタイプだと。

 

 その後、騒ぎを聞きつけた技研が『擬態型深海棲艦ヤッター!』と押し寄せ、全員憲兵隊に確保。重点的倫理研修へと連行された。

 

 卯月は思う。

 真面目な顔で、自分の所業と向き合う予定だったのに何故? 

 原因は多分、運の無さであった。




シレっと流していますが、絶対時間加速現象は、D-ABYSS(ディー・アビス)の本質に関わる重大現象です。基礎原理は『獣』がやった天地創造の『権能』と同じです。
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