都市一つを壊滅させたあの事件。
そこで何が起きたのか、平須磨僧正は卯月への説明を終えた。
しかし、話してないことがある。
卯月に関係ないからだ。
それは決して無視できない内容。
あの戦いにおいて、ただ一人、壇上に上がらないまま舞台へ干渉してきた何者か。
──いるのだろうか、そんな奴。
証拠は残っていた。
救助直後、救出隊は満潮が見慣れない物を持っているのを見た。
白い鎖である。
「結局、あれ何だったのよ」
「満潮さんこそ、あれが何だったのか、分かってるんじゃないんですか」
「さぁ、全然」
何が何だか分からないが、誰かに声を掛けられ、気付いたら手に握られていた──満潮はそう説明した。
使い方は、
これがどういう物なのか?
どういう原理で動くのか?
それらは一切分からない。よって嘘は吐いていない。
「状況から推測するに、『縁』を利用して動く何かである可能性は高い。けど……中々に厄介な代物ですね」
「そうなの」
「ええ、機械的機構が一切ない。生物的機構もない。これはただの物質。純度100パーセント『神秘』のみで動いている。このような物質は、今の人類では作れないでしょう」
平須磨僧正は興味深そうに眺めている。
そういうことに興味がない満潮は、当時を振り返り空を仰ぐ。
──思い出しても、朧気だ。
誰が、どうやって、話しかけてきたのか。あれは何者だったのか。気絶してた筈なのに、どうして聞こえていたのか。
「ホント何だったのかしら……」
満潮の証言でしか存在しない誰か。
しかし、白い鎖が存在の証明。
満潮を助ける意図はありそうだが何故出てこなかったのか。鎖の調査と併せて大本営で捜索中だった。
*
かつての戦場を散策していた卯月達。
しかし、平須磨僧正から送り込まれる大量の情報によって頭が爆発四散。
少しばかし休んでから、もう帰る事になった。
とは言え、やはり人の眼は避けたい。
ちょっと遠回りをしながら、卯月と僧正は回収地点へと向かっていた。
道中は無言。
卯月は疲れ果てているので、全く喋らない。
僧正も、卯月を爆発させた負い目があるので喋らない。
幸い会話がないと気まずさを感じる正確でもない。早く帰って休もうと、卯月は呑気に構えていた。
──空気を切る音が無ければ。
背後から音が迫る。
早い、だが、位置は特定できた。
私の頭へ直撃コース、回避運動を取らなければ、巻き添えもあり得る、僧正も助けなければ。
「伏せて僧正さん!」
卯月の判断は早かった。
振り向く動作もなく、僧正の手を引っ張り姿勢を低くさせる。
卯月自身も併せて屈み、『攻撃』を回避。
「矢、空母か!」
ガンビア・ベイは違う。という事は瑞鶴、もしくは新手の暗殺者。何にせよ始末すれば問題はない。
矢の飛んで来た方向へ目線を向ける。
更に殺意を一気に高めていく。
艤装は装備していないが、今の卯月と艤装は
反動で大ダメージを負うかもしれないが関係ない。
どう転んでも、逃げる選択肢はあり得ない。
だが
「どこを見ているのでしょうか?」
声は
さっき矢が飛んで消え行った所から、敵の声がした。
脂汗を流しながらも、全力で回避運動を行う──が、間に合わない。
「ぐぁ!?」
髪の毛の殆どが切り飛ばされる。ガードとして掲げた片腕は筋線維を少し残して両断。折れかけの枝みたいにぶらりとなる。
何故、攻撃が来たのか。
どうして接近を許したのか。
足音一つ、何の音もなく出現したのは何故なのか。
だが衝撃だったのは、暗殺者の正体だった。
「お前、赤城ッ!?」
「はい、赤城です。坏土司令官の優秀な秘書艦の赤城です」
そう純心な笑みを浮かべる赤城。
顔と服には返り血がベッタリと張り付いているが、気にする様子はない。
卯月は疑問しかなかった。
混乱しきっていた。
しかし、妙な既視感を感じていた。
「すみません。一撃で始末するつもりだったんですが……」
「どういうことだぴょん。どーして、うーちゃんを攻撃するんだぴょん。つーか此処にどうしていんだぴょん!」
「落ち着いてください卯月さん。ちゃんと答えますから」
「なら刀止めろぴょん!」
赤城の刀が脳天に迫る。
卯月は決死の真剣白刃取りで受け止めた。
必死の形相を、無機質な目が射抜く。赤城は攻撃を続けながら説明を始めた。
「元々、遠くから卯月さんを監視してたんです。そりゃそうですよね? 今の貴女を監視なしで自由にする理由はない。当然のことです──と、監視している最中に私気が付いたんです」
「何に!?」
「これ始末するチャンスだって」
本当に誰なんだこいつを監視に抜擢したのは。
迫りくる急所への攻撃を回避する卯月は、内心悲鳴を上げる。
「──元々、機があれば卯月さんを始末する予定でした。そりゃそうですよね? 私の
「思うかぴょんッ!」
「では始末します」
流暢に喋りながら攻撃を一切止めない赤城は恐怖でしかない。少しでもマシにできないか。そう考えた卯月は発言を訂正する。
「いやちょっと訂正。多少は悪いって思ってるぴょん!」
「そうでしたか。それはすみませんでした。では始末します」
「会話ができない!?」
赤城は狂っていた。
しかし、こうなるのも当然だと、卯月は多少考えている。
赤城の言っていることは『正論』に近い。
死ななかったらいいじゃん、なんてのは、真っ当な倫理観からしたら正しくない。怒りは覚えるし、憎まれるのが『自然』だ。
でも任務無視して始末しに来るのはどうなの?
内心そう突っ込むが、赤城が止まる筈もない。
「ざっけんじゃねぇぴょん。こんな所で、こんな下らない終わり方は御免だぴょん──艤装がないなら、勝算はある!」
赤城は(卯月もだが)艤装を装備していない。
持っているのは普通の弓矢とシンプルな刀だけ。艤装のパワーアシスト補正が無ければ、スペック差で押し切られることもない。
チャンスを狙え。
自分の殺意を高め、遠隔で
そう信じ、卯月は攻撃を回避していく。
「ちょろちょろ逃げ回って。卑怯だとは思わないのでしょうか。潔く自分の罪を認めてその首を差し出す覚悟を見せては如何でしょうか。貴女の行動は『卯月』に対する侮辱でしかありません」
「あ゛?」
その一言は、卯月の逆鱗に少し触れた。
何故、こいつなんかに『侮辱』と言われなきゃいけないのか。
──それがチャンスだった。
普段の何倍も『殺意』が跳ね上がる。一瞬でシステムの作動段階まで踏み込める。そうして卯月は『完全なる殺意』へ──
「隙です」
至れない。ひゅるり、と一陣の風のように、首元へ刃が飛来した。
「──ッ!」
「隙だらけです。戦闘でそんな隙を晒すなんて、真面目にやる気があるんですか? 無いんですかそうですか。何と言う侮辱でしょうやはり始末します」
「誰か助けて! せめて通訳を呼んでぴょん!」
泣き言を言えど、赤城の攻撃は止まらない。
そして、卯月はある事に気付く。
感じた既視感の正体。
「お前、まさか、殺意を」
戦艦水鬼が魅せ、卯月自身が体得した『殺意』。
赤城は、それを纏っていた。
赤城は『やっと気づいたの?』と言いたげに失笑する。
「そうですよ。まさか使えるのが貴女だけと思っていたんですか。それは思い上がりというものです。これは『技術』。ある程度の素質と鍛錬があれば使えるもの。それは即ち『練度』があるということ。もう理解できましたね」
『殺意』を高める暇さえない。
それさえ許さずに追い詰められている。
できている。
歯が軋む程に、理解させられてしまった。
「私の方が
ざっけんな──と反論できない。
完全に思い知らされている。
身体に向かって『格上』だと叩き込まれしまったからだ。
「それではさようなら」
そんなことに気を取られていたからか。
赤城が弓矢を一発撃つ。
頸動脈を狙った一撃を、すんでの所で回避して──眼前から赤城が消えた。
彼女の心音が
どうして背後に、いつの間に?
一瞬の逡巡が命取り。
もうどんな回避行動を試みても間に合わない所まで、赤城の刀が振るわれ──
「そこまでです!」
結晶が散らばる荒野に、甲高い声が響く。
頸動脈まで残りコンマ数ミリで刀が止まる。
緊張のあまり、卯月は動けない。
何者かの足音が迫る。
「もう茶番は十分な筈です、赤城さん。演習はここまでです」
「ですが……」
「お遊びが過ぎるのであれば、私も動かざるを得なくなります。それは私も嫌なので、そういうことで」
聞いたことのない声。
けど、何故か何処かで──とても、とても昔に聞いたような。
って待て、演習だと?
聞き捨てならない単語に、卯月は慎重に目線を動かす。
そして目にする。
制服の襟についた飾りを。
卯月の脳裏に閃光が走る。
「…………三日月?」
「そうです。睦月型10番艦の三日月です。初めまして卯月姉さん」
「ぴょぴょん」
奇妙な状況。感動(?)の再会。
卯月は妙な声を漏らすのだった。
つまるところ、この襲撃は茶番だった。
三日月の言った通り単なる演習。卯月を始末する予定は皆無。ちょっと抜き打ちだっただけ。そういう話だった。
「まてまてまて嘘吐くんじゃぁないっぴょん。赤城テメー絶対うーちゃん始末する気だったぴょん」
「何の事でしょう心当たりが全くありません」
卯月は驚嘆した。
人はここまでツラツラと嘘を吐けるものだったのか。
「本気の『殺意』をぶつけといて何を言うか!」
「だって本気でなければ演習になりませんし」
「一応同じ『殺意』に至ってる。ガチかどうかの違いは分かるぴょん。お前は本気だった!」
「……チッ」
「おい舌打ちしましたぜどーなんですか三日月!」
三日月はニッコリ笑い、正座する赤城に顔を近づける。
何という事か、赤城は顔を青くしてガタガタと震え出す。
この時点で分かるだろう。
三日月の方がより格上なのだ。
「この茶番の必要性は、坏土司令官から聞いている筈ですね?」
「はい」
「復唱してください。どうぞ」
「卯月さんの強化です」
それが茶番の正体。
仕掛け人は、あの坏土大将。
彼は──卯月をより強くすべきだと考えた。モニュメントの一件があったので、ちょっと肩入れしてるのかもしれない。
その為の教官として、彼は赤城を差し向けた。
卯月と同じ『殺意』へ至った者。
彼女が一番教官に相応しいと、彼は考えたのだ。
この強襲もその一環。
本気で始末しようとすることで、現在の卯月の限界値を見定めるのが目的。
なお、艤装のあるなしは関係ない。
だったのだが、結果は御覧の通り。
卯月の見立て的には赤城は本気。
演習とかそんなの関係なく、ガチで殺しにかかってきた。
「じゃ何でですか」
「……だって」
「だって?」
「減るんですもの」
「減る?」
「秘書艦の時間が」
三日月は一瞬硬直。直後納得した様子で溜息。
つまり赤城は、司令官と一緒にいられる時間が減るのが不満だった。
なので、原因の卯月に殺意を抱いていたのだ。
常軌を逸している。
卯月は絶句した。
「はぁぁぁぁ……赤城さん」
「はい」
「卯月さんに成長が見られなければ、戻ってきても、秘書艦の席はありませんからね」
「それは酷いです!」
「はい、そうですね。ではお願いします」
「待ってください弁解を」
「いえ、申し訳ありませんが、こちらとしてはこの対応を取らざるを得ませんので。ご了承ください」
何たる模範的事務対応だろうか。
有無を言わさぬ圧力に、赤城は膝から崩れ落ち機能停止。
同じ睦月型なのにこの違い。
一体三日月は、どれ程のパワーを持っているのか。卯月は戦慄する。
「うちのアホがご迷惑をおかけしました」
「あ、いや、大丈夫だぴょん。別に致命傷は負ってないし」
「そういう訳にはいきません。最低限の償いはしませんと……全くこのアホは」
炉端に捨てられた吸い殻でも見るような目線だった。
「念のためということで、応急処置用品を持ってきています。こちらへどうぞ。平須磨僧正さんも、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です」
「本当にこのアホがご迷惑を……命を危険どうこう言っておいてこの人は」
恐いよこの子。
本当に私の妹なの?
滲み出る殺意に赤城は震えっぱなし。
しかし、その前に聞いておきたいことがある。
赤城とは会話が成立しなかったが、三日月となら。
「ねえ、三日月」
「どうかされたんですか?」
「演習って、どゆこと?」
「それですか。司令官からの直々の命令でして。ざっくり説明すると、『使い方を学ばせてやれ』とのことでして」
使い方。卯月は思う。
私が使えるもの。
そして教官役は赤城。
共通するものは、とても分かりやすい。
「『殺意』を、より使えるようにとの命令なんです」
「……コレから教われと?」
「そうです」
模範的事務対応は、実の姉でも例外はなかった。
第187話に出てきた艦娘が三日月です。
これで睦月、如月、弥生、卯月、菊月、三日月、望月が登場。やっと半分突破です。