前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第203話 過酷な対価

 ガンビア・ベイ討滅戦まで残り──2日。

 僅か2日で赤城は、卯月を成長させる予定だった。

 というか2日以上あってもそうするつもりだった。2日より多く坏土大将と離れるのは許し難かった。

 

 こいつ長期作戦とかどうすんだろ? 

 そんなのを考える余裕があったのはだいぶ前。

 

 赤城の訓練は──命の危険を伴うものだった。

 

「あぐ……ぅ」

「次行きますね構えましたね行きます」

 

 ──これが訓練なのか? 

 偶々通りがかった満潮は、その光景に言葉を失った。

 事前に聞いていなければ、虐殺と勘違いして、止めに入っていただろう。

 

 目の前のはそういう光景。

 

 卯月の片目は潰れていた。

 喉は半分抉り取られ呼吸ができない。左手は切り落とされ、右足は踵から入念に砕かれた。

 

「回避してください」

「あ、あぁぁぁっ!」

「遅い」

 

 赤城の刀が、卯月を袈裟懸けに切り裂いた。

 夥しい量の鮮血が飛び散り、演習海域を真っ赤に染める。

 一目で分かった。心臓まで切られている。致命傷だ。

 

 確かに死にはしない。

 入渠さえ間に合えば、艦娘は回復できる。

 

 しかし、対処を間違えば即死する。

 赤城はそういった、本気の技──演習では使ってはいけない技ばかりを繰り出していた。

 

「……どうして、こんな演習を」

 

 必要性が分からない。

 本気の訓練ならば、多少の危険は不可欠だ。本当の戦場で死なない為に。

 だが、ここまでする必要性が感じられない。

 この訓練は何の為? 

 何の意味がある? 

 

「次行きます。反撃は……そろそろして欲しいものですけど」

「ぉおぉ……ぉぉおッ!」

「威勢だけですね」

 

 喉を潰されて、叫び声しか出せない。

 その攻撃は簡単にいなされ、カウンターでまた致命傷が増える。無事だった目が両断された。

 

 激痛にのたうち回る──赤城は追撃を止めない。

 

 恐ろしいことに、このやり取りは艤装未装備で行われている。

 お互いに生身。それでこの惨状。

 艤装の生命維持が働いていない今、卯月の生命は本気で脅かされている。

 

 満潮は今日、秋月や加古に謹慎命令が出ているのを理解した。

 こんなのを見たら、あの二人は間違いなく暴走する。

 

 分からない……けど、こんな暴挙、何の理由もなくする筈がない。

 やはり何か意味があるのだ。目的があるのだ。

 満潮は、そう無理やり納得する。

 

 ガンビア・ベイ討滅戦まであと2日。卯月に構っていられる程、満潮にも猶予は残っていない。

 

「よそ見してる所悪いけど、訓練続行していいクマ?」

「よそ見なんてしてないわ。気にせず続けなさいよ」

「今のでよく言えるクマ……」

 

 球磨は何を言っているのだろうか? 

 私は卯月を何となく見てただけ。よそ見には該当しない。満潮は嘘呼ばわりされて不満だった。

 

「まあいいクマ。けど珍しいクマ。満潮が訓練に付き合って欲しいなんて言い出すなんて。明日は雨クマ?」

「一々煩いわね。こっちだって偶にはやるわよ」

「そっかクマ。じゃ、再開クマ」

 

 以前の戦い──満潮も思う所はあった。

 戦術的にどうこうなる戦いではなかったかもしれない。しかしそれでも無力感に打ちのめされた。

 赤城がいなければ、何者かが手を貸してくれなければ(白い鎖)、卯月を助ける事は決してできなかった。

 

 それは、満潮にとって恐るべき現実だった。

 あってはならない、と言ってもいい。

 しかし過去は変えられない。せめて、二度と……否、三度と同じ過ちは繰り返してはならない。

 

 普段は自主練ばかりしているが、それでは限界を越えられない。

 だから屈辱を呑み、球磨に訓練をつけて貰うことにした。

 教えを乞う事自体、嫌悪しているが──まだ耐えれる。仕方ないと納得できる。

 

 満潮は過酷な訓練に追従する。

 卯月とは違い口は堅いので、文句を飛ばす事もない。

 アレよりやり易いかな? 

 付き合っていて球磨は思う。けど逆にデッドラインを越えているかも識別も難しい。

 

「──うん、いったん此処までにするクマ。休憩」

「もっとよ、こんなんで訓練終了なんて、認められないわ」

「いや休憩クマ」

「卯月のアホがあんなにやってるのに、私が休憩だなんて!」

「あれだけやりたいのかクマ」

 

 あっちを見る。

 

「あ」

 

 赤城が顔面蒼白で呟く。

 卯月の上半身と下半身がさよならしていた。

 

「…………休憩するわ」

「マジであれは何の訓練クマ」

 

 猛スピードでドッグへ担ぎこまれる卯月。とりあえず赤城は教官に向いていないのは分かった。

 

 しかし満潮は何故なのか。

 あれほどの訓練を……羨ましく見つめているのか。

 球磨には分からない。

 それに、絶対やれない。やりたくない。

 

 自分には不可能な訓練だ。

 球磨はそう自覚していた。

 

 

 *

 

 

 赤城の訓練は地獄であった。

 しかも球磨や那珂と違い、まともな説明が無かった。

 意図してなのか、単なる嫌がらせなのか、卯月には皆目見当もつかない。

 

 死なないよう頑張るのが精一杯、疑念を抱く余力さえ削られる。

 何にせよ、訓練が終わったら二度と会うまい……卯月はスライム状に崩れた身体で、そう心の底から誓う。

 

「北上さん。私は彼女をどうすればよいのでしょうか」

「プレス機で圧縮すれば戻ると思うからやってみよー」

「戻りました。ハイ」

 

 これ以上痛めつけられる言われはない。卯月は固形状に戻る。

 

「液体から固体への急激な変容、やはり獣の権能は少なからず卯月さんに残って──」

「ないと思うよ?」

「ですか」

 

 赤城の訓練は一旦中断。

 卯月は平須磨僧正と北上に呼ばれ、工廠に来ていた。

 理由は勿論、艤装だ。

 前からやっていた、D-ABYSS(ディー・アビス)の調整が終わったのだ。

 

 システムの作動効率が跳ね上がっていた。

 しかし、もう彼女の肉体が耐えられなくなっていた。

 作動すれば、身体が自壊するようになっていた。

 これを解決する為の調整である。

 

 卯月は思う。

 この短期間で終えるとは、これが元関係者の力なのか。

 

 どう変わったか、についての心配は殆どない。

 彼の人となりの良さは、数日の付き合いでも分かってる。

 余程酷いことにはなっていない。そこについては安心できる。赤城とは違って。

 

「まあ、知っての通り艤装の調整は終わったよー」

「システムを作動させても、うーちゃんは自壊しなくなったってことで、信じて良いぴょん?」

「大丈夫です。しかしどういう調整が行われたか不安だとは思います。万全を期して、私達もここで付き合いますし、直ぐ入渠ドッグへ移動行く準備もできています。極力リラックスした状態で実験に臨んでください」

 

 卯月は天使を見た。

 ここまで素晴らしい人間が居ただろうか? 

 否、いない。

 いるのはクソ同居人、狂人同性愛者、娘(非公認)。残るも概ねロクデナシ。

 

 自然と片膝をつき、首を垂れながら手を合わせる。

 それは、神に対する祈りのポーズだ。

 

「おぉ……平須磨天使様」

 

 卯月は救いを見た。彼こそが前科戦線唯一の癒し(常識人)なのだ。

 

「この愚かなうーちゃんの罪をお許しください……ボウズのフリをした胡散臭いマッドサイエンティストと思っていてごめんなさい」

「天使って、私仏門の方なんですが……って、卯月さん私の事そう思ってたんですか。いや技研が胡散臭いのは認めますが。ああ気にしなくて良いですよ、私はすべきこと、果たすべき責任を果たしてるだけです。あのシステムに関わった人間として」

 

 やっぱり天使じゃないか。

 卯月は平須磨僧正の背中に後光を見た。

 だが忘れてはいけない。

 今の彼女は、ぶっちゃけ『陰』側だ。

 

「ア゛ーッ!」

 

 太陽を浴びた吸血鬼……と言うより、夏のアスファルトに取り残されたミミズめいて干乾びていく卯月。

 

「何故ですか卯月さん! どうして、こんな死に方を!」

「良い人に……会えて……本当に……」

「卯月さーん!」

「ねぇ実験初めていい?」

 

 若干苛立ってきた北上であった。

 

 

 

 

 カピカピになった卯月に水をぶっかけ蘇生。

 調整が完了した艤装を装着し、工廠前の海上に立つ。

 彼女の傍らには、心配そうに見つめる『加古』がいる。

 システムの作動には、深海のエネルギーが必要。その供給要員である。

 

「ウー……」

「心配ご無用だぴょん。まあ、のたうち回るかもしれないけど、死にゃしないっぴょん」

「…………」

 

 仮面のディスプレイに(´・ω・`)と表示される。

 卯月はちょいちょいと、加古を呼びせ、彼女の両手を握る。

 体勢的にそうなってしまうのだが、卯月は上目遣いで、加古を見つめた。

 

「大丈夫。うーちゃんは加古を残して勝手に死なないぴょん。助けたんだからね、責任は取る。リラックスして、負担に備えてぴょん。その方がうーちゃんも安心だぴょん」

「……!」

 

 加古は激しく頷く。手を握って、体温を感じさせれば、本能的に安心するだろう。卯月はそう思う行動した。

 

「……ああいうところでは?」

「ああいうところだよ」

 

 そこの二人はシャラップだ。

 

「ええぃさっさと実験を始めるぴょん!」

「誤魔化したのかなー」

「誤魔化したんでしょうね」

「オイ」

 

 仲良いなあの二人。なんて言ってる暇はなかった。

 そうしてやっと実験開始。

 卯月は艤装を装備。そこには幾つかの計器が繋がれ、色々な数値を図れる状態に。エネルギー供給源である加古の精神も、先程ので安定している。

 

「では、お願いします」

 

 その声を合図に、卯月は目を閉じた。

 D-ABYSS(ディー・アビス)の作動領域まで、殺意を高める。

 

「?」

 

 ──それが、ほぼ一瞬で終わった。

 今までは、沸々とマグマが吹き上がるような感覚だったのが、変容していた。

 予め撒かれた油が、一気に燃え広がるような、奇妙な感覚。

 

 まさか訓練の成果が出たと言うのか? 

 卯月の疑問に答える者はいない。

 過程が何であれば、D-ABYSS(ディー・アビス)が作動する。

 

 激痛が来た。

 

「あぐぅぅぅぅッ!?」

 

 卯月は思った。『なんでだよ』と。

 前作動させた時と同じ、骨の中から引き裂かれるような、想像を絶する痛みが、肌の下をのたうち回る。

 とても立っていられず、膝からその場に崩れ落ちる。

 

「があああああッ!?」

 

 分からない。痛みで何も分からない。

 近くに加古が来ているようだが、それも感じ取れない。耳の底を針金で抉られているようで、頭が砕けそうだ。

 

 調整は失敗だったのだ。平須磨僧正め。よもや私を騙していたのか。

 本気の憎悪と殺意を、彼に向けようと、卯月は動き出す──その時、痛みは唐突に終わった。

 合切が消えた。

 

「……ぴょん?」

 

 ポカンと、卯月はフリーズする。

 

「成功、と言って良いのでしょうか」

「一応は成功でしょ。自壊もしてないし……別の問題が出てきたみたいだけど」

 

 卯月は自分の状態を確認する。

 身体中に力が満ちた感覚。システムは作動している。

 海面に映る瞳は、通常以上に、深紅に輝いている。

 

 だが全身には、裂け目が無数に開いていた。

 傷口も煌々と深紅に光ってる。

 

 けど、身体がダメージを負っている様子は感じられなかった。

 以前作動した時のように、身体が崩れる気配はない。

 ただ痛かっただけ。

 

「一体、何がどうなってんだぴょん」

「改修した点は──大まかに分けて、二つです」

 

 平須磨僧正が簡単な説明を始める。

 既に北上との間では、一体何が起きたのか、推測を終わらせていた。

 

「一つは予め説明した通り、身体強化能力の抑制。一定以上卯月さんの肉体が強化されないようにし、自壊のリスクを止めました」

 

 それは見ての通り成功した。

 卯月の身体は崩壊せず、安定している。

 

「もう一つは……えーっと、ちょっと言い難いんですが」

「快楽の除外だよー、勿論、何となくえっちい方のねー」

「ちょ、北上さん」

 

 北上の発言に、卯月は口を真っ直ぐにして硬直した。

 

「どういう?」

「その痛みが本来の反応ってことだよ。そりゃ相反するエネルギーを無理やり取り込んでんだから、拒絶反応が出るに決まってんじゃん」

 

 なら今まで作動時に流れてきた快楽は一体? 

 

「本当ならシステムには『激痛』が伴う。場合によっちゃショック死も想定される。それを防止しつつ──抵抗なく深海に染め上げる為だろうね。『快楽』を注ぎ込む所も、機能の一環だった」

「それを、外したってことかっぴょん?」

「そういうことー」

 

 今更なのだが──黒幕の性根の悪さに吐き気がする。

 そんな方法まで取って、艦娘を弄びたいのか。ショック死されたら困るのは分かるが──これでは麻薬と同じ。

 本来身体を壊すものなのに、快楽で染め上げ、かえって依存させる。

 全く同じだと、卯月は『殺意』を滾らせる。

 

「『快楽』があればショック死の危険は減らせる。だけど別の危険性が残る。深海のエネルギーにそのまま呑まれる危険性だ」

「暴走、いや、完全に洗脳されるって事かぴょん」

「そういうこと。卯月は凄い『殺意』によって、洗脳を抑えてるけど……まあ、その危険性は減らした方がいいし、それに」

「それに?」

「快楽流し込まれるより、こっちの方がマシでしょ?」

 

 北上の言う通り。無理やりキモチヨクされるより、死にそうな痛みの方がまだ良い。

 

「快楽は全面カット。但し今のように、作動の度に尋常ではない激痛に襲われます。少し経てば身体が()()()ので、痛みは無くなりますが……」

「大丈夫だぴょん。むしろ嬉しいぴょん!」

「そうですか、それは良かったです」

「……ただ、ちょっといい?」

「何か異変が?」

 

 と言われた卯月は、困惑した様子で首を傾げる。

 卯月自身にも、これが何なのか捉え損ねているのだ。

 

「……ねぇ、そこに加古いるじゃん」

「いるけど、どしたの」

「二人は……加古の艤装の、機関部の音って聞こえる?」

「は?」

「他に心音とか、呼吸音とか、肺の音とか聞こえる?」

 

 平須磨僧正と北上は顔を見合わせる。

 当然、聞こえていない。

 ならば異変が起きているのは、卯月自身に他ならない。

 

「まさか……身体強化を切った分が?」

 

 相手は未知を地で行くシステム。

 改修がどう影響するのか。それさえ把握困難な装置だと、忘れてはならないのだ。

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