工廠の一角で、平須磨僧正と北上が慌ただしく動き回る。
艤装にはデータ取りの為のコードが多く繋がれている。卯月はその状態のまま、加古と並んでちょこんと椅子に座っていた。
「まだかなー、ぶっちゃけこうなると暇だぴょん」
「──―」
同意する顔文字がモニターに表示される。
今の卯月は、目が煌々と光り、赤い亀裂が全身に発生している状態。つまりシステムが発動状態。
その状態のまま、現在のステータスを調査していた。
「…………」
「ん、キツいなら、こっちに寄りかかってて大丈夫ぴょん」
「アウ」
彼女の負担もそれなりに大きい。こっちの都合で負担をかけている。気遣いは当然だ。
という事で、加古は卯月の膝に頭を置いた。
「え、そうなるぴょん?」
膝枕の姿勢である。
「まあ……いいけど……」
「うわぁ見てよ僧正さん。卯月またあんなことして……」
「あれがハーレムのボスの風格ですか」
じゃかあしい、と睨みを利かせる。
二人は『何も見てません』と言いたげな勢いで作業を再開。この上ない白々しさに、卯月は深く溜息を吐く。
それもこれも、
加古の頭を撫でながら、卯月はもう一発溜息を吐いた。
「また面倒なことになってなきゃ良いけど……」
「──?」
「む、何でもないぴょん。独り言」
平須磨僧正主導の改修のお陰で、作動しても自壊は無くなった。ついでに鬱陶しかった『快楽』も無くなった。代償に拒絶反応として『激痛』が顕れたが、必要な対価だと受け入れる。
むしろ、あれだけのパワーアップをするのだから、当然のデメリットと考えるべきだ。
だが、『音』が聞こえるようになった。
卯月の聴覚は、元々鋭敏だった。
しかし今回、より一層──異常と呼んで差支えがない程、彼女の聴覚は敏感になっていた。
特にエネルギーの吸収源になってる加古が凄い。
彼女の心音から、艤装の作動音、肺の収縮──本当に一挙手一投足に係る音全てが識別できるのだ。
尚、北上と平須磨僧正への聞こえ方は、普段と余り変わっていない。
それ故に、自分の身に何が起きたのか、いまいち分かり難かった。
尤も、それを調べる為に時間。
二人の尽力により、調査時間は短く済んだ。
声を掛けられ、姿勢を正す。
「エネルギーが……
「身体以外」
「そうです」
「成程、じゃ、何処に行ったんだぴょん」
「……脳?」
今ぶっちぎりで不味そうな単語が聞こえたのだが?
「私が行ったのは、
「下げられない?」
「イレギュラーを起こし過ぎたせいだろうね。壊れたのか、意図してそういう機能なのか──人為的に出力調整ができなくなってる」
まず自分の意思で作動できるのがイレギュラー。
作動しても、深海の意思に染まらないのもイレギュラー、『獣』へ変貌した挙句、戻ってきたのもイレギュラー。
「そういう訳で出力は弄れなかった。けど身体に流れないようにすれば、余ったエネルギーは排出される……って、僧正さんは見込んでた訳」
「ええ、開発時の実験がそうでした」
過剰なエネルギーを入れればより強化──とはならなかった。
スポンジに水が無限に入らないのと同じ理由。吸収しきれなかったエネルギーは漏れ出て無駄になる。
身体に行かなければ、同じ事が起こせる。
平須磨僧正はそう考え、改修を実行した──のだが。
「余剰エネルギーの内、何割かが体外へ行かなかった……残りは『脳』へ行ったようです」
無言だった。
卯月はフリーズする他なかった。
どう考えたって
「どう、なるんだぴょん、うーちゃんは」
「脳味噌が爆発するとか、そういう心配はないよー。言った通り身体強化機能は抑制してある。脳の回転率が速くなるとか、そういうのは無い。ただ、これはきっと……副次的な効果に違いない。エネルギーを媒介として、別のものが流れてる」
「別の?」
「……聞こえたでしょ?」
眉を潜めながら、隣の加古をじっと見つめる。
「音、ってこと?」
こうしている間にも、加古から色々な音が聞こえてくる。
心音、肺の音、呼吸音──それ以外の全然分からない雑音も。
聴覚が鋭い、では済まされないレベルで、精密に響いてくる。
「ええ、ただしあらゆる音ではない。恐らくはエネルギー、深海のエネルギーがある箇所の音。典型例で言えば……艤装の音でしょう」
「え、でも加古は心音とかも……」
「深海棲艦は全身艤装です」
「へ?」
「僧正さんダメだよ、この子勉強ロクにしてないから」
「ああ……」
「止めて。その視線はうーちゃんに効く」
艤装と人間が分離しているのが艦娘。
対して深海棲艦は、艤装と人間が融合している存在と言える。
生体サイボーグが近い。
艤装部位の音が拾える。深海棲艦は全身艤装。だから身体の音も聞こえる。
「……なら、仮に
「全身の音が聞こえる筈です。身体中にエネルギーが回っていますから。腕を曲げる音から、力を入れる音まで……聞こえる筈です」
卯月は息を呑んだ。
「つまり、うーちゃんは未来予知を手に入れた……!?」
相手の艤装の音、身体の音、それが分かるなら──先読みができる。
身体強化は失った。
けど代わりに、もっとカッコイイ能力を手に入れた。
「まあ、そういう事は可能だと、思いますが……」
「パワーゴリ押しの時代ではない! 時代は、テクニック系主人公を求めてる。うーちゃんはこのムーブに乗るのだぴょーん!」
「―! ―!」
加古はよく分からないまま嬉し気に拍手する。
有頂天になっている彼女だが、周りの視線は冷徹だった。
「卯月さあ、でも、どの音がそういう音かって、分かんの?」
「……あっ」
音は存在する。
艤装が動く時、身体が動く時、音は確かに発生する。
だがどの音が何を意味しているのかは、『知識』として知っていなければならない。
砲塔が旋回するとすれば、速度、回転する角度、主砲か副砲か機銃か──で全てが変わる。それを予め知っていなければ、卯月の言う未来予知はできない。
ついでに付け加えると、戦場にいる敵は一体ではない。
多ければ『音』も激増する。
それらを敵ごとに振り分けた上で、分析をしなくてはならない。未来予知にはそれも必要となる。
「えっと……じゃあ、どうすれば?」
「どうすればって、艤装の音について知識を蓄えるなら……」
「艤装について知るしかないでしょ。良かったね卯月ー、大嫌いな勉強をしなきゃいけない理由が遂に生まれた訳だー」
瞬間、卯月は膝から崩れ落ちた。
顔のパーツは崩壊し、出来損ないのキュビスムが爆誕する。
手に入れた希望(チート)は、その実真面目に学ばなければ意味がなかった。卯月の精神はその乱降下に耐えられなかったのだ。
「べべべ、勉kyoおおおお? GAGAGAGAGA!?」
「あ、壊れた」
「そんなに勉強が嫌なんですか。この子は……」
「勉強ってか、コツコツ積み上げる事自体が嫌いみたい。基本的に訓練とかもひたすらに面倒がってるし」
「本当に復讐望んでるんですよね?」
しかし、これはある種仕方のない事だ。
何故なら、卯月は虚無の果てを見てしまった。
何を積み上げても、最後には消えて、何の意味も無くなると知ってしまった。
本能でそれを分かったから、余計に積み上げる事に意欲が湧いてこないのだ。
──と、心の中で復唱。
即ちこれは『獣』の後遺症であって決して私の落ち度ではない。別に努力が嫌いとかそういう訳ではなくて。
「どっちにしても次の戦いには間に合わないけどねー」
「ギャンッ!」
北上の一撃により、卯月は絶命した。
「これ大丈夫なんですか」
「ほっとけば蘇生するから平気平気」
「そ、そうですか……」
事あるごとにオーバーリアクションを取るのが卯月だ。一々真に受けていたら身体が持たない。北上達はとっくに慣れていた。
ただ、ここに倒れたままは邪魔。
軽い介抱も兼ねて、僧正は卯月を近くの椅子へ座らせる。
その隣へ加古が座る。
彼女は純粋に卯月を心配していた。
「ぴょん……うーちゃんの救い加古だけだぴょん」
「ママ?」
「がふっ」
「あらトドメ」
純粋故に残酷だった。
「……ねぇ、僧正さん」
「どうしました」
「本人が気絶してるから、確認しときたいんだけどさー」
おちゃらけた雰囲気は鳴りを潜め、北上は昔の気配を纏う。
何度も修羅場をくぐってきた、戦士の気配だ。
「これが普通なの?」
彼は即座に首を横に振る。
平須磨僧正は言った。余剰エネルギーが『脳』に集中したと。
それは起こり得る現象だ。
但し起きた瞬間、普通は死ぬ。
「音も情報です。ましてやそれが脳内に直接送られている。エネルギーは聴覚野に集中しているのは、北上さんも見た筈です」
「そうね、正直ドン引きだった」
「エネルギーが鼓膜か、または電気信号の代替なのか、もしくは骨振動に近いのか……原理は分かりませんが……すみません話が逸れました」
原理がどれであれ、結果は同じ。
「情報を処理しきれず脳が焼き切れる。まるでパソコンがオーバーロードするように。それが普通の反応です」
しかし結果は見ての通り。卯月は平然としている。
「──今はまだ、余剰エネルギーの何割かが脳へ流れている状態。もし余剰分全てが脳へ流れたら、どうなるんだろうね?」
どうなるか、分かってる部分はある。
より精密に、より広範囲に『音』を拾えるようになる。
より強力な未来予知が可能になる──かもしれない。
だがその時、卯月が無事である保証がない。
未来予知の可能性。それを卯月に与えていいのか。その判断をこの場で下すのは困難だった。
*
身体強化は頭打ち。しかし代わりに未来予知を獲得──は見送りとなった。
音を聞いても、何が何の音か即断できないので、見送るしかなかった。
エネルギーが一部脳に流れている事については、調べてもダメージ等が見られなかったので、一先ず問題ないと判断。
強化改修、と言うより、若干弱化した感じに留まった。
それでも卯月は上機嫌だった。
今までずーっと、密かに煩わしく思っていた、作動時の快楽が除去されたからだ。
「あがががが!?」
作動時、本来受けるべき激痛に晒されるとしても。
「何をボサッとしてるのですか。どうぞ殺して下さいと言ってる様なものじゃないですか。じゃあ殺しますねさようなら」
「ごげぇぇぇ!?」
何であれ艤装の改修は完了。
と、なれば、今度は艤装装備下での訓練に移行。
何度も何度も、殺意の暴風に晒される訓練が、貫徹で続く。
「ガンビア・ベイを取り逃がす事態はあってはなりません。故に卯月さん、貴女を確実に仕上げなければなりません。取り逃がす不名誉を受けるぐらいなら、此処で殺してよいと、坏土司令官から許可は受けています」
「ファッ!? それは流石に嘘ぴょん!?」
「はい嘘です」
「おいゴラ」
「でも独断で殺しますので、結果的には嘘じゃない」
「誰か医者を! こやつの頭を診てくれぴょん!」
「え、私正常ですよ?」
狂人の常套句であった。
狂人は加減を知らず、艤装を装備してからも、何度も三途の川を渡りかけた。
というか途中から赤城も艤装を装備したので、一層危険度が増した。
刀だけでなく、弓矢も使用開始。
直接叩き込むだけでなく、何と矢を艦載機に変異させる技まで使い、本気で殺しにかかってくる。
「……あれ、それって本来の使い方じゃ」
「あ、隙あり」
「ひぃっ!?」
矢が頬を掠め回避──直後赤城の姿が消え、背後から刀が来る。
──おかしいだろ、やっぱコレ!
回数を重ね、異常な感覚が確信に近づいていく。
赤城の必殺パターンは、かなりの割合が
まるで瞬間移動、何時の間にか死角に出現し、意識の空白目掛けて致死の一撃を振るってくる。
最初は矢に意識を割かせ、その間に移動していると思ってたが、それでは説明できない挙動が何回もあった。
まさか、そうなのか?
──あり得ないと頭を振る。
しかし、自分がかつて『獣』と成ったのを思い出す。
艦娘は未だ未知の存在。
既知で全てを語ろうとする方が誤りだ。
なら、そういう前提で行くべきだ。
赤城は瞬間移動ができる。
疑似的じゃなく、本当にできる。
一体どうやって?
原理はやはり分からないが──『音』は正直だ。
脳に流れ込む方じゃない、冷静になって聞けば、明らかにおかしな『音』がする。
矢が飛ぶ、矢を弾く、赤城の姿が掻き消える。
「そこ」
卯月は
そこにいたのは矢ではなく、砲弾を切り払った赤城が立っていた。
卯月は数日間の訓練で、やっと初めて、赤城の致命打の阻止に成功したのだ。それを受けた彼女は軽く息を吐き、呟いた。
「合格です」
卯月は漸く、死の暴風から解放されたのだった。
「ではその感覚をもうちょっと身につけましょう」
「え、ちょ、ま」
「さようなら」
Uターンしてきた暴風に、卯月はまた吹っ飛んで行った。
ぶっちゃけ赤城の鬱憤晴らしだった。
職権乱用だった。
卯月は赤城が心底嫌いになった。
艦隊新聞小話
卯月「ねー赤城さん。そーいや思ったんだけど」
赤城「何ですか大した様でないなら殺しますよ」
卯月「三日月って、そんな強いの?」
赤城「ヒィ!!?」
卯月「……睦月型だからスペック差は相当なのに、何がそんなに」
赤城「いえ……三日月さんは、強くはないです」
卯月「え?」
赤城「弱くはないですが、戦闘力では私が上です」
卯月「じゃ、ナンデだぴょん」
赤城「……うちの鎮守府の、筆頭事務官なんですよ、彼女」
卯月「あ(察し)」
赤城「事務関係の大ボスです。艦娘なんですが、そっちの方の才能があったようで、書類事務の元締めです。以前うっかり、必死で集めた節分の豆を私が食べた時……懲罰房から出た私の部屋が、未決済だったり、押印洩れだったり、期日が次の日の書類でいっぱぱぱPOPOPOP!!!!」
卯月「赤城が壊れた!」
赤城「ちなみにあだ名は総書記です」
卯月「不味いぴょん!合ってるけど!」
赤城「もしくは三日月(持ち手付き)です」
卯月「槌を加えろってか!?」
赤城「バレたら殺されます。秘密を共有する仲ですね。キャっ照れます」
卯月「誰か記憶を消してぴょんー!」