前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第206話 消された確証

 平須磨僧正が知っていた事実は以下の通り。

 D-ABYSS(ディー・アビス)は艦娘強化システムだったこと。

 特効をあらゆる海域で得る為だったこと。

 その為に、艦娘を深海棲艦側に()()()装置だったこと。

 このトリガーが、『負念』だったこと。

 

「負念……かぴょん」

 

 卯月は自分を見て、周りを見渡す。

 

「秋月さんは大量虐殺を強要されていた。最上さんは違法な近代化改修によって記憶を破壊された。それらは全て、この『負念』のトリガーを起こし易くする為だったのでしょう」

 

 各々(特に秋月)は、自分のトラウマを思い出す。

 背筋を針金で抉る様な激痛が走り、悲鳴を上げそうになる──が、察知した卯月が抱きしめ、『代替』して阻止する。

 

「──あ、お、お姉さま」

「む、大丈夫だぴょん。何か慣れたぴょん。ノープロブレム」

「す、すみません……」

 

 秋月は強がりだと思った。しかしそれを追求してたら話が進まない。罪悪感を覚えながらも彼女に甘える。

 

 が、肝心の卯月は、マジで慣れていた。

 快楽を消した、システム作動時の激痛を、繰り返し経験したせいか。人の倫理が死んでるせいか分からないが、そこまで苦と感じなかった。

 

「この点において、卯月さんが狙われる理由と、私が狙われた理由が浮上します」

「……そう、なの? 作動条件が分かった所で、黒幕へ繋がるとは思えないんだけど」

 

 満潮の反論に僧正は首を横に振る。

 

「秋月さんと最上さんが経験させられたことは、普通だと思いますか」

「思わないわよ何言ってんの」

「ええ、そうです。普通ではない。それは当然です。人の精神に亀裂を入れなければならないのですから。その為にこのような事をした」

 

 僧正は卯月を見る。

 

「では卯月さんは?」

 

 満潮は「あっ」と言わんばかりの表情で固まる。

 

「ぴょん?」

「卯月さんは如何なる経験をさせられ、精神に亀裂を入れられたのでしょうか?」

「そりゃ、水鬼様との戦いで、顔無しにうーちゃんの仲間が使われてたことにプッツンして」

「それは二回目の作動時。僧正が言ってるのは初めての時よ」

「じゃあ記憶にないです」

 

 これもシステムの利用法なのか分からないが、神鎮守府での初陣の記憶は皆無。あるのは泊地棲鬼に媚び諂いながら、鎮守府を破壊する自分の姿だけ。

 

「──っ」

 

 久々に思い出したせいか内臓が掻き回される。

 幻覚か何なのか、猛烈な吐き気に卯月は口を抑え込む。今吐くのはダメだ。秋月の後頭部に直撃してしまう。

 もう一回吐いたし、ぶっかけてるって?

 そういう問題ではない。

 

「ちょっと、大丈夫なのアンタ」

「……平、気。まだ……耐え、ら……れる」

「お姉さま……」

「僧正、話を続けて。その方がまだ気が紛れる筈だから」

「分かりました」

 

 背中を摩って貰いながら、耳だけは話へ集中させる。

 

「……少し思い出しただけでそうなる。卯月さんも例外なく、精神を壊されている。『初期型』の方なら尚更です」

「初期型?」

「あ、すみません。皆様が搭載しているD-ABYSS(ディー・アビス)ですが、少しづつバージョンアップされてました。敵方の方で改修しているのでしょう。その中で一番古い……原型に近いのが、卯月さんの『初号機』です」

 

 秋月のが二号機、最上のが三号機(仮称)。

 そっちが負念で作動するのに、初号機だけは別の作動条件。それは考え辛い。

 

「卯月さんが、システムを初めて作動させたのは、神鎮守府における初陣の時。これは間違いありません」

「ですわね」

「──普通、作動する筈がないのです」

「どういう事だい? 僕は分かんないけど」

「羅列すれば分かります」

 

 また息を整え僧正が口を開く。

 

「まず初陣です。当然卯月さんを護る為、サポートは万全です」

「うん。当たり前だね」

「出撃場所は鎮守府近海。初陣でそこ以外はないでしょう。実戦を経験できる海域としては一番安全ですから」

「出るのは、精々イ級止まりですわね」

「加えて鎮守府近海です。何かイレギュラーが発生しても、その辺りなら即時対応ができるエリアです」

「そう何ですね」

 

 案外単純な疑問なのだが、整理すると分かってくる。

 何より疑念止まりだったそれが、関係者の証言により、一気に確証へ迫る。そこが最大の成果。

 

「何故、精神が崩壊するんですか?」

 

 端的に言えば()()()()()事態が起きていた。

 

「万全の艦隊で、安全な海域で、想定外があっても対応できる場所で──この状況で何が起きれば、精神が壊れるような事態が起きるのですか?」

 

 ──可能性はゼロではない。

 この世に安全な海域はない。どこだって危険はある。

 しかし、それでも、おかしい。

 

「泊地棲鬼に半殺しにされた、とかは」

「そんなことしている間に、援軍がすっ飛んで来るわよ。普通なら。けど……」

「精神が壊れる程、か」

 

 壊れない。

 私は──昔の私であっても、それは考えにくい。

 死ぬ覚悟は(それなりだけど)できている。覚悟が出来ているのに、心が壊れるとは思えない。

 死にかけたのは精神崩壊の理由ではない。

 

「何が起きたのか」

 

 僧正の声を最後に、部屋が静寂に覆われた。

 安全な艦隊、安全な海域、援軍は直ぐ来る。

 その状況で何をすれば心を壊せる。

 ジェノサイドの強要、記憶の崩壊、それに匹敵する事を、どうすれば起こせる。

 誰にも分からない。

 

「だから黒幕は記憶を改竄した」

 

 ボールペンの動きは止まっていた。

 

「どう卯月の心を壊したのか。それは黒幕にとって致命的な情報なのだ。恐らく自分の正体に繋がる情報だ。平須磨僧正が来ればシステムの作動条件が明らかになる。作動条件が明らかになれば()()()()()()()

 

 それは同時に、もう一つ手掛かりを残す。

 

「黒幕は『憶病』だ。それも尋常ならざる次元で」

 

 記憶は消す、自分は徹底して表に出てこない。手掛かりを消す為街ごと消そうとする。

 間違いなく憶病。

 それも超病的かつ危険極まりない次元。

 

「故に、今回の作戦の目途が立った」

「え、何か関係あんの?」

「それは言えない。作戦当日に知らせる。内通者は未だに警戒せざるを得ない」

 

 得られたのは黒幕の情報。いるとされる内通者の情報は未だ皆無だ。

 

「──以上が全て。私の知る事です」

「あの、ちょっと、幾つか聞きたいぴょん」

「どうされました卯月さん?」

D-ABYSS(ディー・アビス)は強化システムだって言ってたけど、あれもそうなのかぴょん?」

「アレ」

「獣だぴょん」

 

 特効を模した強化システム。それは理解した。

 だが獣に成るのはまるで理解できない。

 自分の事だけど、何をどうすればあんなキング・オブ・モンスターになるのか理解不能。まさかあれが艦娘究極の姿とでも言うのか。

 

「…………さぁ?」

「さぁ、って分かんないのかぴょん!?」

「はい。幾ら深海のエネルギーが流れ込んだと言え、ああなるとは全くの想定外でした。私が、という話に過ぎませんが」

「私が?」

「開発主任にとっては、既知だったのかもしれません」

「……死んだっていう、千夜博士ですわね」

「言った通り、私は私の知る所までしか知りませんので」

「……本当に?」

 

 平須磨僧正は口を閉じる。

 卯月は()()を言いかけたと察知していた。

 しかし彼はもう話さない。

 予め、それ以降は言わなくていいと、中佐の間で口裏を合わせていた。

 

 ──海を支配すること。

 

 それは言わなくていいと。

 

「……まあ、いいぴょん。でもう一つだけ質問だぴょん」

「はい、言える内容であれば」

「何で結局開発中止になったんだぴょん?」

 

 洗脳されるという致命的過ぎるデメリットはあれど、強化システムとして成功はしてる。欠陥は改善するもの。開発計画を凍結させる理由が浮かばなかった。

 

 どれ程、闇が深い理由なのか。

 

 

「予算切れです」

 

 闇よりも惨たらしいのは現実であった。

 

「よさん」

「はい、予算切れです。欠陥を改善する前に……その予算が切れまして。一機あたりの開発費用もシャレにならず、凍結となりました」

「待ちなさいよ。予算切れって。どんだけ金を喰うのよ」

 

 このシステム開発計画、それなりの予算が投じられている。

 政府官僚も絡んでいるのだ、余程の事が無ければ計画凍結にはならない。一体どんなバカげた費用がかかるのか?

 

「大和型改二改修費用四隻分です」

 

 国家財政破綻レベルであった。

 バカ通り越して、新しいタイプのテロであった。

 

「不知火」

「はい」

「それって、幾らだぴょん」

「弾薬だけですが39600です」

 

 尚これに他諸々も必要である。

 

「……うん、中止一択」

「でしょう?」

 

 如何なる陰謀にもお金はかかる。

 深海棲艦と違って倒す事もできない。

 何て世知辛いのか。

 卯月は天井を仰いだ。

 

 

 *

 

 

 平須磨僧正の、ケジメという名の説明を聞き終えた卯月達。

 独房(部屋)に戻った彼女達は、明日の作戦に備え、早めに就寝の準備に入る。

 しかし寝れる雰囲気ではない。

 

 卯月と秋月のせいである。

 

「「ハァァァァ……」」

 

 僧正の説明は必要なものだった。

 アレを聞かないという選択肢はない。

 その結果、トラウマを穿り返されると分かっていても。

 

 幸い一度起こしかけたからか『発作』には至っていないが、凄まじく気が重い。ナイーブな気持ちに歯止めが掛からない。

 

「お通夜みたいね……」

『?』

「そう言うけど、お通夜の経験なんてあんのかぴょん」

「あるわよ」

「……ごめん」

「別に。長く艦娘やってれば、死に別れの一つや二つ」

 

 嘘ではない。モラルに欠ける発言だった。

 ただ死に別れはどうでもいい。

 満潮の言う通りだ。

 ここは戦場、やってるのは戦争、全くの死人無しなんてあり得ないし──あっていいとは思えない。

 口に出したりなんてしないが。

 

「むー、嫌な気分だぴょん……うーちゃんにこういう感覚が残ってた事に驚きだけど、嫌な気分は嫌なもんだぴょん……」

「……すみません、秋月までこのような状態で。そのせいで余計に悪い空気に」

「気にすんなっぴょん。正常な反応ぴょん」

「ありがとうございます……」

 

 と言うが秋月の暗い気配は払拭されない。

 卯月は問題ない。

 いざとなれば、『殺意』で迷いも何も封殺可能。

 だが秋月にそれはできない。

 

「…………」

 

 あくまで卯月の推測だが、明日の任務、秋月も駆り出される可能性がある。

 客観的にみて秋月のリハビリは完了している。

 D-ABYSS(ディー・アビス)なしでも十分戦えるよう成長した。

 出さない理由の方がないのだ。

 精神に配慮とかはあり得るが、前科戦線でそこまでの気遣いは期待できない。

 

 他人事ではない。

 戦力が増えれば、ガンビア・ベイ撃破の可能性は上がる。

 

 否、上げなければならない。

 かつての報復心は、未だに心の底で燻っている。

 

 だから、この状況は良くない。

 秋月がこのメンタルだと、明日の作戦に響くかもしれない。

 

「しなきゃダメかなぁ……」

「ん、何ブツブツ言ってんの」

「いや……」

 

 何か、ノリというか、雰囲気的に、わたしの仕事な気がする。

 秋月がこうなった根本的な原因は、卯月の迂闊なアクションである。

 責任は果たさなければならない。

 

「秋月、ちょっと」

「……どうかされましたか?」

「良いから、こっち」

「はい? 良いですが」

「よいしょ」

「は──……? へっ!?」

 

 秋月は卯月の膝を枕にしていた。

 膝枕である。

 敬愛するお姉さま直々の膝枕。

 え? 本当に今膝枕? あお姉さまの匂いがこんな近く──

 

「鼻血を出す前に言っておくけど」

 

 ギャグオチに転がる前にと。

 卯月はふわり、と秋月の頭を撫でた。

 

「ムリはしないで欲しいぴょん」

「……ムリだなんて、そんなことは」

「このうーちゃん嘘は嫌いだぴょん。自分のやったことを自覚して、無理やり立ち直って、機を紛らわそうと、何かに打ち込んでる。ガンビア・ベイの戦いが近いって知って、そう過ごしたんでしょ」

 

 何故分かったのだろうか。卯月は自分のリハビリで精一杯。こちらに気を向ける暇なんて無かった筈。秋月は不思議に思う。

 

「それは別に悪いことじゃないし、そういう気持ちは理解できるぴょん。そんな感じだった時期はあるし……だけど自分を無視しない方が良いと思う。向き合うのは苦しいし、吐きそうになるし、自分が嫌で仕方なくなるけど……()()()()()のが大切なんだぴょん」

 

 今の卯月にそれは無い。

 ゼロとまで言わないが、限りなく皆無。

 情緒の殆どが欠落している。それが今の卯月。

 彼女からしてみれば、秋月の動揺はむしろ羨ましいもの。それを敢えて無視しようと言うのは、返って良くない。

 

「でも一人で向き合うのは辛いから、吐き出せる内に吐いちゃうぴょん」

「……ですが、お姉さまも、辛いのに」

「普段あんなおねーさま言ってんのに、ここぞという時には頼んないのかぴょん。ぶっちゃけ今更ぴょん」

「……ズルいです、それは」

「手段は問わない性質(たち)なのだぴょん」

 

 卯月は少しだけ言っていないことがある。

 心から秋月を心配したと、彼女自身断言ができない。

 明日の出撃で、下手なリスクを抱えたくなかった。

 単にそれだけ。

 言ったら空気が悪くなるので、態々言わなかっただけだ。

 

「…………」

 

 そうする卯月を満潮がジト目で眺めていた。

 




D-ABYSS(ディー・アビス)一個に係る開発費用
①改装設計図12枚(勲章48個分)
②新型砲熕兵装資材12個
③戦闘詳報4枚
④新型高温高圧缶8個
⑤弾薬39600
⑥鋼材39200
⑦高速建造材200個
⑧開発資材200個
以上
勿論、開発なので一定確率でペンギンになります。
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