平須磨僧正が知っていた事実は以下の通り。
特効をあらゆる海域で得る為だったこと。
その為に、艦娘を深海棲艦側に
このトリガーが、『負念』だったこと。
「負念……かぴょん」
卯月は自分を見て、周りを見渡す。
「秋月さんは大量虐殺を強要されていた。最上さんは違法な近代化改修によって記憶を破壊された。それらは全て、この『負念』のトリガーを起こし易くする為だったのでしょう」
各々(特に秋月)は、自分のトラウマを思い出す。
背筋を針金で抉る様な激痛が走り、悲鳴を上げそうになる──が、察知した卯月が抱きしめ、『代替』して阻止する。
「──あ、お、お姉さま」
「む、大丈夫だぴょん。何か慣れたぴょん。ノープロブレム」
「す、すみません……」
秋月は強がりだと思った。しかしそれを追求してたら話が進まない。罪悪感を覚えながらも彼女に甘える。
が、肝心の卯月は、マジで慣れていた。
快楽を消した、システム作動時の激痛を、繰り返し経験したせいか。人の倫理が死んでるせいか分からないが、そこまで苦と感じなかった。
「この点において、卯月さんが狙われる理由と、私が狙われた理由が浮上します」
「……そう、なの? 作動条件が分かった所で、黒幕へ繋がるとは思えないんだけど」
満潮の反論に僧正は首を横に振る。
「秋月さんと最上さんが経験させられたことは、普通だと思いますか」
「思わないわよ何言ってんの」
「ええ、そうです。普通ではない。それは当然です。人の精神に亀裂を入れなければならないのですから。その為にこのような事をした」
僧正は卯月を見る。
「では卯月さんは?」
満潮は「あっ」と言わんばかりの表情で固まる。
「ぴょん?」
「卯月さんは如何なる経験をさせられ、精神に亀裂を入れられたのでしょうか?」
「そりゃ、水鬼様との戦いで、顔無しにうーちゃんの仲間が使われてたことにプッツンして」
「それは二回目の作動時。僧正が言ってるのは初めての時よ」
「じゃあ記憶にないです」
これもシステムの利用法なのか分からないが、神鎮守府での初陣の記憶は皆無。あるのは泊地棲鬼に媚び諂いながら、鎮守府を破壊する自分の姿だけ。
「──っ」
久々に思い出したせいか内臓が掻き回される。
幻覚か何なのか、猛烈な吐き気に卯月は口を抑え込む。今吐くのはダメだ。秋月の後頭部に直撃してしまう。
もう一回吐いたし、ぶっかけてるって?
そういう問題ではない。
「ちょっと、大丈夫なのアンタ」
「……平、気。まだ……耐え、ら……れる」
「お姉さま……」
「僧正、話を続けて。その方がまだ気が紛れる筈だから」
「分かりました」
背中を摩って貰いながら、耳だけは話へ集中させる。
「……少し思い出しただけでそうなる。卯月さんも例外なく、精神を壊されている。『初期型』の方なら尚更です」
「初期型?」
「あ、すみません。皆様が搭載している
秋月のが二号機、最上のが三号機(仮称)。
そっちが負念で作動するのに、初号機だけは別の作動条件。それは考え辛い。
「卯月さんが、システムを初めて作動させたのは、神鎮守府における初陣の時。これは間違いありません」
「ですわね」
「──普通、作動する筈がないのです」
「どういう事だい? 僕は分かんないけど」
「羅列すれば分かります」
また息を整え僧正が口を開く。
「まず初陣です。当然卯月さんを護る為、サポートは万全です」
「うん。当たり前だね」
「出撃場所は鎮守府近海。初陣でそこ以外はないでしょう。実戦を経験できる海域としては一番安全ですから」
「出るのは、精々イ級止まりですわね」
「加えて鎮守府近海です。何かイレギュラーが発生しても、その辺りなら即時対応ができるエリアです」
「そう何ですね」
案外単純な疑問なのだが、整理すると分かってくる。
何より疑念止まりだったそれが、関係者の証言により、一気に確証へ迫る。そこが最大の成果。
「何故、精神が崩壊するんですか?」
端的に言えば
「万全の艦隊で、安全な海域で、想定外があっても対応できる場所で──この状況で何が起きれば、精神が壊れるような事態が起きるのですか?」
──可能性はゼロではない。
この世に安全な海域はない。どこだって危険はある。
しかし、それでも、おかしい。
「泊地棲鬼に半殺しにされた、とかは」
「そんなことしている間に、援軍がすっ飛んで来るわよ。普通なら。けど……」
「精神が壊れる程、か」
壊れない。
私は──昔の私であっても、それは考えにくい。
死ぬ覚悟は(それなりだけど)できている。覚悟が出来ているのに、心が壊れるとは思えない。
死にかけたのは精神崩壊の理由ではない。
「何が起きたのか」
僧正の声を最後に、部屋が静寂に覆われた。
安全な艦隊、安全な海域、援軍は直ぐ来る。
その状況で何をすれば心を壊せる。
ジェノサイドの強要、記憶の崩壊、それに匹敵する事を、どうすれば起こせる。
誰にも分からない。
「だから黒幕は記憶を改竄した」
ボールペンの動きは止まっていた。
「どう卯月の心を壊したのか。それは黒幕にとって致命的な情報なのだ。恐らく自分の正体に繋がる情報だ。平須磨僧正が来ればシステムの作動条件が明らかになる。作動条件が明らかになれば
それは同時に、もう一つ手掛かりを残す。
「黒幕は『憶病』だ。それも尋常ならざる次元で」
記憶は消す、自分は徹底して表に出てこない。手掛かりを消す為街ごと消そうとする。
間違いなく憶病。
それも超病的かつ危険極まりない次元。
「故に、今回の作戦の目途が立った」
「え、何か関係あんの?」
「それは言えない。作戦当日に知らせる。内通者は未だに警戒せざるを得ない」
得られたのは黒幕の情報。いるとされる内通者の情報は未だ皆無だ。
「──以上が全て。私の知る事です」
「あの、ちょっと、幾つか聞きたいぴょん」
「どうされました卯月さん?」
「
「アレ」
「獣だぴょん」
特効を模した強化システム。それは理解した。
だが獣に成るのはまるで理解できない。
自分の事だけど、何をどうすればあんなキング・オブ・モンスターになるのか理解不能。まさかあれが艦娘究極の姿とでも言うのか。
「…………さぁ?」
「さぁ、って分かんないのかぴょん!?」
「はい。幾ら深海のエネルギーが流れ込んだと言え、ああなるとは全くの想定外でした。私が、という話に過ぎませんが」
「私が?」
「開発主任にとっては、既知だったのかもしれません」
「……死んだっていう、千夜博士ですわね」
「言った通り、私は私の知る所までしか知りませんので」
「……本当に?」
平須磨僧正は口を閉じる。
卯月は
しかし彼はもう話さない。
予め、それ以降は言わなくていいと、中佐の間で口裏を合わせていた。
──海を支配すること。
それは言わなくていいと。
「……まあ、いいぴょん。でもう一つだけ質問だぴょん」
「はい、言える内容であれば」
「何で結局開発中止になったんだぴょん?」
洗脳されるという致命的過ぎるデメリットはあれど、強化システムとして成功はしてる。欠陥は改善するもの。開発計画を凍結させる理由が浮かばなかった。
どれ程、闇が深い理由なのか。
「予算切れです」
闇よりも惨たらしいのは現実であった。
「よさん」
「はい、予算切れです。欠陥を改善する前に……その予算が切れまして。一機あたりの開発費用もシャレにならず、凍結となりました」
「待ちなさいよ。予算切れって。どんだけ金を喰うのよ」
このシステム開発計画、それなりの予算が投じられている。
政府官僚も絡んでいるのだ、余程の事が無ければ計画凍結にはならない。一体どんなバカげた費用がかかるのか?
「大和型改二改修費用四隻分です」
国家財政破綻レベルであった。
バカ通り越して、新しいタイプのテロであった。
「不知火」
「はい」
「それって、幾らだぴょん」
「弾薬だけですが39600です」
尚これに他諸々も必要である。
「……うん、中止一択」
「でしょう?」
如何なる陰謀にもお金はかかる。
深海棲艦と違って倒す事もできない。
何て世知辛いのか。
卯月は天井を仰いだ。
*
平須磨僧正の、ケジメという名の説明を聞き終えた卯月達。
しかし寝れる雰囲気ではない。
卯月と秋月のせいである。
「「ハァァァァ……」」
僧正の説明は必要なものだった。
アレを聞かないという選択肢はない。
その結果、トラウマを穿り返されると分かっていても。
幸い一度起こしかけたからか『発作』には至っていないが、凄まじく気が重い。ナイーブな気持ちに歯止めが掛からない。
「お通夜みたいね……」
『?』
「そう言うけど、お通夜の経験なんてあんのかぴょん」
「あるわよ」
「……ごめん」
「別に。長く艦娘やってれば、死に別れの一つや二つ」
嘘ではない。モラルに欠ける発言だった。
ただ死に別れはどうでもいい。
満潮の言う通りだ。
ここは戦場、やってるのは戦争、全くの死人無しなんてあり得ないし──あっていいとは思えない。
口に出したりなんてしないが。
「むー、嫌な気分だぴょん……うーちゃんにこういう感覚が残ってた事に驚きだけど、嫌な気分は嫌なもんだぴょん……」
「……すみません、秋月までこのような状態で。そのせいで余計に悪い空気に」
「気にすんなっぴょん。正常な反応ぴょん」
「ありがとうございます……」
と言うが秋月の暗い気配は払拭されない。
卯月は問題ない。
いざとなれば、『殺意』で迷いも何も封殺可能。
だが秋月にそれはできない。
「…………」
あくまで卯月の推測だが、明日の任務、秋月も駆り出される可能性がある。
客観的にみて秋月のリハビリは完了している。
出さない理由の方がないのだ。
精神に配慮とかはあり得るが、前科戦線でそこまでの気遣いは期待できない。
他人事ではない。
戦力が増えれば、ガンビア・ベイ撃破の可能性は上がる。
否、上げなければならない。
かつての報復心は、未だに心の底で燻っている。
だから、この状況は良くない。
秋月がこのメンタルだと、明日の作戦に響くかもしれない。
「しなきゃダメかなぁ……」
「ん、何ブツブツ言ってんの」
「いや……」
何か、ノリというか、雰囲気的に、わたしの仕事な気がする。
秋月がこうなった根本的な原因は、卯月の迂闊なアクションである。
責任は果たさなければならない。
「秋月、ちょっと」
「……どうかされましたか?」
「良いから、こっち」
「はい? 良いですが」
「よいしょ」
「は──……? へっ!?」
秋月は卯月の膝を枕にしていた。
膝枕である。
敬愛するお姉さま直々の膝枕。
え? 本当に今膝枕? あお姉さまの匂いがこんな近く──
「鼻血を出す前に言っておくけど」
ギャグオチに転がる前にと。
卯月はふわり、と秋月の頭を撫でた。
「ムリはしないで欲しいぴょん」
「……ムリだなんて、そんなことは」
「このうーちゃん嘘は嫌いだぴょん。自分のやったことを自覚して、無理やり立ち直って、機を紛らわそうと、何かに打ち込んでる。ガンビア・ベイの戦いが近いって知って、そう過ごしたんでしょ」
何故分かったのだろうか。卯月は自分のリハビリで精一杯。こちらに気を向ける暇なんて無かった筈。秋月は不思議に思う。
「それは別に悪いことじゃないし、そういう気持ちは理解できるぴょん。そんな感じだった時期はあるし……だけど自分を無視しない方が良いと思う。向き合うのは苦しいし、吐きそうになるし、自分が嫌で仕方なくなるけど……
今の卯月にそれは無い。
ゼロとまで言わないが、限りなく皆無。
情緒の殆どが欠落している。それが今の卯月。
彼女からしてみれば、秋月の動揺はむしろ羨ましいもの。それを敢えて無視しようと言うのは、返って良くない。
「でも一人で向き合うのは辛いから、吐き出せる内に吐いちゃうぴょん」
「……ですが、お姉さまも、辛いのに」
「普段あんなおねーさま言ってんのに、ここぞという時には頼んないのかぴょん。ぶっちゃけ今更ぴょん」
「……ズルいです、それは」
「手段は問わない
卯月は少しだけ言っていないことがある。
心から秋月を心配したと、彼女自身断言ができない。
明日の出撃で、下手なリスクを抱えたくなかった。
単にそれだけ。
言ったら空気が悪くなるので、態々言わなかっただけだ。
「…………」
そうする卯月を満潮がジト目で眺めていた。
①改装設計図12枚(勲章48個分)
②新型砲熕兵装資材12個
③戦闘詳報4枚
④新型高温高圧缶8個
⑤弾薬39600
⑥鋼材39200
⑦高速建造材200個
⑧開発資材200個
以上
勿論、開発なので一定確率でペンギンになります。
作る?