前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第208話 耳塞

 ガンビア・ベイ討伐作戦。

 その第一段階、裏切者の鎮守府の制圧。

 

 事前に渡されていた装備は、正体を隠す為だ。

 すっぽり覆うガスマスクに、体型を隠してくれるローブ。

 あの卯月が鎮守府を侵略した! 

 何て噂が洩れたら、また悪評が深くなった。中佐の気遣いに卯月は心の底から感謝する。

 

 尚、支給品の理由はそれだけではない。

 敵が、もしくは必要に応じ、憲兵隊が毒ガスを使用する場合があるからだ。

 

 と思っている間に、鎮守府が近づく。

 彼女達は、輸送艇から叩き出される形で、空中降下をしていた。

 

「パラシュート展開クマ。ローブに絡まないよう注意クマ」

「ぴょん!」

 

 指示に従いパラシュート展開。

 速度が一気に減り、彼女達は中庭に着地する。

 時間は早朝目前の深夜。

 一番暗い時間帯だ。

 

「作戦開始前に編制クマ」

 

 起こさないよう小声で呟く。

 

「提督の確保は発見次第行うとして、鎮守府制圧に必要なのは、『艤装の制圧』と『電源の破壊』クマ」

 

 それでなければ、艦娘の無力化は困難だ。

 流石の彼女達も、艤装アリの艦娘数十人に、こんな所で囲まれたら詰む。電源施設もどうにかしないと、外部への通信等を許してしまう。

 

「卯月、電源施設の音とか聞こえるクマ」

「……ダメだぴょん。防音工事でもしてる? 聞こえるけど、位置が上手く特定できない。もっと接近すれば行けるかも」

「了解。卯月は特定を、満潮は護衛、特定時の破壊要員としてポーラ。それ以外で艤装制圧だクマ。任務開始」

 

 ひたすらに気乗りしない作戦は、静かな号令で始まった。

 

 兎に角ダッシュで鎮守府内を走る。

 静かに歩く方が良いんだが、時間が無い。制限時間は30分しかない。それを越えればガンビア・ベイは二度と倒せない。

 

 少なくとも、電源施設を特定するまではダッシュだ。

 

「電源施設って、普通何処にあんだぴょん。うーちゃん施設建築に詳しくないぴょん」

「そりゃ地下ですよ~、空爆とか警戒しなきゃいけません。軍事施設ですからね~」

 

 中庭に降下できたのは幸いだった。

 しかし、1Fでも位置が分からないとなると、施設は結構地下にあるのでは。下へ降りる階段を見つけなければ。

 

「あ、ポーラはちょっと距離取りますね。狙撃手なので~、離れてる方がズギューンっていけるので~」

「あ、うん、是非。酒臭いの嫌だぴょん」

「見えない距離まで行っていいわよ。遠慮しなくていいわ」

「ヒンッヤケ酒です~」

「…………」

 

 ポーラの狙撃技術は知ってるが、それでも評価が改善しないのは何故だろう。ひょっとしてこれが都市伝説というものか。

 人、それを普段の信用と言う。

 前科持ちに求める事自体、間違ってる気もするが。

 

「満潮、来るぴょん」

「ッええ」

 

 空気が緊迫する。

 誰かの走る音がする。

 重い足音。艤装を装備した艦娘。闇取引に手を染めた鎮守府だ。後ろめたさと露見する恐怖。それがこの警備に現れている。まだ見てないだけで監視カメラもあるだろう。

 

 曲がり角から、完全武装の艦娘が現れた。

 ダッシュの音を聞きつけたのだろう。

 

「──手を上げろ! 抵抗すれば砲撃する!」

 

 既に主砲がこちらを捉えていた。

 施設が壊れる事や、味方が巻き込まれる事を躊躇していない。

 訓練していた動き。

 こういうシチュエーションを想定していたのだ。

 事情は知らないかもしれないが――艦娘が制圧しに来る前提で、訓練を積んでいる。

 

 その警戒心、普通の仕事に生かしていたら良かったのに。

 卯月は──耳を塞ぎながら思った。

 

「う──アンタ?」

 

 名前呼びは不味いと、咄嗟に変えた満潮。

 主砲がこっちを向いているのに、何故耳を塞ぐ。最大の武器を無くす? 

 それを、敵は抵抗と判断した。

 

「撃たせて貰う!」

 

 トリガーに手が掛かる。

 相手は戦艦級。撃たれれば即死。

 不味い、と満潮は機銃を回し、撃とうとする。

 

 何も知らない同胞を撃つ。

 護り、救うべき相手を攻撃する。

 

 普段は問題にならない程一瞬。

 されど、極限状態では致命的な一瞬。

 満潮は躊躇した。

 

 それでもう、攻撃の阻止は間に合わなくなった──満潮はだが。

 

「え──」

 

 卯月は既に敵の眼前。

 ガスマスク越しの眼が、鮮血の様に光っていた。

 

 

 *

 

 

 何度半殺しにされただろう。いやマジで何回か殺された。

 鬼気迫る赤城を前に、卯月は憔悴していた。

 

「いい加減訓練に私怨を交じるの止めるぴょん!」

「失敬な混ぜてません。しかし卯月さんはそう捉える。これはつまり、坏土司令官を意識しているということ。何て自意識過剰なんでしょう。ああ恐ろしい! あの方はこうやってファンを無意識に増やしてしまう。それが魅力的なんですけどねえへへ、あ、殺します」

「もうヤダ」

 

 そんな地獄でも必要最低限の休憩はある。

 途中までは無かったが、矢を弾くのに成功した後は取って貰えた。

 死に過ぎて朦朧とする中、卯月はお茶菓子を死んだ目で貪る。

 出血し過ぎて血も何もかも足りてない気がする。

 

「冗談はさておき、死ね」

 

 突然だった。

 刀が首元に振るわれた。

 しかし、ギリギリで停止する。

 

 ギリギリの所だが、卯月はナイフで刀を受け止めていた。

 

「え、何今の」

「訓練です」

「休憩中に奇襲を仕掛けるのはどうなんだぴょん」

「仰る通り。ですがそうしないと、反応できるか確かめられないので」

 

 赤城はホッと息を吐き刀を下す。

 

「承知とは思いますが、殺意は危険な技術です」

「知ってるぴょん」

「しかし、それを使って戦っていくのであれば、飼いならさなければならない。私が坏土司令官から受けたのは、そういう命令でした」

「飼いならす?」

 

 卯月には分からない感覚だった。

 殺意とは言うが、殆どD-ABYSS(ディー・アビス)の作動・制御の方法として扱ってきた。

 単体の技術としては、意識してこなかった。

 

「『殺意』に慣れること。それが一番必要なこと。卯月さんを殺しまくったのはそれが理由です。内包する殺意は自覚し難い。外から浴びせられる『殺意』を感じる事で敏感になれる。内包する『殺意』にも」

 

 敏感、にはなったと彼女は思った。

 今もそう。

 油断していたタイミングでの奇襲に、一瞬で対応できた。

 無意識の次元に等しいが、条件反射で身体が動いた。

 

「そして自覚した次にすべきことは、完全にモノにすること」

「……うーちゃん、自発的に発動できるぴょん。もうそこはクリアしてると思うぴょん」

「あれだけ時間が掛かってて、何を?」

 

 『うっ』と呻き声を上げた。

 殺意に至るのに時間掛りすぎ。痛い指摘だった。前奇襲を受けた時も、殺意を高められず、システムを起動できず、追い詰められた。

 

「それに今まで相対してきた相手は、洗脳とかもありますが『敵』。卯月さんの報復対象。殺意を抱き易い相手。()()()()()()も現れてきますよ。その時、どう殺意を抱くのですか?」

 

 そうでない敵って何だそれ? 

 分かっていない卯月に、赤城は呆れる。

 

「利用されてるだけの敵です」

「…………!」

 

 それは洗脳されていた卯月自身であり、顔無しへ改造された仲間であり、冤罪の噂話に踊らされた人達でもあった。

 

「ただ事情を知らずに襲ってくる敵がいて、殺意を剥き出しにできますか。躊躇せず一瞬で──必要ならば始末できますか?」

「でき……」

 

 卯月は一瞬逡巡し。

 

「ないぴょん」

 

 答えは既に言ってるようなものだった。

 

「殺せはするぴょん。敵は敵だし、死ぬときゃ死ぬし。でも殺意は抱けないぴょん。恨みも何もない相手には」

 

 殺せるなら問題ない? 

 そうなら赤城はこんなこと聞かない。

 私にとって殺意を抱けないということは、()()()()()()()と同じだ。

 

「命の危機に晒されれば殺意も出てくるだろうけど、それじゃ意味ないぴょん。そういうことでしょ?」

「満点の回答です。花丸をあげましょう」

「はは、いらねぇ」

「ふふ、特訓ハードにしますね」

「!?」

 

 話を戻す。

 茶菓子を摘まみながら、赤城は真面目に話す。

 

「一々命の危機に瀕しなければ、本気になれないなんて馬鹿でしかありません。私達はそうではない。自らの意思で自在に『殺意』を使わなければならない。任意で出したり引っ込めたりできなきゃ、何れ死にます」

「死ぬって」

「冗談じゃありませんよ。『殺意』なんてものは、ほっといたら肥大化していきます。半端に殺意に至ったせいで戦死したり、酷いと突然深海棲艦化して、仲間に駆除される所、私は見てきましたから」

 

 本来、こんなもん無いに越したことはないのだ、と赤城は呟く。

 それでも──私には必要だ。

 卯月は身を乗り出す。

 

「どうすればいいんだぴょん」

「そこで特訓の最終段階という訳です。今までの訓練で卯月さんはより深く『殺意』を自覚できた筈。外からの殺意に反射で対応できた。後は中からです」

「中?」

 

 そう言うと赤城は刀に手を当てた。

 瞬間、一瞬で。

 殺意が噴き出した。

 

 

 *

 

 

 フラッシュバックというものがある。

 過去のトラウマが突然呼び起こされることだ。

 とはいえ、脈絡なく発症する訳ではない。

 何かのトリガーやショックで、突発的に起こるのが多い。

 

 卯月が学んだのは、それを()()()()引き起こす手法だった。

 

 何故なら、そこに卯月の基点がある。

 トラウマを思い出せば、連動して憎悪も膨れ上がり、殺意へ繋がる。

 その為には、トリガーを自主的に用意するのが良い、と赤城は言った。

 

「…………」

 

 卯月は敵を前に、耳を塞ぐ。

 当然音が絶たれる。

 一番強い五感が削れる──余計なことを考える余白が生まれる。

 

 そういう時、何時もフラッシュバックが起きた。

 何も考えない時こそ、トラウマが頻繁に蘇った。卯月は意図的に引き起こした。

 

 ゆっくり思い出すから、僅かながら発現に猶予があった。

 けどこれなら一瞬。

 フラッシュバックが起きるのは瞬間的だ。

 

「え──」

 

 目の前にいる戦艦艦娘。

 何も知らないのだろう、私達をただの襲撃者と思ってるだろう。

 だけど迷いがある。

 艤装を背負っているから艦娘と分かる。同胞を撃つのに──僅かだが躊躇がある。

 

 既にD-ABYSS(ディー・アビス)は作動した。

 『完全なる殺意』に一瞬で到達した。

 躊躇は絶無。

 その差で卯月は懐へ潜り込んだ。

 

「なるほど、これは良いぴょん」

「貴様ッ」

 

 戦艦艦娘は艤装のサイズ故に小回りが利かない。

 しかも完全に懐。密着と言っていい距離。艤装での攻撃は不可能。

 格闘戦一択の状態。

 先手を打ったのは卯月だった。

 

 主砲を振り上げ、敵の顎を打ち上げた。

 

「が──」

「悪いけど、始末、させて貰うぴょん」

 

 頭部を殴られ平衡感覚が不安定に。

 その隙に体重を掛けて脚払い。

 戦艦艦娘の体勢が崩れる。

 スルリと脇の下を抜け、背後へ回り込む。そして首をワイヤーで括り、一気に締め上げた。

 

「ッ!?」

 

 今、戦艦艦娘はまともに立てていない。

 そんな状態で首を絞められればどうなるか。

 ──彼女の全体重(艤装込み)が、首元一か所に集中する。

 

 ビキリ、と亀裂の入る音が聞こえた。

 

 首の骨にヒビが入った。

 もしくは折れた。

 ワイヤーから解放された彼女は、白目を剝きながら何度か痙攣して、動かなくなった。

 

「勝った」

 

 卯月は両手を握り拳で掲げる。

 

「……し、死んでないわよね?」

「心音はしてるから大丈夫。どうせ入渠すれば治るぴょん!」

 

 艦娘で良かったね? 

 卯月は朗らかに笑う。

 それを見た満潮は数歩引く。何故だ。笑ってんのに。

 

「あ~、でもヤバいです。D-ABYSS(ディー・アビス)が解放されてます。時間制限が」

「安心するぴょん、僧正さんが改修してくれたぴょん」

 

 肩の力を抜き、お腹の底から深呼吸のように息を吐き出す。

 胸に溜め込んだ殺意を、緩やかに解いていく。

 すると力が抜ける感覚がした。

 システムが『終了』したのだ。

 

「任意解除できるようになったの?」

「そゆこと。便利になったぴょん。必要な時、必要な分だけ解放できるぴょん」

「ああ……それは良かったわね」

 

 今までは、一度解放されたらぶっ倒れるまで作動しっぱなしだったが、漸くそれが解消された。出力制限は掛ったが、使い易さは向上した。

 

「喜んでばかりもいられませんよ?」

 

 ポーラが、ぴしゃり、と言い放つ。

 酒臭くだらしない態度。しかし眼つきは鋭い。

 その手は主砲に添えられ、狙いを定めている。

 

「さっき、そこの人大声出してましたからね、援軍が迫ってきてます~」

「げ、本当だぴょん。足音が沢山」

「それに、D-ABYSS(ディー・アビス)が作動したのも、よくないですね……うーん。考えたくない事態です」

 

 システムの作動条件は変わっていない。

 射程距離内に、エネルギーの源泉が存在していること。

 汚染海域内であるか。

 もしくは、深海棲艦が近くにいるか。

 

「いるの、この鎮守府のどっかに、深海棲艦が」

 

 呪いが広がり、人が次々に深海棲艦化していく光景。

 卯月は地獄を思い出す。

 この鎮守府には人間のスタッフもいる。

 それが変異すれば──殺すしかない。

 

 手を下すのが自分達ならまだしも、此処の艦娘が、やらなければならなくなったら。

 胸糞悪い想像を捨てる。

 敵は始末する。やれるだけやる。迷いは危険だ。

 

「ポーラ」

「ええ、勿論目標に加えて良いです~、電源施設を探しつつ、深海棲艦の撃破もしましょーねー。いたら憲兵さん、入りにくいですし~、よし景気付けでしゅ~」

「よしお前は囮だぴょん」

「賛成するわ」

「ありぇ~、二人が分裂した~?」

 

 アル重を放置し奥へ進む。

 あれで強いし、ちゃんと仕事はする。雑な扱いで十分だ。

 ──しかし、と思う。

 呪いを何らかの手段で抑止しているとしても、鎮守府内に深海棲艦がいるって、どういう状況だ。

 

 殺意による直感か、やけに嫌な予感が隠せない。




赤城さんから教わったのは、一瞬で殺意を臨界状態へ持っていく手法。イメージ的には鬼滅の反復動作。フィジカルではなく、メンタルを最大稼働に持っていく感覚。
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