ガンビア・ベイ討伐作戦。
その第一段階、裏切者の鎮守府の制圧。
事前に渡されていた装備は、正体を隠す為だ。
すっぽり覆うガスマスクに、体型を隠してくれるローブ。
あの卯月が鎮守府を侵略した!
何て噂が洩れたら、また悪評が深くなった。中佐の気遣いに卯月は心の底から感謝する。
尚、支給品の理由はそれだけではない。
敵が、もしくは必要に応じ、憲兵隊が毒ガスを使用する場合があるからだ。
と思っている間に、鎮守府が近づく。
彼女達は、輸送艇から叩き出される形で、空中降下をしていた。
「パラシュート展開クマ。ローブに絡まないよう注意クマ」
「ぴょん!」
指示に従いパラシュート展開。
速度が一気に減り、彼女達は中庭に着地する。
時間は早朝目前の深夜。
一番暗い時間帯だ。
「作戦開始前に編制クマ」
起こさないよう小声で呟く。
「提督の確保は発見次第行うとして、鎮守府制圧に必要なのは、『艤装の制圧』と『電源の破壊』クマ」
それでなければ、艦娘の無力化は困難だ。
流石の彼女達も、艤装アリの艦娘数十人に、こんな所で囲まれたら詰む。電源施設もどうにかしないと、外部への通信等を許してしまう。
「卯月、電源施設の音とか聞こえるクマ」
「……ダメだぴょん。防音工事でもしてる? 聞こえるけど、位置が上手く特定できない。もっと接近すれば行けるかも」
「了解。卯月は特定を、満潮は護衛、特定時の破壊要員としてポーラ。それ以外で艤装制圧だクマ。任務開始」
ひたすらに気乗りしない作戦は、静かな号令で始まった。
兎に角ダッシュで鎮守府内を走る。
静かに歩く方が良いんだが、時間が無い。制限時間は30分しかない。それを越えればガンビア・ベイは二度と倒せない。
少なくとも、電源施設を特定するまではダッシュだ。
「電源施設って、普通何処にあんだぴょん。うーちゃん施設建築に詳しくないぴょん」
「そりゃ地下ですよ~、空爆とか警戒しなきゃいけません。軍事施設ですからね~」
中庭に降下できたのは幸いだった。
しかし、1Fでも位置が分からないとなると、施設は結構地下にあるのでは。下へ降りる階段を見つけなければ。
「あ、ポーラはちょっと距離取りますね。狙撃手なので~、離れてる方がズギューンっていけるので~」
「あ、うん、是非。酒臭いの嫌だぴょん」
「見えない距離まで行っていいわよ。遠慮しなくていいわ」
「ヒンッヤケ酒です~」
「…………」
ポーラの狙撃技術は知ってるが、それでも評価が改善しないのは何故だろう。ひょっとしてこれが都市伝説というものか。
人、それを普段の信用と言う。
前科持ちに求める事自体、間違ってる気もするが。
「満潮、来るぴょん」
「ッええ」
空気が緊迫する。
誰かの走る音がする。
重い足音。艤装を装備した艦娘。闇取引に手を染めた鎮守府だ。後ろめたさと露見する恐怖。それがこの警備に現れている。まだ見てないだけで監視カメラもあるだろう。
曲がり角から、完全武装の艦娘が現れた。
ダッシュの音を聞きつけたのだろう。
「──手を上げろ! 抵抗すれば砲撃する!」
既に主砲がこちらを捉えていた。
施設が壊れる事や、味方が巻き込まれる事を躊躇していない。
訓練していた動き。
こういうシチュエーションを想定していたのだ。
事情は知らないかもしれないが――艦娘が制圧しに来る前提で、訓練を積んでいる。
その警戒心、普通の仕事に生かしていたら良かったのに。
卯月は──耳を塞ぎながら思った。
「う──アンタ?」
名前呼びは不味いと、咄嗟に変えた満潮。
主砲がこっちを向いているのに、何故耳を塞ぐ。最大の武器を無くす?
それを、敵は抵抗と判断した。
「撃たせて貰う!」
トリガーに手が掛かる。
相手は戦艦級。撃たれれば即死。
不味い、と満潮は機銃を回し、撃とうとする。
何も知らない同胞を撃つ。
護り、救うべき相手を攻撃する。
普段は問題にならない程一瞬。
されど、極限状態では致命的な一瞬。
満潮は躊躇した。
それでもう、攻撃の阻止は間に合わなくなった──満潮はだが。
「え──」
卯月は既に敵の眼前。
ガスマスク越しの眼が、鮮血の様に光っていた。
*
何度半殺しにされただろう。いやマジで何回か殺された。
鬼気迫る赤城を前に、卯月は憔悴していた。
「いい加減訓練に私怨を交じるの止めるぴょん!」
「失敬な混ぜてません。しかし卯月さんはそう捉える。これはつまり、坏土司令官を意識しているということ。何て自意識過剰なんでしょう。ああ恐ろしい! あの方はこうやってファンを無意識に増やしてしまう。それが魅力的なんですけどねえへへ、あ、殺します」
「もうヤダ」
そんな地獄でも必要最低限の休憩はある。
途中までは無かったが、矢を弾くのに成功した後は取って貰えた。
死に過ぎて朦朧とする中、卯月はお茶菓子を死んだ目で貪る。
出血し過ぎて血も何もかも足りてない気がする。
「冗談はさておき、死ね」
突然だった。
刀が首元に振るわれた。
しかし、ギリギリで停止する。
ギリギリの所だが、卯月はナイフで刀を受け止めていた。
「え、何今の」
「訓練です」
「休憩中に奇襲を仕掛けるのはどうなんだぴょん」
「仰る通り。ですがそうしないと、反応できるか確かめられないので」
赤城はホッと息を吐き刀を下す。
「承知とは思いますが、殺意は危険な技術です」
「知ってるぴょん」
「しかし、それを使って戦っていくのであれば、飼いならさなければならない。私が坏土司令官から受けたのは、そういう命令でした」
「飼いならす?」
卯月には分からない感覚だった。
殺意とは言うが、殆ど
単体の技術としては、意識してこなかった。
「『殺意』に慣れること。それが一番必要なこと。卯月さんを殺しまくったのはそれが理由です。内包する殺意は自覚し難い。外から浴びせられる『殺意』を感じる事で敏感になれる。内包する『殺意』にも」
敏感、にはなったと彼女は思った。
今もそう。
油断していたタイミングでの奇襲に、一瞬で対応できた。
無意識の次元に等しいが、条件反射で身体が動いた。
「そして自覚した次にすべきことは、完全にモノにすること」
「……うーちゃん、自発的に発動できるぴょん。もうそこはクリアしてると思うぴょん」
「あれだけ時間が掛かってて、何を?」
『うっ』と呻き声を上げた。
殺意に至るのに時間掛りすぎ。痛い指摘だった。前奇襲を受けた時も、殺意を高められず、システムを起動できず、追い詰められた。
「それに今まで相対してきた相手は、洗脳とかもありますが『敵』。卯月さんの報復対象。殺意を抱き易い相手。
そうでない敵って何だそれ?
分かっていない卯月に、赤城は呆れる。
「利用されてるだけの敵です」
「…………!」
それは洗脳されていた卯月自身であり、顔無しへ改造された仲間であり、冤罪の噂話に踊らされた人達でもあった。
「ただ事情を知らずに襲ってくる敵がいて、殺意を剥き出しにできますか。躊躇せず一瞬で──必要ならば始末できますか?」
「でき……」
卯月は一瞬逡巡し。
「ないぴょん」
答えは既に言ってるようなものだった。
「殺せはするぴょん。敵は敵だし、死ぬときゃ死ぬし。でも殺意は抱けないぴょん。恨みも何もない相手には」
殺せるなら問題ない?
そうなら赤城はこんなこと聞かない。
私にとって殺意を抱けないということは、
「命の危機に晒されれば殺意も出てくるだろうけど、それじゃ意味ないぴょん。そういうことでしょ?」
「満点の回答です。花丸をあげましょう」
「はは、いらねぇ」
「ふふ、特訓ハードにしますね」
「!?」
話を戻す。
茶菓子を摘まみながら、赤城は真面目に話す。
「一々命の危機に瀕しなければ、本気になれないなんて馬鹿でしかありません。私達はそうではない。自らの意思で自在に『殺意』を使わなければならない。任意で出したり引っ込めたりできなきゃ、何れ死にます」
「死ぬって」
「冗談じゃありませんよ。『殺意』なんてものは、ほっといたら肥大化していきます。半端に殺意に至ったせいで戦死したり、酷いと突然深海棲艦化して、仲間に駆除される所、私は見てきましたから」
本来、こんなもん無いに越したことはないのだ、と赤城は呟く。
それでも──私には必要だ。
卯月は身を乗り出す。
「どうすればいいんだぴょん」
「そこで特訓の最終段階という訳です。今までの訓練で卯月さんはより深く『殺意』を自覚できた筈。外からの殺意に反射で対応できた。後は中からです」
「中?」
そう言うと赤城は刀に手を当てた。
瞬間、一瞬で。
殺意が噴き出した。
*
フラッシュバックというものがある。
過去のトラウマが突然呼び起こされることだ。
とはいえ、脈絡なく発症する訳ではない。
何かのトリガーやショックで、突発的に起こるのが多い。
卯月が学んだのは、それを
何故なら、そこに卯月の基点がある。
トラウマを思い出せば、連動して憎悪も膨れ上がり、殺意へ繋がる。
その為には、トリガーを自主的に用意するのが良い、と赤城は言った。
「…………」
卯月は敵を前に、耳を塞ぐ。
当然音が絶たれる。
一番強い五感が削れる──余計なことを考える余白が生まれる。
そういう時、何時もフラッシュバックが起きた。
何も考えない時こそ、トラウマが頻繁に蘇った。卯月は意図的に引き起こした。
ゆっくり思い出すから、僅かながら発現に猶予があった。
けどこれなら一瞬。
フラッシュバックが起きるのは瞬間的だ。
「え──」
目の前にいる戦艦艦娘。
何も知らないのだろう、私達をただの襲撃者と思ってるだろう。
だけど迷いがある。
艤装を背負っているから艦娘と分かる。同胞を撃つのに──僅かだが躊躇がある。
既に
『完全なる殺意』に一瞬で到達した。
躊躇は絶無。
その差で卯月は懐へ潜り込んだ。
「なるほど、これは良いぴょん」
「貴様ッ」
戦艦艦娘は艤装のサイズ故に小回りが利かない。
しかも完全に懐。密着と言っていい距離。艤装での攻撃は不可能。
格闘戦一択の状態。
先手を打ったのは卯月だった。
主砲を振り上げ、敵の顎を打ち上げた。
「が──」
「悪いけど、始末、させて貰うぴょん」
頭部を殴られ平衡感覚が不安定に。
その隙に体重を掛けて脚払い。
戦艦艦娘の体勢が崩れる。
スルリと脇の下を抜け、背後へ回り込む。そして首をワイヤーで括り、一気に締め上げた。
「ッ!?」
今、戦艦艦娘はまともに立てていない。
そんな状態で首を絞められればどうなるか。
──彼女の全体重(艤装込み)が、首元一か所に集中する。
ビキリ、と亀裂の入る音が聞こえた。
首の骨にヒビが入った。
もしくは折れた。
ワイヤーから解放された彼女は、白目を剝きながら何度か痙攣して、動かなくなった。
「勝った」
卯月は両手を握り拳で掲げる。
「……し、死んでないわよね?」
「心音はしてるから大丈夫。どうせ入渠すれば治るぴょん!」
艦娘で良かったね?
卯月は朗らかに笑う。
それを見た満潮は数歩引く。何故だ。笑ってんのに。
「あ~、でもヤバいです。
「安心するぴょん、僧正さんが改修してくれたぴょん」
肩の力を抜き、お腹の底から深呼吸のように息を吐き出す。
胸に溜め込んだ殺意を、緩やかに解いていく。
すると力が抜ける感覚がした。
システムが『終了』したのだ。
「任意解除できるようになったの?」
「そゆこと。便利になったぴょん。必要な時、必要な分だけ解放できるぴょん」
「ああ……それは良かったわね」
今までは、一度解放されたらぶっ倒れるまで作動しっぱなしだったが、漸くそれが解消された。出力制限は掛ったが、使い易さは向上した。
「喜んでばかりもいられませんよ?」
ポーラが、ぴしゃり、と言い放つ。
酒臭くだらしない態度。しかし眼つきは鋭い。
その手は主砲に添えられ、狙いを定めている。
「さっき、そこの人大声出してましたからね、援軍が迫ってきてます~」
「げ、本当だぴょん。足音が沢山」
「それに、
システムの作動条件は変わっていない。
射程距離内に、エネルギーの源泉が存在していること。
汚染海域内であるか。
もしくは、深海棲艦が近くにいるか。
「いるの、この鎮守府のどっかに、深海棲艦が」
呪いが広がり、人が次々に深海棲艦化していく光景。
卯月は地獄を思い出す。
この鎮守府には人間のスタッフもいる。
それが変異すれば──殺すしかない。
手を下すのが自分達ならまだしも、此処の艦娘が、やらなければならなくなったら。
胸糞悪い想像を捨てる。
敵は始末する。やれるだけやる。迷いは危険だ。
「ポーラ」
「ええ、勿論目標に加えて良いです~、電源施設を探しつつ、深海棲艦の撃破もしましょーねー。いたら憲兵さん、入りにくいですし~、よし景気付けでしゅ~」
「よしお前は囮だぴょん」
「賛成するわ」
「ありぇ~、二人が分裂した~?」
アル重を放置し奥へ進む。
あれで強いし、ちゃんと仕事はする。雑な扱いで十分だ。
──しかし、と思う。
呪いを何らかの手段で抑止しているとしても、鎮守府内に深海棲艦がいるって、どういう状況だ。
殺意による直感か、やけに嫌な予感が隠せない。
赤城さんから教わったのは、一瞬で殺意を臨界状態へ持っていく手法。イメージ的には鬼滅の反復動作。フィジカルではなく、メンタルを最大稼働に持っていく感覚。