前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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宗谷は出た。フーミィが出ぬ。


第21話 降下

 出撃はどうやってするか? 

 当然海から出撃する。船なんだから当たり前だ。

 しかし前科戦線はそこから違う。

 

「吐きそう」

 

 遥か上空、曇を突き抜けた大空に卯月はいた。

 

『ちょっと止めてかもー!』

「んなこと言ったってぇ」

 

 気持ち悪いのはどうにもならない。

 こっちは飛行機に乗るなんて初めてだ。慣れない動きに完全に酔ってしまった。

 

「さっさと慣れるクマ、球磨たちはずっとこうクマ」

 

 球磨の言う通りだ。これが前科戦線の出撃なのだ。

 

 確かに不思議だった。

 辺り全部が機雷で塞がってて、どう出撃するのか。

 

 答えがこれだ。海路じゃなくて空路だったのだ。

 輸送艇に乗って作戦海域へ、それが前科戦線の出撃方法だった。

 

「なんで、こんなやり方なんだぴょん……」

「脱獄防止の一環ですわね」

「どーゆーこと?」

「普通に出撃したら、近海の様子が分かるでしょう? 地形が分かったら脱獄しやすくなりますもの」

「……ああ、なるほど。周りが見えないようにするために」

 

 これなら近海の様子は分からない。

 窓は全部塞がれてるから外は見えない。音も聞こえない。近海の様子は絶対に分からないってわけだ。

 

「あとは、前科戦線の場所を隠す目的もあるそうで」

「そこまでやんのかぴょん」

「一応わたくしたち、第一艦隊所属の特殊部隊なんですよ。お忘れで?」

 

 そういや、着任直後にそんなことを言ってた気がする。戦略的には結構大事な部隊なのだ。だから出撃ポイントも頻繁に変えるらしい。

 

『その子が新人かも?』

 

 コックピットから放送が流れた。若い少女の声だ、多分艦娘だ、そうじゃなきゃ若すぎる。

 

「そうだぴょん、睦月型の卯月、うーちゃんと呼ぶぴょん」

『卯月ちゃんね、分かったかも』

「……かも?」

 

 どっちやねん、ハッキリしろよ。

 てかまたうーちゃんと呼んでくれなかった。なんなんだ呪われてるのか、そんなにうーちゃん呼びが嫌なのか。

 

『わたしは水上機母艦の秋津洲、よろしく』

「よろしくぴょん、秋津洲も前科持ちぴょん?」

『前科持ちじゃなくて、中佐からの依頼で働いてるかも』

 

 ワンマンアーミーとはちょっと違うか? 正規部隊でないのは確かだ、こんなものを飛ばす艦娘はいない。

 

『そしてこの子が秋津洲自慢の二式大偵ちゃんかも!』

「え、いや輸送艇ぴょん?」

『違うよ、二式大偵ちゃんかも!』

 

 どう見たって輸送艇だ。二式大偵ではない。しかし秋津洲は二式大偵だと言い張る。わけが分からない。まともなのはうーちゃんだけか? 

 

『二式大偵ちゃんかも!』

「分かったぴょん! 落ち着くぴょん!」

『ヨシ!』

 

 狂人の相手は疲れる。卯月は深くため息をついた。

 

『まあ今後はお世話になるかもー』

「毎回かっぴょん……」

 

 飛行機酔いにもなれなきゃいけない、大変なことだ。

 ヒーヒー言いながら酔いに耐える。少し経つと格納庫内のランプが光った。出撃の合図だ。

 

『準備かもー、みんなスタンバイかも』

 

 全員立ち上がる。

 わたしも真似て立ち上がる。

 みんななにか準備をしている。小さい機械を腰や背中につけたり、手で持ったり。

 

 全く解らん。なにも教わってないから当然だ。

 

『卯月ちゃんやり方知らないの!?』

「知るわけねえぴょん、空路ってこともさっき知ったぴょん」

「大丈夫よ、わたしが手伝うから」

 

 飛鷹さんがわたしの分の装備を持ってきてくれた。助かった、本当に助かった。

 

「ごめんね、本当は事前に教えるのだけど、うーちゃんの場合時間がなくて」

「全然いいぴょん、やっぱりうーちゃんの味方は飛鷹さんだけぴょん」

 

 背中に周りが、なにかの装備を取り付ける。

 わたしはされるがままだ。しかしこれ、なんの装備なんだろう? 

 

 急にガタンと飛行機が動いた。

 凄まじい勢いで降下しているようだ。水面に接近しているらしい。わたしたちを水面に下ろすためだろう。

 

「ねぇうーちゃん」

 

 飛鷹さんがぎゅっと手を握ってくれた。

 

「ここはもうテリトリーの境目、対空砲火も激しくなるわ」

 

 揺れが更に激しくなる。とんでもない急降下だと分かった。

 

「だから降下は、ほんとうに一瞬で済ませないといけないの、素早く着水しないと」

「なるほどー、納得の理屈だぴょん」

「気圧差って知ってる?」

 

 そりゃ知ってる。

 気圧は高い方から低い方へ向かう、その時突風が発生する。

 

 あとだいたい、飛行機の中の気圧は高く、外は低い。それも知ってる。この時点で卯月は察した。なぜこんな質問を今したのか。

 

「あー分かったぴょん、気圧差でぶっ飛んで出撃するってことだぴょん」

「その通り、これなら一瞬で出撃できるわ」

「素晴らしいプランだぴょん、うーちゃんが死ぬってトコを除けばだけど」

 

 卯月の顔は真っ青だった。飛鷹さんは笑顔だった。

 

「マジ?」

「マジよ」

『ハッチ解放かも!』

 

 ハッチが解放される。

 瞬間内外の気圧差が凄まじい突風を巻き起こした。わざわざ強風にするために飛行機内の気圧は高めに調整されていた。

 

 卯月たちは爆風に巻き込まれたような、凄まじい速度で『射出』された。

 

「ふざけんなぁーっ!」

 

 だがそれだけでは済まされない。

 同時に真下から、夥しい量の対空砲火が放たれたのだ。

 

「死ぬ死ぬ死ぬギャーッ!」

 

 と叫んだものの、対空砲火は全部外れた方向へ飛んでった。

 

「アレ?」

「そりゃ常識外の速度で出てったんだもの、簡単には当たらないわ」

 

 あの無茶な出撃は無駄ではなかったのだ。

 たまに当たりそうな弾が来るが、それは正確に迎撃したり、身をよじって回避していた。

 

 その光景を見てる間に、もう水面が近づいていた。秋津洲はかなり水面ギリギリで下したのだ。凄い腕前だ。

 

「パラシュート開くわ」

 

 着水直前に『装置』をいじると、パラシュートが展開される。あの装置はこのためか。パラシュートのおかげで速度が落ちて、安全に着地できた。

 

「……あっと言う間だったぴょん」

 

 無茶苦茶だが、それだけ不意は突ける。

 しかしなにも知らずにこれは酷い。帰ったら高宮中佐に文句を言ってやる。強く決意して顔を上げる。

 

 深海棲艦が三隻、並んでこっちを見てた。

 並び順はこうだ。

 ル級、ル級、ル級。

 

「ぴょっ」

 

 そして砲撃が放たれた。

 

「ギャーッ!」

 

 死ぬ! 

 と叫びながら、卯月は跳び跳ねて回避する。那珂の特訓は無駄じゃなかった。

 

 しかし、素人の動きでかわし続けるのは、やはり無茶がある。

 相手は『戦艦』だ、火力も弾幕も段違い。

 それが三隻もいる。のっけからこれ、どんな悪夢だ。

 

 ル級も弱いやつに気づく。

 怪我したやつ、子ども、弱いやつから仕留めるのが狩りの鉄則だ。ル級たちの照準が卯月へ向かう。

 

「シャレにならんぴょん!」

 

 多少でも気が逸れれば、マシになる。

 卯月はダメ元で、単装砲を発射する。それは偶然にもル級に直撃した。

 

「やったか!?」

 

 爆発の煙が晴れる。

 ル級が五体満足で立っていた。

 

 目と目が合う。

 ル級はか弱い子どもを見るような、慈悲深い目をしていた。

 卯月の笑顔はひきつっていた。

 

 また砲撃が放たれた。

 

「傷一つなしかよ、クソゲーぴょん!」

 

 そんなことは分かっていた。

 満潮に言われるまでもない、わたしは()()だ。

 お世辞にも強いと言えない睦月型、その中でもダントツで弱いのが、わたしなのだ。

 

 無茶な特訓のおかげで、まだ生きている。

 しかしこの砲撃密度、すぐに回避できなくなる。

 

 焦る卯月を、ル級たちは笑いながら見ていた。

 ル級たちからすれば、これはハンティングなのだ。

 

 徐々に追い込んでいき、動けなくなった瞬間仕留める。一番楽しい時間だ。戦闘でさえないのだ。

 

「クソどもが……!」

 

 遊ばれている、卯月自身も気づいている。無茶苦茶腹が立つ。

 こいつら、ふざけてんのか。

 怒りと殺意が、腹のそこから込み上げてくる。

 

 その怒りには、戦略的価値はない。それにも苛立つ。怒りのあまり、顔に血管が浮かび出した。

 

 その時、ル級が一隻、砕けた。

 

「……?」

 

 正確には、艤装が砕けた。

 砕けたル級も、周りも、なにが起きたか分かっていないようだ。もちろん卯月も分からない。

 

「那珂ちゃん、一番のりー!」

 

 那珂は砲撃をしただけだった。

 ただし、装甲の合間を狙った。そこはちょうど、主砲の真裏だったのだ。

 誘爆により、装甲は砕けた。

 

 予想外の一撃に、ル級は怒る。

 狙いを卯月から那珂へ変え、砲撃のラッシュを叩き込む。だが一発も当たらない、掠りもしない。

 

「声援ありがとう! お礼のファンサービスだよ☆」

 

 踊るような動きで全弾回避、どころか追撃も浴びせている。ル級の苛立ちはピークに達した。多分あの言動も一因だ。

 

 瞬間、魚雷が直撃した。

 装甲を砕かれて、耐えることもできない。勝負は決した。

 

「那珂ちゃん、完璧!」

 

 ル級の爆発をバックに決めポーズ。

 やはりアイドルではない。絶対に違う。ツッコミたかったが抑えた。

 

 ともかく助かった。安心したせいで、膝の力がガクッと抜ける。とても疲れた。

 

「大丈夫だった、うーちゃん?」

「熱烈な歓迎だったぴょん、うーちゃん困っちゃうぴょん」

「軽口が言えるなら大丈夫ね……」

 

 呆れる飛鷹さん。彼女は巨大な巻物を広げていた。滑走路を模した模様から、これまた飛行機を模した紙が飛んでいく。

 

 空中で紙は燃え、一瞬で艦載機に変身した。

 これが彼女の発艦方法だ。やはり艦娘は摩訶不思議である。

 

「ごめんね、随伴艦の始末を優先してたから」

「……ん? 随伴艦はどーしたぴょん?」

「もう沈めたけど」

 

 え、もう? 

 わたしが逃げ回ってる間に、随伴の深海棲艦はやられてた。早い、全然気づけなかった。

 

「あ! ヤバいぴょん、せ、戦艦がまだいるぴょん!」

 

 悠長に会話してる場合じゃない。仲間をやられて怒り心頭のル級が二隻残ってる。

 那珂は半ば、不意打ちで倒した。

 真っ向勝負は無茶だ。戦艦の仲間がいれば話は別だけど、前科戦線に戦艦ないない。

 

「ああ、もう終わるんじゃないかしら」

「ぴょん?」

 

 大爆発、爆風が二回放たれた。

 振り返ると、ル級二隻が沈んでいた。降下してから数分も経ってないのに、もう倒したのか? 

 

 

 

 

 那珂がル級へ攻撃し始めた頃、他のメンバーも動き出していた。

 降下のとき見えたのはル級三隻と、駆逐艦──ロ級の深海棲艦が三隻。

 

「飛鷹は駆逐艦を、那珂は自由に、球磨たちは陽動しながら潰すクマ!」

「うーちゃんはどうするの」

「ほっとけクマ、数分なら逃げれるクマ!」

 

 あの訓練をこなしたのだ、生き残ることはできる。

 球磨の指示に従いそれぞれ動き出す。球磨、熊野、満潮はル級を抑えにかかる。

 

「魚雷発射、クマーッ!」

 

 三隻分の魚雷が、広範囲に放たれる。

 戦艦でも魚雷は侮れない。攻撃を察知したル級たちは、襲ってた卯月から目を離して回避する。この時点で二隻、旗艦のル級から引き剥がされた。

 

 お返しにと、激しい砲撃を浴びせる。

 しかし、砲撃はどれも当たらない。

 当然動きは予想している。逃げ場を塞ぐように撃っている。

 

 だが、どうしても隙間は生まれる。

 球磨たちはそこを正確に見極めて、回避しているのだ。

 

 いや回避だけではない、こちらに突っ込んできている。

 超至近距離からの砲撃が、やつらの狙いだ。近づかれては厄介だと、二隻は砲撃の密度を高めた。

 

「──遅いのよ、グズ!」

「バカめ、ですわ」

 

 瞬間、満潮と熊野が二方向に別れた。

 中央に集中していた砲撃はまったく当たらない。攻撃範囲から外れた二人は一気に距離を詰め、両側から挟み込んだ。

 

「沈みなさい!」

 

 満潮の砲撃は致命打にはならない。

 しかし、どの攻撃も装甲の隙間を正確に射抜いてくる。無視できない攻撃だ。

 対する熊野の攻撃は高威力だ、あたりどころによっては大ダメージ、やはり無視できない。

 

 二隻のル級は互いに背中合わせになろうとした。

 砲撃範囲は広い、そうすれば死角はなくなる。

 最初の雷撃で距離を離されている。二人は牽制しつつ、背中越しに接近しようとした。

 

 一隻が気づく。

 アホ毛の艦娘は、どこへいった? 

 

「背中ががら空きだ、クマ」

 

 耳元で、球磨が囁く。

 振り返った顔面に砲身が突き刺さる。

 トリガーが引かれる、顔面が砕ける、さすがに顔に装甲はない。一撃でル級は葬られた。

 

 最後の一隻は、その場で固まっていた。

 ここで振り返れば、今度は熊野に背中を晒すことになる。振り返らなくても球磨に背中を晒す。

 

 どうすればいい? 

 再び爆音が轟く。那珂が旗艦を沈めた音だ。残っているのは私だけ? 

 ル級はだから気づかなった。足元に迫る魚雷も、自分が沈む瞬間さえも。

 

 

 

 

 一瞬。

 一瞬でル級三隻の艦隊が葬られた。戦艦も正規空母もいない編成で。

 全員無傷で、あっと言う間に。

 

「……すげぇぴょん」

 

 これが前科戦線か、これが前科持ちのエリートか。

 素人目でも分かる、この部隊はとんでもなく強い。その分場違い感が酷い。練度的に言えばまだレベル20にもなってないわたしっていったい。

 

「終わったクマ」

「上手くいかなかったわ、最初から魚雷を撃っちゃった」

「那珂ちゃんのライブ、見てた?」

「知らないわよそんなの」

 

 逃げるだけで精一杯だったわたしと違い、息も整ってる。わたしもここまで行かなきゃいけないのか。実力がかけ離れててうまくイメージできない。

 前科戦線として初の出撃。

 それは、自分の力不足を痛感させるものとなったのである。




艦隊新聞小話

この秋津洲には、自分の動かすものすべてが二式大偵だと認識してます。
戦車でも輸送機でもヘリでも。
二式大偵を使う機会があんまりにもなさすぎたからですね!基地航空隊から早急の返却を艦隊新聞も望んでます!
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