卯月の思考は停止寸前だった。
足をぶっ飛ばし、提督の蹴りを阻止したと思ったのに、その足が瞬時に再生した。
どうなってんだ、提督は皆こんな能力を持ってるのか。
無論、そんな訳がない。
この裏切者が異常なだけだ。
「くらうかぁ!」
殺意が、卯月を突き動かす。
止まりかけた思考を再起動、生存の為の一手を試みる。
いけるか? いや、やるしかない。
と、卯月は大口を開き、顔面で蹴りを受けた。
「何!?」
「
システムで身体能力は強化されている。
そこには、咬合力も入ってる。
歯が何本か軋んでいるが、文字通り喰らい付いて、蹴りを食い止めたのだ。
形勢逆転、片足を止められた提督は、此処から動けない。
卯月は無防備なら鳩尾に、両足で蹴りを叩き込んだ。
「──ッ!」
「
肉に圧力が掛かり、ミンチにされる触感。骨が折れて内臓を抉る音。駆逐艦であっても、艦娘の人間の差は歴然だ。ましてやシステムで強化されているなら、尚更だ。
「かーッ! 汚ねぇ! おっさんの足喰っちまったぴょん!」
ゲーッとジェスチャーしながら咽る。
制服越しとは言え生理的に気持ち悪い。口の中に足毛入ってないよな? 気になってしょうがない。
それと並行して、警戒は失わない。
予想通りなら、
「……化け物、が」
内臓をシェイクされた筈の人間が、血を溢しながらも立ち上がった。
「どの口で言ってんの」
「人間の、口、だが」
「ふーん。人間ねー」
これが化け物なのは確定。それはそれとして、卯月はそれを凝視する。
「ところでお腹から飛び出てるそれなーに?」
蹴りの衝撃で制服が弾けていた。
結構なパワーで蹴ったので、腹も少し破裂して、内臓がまろび出ていた。
手加減?
脚が再生した時点で不要である。
問題は、再生した腹部だ。
再生過程で飛び出たのだろうか?
ちょびっとだが『触手』が見えた。
「……何となくだけど、カラクリが、見えてきた気がするぴょん」
何故、再生するのか。
何故、深海の力が、この提督から流れてくるのか。
しかし今は、無力化するのが優先だ。
できればだけど。
場合によっちゃ始末するけど。
「……はい、ええ、そうですか」
「あ?」
「始末、する」
「何だコイツ急に」
突然提督は戦法を変えた。
懐に持っていた拳銃を滅茶苦茶に撃ちながら、距離を詰めてきたのだ。
致命傷にはならない。口径が小さい。けど余計なダメージにはなる。
「シールド投げまーす、使ってください~」
「感謝だぴょん」
後方にいたポーラが、プラスチック爆弾で破壊した扉を投げ飛ばす。前衛の卯月、満潮はそれに隠れながら、砲撃を叩き込む。
回避するならするで構わない、流れ弾が発電設備を破壊してくれる。
「それは、阻止、する」
提督は徒手空拳で砲弾を止める。時折骨肉が弾けるが、どうせ再生するからとお構いなし。
改めて見て、やはり異常だと卯月は思った。
憲兵隊でも此処までは早々やらない、いや、やれない。
「ムリしてでも、急ぐべきだと思うぴょん。ダメージ覚悟で!」
「ダメよ、この後も戦闘あるのよ!」
「違う、さっきの様子変だったぴょん。あいつ誰かと話してたじゃん!」
突撃してくる前。独り言のように聞こえたが、そんな筈はない。
ただの突撃じゃない。
何かを目論んでいる。
しかし、此処までの時間経過が、提督に味方した。
「後ろから
「げぇ、止めてくれだぴょん!」
「あの~、それが人間の皆様です。どーしますー?私的には、やっちゃって構わないですけど~」
挟み撃ちは阻止しなければ。そう思ったのに、やって来たのは武装した人間達。
それも憲兵には見えない。
ツナギを着た姿といい、単なるスタッフにしか見えない。
その彼らも、通路でドンパチ撃ち合っているのを見て、その場で止まってしまう。此処までは来ない。安全地帯から見ているだけ。
提督が呼んだのだ、だが何故呼んだ?
戦力にもならない面子を、どうして此処へ?
「射程、距離、内、だ」
卯月に予感が走った。
最悪過ぎる単語が脳裏を過る。
「始末で決定だぴょん!」
「は!?」
躊躇している時間はない。卯月は拳銃の前に現れ、大量の爆雷をばら撒き、そこ目掛けて主砲を叩き込む。
事情聴取ができない、拷問もできなくなる、けどしないと
予想通りなら、無力化しても意味がない。
しかし卯月は出遅れた。
大爆発の直前、卯月は見てしまった。
提督の腹部が弾けるのを。
「伏せてッ!」
満潮の叫びは、事情も知らない整備スタッフ達に向けられていた。
悲鳴とも言える絶叫に、彼らは指示に従う。
直後、爆雷を巻き込んだ爆風が地下区画一帯を揺らした。
「……やったの?」
対ショック姿勢の満潮が頭を上げる。
と言いつつ、死んだと思っている。あの爆発の直撃では、流石に死んだだろう。
しかし、これで拷問ができなくなった。
情報を得にくくなった事に、満潮は顔を顰める。
「ああ、やったぴょん。
爆炎が収まる。
後には何も無かった。服の切れ端と、提督の肉片、後は触手の残骸ぐらい。
発電設備は多少破損した程度。
鎮守府のものとなると、相当頑丈に作られている模様。やはり重巡級の主砲でなければ破壊は難しい──とまで思った所で、気付く。
「触手……?」
「……あれ~、その
強いゼロの缶をプシュっとあけ、一気に飲み干すポーラ。
これが彼女にとっての景気付け。
彼女(の肝臓)は狂っていた。
アルコールでプッシュされたポーラの脳味噌が答えを導き出す。
「あ! Mio! 機雷です!」
「機雷って、あ、あの深海忌雷のこと!?」
「へー、そんなのあんのかぴょん」
タコっぽい見た目だが、通りがかった艦娘を触手で拘束し、零距離自爆を慣行するという普通の危険兵器、それが深海忌雷だ。
疑問が解決した二人は、表情をスッキリさせる。
「待って、どうして、それが?」
提督の腹部から覗いていた触手は、深海忌雷のものだった。
彼の体内には、最初から深海忌雷があったのだ。
深海の力は、この機雷から流れていたのである。
「直前、見えたぴょん」
卯月の眼は紅く光ったまま。システムを入れたまま。戦闘状態を解除しないまま。
「機雷は、提督ごと自爆したんだ。きっと証拠隠滅と、戦力増強……時間稼ぎが目的だと、思うぴょん」
発電設備に背を向け、入口へ砲を向ける。
「機雷も深海棲艦。爆発したのなら、より飛び散るのは当然」
耳に届いている。
骨が軋み、魂が悲鳴を上げながら壊れていくのが。
肉が歪んで変貌する異音は、二人にも聞こえた。
振り返った時見えた。
通路入口にイロハ級が犇めているのが。
「スタッフを呼んだのは、この為だ!」
本気で吠えた。
冷や汗が止まらない。
卯月の叫びを引き金に、事態は動く。
呪いに侵され変容した元人間達が、イロハ級になり果てて襲い掛かってくる。
「急げ! 『感染』が始まるぞーッ!」
目の前でトラウマが再現されようとしている。
卯月を敵とみなしたのは、イロハ級の一部だけ。
何隻かは廊下を上がり、地上へ出ようとしていた。
それは深海棲艦の本能的行動。
より呪いを拡散させ、被害を広げようとする生態行動に基づく。
それに気づいたポーラの判断は、酔ってるのに誰よりも早かった。
「行き止まりにしちゃいましょー」
廊下の天井目掛けて連続砲撃。
辺りの壁を破壊し、地上への通路を瓦礫で埋める。
無論、何発も砲撃すれば突破される。けど時間は稼げる。
「システムのパワーを全開だッ! 援護お願いだぴょん!」
本当に時間がない。変異したての今なら、駆逐艦のパワーで始末できる。
そして確実に始末する。砲撃では一撃で始末できない。狙うは絶対的な『致命傷』。
満潮の返事はない、する必要もない。
両手で砲を握り、心臓や頭部目掛けて乱射、当たんなくていい、動きを妨害できればいい、そうして距離を詰めた所で、勢いのまま──ナイフを突き立てた。
修復誘発剤により、胸部外殻が融解。
卯月はそこへ手を突っ込み心臓を引きずり出す。更に握り潰した心臓を投げ飛ばし、血飛沫で目潰し。今度は真上へ飛び、全体重を掛けて頭部を捩じ切る。
しかし空中にいる瞬間は無防備、他のイロハ級が狙ってくる。
その為に満潮が援護してくれる。
狙いを定めた所へ砲撃し弾道を逸らす。再発射までの隙が生まれた。卯月は再び距離を詰め、ナイフで脹脛を切りつける。
脚の筋が溶け、姿勢が崩れた、そこへ回転蹴りを叩き込み頭蓋骨粉砕。
これで、こちら側のイロハ級は排除完了。
問題は上へ行こうとしていた連中だが。
「あ、終わりました~?」
既に始末し切っていた。
何なら卯月よりも早く排除できていた。
「釈然としないぴょん……」
酔っぱらいの癖に。酔っぱらいだから躊躇がないのか? 考えるの止めといた方がいい気がしてきた。
しかしまた事態は収束していない。
あとちょっと、後始末が要る。
「でも……どうするの、イロハ級を倒しても、呪いは残るわ……」
「それについては、このうーちゃんに任せるのだぴょん」
卯月は瓦礫の山も含め、地下区画の壁や床をぺたぺたと触る。
やがて、ある場所を念入りに触り、「見つけた」と呟いた。
「もう、
システムの出力が上がっていく、高まる負荷に──今までは身体の崩壊だったが──脳味噌が悲鳴を上げだし、鼻から血が垂れてくるのを卯月は感じる。
勿論、そんなのおかまいなしで続ける。
「深海の力とは、つまり深海の呪いでもある。呪いは強いパワーなんだ。だからこそ捕捉ができる……見つけたぴょん、中心を」
それは視覚的には見れない現象。
しかし艦娘という種族故か、体感的に感じることはできた。
「呪いが、卯月に集まっていく……」
満潮には何となくだが見覚えがあった。
この力が集まっていく様子、呪いまでもが吸収されていく様子。
あの時のようだ。
卯月が、獣に変貌した時のよう。
しかし、変貌はしない。
「ぎ……が……」
快楽装置を切ったから、今の卯月はすさまじい激痛を感じている。
けれども、苦渋の表情で堪え、拡散しかけた呪いを、一つも余さず取り込んでいき──プツリ、と糸が切れたように倒れ込んだ。
「か、完了……ぴょん」
「……マジで、やりやがった、コイツ」
地上へ出た呪いを消す方法は殆どない。あったとしても大火力兵器で土地諸共消すぐらい。
それをせず、卯月は単独で浄化を成し遂げた。
表沙汰には決してならないが、戦史が変わるレベルの偉業である。
尤も方法が方法なので、参考にはならない。
それに実行者がこの始末。実戦では役に立たない。
「気持ち悪い……すっげぇ吐き気がする。頭もガンガンして割れそう……寒気までするぴょん……」
「まるで二日酔いですねー、お味噌汁呑みます?」
「いらねぇ……」
インスタント味噌汁(アサリ)がポンと置かれた。
こんなの常備するなら酒控えろよ。そう突っ込む気力も湧かない。
「……信じられないわ」
満潮は呟いた。
それは、呪いが消えたこと
呪いを一身に受けて、卯月自身が平然としている事。
二日酔いめいた症状で収まっている。それが信じ難かった。
卯月が倒れている間、満潮とポーラは協力して発電施設を破壊。
それとほぼ同時に、艤装保管室を制圧したと連絡。
そのタイミングで憲兵隊が殺到。非武装の艦娘や人間を制圧することは、彼らにとっては赤子の手をひねるのも同然。
間もなくして、裏切者の鎮守府は制圧された。
そのまま憲兵隊は資料を片端から引っ繰り返し、取引場所の特定を急ぐ。本当に時間がないので、卯月達も資料探しに参加。
本当なら、提督を拷問して情報を得る筈だったのだが。
「──意味はなかった。そう思いますわ」
一緒に資料を漁る熊野が言い切った。
「拷問途中であっても、体内に潜んでいた深海忌雷が起爆。拷問していた憲兵が犠牲になっていたでしょうね」
「うーん、気絶させるべきだったぴょん?」
「遠隔起爆できそうな気がしますわ。何となくですけど」
油断してはならない。相手は証拠隠滅の為に街一個を消しにかかる輩。だからこそ、鎮守府のスタッフを贄にした。
「生存者からの聞き取りはできてるぴょん?」
「はい。あきつ丸さんが主導でやってるようです」
「……普通の聞き取りだよね?」
「まず普通の定義から議論しましょうね」
ダメっぽい。まあ、私の悪評が広まらなければ良いか。卯月はドライだった。
彼女は知らない。
益々悪化している事は、まだ知らない。
その時、扉が開いた。
「卯月、熊野! 資料集めは終わりだクマ!」
「特定できたのかっぴょん?」
「できたクマ。その現場へ一気に急行するクマ、マジで時間がないから急ぐクマ!」
走り出す球磨、彼女につられ卯月も走り出す。
「…………」
疑問は憲兵隊に任せてきた。
だとしても、何故、あの提督は、体内に深海忌雷を抱えていたのか。
あの再生能力は、システムの恩恵だったのか?
ただの人身売買斡旋糞野郎だったのか?
それだけとは思えない。吐き気に加え、胸が焼ける感覚。それを丸ごと吐き捨てる。
けれども、喉に残って取れない。
「気持ち悪い」
ただ、そう思った。