藤鎮守府の艦隊と合流し、高速で迎撃拠点設営を行った卯月達。
彼女達は今、塹壕の中で息を潜めていた。
拠点設営は完全には終わらなかった。流石に30分は無茶だった。しかし70パーセントは出来たと、
これから来る敵──ガンビア・ベイに対する、最低限度の迎撃態勢は整ったのだ。
卯月達だけでなく、他メンバーも塹壕の中に隠れている。
まだガンビア・ベイは来ていない。
果たして、この作戦を察知されているのか否か。知らない筈だが、彼女は直感がやたらと鋭い。本能的に気づく可能性はあり得る。
既に取引の予定時間は過ぎていた。
たった数分だが過ぎた。
気付かれてしまったのか。どうなのか。戦闘とは別ベクトル。待つしかできない緊張が走る。
一分経過──一分半経過──とても長く感じる。
だが、やがて時は来る。
「──ッ!」
取引場所に、ガンビア・ベイが
やって来た、ではない。
虚空から突然、ガンビア・ベイが出現したのだ。
ステルス迷彩だ。接触した事がある卯月は、即座に理解する。
けどコレ、他の知らない艦娘は、対応できるのか?
卯月はそう思ったが、その心配は無用に終わる。
「遅かったようですが」
「す、すすすすスミマセン……ちょっと、普段より、警戒してまして。色々なことを」
制圧した鎮守府から、取引の資料はある程度手に入った。
引き渡し役は、何時も変装した提督自身だった模様。今更感が強いが、身バレの可能性は怖かったらしい。
なので、艦娘の一人に同じ変装をさせた。ちなみに中身は比叡だ。
「じゃ、ちゃっちゃと、済ませましょう……えっと、ブツは?」
「ここです」
「何時も迷惑をかけます……中身確認して、回収しますね……」
何か、低いな、腰が。
いや救いのないド外道に違いない。ガンビア・ベイの性根が腐りきってるのは知っている。それにしても……なんか、敵っぽさが感じ難い。
だが油断はならない。
常に被害者面。そういうメンタル。性質の悪さはどの洗脳艦娘よりも上かもしれない。卯月はそう思った。
事前情報で本性を知っている比叡も、眉一つ動かさない。ガンビア・ベイの言う通りに、ブツを並べていく。ぱっと見何だか分からないよう、白いシーツでグルグル巻きに。
ガンビア・ベイはそれを詰め込む為に、何処かで待機していた輸送艇を呼び出す。
このまま取引が成立、ガンビア・ベイは顔無しの材料を多く手にして帰投。それが何時もの流れだろうが、今回はそうはいかない。
「──え」
中身を確認したガンビア・ベイ。
彼女が見たものは、箱一杯にこれでもかと詰め込まれた、爆薬の山。
比叡は既に離れていた。
騙したな──と言いたそうな、非難の表情。
それは、直後起きた大爆発に呑まれて消えた。
爆発に呑まれて消える。待機していた輸送艇も呑まれて塵になる。深海棲艦にも有効なそれは、爆雷を回収したものだ。
さながら、纏めて点火してしまった花火のように、絶え間なく爆発音が鳴り響く。
しかし、これで終わるなら何の苦労もない。
「──いないっ!?
比叡が叫ぶ。彼女の言う通り、ガンビア・ベイが姿を消した。
視界を晦ませるような爆発の中、彼女はどう姿を消したのか。
恐らく、奴は。
「比叡! その爆心地を、もう一度砲撃するんだぴょん!」
「え? んっ、分かった!」
もう変装の必要はない。隠れている必要もない。卯月達が塹壕から飛び出ると同時に、比叡が何もない所へ砲撃。
なのに、砲弾は
衝撃を受けて何かが動く。
それこそがガンビア・ベイだった。
「あぁぁぁあ!? バレた!? どうして!?」
やはり、ガンビア・ベイは爆心地に留まっていた。
カメレオンのように体表の色を変え、さも消えたように装っていたのだ。
だが問題はそっちではない。
「……傷一つ付いてないってのは、どういうことだぴょん」
相当量の火力をぶつけた。しかも不意打ち。なのに彼女にダメージはない。せいぜい服の端が焦げてる程度。
今もそうだ。戦艦主砲の直撃を受けたのにダメージが確認できない。
これは、相当面倒な戦いになる。
この戦いは総力戦、それだけの戦力をぶつけないといけない。高宮中佐達の判断は正しかったと、卯月は思い知る。
「に、にに、逃げないと……!」
ガンビア・ベイが、文字通り脱兎の如く走り出す。
戦いの火蓋が切れた。
その速度は知識として共有されていた。
しかし、実際に見た衝撃は、相当なものだった。
「どういう逃げ足なの……」
まさに風。ガンビア・ベイは瞬きする間に地平線へ消えようとする。
空母にしては珍しく、彼女は『低速艦』。システムで強化されているとはいえ、ここまで変貌するのか。松達は絶句する。
だが、それを分かっていたからこそ、待ち構えていた。
「海域封鎖第一段階、実行、お願いするわ」
「了解にゃし!」
「任せてね!」
「……地味な仕事であります」
安全地帯から、藤提督が無線で指示を出す。
それを受けて、睦月達とあきつ丸、他何人かの駆逐艦が飛び出す。彼女達は外海との境界線辺りに潜んでいた。
全員が大発動艇と、特二式内火艇を、引っ張っていた。
そして、それを境界線の中央付近に
しかしこれでは、中央以外は、塞げていない。海域封鎖は成立していない。
ガンビア・ベイは当然、左右へ逃れようとする。
「第二段階、実行」
外海への境界線。
そこは、切り立つ崖に挟まれていた。
取引の現場を、物理的に、少しでも見えにくくする為に。
それが、今回ガンビア・ベイには、仇になった。
「起爆装置、作動」
仕掛けられていた爆弾が作動する。藤提督の指示の元設置されたそれは、崖を効率的に、狙い通りの形で崩落させる。
大規模な土砂崩れが、流れ込み、海が埋め立てられる。
大発動艇との組み合わせにより、出口が塞がれる。
ガンビア・ベイの逃げ道が、無くされた。
「
と叫びながらも、ガンビア・ベイは逃亡を諦めない。
陸地なら登ればいい。それに、大発動艇と土砂崩れで無理やり塞いだだけ。隙間はある。
だが、多分ダメだ。
逃亡のプロフェッショナルの彼女は、
「海域封鎖第三段階、基地航空隊、爆弾投下」
藤提督の合図と同時に、空を航空機が覆う。
それを見た卯月は戦慄する。取引場所の目星はついていたとはいえ、彼女はこの短時間で、航空基地まで設置していた。どういう手腕なのか。彼女の鎮守府の艦娘達は、どういう訓練を積んでいるのか。
しかもこの航空機は、爆撃機ではない。爆撃機にしては速度が遅い。一体何をする気なのか。ガンビア・ベイは嫌な予感を覚える。
これを何とかしないと、逃亡が極めて困難になる。
「何か、する前に、止めないと……止めます、来ないでーっ!」
泣き叫び、金切り声を上げながら、空へ突撃銃を向ける。
それが彼女の発艦機。
銃に設置されたカタパルトから、矢継ぎ早に艦載機が繰り出される。
瞬きする間に、艦載機はネズミ算式に増大、すぐさま空が暗雲に覆われる──前に止めなければならない。
「させないのねー!」
海を塞ぐのに、特二式内火艇を使ったのは、数合わせではない。睦月、如月達、大発要員により、
勿論、コントロールしている睦月達も、対空砲火を絶やさない。
基地航空隊を、全力で支援する。本格的な戦いは、それからだ。
「ガンビア・ベイを行動させない! 砲撃を一発でも良いから叩き込んで! 兎に角動きを止めて!」
ハッキリ言って、リンチだった。
この海域に集結した全艦娘が、ただ一隻の艦娘へ砲撃を加えていく。駆逐艦から戦艦まで。対空戦力は非参加。そっちは彼女の艦載機を押し留めている。
だが──誰も油断していない。
僅かにだが、藤鎮守府の艦娘達も、
その予想は、残念ながら、正解だった。
「……逃げたい、隠れたい、戦いたくない、何で、私に、構うの……あっち、行って下さいーっ!」
ガンビア・ベイが
「なっ……」
「またアレか!」
卯月はもう何度も見ている。艦載機を足場にしての空中移動。
「艦娘の概念を何だと思ってんだぴょん!」
しかし、分かっていても、空中へ移動するのは半ば想定外。射線を合わせ直す必要がある。その間にガンビア・ベイは、大量の艦載機を発艦させる──しかも、それを足場にして、海域封鎖を抜け出そうとしている。
ついでに言うと、やはり傷一つ負っていない。あれだけの集中砲火を浴びておいて、焦げ目すらついていない。どうすればダメージを与えられるのか。卯月には全く分からない。
「不味い。航空隊の意味がなくなる。早く
「一々叫ばんでも、全員分かってますってご主人様! それよりさっさと作戦を進めてってば!」
「ごめんってばー」
何だ、この、やる気の削がれる会話は。
いや、高宮中佐みたいに、鬼畜シリアスなのもアレだけど……調子が狂う。
尚、漣は万一の護衛として、藤提督の所にいる。
各員が艦載機目掛けて集中砲火。足場にしているそれを破壊しにかかる。しかし彼女の逃亡への執念は想像以上。破壊されるよりも早く、次の足場へジャンプを繰り返す。艦娘と言うよりニンジャみたいな挙動だ。
もっと対空砲火を強化しなくてはならない。誰かが声を張り上げ、弾幕密度を上げる。
しかし、当然と言えば当然だが、ガンビア・ベイは『準備』をしていた。
万一の場合に備えた『準備』。
警戒されるのを嫌い、結構離れた場所に待機していた
「──増援だ!」
外海から、イロハ級の群れが殺到する。
否、それだけではない。
その中には『顔無し』まで混ざっている。
援軍は一様に、ガンビア・ベイを助ける為、攻撃を開始する。
これにより、艦隊は援軍の分の、攻撃や艦載機への対処を迫られる。ガンビア・ベイに回せる手は否応なしに削られる。
尤も、彼女の狙いは、正にそれだ。
「このまま、このまま頑張れば、逃げられる、後、ちょっと、後少し……」
「な、わきゃねーだろぴょん」
「ひっ!?」
ガンビア・ベイの眼前に、卯月が立っていた。
即ち、艦載機の上に立っている。
「な、何で!?」
「何で? この曲芸を何度見せられたってんだぴょん。そりゃ覚えるわ」
「見ただけで……覚えられるものじゃ」
「それができるのが、このうーちゃんの凄い所だぴょん」
嘘である。実の所『空中歩行カッコイイな!』、とド安直に思ったので、真面目に頑張ったのだ。まあ実戦で使うとは思ってなかったが。
「逆に利用されることまでは、想定外だったかなー……っ!」
攻撃が始まる。艦載機を足場にしたまま、砲撃を繰り出し、ガンビア・ベイに近づいていく。この足場で、回避運動は困難なのか、普通に当たる。
だが──なんかもう予想通りだけど──やはり傷一つ付かない。当然だ。戦艦主砲でダメなのに、駆逐艦でいける訳がない。
それでも、この状況なら無意味にはならない。ダメージはなくても、衝撃はある。この空中から叩き落すことはできる。かつ、落下しても途中で留まれないよう、下の艦載機を機銃で破壊する。
「来ないで、来ないで下さい!」
ガンビア・ベイはより逃亡する。下の艦載機が減らされた事で、より上へと昇る。ならば私も追撃を。そう動いた矢先、
「っ自爆か!」
足場にされるぐらいなら不要、ということだ。ガンビア・ベイは艦載機を自爆させ、卯月から次の足場を奪った。
爆発を避けたせいで、一気にバランスを崩す。足場もなかったせいで、卯月は転倒、一気に落下していく。
その時初めて、ガンビア・ベイは敵意を向けた。
「消えて、ください!」
空中では身動きが取れない。その隙を狙う。他の艦載機が殺到し、卯月へ大量の爆弾を叩き込んでくる。落下している卯月に逃げる手段はない。
但し、足場があれば別だ。
落下していた筈の卯月は、『瑞雲』へ着地、すぐさま跳躍し、爆撃を回避する。
「まさか──ぁあ、ええ!?
「む……あ、そう言えば、生きてること、知らなかったかぴょん」
「裏切ったんですか、最上さん!」
ガンビア・ベイの目線の先には、車椅子に座った最上がいた。
全身麻痺で、まともな戦闘はできない。
だが、瑞雲のコントロールは別。少しでも航空戦力を稼ぐ為に、参加したのである。安全の為一番後方にいる。
艦載機での空中歩行は、最上もできた。その彼女の支援は完璧、卯月の足場を即時構築する。
だが、距離は離した。後は思いっきりジャンプすれば、逃亡は成功だ。
ガンビア・ベイは、生の喜びを感じ……る直前、止まる。
最上が、生きていた。裏切っていた。
なら、
「あ゛」
瞬間、
その眼下、大発動艇と土砂によってできた仮の陸地。
そこに、彼女はいた。
「漸く、やっと、お姉さまの役に立てる日が来ました。見てて下さいお姉さま。たかが軽空母一隻の艦載機なんて、あっという間に枯らしてみせます!」
長10センチ連装砲ちゃんの眼が、ギラリと光る。