艦載機で作った虚像で攪乱する──そういう戦術だった。
しかし奇抜なだけ。タネが分かればどうとでもなる。そう思っていた。
甘い考えだったと卯月は思い知る。
「マジかよ」
数を増やすだけでも、十分攪乱になったのだ。
周囲の全てを虚像に囲まれた卯月は、内心頭を抱えた。多分だがこの中に本物はいない。本物はカムフラージュで隠れている。奇襲のタイミングを伺っている。
「攻撃しないんですか」「じゃあ、正当防衛を、こちらから」「させて頂きます」
「ええぃ四方八方から話しかけんじゃない! 気持ち悪いぴょん!」
「叫んでる場合か! 来る!」
虚像がライフルを構える。弾丸が放たれる。ライフルを上へ構える。次々に艦載機が飛ばされる。
正確には違う。ライフル弾に見せかけた戦闘機の機銃。
喰らえばダメージに変わりはない。
「げ、迎撃で良いのかぴょん……いや撃つしかないけど」
しかし嫌な予感は的中する。
着弾した際、数機は落とせる。ただそれだけ。残りは一気に霧散し、別の場所で虚像を再構成。
尤も最初から偽物、着弾も何もないのが事実。
挙句、それだけではない。
「──お姉さまッ! 上から爆弾が!」
少し離れた所にいた秋月が警告。顔を上げると、影も形もなかったのに、爆撃機が出現。超至近距離から爆弾を落としに来ている。
そっちはカムフラではない。
完全ステルスの爆撃機だった。
「どうして、カムフラは兎も角、ステルス迷彩はエンジンが動いてたら使えないって、事前情報で!」
「自由落下だ! うーちゃん達の頭上までエンジンを切って落として、ギリギリの所で動いたんだぴょん!」
ガンビア・ベイは両方を織り交ぜて攻撃をしかけてくる。使えるものは全て使う。当たり前の事だが、やられる側になると堪ったものではない。
しかし、爆弾は一瞬で消滅した。
秋月の対空砲火だ。
「爆弾は任せてください。お姉さまと満潮さんは、本体へ集中してください!」
「助かるわ……でも、どう見つければ」
「…………」
虚像を全力で迎撃しながら、卯月は考え続ける。
何故、カムフラができる? どうしてステルスができる? それだけじゃない。何で音まで消せる?
彼女が、意識を削る様な攻撃をしてくるのは、考える余力を無くす為だ。つまり、能力の『種』に気付かれたくない。つまり、『種』が分かれば対策ができる。そういう事ではないだろうか。
それに、もう一つ気になる点がある。
ガンビア・ベイにまともな攻撃は効かない。金剛達の一斉射さえ無傷。恐らく傷がつくのは陸上砲台級の一撃のみ。それも、彼女の態度から察したに過ぎない。
けど、それ、本当なんだろうか。
卯月には、ある挙動が引っかかっていた。
疑念が溶ける前に事態は動く。
虚像達の動きが急に変化した。空を飛んだり──実態は艦載機の集まりなので飛べる──背後へ回り込んだり、攪乱だった動きが、攻撃メインに変化する。
言ってしまえば、やってることはシンプルなのだ。
所詮艦載機の集まり。機銃を撃ったり、爆弾を落とす。それぐらいしかない。だが見た目がガンビア・ベイなのが問題だった。
棒立ちの姿勢のまま、全身から機銃が飛ぶ。ライフルを構えた姿勢から、腕(艦載機)が発射され爆弾投下。
戦場では咄嗟の判断が必要だ。相手の構えから、次の動きを予想してしまう。艦載機の塊と分かっていても反射してしまう。
構え自体がフェイクとなっている。それだけで普通に戦うより神経が磨り減る。ただの虚像なのに消耗が凄まじい。
「鬱陶しい!」
一言で言えば、そんな感じだ。
勿論、ただの虚像ではない。カムフラを適宜纏ってる個体もいる。ステルスのもいる。見落とせば攻撃が直撃。
艦載機の群れを相手してる方がマシだ。心底そう思う。
泣き言ばかり言っていられない。何か打開策はないか。どういう原理で迷彩は成り立ってる?
『殺意』のお陰で、半自動的に戦闘はできる。思考する部分をフル回転させながら、主砲を撃ち、虚像を散らし続ける。
「この中に、本当に本体がいるの? それさえ疑わしくなってきたわ……!」
カムフラを纏った艦載機や本体の接近を警戒し、満潮と背中合わせのまま戦闘続行。
兎に角必死だった。特に卯月はそうだ。システムの強化があってもダントツの紙装甲。攻撃を喰らえば死が見える。必死にならざるをえない。
ガンビア・ベイは正にそこを突いた。
「ええい、一体何隻吹っ飛ばせばいいんだぴょん!」
水上に立っている虚像がいた。今しがた突撃銃を構えたばかり。先手で攻撃ができる。すぐさま主砲を放つ。
砲弾は着弾した。
「え」
但し『手前』だった。
卯月の放った主砲は、ガンビア・ベイの手前で『何か』へ着弾し、止まってしまった。
しかし、手前には何もない。何もない空間に着弾した。
虚空から、血が流れ出す。
何もなかった空間に、『それ』が現れる。
「……な」
「……お姉、さま、なんで」
被弾したのは『秋月』だった。
「何だってぇ──っ!?」
システムで強化された弾丸が肩を抉っている。
夥しい出血で海面が染まる。
何故こうなったのか、卯月はすぐさま状況を理解した。
あのガンビア・ベイは虚像ではない。『本体』だった。
しかし、姿を現したのは攻撃を誘う為。
ガンビア・ベイは、背後から秋月に、少しだけ接触。『能力』により秋月にステルス迷彩を施し、
卯月はそれに気づかず発砲。ガンビア・ベイではなく、その前にいるステルス化した秋月に着弾してしまったのである。
「何で気づけなかったのアンタ! 殺意の感知とかあったでしょ!」
「うーちゃんに向いてたならできる、けど、秋月へのだ、他人への殺意は感知できないぴょん!」
「ええ、だから、こうしたんです」
動けない秋月へガンビア・ベイが狙いを定める。
「気づけなかった、ステルスにこういう使い方があったなんて、うーちゃんは間抜けか!」
「それより秋月を、助けないと──」
既に手遅れだ。
「天敵は、優先して、始末します。でも、私には天敵なので……別の人に、任せるのが
あらゆる意味で隙が生まれてしまった。ガンビア・ベイは秋月の後頭部へ、突撃銃を密着させる。
秋月は防空駆逐艦。見えさえすれば多量の艦載機でも一瞬で撃墜できる。
ガンビア・ベイはそれを脅威とみなし、優先して始末しにかかったのだ。
「裏切者の卑怯者は、さよなら、です」
トリガーが引かれた。
瞬間、閃光が放たれた。
*
トリガーとほぼ同時に放たれた閃光。
その正体は、『瑞雲』の爆炎だ。
二人の間に割って入った瑞雲が、別の瑞雲の機銃で、自爆したのだ。
当然、秋月を助ける為だ。
「熊野!? いや、最上!?」
「どっちでもいい、救助に行ける、援護頼むぴょん!」
「分かったわ!」
ガンビア・ベイから殺意は失われていない。瑞雲の自爆程度では傷もついていない。ズレた突撃銃の照準を合わせ直している。
その刹那、再び手が秋月に触れる。
秋月の姿が、ステルス化する。
「照準を誤らないように、次誤射したら、死ぬかもしれないわ」
「言われなくても──あ゛っ!?」
「な、なに急に!?」
その時、卯月は見た。
自爆し燃える瑞雲。そこから放たれる炎。照らされるガンビア・ベイと秋月。海に映るガンビア・ベイの影。
──いや、今は良い!
思考を止める、秋月救助へ集中。できれば使いたくなかったが止むを得ない。少しでも威力を高める為、酸素魚雷を放つ。
「効かないのは、知ってると、思うんですが」
「でも、爆発で吹っ飛ばすことは可能だぴょん。違うか!?」
「いえ、
ガンビア・ベイが手を振り上げる。放たれた艦載機が、魚雷を処理しに突っ込んでいく──だが発艦した瞬間、撃ち落とされた。
「──私の目の前で発艦とは、天敵を甘く見てないですか。ましてやこの距離で!」
「秋月!? その傷で、動くんですか……ですけど結果は変わら」
「吹っ飛ばすことはできる。そう言ったぴょん!」
魚雷が着弾する前に、起爆させる為、卯月が主砲を撃った。
「但し飛ばすのは秋月だぴょん」
至近距離での爆発。ガンビア・ベイは当然無傷だが、同時にジャンプした秋月は、空中へ吹っ飛ばされた。
「まだ、射程距離内、ですよ……!」
「いいえ、逃走は、成功です!」
秋月はそう言い放つと、『主砲』を撃った。
その反動で、宙を飛んだ。
システムで洗脳されていた頃、秋月が奥の手としていた、反動による空中移動。それを一瞬だけやってのけたのだ。
「まだです、ギリギリ射程距離内──む、あれは、瑞雲」
最後の逃走は、熊野&最上の瑞雲が支援。秋月はギリギリだが逃走に成功する。しかし重傷を負ってしまった。
ガンビア・ベイの攻撃だけではない。瑞雲の自爆や、魚雷の爆発のダメージもある。ざっくり診て見たが、戦える様子ではない。
「……逃げられました。でも
ガンビア・ベイが再び消えた。カムフラかステルスか。どっちでも関係ない。
「すみません、お姉さま、役に立つどころか、足を引っ張ってしまって……」
「気にすんなぴょん。むしろ、撃っちゃって悪かったぴょん。てか、あの空中移動、まだできたのかっぴょん」
「一瞬だけです……連続は、不可能です。ここぞという時に使いたかったのですが」
「ウジウジ煩いわ。動けるなら、さっさと戦線離脱しなさい」
「いや、ムリだぴょん」
卯月が顔を上げる。本物は再び姿を消した。虚像のガンビア・ベイがまだ大量にいる。深手を負った秋月を逃したりしない筈。絶対に始末しようとする。その上で逃げおおせる気だ。状況は依然彼女有利で進んでいる。
「どうすれば……」
「どうにかする……ことは、できるぴょん。多分だけど」
「え?」
「声出すな。ガンビア・ベイに聞かれたくない」
卯月は、漸く『能力』のカラクリを見抜いた。
さっき、瑞雲が自爆した時に、気付くことができたのだ。
だが、戦闘への活かし方となると話が変わる。
「そういう意味でも、やっぱり、秋月は離脱させられない。最後まで防空駆逐艦として、活躍して貰わなきゃいけないぴょん」
「何言ってんの……目が見えないのよ、姿を消したり現わしたりする奴、どう撃ち落とすの」
「やり方は浮かんだぴょん。だけど、これは……うーちゃん単独じゃできない。味方全員が連携して、初めて成立する」
「何を言ってんの」
「艦載機を、全て、始末できるかもしれない。本体を特定できた上で、ステルスもカムフラも無力化できるぴょん」
そんな作戦があるのか?
満潮と秋月は言葉を失う。
しかし実現は困難。
卯月自身が言ったように、連携が非常に重要だ。それを伝達しなきゃいけない。そうしている間に、ガンビア・ベイに聞かれてもいけない。
「それ、本当なの?」
この会話を聞いていた艦娘がいた。
「……睦月、と、如月?」
大発動艇で海域封鎖をしてくれた、睦月型の姉妹である。
「そして更に加わるはこのあきつ丸でありますッ!」
「何でアンタまでいんのよ」
「大発要員で組まされたであります。大発の機銃や主砲であれこれしてた折、藤提督より秋月を護られたしと、要請が来」
「来たから、助けにきたのよ。卯月ちゃんや、満潮さんも含めてね」
「……セリフ」
項垂れているあきつ丸は無視だ。
「卯月ちゃん、今言ったの、本当なの? この状況をひっくり返せるの?」
「引っ繰り返せはしない。でも、ギャフンとは言わせられる。今より何倍もマシになるのは確約できる」
「卯月殿の読みが誤ってなければ、でありますが」
「一々煩いんだけど」
とは言っても不安は大きい。
本当に私の読みが合ってるのか?
しかも全容を突き止めた訳ではない。気づけたのは透明化の原理だけ。無音飛行やレーダー無効の原理は……多分レベル。
間違っていたら、全員を危機に晒す事になる──背筋がゾっとした。只でさえ嫌われているのに、危機に晒すような作戦を立案したと知られたら。
情緒は死んでる。死んでも罪悪感はない。
けど、そんなことをしたら、自分のプライドが許さない。
「ぬ」
手に、温かい物が触れた。それも二つ分。満潮と秋月が、卯月の手を握っていた。二人は真っ直ぐに卯月を見つめてくる。
「……手、震えてんだけど」
「怪我のせいです」
「アンタの手を握ってるから、嫌悪感のせいよ、指摘すんな気持ち悪い」
何なんだろコイツ等。そっちから握ってきたくせに。卯月は呆れた溜息を吐き、やれやれと首を横に振る。
そして、空いてる手を、睦月と如月に出した。二人がそうしたように真っ直ぐに見つめる。
異常と分かる真っ赤な眼。あれから、どれだけ大変な目に合ってきたのか、睦月と如月は察する。その上で卯月の手を取った。
「聞かれないよう、伝達すればいいのね?」
「任せて頂戴。鎮守府の艦娘たちは、こういう行動をとる為に、毎日訓練してるんだから」
「そうだにゃしい! ワンマンアーミーじゃできない事を、見せてあげるぞよ!」
一発逆転、その一手となるのか。
ガンビア・ベイを『狩る』為の作戦が、再び始まった。
「あのー、あきつ丸には握手ないでありますかー?」
「拷問キチの手を取るのはちょっと……」