漸くだ。
この戦いに参加した艦娘達はそう思った。
迎撃拠点に建設された陸上砲台が、漸くガンビア・ベイに直撃した。
今自分達が出せる最大火力だ。これがダメだったら、『作戦』が上手くいっても勝ち目がない。
お願いだ、どうか、ダメージがあってくれ。
爆発の煙幕が晴れる。ガンビア・ベイのシルエットが見えてくる。果たしてその結果は。
「……痛い、よぉ……うぅ」
ガンビア・ベイはまだ健在。死んではいない。だから歓喜の声は上がらない。けど小さくガッツポーズをとるぐらいは許される。
ダメージがあった。
全身から、決して少なくない量の出血をしている。止まる流れではない。
「有効だ。陸上砲台を撃ち込み続ければ、勝ち目があ──」
満潮が叫んだ通り。
これなら『勝てる』。追い込まれていた戦場に希望の糸が垂らされる。全員の顔に気力が戻っていく。
「は?」
糸が切られた。
「痛かった……本当に、死ぬかと、思いました」
「嘘、何で、いや……早すぎる!?」
何が起きている?
何人かの艦娘は遠くから覗き込む。
そして絶望した。
「どうして、傷が、治ってんのッ!?」
再生し終えていた。
「そりゃ……systemの基本性能も、updateされてますから……再生能力は基本ですよ」
秋月にしろ最上にしろ、深海棲艦でも見られないような、強力な再生能力を持っていた。
だがガンビア・ベイは早すぎた。
瞬きしている間に、傷口が全て塞がってしまっていた。
「こいつは、無敵なの!?」
あれだけ苦労して、やっとつけた傷が、一瞬で治療完了。
ガンビア・ベイを倒すには、それを押し切って攻撃をしなければならない──不可能とは言わないが。
余りにも困難だ。
戦場に再び絶望が広がる。艦娘達はそれを意識して無視しながら、『作戦』の作業へ戻っていく。
そのほうが、余計なことを考えなくて済む。
しかし、その中で、目をギラギラさせる艦娘がいた。
「ビックリした。そこまで早いのは予想外ぴょん」
紅い目を光らせるシステム搭載艦、卯月である。
「どうしますか。続けますか。勝ち目がないのは、理解いただけた。私はそう思ってますが……」
「んな選択肢、ある訳ないぴょん。ならばもっと拘束して、もっと火力を集中させる──だけだっぴょん」
「……あっそう」
縄抜けの方法は見破った。少しずつだが勝ち筋が見えてきた。
それに卯月にはまだ『疑念』があった。
たった二回しか見ていない『疑念』。それがもしも正解ならば、勝算はまだ十分残っている。それまでに逃亡させないことが大事だ。
「でも、これが、最終roundですよ」
「何?」
ガンビア・ベイはチラリと後方を見る。
そこは海域封鎖の境界線。外界へ逃がさない為の機雷地帯。そこで起きている爆発の規模が、大分小さくなっていた。
無尽蔵に特攻してくるイロハ級により、機雷は数を減らされていた。
それがもう残り僅かだ。
「……では、始末します」
満潮が作った黒煙が消えた頃、ガンビア・ベイがカムフラで姿を消す。
卯月と満潮は、それぞれ姿勢を低くする。
ハッキリ言って状況はヤバい。二人共受けた傷は回復しておらず、応急処置をしただけ。もう血が滲んでいる。
尤も、その為のダメージだ。
最後の最後で、動きを鈍くする為に、少しずつ負傷を増やす。そういう戦術だ。
「…………」
「…………」
待つ、待つ、汗をにじませながら待つ。
「…………」
「…………あれ?」
来ないんだけど?
まさか──と思った瞬間、夥しい量の爆弾が、頭上へ落下してきた。
見えないので断定できないが、ほとんどの艦載機をこっちに回した。
卯月達を集中して、しかも、自分自身は動かずに始末する気だ。
「マジか、このタイミングであいつ、動くことを諦めたのかっぴょん!?」
卯月の予想通りだった。再生したとはいえ、自分に傷をつけられたことを、ガンビア・ベイは強く警戒していた。
後少しで海域封鎖は破られる。
それを踏まえ、彼女は、残り時間を隠れ続けることに決めたのだ。
「どうすんの、爆雷はもうない……というか、私はもう何も残ってない。攻撃も爆炎でのあぶり出しもできないわ!」
「そんなの、うーちゃんだって同じだぴょん」
「ヤバいでしょ……どうすんの、これは!」
と、言ったその瞬間。
海域封鎖エリアから、一際大きな爆音が轟いた。
そこから──傷だらけのイロハ級と、顔無しの軍勢が殺到する。
それが意味することはつまり。
「海域封鎖が……破られた……」
時間切れ。
海域封鎖の時間が終わった。
これ以上、ガンビア・ベイがここに留まる理由はない。
「卯月!」
「うーちゃんに叫ばれても。慌てる理由が分かんないぴょん」
「は!?」
ガンビア・ベイが逃亡するというのに何故必死にならないのか。満潮は思わず叫ぶ──だが彼女も直ぐ察した。
卯月の目線の先。陸地の方の奥。
そこで、探照灯が点滅していた。
「合図だ」
本当なら、タイミングをみてやる予定だった。
けどガンビア・ベイが逃げ出そうとする今、躊躇する時間はない。今こうしている間にも、脱出しようと走っている。
今だ。今しかないのだ。
「そして、これも、合図!」
卯月は空へ主砲を掲げ、ドン、ドン、ドン……と撃つ。
それが合図になる。
そして、四発目が響いた時。
夜の帳が下りた。
カムフラ迷彩を纏い、ゆっくりだが確実に脱出へ向かうガンビア・ベイ。
卯月達は追ってこれない。間もなく雪崩れ込むイロハ級の餌食になる。それを潜り抜けても今までも負傷がある。十分逃げ切れる。
この状況へ持っていく為に、嫌々ながら戦闘していた。
手間が無駄にならなかったことへ、ホッと胸を撫でおろす。
その瞬間、夜の帳が下りた。
──この戦場は、夜でありながら、明るかった。
常に大量の大型探照灯が光っていた。自動発射装置から定期的に照明弾も飛んでいた。藤鎮守府の艦娘たちも、各々探照灯を使っていた。
陣地構築の一環で、藤提督が設置したものだ。
態々設置したのには理由がある。
飛び交う深海の艦載機へ対処する為、イロハ級へ正確な砲撃を浴びせる為、ステルスやカムフラで隠れるガンビア・ベイを発見する為だ。
それが何故か全て消えた。
一斉に、同時に、探照灯を含めたあらゆる光源が消えた。
eliteやflagshipのオーラはあるが、光源と呼べるものではない。
時間は夜。
光がなくなれば、暗闇に包まれる。
尤も見えなくなることはない。
だが、ガンビア・ベイの本能は、凄まじい警鐘を鳴らしていた。
「吸収だ」
「!!」
暗黒に卯月の声が響いた。
「ステルスの原理は『吸収』だ。
死刑宣告のように卯月は確信へ迫る。
「『光』だ。吸収してたのは」
返事はない。出せる訳がない。構わず卯月は続ける。
追い詰められていると、確信しているから。
「厳密には吸収じゃない。その
ガンビア・ベイは汗を流していた。
だから、正面戦闘は嫌なのだと、内心愚痴る。
勘のいい奴はこうして気づくからだ。
けど、今後は問題にならない。近海に二度と近づかなければいい。向こうから確実に見つける手段はないのだから。
「お前はこう考えてる。能力が割れても問題ない。どうせ見つけられない──と。その通りだぴょん。だからこそ、ここで確実に仕留めるぴょん!」
卯月が再び、ドン、ドン……と主砲を撃つ。
「素直に凄いと思う。そんなことできるんだなって……でもさ、それ、かなり精密なコントロールで成り立ってるんでしょ?」
リズムを刻み、ドン……と三発目。
そして、四発目が撃たれたその瞬間。
夜の帳が剥がされた。
「暴き出してやる、その本性を含めて!」
戦場全域が光に呑み込まれた。
消えた探照灯が、照明弾が、再び同時に点火する。
更に──同時に、再出撃していた基地航空隊が、空中から照明弾を投下した。
深夜から真昼間への急転直下。
そこに見えたのは、カムフラ迷彩が剥げた艦載機たち。
そして、丸見えのガンビア・ベイだった。
重要なのはタイミングだった。
全てが同時でなければ、恐らく失敗する。
卯月はそう考えていた。だからこそ、睦月達だけでなく、藤鎮守府の艦娘全員の協力が不可欠だった。
『ステルスにしろ、カムフラにしろ、かなり精密な制御で成り立ってる。だから逆に、一瞬で強い負荷を掛ければ『エラー』を起こせる筈……だぴょん』
『つまり?』
『真っ暗闇の状態から、一瞬で、かつ同時に、過剰な光を浴びせるんだぴょん』
何をするのか、どうタイミングをとるのか。予め周知しておかないといけない。第一段階で、光の消し忘れがあってもいけない。第二段階で点灯にズレがあってもいけない。しかし逆に、大規模艦隊を組んでるからこそ、この作戦が成立する。
作戦は実行された。
結果は見ての通り。
ステルス迷彩は暴かれた。
「光を利用して迷彩をかけてるのなら、その光を過剰に浴びればエラーをおこす。予想通りだったぴょん!」
ガンビア・ベイは丸見え。カムフラをかけていた艦載機も丸見えだ。こうなっては──普通の姫クラス一体と交戦しているのと変わらない。十分脅威だが『無敵』でも何でもない。
「透明になれない、camouflageができない……っ!?」
「そして、予め伝達していた今、スムーズに第三段階へ移行する。対空砲火開始、見えてさえいればどーにかなるぴょん!」
このタイミングまであきつ丸に護られていた秋月を筆頭に、全艦娘が対空砲火へ参加する。艦載機は悪足掻きに駁撃を繰り出すが、陣地構築で作られた即席トーチカの前に阻まれる。艦載機は膨大だが、卯月の言った通り、見えていればどうにかなる。
ガンビア・ベイ(ついでにイロハ級の分)の艦載機が全滅するのに、時間はそうかからなかった。
「……信じられません。こんな……ことが」
「間髪入れずに第四段階だ、お前をぶっ飛ばしてやるっぴょん!」
今までは見えなかったから苦戦を強いられた。見える様になった今、ガンビア・ベイの危険性は半分以下まで下がった。
──後は、あの超重装甲をどう突破するかだ。
しかし彼女は背中を向けた。
「いえ逃げます。不利になったので」
ガンビア・ベイは逃げ出した。海域封鎖は破壊された。逃げようとすれば逃げれる状態。ある意味で五分五分になっただけ。
「あああやっぱそうなるかっぴょん! 追撃を──」
「待って、でも、そうなると、あの雪崩れ込んで来るイロハ級へ突っ込むことになる!」
「んなこた承知だぴょん!」
「けど、手数が……!」
逃がしてはならない。全員が承知していることだ。しかし雪崩れ込むイロハ級と顔無しの対処にも、人数を割かなくてはならない。
ステルスをどうにかしたら、今度は戦力が分散。
本当に……本当にクソ面倒な敵だと、卯月は今日何度目か分からない愚痴を溢す。
「とにかく攻撃だ、攻撃して、逃がさないよう留める他ない!」
「そもそも追いつけないんだけど!」
だが、速度的問題があった。
ガンビア・ベイの逃げ足は『能力』と言っていいぐらい早い。駆逐艦──それも負傷している卯月と満潮では追従できない。
だから
「誰か、いる」
逃げるガンビア・ベイは、イロハ級の群れの中に、艦娘が何隻かいるのに気付く。機雷除去部隊と戦っていた連中だ。消耗は激しい。無視しても良い。
と思った瞬間。
鼓膜をぶち破るような、大声が響いた──
「酷いよ!!!」
「ヒッ!?」
声の主は那珂だった。
「あの中から、抜け出て」
「何今の何今の何今のー! 真っ暗な所から、いきなり灯りを浴びて登場って!? アイドルじゃん、それアイドルじゃん!」
「え、え……え?」
「まさかガンビーちゃんも狙ってただなんて。アイドルの座を。でも艦隊ナンバーワンアイドルの座は渡さないんだからね☆」
「???」
ああ狂人枠か。ガンビア・ベイは冷静だった。よし足止めから可能なら殺してとっとと逃げようそうしよう。
突撃銃を構え、手早く艦載機を発艦させる。
そのまま至近距離で、半ば自爆同然で爆弾投下。二人共爆炎に呑まれるが、ガンビア・ベイは無傷だ。
「何だったんですか……今の……
死んでないだろうが、どう転んでも回避の為距離は離れた。今の内にさっさと逃亡だ──とその時、肩を叩かれた。
那珂が笑ってた。
正面にいた那珂が隣にいた。
「え」
「ちなみに那珂ちゃんは夜戦専用のアイドルだよ。探照灯とかで明るいけど、夜は夜だからねー、はいどっかーん!」
那珂は魚雷を持っていた。
それをそのまま、ガンビア・ベイの耳に向けて叩き込む。
半ば意識外からの攻撃。
彼女の頭部は、見事爆炎に呑み込まれた。
暗闇の状態から、一気に照らして光学迷彩を破壊……これ元ネタあります。分かる人にはクリスマスにドリル処刑される権利をプレゼント!