前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第219話 ガンビア・ベイMk.II"D"⑧

 誰もがその光景に面食らった。

 いきなりキャピキャピ、ハイテンションの艦娘が現れたと思ったら、ガンビア・ベイの顔面に魚雷を叩き込んだからだ。

 

 言うまでもないが、魚雷は海上に投下する兵器。

 打撃武器でも刺突武器でもないし、そもそも手に持たない。

 ……いや、確かに確実に命中するが。

 

 しかし、そんな狂人の暴走にも、ガンビア・ベイは冷静に対処した。

 

 僅かな時間で頭部を動かし、『顔面』ではなく『後頭部』で、魚雷を受けた。爆発が起きる。爆炎に呑まれる──間もなく、無傷のガンビア・ベイが飛び出た。

 

「あー! アイドルからの握手を断るなんて、ファン失格だよ!? 会員証没収しちゃうぞ?」

Scared(恐い)! 本当にscared(恐い)です! この人なんですかウヅキさん!」

「変なアイドル」

「答えになってないですッ!?」

 

 手に持って魚雷をぶち込んだので、那珂の手はボロボロだ。折れかけの骨と僅かな皮膚で繋がってるだけ。

 そんな状態で自分の返り血を浴びつつ、笑顔で迫る那珂。

 アイドルは笑顔が基本だ。しかし時と場合による。今の場合、普通に恐いだけだ。

 

「さぁ! 宣戦布告は受けたよ……もっとガンビーちゃんのキラッキラなところ見せて! 私も! 全身全霊で! 応えるから!」

「せ、せめてconversation(会話)を成立させて下さい!」

「一級のアイドルに言語は要らないんだよ。知らないの?」

 

 知る訳がないし世界の誰も知るまい。

 ガンビア・ベイは再び背中を向ける。構っていられるかこんな狂人。不意打ちは驚いたがガードできた。とっとと逃げてしまおう。全力で逃げれば追いつけない。

 ──判断ミスだった。

 

「余所見は、ダーメ、絶対にね☆」

 

 那珂はさっきまで正面にいた。

 ガンビア・ベイが振り返れば、真後ろにいることになる。

 なのに那珂は。

 真正面にいた。

 

「え」

 

 どうして前にいる。何時回り込んだ。どう気づかれず移動した──あらゆる疑念は那珂の笑顔に吹っ飛ばされる。

 

「乗り気じゃない? じゃ那珂ちゃんがサポートしてあげる! まずは基本のアイドルインタビューだよ! はい魚雷(マイク)ね! しっかり声を出していこー!」

 

 マイクみたいに握られた魚雷(マイク)が、ガンビア・ベイの口内へ

 迫る。腕──は間に合わない。彼女は苦渋の判断で、顔を横へ向けた。魚雷は側頭部へ直撃する。

 結果はさっきと同じ。那珂は大ダメージ。ガンビア・ベイは無傷。

 

「こらー! 顔を背けるインタビューなんて非常識だよ!?」

「不味い不味い不味い不味い……!」

 

 しかし、ガンビア・ベイは危機感を抱いていた。

 戦闘が不味いのではない。

 戦闘を続けること自体が不味い。

 彼女の目線の先には……

 

「……マジかぴょん」

 

 驚愕する卯月がいた。

 ガンビア・ベイは戦慄する。

 もうなりふり構っていられない。このままでは『敗北』する。全身全霊で逃亡しなくてはならない。

 

「そこを退いて!」

「キャー!? 顔は止めてー!?」

 

 突撃銃から艦載機を発艦させ、那珂へぶつけようとする。それを彼女が回避したと同時に、全力ダッシュで離脱を図る。

 しかし、数歩踏み込んだ瞬間、足元へ砲撃が『着弾』した。

 

「誰が砲撃を……見えない? じゃあ、ポーラさんですか!」

 

 隠れた所から狙撃してきたのだ。

 砲弾が足へ直撃する──ダメージはない──だが衝撃で逃亡速度が落ちる。

 

 そこを球磨と熊野が両サイドから挟み込んだ。

 既に砲撃もしていた。

 

「か、Avoidance(回避)……!」

 

 システム強化による身体能力で回避するが、密度が濃すぎて避けきれない。何発か着弾してしまう──尤もダメージはない──なのにガンビア・ベイは、動揺を隠せていない。

 

「何で、こいつら、イロハ級の雪崩に、潰れている筈じゃ!」

「雪崩? 何のことクマ。あれはせいぜい突風だクマ」

「!?」

 

 その時ガンビア・ベイは状況を呑み込んだ。

 イロハ級と顔無しの群れが、想定より遥かに少なくなっている。機雷への自爆で相当数を消耗したとしても、残っている数が少な過ぎる。

 何故なんだ、その答えは明らかだ。

 

「たかがイロハ級。砲撃も普通に通る。で、あれば……あれぐらい減らせて当然。でなければ特務隊は名乗れません……システムがないからといって、ちょっと、舐め過ぎてはありませんか?」

「つっても懲罰部隊だクマ。自慢できないクマ」

「そういうことは言わないのがマナーですわ」

 

 熊野はそう言うと、卯月の方へ目線を向けた。卯月と熊野。二人は同じ『疑念』を抱いていた。それをこの戦闘で証明するのだ。

 

「──っ!」

 

 もう、苛立つセリフを発する余裕もない。

 ガンビア・ベイは全てを放り出し、一目散に逃げだす。ポーラの狙撃が当たろうと、何が当たろうと、魚雷に被弾しようとお構いなし。衝撃でスピードが落ちようが、関係なしに逃げ続ける。

 

 実際ダメージが皆無なのだから、構う理由はない。最大スピードを維持しての逃亡故に、陸上砲台も中々命中しない。

 このままでは振り切られる。

 そう理解していても、熊野たちは追撃を止めなかった。

 

 だからガンビア・ベイはより恐怖した。

 

 愚行に思えない。何か策があるとしか思えない。

 実態の見えない恐怖に逃走速度は更に跳ね上がる。

 

 そしてあるタイミングで、ガンビア・ベイの悪足掻きが完成した。

 

「クマ!?」

 

 砲撃が艦載機に弾かれた。少しずつ発艦させていた艦載機を、盾代わりに大量密集させたのだ。天敵である秋月は射程距離外。これがある限り砲撃は通らない。せいぜい魚雷だけ。逃亡阻止は不可能だ。

 

「……なるほど、でしたら、こちらも同じ。まあ作戦と言っても天敵をぶつけるだけなんですけど」

 

 今あいつ何て言った? 

 その時、ガンビア・ベイに影がさす。

 

「わたくしの予想通りなら、『彼女』も天敵です」

 

 ガンビア・ベイは基本逃げる。背を向けて逃げる。

 だが、背を向けた時、最凶になる艦娘がいた。

 彼女は気づくべきだった──今の今まで、『那珂』はどこへ消えていたのか。

 

「どじゃーん!」

Up()!?」

 

 どうやって上から来たのか? 

 理屈は割と単純であった。

 今しがた作った艦載機の壁を()()()()()()()()。それだけの話である。

 

 問題は、気付けなかった点だった。

 そんなことしてれば流石に気づく。なのに察知できなかった。理解できない。何か『能力』を持っているのか。ガンビア・ベイは困惑する。

 

 ジャンプした那珂は、空中からありったけの爆雷を艦載機の壁を投下。

 艦載機にとって上は死角、折角形成した壁が破壊される──のも構わず尚逃亡。それだけガンビア・ベイは追い詰められていた。

 

 少し走り、また振り返る。

 せめて、敵との距離は把握しておかないと。

 そして彼女は再び恐怖する。

 

「──あの狂人、どこ!?」

 

 真後ろにいた筈なのに那珂が姿を消した。一瞬目を離した隙に何処かへ行ってしまった。消える素振りさえなかったのに。

 

「だーかーらー、目を離しちゃーダメでしょ!」

「ギャ!?」

 

 那珂が足元から現れた。

 しゃがんで、真下に潜んでいたのだ。

 意味が分からない、目を離すと消える──目を離すと? 

 

「まさか──いや、それは、もういい!」

 

 ガンビア・ベイは突撃銃で殴りつける、それをバックステップで回避する那珂──入れ違いに球磨が突っ込んでくる。艦載機の壁はさっき壊れた。熊野が少し脇から援護射撃を飛ばす。

 

「気づいたかクマ。ご褒美にレクチャーだクマ。()()()()()()()()()()

「……動揺が見られる。やはりそうなんですね。ちゃんと見続けることに、問題があるんですね?」

 

 背中を向けて逃げたい。

 それが重要なのにできない。那珂が問題だ。

 今いる場所は分かる、後方へ飛んだから、熊野の後ろにいる。

 目を離したら何処へ消えるか予想ができない。追い詰められつつある今、その不確定要素はあまりにヤバい。

 

「あれも……天敵!」

 

 天敵は二隻いた。

 

 球磨が砲撃を放つ、熊野が援護射撃を放つ。回避以外の選択肢がない。最悪当たらなければどうとでもなる。システムの恩恵を受けた身体能力ならいける。

 ──しかし彼女は見落としていた。

 那珂は、確かに天敵だった。

 

「コラー! 私のファンだよ、とっちゃダメーっ!」

 

 那珂が砲撃をぶっ放した。

 改めて言うが、ガンビア・ベイの前には球磨がいる。

 つまり巻き添え確定だ。

 

「Fiendly fire!? 嘘でしょう!?」

 

 那珂は躊躇なく球磨や熊野ごと砲撃。巻き添え上等の暴挙に、ガンビア・ベイは困惑の淵に叩き込まれる。

 その動揺が命取りとなった。

 突撃銃を持つ手が、球磨に掴まった。

 

「あ」

「掴んだク……マっ!」

 

 柔道の要領で、投げ飛ばされる。

 引っ繰り返され球磨と位置が逆転する──ということは、その位置に飛んで来た那珂の砲弾は、彼女が受けることになる。

 悪足掻きに体勢を捻じ曲げ、『側面』で受け止めようとした。

 

 しかし、やはり砲弾は飛んで来た。

 

「──ふう、セーフですわ」

 

 熊野が艤装で、自分への誤射を、弾いたからだ。それが直撃コースに乗った。

 

 そして、流れが傾く。

 

 

 

 

 『疑念』があった。

 ステルス絡みとは別に最初から『疑念』が渦巻いていた。

 艦載機の上で攻防を繰り広げていた時、ガンビア・ベイは卯月の攻撃を()()使()()()()()()

 

 最初は不思議には思わなかったが、戦闘が進むにつれ、『疑念』へ変わっていった。

 ──あれ防ぐ必要なかったよな、と。

 ガンビア・ベイはあらゆる攻撃に対して無敵だった。

 金剛達の一斉射も無効化。陸上砲台でやっと。それも多少だし爆速で治療されて終わり。

 

 なら、何で防ぐ必要があったのか。

 ていうか何なら回避行動さえ必要ない。無敵なんだから。けど以降も防御したり回避してたりした。ステルスを破壊してから疑念は更に顕在化。那珂の魚雷攻撃を、後頭部で受け止めた時、ほぼ確証へ変わった。

 

 防御しなくてはならないから防御していた。

 しかし防御行動をとることがそれの露見に繋がる。

 極力回避行動をとっていた理由はそこだ。

 

「……そ」

 

 けど、その『答え』を見て、卯月は困惑していた。

 

「そんなパターンありかっぴょん!!!」

 

 ガンビア・ベイの腹部が()()()()()()

 流れ弾で飛ばした軽巡クラス(那珂)の砲撃で。戦艦クラスでも傷一つつかなかったガンビア・ベイが、完全なダメージを喰らっていた。

 つまり、どういうことか。

 

()()です!」

 

 そういうことだった。

 

「重装甲なのは()()()だけ、弱点は身体の()()()、そこになら軽巡、いえ駆逐艦でも攻撃が通る!」

 

 熊野の叫びを聞いた大半の反応は困惑だった。

 固いのは背中? 正面は貧弱? ナンデ? でも確かに軽巡の砲撃が通った。跳弾だから威力更に低いのに。ってことはマジ? 

 

「身体強化もエネルギー吸収の産物。エネルギーには『量』がある。それを任意の場所に割り振れば、こういうこともできる……ムリだ予想できるかふざけてんのか!後ろはダメです顔と腹は和らないですって、どんな当たり判定なんだぴょん!!」

 

 普通ならその必要がないのだ。全身に隈なく張り巡らせ、万遍なく強化する方が汎用性が高い。

 しかしガンビア・ベイの場合は例外。彼女はすぐ逃走する。常に『背中』を見せているのと同じ。だからそっちに全リソースを注ぎ込む方が都合が良い。実際逃走している最中は無敵なのだから。

 

 故に那珂が第二の天敵だった。彼女と相対する場合は、常に視界に収めることを強要される。ガンビア・ベイは後ろ向きでの逃走──正面を敵に見せた状態──を強いられる。

 

「……あ、うあ……あうあうあうあ」

「あ、なんか壊れた」

 

 ガンビア・ベイは追い詰められた。本当の意味で追い詰められた。腹部の傷は再生能力でもう完治。しかし気づかれた今、この場にいる全員が腹部や顔面目掛けて攻撃してくる。背中の防御力とステルス頼りだった彼女に、全てを回避する技量はない。

 

「あーっ!」

 

 ヤケクソのように艦載機を展開する。それを突撃──させない。鎧のように全身へ纏う──纏う、纏う、残る全てを纏う。

 否、イロハ級が出していた分も含めて、全てを纏い集結させる。

 そうしてできた『鎧』は。

 

「──嘘、やめて」

 

 満潮が青ざめるのも当然。

 オリジナルより小さいが、『獣』の姿だったのだから。

 が、本物の『獣』が叫ぶ。

 

「コケ脅しじゃねえかっぴょん! 吹き飛ばしてやる!」

 

 ただのハリボテだ。脅かす為のパチモンだ。

 実際その通りであり、駆逐艦主砲で簡単に蹴散らされる。サイズ確保の為密度も薄い。卯月を含めた全員の砲撃で、ハリボテ獣はあっさり散った。

 

「──は?」

 

 だが()()()

 内部にいたガンビア・ベイが、跡形もなく消えていた。

 

「アイドル勝負の決着はついたのかな? 那珂ちゃんの勝ち?」

「……おいまさか、ステルス機能が復旧したんじゃ」

「ち、違う、違います、まさか、こんな!?」

「慌てんなクマ。説明するクマ」

「あれ! あの、水面!」

 

 熊野が指さした所を見つめる。そこに──チラッと靴底が見えて、水中へ消えた。

 ガンビア・ベイの脚部艤装である。

 それが、水中へと消えた。

 

 これが何を意味するか。

 

「潜ったぁぁぁぁ!?」

 

 ガンビア・ベイの最終兵器、潜水しての逃走が、解き放たれた。

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