誰もがその光景に面食らった。
いきなりキャピキャピ、ハイテンションの艦娘が現れたと思ったら、ガンビア・ベイの顔面に魚雷を叩き込んだからだ。
言うまでもないが、魚雷は海上に投下する兵器。
打撃武器でも刺突武器でもないし、そもそも手に持たない。
……いや、確かに確実に命中するが。
しかし、そんな狂人の暴走にも、ガンビア・ベイは冷静に対処した。
僅かな時間で頭部を動かし、『顔面』ではなく『後頭部』で、魚雷を受けた。爆発が起きる。爆炎に呑まれる──間もなく、無傷のガンビア・ベイが飛び出た。
「あー! アイドルからの握手を断るなんて、ファン失格だよ!? 会員証没収しちゃうぞ?」
「
「変なアイドル」
「答えになってないですッ!?」
手に持って魚雷をぶち込んだので、那珂の手はボロボロだ。折れかけの骨と僅かな皮膚で繋がってるだけ。
そんな状態で自分の返り血を浴びつつ、笑顔で迫る那珂。
アイドルは笑顔が基本だ。しかし時と場合による。今の場合、普通に恐いだけだ。
「さぁ! 宣戦布告は受けたよ……もっとガンビーちゃんのキラッキラなところ見せて! 私も! 全身全霊で! 応えるから!」
「せ、せめて
「一級のアイドルに言語は要らないんだよ。知らないの?」
知る訳がないし世界の誰も知るまい。
ガンビア・ベイは再び背中を向ける。構っていられるかこんな狂人。不意打ちは驚いたがガードできた。とっとと逃げてしまおう。全力で逃げれば追いつけない。
──判断ミスだった。
「余所見は、ダーメ、絶対にね☆」
那珂はさっきまで正面にいた。
ガンビア・ベイが振り返れば、真後ろにいることになる。
なのに那珂は。
真正面にいた。
「え」
どうして前にいる。何時回り込んだ。どう気づかれず移動した──あらゆる疑念は那珂の笑顔に吹っ飛ばされる。
「乗り気じゃない? じゃ那珂ちゃんがサポートしてあげる! まずは基本のアイドルインタビューだよ! はい
マイクみたいに握られた
迫る。腕──は間に合わない。彼女は苦渋の判断で、顔を横へ向けた。魚雷は側頭部へ直撃する。
結果はさっきと同じ。那珂は大ダメージ。ガンビア・ベイは無傷。
「こらー! 顔を背けるインタビューなんて非常識だよ!?」
「不味い不味い不味い不味い……!」
しかし、ガンビア・ベイは危機感を抱いていた。
戦闘が不味いのではない。
戦闘を続けること自体が不味い。
彼女の目線の先には……
「……マジかぴょん」
驚愕する卯月がいた。
ガンビア・ベイは戦慄する。
もうなりふり構っていられない。このままでは『敗北』する。全身全霊で逃亡しなくてはならない。
「そこを退いて!」
「キャー!? 顔は止めてー!?」
突撃銃から艦載機を発艦させ、那珂へぶつけようとする。それを彼女が回避したと同時に、全力ダッシュで離脱を図る。
しかし、数歩踏み込んだ瞬間、足元へ砲撃が『着弾』した。
「誰が砲撃を……見えない? じゃあ、ポーラさんですか!」
隠れた所から狙撃してきたのだ。
砲弾が足へ直撃する──ダメージはない──だが衝撃で逃亡速度が落ちる。
そこを球磨と熊野が両サイドから挟み込んだ。
既に砲撃もしていた。
「か、
システム強化による身体能力で回避するが、密度が濃すぎて避けきれない。何発か着弾してしまう──尤もダメージはない──なのにガンビア・ベイは、動揺を隠せていない。
「何で、こいつら、イロハ級の雪崩に、潰れている筈じゃ!」
「雪崩? 何のことクマ。あれはせいぜい突風だクマ」
「!?」
その時ガンビア・ベイは状況を呑み込んだ。
イロハ級と顔無しの群れが、想定より遥かに少なくなっている。機雷への自爆で相当数を消耗したとしても、残っている数が少な過ぎる。
何故なんだ、その答えは明らかだ。
「たかがイロハ級。砲撃も普通に通る。で、あれば……あれぐらい減らせて当然。でなければ特務隊は名乗れません……システムがないからといって、ちょっと、舐め過ぎてはありませんか?」
「つっても懲罰部隊だクマ。自慢できないクマ」
「そういうことは言わないのがマナーですわ」
熊野はそう言うと、卯月の方へ目線を向けた。卯月と熊野。二人は同じ『疑念』を抱いていた。それをこの戦闘で証明するのだ。
「──っ!」
もう、苛立つセリフを発する余裕もない。
ガンビア・ベイは全てを放り出し、一目散に逃げだす。ポーラの狙撃が当たろうと、何が当たろうと、魚雷に被弾しようとお構いなし。衝撃でスピードが落ちようが、関係なしに逃げ続ける。
実際ダメージが皆無なのだから、構う理由はない。最大スピードを維持しての逃亡故に、陸上砲台も中々命中しない。
このままでは振り切られる。
そう理解していても、熊野たちは追撃を止めなかった。
だからガンビア・ベイはより恐怖した。
愚行に思えない。何か策があるとしか思えない。
実態の見えない恐怖に逃走速度は更に跳ね上がる。
そしてあるタイミングで、ガンビア・ベイの悪足掻きが完成した。
「クマ!?」
砲撃が艦載機に弾かれた。少しずつ発艦させていた艦載機を、盾代わりに大量密集させたのだ。天敵である秋月は射程距離外。これがある限り砲撃は通らない。せいぜい魚雷だけ。逃亡阻止は不可能だ。
「……なるほど、でしたら、こちらも同じ。まあ作戦と言っても天敵をぶつけるだけなんですけど」
今あいつ何て言った?
その時、ガンビア・ベイに影がさす。
「わたくしの予想通りなら、『彼女』も天敵です」
ガンビア・ベイは基本逃げる。背を向けて逃げる。
だが、背を向けた時、最凶になる艦娘がいた。
彼女は気づくべきだった──今の今まで、『那珂』はどこへ消えていたのか。
「どじゃーん!」
「
どうやって上から来たのか?
理屈は割と単純であった。
今しがた作った艦載機の壁を
問題は、気付けなかった点だった。
そんなことしてれば流石に気づく。なのに察知できなかった。理解できない。何か『能力』を持っているのか。ガンビア・ベイは困惑する。
ジャンプした那珂は、空中からありったけの爆雷を艦載機の壁を投下。
艦載機にとって上は死角、折角形成した壁が破壊される──のも構わず尚逃亡。それだけガンビア・ベイは追い詰められていた。
少し走り、また振り返る。
せめて、敵との距離は把握しておかないと。
そして彼女は再び恐怖する。
「──あの狂人、どこ!?」
真後ろにいた筈なのに那珂が姿を消した。一瞬目を離した隙に何処かへ行ってしまった。消える素振りさえなかったのに。
「だーかーらー、目を離しちゃーダメでしょ!」
「ギャ!?」
那珂が足元から現れた。
しゃがんで、真下に潜んでいたのだ。
意味が分からない、目を離すと消える──目を離すと?
「まさか──いや、それは、もういい!」
ガンビア・ベイは突撃銃で殴りつける、それをバックステップで回避する那珂──入れ違いに球磨が突っ込んでくる。艦載機の壁はさっき壊れた。熊野が少し脇から援護射撃を飛ばす。
「気づいたかクマ。ご褒美にレクチャーだクマ。
「……動揺が見られる。やはりそうなんですね。ちゃんと見続けることに、問題があるんですね?」
背中を向けて逃げたい。
それが重要なのにできない。那珂が問題だ。
今いる場所は分かる、後方へ飛んだから、熊野の後ろにいる。
目を離したら何処へ消えるか予想ができない。追い詰められつつある今、その不確定要素はあまりにヤバい。
「あれも……天敵!」
天敵は二隻いた。
球磨が砲撃を放つ、熊野が援護射撃を放つ。回避以外の選択肢がない。最悪当たらなければどうとでもなる。システムの恩恵を受けた身体能力ならいける。
──しかし彼女は見落としていた。
那珂は、確かに天敵だった。
「コラー! 私のファンだよ、とっちゃダメーっ!」
那珂が砲撃をぶっ放した。
改めて言うが、ガンビア・ベイの前には球磨がいる。
つまり巻き添え確定だ。
「Fiendly fire!? 嘘でしょう!?」
那珂は躊躇なく球磨や熊野ごと砲撃。巻き添え上等の暴挙に、ガンビア・ベイは困惑の淵に叩き込まれる。
その動揺が命取りとなった。
突撃銃を持つ手が、球磨に掴まった。
「あ」
「掴んだク……マっ!」
柔道の要領で、投げ飛ばされる。
引っ繰り返され球磨と位置が逆転する──ということは、その位置に飛んで来た那珂の砲弾は、彼女が受けることになる。
悪足掻きに体勢を捻じ曲げ、『側面』で受け止めようとした。
しかし、やはり砲弾は飛んで来た。
「──ふう、セーフですわ」
熊野が艤装で、自分への誤射を、弾いたからだ。それが直撃コースに乗った。
そして、流れが傾く。
『疑念』があった。
ステルス絡みとは別に最初から『疑念』が渦巻いていた。
艦載機の上で攻防を繰り広げていた時、ガンビア・ベイは卯月の攻撃を
最初は不思議には思わなかったが、戦闘が進むにつれ、『疑念』へ変わっていった。
──あれ防ぐ必要なかったよな、と。
ガンビア・ベイはあらゆる攻撃に対して無敵だった。
金剛達の一斉射も無効化。陸上砲台でやっと。それも多少だし爆速で治療されて終わり。
なら、何で防ぐ必要があったのか。
ていうか何なら回避行動さえ必要ない。無敵なんだから。けど以降も防御したり回避してたりした。ステルスを破壊してから疑念は更に顕在化。那珂の魚雷攻撃を、後頭部で受け止めた時、ほぼ確証へ変わった。
防御しなくてはならないから防御していた。
しかし防御行動をとることがそれの露見に繋がる。
極力回避行動をとっていた理由はそこだ。
「……そ」
けど、その『答え』を見て、卯月は困惑していた。
「そんなパターンありかっぴょん!!!」
ガンビア・ベイの腹部が
流れ弾で飛ばした
つまり、どういうことか。
「
そういうことだった。
「重装甲なのは
熊野の叫びを聞いた大半の反応は困惑だった。
固いのは背中? 正面は貧弱? ナンデ? でも確かに軽巡の砲撃が通った。跳弾だから威力更に低いのに。ってことはマジ?
「身体強化もエネルギー吸収の産物。エネルギーには『量』がある。それを任意の場所に割り振れば、こういうこともできる……ムリだ予想できるかふざけてんのか!後ろはダメです顔と腹は和らないですって、どんな当たり判定なんだぴょん!!」
普通ならその必要がないのだ。全身に隈なく張り巡らせ、万遍なく強化する方が汎用性が高い。
しかしガンビア・ベイの場合は例外。彼女はすぐ逃走する。常に『背中』を見せているのと同じ。だからそっちに全リソースを注ぎ込む方が都合が良い。実際逃走している最中は無敵なのだから。
故に那珂が第二の天敵だった。彼女と相対する場合は、常に視界に収めることを強要される。ガンビア・ベイは後ろ向きでの逃走──正面を敵に見せた状態──を強いられる。
「……あ、うあ……あうあうあうあ」
「あ、なんか壊れた」
ガンビア・ベイは追い詰められた。本当の意味で追い詰められた。腹部の傷は再生能力でもう完治。しかし気づかれた今、この場にいる全員が腹部や顔面目掛けて攻撃してくる。背中の防御力とステルス頼りだった彼女に、全てを回避する技量はない。
「あーっ!」
ヤケクソのように艦載機を展開する。それを突撃──させない。鎧のように全身へ纏う──纏う、纏う、残る全てを纏う。
否、イロハ級が出していた分も含めて、全てを纏い集結させる。
そうしてできた『鎧』は。
「──嘘、やめて」
満潮が青ざめるのも当然。
オリジナルより小さいが、『獣』の姿だったのだから。
が、本物の『獣』が叫ぶ。
「コケ脅しじゃねえかっぴょん! 吹き飛ばしてやる!」
ただのハリボテだ。脅かす為のパチモンだ。
実際その通りであり、駆逐艦主砲で簡単に蹴散らされる。サイズ確保の為密度も薄い。卯月を含めた全員の砲撃で、ハリボテ獣はあっさり散った。
「──は?」
だが
内部にいたガンビア・ベイが、跡形もなく消えていた。
「アイドル勝負の決着はついたのかな? 那珂ちゃんの勝ち?」
「……おいまさか、ステルス機能が復旧したんじゃ」
「ち、違う、違います、まさか、こんな!?」
「慌てんなクマ。説明するクマ」
「あれ! あの、水面!」
熊野が指さした所を見つめる。そこに──チラッと靴底が見えて、水中へ消えた。
ガンビア・ベイの脚部艤装である。
それが、水中へと消えた。
これが何を意味するか。
「潜ったぁぁぁぁ!?」
ガンビア・ベイの最終兵器、潜水しての逃走が、解き放たれた。