前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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加古の梅雨グラを見た瞬間心停止をおこしました。


第22話 羅針

 秋津洲の輸送艇から降下したわたしたちを出迎えたのは、ル級三隻の艦隊だった。

 しかし前科戦線は数分足らずで敵を全滅させる。唖然とする卯月だが、作戦はまだ始まったばかりだった。

 

「あたりに敵は?」

「水偵で見ましたが、いませんでしたわ」

 

 水上偵察機を帰還させた熊野が報告する。とりあえず安心していいってことだ。戦闘の緊張が抜けて、卯月は大きく息を吐く。

 

「こんなので疲れるの、やっぱり雑魚ね」

「ああ?」

 

 満潮を殴りたくなるが、あいにく本当に疲れている。殴るのはまた今度にしてやろう。

 

「秋津洲さんの二式大偵もいませんでしたわ」

「了解クマ」

 

 上を見てもコンバットタロンはいない。あのままいても対空砲火の餌食だ、さっさと撤退したんだろう。

 というか、あそこまで接近しといて無傷。あいつはどんな操縦技量を持ってるんだ? 

 

「で、どうすんの?」

「当然、『進撃』クマ」

 

 球磨が懐から取り出したもの、それはまさに『羅針盤』だった。

 

「お願いクマ」

 

 羅針盤の妖精さんたちは敬礼すると、羅針を回し始める。

 まともな光景ではない。

 言っちゃ悪いが、羅針盤を敵視する人の気持ちが分かる。ふざけてるようにしか見えない。いや妖精さんたちは大真面目なんだろうけど。

 

「出たクマ」

 

 羅針が止まり、方向を示す。

 

「なるほど、効果は出てるクマ」

「どゆことぴょん?」

「卯月を連れてきた意味があった、中佐の狙いは当たってたってことクマ」

 

 球磨は事前に、この海域の資料を読んでいた。

 以前の偵察では羅針盤は逸れ、泊地棲鬼に会えないまま終わっていた。だが今回、羅針はまったく別の方角を向いた。()()が起きたのだ。

 

 以前の偵察と違う要因、それは卯月を除いて他ならない。

 

「ってか、資料は卯月にも渡したはずクマ」

「忘れちったぴょん!」

 

 舌を出しながら明後日の方向を向く。テヘペロというやつだ。

 

「訓練がお望みクマ?」

「まことに大変申し訳ございませんどうかご無礼をお許しください」

 

 訓練は嫌だ。死んでしまう。

 まあ、ブリーフィング中に暴走して資料を読むどころじゃなかったってのも大きいが、言い訳にはならない。

 

「ハァ、とにかく新しいルートが開けたってことクマ。その分なにが出るか分からないクマ、気を引き締めてかかるクマ」

「了解ぴょん」

「それと、ここからは飛鷹さんは全力を出せない。念頭に置くクマ」

「迷惑かけるわ」

 

 なんだろう、なにが事情でもあるのだろうか。

 まあなんでもいい。今はとにかく生き抜くことだけを考えよう。卯月たちは羅針盤に従って動きだす。

 

 パッと見の見た目は、どこも変わらない。

 たまに陸地が見えるぐらいで、あとは地平線が見えるだけ。昔から見てきた海の景色だ。戦争は変わり過ぎたが、戦場は変わっていない。

 

 しかし、近くで見れば異常が分かる。

 海が少しずつ、赤く変色してきている。始めは違和感ぐらいだったのが、赤い絵の具をひっくり返したように赤く、紅く、赫く染まってくる。

 

 威圧感、とでも言えばいいのだろうか。ねっとりとからだに纏わりついてくる。敵意や悪意、怨念や悦楽。とてもじゃないが、良い気分になれない。ここはもう、泊地棲鬼のテリトリーなのだ。

 

「ちょっと、あんたなにしてんのよ」

「は? なにもしてねぇぴょん、言いがかりは止めろぴょん」

「いやホントになにしてんの、隊列よ隊列」

 

 満潮が突っかかって来てるのかと思ったが違った。

 わたしは真ん中ぐらいにいる。そこが一番護りやすいからだ。球磨にそう指示された。しかし今のわたしは、飛び出して最前列に行きかけている。

 

「あ、やべ」

 

 やっぱり苛立ってるのだろう。泊地棲鬼の気配を感じるだけでもストレスが凄まじい。殺意がこころにどんどん根を張っている。自覚し切れてないだけで、そうとうな恨みを抱いているようだ。仲間を皆殺しにされたらそうなるか。

 

「いい加減にしてよ、わたし、あんたを護るなんて絶対嫌なんだけど」

「……あー、悪かったぴょん」

 

 今回はわたしが悪い。素直に謝ることにした。ベロを出して目線を明後日へ向け、首を傾けながら謝る。最上位の謝罪だ。

 満潮の顔に血管が走る。謝るだけマシだと思え。

 

「あんた……」

「メンゴ」

「もういいわ、だけどね、これだけは言っとくわ」

 

 満潮はわたしの方を向き、敵意に満ちた顔で指を突き立てる。

 

「あんた、絶対に出しゃばんないでよね」

「どーゆー意味ぴょん」

「まんまよ、泊地棲鬼が『仇』だからって、過ぎた真似は許さないわ」

 

 なんだとテメェ、お前なんぞに言われる筋合いはない。殴ってやる。

 いや待て。『仇』って言ったのか? 

 なんで満潮は、泊地棲鬼が仇だと知っている。

 

「その話、誰から聞いたぴょん」

「不知火からよ、というか全員知ってるわよ」

「え、なんでぴょん!?」

 

 勝手に前科を漏らさないのがここのルールじゃなかったのか。秘書艦の不知火がルール違反してたら駄目じゃないか。

 

「なんでって……ブリーフィングであそこまでやって、なにも説明しないで済むわけないじゃない」

「あ……」

「あんたの暴走について、不知火から説明して貰ったのよ」

 

 極めて遺憾だが満潮の言うとおりだ。

 突然暴走する輩と一緒には戦えない。せめて暴走の理由が分かっていなければ。だから不知火は全員に説明したのだ。

 

「ってことは、うーちゃんが冤罪だってことも?」

「ええ、ま、ホントかウソかはどうでもいいけど」

「このうーちゃん、嘘はつかないのが信条だぴょん」

「どうだか」

 

 本当だ。冤罪を負わされてなお、嘘つきでいられるほど図太くはない。嘘についてはだいぶ嫌いな性格だとわたしは自負している。

 

「まあそんなこはどーでもいいのよ」

「よかねぇぴょん」

「高宮中佐がどう言ったかは知らないけど、あんたはあくまで、泊地棲鬼に辿り着くための(えにし)でスカウトされただけなの」

「知ってるぴょん、で、なにぴょん」

「だから()()()()()()って言ってんの。あんたはそこにいれば良い、戦力にはならない足を引っ張るだけ、だから()()()()()()

 

 言うだけ言って、満潮は自分の場所へ戻っていった。

 卯月は怒りと怨念に満ちた目で満潮を睨む。だが反論は一切しなかった。すべて事実だからだ。あくまで縁、戦力としては計算外、そんなのさっき自覚した。

 

「……この卯月を舐めるなぴょん」

 

 ボソッと呟く。

 その通りだ、わたしは泊地棲鬼に縁があった、だから命を拾われた。

 高宮中佐はそれだけじゃないと言ったけど、本心は分からない。

 

 だけどわたしは生き長らえた。

 チャンスが来るかは運だ、重要なのはその運を逃がさないか。わたしは逃がさない、運ばれた命を物にしてみせる。

 

 

 

 

 とか言ってたけどさっそく死にそうなうーちゃんでございます。

 

「もうイヤっ!」

 

 頭を掻きむしりながら、半泣きで砲撃を撃つ。とにかく撃つ、牽制にさえなればそれで十分だ。

 

 卯月たちは遭遇した敵艦隊と戦っていた。それだけなら別に問題じゃない。さすがに駆逐艦だけの水雷戦隊にぼろ負けする気はない。

 

 ただ量が多かった。

 今戦ってる艦隊で、もう八戦目だった。遭遇する敵の数が尋常じゃなかった。とにもかくにも戦闘回数が多過ぎた。

 

「敵艦全滅、勝ったクマ」

 

 球磨の言うとおり周囲には残骸しかない。卯月は逃げ回ってるだけ、戦闘は球磨たちがしてくれていた。

 つまり逃げるだけでこの疲労なのだ。出しゃばるどころの話じゃない、そんな余裕はどこにもなかった。

 

「生きていますか、卯月さん?」

「てきが、てきが、多いっぴょん」

「それがわたくしたちの任務ですから」

 

 羅針盤を完成させるのだから、あらゆる場所へ無情報で突撃しないといけない。戦闘回数も増える。当たり前だが、実際やってみるとかなりキツイ。体力が持ちそうにない。ちょっと本気で不味くなってきた。

 

「球磨さん、卯月さんが限界の様子ですわ」

「敵は?」

「いませんわ」

「なら休むクマ、休める時は休むクマ」

 

 助かった。というわけで休憩だ。

 といっても近くに陸地はなかった。岩礁の隙間に身を隠しながら軽食をとる。体感的にはお昼ぐらいか。小腹も空いていたので丁度良い。

 

「つ、疲れたぴょん」

「お疲れさまですわ、まだまだこれからですけれども」

「ひぎぃ」

 

 本命の泊地棲鬼に遭遇してもいない。熊野の言う通りだ。

 

「でもまあ、以前よりマシなのは確かなようですわね」

「ねぇ熊野さん、泊地棲鬼ってそんなに見つからないのかぴょん」

「ええ、とんでもなく見つからない姫でしたの」

 

 前科戦線が出る前にもなんどか偵察隊は送られたが、ことごとく遭遇できなかったとか。

 羅針盤が思い通りにならないのはよくあることだが、ここまで上手くいかないのは初めてなんだとか。

 

「そもそも泊地棲鬼じたい、発見例がほとんどなかったような……何回でしたっけ那珂さん?」

「え? えーと……たしか、に、二回じゃなかっけ」

「へー、じゃあそれだけ強いってことかぴょん」

 

 数が少ない方が強い。定番の設定だ。

 ほかの姫級が弱いとは言わないが、泊地棲鬼はそいつらより強いのだ。たった二回しか出てないなら。

 

「なんて殺しがいのあるやつだぴょん」

「いえ、むしろ最弱だった気が」

「ははは、冗談は嫌いだぴょん」

「本当ですわ、十中八九もて余すかと」

「まったく手応えないらしいよ? 那珂ちゃん当時建造されてないから、言伝てだけど」

 

 嘘だろ。卯月は口をあんぐりあけて崩れ落ちた。

 

「そもそも泊地棲鬼は世界で初めて観測された『姫・鬼級』、当時こそすごかったですけども、今となっては……」

「弱すぎて使えないから、全然現れないって話も聞いたよー」

 

 所詮パワーインフレである。泊地棲鬼が弱いのではなく、後続の姫が強すぎたのだ。

 深海棲艦の出現メカニズムには謎が多いが、泊地棲鬼の個体数が少ないのには、そんな仮説がある。

 

「……待って、じゃあ、なんでそんな最弱の姫にうーちゃんの鎮守府は滅ぼされたぴょん」

 

 神鎮守府にはベテラン艦娘も大勢いた。最弱の姫に一方的に蹂躙されたなんて納得できない。

 

「ですから、完璧な奇襲が成されたと、中佐もおっしゃってたではありませんか」

「うーん、釈然としないぴょん」

 

 こんな言い方アレだが、どうせ仇なら強くあってほしかった。

 あっさり終わったら、この報復心の行き場がない。たっぷり痛め付けたいから、簡単に死なないで欲しがった。

 

 まあ良いけど。強すぎたらそれはそれで問題だ。

 その辺のSFが可愛く見えるモンスターが出たらたまったもんじゃない。あくまで個人的要望に過ぎない。

 

「全員、食事中断、見つかった!」

「え!? まだ食べきってな」

「ではわたくしが」

 

 パクっと一口で持ってかれた。熊野がごちそうさまとお礼を言った。

 じゃあこっちはお礼参りだ。

 

「ゆるさん!」

「ふざけたらぶっ飛ばすクマ!」

「そんな!」

 

 悲鳴をあげるわたし。満潮と目があった。

 

「はっ」

 

 失笑、軽蔑、侮蔑。やはり満潮は殺さねば。場合によっちゃ泊地棲鬼より優先度は高い。

 

 と、その奥敵艦隊が見えた。

 空母棲姫、空母棲鬼、空母棲鬼が並んでいた。見間違いではない。制空権は死んだ。

 

ハズレの海流(お仕置きマス)だったかクマ」

「よくある話かぴょん?」

「この海域全部回らないと、羅針盤は完成しませんのよ」

 

 よくあるというか必然、必要なこと。

 熊野は暗にそう告げる。まず生き延びなければ話にならない。ならないが、わたしはダメかもしれない。

 

 

 

 

 空母棲姫の艦隊は数分で吹っ飛ばされた。信じがたい光景だった。わたしたち前科戦線は、さらに奥の海域へ進んでいた。正午は超え、夕方が近づきつつある。

 

「う、卯月ちゃん大丈夫?」

 

 そしてわたしは死んでいた。

 

「…………」

 

 言葉も出ない。

 ゾンビというのは、死後も働かされる一種の懲罰と聞いた。そんな気持ちだ。生命維持の限界を超えても、止まることを許されない。

 

「ホント足手まといね」

「う、る、せぇ、ぴょん……」

「それでもぴょんはとれないのね」

 

 なんなんでしょうねこの口癖。わたしが聞きたいぐらいだ。まあそんな余裕があるんだから、まだ動けるとは思うけど。でもやっぱり辛い。

 

 当然だった。空母棲姫の群れのあとも深海棲艦は次から次へと襲ってきた。かれこれ七連戦はしたんじゃないだろうか。戦艦部隊水雷戦隊潜水艦部隊と種類も豊富。死に方を選ぶにはきっと困らない。いや死なんけど。

 

「ねー、あとどれぐらい。もうじき夜になっちゃうけど。ちょっと那珂ちゃんピンチだよ?」

 

 夜戦になることを、那珂ちゃんは警戒しているようだ。

 夜戦は危険だ。問答無用で接近戦になるし、その分誤射も至近弾も増える。強硬偵察でやっていい戦いじゃない。

 

「あと少しクマ、予定通りなら、もうじき見えるはずクマ」

「見えるって、なんのこと……ぴょ……」

 

 ああ、本当だ。見えた、確かに()()()。地平線の彼方に僅かだけと見えた。

 

 海が真っ赤なせいで違って見えるけど、あの形は忘れられない。

 訓練から帰った時、皆と帰った時、なんども視た建物の姿。わたしはこの光景を覚えている。

 

「飛鷹さん、もしかして」

「ええ、そうよ、あそこが『神鎮守府』、元だけどね」

 

 帰ってきたのか、わたしの鎮守府に。

 複雑な思いが胸を過る。いったいどれだけの仲間があそこに埋まってるのか、わたしが生き残ったことをどう思ってるのか。無駄なことを考えずにはいられない。

 

「警戒するクマ、ここはもう、泊地棲鬼の本拠地クマ」

「やっと到達したってことね、あいつの中枢に」

「うーちゃんの『縁』が役立ったってことかぴょん」

「ああ、そうだクマ。これで任務は一つ完了クマ。あとは特効の調査だけクマ。遭遇する前にとっとと撤退クマ」

 

 今まで誰もこれなかった場所に、わたしがいたおかげで来れた。

 任務の目的は中枢への到達ルートを発見すること。これで羅針盤は完成だ。あとは『特効』だが、そっちの調べ方はどうするんだろうか。

 

 まあなにか方法があるのだろう。それは他に任せよう、指示があったら従えばいい。

 もう少し見ていたい。誰もいなくても、わたしが始めて暮らした場所を。卯月はまた神鎮守府を眺める。

 

 地平線の鎮守府が夕日に照らされている。夢幻のように陽炎で揺れる。

 

 陽炎の中に、黒点が見えた。

 

「ん?」

 

 黒点が消えた。いや黒い影だったような。もう見えない、見間違いだろうか。

 

 

 

 

「マサカ、我ガ領海ニ、『到達』スルトハナ」

 

 

 

 

 背後から耳打ちしてきた。エコーのかかった不気味な声。

 わたしは覚えていない。でもこころが覚えていた。この声をわたしは、わたしは知っている。忘れるはずがない、この声は! 

 

「コノサキヘハ、通サンゾ、侵略者ドモ。コノ『泊地棲鬼』ガ沈メテヤル」

 

 殺意が爆発する。頭が突沸する。巨大な獣に跨る泊地棲鬼が、背後でわたしを見下ろしていた。




参考:泊地棲鬼到達までの交戦記録
1:徹子の部屋
2:PTの群れ+戦艦部隊
3:空母おばさん軍団
4:レレレ
5:イ級×50+渦潮
6:潜水幼女×5
7:空襲+レーダー射撃マス
8:ボスマス
ここまで中破以上なし。ただし卯月は赤疲労。
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