艦隊は夜明けを迎えていた。
誰一人欠けることなく、無事に朝を迎えることができた。それはとても喜ばしいことだ。
しかし、全員ある意味では死んでいた。
「あ゛ー……」
死んだ目で砲台に寄りかかり、呻き声を上げている。なんと松である。他のメンバーも似たようなもの。死んだ目でぐったり力尽きている。
「びょびょ……ん」
前科戦線のメンバーも例外ではない。その辺に横たわり、溜息を何度も繰り返しながらぶっ倒れている。
動けなかった。動きたくても身体が動かないのだ。
対ガンビア・ベイは、あまりにも神経をすり減らす戦いだった。
見えない攻撃に対処する、のは分かる。視界外からの攻撃を警戒するのは当たり前だ。
だが、見えてない攻撃に対処したことはなかった。見えてる光景を疑いながら、死角からの攻撃にも備える。
ハッキリいって、滅茶苦茶神経がすり減った。今までにないとんでもない疲労感に襲われたのだった。
『はーい、疲れてるところ悪いけど、撤収作業早めにお願いすねー』
それでも、疲れた身体を引きずりながら、作業ができるのは、流石と言ったところ。普段からこういう作業を行っている証拠だ。
尚、卯月を含む何人かは参加していない。
特別待遇、とかではない。負傷が重い者は、絶対安静が命じられている。
暴れ回っていたので忘れがちだが、卯月だって脇腹を抉られ、内臓へ到達するダメージを負っている。戦いに勝ったのに、事後処理に耐え切れず絶命なんてこと、誰も許さない。
「……とはいえ、眺めてるだけってのは、暇だぴょん」
「暇、じゃあないの。一応ガンビア・ベイが逃げないか、監視するって名目があるんだから」
「名目は名目だぴょん……寝たい、眠い、休みたい……けど戦闘のテンションのせいで、寝れない、ぴょん」
「はぁ……だったらそれで起きてなさいよ」
「ぬぅ」
ちなみに、秋月とか他の何人かは、疲労と緊張に耐え切れず寝落ちしてしまった。他のメンバーもうつらうつらとしている。まともに起きて、監視しているのは卯月と満潮ぐらいだ。
「仮に目を覚ましても、逃げられやしないぴょん」
「……であって欲しいわ。コイツのことだから、何か想像もできない奇天烈な方法で、脱出しそう」
「ああ、分かるぴょん……」
最後、金剛と比叡により、気絶したガンビア・ベイ。
彼女は──まあ当然拘束されている。
ほぼ繭。手足も首も、思い当たる箇所全てが、鎖でぐるぐる巻きになって、拘束されていた。
これでも尚、足りないと思わせる辺り、凄まじい性質の悪さであるが。
「ヘーイ、二人共、お疲れ様デース!」
「お、大声出すなっぴょん……脳味噌に負担かけないで、だぴょん」
「オウ、ソーリーネ」
「む! 折角お姉さまが飲み物を持ってきて下さったのに、その態度は何ですか!」
「頭ァ……止めて……マジでぇ」
でも飲み物はありがたいので頂く。ストロー付きで飲みやすい。ボトルの中身はレモン味のラムネだ。しゅわしゅわとした味わいは、疲労回復に良い……気がする。
「アンタ達は撤収作業しなくていいの?」
「戦艦まで必要な場面は殆どないですから。なのでこうして、優しいお姉さまは、皆を労っているんです」
「労うって、そこまでのことじゃないネー。お疲れ様って気持ちデース」
「ふーん、そう、ご馳走様……美味しかったわ」
「……フフ、センキューデース」
空の容器を回収した金剛は、そのまま卯月達の横に座り込む。飲み物も粗方配り終え、本当に暇になった。
なので、雑談だ。
久々の再会なので、色々話したいとは思っていた。さっきまではガンビア・ベイへの準備があったが、今は時間がある。
「最後、空砲だったけど、あれは指示があったのかっぴょん?」
卯月はそれがちょっと気になっていた。当初の目的では、ガンビア・ベイの抹殺が最優先。生きて確保するのは
「いや、私達の独断……って言うのも変?」
「咄嗟の判断、と言ってください。あの場でそう決めたんです。まあ空砲にした理由は、それなりにありますけど」
絶対に逃がさない為、砲身を突き立てた。
だが、この状態で砲撃してしまえば、砲身がぐちゃぐちゃになってしまう。杭替わりの砲身が砕ければ、逃げ出すかもしれない。砲撃だと弾切れの心配もあった。弾が足りてもガンビア・ベイを殺してしまう。
けど、空砲ぐらいなら、砲身は持つかもしれない。気絶するまで撃つ──という調整が効くかもしれない。
だから、咄嗟に空砲へ切り替えたのだ。
結果として、殺害することなく、捕縛に成功。金剛達の独断は正解だったと言える。
「……で、こいつ、どうするんですか?」
「まあ、とりあえず艤装……か体内にあるシステムを取り除いて、洗脳から解放してから、情報をあれこれ聞き出す筈よ」
「情報残ってない気がするぴょん」
「だとしても、しないよりマシよ」
|D-ABYSS
「んー、でも、残ってたら……かなりラッキーな気がするネー」
「どゆこと?」
「秋月や最上より、ガンビア・ベイは格上。顔無しの原料になる艦娘の確保っていう、重要任務を請け負っていたんだから、より大事な情報を知ってる筈デース」
「……確かに」
現状、『黒幕』──もしくはそれに近い標的は、泊地水鬼だ。
しかし、それは一人からの情報。確実とは言えない。ガンビア・ベイから情報を得れれば、より最終目的がハッキリする。
残る洗脳艦娘は、瑞鶴とウォースパイトの二隻。
彼女達を倒しても、『黒幕』を始末しなければ何の意味もないのだから。
「ま、今できることはないぴょん……する気力もない」
「それは同感……疲れた本当に疲れた。もうダメ動きたくない」
「うん、ケガも酷いし、休んでてください」
「いや、それは微妙デース」
「へ?」
「おしゃべりしてた方が、痛みが紛れる筈デース。という訳で、私達は引き上げるデース」
金剛達はそう言って、撤収作業や他の仕事へ戻っていった。それと入れ違いで、何人かの影がやってくる。誰が来たのかは察せられた。
「おう、お疲れさま」
竹が声をかけてくる。彼女と一緒に松も来た。
「寝たいのに傷が痛くて寝れない。ヘルプミーだぴょん」
「諦めろ」
「即答しなくても……」
「戦場では、その傷で動き回ってたじゃない」
「痛みを殺す技術があるからだぴょん……非戦闘状態で使うもんじゃないぴょん」
完全なる殺意があれば、痛みを無視できる。痛みを感じないのではなく、『苦痛』として感じなくできる。
だが、普段使いするものではない。
前に言われたことを、多少なりとも覚えている。『殺意』の乱用は危険だ。控える時は控えるべきだ。
でもやっぱ使いたいです。お腹凄い痛い。
「内臓がちょっと飛び出るダメージで、そもそも動かないで……って言いたいけど、今更しょうがないか」
「このアホはそんな注意聞かないから大丈夫よ」
「何てことを言うんだぴょん!」
「じゃあ、聞くの?」
「あっところで桃は何処だぴょん。見当たらないけど」
露骨に話を逸らした。満潮も松も文句を言いたげな顔だ。けどそれは無視させてもらう。自覚はしているのだ。
「桃なら、那珂さんとアイドル談義してる。関わらない方が賢明よ。多分死ぬ」
「死ぬって、具体的に」
松は悲哀に満ちた目線を向ける。
那珂と桃の間に、何故か大井がいた。たまたま巻き込まれた模様。
ちなみに──今回の戦闘だが、大井は後方で砲座担当だった。
ステルス迷彩装備の敵。しかも乱戦確定。雷巡が活躍できる戦場ではなかった為の処置である。
「北上さん……わたしを、わたしを殺してください……」
いったい何時持ち込んだのか。飛鷹は着せ替え人形と化している。どうしてこんな事になってしまったのか。飛鷹の眼は死んだ魚のよう。
「魔法少女の衣装なんてどうやって持ち込んだんだ……」
「どう?」
「うん。死ぬぴょん」
飛鷹が死ぬ度に、那珂と桃の体力はみるみる回復していく。なんかキラキラしたオーラまで見えてきた。特殊な吸血鬼か何かだろうか? 触らぬ神になんとやら。飛鷹は犠牲になったのだ……卯月は近づくまいと誓う。
「……那珂、で思ったんだけどよ。あいつ大丈夫なのか?」
「何の話だぴょん」
「アレだよ。ほら、球磨さんとかが射線上にいたのに、あの人気にせずに……」
「ああ、そっち」
確かに、あれはビックリした。
雰囲気で感じたが、作戦とかそういうのではなさそう。那珂は本当に味方を巻き添えにするつもりで攻撃していた。
あんな彼女を見たのは、卯月は初めてだった……いや、奇怪な存在を見るのは、これが初めてではないけど
この事から考えると、那珂の『前科』の想像ができる。
けど、追及の必要はない。
「何かしら問題抱えてるんだろうけど、気にするような事じゃないぴょん。それにこっちのルールだけど、そういうのは禁止だぴょん」
「ルールって?」
「相手の前科を探るのは禁止っていう、暗黙の了解。そういうのが
「ああ、なるほど」
その意を汲んで、竹もこれ以上、前科については聞かなかった。
少しの間、沈黙が流れる。
言おうか言うまいか、ちょっと悩んでそうな雰囲気だ。
「あー、身体、大丈夫なんだよな……?」
「身体?」
「ほら、あれ、何かドラゴンになってた時。後遺症とか、目の変化以外に、特にないよなって」
「大丈夫……な筈だぴょん」
情緒が死んだぐらい。人間性まで失ってないから大丈夫。
多分だけど。
「卯月さんはどういう方向へ向かってるのかな……」
「言い返しにくいこと言わないで欲しいぴょん」
んなこた自分が一番分かってる。なあなあに受け入れてるけど、なんだよ獣って。なんだよレーダーって。艦娘どころかまともな生命体からも解脱してる気がしてならない。
「平気よ」
「……満潮?」
「あの程度じゃ化け物とは言わないから」
「あれで化け物じゃないって」
「断言する。化け物ってのは、もっとしっちゃかめっちゃかな奴のことを言うの」
何だろうか、断言したのが気になる。
慰めの台詞ではない。『本物の化け物』を知っているかのような発言だ。
「まあ、いいさ、無事だってんならそれで。顔見知りが消えるのは嫌な気分だからな。艦娘になってからは、幸い未経験だけどさ」
「状況的に仕方がないとは思うけど、ムリはしないでね」
「……うん、ありがとぴょん」
今のわたしは、ちゃんと悲しめるのだろうか?
獣化する前は喜怒哀楽があった。昔の鎮守府の仲間たち──菊月とか──と会えないのは、とても哀しいと思った。
しかし、獣化以降私の情緒は死んだ。誰かが死んでも悲しめるか自信が持てない。
試してみようだなんて、思いさえしないけど。
ふと気づく。松と竹がコソコソ話してる。
「……あとはアレだよな」
「ええ、どうしようか竹。言うべき?」
「言わなくても、どっかで知っちまいそうだが……でもこの状況でなぁ……」
そういえば、私の異常聴覚って、説明してたっけ。
コソコソ話が全部丸聞こえ。
いったい二人は何について話し合っているのだろう。
暫く待っても会議は終わらない。自分から聞こうとした時、足音が四人分聞こえた。
「……いた」
「あー、やっと、見つけた……」
「弥生、と、望月?」
やって来たのは睦月型ご一行だ。
「戦闘お疲れだぴょん」
「あ、うん、お疲れ……じゃ、なくて」
「ちょっと、卯月ちゃんとも、お話をしたくてね。そんなに時間はないけれど」
「……ああ、大丈夫だぴょん」
彼女達は、前藤鎮守府を訪れた時、食事にカミソリを入れやがった連中だ。裏切者のクズ認識されていたが故に、仕方のないことだ。
……何を言われるのやら。
松達は、冤罪だと知っている。
しかし睦月達は、冤罪だと知らない──真実かに疑いは持っているが──本当に虐殺をしたと認識している。
前は、身を挺して戦ったお陰で信じて貰えたが、今回はどうだろうか。
獣となって、大量虐殺を本当にしてしまった。取り返しがつかないことだ。カミソリを食わされやしないだろうが、もう本当に拒絶されるかもしれない。
「悪逆無道の卯月に聞きたいことがあって」
「待って待って待ってストップストップストップ」
それどころじゃなくなった。今睦月明らかに変なこと言ったぞ。
「睦月お姉ちゃん、もっかい言って?」
「悪逆無道の」
「それはなんだぴょん! 悪逆無道!? どっからそんな単語が出てきたぴょん!」
「えーっと」
「卯月氏の二つ名でっせ」
スタスタ歩いてきた秘書官:漣が、苦笑いを浮かべて教えてくれた。
「あ、俺たち仕事だわ」
「じゃねー」
松と竹は
「ふたつな……?」
「うん。卯月氏だけど、そこら中の鎮守府で名前知られてる。『悪逆無道の卯月』って……いやぁ、クールな称号ですな!」
よし、どっかで運の値再計測しよう。
漣にパイルドライバーを決めながら、卯月は強く決意した。