卯月の眼前で、泊地棲鬼が炎に包まれていく。
燃料に引火した炎が、砕けた装甲の隙間から溢れ出す。高熱に晒された血は気化して、赤い水蒸気に変わる。
ひしゃげた装甲は機能を失い、逃がすべきエネルギーが逃げなくなる。内部爆発の衝撃をモロに受けて、花火のように泊地棲鬼の体が弾け飛んでいく。
「きたねぇ花火ぴょん」
しかし、塵一片の同情も湧かなかった。
「ワ、タシガ、コノヨウナ、雑魚ニ……」
「さっさとくたばれぴょん」
「ガハッ!?」
燃える体に爆雷を投げつける。引火して爆発すると、泊地棲鬼の体が抉れた。死体蹴りというやつだ。
とても
でも関係ない。こいつは泊地棲鬼だからだ。
どれだけ痛めつけても足りない。殴っても蹴っても、暴力的衝動が止まらない。一方的になぶっても満足できない、嫌悪感がむしろ膨れ上がってく。
「……ク、クク」
「笑ってんのか? 気でも狂ったかぴょん?」
「ソレデ、仇討チノ、ツモリカ……?」
燃えてんのによく喋れるな。いっそ感心できる。嫌悪感はより増えたけど。早く死んでくれないだろうか。
「イイダロウ、今回ハ、ワタシノ『敗北』ダ……ソノ報酬ニ、『警告』ヲヤロウ」
「『警告』ぅ?」
「ソノ仇討チノ、果テニアル、『敵』ハ……」
なんだ、果てだと?
泊地棲鬼では終わらないって意味か? 顔をしかめる卯月を見て、泊地棲鬼は、もっとも邪悪に嗤った。
「ソウダ、『敵』トハ──」
「うーちゃん、危ないわっ!」
「ッ!?」
飛鷹さんが、とつぜんわたしと泊地棲鬼に割り込んできた。同時に大量の爆撃を、泊地棲鬼に浴びせたのだ。
凄まじい爆炎だった。泊地棲鬼はいっさい見えない。衝撃波に転んでしまう。
「なにすんだぴょん!」
「いま、泊地棲鬼は雷撃を撃とうとしてたわ。うーちゃんあなたに向けて」
「……まじかぴょん」
ということは、最後のアレは、
意味深な言葉で気を引いて、雷撃を確実にぶち当てようとしてたってわけだ。最後までクソみたいなやつだった。
そう、最後だ。
「……終った、ぴょん?」
わたしの仇討ちは、これで終った。
神鎮守府を襲った泊地棲鬼はどう見ても沈んだ。突然の戦いは、もう終った。
「いいや、まだクマ」
独り言を聞いてた球磨が否定した。
「まだ、海が赤いクマ」
「……で、まだってのは?」
「泊地棲鬼はまだ健在だクマ」
「出てきやがれクソ女! 首をぶっこぬいてやるぴょん!」
言ってみたけど出てこなかった。そりゃそうだ、さすがに分かる。これで出てきたら苦労が台無しだ。
「中枢の姫──今回は泊地棲鬼を沈めれば、海は青に戻るクマ」
「でも、赤いままぴょん」
「そう、だから泊地棲鬼は生きてるクマ」
嘘だろ。あんな派手に燃えたのに生きてんのかよ。なんて意地汚い奴、早く死ねばいいのに。
「まあ、姫はだいたいそうクマ。なんどもなんども、何回も何回も叩いてやっと『浄化』できるクマ」
「なんでそんなしつこいんだぴょん」
「死んでも、支配してる海のエネルギーで復活しちゃうんだクマ。それが枯渇するまで沈めないと……」
姫は『心臓』であり、海は『体』だ。
けど、そこには怨念が『血肉』として循環している。それがこの巨大な怪物の生命を維持しているのだ。
「じゃあまた殴りにくるぴょん」
「いや、こっからは本隊の仕事クマ。今回はなし崩しで戦ったけど」
「……もう殺せないぴょん?」
「球磨たちの任務は、あくまで強行偵察クマ。仇討ちはこれで打ち切りクマ」
ダメってことだ。
なんとの歯がゆい。仇がすぐそこにいるのに帰るしかないとは。いや、本来戦えなかったのが、なし崩しでも戦えただけマシと考えるべきか。
「いまの状態で復活されたら、勝ち目がないクマ。目的は達成、今日は帰投クマ」
全員ヘロヘロだった。予期せぬ戦闘に体力も燃料もギリギリだ。かくゆうわたしも全部限界だ。気を抜いたら気絶しかねない。もう一戦、なんて力は残ってなかった。
しかし、やりたいことが、もう一つだけあった。
「あの、球磨、ちょっとだけなんだけど……」
「どーしたクマ」
「鎮守府、寄っちゃダメぴょん?」
できれば行きたい。あそこで大勢の仲間が殺されてしまった。近くでその跡を見て、こころに刻みたい。みんなの平穏を祈りたかった。
「……あいにく、それは不可能クマ」
「……不可能? 『ダメ』じゃなくて?」
妙な言い回しが引っ掛かる。規則が理由ならダメとか、許可できないって言うもんだ。
なのに不可能と言った。どういうことだ。
「あれを見るクマ」
「あれって、鎮守府を?」
「そうクマ、どう見えるクマ」
渡された双眼鏡で見てみた。鎮守府は鎮守府だろう。廃墟だけど。けど、その実態を見た。
「ひっ!?」
生理的嫌悪感が、込み上げる。
鎮守府は『真っ赤』だった。
どういえばいいのか。案外建物とかの原型は保ってる。でも真っ赤だった。
全部が全部、赤錆に覆われている。もしくは剥き出しの腐った肉片に変わってる。悪性の腫瘍が、全身に転移したように。しかも蠢いてる。ウネウネニチャニチャと。
こんなんじゃ、ない。
わたしのいた場所は、絶対にこんなところじゃなかった。どうしてこんなホラーな光景に。
「これが、深海棲艦クマ」
「ど、どーゆーことぴょん」
「深海棲艦に侵食された海は赤くなるクマ、陸地は
「そんな、あんなことに」
「浄化できても、人が住めるまでには……早くて半世紀かかるクマ」
核汚染のほうがまだ早く除染できるのに。あんまりな光景に絶句するしかない。
「艦娘もヤバいクマ、あそこはいま、ありとあらゆる呪詛の温床クマ」
「トンでもねえクソ生物ぴょん……歩く核汚染って……」
「と、言うわけで、いま鎮守府跡地は重汚染立入禁止区域、入ったら即死……できりゃ幸福クマ」
「運が悪いと?」
「深海棲艦に変異するか、半端な状態で永遠に辺獄をさ迷うか、あっちに連れてかれるか……」
エクストリーム過ぎる。ヤバすぎるだろ深海棲艦。土地を汚染しただけでこの被害って。これを相手に人類は戦ってきたのか。色んな意味で感心する。
「不可能って意味が、分かったクマ?」
「ショボーン、だぴょん」
「こっからでも冥福は祈れるクマ、しょうがないクマ」
その通りだ、このさい距離は関係ない。卯月は目を閉じて、みんながせめて、穏やかに眠れることを祈った。
「さて、ちょっと、いやだいぶ急がないとヤバいクマ」
「……げ、これかなり不味いわよ!?」
「泊地棲鬼と戦ったロスタイムが、響いてるクマ」
満潮が時計を見て声を荒げた。アレが焦るのは珍しい。しかし、戦いが終ったのになにを急ぐのか。
「全員急いで撤退クマ、このままじゃランデブーポイントまで間に合わないクマ!」
「あ、ちょっとだけお待ちを!」
「待たんクマ、追ってくるクマ!」
熊野を置いて、球磨が動き出した。満潮や飛鷹さんも同じだ、かなりヤバそうな顔をしてる。わたしも合わせて、機関出力全開で走り出す。
「お待ちくださいなー!」
遅れてた熊野もすぐ追い付く。なにしてたのか知らないが。
「熊野、なんでこんな、急いでるぴょん」
「え? ああ、わたくしたち帰るときも、秋津洲さんに回収していただきますの」
「へー」
そりゃそうだ。直で帰ってもお迎えは機雷だけ。お帰りの代わりに爆発を浴びる羽目になる。
行きと同じく、空路で帰るって訳だ。
「で、回収時刻は事前に決まってますの。その時間が迫ってるから、急いでるのですわ」
「なるほど」
「ただ、秋津洲さん、一分でも時間過ぎたら、行ってしまうんです。わたくしたちを置き去りにして!」
酷ぇ!
と思ったけど、しょうがないんじゃないか。秋津洲が飛んでるのは危険な空域だ。のんきに飛び続けて撃墜なんて方がシャレにならない。
「言っときますけど、安全が確保されたエリアでも、あの人帰りますからね!」
そう思ってた時期がうーちゃんにもありました。
「なんで!?」
「知りませんわよ! 『大偵ちゃんを危険に晒すことは許せない』とか言ってましたが!」
「だからあれは大偵じゃないぴょん!」
「知りませんわ、とにかくそういう理由ですの! 前置いてかれて、酷い目にあったんですのよ!」
あとで聞いたが、その時は三日三晩深海棲艦に追い駆けられた末に、近くの陸地に這い上がって生き残ったらしい。食料もなくなり、その辺の無人島にいた虫とか鳥とかを喰う羽目になったとか。
「ちなみに遅れた理由は?」
「ポーラさんが泥酔して迷子になったのを探したからですわ」
「ポーラァ!」
またポーラの知らないところで評価が下がった。すべて自業自得であった。
ちなみに今現在ポーラは浴場で酒を呷りながらお昼寝タイムである。緊急入渠となったのはもはや言うまでもない。
更に速度を速め、秋津洲とのランデブーポイントが見えた。しかし、輸送艇は既に上昇を始めていたのだ。
ギリギリ間に合わなかった。具体的には50秒の遅れである。周囲に敵はいないが、秋津洲は躊躇なく帰ろうとしていた。
「やばい! 秋津洲ちゃん離陸してるよ!」
「全員碇を投げつけるクマ! 絶対に逃亡を許すなクマー!」
「うおおお!」
下手すりゃ泊地棲鬼戦より鬼気迫る様子で、秋津洲を引き摺り降ろそうとする面々。卯月も半ばノリで碇を投げる。
とても復讐を終えたとは思えない、グダグダな空気を背負い、初陣は終わった。
*
「気持ち悪いぴょん」
秋津洲の輸送艇で、卯月は顔を青くしていた。行きと同じだ、そう簡単に慣れない。
「早く帰りたいぴょん、全然進んでない気がするぴょん」
「けっこう進んでるけど」
「下痢気味のお腹を抱えて電車に乗るサラリーマンの気分だぴょん」
「やけに細かい例えだね……」
どうすることもできない。那珂に膝枕をしてもらってるが、それでも吐き気は収まらなかった。
なにか、なにか気をまぎらわすものはないのか。卯月は周囲を見渡す。
球磨は寝てる。熊野はなんかソワソワしてる。那珂ちゃんは膝枕、満潮は知らん。飛鷹さんは──折り紙みたいなものを飛ばしていた。
「ひよーさん、なにしてるぴょん」
「お仕事」
「へー」
会話は終った。短い会話だった。
「えいっ」
飛鷹さんが指を動かすと、人形の紙が飛んだ。わたしのおでこにぶつかった。微妙に痛い。
「痛いぴょん」
「どう、わたしの『式神』は」
「し、式神?」
式神ってのは、たしか使い魔みたいな存在だ。細かいところは知らないけど。
意外……ではない。そもそも艦娘がオカルト極まってる。使い魔なら妖精さんがいる。そういうのもあるか。というのが正直な感想だ。
「これが一番大事な仕事なのよ。わたしたちはこれで『特効』を調べてるの」
「なるほど、分からん」
「例えばね、これを見て」
式神は何体かいた。そのなかでも一番光ってるのがいる。キラキラしてるようにも見える。
「これはうーちゃんよ」
飛鷹さんはどうしたんだ? さっきから変なことばかり。飛鷹さんが狂ったらわたしは誰を頼りにいきればいいんだ。危機感が溢れだしてきた。
「飛鷹さん、ごめんぴょん、うーちゃんもっとちゃんとするから、お願いだからまともでいてぴょん」
「うん、まずわたしの話を聞いてね?」
「……ぴょん」
流された。ちょっとつまらん。プーと頬を膨らませて不満を表現した。それも流されたけど。
「『特効』を確かめるって言っても色々あるわ。姫の大元、戦場になった海域。それらを調べれば、誰が特攻持ちかはおおむね分かる。
でも、実際に行ってみないと確証は得れない。だからって大艦隊で押し掛けるのも難しい。
そこで、この式神の出番ってこと」
式神は光ってたり、光ってないもの、光り具合の違うものなど色々あった。一番輝いてるのは、わたしこと卯月の式神だ。
「こうやって、特効候補の艦娘の因子を、式神に宿らせる。それを持ち込めば、特効の度合いも分かるってわけ」
「なるほど、ついでに特効艦が誰か敵には隠せる。一石二鳥ってやつぴょん」
「できるのは一部の艦娘しかいないわ、これは自慢よ」
「凄い! 天才! エリート! オカルト! 奇っ怪! 面妖!」
「後半誉めてないわよね」
手を叩きながら激しく煽てる。実際凄いんだから誉めても問題ない。言い方は知らぬ。
「この情報を持ち帰るために、前科戦線はあらゆる犠牲を払うわ。最悪死んでもいいけど、情報を持って帰れるように」
聞いた話だ。前科戦線はそういう部隊だと。死んでも構わない実力者による懲罰部隊。飛鷹さんはこの部隊で一番重要な役柄だったのだ。
まあ確かに、前科持ちに大事な役を任せるわけはない。納得の人選だ。
「ちなみに、うーちゃん以外の特効艦って、誰かいるぴょん?」
「そうねぇ、この人かしら……」
特徴的な式神だ。弓矢をもってるような見た目をしてる。
「空母かぴょん」
「ええ、『翔鶴』に、姉妹艦の『瑞鶴』、五航戦の縁で『朧』や『秋雲』……大きな特効持ちはこの辺ね」
「翔鶴かあ、なんか泊地棲鬼と因縁あるぴょん?」
「泊地棲鬼を撃破したとき、翔鶴がドロップしたらしいの。その繋がりかもね」
当然、
「本体は、彼女たちを中核にした艦隊で泊地棲鬼を叩きにいくはずだわ」
「その中心にいるのが、一番の強特効を持つうーちゃんとゆーことだっぴょん!」
「え、ええ、そうね」
きっとではない。絶対だ。
最弱最弱と呼ばれる『卯月』に突如として舞い降りた強特効。これぞ神のおぼみめし。わたしが行けなくても、別の卯月が泊地棲鬼を殺してくれるなら気も晴れる。
なんと装甲を抜ける。同じ卯月があいつをボコボコにしてくれる。そう考えればちょっとは嬉しくなる。
なので飛鷹さんの曖昧な返事は聞こえていない。きっと無数のうーちゃん軍団がMVPを増産してくれる。
『そろそろ着陸かも、全員シートベルトをしめるかもー』
秋津洲のアナウンスに従いベルトを締める。卯月が活躍できる。嬉しさで酔いも収まった。泊地棲鬼も殺せたし(一回だけど)、今日はなんだかんだで良い日だった。グッスリ眠れるに違いない。
なお、卯月が艦隊の中心になったかは、言うまでもないのであったとさ。
改めて書いても、深海棲艦とデスストの親和性は高いと思う。