輸送艇だけど、今回は別の場所に着陸した。どこかの飛行場らしい。別の鎮守府なのか、陸軍、空軍のところかも分からなかった。とにかく、前科戦線とは別の場所だ。
ここからトラックに乗って前科戦線に帰投するらしい。とりあえず陸地でよかった。あと数分着陸が遅かったら、口からレインボーがスプラッシュしてた。
なぜ、直接帰投しないのか。どうしてこんな回り道をするのか。ちゃんとした理由がある。
それは行きと同じ、隠匿のためである。
前科持ちに位置情報を知られない目的以上に、戦略上極めて重要だからだ。
羅針盤と特効。海域攻略に必要不可欠の要因を、前科戦線は最大効率で調査できる。彼女たちがいなければ支配海域攻略はままならない。
もしも、その拠点が知られれば致命的なダメージとなる。
だからこそ大本営は機雷、空路、回り道。あらゆる手段で前科戦線の基地を隠匿するのだ。
しかし、どんな理由があっても回り道は回り道。人目につかない道を走るトラックは暴れまわる。
「あ、これダメだぴょん」
卯月の吐き気は限界を超えた。
荒れた路面、トラックの中。トラウマを刺激したのもまずかった。
そして卯月は、こころに大きなキズを負ったのであった。
ただし、満潮の真ん前にスプラッシュしていた。狙ってやった。
「もう立ち直れないぴょん」
「人にかけといてその言いぐさはなに!?」
「かかったぴょん? それはラッキーだぴょん」
わたしだけが傷つくのは苦しいので、満潮にも浴びせておいた。満潮が喚くのを見ると、こころが優越感でいい気分になる。最悪の所業であった。
「……そろそろつくわよ」
かなーり呆れたようすで、飛鷹さんが教えてくれた。そんなに酷い行為だろうか。卯月にはよく分からない。
「覚えてなさいよ……」
「え、満潮の体臭がゲロ臭いことかぴょん?」
「よーし分かったわ、絶対に許さない」
はて、わたしがなにをしたのか。すべて満潮の言いがかりに違いない。
「二人とも、このあと罰則があるの、忘れてないわよね」
「……あ゛」
二人揃って思い出す。そうだった、ブリーフィングに遅刻したこと完全に忘れてた。
満潮は同室なので連帯責任だった。まあこいつはどうでもいい。
罰則、なにをすることになるんだ。せっかく泊地棲鬼を焼いたのに、アゲアゲだった気持ちが急降下した。
大きな音を立ててトラックが止まった。扉が開くと見慣れた光景が広がってる。前科戦線だ、帰ってきたのだ。
「お疲れ様でした」
出迎えたのは不知火だ。高宮中佐はいない、忙しいのだろう。
「いつもどおりになります。負傷している場合は最優先で入渠を、旗艦と飛鷹さんが最優先、負傷の高い方が次点です。旗艦と飛鷹さんは入渠後に報告を」
「了解クマ」
「それと卯月さんと満潮さんは明朝、告知していた懲罰をおこないます。寝坊しないように」
「りょうかいぴょーん……」
罰則からは逃げられない。がっくりと肩を落とす。無事に帰ってこれたことがそんなに嬉しくない。罰則で全部チャラになってしまった。
「以上になります」
「あのー、不知火ちゃん。ポーラちゃんの姿が見えないけど」
「ポーラさんなら、あちらに」
ポーラ? そんな艦娘はいただろうか。
砂浜に全裸狗神家で突き刺さっているナマモノはある。『罰則中』という旗はあるが、意味は分からない。那珂も不思議なことを言う。幻覚でも見えてるのか?
「入渠中に飲酒など、しないように」
「アイドルはお酒飲まないから!」
「そうですか」
ナマモノは無視した。記憶から消しといた。
これは全国どの鎮守府でも決まっているが、けがをした艦娘は早急に入渠しないといけない。それが
ただ怪我を治すためだけではない。『穢れ』を落とすという意味もあるのだ。
深海棲艦は全身が怨念に満ちている。
その攻撃一つ一つが、必殺の呪詛になる。同類である艦娘でなければ即死の一撃。掠り傷はやがて取り返しのつかないことになる。
だから入渠が必要なのだ。
風呂の形をしてるのは慰安目的だけではない。洗い清めるためでもある。小破のまま放置していた結果、突如全員が深海棲艦に変異し壊滅した事件もある。黎明期の痛ましい記録だ。
「んほぉ~」
「気持ち悪い声をださないで」
「ぴょーん! ぴょーん! ぴょぉぉぉん!」
「うるさい声も出さないで!」
気持ち悪いのも大きいのもダメ。細かいやつだ。そんなんだから嫌われるのが分からないのか。
「とぉぉぉぉうっ!」
「熊野さんは乗らないで! もう休まらないんだけど!?」
「ノリが悪いですわね」
はぁぁぁとドッグ中に響き渡るため息をはく。
わたしたちは負傷しているが軽傷だ。修復材をちょっと混ぜた風呂で十分回復できる。
ただ、あまりの気持ちよさに、全身の筋肉が弛緩している。あやうく溺死しそうになる。初訓練あとと同じだ。
「おっと、危ないですわよ」
「すまないぴょん」
今回は熊野がからだを支えてくれている。
那珂よりも身長は大きい。つまり『あそこ』はちょうど、わたしの後頭部に当たる。
自分の胸をさする。一瞬ナイアガラの大瀑布が見えた。落涙の幻覚であった。
成長してくれないだろうか……どうせなら。
「あら、卯月さん髪が荒れてますわ」
「そりゃそーぴょん、潮風と爆炎に晒されてきれーなわきゃないぴょん」
背中から熊野が髪の毛を擦ってくる。毛先に枝毛とか、焦げあとがあった。
わたしの髪の毛はけっこう長い方だ。戦闘に巻き込まないのは不可能だと思う。
「ダメですわ、どうせ女の子なんですもの、身だしなみはしっかりしませんと」
「そーゆーもんかぴょん」
「ちゃんとした、髪の手入れを教えますわ。というか艦娘でも剥げる時は剥げますわよ」
恐ろしい。この見た目でハゲとかなんの悪夢だ。深海棲艦だって裸足で逃げ出すぞ。
「バカバカしい、そんなのしてる暇があったら、武器の手入れでもしなさいよ」
「お前、剥げたいのかぴょん」
「そうは言ってないわよ」
剥げた満潮を想像してみた。さながら日輪の耀きを放つ満潮。最高にざまぁみ……素晴らしい光景だ。絶対に笑える。
「いやごめん、そのままの満潮でいてくれぴょん」
「……すごくバカにしてないアンタ?」
「なんのことぴょん?」
可愛らしく小首を傾げてみる。うーちゃんなにも分かんない的な感じで。
満潮がとっさに口を抑えた。顔色は真っ青だ。
「失敬ぴょん!?」
「アンタが言うな!」
「仲良いですわね」
「「どこが!?」」
こればかりは意見が一致した。熊野の目は腐ってしまったのか。
「み、満潮さん? も少しは気を使った方が良いですわ。髪が武器に絡まったら死にますわ」
「……そうね」
「入渠は、髪や肌のケアまでしてくれませんわ」
素直な満潮にすごい違和感を感じた。
荒れた髪の毛はたしかに絡まりやすい。爆雷が引っ掛かって爆死したら末代の恥だ。
「入渠も万能じゃないってことかぴょん」
「逆にそれ以外はだいたい治せますわ、精神的なダメージは無理ですが」
「内臓が全部弾けても、間に合えば治るのには、むしろドン引きしたけど」
こう言うと、やっぱりわたしたちは『化け物』の類いだ。深海棲艦とそんなに大きな差はない。
護るためか、壊すためか。そんな小さい違いしかない。
「スゴいのは修復材か、うーちゃんたちか……」
「深海棲艦の体液さまさま、ですわね」
「ええ、そうね」
まったくだ、深海棲艦の体液さまさま、ホント感謝しかない。
「なんだって?」
「え、深海棲艦の体液と」
「修復材ってまさか」
「知りませんでしたの? 深海棲艦の体液が由来ですわ」
速やかに風呂から出なければ。
しかし熊野にガッチリ抑えられて出られない。疲れすぎて力も入らない!
「座学で学んだはずですが」
「寝てたぴょん、多分!」
「死ねばいいのに」
満潮の言うことはスルーに限る。
深海棲艦最大の特徴は、圧倒的な再生能力である。この特性故に人類は多大な損耗を強いられた。
例え核攻撃をおこなったとしても、細胞一片から復活できる。姫級なら秒で完全再生できてしまう。
この再生能力を支えているのが修復剤だ。深海棲艦はまるで血液のように、全身に修復剤──の原液が流れている。
再生を食い止め、有効打を与えるには『同類』の力をぶつける他ない。だから艦娘は深海棲艦に近い存在になっている。深海棲艦を解析することで生まれた艦娘だけが、有効打を出せるのだ。
「で、どうせなら再生能力を利用しよう。そうやって作られたのが『修復材』ですわ」
「スヤァ……」
「寝るな! 熊野さんがわざわざ話してるのに!」
「叩くなぴょん、睡眠学習ってやつを知らんのかぴょん」
「嘘ついてんじゃないわよ!」
失敬な、ちゃんと聞いている。これだから満潮ってやつは。眠たい眼を擦って満潮を睨んでおいた。
「当然体液そのものを使ってはいません。浄化やら加工やらしてるので、安心と信頼の高速修復材ですわ」
「それ胡散臭い商品の常套句だぴょん」
「ま、戦争してるのに四の五の言ってられませんから」
深海棲艦の体液で傷を癒して、深海棲艦を狩る。まったく世も末だ。大きなため息が出る。
しかしまあ、ある意味感心するのは『人間』だ。
細胞一片からでも再生、海が本体、浸食したら半世紀は死の土地になる。そんなエクストリームな存在を前に、よく持ちこたえたものだ。
わたしたちが現れるまで、人間たちはどうやって戦ってきたのだろうか? まあ、今更知ったところでなんにもならないが。
時間も遅め、あまり長くは入渠していられない。
怪我が治ったところで、わたしたちは風呂から上がる。脱衣所に置かれた衣類は綺麗に現れている。穢れは服にも溜まる。着替えも洗濯も大事。
「いったい誰が」
「妖精さんですわ、ほらそこにおります」
「まじか」
本当に妖精さんは万能だ。艦娘よりも重要なんじゃないか?
「ありがとぴょん、お礼を申すぴょん」
指先でおでこを撫でると、目を細めて気持ちよさそうな顔をする。洗い立ての服は気持ちがいい。
懲罰部隊なのに、こういったサービスが充実してるのはちょっと不気味だ。あくまで雑に扱っていいのは戦場だけってことか。
「じゃ、わたしさきに寝てるわ。おやすみ熊野さん」
「おやすみですわ」
「……あいつ、意図してうーちゃんを呼ばなかったぴょん」
わざわざ『熊野さん』と呼んで、わたしは呼ばない。これは嫌味だ、嫌がらせだ。悪意に満ちた行為だ。
「呼んで欲しかったのでしょうか?」
「まさか! そんなことされた日にゃ気絶しちゃうぴょん」
「いったいなぜそこまで」
「生理的嫌悪?」
なんていうか、全部が嫌だ。
満潮の見た目から一挙手一投足、性格言動全てに嫌悪感がある。逆に満潮が苦しんでるのは最高にすがすがしくなる。これを生理的嫌悪と言わずしてなんというか。
理由については今更だけど、あの一言だ。『最弱』などと侮辱されたのは忘れてない。侮辱に対しては殺人だって許されるって漫画のギャングも言ってたし。まあ、命まで侮辱されたわけじゃないから殺しはしないけど。
「ところで卯月さん。ちょっと聞いてもよろしいでしょうか」
「なんだぴょん」
「卯月さんが元々いた鎮守府ですが、あそこの提督、『ハチマキ』を渡してはおりませんでした?」
「え、渡してるぴょん、でもなんで熊野が知ってるぴょん」
わたしが貰ったやつは、泊地棲鬼に襲われた時に無くしてしまった。今は持ってない。そもそも熊野はその情報を、どっから仕入れたのだろか。
「不知火秘書艦から教えて頂きましたの、
熊野は、とても奇妙な言い方をした。
『これは』なんなのか。
まるで実物を手に持っているような言い回しだ。卯月の違和感は徐々に確信に変わる。まさか熊野は。
「熊野、まさか」
「そのハチマキは、わたくしが回収いたしました」
「おいおいおい、『マジ』かっぴょん!」
「神鎮守府近海の岩場に引っ掛かってたのを、たまたま見つけましたの」
泊地棲鬼との戦闘後、ちょっと寄り道してたのはそれか。
「付着してた細胞片も調べたので、卯月さんのものなのは間違いありませんわ」
「ありがとう、本当にありがとうぴょん」
もう戻らないと思っていたのになんたる奇跡だ。熊野の観察眼には感謝しかない。神提督や仲間たちとの貴重な思い出が戻ってくるのだ。
「それで今ハチマキは?」
「今夜廃棄するらしいので工廠で保管されてますわ」
「へー……なんだって?」
聞き捨てならない一言が聞こえたぞ。廃棄って言ったか今。
「いえ半年以上あの浸食海域に放置されてた代物、ズブズブに呪われた物ですし」
「え……廃棄……聞いてないぴょん」
「知らなければ、最初からなかったも同然ですわ」
信じられない。どうしてこうなった。唖然としてしまう。だけど不意に気づいた。熊野はなぜ、わざわざ教えてきたんだ。
「しかし使えるかな、そう思って拾った物を一方的に廃棄するかもしれないと……腹は立ちますわね」
「なにが言いたいぴょん」
ニッコリと笑う熊野は、とびっきり悪そうな顔をしてこう言った。
「『泥棒』をしましょうか」
艦隊新聞小話
高速修復剤について知りたい? 分かりました!
深海棲艦の体液がオリジナルなのは説明した通りですね。深海棲艦は常に体内を修復剤が巡ってるので、同じ力で中和しないと、ダメージが通らない仕掛けになってます。
……え、そっちじゃない?どう作られてるかって?
そりゃ決まってるじゃないですか。鹵獲したイ級に汚染浄化要因の妖精さんにお願いして栄養を流すチューブとオクスリ……げ、憲兵隊!ここは直伝のステルス技術で逃げるとしましょう、去らば!