前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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ゲッターは良いぞ。


第26話 泥棒

 熊野の言ったことに、卯月は絶句する。ハチマキを取り返すにはそれしかないけど、だからって泥棒はないだろう。

 

「おいおいおいおいマジかぴょん、前科に前科を重ねるつもりかぴょん」

「マジですわ、それに今更前科が一個増えたところで大したことじゃありませんわ」

「まあ……確かに……」

 

 密造に鎮守府爆破を重ねたポーラ(アホ)もいる。でも、そもそもわたしは『冤罪』だ。そんなことしたら本当の前科持ちになってしまう。

 

「良いのですか、形見の品物が無残にも焼却処分されても、卯月さんはよろしいのですか?」

「いや、良くはない。だけどこれはとてもうーちゃんにとって、危ない行為だぴょん」

 

 ついでに、明日不知火から遅刻の懲罰が言い渡されている。ただでさえキツイ罰がいったいどうなってしまうのか。考えるのも恐ろしい。

 

「てゆーか、熊野になんのメリットがあるぴょん。その時点でかなり疑わしいぴょん」

「わたくしにメリットはありますわ、ですが言いません。言う意味がありませんもの」

「へー」

 

 熊野は更に疑わしいことを言う。言い訳や方便さえ言わなかった。熊野に対する疑惑は更に深まっていく。

 

 こんなやつの言うことに乗せられて良いのだろうか、それはアホの行為だ、賢い選択ではない。

 

「でどうしますの」

「乗った! このうーちゃんに任せるぴょん!」

「……えぇ」

 

 だが、それが良い! 

 如何にもイタズラって行為がなんだか無性に良い。

『本能』に刺さる感じがする。

 

『卯月』という艦娘はどれもいたずらっ子なのは、資料で読んで知っていたが、こういうことだったのか。

 

 真面目な話、思い出の品物が焼却処分されるのは耐え切れない。さすがに呪われてたら捨てるしかない。でもそれは、自分で確認してからにしたい。

 

 中佐や不知火に直接言えば良いだって? 

 ならとっくに話している。現時点で言わないってことは、()()()()()()()()ことだ。

 

「良いんですの、卯月さんそれで」

「ノープロムレムだぴょん、この大怪盗うーちゃんに頼ると良いぴょん」

「そうですか……」

 

 熊野は微妙な目をしている。自分から言い出したのに変なやつだ。

 

「えー、では計画についてお話しますね」

「りょーかいだぴょん」

「これで良いのでしょうか……」

 

 ばれて罰を受ける羽目になったら仕方ない。全部熊野に脅されたとか言って切り抜けることにしよう。

 

 

 *

 

 

 深夜──とは言っても、明け方に近い。

 泊地棲鬼との戦闘を終えた時点で日没直前、前科戦線に帰ってきたのが丑三つ時。風呂から上がって夜食を取ったらこんな時間だ。

 

「誰にも見つかっていませんね?」

「フッフー、バッチリだぴょん」

 

 熊野と二人で工廠を覗き込む。いるとすれば北上さんだ。帰ってきてからすぐに艤装のメンテナンスをしてくれている。まだ寝てない可能性がある。

 

 パッと除いた限り北上さんは見あたらない。奥にいるかもしれないがここからじゃ見えない。見つかるかもしれないから、懐中電灯とかは使えない。

 

「工廠の内図はさきほど見せた通り、焼却施設は一番奥にありますわ」

「そこへうーちゃんが行く、と」

「わたくしは敢えて別の場所へ行き、囮になります」

「ホントに囮してくれるかは知らないけどぴょん」

「そこはわたくしを信用してくださいまし」

「分かったぴょん、信用しているぴょん」

 

 ワッハッハと小声で笑う二人。暗闇で見えなかったが、お互いの目は全く笑っていなかった。

 

「裏切ったらゆるさんぴょん」

「ご健闘をー」

 

 先に工廠内部へ入ったのは熊野だった。目立つように、少し足音を立てながら歩いている。わたしが見ている間は、囮の仕事をこなすつもりらしい。

 

「さて、行くかぴょん」

 

 逆にわたしはゆっくりと、静かな足取りで侵入する。

 誰もいない工廠はさすがに静かだ。その分小さな音も目立つ。風で扉が揺れる音にも、びくっと反応してしまう。

 

「今更だけど、本当にハチマキあるんだよね」

 

 これでなかったら流石に切れる。人の思い出の品物まで利用したジョークはいくらなんでも許せない。

 熊野もそのデッドラインは守る筈。ここは信用だ、結局はそれしかない。

 

 一番警戒してるのは『上』だ。北上は工廠天井に設置されたレールを使って、ロープウェイみたいに移動する。上から見られたら隠れる場所がない。

 

 とは言っても真っ暗闇だ。別にステルスの心得があるわけでもない。おっかなびっくり歩き回るしかない。

 

「どーか、見つかりません、よーにぴょん」

 

 せめて足音だけは消しとこう。抜き足差し足忍び足、コソコソと焼却施設に歩いていく。

 

 チラチラと辺りを見渡す。北上や監視カメラがないか探しているのだ。その分保管されている艤装が目に入る。

 

 パッと見ただけでも、艤装の数はかなり多い。ここのメンバー以上の数が置かれている。

 

 中にはわたしの艤装そっくりの物も置いてあった。暗くて良く見えないが、良く似ている。同じ睦月型の、誰かの艤装だろう。

 

 予備パーツの控えとして保管してるのだろうか。まあなんでもいいけど。それよりもハチマキだ。卯月はなんとか、焼却施設の前までついた。

 

 さすがに強烈な火を使う区画なので、扉で隔てている。開けたとき音がなんなきゃいいけど。ゆっくり開けようと、ドアノブに手をかける。

 

 回そうとした、その瞬間だった。

 

 呼吸音が聞こえた。

 

「ッ!」

 

 反射的にドアノブから手を離す。誰かが息をしている。この扉のすぐ後ろで呼吸をしている。すぐそこに誰かがいる。

 

 それも扉のすぐ後ろだ。まるで待ち伏せじゃないか。まさか最初から、誰かが忍び込むのは想定してたのか? 

 

 どうすればいい。扉を開けなきゃ入れない。開ければ見つかる。しかし、時間的な余裕はそうないぞ。

 なら、一択だ。卯月は扉をゆっくりと開ける。

 

「……誰か、いるのかな」

 

 顔を覗かせたのは北上だった。彼女は扉の隙間から周囲を伺う。恐ろしい、扉越しに気配を察知していたのか。

 

 けど、北上はわたしを見つけられていない。二、三回周囲を見渡すと、すぐに警戒を解いてくれた。

 

 北上は風で揺れる窓ガラスを見て、納得したように頷いた。

 

「なんだ、風かぁ」

 

 風の音を、侵入者の音と間違えていたらしい。北上は大きな欠伸をすると、車椅子に座ったまま出て行ってしまった。

 

 出ていく時もやっぱり、天井から吊るされた車椅子に座っていた。ホントどういうしかけになっているんだろうか。

 

 とにかく、これで北上はいなくなった。なんとか見つからずに済んだ。わたしの作戦は成功したのだ。

 

 扉の真上の壁に張り付いた卯月は、プルプルと震えていた。

 

 さながらヤモリのように壁に張りつく。ここが北上の死角かつ、同時に扉を開けられるポジションだったのだ。

 

 しかし腕が物凄く痛い。音を立てないよう着地したあと、何度も肩を動かして呼吸する。とても苦しかった。

 

 だが勝った。わたしは北上を出し抜いたのだ。これで完璧だ、あとは顔を上げれば、わたしのスカーフがすぐそこにある。

 

 さあどこにあると、わたしは顔を上げた。

 

「こんばんは、卯月さん」

 

 不知火がいた。

 

「……えーと、これは、つまり?」

「バレバレです。それでステルスのつもりなのでしょうか」

「最初から?」

「ええ、工廠に立ち入った時点で、北上さんは卯月さんを探知していました」

 

 なるほど、最初から詰んでたってことだ。これは駄目だ、わたしの負けだ、潔く徹底するとしよう。

 

「うーちゃんの完全敗北だぴょん、ここは戦略的撤退を」

 

 背中を向ける。襟をガシッと掴まれる。

 

「逃げれるとお思いで?」

「ノーッ! これは違うぴょん、全て熊野の陰謀ぴょん!」

「お話はゆっくり聞きましょう、不知火の部屋で」

「殺さないでーっ!」

 

 卯月の悲鳴もむなしく、不知火に引きずられていく。

 

「バカなぁぁぁ! このうーちゃんがぁぁぁ!」

 

 悪役じみた絶叫を残して、工廠からは、誰もいなくなった。

 

 

 

 

 かに聞こえた。

 そうではなかった、まだ二人、暗闇の中に残っていた。

 

「あら、卯月さん見つかったようで」

「まぁね、工廠はあたしの『領域』だし」

「その能力、羨ましい限りですわ」

 

 熊野と北上は、まだ工廠内部にいた。ちょうど卯月が通った道。睦月型の艤装が置かれた場所で、二人は向かい合う。

 普段とは違う、異様な緊迫感に満ちていた。

 

「まったく酷いやつ、あんたが潜りこむための、()()にするなんて」

「あらあらー、これは合意の上ですわ」

「へー、じゃあ、しょうがないねぇ」

 

 あっはっはと笑うが目は笑っていない。お互いに警戒を緩めない。

 

「悪いけど、今回はちょっと、アウトだよ?」

「存じておりますわ、卯月さんの加入……あまりにも、奇妙ですもの。まあ、もう()()()()()()()

「ああそう。やっぱ外に情報源があるのは早いねぇ。他のメンバーには言ってないよね?」

「一銭にもなりませんもの、むしろ言ったら、損しそうですし」

 

 熊野にとって重要なのは『金』になるかどうかだ。損するか得するかだ。今回の行動も、その行動原理に基づいている。

 

「あんたは本当に金が好きだねー」

「ええ、この世は金が全て。お金があれば化け物を人間にすることも、人間を道具にすることもできますわ」

「いや、あんたの思想は聞いてない。重要なのは──なにを、したいのか。答えによっちゃぁ、直々に始末しなきゃいけなくなる」

 

 北上の目が鋭く光る。と、同時に、工廠が大きな音を立てた。

 次の瞬間、工廠のあちこちに設置された銃火器が、一斉に照準を合わせた。ターゲットはもちろん熊野だ。

 

「恐らくは、わたくしの予想では」

「……予想では?」

「この後、前科戦線は、大本営さえ騙して戦わなければならなくなる。しかしながら、その後は……逆になる。

 その時、この熊野を優先的に使っていただきたい。その確証を得るために、今宵、侵入させていただきました」

「あんた、まさか、()()()を見てそこまで理解したの、専門家でもないのに」

「全ては『理』、確率の高い方、自然な選択を突き詰めただけですわ」

 

 沈黙が少し長引いた。北上が指を鳴らすと、工廠の武器が仕舞われる。交渉はとりあえず決着したのだ。

 

「中佐には、伝えておくよ」

「できれば『大将』にも、お願いいたします」

「そりゃー、あたしの一存じゃあ、なんともね?」

 

 熊野と北上は、工廠の暗闇に姿を消した。

 

 

 

 

 密会があったことなど知らず、卯月は不知火の自室でプルプルと怯えていた。

 しかし、恐怖による震えではない。言うなればギャップ、ショック症状に近い。あまりの落差に感覚が混乱しているのだ。

 

 まずピンクのカーペットが目に付く。壁には可愛らしい装飾がいっぱいだ。家具も小物も愛くるしいデザイン。小さい動物のぬいぐるみも置いてある。総括するとファンシーグッズで埋まっていた。

 

「……卯月さん?」

 

 しかし真ん中にいるのは眼光で深海棲艦を殺せそうな、不知火秘書艦である。ギャップが酷過ぎる。落差でショック死しかねない。

 

「か、かわいい、お部屋だぴょん」

「そんなことはどうでもいいのです、なぜ、不知火の部屋にいるか理解できているのですか。できてなければ理解させるまで……」

「できてるぴょんできてるぴょん!」

 

 手にはポン刀が握られている。シンプルに恐い。だが周囲はファンシーグッズ。これは悪夢だ、わたしの招いた悪夢なのだ。

 

「まったく、なにを考えているんですか。罰則が決まっているのに、更に重ねるなんて」

「いやぁ、ちょっと、まあ、理由が」

「『形見』が目的なのでしょう、知っていますよ」

 

 知っているのか、いや、工廠に入る時点で目的は限られる。そこから推測したのだろう。しかしこれで焼却処分は確定だ。仕方ないとはいえ残念極まりない。

 

「熊野さんが回収したハチマキはすでに調査しました、結果、海域攻略には一切役立たないことが分かりました」

「ぴょん……」

「その上、凄まじい呪詛に汚染されていました」

 

 やっぱりか、熊野の言った通りだ。呪詛塗れで役立たない。廃棄一択だ。なんのために忍び込んだのか。そういえば熊野はどうなったんだろう、無事に脱出できたのか? 

 

「なので、お返しします」

 

 不知火がクリアケースを渡してきた。中にはハチマキが入っていた。見間違えるはずがない。わたしのだ、神提督の『形見』だ。

 

「え?」

「お返しします。卯月さん、あなたのものです」

 

 嬉しい──けど、分からない。なんでだ、汚染された物は廃棄するしかないんじゃなかったのか。困惑しているのを見た不知火は溜息をつく。

 

「最初から返す予定だったんですよ」

「え、でも、汚染があるぴょん」

「浄化技術は確立されています。飛鷹さんが浄化してくれました、あとで礼を言っておいてください。不知火たちも、勝手に廃棄するほど鬼ではありません」

 

 なんだって、そうだったのか。嬉しさよりも驚きの方が勝っている。見てみると、確かにハチマキはとても綺麗になっている。傷ついた場所も綺麗に治っていた。

 

「なのに、卯月さん、あなたと来たら……」

「ま、待って不知火。だったらなんで、『洗って返す』って言ってくれなかったぴょん!」

「仇討ちをしてまだ一日も経っていません。疲れていると思ったので、気を使ったんですよ。それが誤りだったとしても、不法侵入はないでしょう!」

「ででででも焼却処分って、熊野が!」

 

 焼却処分されるって言ったのは熊野だ。嘘の情報を教えたのは熊野だ、非はあいつにある。この言い訳で押し切るしかない。

 

「熊野さん、恐らくは焼却処分『になる』とは言っていません。『かも』とか『おそらく』と言っていた筈です」

「あ゛」

「仮の話を信じて、暴走したのは他ならぬ卯月さん、あなたになります」

「だ、騙されたのかうーちゃんは!?」

「というか今更騙されたとかは関係ありません。あなたは遅刻に加え、夜間外出に不法侵入を犯した。ついでに不知火たちの親切心を裏切った」

 

 不知火が、笑った。

 

 初めて見た笑顔には死神が宿っていた。手に持った鎌が首元に当たる。てかちょっと喰い込んで血が流れ出す。

 

 ぐにゃあと視界が歪んだのは涙だろうか、不知火のプレッシャーだろうか。

 

「お覚悟くださいね?」

「熊野めぇぇぇぇ!」

 

 その頃熊野は、目的を達成し一人悠遊とベッドで寝ていた。穏やかな眠りだったという。ハチマキは帰ってきた。代償に卯月は地獄を見る羽目になるのであった。




このハチマキですが第5話 「泥酔」の冒頭に登場したのと同じアイテムです。神鎮守府の艦娘は全員これを身に着けていました。
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