前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第27話 罰則

 またかよチキショウめ。

 トラウマの悪夢も三回目になると飽きてくる。慣れはしないが、いい加減別バージョンぐらい披露しろってんだ。

 

 と、まあ、わたしはまた悪夢を見ていた。

 いつもの悪夢、神鎮守府が深海棲艦に燃やされていく光景だ。

 

「うーちゃん、抜錨ぴょん!」

 

 直後視界が暗転する。

 視界が戻ると、目の前には地獄絵図が広がっている。

 

 わたしが一歩歩く度に、新しい死体が見つかる。

 みんな同じハチマキをつけてたから分かった。原型を留めないほどグシャグシャだけど。

 

 見えるのは炎と、瓦礫と、肉片ばかり。血肉で塗装された道をわたしはフラフラと歩く。

 

 やがて、強い光りが差し込んだ。

 眩しさに目を細めると、そこには巨大な深海棲艦が立っていた。今なら誰か分かる、泊地棲鬼だ。

 

 そこから、()()が始まった。

 

「ソコカ、逃ガサン」

 

 泊地棲鬼は突然振り返ると、顔色を変えて走り出す。

 わたしも同時に走る。きっと逃げた泊地棲鬼を追っているのだ。景色が線のように見えた、とても早く走っていた。

 

 崩落しかけた建物に入っていった。泊地棲鬼はバリケードを無理矢理破壊しながら突き進む。

 

「ミツケタゾ」

 

 ニタァと笑う。視線の先にいたのは、神提督と間宮さんだった。

 

 不思議なことに神提督は笑っていた。絶望的な状況なのに、いやだからこそ、諦めまいと笑っているのだ。そうに違いない。

 

「君は……」

「是非モナシ、沈メ!」

 

 だが、泊地棲鬼は待ってくれない。巨大な主砲の照準を神提督に合わせた。

 

 すぐに発射された。

 

 わたしも主砲を構えてたけど、多分間に合わなかった。

 

「提督危ない!」

「間宮!?」

 

 だが、主砲は当たらなかった。

 間宮さんが身をていして、提督を守ったのだ。

 しかしノーダメージは無理だ。間宮さんは半身を抉られた。提督は後ろの瓦礫に吹っ飛ばされた。

 

 全身から、血飛沫が舞う。砕けた肉片がこびりつく。死んでいないが、絶対に致命傷だ。

 

「無駄ダ、貴様ハ死ヌ運命二アル」

 

 泊地棲鬼が止めを刺そうとする。わたしは動けない、なぜか動こうとしない。

 

 けど助かった。

 泊地棲鬼に砲撃が浴びせられたのだ。

 現れたのは見知らぬ艦娘たち、救援に来てくれたのだ。わたしの視界は、そのまま爆炎にのまれていった。

 

 

 *

 

 

 目が覚めた。最悪の目覚めだった。パジャマは脂汗でびっしょりだし、息も絶え絶え。トラウマをほじくり返されたら、こうもなる。

 

 泊地棲鬼を直で見たから、記憶が刺激されたんだろうか。まあ悪夢の理由はどうでもいい。

 

 気にくわない、わたし自身が。

 

「うーちゃんは、なにをしてたぴょん」

 

 悪夢が正しいのなら、わたしは見てた。

 神提督が、泊地棲鬼に撃たれるところを。あの現場にいたのだ。

 

「なんで、なにもしてないぴょん!」

 

 しかし、なにもしていなかった。

 動くことも、助けることも、逃げることもしなかった。どんなアクションもしなかったのだ。

 

 理由は想像できる。怖かったのだ。

 仕方がない、まだ着任一ヶ月でいきなり鎮守府を滅ぼされたのだ。恐怖と混乱で動けなくなる。

 

 でもだからって、なんにもできないなんて。

 

 結果、神提督と間宮さんは撃たれた。

 死んでないけど、とんでもないダメージを負った。申し訳なくて、情けなくてしょうがない。

 

「クソ、クソ、クソッ!」

 

 あれで、救援部隊が遅れてたら、本当に死んでた。わたしが動けてれば、もう少しマシだっただろう。

 

「クソォ……」

 

 あと後気絶して、救助されたんだろうか。

 この醜態は多分見られてた。提督の危機を前に棒立ち、その上無傷。そりゃ離反行為を疑われる。

 

 で、あとは鎮守府壊滅の責任を押し付けられて解体コースへ。

 でも神提督はこんなわたしを助けてくれた。前科戦線行きだけど、生きれるようにしてくれた。

 

「頑張る、ぴょん、提督、うーちゃんは頑張るぴょん」

 

 流れかけた涙を堪える。頑張れわたし、頑張れうーちゃん。悔しいけど、それでも神提督は託してくれた。なら一生懸命頑張るしかないのだから。

 

 

 

 

 ただ冷静に考えたら、わたしの出番はほぼないわけで。

 

「え、死んだ?」

 

 食堂で間抜けな顔を晒す。持ってたお椀が傾く。中身はアチアチの味噌汁だ。

 わたしの膝にかかった。

 

「ギャア!」

 

 小破判定だ。こんな理由じゃ入渠できないけど。

 

「良い声だね、卯月ちゃんもアイドルにならない?」

「ならない……じゃあねーぴょん!」

 

 バタバタしつつ、火傷を氷で冷やす。溢れた味噌汁を片付けて、改めて椅子に座った。

 信じられない一言に耳を疑う。

 

「だからー、泊地棲鬼、さっき沈んだってー」

 

 そんなバカな。あいつを見つけたのは昨日の夕方だ。まだ一日も経ってない。こんな早く沈むとは思えない。

 

「早すぎるっぴょん」

「それぞまさに、『最弱』の姫ってことだね」

「釈然としないぴょん」

 

 生きててほしかったなんて思わない。

 ただ、できる限りの粘って欲しかった。長い時間苦しんで痛めつけてから死んでほしかったのだ。

 

「最短ルートかつ特効艦マシマシ編成でリンチにしたんだって」

「結果、ほぼ即死かぴょん」

「そもそも、わたしたちってそーゆー部隊だし」

 

 そうだった。

 羅針盤と特効を調べることで、姫を最大効率かつ最速で倒せるようにする。前科戦線はそのための部隊だ。わたしたちの目的は達成できたのだ。

 

「うぇー、でもびみょーな気持ちぴょん」

「ありゃー、ドンマイだねー」

「ぴょーん」

 

 やる気なく項垂れる。こんなにもあっさり仇討ちが終ってしまうと、なんか不完全燃焼って気分になる。

 

「一応聞くけど、死んだのは間違いないぴょん?」

「うん、派手に燃えて沈んだって」

「ふん、ざまぁ見ろだぴょん」

 

 できる限りの苦しみ抜いて死んだと、切に祈る。是非とも地獄へ堕ちてください。

 

 そういえば、あいつが死んだってことは、神鎮守府に近づけるようになったのか? 汚染は残ってるだろうけど、ちょっとは変わってるかも。

 

 ご飯を再開する。今日はシンプルな鮭定食だ。よく焼けた身が旨い、油の乗ったパリパリの皮はビールに合う……と思う。飲めないから分かんないけど。いつか飲めるようになるのだろうか。

 

「シャケ、お米、お味噌汁。とても良いMattina()ですねー!」

 

 またかよあのゲロ助。ホント朝からうるせえな。シャーと威嚇しながら睨み付ける。

 

 テーブルに酒はなかった。

 

 また飲んでやがる、飛鷹さんにボコボコにされれば良いのだ。ご飯を再開しよう。

 

「ファッ!?」

 

 いま、てっきり飲んでると思い込んでいた。わたしはもう一度振り替える。

 見間違いじゃない、ポーラは酒を飲んでいない。

 

「バカなっ、これは、いったい!?」

「嘘でしょ、ポーラちゃんが飲んでない!? 雨でも降るの!?」

「雨どころじゃあねーぴょん、槍、いや、きっと天変地異の前触れぴょん!」

「やだ、那珂ちゃんまだ死にたくない!」

「全部ポーラのせいだぴょん!」

「ポーラちゃんのバカー!」

 

 そうだ全部ポーラのせいだ。わたしが前科戦線送りになったのも味噌汁で火傷したのもポーラが悪い。

 

「……あの、ポーラも、人並みに傷つくんですけど」

 

 なんか言ってるが聞こえない。ゲロが耳に詰まったのかもしれない。やはり諸悪の根元はポーラだった。

 

「いったい、朝から、なにを騒いでるのですか」

「不知火、ポーラが壊れたぴょん」

「それは最初からです卯月さん」

「なるほどぴょん」

 

 そういやそうだった。

「酷い!」という声が聞こえた気がする。最近幻聴が酷い、疲れてるのだろう、早く休まなければ。

 

「で、どーしたぴょん?」

「二点、連絡があります。満潮さんは?」

「すぐ食べて自主練に行っちゃったよ」

「では、卯月さん伝言をお願いします」

「なんでうーちゃんが!?」

「同室だからです」

 

 嫌がらせだ、同室だからってあの満潮に会いに行けなんて。泊地棲鬼に殺される方がまだマシだってのに。

 仕方ない、話だけは聞いてやる。

 

「まずお二人のお仕置きについてです」

「お仕置き? うーちゃん悪いことなにもやってないぴょん」

「不知火の笑顔がそんなに見たいのですか?」

「心の底より反省しております」

 

 またあのスマイルを見たら、今度こそショック死だ。慌てて謝罪する。

 

「お二人には今夜、『哨戒任務』をしていただきます」

「哨戒任務? 前科戦線は通常任務を一切しないんじゃなかったぴょん?」

「ええ、そうです」

 

 前科戦線の任務はとても過酷だ。その代わりとして、普通の鎮守府がやる任務は全て免除される。物資の輸送や近海哨戒、深海棲艦の掃討とかだ。なのに哨戒任務とはどういうことだ。

 

「それをあえてするからお仕置きなんですよ」

「……さいでっか」

「さいです」

 

 とても納得できた。素晴らしい理由だ、納得せざるをえない。

 

「でもぶっちゃけ、そんなにお仕置きになるのかぴょん?」

 

 前科戦線がとても隠蔽された基地なのは、この数日間でよーく分かった。

 ということは、深海棲艦からも発見しにくいってことだ。近海に現れる深海棲艦はごくごく少数だろう。過酷な戦闘の確率は低い。これでお仕置きになるのか疑問だ。

 

「なりますよ、絶対に」

 

 不知火は自信満々に答えた。普段ならポカやらかして落ち度案件だが、今回は失敗してない気がした。確実にわたしを苦しめる一手を撃たれた気がした。

 

 まあ、普通に考えれば普通の哨戒任務だ。真面目に粛々とこなせば問題あるまい。そうに違いない。

 

「このうーちゃんに任せるぴょん!」

「ええ、お任せしました。色々」

「……色々って?」

 

 不知火はなにも言わなかった。昨日と同じような微笑を浮かべるだけだった。恐い、超恐い。本当に今晩生きて帰れるのかわたしは。

 

「もう一件、泊地棲鬼について報告が」

「あ? あいつは死んだろぴょん、死んだやつがなんだってんだぴょん」

「はい、泊地棲鬼は、死にました」

 

 ならなんなのか、あいつの話は嫌いだからさっさと終らせてほしい。

 

「しかし海域は解放されませんでした」

 

 目をパチクリ、どういうことだ。

 中枢の姫を倒せば海は解放される。そのはずだ。でも海は赤いまま、侵食されたままだと言う。

 

 しかし泊地棲鬼は死んだ。轟沈したことも、遺体が消滅する瞬間も確実に見たらしい。

 落ち着けわたし、冷静に考えれば可能性は一つだけだ。

 

「泊地棲鬼は、中枢の姫じゃあなかった?」

 

 不知火が頷いた。正解ってことだ。

 

「じゃあ、中枢の姫は誰なの?」

「現在調査中です。判明後には再び強行偵察任務が発令されます、事前周知で、お伝えしました」

「りょーかいだっぴょん」

 

 仕事ならしょうがない。

 なんにせよ、泊地棲鬼が実は生きてましたーなんて展開じゃなければ良い。

 

 そんな大した連絡じゃなくて安心した。お仕置きの方がよっぽど恐ろしい。あの不知火の笑みはヤバい。

 本能が『警告』している。

 

 ふと、気がついた。泊地棲鬼の『警告』に。

 

「……あ、『警告』って、そういう?」

「どーしたの?」

「泊地クソ鬼の断末魔を、思い出しただけぴょん」

 

 『仇討チノ果テニアル『敵』トハ──』、あいつはそう言ってた。

 まだ終わりじゃない、復讐の果てはわたし(泊地棲鬼)じゃない。あの断末魔は、まだ敵がいるという意味だったのだ。

 

「よほど、苦しんで死にたいみたいだぴょん、深海棲艦って連中は」

 

 自分でも、声が上がってるのが分かった。

 なぜか、決まってる、復讐が()()()()()。不完全燃焼だった復讐をまだ続けられる。深海棲艦に恨みつらみをぶつけられる。それが嬉しかった。とんでもなく不謹慎と自覚している。でも、嬉しいことはどーにもならない。

 

「……復讐ばっかりは、良くないよ?」

「分かってるぴょん、そんなので人生フイにしないぴょん」

「なら良し!」

 

 那珂の言う通りだ、復讐だけに生きるつもりは毛頭ない。あくまでわたしは艦娘だ、護ることが最優先。前科持ちでもそこは変わらない。

 手段と目的を取り違えるような愚行はしない。なにかを護らなくなったら、忌み嫌う深海どもと同じになってしまう。

 

「伝えることは以上です、哨戒任務は夜の九時から行います。遅刻したらまた罰則です。満潮さんにも伝えておくように」

「了解だっぴょん」

 

 もちろん満潮には伝えない。一人だけ遅刻してお仕置き追加コースにしてやろう。わたしを怒らせたことを後悔するがいい。

 

「満潮さんが遅刻したら連帯責任になるので、そのつもりで」

 

 考えを見抜いたように、不知火が警告した。

 そんな、満潮を嵌めることができないなんて。心の底からガッカリする。仕方がない、伝えてやるか。深い深い深ーい溜め息を吐きながら了承する。

 

 しかし、改めて思うが、これのどこがお仕置きなんだろう。

 深海棲艦が滅多に出てこない海域での、夜間哨戒。無意味とまでは言わないが、やる価値はあるのか。

 

 なんにせよ、楽な任務になりそうだ。ゆるゆるとこなして終わらせよう。

 そして、卯月は思い知る。

 この任務の過酷は、まったく別のところにあることを。

 

 内一つは、不知火の想定外であることも。

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