またかよチキショウめ。
トラウマの悪夢も三回目になると飽きてくる。慣れはしないが、いい加減別バージョンぐらい披露しろってんだ。
と、まあ、わたしはまた悪夢を見ていた。
いつもの悪夢、神鎮守府が深海棲艦に燃やされていく光景だ。
「うーちゃん、抜錨ぴょん!」
直後視界が暗転する。
視界が戻ると、目の前には地獄絵図が広がっている。
わたしが一歩歩く度に、新しい死体が見つかる。
みんな同じハチマキをつけてたから分かった。原型を留めないほどグシャグシャだけど。
見えるのは炎と、瓦礫と、肉片ばかり。血肉で塗装された道をわたしはフラフラと歩く。
やがて、強い光りが差し込んだ。
眩しさに目を細めると、そこには巨大な深海棲艦が立っていた。今なら誰か分かる、泊地棲鬼だ。
そこから、
「ソコカ、逃ガサン」
泊地棲鬼は突然振り返ると、顔色を変えて走り出す。
わたしも同時に走る。きっと逃げた泊地棲鬼を追っているのだ。景色が線のように見えた、とても早く走っていた。
崩落しかけた建物に入っていった。泊地棲鬼はバリケードを無理矢理破壊しながら突き進む。
「ミツケタゾ」
ニタァと笑う。視線の先にいたのは、神提督と間宮さんだった。
不思議なことに神提督は笑っていた。絶望的な状況なのに、いやだからこそ、諦めまいと笑っているのだ。そうに違いない。
「君は……」
「是非モナシ、沈メ!」
だが、泊地棲鬼は待ってくれない。巨大な主砲の照準を神提督に合わせた。
すぐに発射された。
わたしも主砲を構えてたけど、多分間に合わなかった。
「提督危ない!」
「間宮!?」
だが、主砲は当たらなかった。
間宮さんが身をていして、提督を守ったのだ。
しかしノーダメージは無理だ。間宮さんは半身を抉られた。提督は後ろの瓦礫に吹っ飛ばされた。
全身から、血飛沫が舞う。砕けた肉片がこびりつく。死んでいないが、絶対に致命傷だ。
「無駄ダ、貴様ハ死ヌ運命二アル」
泊地棲鬼が止めを刺そうとする。わたしは動けない、なぜか動こうとしない。
けど助かった。
泊地棲鬼に砲撃が浴びせられたのだ。
現れたのは見知らぬ艦娘たち、救援に来てくれたのだ。わたしの視界は、そのまま爆炎にのまれていった。
*
目が覚めた。最悪の目覚めだった。パジャマは脂汗でびっしょりだし、息も絶え絶え。トラウマをほじくり返されたら、こうもなる。
泊地棲鬼を直で見たから、記憶が刺激されたんだろうか。まあ悪夢の理由はどうでもいい。
気にくわない、わたし自身が。
「うーちゃんは、なにをしてたぴょん」
悪夢が正しいのなら、わたしは見てた。
神提督が、泊地棲鬼に撃たれるところを。あの現場にいたのだ。
「なんで、なにもしてないぴょん!」
しかし、なにもしていなかった。
動くことも、助けることも、逃げることもしなかった。どんなアクションもしなかったのだ。
理由は想像できる。怖かったのだ。
仕方がない、まだ着任一ヶ月でいきなり鎮守府を滅ぼされたのだ。恐怖と混乱で動けなくなる。
でもだからって、なんにもできないなんて。
結果、神提督と間宮さんは撃たれた。
死んでないけど、とんでもないダメージを負った。申し訳なくて、情けなくてしょうがない。
「クソ、クソ、クソッ!」
あれで、救援部隊が遅れてたら、本当に死んでた。わたしが動けてれば、もう少しマシだっただろう。
「クソォ……」
あと後気絶して、救助されたんだろうか。
この醜態は多分見られてた。提督の危機を前に棒立ち、その上無傷。そりゃ離反行為を疑われる。
で、あとは鎮守府壊滅の責任を押し付けられて解体コースへ。
でも神提督はこんなわたしを助けてくれた。前科戦線行きだけど、生きれるようにしてくれた。
「頑張る、ぴょん、提督、うーちゃんは頑張るぴょん」
流れかけた涙を堪える。頑張れわたし、頑張れうーちゃん。悔しいけど、それでも神提督は託してくれた。なら一生懸命頑張るしかないのだから。
ただ冷静に考えたら、わたしの出番はほぼないわけで。
「え、死んだ?」
食堂で間抜けな顔を晒す。持ってたお椀が傾く。中身はアチアチの味噌汁だ。
わたしの膝にかかった。
「ギャア!」
小破判定だ。こんな理由じゃ入渠できないけど。
「良い声だね、卯月ちゃんもアイドルにならない?」
「ならない……じゃあねーぴょん!」
バタバタしつつ、火傷を氷で冷やす。溢れた味噌汁を片付けて、改めて椅子に座った。
信じられない一言に耳を疑う。
「だからー、泊地棲鬼、さっき沈んだってー」
そんなバカな。あいつを見つけたのは昨日の夕方だ。まだ一日も経ってない。こんな早く沈むとは思えない。
「早すぎるっぴょん」
「それぞまさに、『最弱』の姫ってことだね」
「釈然としないぴょん」
生きててほしかったなんて思わない。
ただ、できる限りの粘って欲しかった。長い時間苦しんで痛めつけてから死んでほしかったのだ。
「最短ルートかつ特効艦マシマシ編成でリンチにしたんだって」
「結果、ほぼ即死かぴょん」
「そもそも、わたしたちってそーゆー部隊だし」
そうだった。
羅針盤と特効を調べることで、姫を最大効率かつ最速で倒せるようにする。前科戦線はそのための部隊だ。わたしたちの目的は達成できたのだ。
「うぇー、でもびみょーな気持ちぴょん」
「ありゃー、ドンマイだねー」
「ぴょーん」
やる気なく項垂れる。こんなにもあっさり仇討ちが終ってしまうと、なんか不完全燃焼って気分になる。
「一応聞くけど、死んだのは間違いないぴょん?」
「うん、派手に燃えて沈んだって」
「ふん、ざまぁ見ろだぴょん」
できる限りの苦しみ抜いて死んだと、切に祈る。是非とも地獄へ堕ちてください。
そういえば、あいつが死んだってことは、神鎮守府に近づけるようになったのか? 汚染は残ってるだろうけど、ちょっとは変わってるかも。
ご飯を再開する。今日はシンプルな鮭定食だ。よく焼けた身が旨い、油の乗ったパリパリの皮はビールに合う……と思う。飲めないから分かんないけど。いつか飲めるようになるのだろうか。
「シャケ、お米、お味噌汁。とても良い
またかよあのゲロ助。ホント朝からうるせえな。シャーと威嚇しながら睨み付ける。
テーブルに酒はなかった。
また飲んでやがる、飛鷹さんにボコボコにされれば良いのだ。ご飯を再開しよう。
「ファッ!?」
いま、てっきり飲んでると思い込んでいた。わたしはもう一度振り替える。
見間違いじゃない、ポーラは酒を飲んでいない。
「バカなっ、これは、いったい!?」
「嘘でしょ、ポーラちゃんが飲んでない!? 雨でも降るの!?」
「雨どころじゃあねーぴょん、槍、いや、きっと天変地異の前触れぴょん!」
「やだ、那珂ちゃんまだ死にたくない!」
「全部ポーラのせいだぴょん!」
「ポーラちゃんのバカー!」
そうだ全部ポーラのせいだ。わたしが前科戦線送りになったのも味噌汁で火傷したのもポーラが悪い。
「……あの、ポーラも、人並みに傷つくんですけど」
なんか言ってるが聞こえない。ゲロが耳に詰まったのかもしれない。やはり諸悪の根元はポーラだった。
「いったい、朝から、なにを騒いでるのですか」
「不知火、ポーラが壊れたぴょん」
「それは最初からです卯月さん」
「なるほどぴょん」
そういやそうだった。
「酷い!」という声が聞こえた気がする。最近幻聴が酷い、疲れてるのだろう、早く休まなければ。
「で、どーしたぴょん?」
「二点、連絡があります。満潮さんは?」
「すぐ食べて自主練に行っちゃったよ」
「では、卯月さん伝言をお願いします」
「なんでうーちゃんが!?」
「同室だからです」
嫌がらせだ、同室だからってあの満潮に会いに行けなんて。泊地棲鬼に殺される方がまだマシだってのに。
仕方ない、話だけは聞いてやる。
「まずお二人のお仕置きについてです」
「お仕置き? うーちゃん悪いことなにもやってないぴょん」
「不知火の笑顔がそんなに見たいのですか?」
「心の底より反省しております」
またあのスマイルを見たら、今度こそショック死だ。慌てて謝罪する。
「お二人には今夜、『哨戒任務』をしていただきます」
「哨戒任務? 前科戦線は通常任務を一切しないんじゃなかったぴょん?」
「ええ、そうです」
前科戦線の任務はとても過酷だ。その代わりとして、普通の鎮守府がやる任務は全て免除される。物資の輸送や近海哨戒、深海棲艦の掃討とかだ。なのに哨戒任務とはどういうことだ。
「それをあえてするからお仕置きなんですよ」
「……さいでっか」
「さいです」
とても納得できた。素晴らしい理由だ、納得せざるをえない。
「でもぶっちゃけ、そんなにお仕置きになるのかぴょん?」
前科戦線がとても隠蔽された基地なのは、この数日間でよーく分かった。
ということは、深海棲艦からも発見しにくいってことだ。近海に現れる深海棲艦はごくごく少数だろう。過酷な戦闘の確率は低い。これでお仕置きになるのか疑問だ。
「なりますよ、絶対に」
不知火は自信満々に答えた。普段ならポカやらかして落ち度案件だが、今回は失敗してない気がした。確実にわたしを苦しめる一手を撃たれた気がした。
まあ、普通に考えれば普通の哨戒任務だ。真面目に粛々とこなせば問題あるまい。そうに違いない。
「このうーちゃんに任せるぴょん!」
「ええ、お任せしました。色々」
「……色々って?」
不知火はなにも言わなかった。昨日と同じような微笑を浮かべるだけだった。恐い、超恐い。本当に今晩生きて帰れるのかわたしは。
「もう一件、泊地棲鬼について報告が」
「あ? あいつは死んだろぴょん、死んだやつがなんだってんだぴょん」
「はい、泊地棲鬼は、死にました」
ならなんなのか、あいつの話は嫌いだからさっさと終らせてほしい。
「しかし海域は解放されませんでした」
目をパチクリ、どういうことだ。
中枢の姫を倒せば海は解放される。そのはずだ。でも海は赤いまま、侵食されたままだと言う。
しかし泊地棲鬼は死んだ。轟沈したことも、遺体が消滅する瞬間も確実に見たらしい。
落ち着けわたし、冷静に考えれば可能性は一つだけだ。
「泊地棲鬼は、中枢の姫じゃあなかった?」
不知火が頷いた。正解ってことだ。
「じゃあ、中枢の姫は誰なの?」
「現在調査中です。判明後には再び強行偵察任務が発令されます、事前周知で、お伝えしました」
「りょーかいだっぴょん」
仕事ならしょうがない。
なんにせよ、泊地棲鬼が実は生きてましたーなんて展開じゃなければ良い。
そんな大した連絡じゃなくて安心した。お仕置きの方がよっぽど恐ろしい。あの不知火の笑みはヤバい。
本能が『警告』している。
ふと、気がついた。泊地棲鬼の『警告』に。
「……あ、『警告』って、そういう?」
「どーしたの?」
「泊地クソ鬼の断末魔を、思い出しただけぴょん」
『仇討チノ果テニアル『敵』トハ──』、あいつはそう言ってた。
まだ終わりじゃない、復讐の果ては
「よほど、苦しんで死にたいみたいだぴょん、深海棲艦って連中は」
自分でも、声が上がってるのが分かった。
なぜか、決まってる、復讐が
「……復讐ばっかりは、良くないよ?」
「分かってるぴょん、そんなので人生フイにしないぴょん」
「なら良し!」
那珂の言う通りだ、復讐だけに生きるつもりは毛頭ない。あくまでわたしは艦娘だ、護ることが最優先。前科持ちでもそこは変わらない。
手段と目的を取り違えるような愚行はしない。なにかを護らなくなったら、忌み嫌う深海どもと同じになってしまう。
「伝えることは以上です、哨戒任務は夜の九時から行います。遅刻したらまた罰則です。満潮さんにも伝えておくように」
「了解だっぴょん」
もちろん満潮には伝えない。一人だけ遅刻してお仕置き追加コースにしてやろう。わたしを怒らせたことを後悔するがいい。
「満潮さんが遅刻したら連帯責任になるので、そのつもりで」
考えを見抜いたように、不知火が警告した。
そんな、満潮を嵌めることができないなんて。心の底からガッカリする。仕方がない、伝えてやるか。深い深い深ーい溜め息を吐きながら了承する。
しかし、改めて思うが、これのどこがお仕置きなんだろう。
深海棲艦が滅多に出てこない海域での、夜間哨戒。無意味とまでは言わないが、やる価値はあるのか。
なんにせよ、楽な任務になりそうだ。ゆるゆるとこなして終わらせよう。
そして、卯月は思い知る。
この任務の過酷は、まったく別のところにあることを。
内一つは、不知火の想定外であることも。