夜間哨戒中に駆逐棲姫の襲撃を受けたわたしたち。
ポーラの凄まじい狙撃力でなんとか勝利をもぎ取ることはできた。しかし、私自身は足を引っ張ってばかりだった。
ポーラに担がれながら、どうにかこうにか前科戦線に帰還する。
顔を上げようにも、首が痛すぎて動かない。いや動かしてはならない。あとちょっと動かしたら折れてしまう。
「お帰りなさい、まずはお疲れさまでした」
見えないけど不知火の声が聞こえた。
戦闘があったことは知っているだろうに、相も変わらず冷徹な声だ。ここまで冷静だといっそ安心できる。
「まずは卯月さんを急いで入渠させます。ポーラさんドッグまで運搬をお願いします」
「了解です~」
「高宮中佐への報告は一旦満潮さんが行ってください。細かいところは後からポーラさんにしていただきます」
「ちょっと、待ってよ」
苛立った様子を隠すことなく、満潮が不知火を睨み付けているようだ。不知火はなにも言わず、足も止めない。
「わたしたちとんでもなく危なかったんだけど、なにか言うことないの?」
「なにもありません、仕事をしてください」
「ッあんたね、こっちをなんだと思ってんのよ!」
「ですから、
満潮が切れそうになっている。気持ちは分かる。あんな目に遭わせておいて労いの言葉一つないとは。
と、言いたいけど、それどころじゃない。
「あの、にゅ、入渠させてぴょん」
「あ、ごめんなさい~、今行きますね~」
「満潮さん、報告を、お願いします」
チッと思いっ切り舌打ちしていた。
不知火とポーラに運ばれ、わたしは入渠ドッグへ叩き込まれる。
入渠時間はそれでも一時間ぐらい。短いなぁ……と思った瞬間、体が一気に重くなった。
治療は関係ない。
疲労だ。途方もないぐらいの疲労がたまっていたのだ。ドッグに入り、お湯に浸かったことで、緊張が抜けた。疲労が一気に噴き出したのだ。
「あ゛~ダメだっぴょん……」
もういいや、我慢する必要もない。寝よう。
決めたら早い、瞼を閉じる。意識が一気にまどろみへ落ちていく。弛緩する体に身を委ね、わたしは小一時間の眠りについた。
ピーっと音が鳴り、目が覚める。
入渠の終わった音だ。ドッグの扉は空いている。体を起こし首をコキコキ鳴らす。痛みは取れた、完全回復だ。
ドッグから出る。傍に人がいた。
「し、不知火?」
確かに不知火だ。ドッグ近くの椅子に座っていた。なんでこんなところにいるんだ。
けど不知火は動かない。なんか変だ。良く見ると不知火は寝てしまっていた。
「寝てる、しめた、職務怠慢で高宮中佐にチクってやるぴょん!」
「寝てませんよ」
「ぴょんっ!?」
不知火が喋った。
ヤバイ聞かれてた今度はどんな罰則が言い渡される。恐怖に震えながらその場に座り込む。
「寝て、ま、しぇん……」
「って寝言かぴょん!」
なんだよ寝言かよ無駄に器用な真似しやがって。
しかし、なんで不知火はここにいたんだ。服に着替えながら疑問について考える。
起こして聞くか。シンプルな解決方法を思いついた。
「おーい、起きろっぴょん」
「ん……え、ハッ!」
「おはようぴょん」
寝ぼけた瞳が、わたしを見た瞬間見開く。自分が寝てたことに対してとても驚いている。
「不知火は、寝てましたか」
「寝てたっぴょん」
「そうですか……さすがに、徹夜は響きますね」
「徹夜? なんのために?」
「いえ、貴女たちが心配で……」
え、今何て言ったこいつ。
わたしたちが心配で、眠れなかったって言ったのか?
不知火はまだ寝ぼけていた。ぼんやりとしていたから口が滑ってしまった。
言ったことを理解した途端、顔を赤面させながら慌てだした。
「へぇー、そっかー、うーちゃんたちが心配で、不知火は夜更かしをしちゃったのあぴょん」
「い、言わないで、くださいよ、誰にも!」
「ヘーイぴょん」
これ以上からかうのは止しておこう。ちゃんとこっちを心配してくれる人を笑うのは良くない(満潮を除く)。
着替えを再開させると、背中を向けた不知火がポツポツ話し出した。
「ごめんなさい、まさか、敵艦隊の本体があそこまで接近しているのは想定外でした」
「別に気にしてないぴょん、予想外なんて戦場じゃ日常茶飯事だぴょん」
「『罰則』だとしても、これは行き過ぎていました。立場上、表立って不知火の非を認めることはできません」
まあ、悪いのは確かにわたしたちだ。
罰則になるようなことをしなければ、駆逐棲姫と遭遇することも避けれた。遭遇したとしても、もっと準備をしてから戦うことができた。
だから不知火が謝罪する必要性はない。元凶はわたしたちだ。これで沈んでもわたしたちの自業自得でしかない。それでも不知火は、判断ミスを気にしているのだろう。
「ですが、それでも不知火の過失はあります。必要以上の危険に晒してしまい申し訳ありませんでした」
「ふっふーん、まあ、そこまで言うなら、許してやらんこともないっぴょん」
「あまり調子に乗らないでくださいそもそも遅刻した卯月さんが原因なのですから」
ぐうの音もでなかった。
この機会にギャフンと言わせたかったのに。
しょうがない。不知火の謝罪を見れただけでも良しとするか。
「首の調子はどうですか?」
「んー、まあまあぴょん」
「それなら良かったです。入渠とて万能ではありませんから」
「そうなのかぴょん?」
「所詮、自然治癒力を高めているに過ぎないので。治癒で無理な怪我や疲労困憊の時は、入渠も無力です」
北上を思い出す。入渠が万能なら両足を失うはずがない。入渠があるから大丈夫、と思うのは危険な考え方なのだ。
「卯月さん、今から3時間休憩とします。その後執務室に来てください」
「……え、執務室?」
「あらかたポーラさんから聞いていますが、卯月さんからも事情を聞きたいと、高宮所長……ゲホン、中佐から」
「おい今『所長』って言ったぴょん」
「不知火になにか落ち度でも」
落ち度しかないよ。上司を所長呼びって。
いやまあ確かに、『所長』って言い方が似合う場所だけど。実質監獄みたいなノリだけど。でも秘書艦が言うなよ。
そうだあとで中佐に陰口しておこう。絶対に面白い。
その為に、この話をこころへ仕舞いこんだ。
それとは別に、執務室に呼ばれるとは。
「うーちゃんまで呼ぶなんて、そこまでするのかぴょん」
「はい、理由は二つ。ポーラさんが当てにならない点」
「おい」
言いたいことは分かるけど。あそこまで酔っぱらってて記憶は定かなのか分かったもんじゃない。
「もう一つは、それほどまでの緊急事態、ということです」
「駆逐棲姫が、近海に現れたことが?」
「怪我の功名と言うべきでしょう、早期に発見できなければ、中々面倒なことになってました」
今の時点では首を捻るばかりだ。
まあいいや。細かいところは所長違った中佐が話してくれるだろう。
ぶっちゃけまだ眠い。せっかくくれた休憩時間だ、たっぷりと休ませて貰おう。
またやっちまったよコンチキショウ!
「ギャァァァァ寝坊したッ!」
フルダッシュで執務室へ走り出す。前よかマシだけど遅刻は遅刻だ。二度目はヤバイ。懲罰どうこうじゃない。周りからの目線が痛い!
「申し訳ございません駆逐艦卯月ただいま参りましたっ!」
「部屋のノックがない」
「申し訳ございませんっ!」
ああもうヤダッ!
予想通りというか、高宮所長の目線がとっても冷たかった。背筋が凍りそうだ、不知火そっくり、それ以上に鋭い眼光に鳥肌が立つ。
「もういい、今はそれどころではない。そこに座れ」
「了解しましたぴょん所長」
「……所長?」
あ、ヤベッ。
「まままま待って待って待って高宮中佐これはそのとても深い訳がありましてのだぴょん」
「決めた、不知火、お前後で卯月の面倒みてやれ」
「ぴょんっ!?」
面倒って何。単語だけで恐怖を感じる。
「了解しました」
「面倒ってなにぴょん!? なんの!?」
「卯月、そこへ座れ、二度も言わせるな」
死ぬかもしれない。率直にそう思った。
なんてこった早々に二度目のお仕置きを受ける羽目になるなんて。
気分がアゲアゲならぬサゲサゲじゃないか。しょぼくれた顔でわたしは席に座り、出された緑茶をチビチビ啜った。
「ポーラから、概ねのことは聞いている。だがポーラはあのザマだ。戦闘能力は前科戦線最強格だが、他は微塵も役に立たん」
「あ、ポーラってマジで強かったのかぴょん」
「歴代着任艦娘の中でも間違いなく最強だ、奴に並ぶのは球磨しかいない」
あいつそんなに強かったのか、あの酔いどれが!
にわかには信じがたい、あのゲロ野郎が!
あれだけ強いから、呑んだくれでも許されてるのだ、あのアル重裸族は!
「……なにか、失礼なこと考えてませんか?」
「考えて問題なのかぴょん」
「失礼しました」
不知火はすんなり引き下がった。わたしの考えは正当だった。
いや、それでいいのか不知火。
こんな評価をされているポーラっていったい。わたしが言うのもなんだけど。
「呑んだくれはどうでもいい、卯月、お前の罰則の話だ」
「ぴょえん」
「内容は今回ほど危険ではない、今回だけは、我々にも落ち度があるからな」
「あのぅ、そろそろ内容を……」
「不知火から聞け」
だろうと思いました。
不知火直々のお仕置きって、なにが待ち構えているのか。
恐ろしくて夜も眠れない。
きっと夜の11時から朝の7時までたった8時間しか熟睡できまい。なんてことだ。
なんてけっこう呑気してたことを、わたしは後で心底後悔する。
「改めて聞くぞ、今回現れた駆逐棲姫は、お前を狙って現れた。そう言ったのは確かか」
確認って、それか?
変なことを聞くな。答えるのは簡単だけど。なんでそんなこと聞くのやら。
「そうだぴょん、泊地棲鬼の仇だのぬかしてたぴょん」
「口先だけではないんだな」
「同じぴょん、全力でうーちゃんを何度も殺しにきてたぴょん。人のことを外道だのクソ野郎だの、失礼な奴だっぴょん」
「ああ、それはどうでもいい」
「ひでぇぴょん」
しかし、なんであんなに、人のことを憎んでたのか。
わたしのことが直感だの本能で分かる、なんつう世迷いごとを言う奴が、まともな奴な訳ないが。
「そうか……なんにせよ、事態は至急を要する」
「その様ですね、面倒なことになりました」
「いや、考えようによっては僥倖かもしれん。無駄骨かもしれないが」
「あのー、勝手にお話進めないでぴょん」
ついていけない。なんの話をしてるんだ、ハブられてるみたいでとても傷つくんだぞ。
高宮中佐は椅子をこっちに向けてきた。
やっぱり顔が怖いと思った。
「駆逐棲姫がお前を狙ったことは、さしてどうでもいい。問題なのは近海に現れたこと、それ自体だ」
「そりゃ分かってるぴょん、敵にあんなに接近されたらシャレにならないぴょん」
普通の鎮守府で言えば、絶対防衛線の一歩手前だ。ここを突破されたら民間人に被害が出てしまう。それほどの状況だ。
前科戦線は町から、かなり離れた場所にあるから良いけど、常識に合わせると中々に
「いや、それも比較的どうでもいい」
「またかよ!」
「そもそもだ、駆逐棲姫だけではない。深海棲艦は基本、鎮守府近海に
「来れない? 現れないじゃなくて?」
高宮中佐はゆっくり頷く。
「深海棲艦のテリトリーに入るには、羅針盤や縁を駆使しなければ突入さえままならない。
それと同じ『術式』が、鎮守府には組み込まれている」
「……え、深海どもの技術を、使ってるってことかぴょん」
「連中は未だ未知の存在だが、解明は進んでいる。羅針盤、特効、高速修復材──それらを活用する技術も。姫級のテリトリーに容易に到達できないように、連中も我々の領海には、容易く侵入できないのだ」
マジか。人間やべぇな。素直な感想はそれだった。
「うーちゃん初耳ぴょん」
「当然だ、この結界も絶対ではない。突破されることもある。入れないから大丈夫などという慢心は許されない」
「あーはい、いつもの情報制限ですねぴょん」
突破されたらお終い、という緊張感を持たせるために、この情報は伝えていないのだ。いつもと同じ必要の原則ってやつだ。
「でも駆逐棲姫は近海まで現れたぴょん」
「そうだ、それが問題なのだ」
「前科戦線の位置まで把握しているわけではないようでした。それでも駆逐棲姫は、機雷の敷かれた防衛線ギリギリまで接近しました」
「さっき言ってた、『稀』なことが起きたってことかぴょん?」
高宮中佐と不知火が、揃って頷いた。
「結界が突破されるケースはいくつかある。単純に艦娘が減り過ぎたり、弱り過ぎて基地の力が弱まっている場合。発信機や追跡等によって基地の存在を『認識』した時……もっとも忌むべきケースとしては、内部からの裏切りもある」
「あ、あったのかぴょん、そんなこと」
「昔の話だ、今はない。深海棲艦と手を組んだとて最後には全員殺されると全員知っている。奴等への裏切りは一時の得にもならん」
それでもいたのか。あんまり知りたくない事実を知って、気持ちがちょっと暗くなる……と思ったけど、深海棲艦のエクストリームっぷりを思い出して納得しちゃった。あんな超生物軍団を前に絶望しない方が難しかった。
ホントぱねぇな人類、改めてそう感じる。
「だが、我々前科戦線には当然何れも該当しない」
「じゃー、なんで駆逐棲姫は接近できたっぴょん。まさか『勘』とか?」
「……情けない話ですが、現状可能性が高いのは、まさにそれです」
駆逐棲姫が本能とか、直感とか言ってたのを思い出す。
あれはあながち間違いじゃなかったのかもしれない。あいつは野生の本能じゃなく、怨念の本能でわたしを──わたしの居る前科戦線を突き止めた、のかもしれない。
「お前を呼んだのは、この危機を認識して貰いたかったのもある。近々駆逐棲姫に対処することになるだろう。前科戦線は第一艦隊所属の重要部隊だ、基地に攻め入られることなど、あってはならない」
「え、でもあいつポーラが沈めたぴょん」
「一度沈めたぐらいでは死なん。今頃は奴の領海で復活し、またこちらを目指しているところだろう」
つまり、また戦うことになる。
今度こそキッチリ殺して仇討ち完遂といこう。そう意気込む自分の手は、プルプルと震えていた。
気合か緊張か、もしくは恐怖か。
どちらかと言えば。
それは言うまでもない。
「あ、そうだ。さっき不知火も『所長』って言ってたぴょん」
「卯月さん!?」
「……そうか、不知火、残れ」
「では失礼いたしますぴょん」
これは譲れなかった。やったぜ。
部屋へ帰る途中で、話を思い出す。
深海棲艦は基本、鎮守府へ侵入できないと中佐は言った。
じゃあ、わたしの
後をつけたのか、発信機でもつけられたのか。
穴あきチーズのような記憶では、思い出せる筈もない。無理に考えると怒りで頭がおかしくなってくる。
考えるだけ無駄だ、過ぎたことはどうにもならない。浮かんだ疑問を脳裏へ追いやり、ベッドへと潜りこんだ。
艦隊新聞小話
よく深海棲艦が束になって攻め込まないのはなんでだって話、良く聞きますけど、こんな理由があるんですねー。
とはいっても、中佐さんも全部は言ってないですけど。
これも機密事項、あくまで一例ってことですね。決して妖精さんの技術だから良く分かってない、なんてことはありませんよ!
あ、それと不知火秘書艦が、高宮中佐の前で『所長』呼ばわりしたのは、これで13回目らしいです。うっかりさんですね!