前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第32話 悔恨

 執務室を出た頃にはもう朝ごはんの時間だった。

 ご飯を逃してはならない。すぐさま食堂へ向かう。近づくといい香りが漂ってきた。

 

 食堂のテーブルには、だいたいのメンバーが集まっていた。那珂や熊野とか。逆にポーラと満潮はいない。昨日の哨戒メンバーは来ていないのだ。

 

 どこへ座ろう。考えてると那珂が手招きしてた。誘いに乗り、彼女の向かい側に座る。

 

「哨戒任務お疲れ!」

「マジで疲れたぴょん、着任から一週間ちょっとで味わう量じゃないぴょん」

「そういえばそうだったね」

 

 泊地棲鬼を撃破したのが数日前だ。すぐに駆逐棲姫と交戦。

 こちとら基礎訓練しかできてないのに、姫級二隻と戦う羽目になった。

 とんだ地獄だ。

 

「まあ、生きてたんなら全部チャラだよチャラ!」

「戦わなかったからって、適当なこと言いやがるぴょん」

「だって夜寝なきゃお肌荒れるし」

「軍人の発言じゃねえぴょん」

「軍人じゃないよ、軍人だとしても軍人という名のアイドルだよ!」

 

 戦場のアイドルってか。

 前も言っていたな。他の那珂とは違うアイドルになりたいと。

 言ってることはまともなんだけどな。

 

「そんなことより、どうだった駆逐棲姫は?」

「どうだった……って?」

「那珂ちゃんの歌を聞かせるに相応しい相手だったか」

 

 やっぱりまともじゃないよこいつ。言ってることが意味不明だ。

 

「強かったか、そう聞いてるんでしょ?」

 

 お茶を持ってきてくれた飛鷹さんが翻訳してくれた。が、翻訳しても理解できない。

 

「つまりね、すぐ沈んだら那珂の歌はフルで聴けないでしょ? 聴き終わるまで沈まない強い相手の方が良い。相応しいって言うのはそういう意味よ」

「そうそう、そうとも言うね!」

「そうとしか言わねえぴょん! なんで分かるんだぴょん!」

「一応そこそこの付き合いだから……」

 

 飛鷹さんの目は遥か彼方。那珂の言語が分かるようになるまで、長い苦労があったのだ。

 

「で、実際強かった?」

「フッ、雑魚に決まってるぴょん。このうーちゃんを視界に入れた瞬間、恐怖に頭を垂れたぴょん」

「そうなの?」

 

 そうなのだ! 

 あの時の駆逐棲姫の顔といったらケッサクだった。

 嗜虐心がゾクゾク刺激される良い顔だった。

 ちょっと脚色されてるが、おおむねそうだった気がする。

 

「中佐からはボコボコにされたって聴いたけど」

「知ってんじゃねえかぴょん! いや、その話したのは誰ぴょん、満潮か!?」

「ポーラよ」

「あんのアル重め!」

 

 いらんこと言いやがって。これだからアル中は。もっと気を使ってほしいものだ。具体的にはわたしの評価を良く報告して満潮は下げるとか。

 

「恥かいたぴょん」

「こらっ嘘はダメだよ、アイドルに嘘は厳禁!」

「いつからうーちゃんはアイドルに……?」

「駆逐棲姫にサイン渡そうとしたって聞いたけど」

「全部報告してんじゃねえかぴょん」

 

 疲れた。息が切れてきた。

 当然だ、入渠して仮眠したからといって、疲労は残ってる。体力以上に精神的に。

 その最大の原因は、自覚している。

 

「それでー、ボコボコにされて、どーだった?」

「……これ言わなきゃダメぴょん?」

「言わなくても良いよ?」

 

 なら言わなくていいや。

 こんなこと言っても何にもならない。

 なによりも情けないし、恥ずかしい。こんなことわざわざ話したいと思わない。

 

「……くやしいぴょん」

 

 しかし、口が勝手に動いてしまった。

 

 慌てて口に手をやる。なんてこった、そんなに溜まってたなんて自覚してなかった。

 

「やっぱり、ま、そうよね」

「ほらほらー、ポロッと言っちゃったんだから、全部話しちゃいなよー」

「え、そう言われると何だか……」

「天の邪鬼じゃないんだから」

 

 これはダメなパターンだ。那珂の前に座った時点で詰んでいた。話さないと解放されないだろう。

 ハァと息を吐き、腹をくくる。

 

「なーんもできなかったぴょん。砲撃も魚雷もな──んにも効かなかったぴょん。足を引っ張ってばかりだし、ポーラの助けがなかったら首を折られてたし、もう散々だったぴょん」

 

 それに尽きる。

 とにかく情けないと思う。

 自分が、かなり弱い艦という自覚があっても、なお無力感が苛んでくる。

 

「しかも相手が駆逐棲姫ってのが最悪だぴょん。泊地の仲間にやられるなんて屈辱の極みだぴょん」

「あー、そういやそうらしいね。泊地棲鬼の部下だったとか」

 

 敵討ちの仲間なら、そいつも怨敵だ。確実に抹殺しなくてはならない相手だ。

 が、このザマだ。

 敵討ちどころではない。その前に死んでしまう。力不足過ぎる。

 

「強くなりたいぴょん……」

「そうだよね、悔しいよね……」

「できる限り楽して」

 

 話を聞いてた那珂が、顔面をテーブルにぶつけた。後ろの飛鷹さんは滑って転びかけた。

 

「なんだぴょん、そんな変なこと言ったかぴょん」

「台無しよ、色々と」

「効率主義と言って欲しいぴょん」

 

 楽をしたい……その本音を隠す建前はいくらでもある。言葉とは便利なものだ。

 

「確かに、強くなるなら、急がないといけないけど」

「駆逐棲姫、いつ来るか分からないんだよね。楽しみだなー……じゃなかった、大変だね」

 

 本音を漏らした那珂はどうでもいいが、急ぐ必要はある。

 さすがに今日はないだろうが、駆逐棲姫の襲撃が次何時来るか分かったもんじゃない。備えは必要だ。

 

 決して楽したいとか辛い訓練なんてやってらんないとか、そんなんではないから誤解しないで欲しい。

 

「訓練はするんでしょ?」

「いや……不知火に呼ばれてるぴょん」

「ああ、高宮中佐の前で所長呼びしたって話ね」

 

 とんでもないうっかりで地獄になった。いったいなにをやらされるのか皆目検討もつかない。

 

「変なのー、ここの皆、ちょこちょこ所長って呼んでるのに」

「それは影でコソコソ言ってるんだぴょん」

「ううん、目の前で。罰則とか聞いたことないよ。注意はされるけど」

 

 は? どうなってる? 

 皆目の前で言ってるのになにもなし。わたしだけ罰則あり。

 意味が分からない。

 

 これは差別か、それともいじめか? 

 許せぬ、怒りの炎がどんどん燃え上がっていく。不知火め覚悟するがいい。

 

「口実なんじゃないかしら」

 

 飛鷹さんが、少し考えて呟いた。

 

「口実? うーちゃんを虐待するための?」

「ええ、ウサギの踊り食いでもするのかもね」

「ぴょん!?」

「冗談よ。なんなのかは分からないわ、想像でしかないし」

 

 そりゃそうだ。飛鷹さんだって全部は知らない。

 または知っていて言わない可能性もある。飛鷹さんはいわば看守だ。必要以上の関わりは『馴れ合い』になる。

 

 結局、行かなければ分からないのだ。

 若干涙の味がするコーンスープを飲み干して、わたしは不知火という名の死地へ向かった。

 

 

 

 

 執務室前で待っていた不知火は、出会うなり襲いかかってきた。

 

「ナンデッ!?」

 

 返事はなかった。

 いくらなんでも予想できない。

 瞬く間に目隠しとずだ袋を被せられて、拘束されてしまった。なにも見えない。

 

 続けて猿靴まで噛まされる。声も出せない、助けは呼べない。そのまま担がれて運ばれていく。

 

 徹底していていっそ感心できる。なんて素早い拘束、わたしじゃなきゃ見逃しちゃうね……アホなこと思ってる場合じゃない! 

 

「ムーッ!」

 

 ハッキリ言って、かなり辛い。

 この状態は『トラウマ』を思い出す。

 全身拘束されてトラックに押し込まれた。あの痛みと恐怖は拭えない。

 本当に怖かったのだ、あの経験は。

 

「ムゥ、ムー……」

 

 だんだん言葉が出なくなってきた。息もうまくできない。トラウマにわたしが食われかけた時、不知火が拘束を解いた。

 

「お待たせしました」

「…………」

「いかがされましたか」

「バカーッ!」

 

 すぐ襲いかかったわたしは絶対間違ってない。かわされてしまったが、すぐにまた飛びかかった。

 

 で、わたしの視界は()()()になっていた。

 

 知覚できない速度で投げられたのだ。

 うん、そうなると思ってた。前もそうだったし。

 

「なぜ襲いかかるのですか」

「普通怒るぴょん! てかうーちゃんのトラウマを忘れたかぴょん!?」

「あ」

 

 不知火は突如咳き込んだ。

 

「覚えています」

「おいコラ」

「不知火になにか落ち度でも」

「落ち度しかねーぴょん! あーっ!」

 

 頭をガシガシ掻き毟る。ほんとうに不知火は、まじで忘れてやがったなこいつは。

 

「さすがのうーちゃんも怒っちゃうぴょん、ぷっぷくぷー」

「それは不知火のセリフです、高宮中佐のまえで不知火の落ち度を、よくも暴露しましたね」

「うーちゃんは事実を言っただけだっぴょん」

「おかげであの後、不知火の体は大変なことに……」

「え?」

 

 今、なんか、とんでもない単語が聞こえた気がするが。

 これは大スクープの臭い!

 某重巡じゃないけど飛び付かなければ後悔する特大ネタだぴょ──

 

「それを、言ったら、不知火は怒りますから」

「アッハイ」

 

 改めて、不知火に連れてこられた部屋を見る。

 妙な部屋だ。窓は全くない。いくつか換気扇があるだけ、明かりは照明だけだ。

 

 扉も一つだけ。なのに部屋は無駄に広い。殺風景極まりない。基地のどこにこんな部屋があったんだろうか。

 

「ここどこぴょん」

「基地の地下室です。万一の時のシェルターでもありますが、今回は別の目的で」

「秘密の部屋ってことかぴょん」

「ええ、本当に緊急用の部屋なので。ですが今回は特例で使います」

 

 なにをするんだ。見たかんじ防音、防諜もしっかりしてる。わたしがどれだけ泣き叫んでも、すすり泣き一つ外には聞こえないだろう。

 

 やっぱり拷問か? 拷問なのか? 

 

 恐怖に震えるわたしを他所に、不知火はその場に正座した。手招きで知覚に来るよう誘ってくる。

 

「な、なにをする気だぴょん」

「卯月さんには、訓練をしてもらいます」

「……訓練?」

「ええ、実益と懲罰を兼ねた、『訓練』です」

 

 なんだ、拷問じゃなかったのか。

 とりあえずホッとする。安堵もつかの間、別の不安が押し寄せる。やっぱりおかしいぞ。

 

「訓練を、こんな部屋で?」

「はい、この部屋でなければ、高宮中佐の許可が下りないからです」

 

 いまいち話の要項が掴めない。

 懲罰も兼ねてる以上、三途の川を覗き込むような、地獄の特訓なのは察した。

 それでも、緊急用のシェルター内でやる意味は分からない。

 

「卯月さん、まず始めに、とても重要なことを言います」

「うーちゃんは今から壮絶ないじめに合うってことぴょん?」

「卯月さん、真面目にお願いします」

 

 不知火の顔は真剣そのものだった。

 わたしの冗談に怒りさえしなかった。こんなのは始めてだ。かなりガチな話ってことだ。

 

「この訓練は、とてつもない危険を伴います。下手を打てば、冗談抜きで『即死』します」

「死っ!?」

「はい、死にます」

 

 嘘だと思いたかった。しかし不知火はそんな上手いジョークを言える奴ではない。

 まじで死ぬ危険があるのだ。どんな訓練だよオイ。

 

「なので、外に影響が出ないように、このシェルターで行います。分かりましたか」

「分かったけど到底納得してないぴょん」

「一番の注意点は説明したので、本題に入ります」

 

 無視された。悲しい。ここに人権はないのか──懲罰部隊だったことを思い出して諦めた。

 

「卯月さん、不知火たち駆逐艦では、戦艦クラスの装甲は到底貫けないことは分かりますね」

「とーぜんだぴょん。だから魚雷とかをぶちこむんだぴょん」

「しかし、雷撃さえ通じない場合もあります」

「う……」

 

 昨日の戦いを思い出してしまう。

 そうだ、『特効』でも乗らない限り、卯月が敵にダメージを与えるのは困難だ。

 

 下手すりゃイ級も一撃で倒せない。そんなわたしじゃ姫級には到底かなわない。

 こればかりは無理だ、どうしようもない。生まれつきの特性は変えられない。

 

「普通の鎮守府なら、そのような艦は戦闘へ出しません。輸送任務にあたらせます。昔と違い極端な戦力不足ではないので。ですが此処では事情が違います」

 

 前科戦線は全部が特殊だ。

 任務の特性上、前科持ちのエリートでなきゃいけない。当然メンバーは簡単に集まらない。

 どうやっても、慢性的な戦力不足に悩む羽目になる。

 

「例え駆逐艦であっても、姫級と単独で戦わなければならない時もあります」

「どんな時だぴょん」

「羅針盤がそれて一隻だけ姫級の群れに放り込まれた時ですね」

 

 具体的過ぎて嫌になる。過去にそういうことがあったって訳だ。

 

「駆逐艦が単独で戦艦級、姫級を相手取る時。どのように戦えばいいか分かりますか」

「関節技を決めるとか」

「卯月さんには不可能ですね」

 

 バッサリと否定された。

 そんな馬鹿な、真面目に考えたんだぞ。

 姫級は人型だ。間接や可動域の概念がある。それゆえの弱点がある。だから関節技が効くと思ったんだが。

 

「姫級の身体能力は規格外です、戦艦ならまだしも、駆逐艦ではどうやっても押し返されます」

「えー、じゃあどうすんだっぴょん」

「本来なら、時間稼ぎの仕方をお教えする筈でした。倒せなくとも、行動を制限することはできますから」

 

 目潰しとか、その他色々ってことか。それならできる。実際駆逐棲姫の片目は潰せたし。できてることなら、教わる必要ないんじゃないか。

 

「言っておきますが、如何なる状況下でも確実に、相手の弱点部位を狙撃できるという意味ですからね」

「できるわけねえぴょん、そんな超人技」

「ここのメンバーは全員できますが」

「嘘ぴょん」

 

 そんなことできる奴、神鎮守府にもいなかったぞ。

 深海棲艦は小さいし動き回っている。そんな相手の目や耳を正確に砲撃するなんて不可能だろう。

 

 でも前科戦線のメンバーはできると不知火は言う。改めてみんなの基本技量の高さを思い知った。やっぱりわたしは、まだど素人なのだ。

 

「しかし、それを会得するには時間がありません」

「駆逐棲姫かぴょん」

「推測では、あと一週間以内に再襲撃があるとのことです。それまでに卯月さんを使()()()()()()()()のが、不知火の仕事です」

 

 これは、喜ぶべきなんだろうか? 

 駆逐棲姫を確実に抹殺できる力が欲しいとは思ってた。

 でも地獄を見たいとは言っていない。不知火は間違いなく修羅のような訓練を課すだろう。わたしの心境は複雑だった。

 

「でも、どーするぴょん。うーちゃんいきなりそんな強くなれないぴょん」

「承知しています。なのであまり望ましい方法ではありませんが……ズルをします」

「ズル?」

 

 不知火は持ってきたカバンから、厳重に密閉された瓶を取り出した。無色透明の液体には、大量の警告マークが刻まれていた。

 

「艦娘が現れる前、人々はこれで戦っていました」

「えーっと、これって」

「『毒』、と呼ぶべきでしょう」

 

 本当にどうなっちゃうんだろうか、わたしは。

 こうして駆逐棲姫襲撃までの間、不知火によるハードな訓練が幕を上げたのである。




艦隊新聞小話
不知火さんがなにをされたのかというと、高宮中佐の手料理(カロリー重点)を夜食に、大量に食べさせられたそうです。
結果不知火秘書艦の体重はうなぎ登り!
体が大変ってのは、体重的な意味合いだったんですね。
ん?おや、こんな時間に誰でしょあちょまヤバ――




次回の艦隊新聞小話は急遽休刊となります。ご了承ください。

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