前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第33話 疑惑

 わたしことうーちゃんは、また不知火に拘束されて運ばれていた。

 シェルターに行くときと同じだ。あそこの場所は隠されている。どこにあるか分からないよう、目隠しと耳栓をつけられた。

 

 また蘇るトラウマに震えてると、不知火が立ち止まった。

 

「お疲れさまでした」

 

 拘束が解かれ、その場に下ろされる。

 行きと同じ、執務室の前に戻された。

 

 窓から見える外は赤く染まってる。夕方だ。朝からずっと訓練してたのだ。

 

 窓のない部屋だったから、時間感覚が狂ってた。何時間連続で訓練してたんだ。

 

「日中訓練は終了です」

「……ぴょん」

 

 まともな返事ができない。呂律が回らない。足から脳天まで全身の筋肉が疲労してる。

 

 過酷な特訓だった。

 けどやっと終わった。ホッと胸を撫で下ろす。今日はよく眠れるだろう。

 

 などと、悠長なことを考えてたわたしに、不知火が宣告する。

 

「入渠後及び食事後は夜間訓練です」

「……ぴょん?」

「ご安心ください、入渠ドックは空いています。中佐からの許可も得ています」

 

 連続訓練による、疲労蓄積の心配はなかった。

 確かに入渠すれば疲労はとれる。駆逐艦のわたしなら数時間で入渠も終わる。短い休憩でトレーニングを継続できる。

 

 でもわたしが心配してるのは、そこじゃあない。

 

「や、夜間訓練ぴょん?」

「はい」

「何時から何時までぴょん?」

「8時から翌日5時までです」

 

 えーと、つまり、9時間訓練ってことだ。

 

 うん、死ぬぞこれは。

 入渠があっても限界はある。生命の危機を感じて、不知火に抗議する。

 

「無理だぴょん、もたないぴょん」

「倒れたら高速修復材で復活させます。お忘れですか、このトレーニングは『罰則』も兼ねていると」

「罰則じゃなくて死刑だぴょん!」

「駆逐棲姫に勝ちたくないのですか」

 

 意地悪な言い方だった。

 そう言われたら黙るしかない。

 だってその通りだ。駆逐棲姫はどんな手段を使ってでも、殺したいと感じてる。

 

「生半可な鍛え方では間に合いません、仇討ちを人任せにしても問題ないなら、構いませんが」

「ざけんなぴょん、あいつを殺すのはこのうーちゃんだぴょん」

「では、分かりますね」

 

 分かりたくないが、納得するしか道はない。

 せめて『改』にならないと話にならない。本懐を遂げるには、地獄を見なきゃいけない。

 

「納得いただければ以上です、十分に休憩をとってください」

 

 不知火が執務室へ消えた。

 

「あひん」

 

 緊張が解けた途端、膝から崩れ落ちた。

 思い出したように、全身に筋肉痛が襲いかかる、痛くて中々動けない。

 

 トレーニングは、本当にキツかった。

 それ以外の感想はない。キツい、超辛い。これで全部が説明できてしまう。何度も死ぬかと思った。

 

 これでちゃんと強くなれるんだよな。なれなかったらただじゃあおかないぞ不知火め。

 

 力が足に入らず立ち上がれない。壁を支えにフラフラしながら食堂へ向かう。体のダメージよりもお腹のダメージが深刻だった。

 さっきからお腹が鳴ってる。グーなんてなまっちょろい音じゃない。グギョメグゴゴって感じで鳴っている。

 冗談じゃない。

 

「何の音クマ!?」

 

 ほら、反応した。

 廊下から現れたのは球磨だった。警戒心マックスだ。わたしの胃の音はそれだけ非常識な音色だったのだ。

 

「って、卯月かクマ。今の音はなにクマ」

「お腹が空いた音だっぴょん」

「あんな音なるわけないクマ」

 

 と言った途端、またグギョメギャギギギゴと鳴った。

 

「鳴ったぴょん」

「……どんだけお腹空いてるんだクマ、てかなんだクマその歩き方は」

「まともに立てないぴょん、助けてぴょん」

 

 これはマジだ。この歩行速度で食堂へ辿り着ける気がしない。

 球磨は呆れた顔をする。大きくため息を吐いて、目の前でしゃがんでくれた。

 

「ほら、背負ってやるクマ」

「ありがとぴょん、訓練で苛めるドSベアーとか思っててごめんぴょん」

「は?」

「なんでもないぴょん」

 

 一瞬すっごい殺意が出てきた。超恐かった。でも実際あの訓練はやばかった──いや、不知火のしごきの方がヤバかった。

 なにがヤバいって、不知火の訓練はガチで生命に関わるのだ。一瞬の不注意で死にかねない。毒を使うんだから、しょうがないのかもしれないけど。

 

「いったい、何をしてたんだクマ。不知火の罰則がそんなにハードかクマ」

「そうだぴょん、うーちゃんを使い物にするって言って、クソハードな訓練をしてるぴょん」

「訓練? 不知火がクマ?」

「そうだっぴょん」

 

 球磨の顔が少しだけ、訝しんでるように見えた。すぐに戻っちゃったけど。なんか変なこと言ったっけ。

 

「で、今日は終わりかクマ」

「ううん、ご飯を入渠の後、徹夜で朝まで訓練ぴょん。助けてくれぴょん」

「球磨にはどうにもならないクマ、ドンマイクマ」

 

 慰めるぐらいなら代わってほしい。強くなりたいけど苦労したいとは言ってない。限界まで楽をしてたかった。

 と思ってる間に、食堂の前まで来ていた。

 

「ここまでで良いかクマ?」

「うん、ありがとぴょん」

 

 お礼を言って下ろして貰う。食堂へ入ろうとするが、球磨は別の方向へ向かっていく。

 

「あれ、食べないのかぴょん?」

「他の用事があるクマ、それを済ませてからクマ」

「そっかー、じゃ、またぴょん」

 

 ヘロヘロの足取りで食堂へ入る。まだ人はまばらだ、ちょっと来るのが早すぎたらしい。

 でも支度はできている。カウンターで飛鷹さんが世話しなく動き回っていた。

 

「あら、お疲れうーちゃん」

「死にそうぴょん」

「あはは……不知火の特訓よね」

 

 乾いた笑いには多分に同情が混じってる。飛鷹さんは知ってたみたいだ。高宮中佐から聞いたんだろう。

 言い方からして、不知火の訓練を知ってそうだった。

 

「不知火の訓練を知ってるのかぴょん」

「ええ、わたしも一度、受けたことがあるから」

「へー、飛鷹さんでも仕出かすことがあったんだぴょん」

 

 お仕置きと称した訓練を受けたってことだ。

 つまり、なにかやらかしたってことだ。

 とても好奇心が沸いてくる。是非知りたい。それをネタにして弄びたい。

 

「いや、単にわたし、不知火の後輩だから」

「なんだつまんないぴょん」

「ちょっと」

 

 飛鷹さんの突っ込みはスルーした。

 つまらんものはつまらん。不知火よりあとに着任したってのは意外だったけど。

 

「あーあ、せっかく良いものあげようと思ってたのになー」

「はーん、そんな見え見えの罠に引っ掛かるうーちゃんじゃな」

「取り寄せた間宮アイスなのに」

「ぴょんっ!?」

 

 振り返った作業、飛鷹さんの手には確かに、あの光輝く間宮アイスが握られていた。

 

「初給料もまだなのに頑張ってるから、少し誉めてあげようって、思ったのにねー」

「ごごごごめんなさいだぴょん!」

「冗談よ、ほら、みんなが来ない内に食べちゃいなさい」

 

 目の前に置かれた間宮アイスは、冗談抜きで光を放っていた。キラキラしたものが本当に見える。昔食べた間宮パフェに乗ってたアイスも、そうだった気がする。

 

「ぴょぇぇん」

「どういう声よ」

「言葉にならない旨さぴょん……あ、飛鷹さんのご飯もおいしいぴょん!」

「フォローありがと」

 

 やはり女の子のからだには甘いものだ。細胞一つ一つに染み渡って行く。高揚感に疲労までぶっ飛んでいく……気がする。気分の問題だけど。

 

「あ、でもそれ給料一月分だから味わって食べたほうが」

「ぴょん?」

「手遅れだったわね……」

 

 もう食べきっちゃったよ。

 給料一月分の味は一瞬で溶けて消えた。アイスだけに。

 

 それだけ高いのは、やっぱり輸送コストがかなりかかるからだとか。

 

 こんなド僻地にある基地にアイスを運ぶのは、それだけでも手間だ。その上作り手も『間宮』じゃなきゃいけない。単価がうなぎ登りになる訳だ。

 

「ごちそーさまぴょん、また食べたいぴょん」

「次は自分で買いなさいよ」

「ありがとぴょん、でも良いのかぴょん、こんな高いもの」

 

 親切にしてもいきすぎじゃないだろうか。

 ここまでしてもらうと、逆に気まずい感じがする。

 わたしの問いかけに、飛鷹さんは背中を向けながら答えた。

 

「良いのよ、ただでさえ辛い目にあってるんだから。泊地棲鬼だけじゃなく、そいつの仲間とも戦わなきゃいけない。なら良いじゃない」

「じゃあ不知火の特訓をなんとかしてくれぴょん」

「無理ね頑張ってる応援してるわ」

 

 実質の死刑宣告だった。

 まさかこのアイス最後の晩餐じゃなかろうな。

 懐かしい味が、惨たらしい思い出にならなきゃいいが。

 

 

 

 

 高宮中佐のいる執務室だが、秘書艦の不知火はいない。

 夜間訓練に備えて、彼女も仮眠をとっているのだ。

 

 無論、数日間寝なくても戦える訓練はしている。しかし卯月に課したトレーニングは極めて危険な内容だ。

 

 特級の『毒物』を用いた訓練。事故死のリスクは極限まで減らさないといけない。卯月をここで失ったら大きな損害だ。その為に高宮中佐は、仮眠を指示したのだ。

 

「失礼しますだクマ」

「入れ」

 

 ドアをノックして、球磨が入室した。

 礼儀正しくお辞儀をして、高宮中佐の前まで歩いてくる。中佐はペンを止めて、顔を上げた。

 

「なんの用だ?」

「駆逐艦卯月について、意見申し上げるクマ」

「必要ない、帰れ」

 

 中佐は気づいていた。

 礼儀正しくしていても、負の感情が一切隠せてないことに。

 いいや、隠す気がないのだろう。

 

「いいえ、申し上げるクマ。前科組として言いたいクマ」

「不知火の、訓練のことだろう」

「はい、そうですクマ」

 

 予想はできていた。不知火の行動が何名かの反感を買うことは。だがそんなことは承知している。その上で高宮中佐は、不知火に命令したのだ。

 

「卯月の特別扱いが、気にくわないようだな」

「……承知のうえですかクマ、でも言わせてもらうクマ」

「いいだろう、認める」

 

 かなり無理をしてる自覚はあった。

 だから高宮中佐はある種の『上官批判』を認めた。

 

「なぜ、卯月を特別扱いするのですかクマ」

「必要だからだ。知っての通りやつの練度は低い。いずれ死ぬだろう。そうならない為には集中的な訓練が必要だ」

「……そもそも、なぜ、あんな練度の低い艦娘をスカウトしたクマ」

「知っての通り、今の特務隊には駆逐艦が少なすぎる。ちょうどそのタイミングでスカウトできるのが、卯月しかいなかった。それだけだ」

 

 冤罪によって処刑されそうな駆逐艦がいる。

 その情報は渡りに船だった。だから不知火と飛鷹を向かわせ、強奪させた。

 

 表向きの理由だ。

 

 だが真実を語る理由はない。高宮中佐は口を閉ざし、カバーストーリーを語る。

 

「おかしいクマ」

 

 しかし球磨は納得しなかった。

 

「球磨はここに来てから一番長いクマ、多少練度の低い艦娘も来たクマ。でも、卯月ほど過保護じゃなかったクマ」

「過保護? どこがだ」

「最初に球磨と那珂で訓練したこと、仇討ちのチャンスを与えたこと、不知火が専属でついた訓練、『毒物』の使用許可……中佐は、卯月になにを期待してるクマ」

「訓練は必要だからやっている、仇討ちのチャンスは、奴が羅針盤を動かす因子になりえたから。それ以外の理由はない」

 

 タイミングが良かったので拉致した艦娘が、たまたま次の任務に役立ったに過ぎない。

 高宮中佐の説明に、球磨は露骨に苛立っている。

 

「そうじゃないクマ、卯月を特別扱いするのはなぜですかクマ。使えない新人の面倒を見てるのに、その上特別じゃ、不満が溜まるクマ」

「そうだろうな」

「なら……」

「だがそれのどこが問題なのだ?」

 

 ピシャリと、教鞭の音が鳴った。

 

「前科持ちのお前たちに、それが言える立場なのか?」

「それは……」

「卯月が弱いままで被害を被るのはお前たちだ、不知火が鍛えるのが悪いことか?」

「秘書艦直々に鍛える必要は、ないクマ」

「ならお前が鍛えればいいだろう」

 

 その一言は、禁句だった。

 球磨は固まり、顔を青くしながら脂汗を流し始めた。

 まあ、こうなるだろうな。中佐は球磨を睨み付ける。

 

「格上に勝てるよう、やればいい。不知火が訓練する必要はなくなる。それなら納得するが、どうだ」

「…………」

「特別扱いしているのは確かだ、だから今回のことは不問とする」

「……申し訳、ありませんでした、クマ」

 

 球磨は震えながら執務室から出ていった。

 その背中を見て、高宮中佐は深い溜め息をつく。

 

「まだ、奴に死んでもらっては困るのだ」

 

 一人呟く。

 利用価値を終えるまでは、少なくとも生存してもらわないといけない。特別扱いはやむを得ない。

 

 そうだとしても、この状況は中々難しい。

 部隊内の空気が悪くなることは、基本避けるべきなのだから。

 しかし、卯月の特別扱いは、球磨の思っている以上に複雑だ。

 

「北上が間に合うか、真実が暴かれるか」

 

 提督の独り言は、誰にも聞かれることはなかった。




『毒』の正体がなんなのかは、実践までお預けにしちゃいます。
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