前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第34話 改装

 不知火の訓練はやっぱり壮絶極まったものだった。

 地獄というのも生ぬるい、裸で煉獄に燃える針地獄を歩かされるような拷問と形容しても足りない気がする。

 

 だが、わたしはそれを乗り切った。

 生まれたての小鹿のように歩いているが生きている。

 わたしはお手洗いに向かっていた。鏡が見たかった、生きている確証が得たかった。

 

「うわ、ひでぇ顔ぴょん」

 

 鏡を見て開口一番、そんな感想が出た。

 

 睡眠不足に酷いクマができ、頬は痩せこけている。急激に体力を消耗したせいで全身や顔面の骨が浮き上がっている。

 

 まるでデスマスクを張り付けているようだ。ちゃんと生きてるのか不安になっている。ひょっとして死んでいて、その自覚がなかったりして。

 

 阿呆みたいだが、そう思わざるを得ないレベルで酷い訓練だった。

 酷いっていうか、スパルタって言うか、命の危険があるって言うか……ともかく尋常じゃなかった。

 

「卯月さん、まだですか」

「あ、いま行くぴょん」

「さっさとしてください、時間がもったいない」

 

 反論する余力もない。フラフラと不知火の後をついていく。

 大変な訓練だったけど、おかげで一つ、良いことがあった。

 ()()()()()()()()()()()()らしいけど、ほぼ確定だと不知火は言っていた。

 

 二人揃って向かった先は、北上のいる工廠だ。

 朝早いのに、もう働いている気配がする。出撃がなくてもやることはあるってことだ。

 

「北上さん! 不知火です!」

「はーい、待ってたよー」

 

 全方向ロープウェイに乗っかって北上さんがやって来る。目にちょっとクマがついていた。もしかしたら、事前に準備をしてたのかもしれない。わたしの為にありがたい限りだ。

 

「このうーちゃんの為にここまでしてくれるなんて、北上さんは最高だぴょん」

「え? ああ、うん、まあね」

「お疲れさまです北上さん」

 

 この時北上さんはこっそりと「忘れてんの不知火……?」と呟いてたらしい。だが疲れ切ったわたしは気づかなかった。

 

「準備はできていますか?」

「連絡を受けてから急ピッチでやったからね、万全だよ」

「卯月さんもよろしいですか?」

「万事オッケー絶好調ぴょん、今ならなんでもできる気がするぴょん。泊地棲鬼も駆逐棲姫も小指一本でドギャーンだぴょん!」

 

 この状態を俗に深夜テンションと言う。自覚していなかったが。一晩起きてたせいでネジが飛んでたらしい。

 

「まあ、良いならそれで良いや」

「不知火は高宮中佐へ報告へ参ります、あとは宜しくお願いします」

「任せておきなー」

 

 不知火を見送って、わたしと北上さんは工廠の奥へ向かう。

 案内された先には、小さな機材が置かれていた。北上さんはパッパと機械を操作して、装置の一つを手渡してくる。

 

「はい、これを腕につけて、これで『練度』を測るから」

「了解ぴょん」

 

『練度』というのは、艦娘の戦闘能力を示す指数だ。

 まあ、どうやってカウントしているのかは誰も分かっていない。何故ならこれも羅針盤と同じ、妖精さんの不思議技術の賜物だからだ。

 

 訓練の数なのか敵艦を沈めた数なのか、だーれも分からない。でも信用できる代物らしい。まあ、妖精さんのやることなので、考えるだけ無駄ってことだ。

 

 そして、これを測るということは、意味することはただ一つ。

 腕にはめて、北上さんがモニターを見る。画面には色んな数値が目まぐるしく回り、やがて計算が終わった。

 

「どうぴょん」

「うん、数値は『25』だったよ」

「じゃあ!」

「おめでとー、『改』への改装ができるよー」

 

 良いこととは、このことだ。

 練度の一番大きな役割は、改装ができるか否かの指数だ。

 わたしは昨日の特訓によって、改装レベルを超えた。大規模な改装が可能になったのだ! 

 

「わーい、やったぴょん」

「不知火から聞いたと思うけど、もう今からやっちゃうからね」

「バッチコイだぴょーん!」

 

 練度を図る装置を片付けた後は、別の大きな装置をセッティングしていく。

 若干暇だけど、嬉しさの方が圧倒的に勝っている。ウキウキした気持ちが止まらない。こんなに嬉しいのは久し振りかもしれない。

 

「やっぱり姫を直接沈めたのが大きかったんだろーね」

「しかし面倒な仕様だぴょん、レベルを上げなきゃ改装できないなんて」

「そりゃそーでしょ、下手に改装したら深海棲艦になるし」

「ぴょんっ!?」

 

 思ってたのよりも遥かにヤバイ発言が飛んで来た。

 なんていった、改装したら深海棲艦に変異する!? まったくもって意味が分からない。

 

「当たり前でしょ、わたしたちは『間』の存在なんだから」

「あいだ?」

「人と艦の狭間って意味。ちょーどその中間が、わたしたち艦娘なの。まさか忘れたの……?」

「まさか、うーちゃんそんなアホじゃないぴょん」

 

 そもそも深海棲艦を解析して生まれたのがわたしたちだ。

 艦の魂に、人のこころ。

 どっちかだけでも成り立たない、複雑な存在ってことだ。

 

「艦娘のバランスはとても繊細なの。改装は『艦』の魂を強化する行為、『人』の魂が力不足だと、そっち側に引きずり込まれて──」

「……鬼になる」

「そういうこと」

 

 こころのない、艦の記憶と無念だけで暴れ狂う。無様で醜いクソの深海棲鬼に成り果てる。

 絶対にごめんだ。考えるだけで吐き気がする。

 

「だから練度が大事なの。昔これを無視してガンガン改装した結果、内部崩壊起こした事件もあるからね」

「こわっ」

「黎明期の悲しい事件だよ、あ、これ機密事項だから漏らしたら解体だからね」

「そんなことシレッと教えんじゃねーぴょん!?」

 

 改装のはずがなんで解体へ一歩近づかなきゃいけない。

 慌てるわたしを見て、北上さんはケラケラと軽く笑う。冗談と分かってても、心臓に悪い。

 

「まったくイタズラするなんて最低ぴょん、外道め!」

「あんたが言えること……?」

 

 なにを言うか、わたしことうーちゃんはとっても優等生なんだぞ。

 前科? あれは冤罪だからノーカン。

 

 とまあ、アホなやり取りをしてる間に、機材の準備が終わった。

 

「これが、改装設備かぴょん」

「そうだよー、寝心地は良いらしいよ」

 

 パッと見鉄製のベッドだ。

 寝心地は微妙に見える。素直に言って固そうだ。

 神鎮守府にもあったんだろうけど、改装する前に壊滅したので、見たことはない。

 

 工廠のどこにもなかったから、かなり奥で保管されてたんだろう。まあ改装なんで、頻繁にあることじゃないし。

 

「これに寝転んで、起きる頃には終わってるよ」

「もう寝ちゃっていいぴょん?」

「良いよー、準備はできてるからー。あ、でも服は脱いでね」

「お前も変態かぴょん!」

「違うよ」

 

 良かった。満潮のような変態が二人もいたら耐えられない。

 言われた通り服を脱ぎ、装置の中で横になる。

 

 風呂でもないのに裸体を見られるのは、何だか妙な気分だ。同性だけど、くすぐったい感じがする。

 

「で、どーするぴょん?」

「装置の機能でその内眠くなるから、そこで寝たら後はやっとくよ」

「ぴょーん」

 

 少し待ってると、確かに段々と眠くなってきた。

 でも無理やりな感じじゃない。散々遊び倒して、シャワーを浴びた後のお昼時のような眠気だ。

 

「いやぁ、でも卯月にはちょっと感謝してるよ」

「ぴょん?」

「改装やるのわたし初めてなんだよね、貴重な経験をありがとう」

 

 爆弾が投下された。

 言葉の意味を理解した瞬間、眠気が木っ端微塵にぶっ飛んだ。

 安心感は虚空へ消えた。

 

「なんでぴょん!?」

「だって前科戦線、改装済みのベテランしか来ないから」

「だからってそりゃなグウ」

「……寝るの早」

 

 装置の効きには個人差がある。

 卯月には抜群に効いていた。特に理由はない。先天的なものであった。

 

 卯月が熟睡したのを確認し、北上は改装を()()()()()()

 

 体を触診したり、改装とは関係ない機材を繋いでいく。

 コードの繋がった画面には、色々な数字が並んでいく。心拍数、脳波、血中の成分一覧など。

 

「じっくり見る機会はないからねー、でも騙してはいないからねー」

 

 子供のように、無垢に眠る卯月を見て、北上は呟く。

 その顔にはなんの表情も浮かんでいない。

 浮かばせないように、仮面を張り付けているのだ。それが正しいかどうかは、誰にも分からない。

 

 

 

 

 改装だ改装だ、とウキウキしたわたし、うーちゃんだったが、襲来したのは例の悪夢だった。

 

 寝たからか? 

 改装して、からだに変化が起きてるからか? 

 どっちにしても不愉快極まりない。

 

 また、燃える鎮守府が広がっている。

 わたしが一歩歩く度に、新しい死体を見つけてしまう。どれも見知った仲間だ。昨日まで笑顔だった顔は絶望で固まっている。

 

 その中には、一番仲の良かった、菊月もいた。

 

「……う、卯月……」

 

 菊月が助けを求めるように手を伸ばす。

 だけど、次の瞬間顔が千切れ飛ぶ。半分ぐちゃぐちゃになった菊月が、ボールのように遠くへ飛んでいった。

 

 遠くに、主砲を放つ泊地棲鬼がいた。

 あいつが殺ったのだ。

 そう理解した時、わたしは頭がおかしくなった。

 

 菊月が死ぬ瞬間が、走馬灯のように何度も繰り返す。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返して、わたしは壊れてく。

 

 自分から沸き出る怒りが、わたしを壊していく。全身の血液が沸騰して弾けてく。

 止められない、止める理由なんてない。アイツを、殺さないと。早く壊してグシャグシャにしてやらないと。

 

 だけど、今どんなに思っても、これは夢だ。悪夢はシナリオを変えずに進んでく。

 

「ソコカ、逃ガサン」

 

 泊地棲鬼が、神提督に気づき走り出す。わたしも追いかけるが、中々追い付けない。

 

「見ツケタゾ」

 

 バリケードを破壊して、泊地棲鬼は神提督と間宮さんに照準を合わせる。

 

「君は……」

「是非モナシ、此処デ沈メ!」

 

 主砲が発射される。

 間宮さんが身を呈して庇ったせいで、体が砕ける。

 提督も衝撃に、全身から血を吹き出す。

 

 泊地棲鬼が二射目を撃とうとした時、救援の艦娘たちが雪崩れ込み──悪夢が終わった。

 

 

 

 

 目が覚めた。言うまでもなく最悪の目覚めだった。

 悪夢が終わっても、あのシーンが網膜から離れない。焼けついて何度も繰り返している。

 

 最初に出迎えてくれた、妹が、菊月が殺された。無力感も悔しさも絶望も怒りで塗りたぐられていく。狭い改装ドッグを壊さん勢いで、暴れ狂う。

 

「がぁぁああぁっ!?」

 

 炎に燃料をくべ続けてるような感覚だ。わたしが怒りに食われていく。わたしがわたしじゃなくなる。怒りそのものへ変貌していっている。

 

 だけど、ぶつける相手はもう殺されている。

 分かってても、暴力的衝動は止まらない。殺したい、いっそ誰でも良い。早くこの感情をどうにかしたい。

 

「卯月! しっかりしな!」

 

 両方の頬を、強くビンタされた。

 

 そのまま顔を固定され、無理やり北上さんの方へ、目線を固定される。

 

 何で止めるんだこいつは敵だったか殺すか。

 力ずくでほどこうとしたが、北上さんの力は想定以上に強かった。下手に暴れたら、また首が折れる。

 

「深海棲艦になりたいの!?」

 

 質問の意図が分からない。

 しかし、それもアリだと思った。いっそ魅力的にさえ思える。

 

 深海棲艦になれば、この貧弱な、睦月型の軛から解放される。艦娘の務めもいらない。思う存分深海棲艦を殺して回れる。なんだ最高じゃないか。

 

「二度と、神提督に会えなくなって良いの!?」

「……アエナイ? 二度ト?」

「そりゃそうでしょ、深海棲艦になるってのは、そういうこと、分かってんなら早く戻りな!」

 

 もう一度、頬を強く叩かれた。

 

 その衝撃は、今度こそわたしを、正気へ戻してくれた。

 

 わたしは、なにがしたかった。復讐以上に神提督に再会したいんじゃなかったのか。

 

 怒りに壊されてた思考が正常に直る。怒りのあまりとんでもないことまで考えていた。

 一瞬とはいえ、深海棲艦になることを望んだのだ、わたしは。あれだけ嫌う深海棲艦に堕ちようとしていた。

 

「はぁぁぁぁー……落ち着いた?」

「わ、わたしは、なにを」

「いやぁびっくりした、まさか寝ぼけた子に殺されかけるとは」

 

 北上さんはそう言いながら自分の頬を摩る。

 青い痣ができていた。出血もしている。ついさっきできた怪我だ。だれが負わせたのかは、わざわざ言うまでもない。

 

「ごめんなさい、ご、ごめんなさいぴょん」

 

 怒りは消えた。

 代わりに自己嫌悪と罪悪感が胸を満たす。

 またやってしまった。怒りに我を忘れて、今度は北上さんを傷つけてしまった。二度と暴走しないと誓ったのに、どれだけ重い行為か分かってたのに。

 

 自分で自分が嫌いになる、吐き気までしてきた。なんなんだわたしは、どうして感情をコントロールできないんだ、泊地棲鬼のことになると、毎回そうだ。嫌過ぎて泣きそうになる。

 

「安心しなさいな、別に所長には言いやしないから。戦闘中の暴走ってわけでもないし」

 

 北上さんが、背中を優しく摩ってくる。

 いつ殴ったのか覚えてないが、かなりの力で殴った筈だ。痛くてたまらないだろうに、それをおくびにも出さない。わたしを安心させるために。そのことが余計罪悪感を刺激する。

 

「なんで、き、気にしてないぴょん」

「まあビックリはしたけど、別にこんなダメージで喚く程やわじゃないし。改装は深海に近づく作業だ、暴走ぐらいあるって」

「そ、そうかぴょん」

「むしろレアケースの経験できてラッキーって感じだから、大丈夫だよ」

 

 なんて強い人だろう、それに比べて私ときたら。

 戦闘力もない、感情の制御もできない。子供の体だなんて言い訳にもならない。なんて情けないことか。ホントに自分が嫌になる。自分で自分が分からない。

 

「うーちゃんは……」

「それ以上は、言わない方が良いよ」

「ぴょ、ぴょん?」

 

 自虐の一言を、北上さんは止めた。

 

「口に出したら、ホントになっちゃうから止めときな」

「でも、恥ずかしいとは思うぴょん、こんな醜態晒したら」

「わたしたちだってさ、一日二日で感情のコントロールができるだなんて思ってないよ。ましてやPTSDじゃ尚更だ」

 

 頭をワシャワシャなでつつ、わたしをドッグから出して、服を着させる。その作業をしながら北上さんは慰めてくれた。

 

「時間をかけて構わない、最終的に強くなれば良い。不知火も所長も、そんなことは承知で、あんたをスカウトしたんだから」

「……迷惑、絶対かけまくると思うぴょん」

「アンタぐらいの迷惑なら、可愛いものだよ」

 

 北上さんが『ヨシ』と呟く。

 鏡の前には、綺麗な服を着直したわたしがいた。心なしか少し身長が伸びた気が──しないまでもなくもないような。

 でも変化は感じられた。前よりも強くなっている気がする。

 

「第一改装完了、お疲れさま、卯月」

「うん、ありがとうだっぴょん、北上さん!」

「頑張りなさんな、応援してるから」

「ぴょん!」

 

 まだ罪悪感はくすぶっているが、ここまで言ってくれてメソメソしてたら、睦月型の名が廃る。もう立ち直らないといけない。

 少し流れた涙を拭って、わたしは決意を新たにした。暴走はしちゃいけない、自分を強くしなきゃいけないと。

 

 こうして、一波乱あったけど、わたしの改装は終わったのであった。




34話目にしてやっっっと改装完了。
この物語完結までにうーちゃん改二は実装されるのか。
実装されたら作者は喜びにむせび泣きをします。
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