改装とはより深海へ近づく危険な強化だった。
同時に悪夢まで見たせいで、わたしは完全に怒りに呑まれ、北上さんを殺しかけた。
そのせいで落ち込む気持ちを、気合いで叩き直す。
色々あったけど、改装は無事──誰がなんと言おうと無事だ──完了した。卯月改、ここに爆誕である。
「で、調子はどう?」
「うーん、良く分かんないぴょん。具体的にどう変化したんだぴょん」
「基本だけど火力や雷装、装甲とかの強化だね。他特殊な能力はなし」
「なんだつまんねぇぴょん」
どうせなら甲標的が積めるとか、大型主砲を撃てるとか、エキセントリックなのが良かった。無茶とかは知らん、ロマンの問題なのだロマンの。
「そーゆーのは改二に期待だねぇ」
「大本営はなにしてるぴょん! 職務怠慢だぴょん!」
「はっはっは、あたしには絶対分からない気持ちだ」
「改二ハラスメントは止めるぴょん」
冗談じゃなくてマジで問題になっている。
改二がある艦娘とそうでない艦娘の格差は深刻だ。
とは言っても、何が切っ掛けで『改二』が実装されるのかは誰も知らない。また妖精なのか。
「ま、持ってないものはどうにもなんない。あとはアンタの努力次第だ」
「後で慣らさないと、ダメだぴょん」
「
北上さんも、
当然だった。アレは元々工廠由来の兵器なのだから。前科組ではない正規艦娘は全員知ってるのだろう。
「大丈夫だぴょん、今回はふつーの武器だけでトレーニングだぴょん」
「そっか、艤装はあっちに置いてある。正面の海域は許可とってあるから、自由に使いな」
「いやぁありがとぴょん……本当に」
「暗い暗い、だから良いってば」
親切にして貰うと、余計にやらかしを思い出す。
もはやフラッシュバックに近い。望まなくても記憶がリフレインする。ぶん殴ったであろう右手が、じんじんと痛む気がする。
いけない、また良くない考えになっている。
わたしは首をブルブル降って、邪念を頭から追い出す。
艤装と接続すると、いつもと違う感覚がした。
言いにくいけど、より一層、艤装と一体化してるような、距離が近くなってるような感じだ。
「卯月が寝てる間に、艤装も改装しといた。前感じた違和感もマシになってるよ」
「言われてみれば、確かに」
「あの違和感、さすがに消えたでしょ?」
今となっては懐かしい。
前科戦線に着任直後、装備した艤装に違和感を感じていた。
でも、もう感じない。
やっぱりアレは、半年間昏睡してた影響だったんだ。考えてみれば当然だった。
「ああ、そうだ、最後にやっとくことがあったんだ」
思い出したように手を叩くと、北上さんは工廠の奥に向けて、
「ぴょん?」
「それー」
間の抜けた掛け声に応じて、工廠奥で物音が鳴った。
天井に張り巡らされたレールをたどり、厳重に密閉されたケースが運搬される。
北上さんは動いていない。手を突きだしたままだ。
やがてケースは此処まで来て、北上さんの手にスッポリ収まった。
「どやぁ」
「おー、念動力みたいだぴょん」
「凄いでしょ」
「いや別にそこまででは」
「アンタ結構酷い奴ね」
多少驚いたけど、視覚的に派手な訳じゃないので。項垂れる北上さんを見ても、なんとも思わなかった。
「でもどーやって動かしたぴょん、手も触れずに」
「えーとね、此処、わたしの艤装なんだよ。だから動かせる」
「なんて?」
此処って、工廠のことか?
工廠そのものが、北上さんの艤装だと言うのか?
分からない、北上さんは軽巡か雷巡だろう。工作艦の艤装は持ち合わせていない。
「例えるなら、そうだね、基地型深海棲艦の原理に近い」
「ますます分からないぴょん」
「あいつらは基地それそのものを、触れてなくても動かせる。それと同じく、工作艦なら工廠の全てを操れる。給油艦なら食堂関係全てを操れるってこと」
鎮守府の所属艦娘は、多いと数百人を超える。人間を加えたらもっと増える。
そんな大所帯の食事を、一人から二人で回せる理由がここにある。
食堂の装置全てを、触れずとも並行してコントロールできる。だから食堂を切り盛りできるのだ。
「あんたんとこ、確か間宮さんいたよね。見てない?」
「……そういえばそうだったような」
大分怪しい記憶だけど、確かに手を振れずに鍋の火加減とか食洗器を動かしてたような気がする。北上さんはそれと同じ能力を使ったってことだ。
「それでも北上さんは工作艦じゃないぴょん」
「どれぐらい能力があるかは、そいつ次第ってこと。本職の明石なら、もっと工廠全域を制御できる筈さ」
生憎、神鎮守府に明石はいなかったのでイメージできない。
しかしちょっと思ったが、この能力敵にいたら恐ろしいな。
制御できるエリア全てが手足のように動き、目であり耳になる。こっちが見えないところから一方的にやられかねない。
そして、その力を持っているのが、例えに出した陸上型深海棲艦だ。連中と戦う時があったら、それを考慮しなきゃいけない。大変な戦いだろうと思った。
「で、そのケースはなにぴょん」
「これはねー、艦娘の魂だよ」
「へー……なんで?」
『魂』を持ち運べることにはもう突っ込まなかった。代わりに、なんで魂を持ちだしたかに突っ込んだ。
「近代化改修用の魂だよ、こいつを卯月の艤装に突っ込んで、一気にブーストアップってわけ」
「な、なるほどぴょん?」
「分かってないよねアンタ」
失敬な近代化改修ぐらい知っている。
あれだ、艦娘と艦娘がグワーってガシャンし、強くなるアレだ。
うん、わたしは十分知っている。
「なら良いけど」
「でも教えてぴょん?」
「アンタ……」
後学の為にも学んでおこう。復習も兼ねて学んでおこう。決して忘れてたわけじゃないからな!
「早い話が艦娘同士の合体だよ」
「合体、アッハンでウッフーンな」
「そういうのは良いからね」
止められた。無反応だった。哀しみが込み上げた。
「単純だよ、魂同士を結び付けて、より強い力を生み出す技術。確立したのは特効が分かったのと同じぐらいだったかな」
「そんなことして、うーちゃんたち大丈夫なのかぴょん?」
ワーオな展開じゃないけど、魂同士を融合させるってのは、良い言い方ではない。
嫌な予感が拭いきれない。自我が混ざったり、精神がおかしくなったりするんじゃないか。結構不安になる。
「ああ、普通にやると危険が高い。だから魂
「へー、そっか、ぴょん」
すっげえ難しい話だった。技術的な話じゃなくてオカルト的な考え方だ。かなりスピリチュアルなセンスがないと話を理解できない。
「建造やドロップが上手くいかず、魂だけが手に入ることがある。そういった魂を近代化改修の素材に使わせて貰っているってわけ」
「それホントに自我ないのかぴょん」
「まあ実際は分かんないけど、現状悪影響が出たって報告はないから平気でしょう」
それで良いのかそれで。
ちなみに、魂だけが建造・ドロップされる原因だが、これは『認識』が関わっているらしい。
先に卯月が着任したとして、あとから卯月がドロップする。
どちらも『卯月』だけど、先に来た卯月の方が、皆と関わっている分、世界に『認識』される。
後からきた卯月は、相対的に認識が薄くなる。
だから実態を持てず、魂だけになりやすいらしい。でもこの理論も絶対ではない。別の鎮守府なら同じ艦娘はいるし、同じ鎮守府でも同じ個体がいるケースもある。
「じゃあ改修するね」
わたしの意思確認を待たず、北上さんはケースに入った魂を『艤装』の方へ突っ込んだ。
「あ、そっちかぴょん」
わたし自身に直接突っ込むのかと思ってたから、ちょっと驚いた。
「いや艦娘に入れても良いんだけどね、さっき言った、
直接突っ込むよか、間接的に入れた方が衝撃は緩和されるからだ。
艤装に魂を入れられるのは当たり前だ。だって艦娘は付喪神なんだから。
魂を入れられた艤装が、一瞬、ドクンと輝いたように見えた。気のせいだろうか、改めて確認しても変わってない気がする。
「え、終わった?」
「終わったよ、近代化改修は手軽さが売りだからね。これで艤装側のパワーアップは完全に終わり……あとはアンタ次第だ」
「そっかぴょん、じゃ、訓練行ってきますぴょん。改修ありがとうぴょん!」
あんまり変わってない気がするが北上さんが言うなら間違いあるまい。
元気よくお礼を言って工廠から飛び出す。この時点で出力が上がってるのが分かった。移動速度が今までより上がっている。
ってことは、まだ速度に慣れてないってことなので。
「あぎゃーっ!」
盛大に水面に顔を突っ込むのであった。
「……観たなぴょん」
「うん、バッチリカメラにも取っといたよ」
「バカな、カメラなんてどこに!?」
「工廠の監視カメラ、今遠隔で起動させたの。さっき言った能力だよ」
最悪だった。こんな醜態を録画されるなんて。悪夢と言わずしてなんと言う。
「じぁ、ダミーは自動で動くようにしといたから、頑張ってねー」「ぴょーん」
「あと今夜出撃だからほどほどにねー」
「ぴょんっ!?」
聞いてないぞそんなこと。突然の情報に愕然とする。駆逐棲姫との戦闘から二日しか経ってないのに、もう再戦とは。
こうなりゃしょうがない。さっさと慣らして寝よう。新品の艤装を背負いながら、わたしは演習海域へ繰り出した。
穴だらけになったダミーを睨みながら、わたしは息をゆっくり吐く。主砲を下ろして、からだの力を抜く。
辺りはもう真っ赤だ。
昼過ぎからずっと練習してたら、夕方になってしまった。
かなり長い時間練習してた。一気に疲労がやってくる。
「なんとか、形になったかぴょん」
それだけやったおかげで、かなり慣れた。
強化された主砲や魚雷、装甲の重さ。変化した重量バランス、からだの動かしかた。どれも違和感なく実行できる。
ただそれでも、絶対的な火力不足は解消できなかった。
ダミーも一発じゃ破壊できない。二、三発撃ち込んでやっとだ。こればかりはもう、『卯月』としての運命と受け入れるしかない。
「あとは実戦で、ぴょん」
正直まだ不安は拭えない。
まともな戦闘経験はまだ二回だけ。泊地棲鬼と駆逐棲姫。序盤の雑魚敵にまじってラストダンジョンのモンスターに遭遇した気分だ。
だからって退く理由は微塵もない。
目を閉じれば、殺される仲間たちが鮮明に浮かぶ。肉塊になったみんなの、冷たい手触りが思い出せる。
「よくも、よくもよくもよくも……」
すぐにまた、臓物が焼ききれそうな怒りが沸き上がる。
どいつもこいつも深海棲艦は、あんなに殺戮を楽しめるのか。殺戮を正当化できるのか。
腹が立つ。やつらの存在そのものが許しがたい。殺した数を自慢しあってるようなクズどもが、この地球上で息をしてることに吐き気がする。
この怒りに比べれば、わたしの恐怖なんてなんの価値もない。怒りに身を任せれば、果敢に戦える。
「なんて、する気はないけどね……」
だが、それは諸刃の剣だ。
暴走した挙げ句仲間を傷つけかねない行為だ。
感情をコントロールしないといけない。後遺症だからしょうがないなんて、戦場では通じない。
『怒り』は忘れない、でも呑まれちゃいけない。
駆逐棲姫を殺すのは復讐と、世界を護るためだ。この二つを両立させなければ、わたしの居場所は今度こそなくなる。
「よし、頑張るぴょん!」
北上さんに言われたことを思い出す。そしてトレーニングを終えた。
基地に帰投すると、なんとなく慌ただしい音が聞こえた。いつもより話し声や走る足音が多く聞こえる。
防波堤には不知火がいた。わたしを待ってたのだ。
「卯月さん、聞いていますね」
「駆逐棲姫は、本当にやって来るのかぴょん?」
「確率は高いでしょう、奴は今、追い詰められていますから」
どういう意味かというと、駆逐棲姫にはもう、後がないらしい。
わたしたちが戦ったデータを元に、駆逐棲姫の領海が特定されたのだ。すぐさま水雷戦隊が突入し、複数回撃破に成功した。
あと一回で、完全撃破が可能なレベルに追い込んだのだ。
「次死ねば、駆逐棲姫は完全に消滅します。故に彼女は最低限の目的を果たそうとするでしょう」
「うーちゃんを、殺すこと」
「今夜、再び出撃します。メンバーは以前より増やしたのでご安心ください」
それは嬉しい。満潮とポーラのタッグは死ぬかと思った。あいつら以外なら誰でも大歓迎だ。
「くれぐれも無理はしないように、不知火が教えた『毒』は味方さえ危険に晒しかねないので」
「分かってるぴょん、さすがのうーちゃんも注意するぴょん」
今度こそ確実に抹殺しなければ。
泊地棲鬼の仲間は全員死ぬべき敵だ。いたぶりも苦しめもしない。兎にも角にも殺せれば良い。
仇を討つため、そして世界を護るために、絶対に始末するのだ、今度こそ。
艦隊新聞小話
近代化改修ですが、実は艦娘よりも、深海棲艦側の生態に近いところがあります。
元々姫級の不死性――沈めても、海のエネルギーを取りこんで復活しちゃう点――を模したかったらしいんですが、上手くいかなかったんですね。
ですが、そのデータを元に、エネルギー=同種の魂=艦娘の魂を恒常的に一体化させる技術が生まれたって訳です。
ただ流石に自我を持ってる存在同士の融合は危ないので、自我のない純粋な魂を、自我のない艤装に加えるのが現在の主流なやり方ですよ。