前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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なんかスムーズに書けたので早めに投稿しちゃいます。


第37話 毒薬

 高宮中佐の予想は当たった。中佐の言った通り駆逐棲姫が出現したのだ。狙いはわたしこと卯月。奴は残った力でわたしを殺そうとしている。

 

 そっちがその気なら容赦はいらない。こっちだって殺す気で来てるのだから。前回より人数は多い、負ける理由は一つもない。夜の海で戦いは始まった。

 

 わたしがPT小鬼群の始末をしている間、駆逐棲姫は球磨と熊野のクマクマコンビが引き受けてくれた。

 

「いまなにか、妙なあだ名をつけられた気がしますわ」

「どうでもいいから敵に集中するクマ!」

 

 艦娘と深海棲艦には愕然たる差がある。わずかな油断が即死に繋がりかねない。姫は決して侮っていい相手ではない。例え今まで、何度と同タイプの姫と交戦していても。

 

「ドキナサイ、私ハ卯月ヲ殺スノヨ」

 

 駆逐棲姫の姿が消える。

 超加速によって、二人を正面から突破する気だ。

 

「同じことを……」

「スルトハ、思ワナイコトネ」

「クマっ!?」

 

 球磨はまた主砲を先に撃って、進路を阻もうとした。

 だが主砲を上げた時には、駆逐棲姫の砲撃が目の前にあった。超加速する彼女の主砲は、球磨の速度を上回った。

 

 しかしデメリットはある。

 球磨は駆逐棲姫の姿を完全に捉えていた。

 砲撃をすれば反動が来る。高速砲撃の代償に移動速度が落ちていた。

 

 それでも駆逐棲姫の主砲が先に来る。

 球磨はそれに対し、姿勢を一気に屈めることで回避した。

 

 屈むといっても、並みのものではない。

 顎が水面ギリギリに触れるほど、四足獣のような姿勢に一瞬で移行したのだ。

 

「クマッ!」

 

 獣の姿勢から、一気に駆逐棲姫へ飛びかかり、横腹に回し蹴りを叩き込もうとした。

 しかし、加速を強めて回避される。球磨の足は虚空へ空振る。

 

「野蛮ネ」

「だからなにクマ?」

「ケダモノニ用ハナイノヨ……!」

 

 球磨を突破した駆逐棲姫は、今度は熊野を振りきろうと、再度加速を始めた。

 熊野は同じく、進路を阻むために主砲を放つ。

 

 また同じかと駆逐棲姫は呆れ果て──考え直した。

 おかしくないか、こんなに同じことを何度もするものか。

 違う、なにか、仕掛けてくる。

 

 警戒しきった駆逐棲姫は熊野を凝視する。不審な動きは見逃さない。超加速を身に付けている彼女は、動体視力にも自信があったのだ。

 

「雷撃カ!」

 

 一瞬だが見えた、見ていなければ気づけなかった。

 飛行甲板に隠れて、魚雷が発射される瞬間を見落とすところだった。

 しかし、分かってしまえばただの子供だまし! 

 

「回避ナンテ、簡単ダワ」

 

 駆逐棲姫は体勢を変え、()()へ再び加速する。雷撃が到達しきる前に射程外へ逃げきった。

 熊野は苦虫を潰した顔をした。いい気味だ。彼女は優越感に浸っていた。

 

 そのまま卯月目掛けて突っ走ろうと試みる。

 だが、それを許すほど二人は弱くない。ため息をつきながら、熊野が叫んだ。

 

「ごめんなさいね、後で回収しますから!」

 

 そう言って、飛ばしたのだ。

 水上爆撃機を、この真っ暗な夜の海で。

 信じがたい暴挙に、駆逐棲姫は目を疑う。

 

 水上爆撃機に限った話ではないが、艦載機は基本昼間に飛ばす兵器だ。夜では狙いも定まらず母艦に戻ることもままならない。

 

 深海棲艦の一部個体ならともかく、艦娘で夜間戦闘ができる空母は稀だった。ましてや航空巡洋艦でなんて聞いたこともない。

 

「頭デモオカシクナッタノカシラ」

 

 嫌味とかそんなのではない。

 素直な感想だ。そうとしか駆逐棲姫には思えなかった。あらゆる意味でありえない行動を選択していると思い込んだ。

 

 空爆が、至近距離に降り注ぐまでは。

 

「ナンダト!?」

 

 とっさに回避行動をとるが、逃げた先にも空爆が襲い掛かる。

 水上爆撃機の爆撃なんて大した威力じゃない。そう知っていても驚かざるをえない。この暗黒の中でこいつらは、正確に攻撃をしてきているのだ。

 

「隙ありだクマ!」

 

 その空爆を貫くように、球磨が鋭い砲撃を放つ。

 牽制の必要はない。駆逐棲姫の動きを予想した正確な一撃だ。空爆に誘導されるかのように、駆逐棲姫は砲撃へ突っ込んでいくだろう。

 

 普通なら。

 

「無駄ナノヨ、貴女達ノ攻撃ハ!」

 

 空爆も砲撃を置き去って、駆逐棲姫が加速する。一瞬で攻撃範囲から離脱した。

 これだ、この、全てを投げ打つ超加速がある限り、駆逐棲姫に有効打は与えられない。余裕の笑みを浮かべる彼女を見て、球磨は舌打ちした。

 

「かすっただけか、クマ」

「……エ?」

 

 つう、と、頬から血が流れ落ちる。

 球磨の装備した機銃から煙が上がる。加速した時、どこまで移動してどこで止まるか──球磨たちは少しずつ、動きを見極めつつあった。

 

「次は命中クマ」

 

 掲げた主砲には、異様な圧があった。

 球磨の言っていることは真実だと信じ込ませるような圧。彼女の放つ自信と、ダメージを負った自身が、そう言い聞かせてくる。

 

 球磨の挑発は、駆逐棲姫のプライドを深く傷つけた。それこそ手段を問わなくなるほどに。

 

「沈ミナサイ!」

 

 今まで回避に使っていた超加速を、積極的に攻撃に使い始めた。目視困難な速度で球磨の周囲を走りながら、中央へ追い込むように砲撃をばらまいていく。

 

「雑な狙いクマ」

「ええ、ですが少々厄介ですわね」

 

 命中率だけで言えばさっきより下がっている。

 だが、瞬き一瞬の間に背後に回られるのが厄介だ。常に死角から狙われ続けているのだ。

 

 熊野の爆撃も依然続いているが、駆逐棲姫はダメージを無視する。最重要部位以外への傷は無視するつもりだ。

 

 それでも球磨と熊野には当たらない。

 死角から攻め立てているのに、ギリギリで回避される。歯痒さに駆逐棲姫が苛立つ。

 

「ナラ、複数ナラドウカシラ」

 

 口笛と同時に、レーダーの反応が増えた。この小ささはPT小鬼群だ。

 

 遠くを見ると、やはり小鬼群の影が見えた。追いかける卯月の姿も見えた。

 

「……減ッテイル、ヤッテクレタワネ」

「ごめんぴょん、削り切れなかったぴょん!」

「いや、十分ですわ」

 

 8隻残っていた小鬼は、4隻まで数を減らしていた。狙いが絞られただけでも、大きなメリットになる。

 そして増援を呼んだことは、もう一つ利点を生んだ。

 

「……ソウイウコトカ、小細工ヲ!」

 

 駆逐棲姫が艤装の裏側を見つめる。

 そこには眩しく輝く探照灯がつけられていた。最初に球磨が格闘戦を仕掛けたあの時に仕込まれたのだ。

 

 こんなものがあったら、そりゃ良い的だ。駆逐棲姫が探照灯を破壊した瞬間、爆撃が止まった。

 

「あ、やっと気づきましたか」

「モウ無意味ヨ、爆撃モ通ジナイ」

「はぁ、今さら自信満々に言われましても」

 

 どいつもこいつも挑発口調だ。駆逐棲姫の苛立ちはピークへ達した。

 

「キメテヤルワ」

 

 PT小鬼群と合流し、駆逐棲姫は即座に雷撃を一斉射した。追いかけてくる卯月を完全無視し、球磨たちを先に殺すために。

 

 回避ルートも作らせない。

 わずかな隙間には、駆逐棲姫自身が雷撃を放つ。逃げ場を喪った球磨たちは、魚雷そのものへ攻撃を加えだす。

 

 直接魚雷を破壊して、逃げ道を確保しようとする。

 夜戦にも関わらず二人は正確に魚雷を処理する。誘爆により次々に水柱が立ち上る。

 

「ソレヲ、待ッテタワ!」

「クマッ!?」

 

 それが狙いだった。

 水柱を立てて、自ら視界を狭めること。

 雷撃処理に集中して、わずかでも意識が、駆逐棲姫から逸れること。

 

 水柱に隠れて駆逐棲姫が攻撃を仕掛ける。

 なにをするのか。

 なにが来ても良いように二人は警戒する。しかし、それでも予想外の一撃が放たれた。

 

 砲撃が飛んできた。

 だが砲撃に、PT小鬼群がへばりついていた。

 

「これは!?」

 

 砲撃は回避したが、そこから飛び付いてきた小鬼は回避できなかった。熊野の飛行甲板に張り付いた小鬼は、笑い声のような悲鳴を上げる。

 

 小鬼はボロボロになっていた。

 駆逐棲姫でなければ耐えられない速度を加えた砲撃に、無理やり乗せられたのだ。

 

 全身から血を吹き出しながらも、懸命に熊野にしがみつく。その姿を見て熊野は一瞬同情した──のもつかの間。

 

 PT小鬼が、飛行甲板に魚雷を捩じ込んだ。

 

「自爆、ですか!」

 

 熊野は即座に飛行甲板を投棄する。直後自爆による爆風が襲いかかる。

 緊急回避したせいで不安定な姿勢だった。そこへ風圧、熊野の姿勢は崩れた。

 

 駆逐棲姫はそれを狙っていた。チャンスを掴んだ彼女は既に、熊野の眼前に現れた。

 

「子供、ではなかったんですか」

「子供ヨ、子供ハ親ノ為ニアル。私ノ為ニ死ネタ事ヲ、アノ子ハ感謝シテル筈ヨ!」

「悪趣味なことで」

「言ッテナサイ、モウ、口モキケナクナルワ!」

 

 軽口を言ってる場合ではない。今の熊野には逃げる方法がない。球磨は張り付いた小鬼の対処にいっぱいだ。

 誰かが助けなければ、熊野がダメージを負う。

 

 そして、いま動けるのは、このわたししかいない。

 

「そこを、どけぴょん!」

 

 主砲を乱射しながら、卯月が突っ込んでいった。

 背中に装甲はない──が、装甲と変わらない硬度の服と、背中の骨格が攻撃を弾く。

 

 なんでもいい、かすり傷でも構わない。少しでも奴の注意をこちらに向けさせる。

 

「……貴女」

 

 卯月の目論みは、上手く言ったと言えた。駆逐棲姫の敵意は卯月へ移った。

 

「ダメですわ卯月さん!」

「え?」

 

 誤算があるとすれば、それは。

 

「ヤッパリ、馬鹿ハ、貴女ノ方ダワ!」

 

 駆逐棲姫は未だに、卯月抹殺を至上目的にしていたことだった。

 

 すでに手遅れになっていた。

 気づいた時にはもう、PT小鬼群が放った四方からの雷撃に包囲されていた。

 逃げ場は、ほとんどない。

 

「最初カラ、貴女ガ狙イ。何度モ言ッタデショウ!」

「ウソぴょん!?」

「イイエ本当ヨ、此処デ死ヌノガ、貴女ノ真実!」

 

 だからって諦める訳にはいかない。

 高密度の雷撃だが、わずかに隙間はある。そこを潜り抜ければ逃げきれる。

 

 そうして、隙間に踏みいったと同時に、駆逐棲姫が目の前に現れた。

 

「アリガトウ、誘イニ、乗ッテクレテ」

 

 声も出ない。

 隙間は()()()だ。

 ここしか逃げ場がない。絶対に来る。駆け引きに勝ったのは駆逐棲姫だ。

 

「逃げろクマ!」

「いやムチャぴょんヘルプミー!」

 

 球磨は小鬼群の対処をしている。でなければ雷撃が止まない。熊野は砲撃をしているが、この距離では間に合わない。

 卯月の攻撃では、有効打にはならない。誰が見てもチェックメイト。『詰み』に嵌まったのだ。

 

 駆逐棲姫の主砲が、卯月へ向けられた。

 

 しかし、卯月の目がギラリと光る。

 危機だ、ピンチだ、だからこそチャンスだ! 

 予定と違うが、今やらなきゃ死ぬだけだ! 

 

「ぴょぉん!」

 

 腰のポーチへ手を突っ込み、全速力で腕を振るう。意外な反撃に駆逐棲姫は反応が遅れる。

 構えていた主砲で、攻撃を受け止めてしまう。

 

 今の攻撃はなんだ。

 駆逐棲姫は主砲を横目に確認する。

 砲身に、鋭い切り傷が刻まれていた。

 

 ナイフの、傷痕だった。

 

 卯月が振るったのは、普通の軍用ナイフだった。

 切れ味は凄い。駆逐棲姫の主砲に傷をつけたのだから。刀を使う艦娘もいる。珍しくはない。

 

 だがそれだけだ。砲身は傷がついただけ。切れていない、発射に問題はない。

 

 熊野の主砲到達までまだ僅かに時間はある。卯月を殺すには充分な時間が。

 哀れな足掻きをバカにしながら、駆逐棲姫は今度こそトリガーを引いた。

 

 その時、『毒』が回った。

 

 砲身の切り傷を中心にして、主砲が()()()()()()()()

 

「ナッ……!?」

 

 駆逐棲姫からしてみれば、なにが起こったのか理解できない事態だ。

 理解が追いつかない間にも、砲身の膨らみ一気に増えていく。まるで水膨れが密集しているような見た目だった。

 

 そして砲身にできた水膨れは、一斉に弾け飛んだ。

 

 砲塔は半ばから溶け落ち、砲弾が発射される場所は途中で溶けて、塞がってしまっていた。

 

「ナンダ!?」

 

 ここまでほんの一瞬の出来事だ。

 卯月がナイフで傷をつけた一瞬後に、傷口から腫瘍(のようななにか)ができ、砲身が溶け落ちてしまった。

 

 本来砲弾が飛び出る穴は、溶けて塞がっている。

 そして駆逐棲姫は、もうトリガーを引いてしまっている。

 

 発射された砲弾はエネルギーの行き場を失い、砲塔内部へと逆流していく。

 卯月の殺す筈の一撃が駆逐棲姫へと襲い掛かる。

 

「ナンダ、コレハッ!?」

 

 駆逐棲姫の砲塔が、艤装の一部もろとも大爆発を起こした。

 

 内部の弾薬庫にも連鎖爆発を起こし、駆逐棲姫は初めて大ダメージを負う。装甲が剥がれ落ちる。ダメコンを想定していても、到底無視できない大打撃を、自分の一撃で負ってしまった。

 

 なぜだ、なぜ、ナイフで切られただけで砲身が溶けたのだ。

 

「フハハハハッ! やったぴょんざまぁねーぴょん!」

 

 一方卯月は、これでもかと高笑いを見せつける。

 

「見たか、これが『毒』……『修復誘発材』の恐ろしさぴょん!」

 

『毒』の滴るナイフを駆逐棲姫に見せつける。

 想定外ってか、だいぶ不味い展開になったけど構わない。駆逐棲姫の絶句する顔が見れたならむしろお釣りがくる。

 

 自分の思っていた以上に効果を発揮した『修復誘発材』。

 その力を見ながら、卯月は不知火との訓練を思い出すのであった。




毒の正体、修復誘発材の説明は次回。
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