前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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ストーリーズを買いました。クルルヤックにはGB時代から伝わる由緒正しき名前をつけました。
よろしくね『どろぼー』。


第38話 修復誘発材

 卯月の一撃により、戦局は変化した。

 ただのナイフの一撃が駆逐棲艦の主砲を溶解させた。ジャムを起こし砲塔が艤装ごと爆発する。

 

 大ダメージを負い、絶句する駆逐棲姫。

 そして、それを成功させた卯月は無様な敵を嘲笑い、勝利者の態度をとっていた。

 

 ──やばい、やっちまった。

 

 だが、内心は冷や汗ダラダラであった。

 

 こんなタイミングで使う予定ではなかった。もっとギリギリ、際の際、ここぞというチャンスで食らわせるつもりだったのだ。

 

 なんてことだ。頭を抱えながら、卯月は不知火のレクチャーを思い出していた。

 

 

 *

 

 

 前科戦線の地下シェルター内で、卯月は不知火の特訓を受けることになった。

 実践で使えるようにするのが不知火の仕事だ。

 しかし、その為に費やせる時間はかなり少ない。

 

 だから不知火は『ズル』をすると決めた。

 

「……毒?」

「ええ、毒です」

 

 不知火が取り出した小瓶には、無色透明な液体が入っている。これが毒なのか。

 

「この毒を使い、卯月さんを使えるように、一旦仕上げます」

「はぁ、でもまず深海棲艦どもに、毒が効くのかぴょん?」

「普通の毒は効きません、深海棲艦は異常な再生能力を持っていますから」

 

 毒による細胞破壊より、再生速度の方が早いのだ。結果的に無意味になってしまう。

 

 深海棲艦最大の強みがそれだ。

 『対』である艦娘以外の、通常兵器の攻撃を受けてもすぐ再生してしまう。

 

 血液のように、全身を高速修復材の原液が巡っているせいだ。

 

「しかし、艦娘の力を宿した毒でもありません。毒なんてものを使える艦は存在しませんから」

「聞いたことないぴょん」

「九十九神故の、縛りです」

 

 あくまで艦娘は軍艦の化身である。

 色々混ざっている深海棲艦と違い、その性質から外れすぎた武器は、艤装として使えないのだ。

 

「ですからこれは、艦娘の武器ではありません」

「じゃあ誰の武器ぴょん」

「人間の、武器です」

 

 それが意味することを察し、卯月は押し黙った。

 

「名称は『修復誘発材』。

 まだ艦娘がいなかった頃、人間が深海棲艦と少しでも渡り合う為に作り上げた物です」

「修復、誘発材……」

「体内を循環する修復材を()()させ、崩壊させるという毒です」

 

 分かりやすくしましょう。

 そう言って不知火は、丸くて黒い物体を置いた。

 

「実験用に加工したイ級です」

「実験用マウスみたいに言うなぴょん」

 

 深海棲艦は嫌いだが、これは酷い。ちょっとだけ同情心が沸いた。

 

「これに誘発材を垂らします」

 

 スポイトに吸わせて、一滴垂らす。

 そこからは一瞬だった。

 再生能力が暴走し、垂らした場所が肥大化していく。形状を維持できなくなった時、弾けとんで崩壊した。

 

「す、すげぇぴょん。装甲まで砕けたぴょん」

「深海棲艦の場合、修復材は艤装や装甲にも通っていますから」

 

 その辺も艦娘と深海棲艦の違いである。

 人と艦が別れた存在と、混じった存在。結果、つけ入る隙が生まれたのだ。

 

「でもなんで、これ普及してないぴょん」

 

 強烈な砲撃も魚雷も使わず装甲や肉体を破壊できる。とても便利な武器だ。広まっていないのには、なんらかの理由がある。

 

「見れば分かります」

 

 不知火は実験用イ級を指差す。

 卯月は理由を理解した。誘発材が浸透しなかった理解を。

 

「再生しだしているぴょん……」

 

 溶けていたイ級の装甲は、ゆっくりだが再生を始めていた。艦娘が持つ再生阻害が働いていない。

 いや、最初からないのだ。

 だってこれは、艤装の武器ではないのだから。

 

「これは、あくまで人間の武器。艦娘の武器ではありません。一時的にダメージを与えたとしても、再生は防げない、無意味になってしまいます」

「だから普及しなかったのかぴょん」

「艦娘が現れてからは、尚更無用になりましたから。反艦娘テロリストにでも渡ったら一環の終わりですし」

「って、これ艦娘にも有効なのかぴょん」

 

 不知火は頷く。しょっちゅう高速修復剤を浴びている以上、影響は免れない訳か。

 艦娘と比べて有用性は低く、奪われた場合のリスクは大きく、毒だから管理は面倒。だから廃れたのだ。深海戦争黎明期の遺産って訳だ。

 

「人間が、ほんの僅かでも深海棲艦と渡り合うため。僅かでも時間を稼ぐための毒です」

「なんでそんな物が此処に」

「さあ、不知火は知りません」

 

 おいそれでいいのか。まあいいや、大したことじゃないし。

 

「ともかくこれをメインに戦うことはできません、メインでは」

「……サポートなら」

「そう、その為に、これをお渡しします」

 

 誘発材の入った小瓶と、それを塗るための武器をいくつか手渡される。

 

「イロハ級でも数秒で再生、姫級では瞬きの間に再生されます。

 ですがその間は確実に無力化できます。目をやれば視界を、装甲を、主砲を一瞬だけでも無力化できます」

 

 戦いは一瞬の判断、刹那の隙が運命を分ける。その一瞬を能動的に作ることができたのなら、仲間と一緒なら、強力な切り札になる。

 

「使い方を間違えれば卯月さんだけでなく、他の方々も深刻なダメージを負うでしょう。それに敵も二度目以降は警戒します。可能なら初発、確実に勝負を決められるタイミングで、使って下さい」

 

 どう使うか──どこに仕込むかは使い手次第だ。

 昔の人間が、護るために生み出した苦肉の切り札。手に取ると、その願いを託されているような気持ちになってくる。

 

 『最弱』のわたしが渡り合うために必要な武器、人のための武器。まずこれを使いこなして戦えるようになろう。

 それが、深海棲艦どもに報復するための、第一歩にもなる。

 私怨と願い、両方とも感じながら、不知火による地獄の特訓へ身を投じるのだった。

 

 

 *

 

 

 そう教わっていたのに! 

 卯月は内心頭を抱える。

 チャンスの時使う筈が、自分を守るために使ってしまった。やっちまったぜなにをしてるんだこの私は。

 

「馬鹿ナ、コンナコトガ!」

 

 唯一幸いと言えるのが、弾詰まり(ジャム)を起こして自爆したところだ。

 駆逐棲姫は自分の砲撃の暴発で、艤装を傷つけた。だからあのダメージは再生しない。深海の力も()()だから、再生阻害ができる。

 

「フハハ、二度と完治しない深い傷ぴょん」

 

 勘違いを利用して、シレっと嘘を吐いておく。

 わたしに傷つけられたら、簡単に深手を負うと勘違いしている。自爆で再生できなくなってるのを、毒によるものと間違えているのだ。

 

 しかし、駆逐棲姫はわたしを警戒してしまった。

 警戒されていない時こそ、決定打を放てた。今はもう無理だ、真正面から挑む以外に方法がなくなってしまった。

 

「油断シタワ……モウ、油断ハシナイ……!」

「前もそんなこと言ってたぴょん。頭悪い奴ぴょん」

「……ッチ!」

 

 舌打ちと同時に駆逐棲姫が襲いかかる。

 わたしと球磨、熊野は一層激しくなる攻撃に、身を晒し始めた。

 

 

 

 

 一方、狙撃を試みるポーラと護衛の満潮は、ネ級eliteと交戦していた。

 ポーラの狙撃は距離と反比例する。一定の射程距離を確保しなければ、ほぼ使い物にならないからだ。

 

「ああもう! うっとおしい!」

 

 急接近してくるネ級に向かって、満潮は砲撃する。

 しかし、満潮も駆逐艦。重巡級の装甲を突破することは簡単にはできない。

 装甲の繋ぎ目や隙間を狙っているものの、相手もeliteクラス。易々と突破させてはくれなかった。

 

「ポーラも手伝っちゃいま」

「あんた誤射するでしょさっさと距離とって!」

「ありゃ~」

 

 というか、緊張感ゼロのポーラに苛立っていた。

 卯月は一番嫌いである。虚弱貧弱脆弱の癖に態度はデカいからだ。それに次いでポーラも嫌いだった。

 

 なんてことを言っている間にも、ネ級二隻が急速に距離を詰めてくる。

 特に厄介なのがあの尻尾だ。

 主砲と装甲全てを内包した頑強な尾、あれを盾にされたらほぼ無敵だ。

 

「固い……いいわ、やってやろうじゃないの!」

 

 ネ級は本命ではない。本命は駆逐棲姫だ。こんなのにずっと構ってはいられない。

 夜戦で、駆逐棲姫なら、接近戦こそ花形だ。

 なによりも、夜戦なら経験がある。

 

 牽制の機銃を撒きながら、満潮は一気にネ級へ近づいていく。

 

Pericoloso(危ないですよ)!」

「うっさい、わたしに命令しないで!」

「そうですかぁ」

 

 ポーラを拒絶して、満潮はネ級目がけて主砲を発射する。

 夜戦故に、ネ級の姿はちゃんと見えない。そこは経験値でカバーする。二隻は動き回りながらも、満潮を包囲するように動いている。

 

 挟み撃ちにする気か、一方をポーラへ向かわせるつもりか。

 どちらにしても阻止しなければ。距離なら主砲もダメージに成り得る。

 

 二隻分の砲撃が、満潮に集中して降り注ぐ。

 ただ本能で撃っているだけではない。回避方向を予想し、二隻で協力し、思考して動くeliteクラスの動き。

 なんということはない、この程度は何度も戦ってきた。

 

「当たる訳ないでしょ!」

 

 尻尾を振り回り、不規則に撒き散らされた砲撃を、満潮は全て突破した。

 特別なことはしてない。経験だ。ネ級に限らず尻尾に主砲を持つ個体は、だいたい似た()()()をする。

 

 結果覚えてしまったのだ、振った時どう飛んでいくか。

 砲撃を抜けて、満潮は跳躍した。

 そして、ネ級の尻尾へ着地した。

 

「マヌケな顔してるわね」

 

 驚愕に染まる顔の眼球へ主砲のトリガーを引いた。

 ネ級は反射的に腕で庇い、振り払おうと尻尾を振り回す。さすがに乗っていられず飛んで逃げた──もう一隻の、ネ級目がけて。

 

「どうしたの撃ってみなさいよ!」

 

 満潮の挑発にネ級は反応した。

 尻尾を蹴って飛んだから、逃走方向は分かる。視認の必要はない。ネ級はありったけを満潮へ撃ち込んだ。

 

 だが、満潮が逃げた方向に撃ったのなら、射線上には二隻目のネ級もいる。

 

「引っ掛かったわね」

 

 撃った後、目を開けて気づいた。自分の攻撃が片方のネ級に大ダメージを与えてしまったことを。装甲に亀裂が入ってしまった、攻撃が通り易くなってしまった。

 

 だが、満潮も殺せる。

 そう思ったが、ネ級は絶望に包まれる。

 同じ射線上にいたのに、満潮は無傷だったからだ。

 

 やったことは簡単だ。自分に当たりそうな砲撃を、全弾撃ち落としただけだ。超絶技巧でもなんでもない。前科戦線のメンバーは全員できる。できないのはエコヒイキの無能雑魚艦娘卯月ぐらいだ。

 

「その装甲でどれだけ持つかしら!」

 

 亀裂の入った装甲では、役割の半分も果たせない。

 ダメージに混乱している間に、満潮の砲撃が当たる。防げていた攻撃が防げない。一発ごとに装甲が剥がれ落ちていく。

 

 このままでは、やられてしまう。

 生命の危機に陥ったネ級はターゲットを変える。狙ったのはポーラだ。幸いというべきか、まだ視認できる。暗闇の中に人影が見える。

 

 その場に留まりながら、狙撃のチャンスを窺っているのだ。

 まだいける。狙撃されても、内骨格の装甲がある。ポーラを殺すには充分と判断した。

 

「そっちにいくわよ!」

 

 狙いに気づいた満潮が止めようとするが、無傷のネ級が背後から迫る。

 

「クソッ、間に合え!」

 

 大声で叫びながら、ポーラを追うネ級へ魚雷を放つ。

 装甲破砕はできている。当たれば確実に沈む。だがそれまでにポーラがやられてしまう。

 

 満潮は振り返り、ネ級と相対する。すぐそこまで迫っていた。主砲を上げるより早く尻尾の殴打がくる。

 距離をとろうとしても、長い尾はまるでとぐろを巻く蛇みたいに動き、満潮を逃がさない。

 

 ネ級が、ポーラの元へ到達した。

 駆逐棲姫からの情報で、至近距離ではまともな狙撃はできないと推測している。この距離なら確実に倒せる。

 

 ポーラの顔色を確認さえせず、即座に尾と共に、砲撃を叩き込んだ。

 

 大爆発が起き、反動で装甲が更に傷つく。だがやった、こいつは沈んだ。

 赤く染まる爆炎の中に、ポーラの肉片が──なかった。

 

「あんたたち、バカね」

 

 いや、あるにはあった。

 ゴムの切れ端が、なぜか舞っていた。

 

 ネ級は気づいていなかった。さっき見えたのはポーラではなく、ただのダミー人形だったことに。

 

「……夜だと皆さん、けっこー引っ掛かりますねー」

 

 狙撃地点についたポーラが呟く。そして、主砲をターゲットに合わせる。

 

 目の前のはダミー人形だった、ポーラではなかったことに、ネ級は動揺して動きを一瞬止めた。

 

 それと同時に。満潮の魚雷が突き刺さった。

 

 動揺していなければ、まだ対処できたかもしれない。しかしもう完全に手遅れだ。

 

 砕けた装甲では耐えられない。状況を理解する暇もなく、ネ級は爆発し海の藻屑と化す。

 

 状況を理解できていないのは、もう一方のネ級も同じだ。

 満潮と戦っていたせいで、ポーラが偽物だったと気づいていない。

 今の爆発もポーラが沈んだものと間違えている。

 

 結果、狙撃の警戒を放棄してしまった。

 それが命取りになる。

 満潮に止めを刺そうと、主砲の尻尾を突き立て、照準を合わせた時、砲撃音が轟く。

 

 ターゲットは、ネ級の『主砲』だった。

 ほぼ同時に、全ての主砲の、全ての砲身に、ポーラの砲弾が()()()()()

 

さようなら~(Arrivederci)

 

 能天気な幻聴が聞こえた。それが最後に聞こえた音だった。

 こうなればダメコンは意味を成さない。

 全ての主砲が弾詰まりを起こす。内部装置に引火する。弾薬庫も燃料も燃え上がる。

 

 二隻目のネ級も、爆発し海の藻屑と化した。

 

「雑魚が!」

 

 深海棲艦の残骸を一瞥した満潮は、球磨たちの方向へ急ぐ。ポーラはそこで待機し、狙撃タイミングを再び狙いだす。

 残るはPT小鬼群と駆逐棲姫のみ。決着の時は、迫りつつあった。

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