よろしくね『どろぼー』。
卯月の一撃により、戦局は変化した。
ただのナイフの一撃が駆逐棲艦の主砲を溶解させた。ジャムを起こし砲塔が艤装ごと爆発する。
大ダメージを負い、絶句する駆逐棲姫。
そして、それを成功させた卯月は無様な敵を嘲笑い、勝利者の態度をとっていた。
──やばい、やっちまった。
だが、内心は冷や汗ダラダラであった。
こんなタイミングで使う予定ではなかった。もっとギリギリ、際の際、ここぞというチャンスで食らわせるつもりだったのだ。
なんてことだ。頭を抱えながら、卯月は不知火のレクチャーを思い出していた。
*
前科戦線の地下シェルター内で、卯月は不知火の特訓を受けることになった。
実践で使えるようにするのが不知火の仕事だ。
しかし、その為に費やせる時間はかなり少ない。
だから不知火は『ズル』をすると決めた。
「……毒?」
「ええ、毒です」
不知火が取り出した小瓶には、無色透明な液体が入っている。これが毒なのか。
「この毒を使い、卯月さんを使えるように、一旦仕上げます」
「はぁ、でもまず深海棲艦どもに、毒が効くのかぴょん?」
「普通の毒は効きません、深海棲艦は異常な再生能力を持っていますから」
毒による細胞破壊より、再生速度の方が早いのだ。結果的に無意味になってしまう。
深海棲艦最大の強みがそれだ。
『対』である艦娘以外の、通常兵器の攻撃を受けてもすぐ再生してしまう。
血液のように、全身を高速修復材の原液が巡っているせいだ。
「しかし、艦娘の力を宿した毒でもありません。毒なんてものを使える艦は存在しませんから」
「聞いたことないぴょん」
「九十九神故の、縛りです」
あくまで艦娘は軍艦の化身である。
色々混ざっている深海棲艦と違い、その性質から外れすぎた武器は、艤装として使えないのだ。
「ですからこれは、艦娘の武器ではありません」
「じゃあ誰の武器ぴょん」
「人間の、武器です」
それが意味することを察し、卯月は押し黙った。
「名称は『修復誘発材』。
まだ艦娘がいなかった頃、人間が深海棲艦と少しでも渡り合う為に作り上げた物です」
「修復、誘発材……」
「体内を循環する修復材を
分かりやすくしましょう。
そう言って不知火は、丸くて黒い物体を置いた。
「実験用に加工したイ級です」
「実験用マウスみたいに言うなぴょん」
深海棲艦は嫌いだが、これは酷い。ちょっとだけ同情心が沸いた。
「これに誘発材を垂らします」
スポイトに吸わせて、一滴垂らす。
そこからは一瞬だった。
再生能力が暴走し、垂らした場所が肥大化していく。形状を維持できなくなった時、弾けとんで崩壊した。
「す、すげぇぴょん。装甲まで砕けたぴょん」
「深海棲艦の場合、修復材は艤装や装甲にも通っていますから」
その辺も艦娘と深海棲艦の違いである。
人と艦が別れた存在と、混じった存在。結果、つけ入る隙が生まれたのだ。
「でもなんで、これ普及してないぴょん」
強烈な砲撃も魚雷も使わず装甲や肉体を破壊できる。とても便利な武器だ。広まっていないのには、なんらかの理由がある。
「見れば分かります」
不知火は実験用イ級を指差す。
卯月は理由を理解した。誘発材が浸透しなかった理解を。
「再生しだしているぴょん……」
溶けていたイ級の装甲は、ゆっくりだが再生を始めていた。艦娘が持つ再生阻害が働いていない。
いや、最初からないのだ。
だってこれは、艤装の武器ではないのだから。
「これは、あくまで人間の武器。艦娘の武器ではありません。一時的にダメージを与えたとしても、再生は防げない、無意味になってしまいます」
「だから普及しなかったのかぴょん」
「艦娘が現れてからは、尚更無用になりましたから。反艦娘テロリストにでも渡ったら一環の終わりですし」
「って、これ艦娘にも有効なのかぴょん」
不知火は頷く。しょっちゅう高速修復剤を浴びている以上、影響は免れない訳か。
艦娘と比べて有用性は低く、奪われた場合のリスクは大きく、毒だから管理は面倒。だから廃れたのだ。深海戦争黎明期の遺産って訳だ。
「人間が、ほんの僅かでも深海棲艦と渡り合うため。僅かでも時間を稼ぐための毒です」
「なんでそんな物が此処に」
「さあ、不知火は知りません」
おいそれでいいのか。まあいいや、大したことじゃないし。
「ともかくこれをメインに戦うことはできません、メインでは」
「……サポートなら」
「そう、その為に、これをお渡しします」
誘発材の入った小瓶と、それを塗るための武器をいくつか手渡される。
「イロハ級でも数秒で再生、姫級では瞬きの間に再生されます。
ですがその間は確実に無力化できます。目をやれば視界を、装甲を、主砲を一瞬だけでも無力化できます」
戦いは一瞬の判断、刹那の隙が運命を分ける。その一瞬を能動的に作ることができたのなら、仲間と一緒なら、強力な切り札になる。
「使い方を間違えれば卯月さんだけでなく、他の方々も深刻なダメージを負うでしょう。それに敵も二度目以降は警戒します。可能なら初発、確実に勝負を決められるタイミングで、使って下さい」
どう使うか──どこに仕込むかは使い手次第だ。
昔の人間が、護るために生み出した苦肉の切り札。手に取ると、その願いを託されているような気持ちになってくる。
『最弱』のわたしが渡り合うために必要な武器、人のための武器。まずこれを使いこなして戦えるようになろう。
それが、深海棲艦どもに報復するための、第一歩にもなる。
私怨と願い、両方とも感じながら、不知火による地獄の特訓へ身を投じるのだった。
*
そう教わっていたのに!
卯月は内心頭を抱える。
チャンスの時使う筈が、自分を守るために使ってしまった。やっちまったぜなにをしてるんだこの私は。
「馬鹿ナ、コンナコトガ!」
唯一幸いと言えるのが、
駆逐棲姫は自分の砲撃の暴発で、艤装を傷つけた。だからあのダメージは再生しない。深海の力も
「フハハ、二度と完治しない深い傷ぴょん」
勘違いを利用して、シレっと嘘を吐いておく。
わたしに傷つけられたら、簡単に深手を負うと勘違いしている。自爆で再生できなくなってるのを、毒によるものと間違えているのだ。
しかし、駆逐棲姫はわたしを警戒してしまった。
警戒されていない時こそ、決定打を放てた。今はもう無理だ、真正面から挑む以外に方法がなくなってしまった。
「油断シタワ……モウ、油断ハシナイ……!」
「前もそんなこと言ってたぴょん。頭悪い奴ぴょん」
「……ッチ!」
舌打ちと同時に駆逐棲姫が襲いかかる。
わたしと球磨、熊野は一層激しくなる攻撃に、身を晒し始めた。
一方、狙撃を試みるポーラと護衛の満潮は、ネ級eliteと交戦していた。
ポーラの狙撃は距離と反比例する。一定の射程距離を確保しなければ、ほぼ使い物にならないからだ。
「ああもう! うっとおしい!」
急接近してくるネ級に向かって、満潮は砲撃する。
しかし、満潮も駆逐艦。重巡級の装甲を突破することは簡単にはできない。
装甲の繋ぎ目や隙間を狙っているものの、相手もeliteクラス。易々と突破させてはくれなかった。
「ポーラも手伝っちゃいま」
「あんた誤射するでしょさっさと距離とって!」
「ありゃ~」
というか、緊張感ゼロのポーラに苛立っていた。
卯月は一番嫌いである。虚弱貧弱脆弱の癖に態度はデカいからだ。それに次いでポーラも嫌いだった。
なんてことを言っている間にも、ネ級二隻が急速に距離を詰めてくる。
特に厄介なのがあの尻尾だ。
主砲と装甲全てを内包した頑強な尾、あれを盾にされたらほぼ無敵だ。
「固い……いいわ、やってやろうじゃないの!」
ネ級は本命ではない。本命は駆逐棲姫だ。こんなのにずっと構ってはいられない。
夜戦で、駆逐棲姫なら、接近戦こそ花形だ。
なによりも、夜戦なら経験がある。
牽制の機銃を撒きながら、満潮は一気にネ級へ近づいていく。
「
「うっさい、わたしに命令しないで!」
「そうですかぁ」
ポーラを拒絶して、満潮はネ級目がけて主砲を発射する。
夜戦故に、ネ級の姿はちゃんと見えない。そこは経験値でカバーする。二隻は動き回りながらも、満潮を包囲するように動いている。
挟み撃ちにする気か、一方をポーラへ向かわせるつもりか。
どちらにしても阻止しなければ。距離なら主砲もダメージに成り得る。
二隻分の砲撃が、満潮に集中して降り注ぐ。
ただ本能で撃っているだけではない。回避方向を予想し、二隻で協力し、思考して動くeliteクラスの動き。
なんということはない、この程度は何度も戦ってきた。
「当たる訳ないでしょ!」
尻尾を振り回り、不規則に撒き散らされた砲撃を、満潮は全て突破した。
特別なことはしてない。経験だ。ネ級に限らず尻尾に主砲を持つ個体は、だいたい似た
結果覚えてしまったのだ、振った時どう飛んでいくか。
砲撃を抜けて、満潮は跳躍した。
そして、ネ級の尻尾へ着地した。
「マヌケな顔してるわね」
驚愕に染まる顔の眼球へ主砲のトリガーを引いた。
ネ級は反射的に腕で庇い、振り払おうと尻尾を振り回す。さすがに乗っていられず飛んで逃げた──もう一隻の、ネ級目がけて。
「どうしたの撃ってみなさいよ!」
満潮の挑発にネ級は反応した。
尻尾を蹴って飛んだから、逃走方向は分かる。視認の必要はない。ネ級はありったけを満潮へ撃ち込んだ。
だが、満潮が逃げた方向に撃ったのなら、射線上には二隻目のネ級もいる。
「引っ掛かったわね」
撃った後、目を開けて気づいた。自分の攻撃が片方のネ級に大ダメージを与えてしまったことを。装甲に亀裂が入ってしまった、攻撃が通り易くなってしまった。
だが、満潮も殺せる。
そう思ったが、ネ級は絶望に包まれる。
同じ射線上にいたのに、満潮は無傷だったからだ。
やったことは簡単だ。自分に当たりそうな砲撃を、全弾撃ち落としただけだ。超絶技巧でもなんでもない。前科戦線のメンバーは全員できる。できないのはエコヒイキの無能雑魚艦娘卯月ぐらいだ。
「その装甲でどれだけ持つかしら!」
亀裂の入った装甲では、役割の半分も果たせない。
ダメージに混乱している間に、満潮の砲撃が当たる。防げていた攻撃が防げない。一発ごとに装甲が剥がれ落ちていく。
このままでは、やられてしまう。
生命の危機に陥ったネ級はターゲットを変える。狙ったのはポーラだ。幸いというべきか、まだ視認できる。暗闇の中に人影が見える。
その場に留まりながら、狙撃のチャンスを窺っているのだ。
まだいける。狙撃されても、内骨格の装甲がある。ポーラを殺すには充分と判断した。
「そっちにいくわよ!」
狙いに気づいた満潮が止めようとするが、無傷のネ級が背後から迫る。
「クソッ、間に合え!」
大声で叫びながら、ポーラを追うネ級へ魚雷を放つ。
装甲破砕はできている。当たれば確実に沈む。だがそれまでにポーラがやられてしまう。
満潮は振り返り、ネ級と相対する。すぐそこまで迫っていた。主砲を上げるより早く尻尾の殴打がくる。
距離をとろうとしても、長い尾はまるでとぐろを巻く蛇みたいに動き、満潮を逃がさない。
ネ級が、ポーラの元へ到達した。
駆逐棲姫からの情報で、至近距離ではまともな狙撃はできないと推測している。この距離なら確実に倒せる。
ポーラの顔色を確認さえせず、即座に尾と共に、砲撃を叩き込んだ。
大爆発が起き、反動で装甲が更に傷つく。だがやった、こいつは沈んだ。
赤く染まる爆炎の中に、ポーラの肉片が──なかった。
「あんたたち、バカね」
いや、あるにはあった。
ゴムの切れ端が、なぜか舞っていた。
ネ級は気づいていなかった。さっき見えたのはポーラではなく、ただのダミー人形だったことに。
「……夜だと皆さん、けっこー引っ掛かりますねー」
狙撃地点についたポーラが呟く。そして、主砲をターゲットに合わせる。
目の前のはダミー人形だった、ポーラではなかったことに、ネ級は動揺して動きを一瞬止めた。
それと同時に。満潮の魚雷が突き刺さった。
動揺していなければ、まだ対処できたかもしれない。しかしもう完全に手遅れだ。
砕けた装甲では耐えられない。状況を理解する暇もなく、ネ級は爆発し海の藻屑と化す。
状況を理解できていないのは、もう一方のネ級も同じだ。
満潮と戦っていたせいで、ポーラが偽物だったと気づいていない。
今の爆発もポーラが沈んだものと間違えている。
結果、狙撃の警戒を放棄してしまった。
それが命取りになる。
満潮に止めを刺そうと、主砲の尻尾を突き立て、照準を合わせた時、砲撃音が轟く。
ターゲットは、ネ級の『主砲』だった。
ほぼ同時に、全ての主砲の、全ての砲身に、ポーラの砲弾が
「
能天気な幻聴が聞こえた。それが最後に聞こえた音だった。
こうなればダメコンは意味を成さない。
全ての主砲が弾詰まりを起こす。内部装置に引火する。弾薬庫も燃料も燃え上がる。
二隻目のネ級も、爆発し海の藻屑と化した。
「雑魚が!」
深海棲艦の残骸を一瞥した満潮は、球磨たちの方向へ急ぐ。ポーラはそこで待機し、狙撃タイミングを再び狙いだす。
残るはPT小鬼群と駆逐棲姫のみ。決着の時は、迫りつつあった。