前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

39 / 221
第39話 素人

 満潮とポーラが二隻のネ級を撃破した頃、わたしことうーちゃんは、駆逐棲姫と激闘を繰り広げていた。

 ただしやや優勢だ。修復誘発材により主砲が一つ破壊されたアドバンテージが働いている。

 

「卯月、貴女ダケデモ道ヅレニシテアゲル!」

 

 駆逐棲姫の姿が消える──そう予測できた。

 動きは見えていない。でも、何度も何度も味わえば、発動の予兆が分かるようになってくる。

 

 卯月は先んじて魚雷を撒き、進路方向を妨害する。これで真正面からは来れなくなる。

 

「ナメルナ、ソンナ脆弱ナ魚雷ナンゾ!」

 

 しかし、駆逐棲姫は躊躇なく、超加速を発動させた。回り道はしない。真っ直ぐに、魚雷源を突っ切って来る。

 

 魚雷は前よりも効果を発揮していた。前はろくなダメージも通らなかったのが、明確な外傷を与えられていた。

 

 それでも駆逐棲姫は停止しない。言葉通りわたしだけでも殺す覚悟なのだ。

 そして爆炎から、奴の手が首に伸びる。

 

「舐めてるのはてめーぴょん!」

 

 これは二度目だ、一度味わった攻撃だ。二度も引っ掛かるようなバカじゃない。

 

 駆逐棲姫の伸びた手に向かって、爪先を蹴り上げる。艤装のブーツの先端には隠しナイフが仕込まれている。無論誘発材の塗られた、毒ナイフだ。

 

「イイエ、ソッチヨ、舐メテルノハ」

 

 言うないなや、駆逐棲姫は加速を停止させた。

 わたしの蹴りは、狙いが逸れて宙を切る。片足だちのわたしは絶好の獲物だ。

 

「いーや、やっぱそっちぴょん!」

 

 たが、わたしは単独で戦ってるのではない。

 

「照準よし、いきますわよ!」

 

 駆逐棲姫が止まることを予測していた熊野が、停止地点めがけて砲撃する。

 夜戦、視界不良、当然至近距離、食らえば駆逐棲姫もただでは済まない。

 

「遅イ、再加速ノ方ガ先ヨ!」

 

 発言の通り、駆逐棲姫が一瞬で距離を詰めた。瞬間的、超短距離での超加速、熊野の砲撃は外れた。特攻紛いの戦法は、かなりの厄介さだ。

 

 また、首をへし折る剛腕が伸びてきた。食らえば即死だ、すぐさま殺される。掴まるわけにはいかない。

 

 ──が、その腕は、卯月の背後から伸びた腕に掴まれた。

 

「隙だらけクマ」

「邪魔ダ!」

 

 恐るべき剛腕を、卯月ではなく球磨に向け、力ずくで振りほどこうとする。

 しかし球磨は間髪入れずに距離を詰め、駆逐棲姫の真横へ回り込む。

 

 主砲の破壊された側、砲撃はできない。卯月の小細工さえなければ! 駆逐棲姫は怒りを募らせる。

 

 それでも、主砲がダメでも雷撃はできる。魚雷をゼロ距離でぶつけようと試みる。

 

「遅いクマ!」

 

 だが、球磨の方が何倍も早かった。

 側頭部を主砲で殴り付け、怯んだ隙に卯月を連れて離脱しつつ、剥き出しの魚雷発射管へ砲弾を叩き込んでいた。

 

「バカナ!」

「左側の武器は全部壊れたクマ、死角から行く、これで畳み掛けるクマ!」

「ざまぁ、年貢の納め時だぴょん!」

 

 三人が一斉に、左側へ回り込もうとする。死角というだけではない。左側は装甲が砕けている。ここへもしも、魚雷でも喰らおうものなら。

 

「アリエナイ……ワタシハ駆逐棲姫ナノヨ、矮小ナ艦娘トハ違ウ。ワタシハ、強クナッテイル!」

 

 頭をかきむしり、最悪の考えを叩き出す。なにかの間違いだ、こんなことは偶然に過ぎない。

 

「まあ、強いのは確かクマ」

 

 不意に、球磨が呟いた。

 

「ハ?」

「でもお前は、『素人』クマ」

「……素人?」

 

 駆逐棲姫の顔が、今まで見た中で、一番醜く歪んだ。

 

「反応が遅い、艦隊の統制がしきれてない、不意の事態に弱い。お前深海棲艦になってから、そう時間が経っていない。そうだろクマ」

 

 歯を食いしばりながら沈黙する。それがなによりの肯定だった。こいつは素人だ、深海棲艦の素人なのだ。

 しかし、指摘する人がいなかったに違いない。

 だから自前の強さだけで戦うこと以外できない。経験が少ないせいで、自主的に気づく機会も得られなかった。

 

「うちの卯月の方が、まだ使いものになるクマ。弱い部下を持った泊地棲鬼も不幸な奴クマ」

「ウルサイウルサイウルサイ!」

「そう錯乱するのが、素人の証拠クマ!」

 

 球磨に図星を突かれ、動揺した隙に、球磨は再び砲撃する。回避できる筈の攻撃を回避し損ね、砕けた装甲が更に抉れる。もう装甲どころか、肉片までも飛び始めた。傷口からは鋼鉄の骨が見え、血と修復剤が流れ出す。

 

「……ッ!」

 

 再生能力があっても痛みはある。苦痛に顔を歪めた駆逐棲姫へ、一気に攻撃を畳み掛ける。

 

「フザケルナァ!」

 

 左側を見せないようにしながら、残った主砲と魚雷を狂ったように乱射しだす。

 狙いもクソもない。だから回避が難しい。不規則に降り注ぐ雨粒から逃げ回るようなものだ。

 

「私ハ強イ、誰ヨリモ……負ケテタマルカ!」

 

 それだけではない。超加速を組み込んで、移動しながら乱射してくる。

 位置はずれ、砲弾の速度は変動する。そしてわたしはかすったら一撃死だ。

 

「ど、どーすんだぴょん」

 

 近づけない、わたしでは突破方法を見いだせない。困り果てた卯月は、仲間を頼る。

 

「どうするか? どうもしませんわ」

 

 その声に熊野は余裕の笑みで返す。

 

「もう充分、もうたっぷり時間を頂きました」

「と、いうと?」

「駆逐棲姫の動きは理解しました」

 

 熊野はおもむろに主砲を放つ。卯月には適当に撃ってるようにしか見えない。あそこには誰もいないじゃないか。

 そう思った瞬間、そこへ駆逐棲姫が現れた。

 

「予測通りですわね」

「ナニッ!?」

 

 ちょうど、加速を止めたタイミングだったのだろう。再加速が間に合わず、熊野の主砲が直撃した。

 左側でないから即死じゃないけど、充分ダメージは稼げている。

 

「どんなに不規則を意識しても、癖はなくならないものですわ。貴女の理は、もう理解しましたの」

「聞こえたなクマ、ここでトドメを刺すクマ、油断するなクマ!」

「了解ぴょん!」

 

 駆逐棲姫は同じように、加速を繰り返しながら攻撃をばら蒔く。しかし、停止タイミングの度に、正確無比な熊野の砲弾がくる。動きは明らかに鈍っている。

 

 あとは、装甲の砕けた左側へ攻撃するだけだ。なんとかして回り込むか、方向を変えさせるか。

 

「よし、決めたぴょん」

 

 熊野が動きを抑えていても、あの量の弾幕は簡単に抜けられない。いや他のメンバーならいけるんだろう。追い詰められるだろう。そうなった時、あいつの行動は一つしかない。

 

 なら、先に仕掛けてやろうじゃないか。

 込み上げてくる怒りを、即死の恐怖と理性で押し止める。少し息を吸い、卯月は大声で叫んだ。

 

「無様な姿ぴょん、無抵抗のまま殺されるなんて……見てて最高の光景ぴょん。間抜け面晒してくたばるぴょん、泊地クソ鬼みたいに!」

 

 駆逐棲姫が卯月を憎むのは、彼女が泊地棲鬼を殺したからだ。なら、それをダシにして煽ればどうなるか。

 

「──ッッ!」

 

 もはや言葉になっていない。

 空気が震えるほどの怒りを噴出させる。駆逐棲姫のターゲットは、卯月ただ一人に変わった。

 

 左側は向けないままだが、砲撃や雷撃が卯月に集中した。更にちょこまかと逃げ回っていたPT小鬼群の雷撃を混じる。誘発材を知られた今、彼女は必要以上に卯月を警戒している。

 

 奴の懐に潜り込めない。向こうからの接近は見込めない。

 今は、まだ。

 まだ撃つ余裕があるからだ。更に追いつめられた時、駆逐棲姫はどうするか。

 

 卯月は予測し、攻撃を回避して堪える。駆逐棲姫もまた球磨や熊野の攻撃を耐えて堪える。

 我慢比べだ。どっちが先に怒りを抑えられなくなるかの勝負。

 

 そして、駆逐棲姫の右側装甲にも、亀裂が走った。

 

「ウヅキィッ!」

 

 駆逐棲姫が、消えた。

 卯月の予想通りになった。最低限の目的を達成しようとしている。砲撃や雷撃を確実に当てるべく、接近戦で。

 

「来た来た来た!」

 

 近づいてくれれば、毒ナイフで切りにいける。

 艤装に突き立ててれば、数秒間は動けなくなる。卯月はそれを狙っていた。

 

 だが、駆逐棲姫もそれは知っている。

 だからナイフを振る暇も与えまいと、最後の猛攻に打って出る。

 

 卯月の目の前に、駆逐棲姫が現れ──なかった! 

 

「また小鬼かぴょん!」

 

 高速で投げ飛ばされた小鬼が、卯月の視界を塞ぐ。けどこんな二番煎じ、対応できる。卯月は小鬼を回避しようとした。

 しかし、駆逐棲姫は、更なる攻撃をした。

 

「役ニ立チナサイ、最後マデ」

 

 駆逐棲姫は、自分の主砲で、PT小鬼群を撃ち抜いたのだ。

 

「てめ、自分の子供を!?」

 

 さっきは、砲弾にくくりつけて撃った。

 今度は自分で撃ち抜いた。

 これで母親面をするのか。やはり深海棲艦は邪悪な害虫だ、駆除しなければ。

 

 爆風に耐えながら卯月は思う。魚雷も無理やり持たせていたな、爆発の規模が大きい。かなりの勢いに、姿勢を維持できなかった。

 

 それが、駆逐棲姫の狙いだ。

 姿勢を崩したところで確実に止めを刺す。

 どうやっても止まらないだろう、卯月は判断する。

 

 主砲を喰らおうが何だろうか、自爆に巻き込む勢いで来る筈だ。唯一警戒するのは、動き自体を封じてしまう修復誘発材だけだ。

 

「コレデ、オ終イヨ!」

 

 球磨と熊野は、残った最後のPT小鬼群が懸命に攪乱している。二人は動けない。一瞬、コンマ数秒だけの隙。卯月を殺すには十分な時間だ。

 

 だが、その隙は、駆逐棲姫に与えられなかった。

 

 ズドン、ズドン──聞き覚えのある砲撃音が、PT小鬼群の数だけ響く。

 

 瞬間、張り付いていたPT小鬼群が、木端微塵に消し飛んだ。

 

 駆逐棲姫はなにが起きたのか理解した。

 狙撃手だ、ポーラだ、ネ級二隻は足止めに失敗したのだ。役立たずのイロハ級め。しかし事実は変わらない。残っているのは駆逐棲姫ただ一隻という事実は。

 

 それでも、卯月を殺すには十分だ。いや、絶対に殺す! どんな妨害があろうとも、振り下ろす手を止めることは誰にもできない。渾身の殺意を込めて、駆逐棲姫は肩から心臓を割くように手刀を振り下ろす。

 

「お終いはてめーぴょん」

 

 だが、駆逐棲姫は未だに舐めていた。

 卯月の強さではない。

 駆逐棲姫の恨みよりも、卯月が抱く深海棲艦への怒りの方が、強かったことを。

 

「捨て身なのが、お前だけだと、思うなぴょん!」

 

 そう言って卯月が、振り下ろした手刀へ──自分自身の左手を突っ込ませた。

 

「自分カラ!?」

「つ、か、ま、え、たぁ!」

 

 駆逐棲姫の手は、卯月の左手を中央から真っ二つに引き裂いた。

 逆に言えば、左手全体に絡み取られたとも、言い換えることができる。姫級の剛力を使えば力ずくで振り解けるが──その隙は、あまりにも致命的だった。

 

「正気カ!?」

「どうせ修復剤で治るぴょん、貴様等を殺すためなら、腕一本なんて惜しかねぇぴょん!」

「無駄ナ足掻キヲ……!」

 

 すぐさま主砲の照準が卯月をとらえる。

 卯月はそれを無視して、誘発材ナイフを構える。狙いは一つ、駆逐棲姫の脚部艤装。

 

 超加速さえ止めれば殺せる。最悪わたし以外のメンバーが殺してくれる。まあ死ぬ気なんてさらさらない。こんな奴を倒すのに命をかけるのは、アホのやることだ。

 

「死ねぴょん!」

「死ネ!」

 

 身体能力の差か、駆逐棲姫がトリガーを引く方がわずかに早い。その砲身から砲弾が飛び出る。

 

 直後、その砲弾が、弾かれた。

 

 誘爆もしていない。側面をかするように撃たれた砲弾が、照準を曲げたのだ。

 

「よしクマ」

 

 球磨の攻撃だった。卯月を貫くはずだった攻撃はあらぬ方向へ飛んでいく。駆逐棲姫の渾身の一手は、呆気なく阻止されてしまった。

 

 それでも、彼女は殺意を緩めない。自分自身の魚雷を爆破し、自爆へ巻き込もうと試みる。

 卯月だけは殺す、その言葉に偽りはない。

 実現できるかは、別問題だが。

 

「もう終わり、諦めることですわ」

「そーですよー、動くと痛いですよー」

 

 からだを動かし、熊野とポーラの攻撃を回避しようとする。だが、動きを完全に見切った二人には無駄な足掻きだった。右側の亀裂は大きくなる。姿勢維持さえままならなくなる。

 

「マダ、マダダ、私ハ、コイツヲ!」

 

 ここまでやっても諦めないとは。

 つくづく度しがたい化け物だ。卯月は嫌悪感を露にしながら、誘発材ナイフを、艤装へ突き立てた。

 

「地獄へ落ちろ、化け物が!」

 

 駆逐棲姫の脚部艤装が膨れていく。再生能力が暴走し、艤装の形状を維持できなくなっていく。

 

「マダダァァァッ!!」

 

 化け物が、最後の力を振り絞る。

 艤装が崩壊するコンマ数秒、駆逐棲姫は超加速を試みた。卯月は手刀が刺さったままだ。加速に巻き込めば、致命傷を与えられる。

 

 駆逐棲姫も無事ではいられないが、一切構わない。

 本望だ、こいつを殺して死ねるなら。ここまで思わせる憎悪が、駆逐棲姫にはあった。

 

「いいや、とっくに、終わってるクマ」

 

 しかし、それは敵わない。

 

 駆逐棲姫の()()に、大量の魚雷が突き刺さった。

 

「ザコね」

 

 気づかれないように、ぐるりと大回り。

 そうして左側へ潜り込んだ満潮が撃った雷撃は見事全弾直撃。装甲のない、剥き出しの内骨格へ抉るように刺さる。

 

「おやすみなさーいー」

 

 一瞬絶句した隙に、ポーラの狙撃が腕を吹き飛ばした。手刀で拘束していた卯月は一目散に逃げ出し、自爆の射程距離から脱出した。

 

 普段なら加速で回避できた攻撃。平静を失った彼女に回避は無理だった。その時点で駆逐棲姫は敗北してたのだ。

 

「じゃあなくたばれゴミ虫ぴょん」

 

 あっかんべーでバカにしてくる、忌々しい卯月の顔が、網膜にこびりつく。

 誰よりも憎む艦娘の顔が、駆逐棲姫の見た光景だった。

 

 誰にも届かない断末魔を轟かせ、駆逐棲姫は爆炎の中へ姿を消した。




艦隊新聞小話

 修復誘発材についてちょっと纏めておきましょう。長いですが勘弁下さい!

 むかーし昔、まだ艦娘が現れる前、人間たちは自力で深海棲艦と戦っていました。
 そんな中で、深海棲艦の再生能力を逆に利用してやろうっていう兵器が開発されました。それが修復誘発材です。当時は銃弾とか大砲に入れて使ってたみたいですね。
 その効果は覿面で、時間稼ぎにはとても効果を発揮しました。

 とは言え人間の武器なので、再生能力そのものを止めることはできません。つまりトドメは絶対に刺せないんです。
 だったら酸素魚雷とか強力な主砲を積めばいいとか、そもそも艦娘の艤装に組み込むと艤装が溶けるとか。人間なら使えるけど人間を戦線に出したらダメだとか……色々あって運用されなくなりました。
 そんな危険物が前科戦線にあった理由は、わたしにも分かりません!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。