神提督の鎮守府へ着任したわたしは、一ヶ月後初めての出撃に赴いた。
けど、そこで記憶はとぎれた。
次に気づいたときには、護送車に閉じ込められて、解体施設へ連れていかれる直前だった。
そこから不知火という艦娘に助けられたわたしは、なぞの施設で半年間昏睡していたらしい。
それだけでも頭がいっぱいだが、施設の責任者の高宮中佐が言った言葉は、比ではなかった。
「お前は造反の罪により、解体されることになった」
唖然としていた。それ以外のリアクションが分からない。
意味不明にも限度がある。初陣のあとの抜け落ちた記憶、あの間になにがあった? わたしはなにをした?
「……神提督は、生きてるって言ったぴょん?」
「ああ、彼は生きている。重症だが、話せないほどではない」
「なら提督と話をさせてほしいぴょん、うーちゃんが造反なんてしてないって言ってくれるぴょん」
藁にもすがる気持ちだ。神提督がわたしの潔白を知っている根拠はなにもない。でも、わたし以外の生き残りは提督と間宮さんしかいない。
それに、提督なら。そんな気持ちもあった。
あの人ならわたしを助けてくれるかもしれない。卯月はわずかな希望を抱く。
それが、もっとも最悪な形で壊されるとも知らずに。
「不可能だな」
「そんなことないぴょ──」
「お前が造反者と証言したのは、他ならぬ神躍斗少佐本人だ」
もはや言葉もでなかった。
提督が、証言した? わたしが、造反者だって?
「なんで?」
卯月は呟く。全てが理解のそとにある。悲しいとか悔しいとか、感じるだけの余裕もない。
「端的に言えばスケープゴートだ」
「生け贄? なんの?」
「神少佐が、提督を続けるための。鎮守府壊滅の責任を負わないため」
仮に、鎮守府壊滅が深海棲艦の奇襲だったとき、責任を負うのは提督である。
そうなれば、神躍斗は提督をとうぶんできなくなる。少なくとも謹慎処分は確実だ。
だが、大本営はそれを許さなかった。
このご時世に、貴重な戦力を遊ばせる余裕はない。国民からの信頼もなくなってしまう。外国がつけ入るかもしれない。
それに、大本営のメンツが立たない。
大本営は、卯月を奇襲の実行犯に仕立て上げた。この戦争始まって以来、初めての
提督が負けても仕方がなかったことにして、全責任を卯月におっかぶせる。こうすれば大本営のメンツは立ち、神少佐は提督を続けることができる。
これで万事解決、すべてが上手くいったのだ。
高宮中佐の説明を聞いた卯月は、なんの反応も示さなかった。
そんなことは無駄なのだから。
「神少佐は大本営からの提案を呑み、お前が造反者だと、虚偽の証言をした」
「じゃあ提督は、今、どっかで提督をしてるのかぴょん」
「いや、さすがに怪我が治ってからだ。それまでは他所の鎮守府で、提督補佐を務めるらしい」
「そうですか」
怒りはある。知らない間に、仲間殺しの犯罪者にされて、腹が立たないわけがない。
しかし、仕方ないかと納得している部分もある。
わたしは所詮、下っ端の一兵士でしかない。それよりも、指揮官である提督を生かし、活かす方がよほど大事だからだ。
ただ、一度沈んだところから引き上げられて、この仕打ちというのは、酷過ぎやしないだろうか。
いったいわたしを、わたしたちをなんだと思っているんだろう。
そう考えずにはいられない。
つまるところ、理屈として納得しているけど、心が追いついていないのだ。
艦だったのなら、悩むこともなかっただろうに。
心とはこんなに面倒なヤツだったのか。
「しかしだ、大本営の提案は神少佐にとっても本意ではない」
冤罪を被せるのは本心ではないというのか。そう言われても信用できない。
荒れるいまの気持ちでは、全部が建前に聞こえてならない。
「証拠でもあるんですかぴょん」
「お前がここにいる、それが確固たる証明だ」
「ここって言っても……いや、ここ?」
そういえば、ここがなんの施設か聞いていない。
鎮守府壊滅や冤罪やらで、すっかり頭から抜け落ちていた。
冤罪でも前科持ち。
そんなわたしを受け入れるなんて、どんな場所なんだ?
「ここにはまっとうな艦娘はいない。全員なんらかの前科を持っている。本来なら解体処分されていいような連中ばかりだ」
「本来なら?」
「だが、どうせ解体するのなら有効活用すべき。そうは思わないかね?」
まあ、たしかに、どうせ死ぬなら敵一隻でも道ずれにしたほうが無駄はない。
しかし、それはダメだろう。
倫理的に許されない。個々人で思うならまだしも、組織が敷いていい思想ではない。
ただしそれは、なんの罪もない人に限る。
罪を持つ人が送られる、死ぬための部隊を卯月は知っていた。
「あまりにも轟沈率が高く、危険な任務……しかし誰かがやらねばならない任務。
任期を終えれば罪は帳消し。代わりに、過酷な戦線で戦ってもらう」
「そーゆーことかぴょん……」
「解体され死ぬか、わずかな可能性に賭けるか。賭けた連中たちの特殊部隊が、この施設なのだ。お前もその一員というわけだ」
むかしから、軍隊には懲罰部隊というものがある。
軍規違反をした兵士が送られ、過酷な戦いを強要させられる。使い捨てるための部隊。
そうすることで、ああはなりたくないとほかの兵士に思わせる役割もある。
実質遠回しな死刑宣告だ。
それでも、それしか生きる方法がないなら、選ぶ余地はない。
わたしも同じだ。
ここへの配属は任意と言うが、死ぬかどうかで選択肢なんてありゃしない。
「不知火が言ってたのは、そういう意味だったのかぴょん……」
どんな戦場かは知らないけど、間違いなく地獄だ。
というか、地獄でなければ懲罰にならない。生き抜くためとはいえ、とんでもないところにきてしまった。
「元々は選択肢さえなかったんだがな」
「へ?」
「不知火が来ることなく、お前は秘密裏に解体される運命だったのだ」
艦娘に扮した裏切り者がいる。そんな事実が知られれば、艦娘に依存した戦線そのものが瓦解しかねない。だからわたしの解体は秘蔵される予定だったらしい。
「護送車のルートを知る手段も、そもそも事件を知ることもない。我々が情報を得なければ、間違いなく解体だった」
しかし、高宮中佐はこの情報を得ている。
どこからか情報を得たのだ。独自の情報網とか、大本営内の仲間とか──誰かがリークしたとか。
「それが、神少佐だ」
「提督が、高宮中佐に情報を?」
「わたしのせいで卯月が死ぬのは忍びない……そう頼み込んできたのだよ」
神提督は、どういう気持ちだったんだろう。
職務を続けるために、仲間が死んだ痛みに耐えながら、わたしに冤罪を着せたのだろうか。
はたまた解体するのなら、ここで使い捨てたほうが国のためになるという、合理的な考え方なのか。
本当に本意じゃなくて、数少ないわたしを救う手段として、高宮少佐に連絡をとったのか。
卯月に分かるはずもない。
前科持ちの彼女は、お務めを終えるまではここから出られない。神提督に会うことはできない。
本心を聞くことは、不可能なのだ。
「これをどう判断するかはお前の自由だ、だがこれは理解しておけ。神少佐の行動は彼自身を危険に晒す行為だったことを」
考えなくても分かることだった、捕縛したテロリストの移送ルートを漏らしたようなものだ。もしこのことが露見すれば、神提督は間違いなく始末される。
そんな危険を晒してまで、わたしを助けた。
行き先が地獄であっても、命を繋いでくれた。
卯月に分かる真実は、今はそれだけだ。
本当は私利私欲でわたしに冤罪をかぶせたかもしれない、仲間が沈んだことを、なんとも思ってないかもしれない。
「わたしから話すべきことは話した。改めて聞くぞ、卯月」
ピシャリと、高宮中佐は教鞭を叩く。反射的に卯月は背筋を伸ばした。
「冤罪を受け入れ、黙って解体されるか……地獄で蜘蛛の糸を掴み、生き残るか」
「選んで良いのかぴょん?」
「重傷の状態では意思確認にならん」
確かに、不知火に助けて貰った時はそれどころではなかった。
全身の痛みと恐怖から逃げるのに精一杯だった。だから不知火の提案に、ホイホイ乗ってしまったのだ。
「言うまでもなく過酷な任務だ、この半年間で7隻は轟沈している」
「うーちゃん、普通の鎮守府の轟沈率なんて知らないぴょん」
「不知火」
「はい、平均的には半年で0から1隻、最前線の鎮守府に絞っても同じですね」
つまり最前線の約七倍の死亡率と、不知火が丁寧に教えてくれた。
なるほど地獄という言葉に嘘はない。懲罰部隊らしく、実質的な死刑宣告に等しい。
それでも、
「では駆逐艦卯月、おまえはどちらを選ぶ」
卯月は高宮中佐に向けて、ニヤリと笑う。
「どっちも選ばないぴょん」
「なに?」
「うーちゃんはもう、
土砂降りの中、護送車から助け出されたときに、わたしはもう『選択』したのだ。
不知火と約束した。
重傷であろうとも、意識が朦朧としていても。一度選んだ、わたし自身で『選択』したことだ。
「それを変えるよーな、『嘘』は言わないっぴょん!」
そうだとも、わたしは本心から願ったのだ、
「なるほど……しかし、上官に対する物言いではないな」
「うげ」
「まあいい、人になりたてなのだ、多少は眼を瞑ろう」
高宮中佐は、わたしの意志を汲んでくれたようだ。
隣の不知火は眼をパチクリさせている。いやまさか、分かっていないなんてことはないだろう。
「……中佐、どういう意味で?」
分かってなかった。
「彼女は我々の監視下に置かれるということだ、懲罰部隊の一員としてな」
「あ、なるほど」
高宮中佐の溜め息は気のせいだろうか? まあ気にしないでおこう。その方が不知火のためだと思う。
「お前の意志は確認した、今日よりお前は我々の部隊、『第一艦隊直属第零特殊強行偵察戦隊』として戦ってもらう」
「了解です、ぴょん!」
「死なないように、死力を尽くすことだ」
「りょ、了解ぴょん」
本当にどうなってしまうんだ。まったく予想できない。
しかし、わたしは生きている。
生きているならチャンスはある。神提督にもう一度出会う望みがある。
だから、いまはこの真実を信じよう。
とても大きな危険を犯してまで、神提督はわたしを救おうとしてくれた。それがわたしにとっての『真実』だ。
同時に、内に秘めた本心を密かに確かめる。
艦娘として相応しくないが、間違いだとはとても思えない。
グツグツと煮えるような、ドス黒い淀んだ感情。
みんなを殺した深海凄艦は、必ず殺してやる。
そのためにも生きるのだ。
卯月は再開を望む。話すため、報復のため。
相反する思いを抱えながら、卯月は新たな一歩を刻んだ。
*
卯月が退出し、更に時間が経って不知火も退出した。
丑三つ時も越えた深夜、執務室で電話が鳴った。あらゆる防諜技術を施された極秘回線を、高宮中佐は手に取る。
「はい、わたしです……夜分遅くに申し訳ありません。状況は一端落ち着いたということで?」
極秘回線を知る人物はわずかしかいない。
それを使う必要があり、それに相応しい人物が、高宮中佐の電話相手だ。
この会話は、誰にも聞かれてはいけない。
秘書艦の不知火は知っているが、ホイホイ聞かせていい内容でもない。電話相手はそれも見越して、寝静まった深夜に電話をかけていた。
「そうですか、ありがとうございます。駆逐艦卯月強奪の件は、予定通りに。
……はい、護送中の卯月による自爆ということで。ええ、おかげさまで予定通りに進んでいます」
高宮中佐は能面のまま、淡々と答えていく。その顔には怒りも悲しみも、愉悦もない。卯月と話していたときと同じ冷徹な態度を崩さない。
「卯月ですか、彼女は喜々として部隊に合流しました。色々言ってはいましたが、報復が最大の理由でしょう」
「わたしの『嘘』を簡単に信じたのも、それが原因かと」
「ええ、問題はありません。我々の役に立ってもらいます……では」
通信は切れ、静寂が執務室を包む。
聞くものは誰もいない。
夜の帳が、真実を覆い隠した。
説明回はここまで。
次回からは「イカれたメンバーを紹介するぜ!」になります。
あと連続投稿もここまでです。
以降は3~4日ごとに更新を……目指したい……。