前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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ちょっと幕間じみた回。


第41話 居残

 駆逐棲姫を倒したことで、敵海域の親玉がついに明らかになった。

 その名は戦艦水鬼。名前の通り戦艦の姫級であり、その中でもかなり上位の個体だ。

 

 こいつを倒せば、神提督の鎮守府を敵の支配から解放できる。

 帰投が叶う。仇討ちも叶う。待ち望んでいた時が近づき、卯月は期待に目をきらめかせていた。

 

 新しい敵が現れたということは、前科戦線の出番が来る。

 新しい海域の羅針盤や特効を調べなきゃいけない。その過程で、戦艦水鬼と交戦することもある。

 それこそ、仇討ちのチャンスだ。

 

 とはいえ、チャンスが来るかは運次第だ。

 前科戦線の任務はあくまで偵察、交戦したとしても、威力偵察をして即撤退が原則。泊地棲鬼は例外だ。逃げ切るのが難しかったから戦っただけ。

 

 それでも、一度でも殺せる可能性があるのは嬉しいことだ。

 ダメだったらしょうがないが、もしもチャンスが来たら、逃さないようにしたい。この手で絶望を味わわせてやりたい。

 

「出撃はいつぴょん?」

 

 卯月は球磨に聞く。チャンスを手にするためには訓練が必要だ。戦艦級と戦うための訓練をできるだけしておきたい。どれだけ時間があるかがカギだ。

 

「今朝クマ」

「なるほど」

 

 食堂の時計を見る。現在時刻は正午をちょっと過ぎたぐらいだ。

 

「訓練に使える時間はマイナス半日ってところかぴょん」

「まあ、そうだクマ」

「いやそこは突っ込んで欲しいぴょん」

 

 リアクションのつまらない奴だな。卯月はそう愚痴ったあと、改めて時計を見る。

 どう見ても正午。

 出撃したのは朝方だと球磨は言った。

 

 色々言いたいこと、叫びたいことはあったが、まずこれは言いたい。卯月は深く息を吸い込んだ。

 

「早くね?」

 

 駆逐棲姫と交戦してからまだ12時間も経っていない。なのにもう、戦艦水鬼の調査に赴いたというのか。

 

「いつもそんなもんクマ、連続出撃はザラにあるクマ」

「うっそぴょぉぉぉん……」

「ドンマイだクマ」

 

 チャンスは手から零れ落ちた。

 入渠している間に、みんなもう出撃してしまったのだ。調査は一回で全て済ませる。二回目はない。戦艦水鬼と戦う機会はもう得られない。

 

「よくも……仇討ちの、チャンスを……」

 

 どうしてこうなった。卯月は頭を抱える。

 そもそもなんで、わたしが目覚めてないのに、高宮中佐は艦隊を出撃させた。半日ぐらい待てるだろうに。

 

 わたしの復讐の邪魔をしているんだろうか? 

 そんな考えが脳裏を過った。あり得ないと否定し切れない。高宮中佐がなにか隠してるのは察している。でも復讐ができるから前科戦線に入った。

 

 艦娘の務めは、なにかを護ること。

 復讐と並立させると決めたことは、頭になかった。卯月のこころは怒りで染まりつつあった。

 

 邪魔しているに決まっている。そうだ、なら殺さないと。それが一番良い。

 

「落ち着け、話は終わってないクマ」

「いでっ!」

 

 額をデコピンで叩かれた。指先だけなのに椅子から転げ落ちるぐらい痛かった。痛くて涙まで流れていた。

 

「今のはあくまで、仮定の話だクマ。大本営の予想であって違う可能性もあり得るクマ。戦艦水鬼以外のなにかが出て来るパターンも有り得るクマ」

「そ、そうだったのかぴょん」

「威力偵察も二回やることもある、早とちりするなクマ」

 

 全くもって球磨の言う通りだ。仮定の話で大暴走してマヌケを晒すところだった。卯月はしょんぼり項垂れる。

 

「ホント、この感情のコントロールどうすりゃ良いんだぴょん」

「だから球磨にはどうにもならないクマ」

 

 なんか、だんだん悪化している気がする。良くなる環境にいないんだから当然か。

 一番の解決策は泊地棲鬼や、やつに関係することと関わらないことだ。でもそんなの認められない。復讐を諦めるなんてあり得ない。

 

「いっそ、薬に頼るとかはどうクマ。取り寄せることもできるクマ。事情が事情だし」

「薬かあ、あんまり使いたくないけど」

「背に腹は代えられないクマ」

 

 ちなみに取り扱い免許は存在しない。

 通常の医師免許や薬剤師免許は人間に適用されるものであって、艦娘に対しての制度ではない。

 

 妖精さん印の艦娘の薬品はある。修復誘発材もその一つだ。それらの取り扱い免許は現状ない。まだ法整備の真っ最中であるが、やっぱり後手に回っているのが現実だ。

 

「誰に言えば良いんだぴょん?」

「飛鷹さんクマ、飛鷹さんは基地外からの物販購入も担当してるクマ」

「……いないけど」

「特効の調査で出撃中だクマ」

 

『式神』をもっとも使えるのは飛鷹だけである。不知火も使えるが、一度で調べられる量はどうしても劣ってしまう。よほどの事情がない限り、飛鷹は調査任務に出ることになっていた。その間の食事は、残ったメンバーの持ち回りである。

 

 ちなみに持ち回りをした時、一番の当たり枠は熊野、ハズレ枠は不知火秘書艦、ジョーカーはポーラである。

 

「しょうがない、帰ったら言ってみるぴょん」

「そうするクマ、帰ってくるのは明日の朝ぐらいと聞いてるクマ」

 

 正午から数えて、一日半ぐらい。その間なにをして過ごせば良いのか。

 まあ、対戦艦水鬼の訓練だろう。北上に頼めばなんか良いトレーニング装置をセットしてくれるかもしれない。

 訓練したところで、活かすタイミングがあるかは分からない。でもやらないよりマシだ。

 

「……そーいえば、球磨以外に残ってるやついるのかぴょん?」

「熊野と北上ぐらいだクマ、不知火は出撃だクマ」

「珍しいぴょん」

 

 基本人員不足に悩まされているので、場合によっては不知火も出撃する。無論かなり稀なことだが、無いことも無い。

 

「まあ、球磨からは以上だクマ。好きに過ごせば良いクマ」

「りょうかいぴょん、ご飯ごちそうさまだぴょん、うまかったぴょん」

「次はウサギ鍋を振るまってやるクマ」

「じゃあうーちゃんはクマ鍋をごちそうするぴょん」

 

 ワハハと笑う卯月と球磨。二人の目は笑っていない。物騒なだけのジョークなのか本気で思っているのか。それを知る必要はないのである。

 ないのである。

 

 

 *

 

 

 日が沈み、夕焼けの残り火が空を赤く染めるぐらい。

 ジャージ姿の卯月は砂浜を汗で濡らしながら、長時間のランニングに勤しんでいた。そのジャージも汗でベタベタになって気持ち悪くなっている。

 

 ランニングだけではない。この時間まで色々な訓練を自主的に行っていた。

 砲撃回避に、雷撃の回避。

 北上に教わったところ、駆逐艦が覚えるべき対戦艦用戦術は一つしかないらしい。

 

 当たるな、逃げるな、生き残れ。

 

 以上が戦術の全てだ。

 戦艦の火力は重巡級とは比べものにならない。例え掠り傷であっても、砲弾のエネルギーは体内を駆け抜けていく。やわらかい駆逐艦には致命傷になってしまう。

 

 装甲は堅牢極まる。例え装甲の繋ぎ目を正確に狙えたとしても、一発二発では到底破砕できない。雷撃を打ちこんだとしても、巨体故にすぐには沈まない。

 

 できることには、できる。

 駆逐艦が戦艦級を沈めた事例は確かにある。

 だが、卯月が今からその戦い方を覚えられるとは、卯月自身を含めて誰も思わなかった。

 

 なので北上は、兎にも角にもなんにせよどうであろうとも、生き残れと言ったのだ。

 

 幸い卯月には、修復誘発材という特殊武器がある。それを使えば戦艦水鬼が相手でも十分サポートはできると北上は踏んだ。

 生き残れればの話だが。

 なので、回避訓練を徹底的にするようにアドバイスしたのである。

 

「はぁ、はぁー……キッツぴょん」

 

 では、逃げ続けるのに必要なのはなにか。

 簡単な話だ、『体力』だ。

 結果、より強靭な体力をつけるために延々と走り込みをしていた。

 

 明確な終了条件はない。あてなく果てなくやるから訓練になる。棒立ちになって息を荒くする。とてもキツイ訓練だと卯月は後悔する。

 

「楽して強くなりてぇぴょん」

「まだ言ってるんですかそれ」

 

 どうしようもない愚痴を発する卯月を見て。通りかかった熊野は呆れて言った。

 

「飲みますか?」

「どうもぴょん」

 

 渡されたスポーツドリンクを一気飲みする。わざわざ持って来てくれたのか、ありがたい、良い奴だと卯月は思う。

 

「あとで交換券300円分お願いしますね」

「有料かぴょん!」

 

 空のボトルを衝動的に叩きつけた。なんて無茶を言い出すんだこのクマ野郎。事前に確認しなかったわたしもわたしだが、このやり方は悪質だ。

 

「だいいち給料まだ出てないうーちゃんにどう払えと?」

「前貸ししますよ? 金利は年2000%ぐらいですが」

「暴利!」

「冗談ですわ、スポーツドリンクぐらい、()()()タダで良いですわよ」

 

 もう安心して熊野から物を貰えない。いや貰ってはならない。卯月は強く思った。

 

「冗談でもやめろぴょん、そんなできもしない話。金融会社を運営してるわけでもないんだから」

「いやしてますが?」

「……なんだって?」

「なんでもいいじゃありませんか、そろそろお夕食のお時間、わたくしの担当ですわよ」

 

 なんでも良くない。

 今なんて言った? 

 『していますが』って言ったのか? 

 

 どうなっている。前科戦線にいるのになんで闇金なんて運営できているんだ。高宮中佐はこのことを知っているのか。

 

 しかし、考えたって意味はない。

 仮にこれが事実でも卯月にはなんの関係もない。

 ただ一つ、卯月は強く誓う。こいつに貸しを作るのは絶対にやめておこう。

 

 

 

 

 かなりの汗をかいてしまったので、先にシャワーを浴びてから晩御飯にする。

 元々少人数だが、更に少なくなった食堂は静かなものだった。にぎやかなのは好きだけど、たまには落ち着いた食事も良い。

 

 しかし、熊野の用意したラインナップはえげつないものだった。

 悪い意味じゃない。気おくれするというか緊張するとか、そっち方向の意味合いである。

 

 明らかに色合いの違う魚介類、乗ってる霜の量が違い過ぎる牛肉。眩しい位に輝いている白米。どう見ても最上位クラスの食材がズラっと並んでいた。

 

「……最後の晩餐?」

「なにをおっしゃっているんですか」

「気持ちは分かるクマ」

 

 熊野が当番の時はだいたいこうなる。絶対に前科戦線では手に入らない高級食材のオンパレードと化すのである。

 美味い、言葉にならないぐらいに美味い。

 

 だが慣れない。具体的に言うと、食料品の入手方法への不信感がヤバイ。あとなにか対価を要求される気がする。

 毎回異様な緊張感とともに食事をするのである。この空気に慣れるのは不可能だろうと、球磨は卯月を憐れんだ。

 

「ご、ごちそうさまぴょん」

「うふふ、たまの料理もやぶさかではございませんね」

「確かにクマー」

 

 卯月と球磨は苦笑いである。コメントに困っていた。

 

「ところで、卯月さんに聞いてみたいんですが」

「うーちゃん一銭も持ってないぴょん!?」

「わたくし、貧乏人から搾取する趣味はなくてよ。大して取れないので」

 

 緊張の度が過ぎて変なことを言ってしまったが、よりアレな回答が返ってきた。

 つまり金持ちから搾取するって意味かよ。まったくフォローになっていない。当然口には出さなかったが。

 

「駆逐棲姫と、お知り合いだったんですか?」

「……はぁ?」

「いえ、どうにも駆逐棲姫の執着が凄かったので」

「知るかぴょん、泊地棲鬼を殺した主犯格ってことで、目の敵にされてただけだぴょん」

 

 改めて考えても、駆逐棲姫の思考回路は、理解困難なものだった。

 泊地棲鬼を殺したために卯月を狙っていたが、殺したのは前科戦線メンバー全員である。卯月には『特効』が働いていたが、あくまで全員の連携で撃破したのである。仇は『全員』でなければならない。

 

 しかし駆逐棲姫は、卯月ただ一人に執着していた。

 他のメンバーも殺そうとしていたが、卯月を最優先にしていた。

 そこがどうしても理解できない。卯月の中でずっと引っ掛かっていたことだった。

 

「そもそも……なんで、前科戦線近海まで接近できたんだクマ?」

「それも謎なのですわ、ちゃんと結界や認識阻害の術式も張られていましたし」

「確かに訳の分からない奴だったクマ」

 

 それも不可解な謎だった。高宮中佐と不知火はこの原因を調べている。また同じ事態が起きたら、今度は最悪の事態、直接襲撃に繋がりかねない。

 

「もう死んだからいいじゃないかぴょん」

「そうもいかないでしょう、人数少なすぎて、わたくしたち防衛線は苦手なのですわ」

「やっぱり、卯月がなにか絡んでるんじゃないかクマ?」

 

 ふざけたことを言うんじゃない。

 卯月はそう言いかけて、言葉を呑み込んだ。確かに一理ある。現状それしか考えられない。駆逐棲姫とはなにか繋がりがあり、それを辿ってきた。

 

「どっちにしても、うーちゃんはなにも知らないぴょん。頭のおかしい海産物の言葉なんて、あてにすると馬鹿を見るぴょん」

「それもそうですわね。あ、卯月さん洗い物お願いします」

「え、まあ良いけどぴょん」

「言質は取りましたわ。朝昼おやつ夜分全部残ってますが、願いしますね」

「なんでやってないぴょん!?」

「面倒だったので」

「同じくクマ」

 

 戦略的にはともかく、卯月個人単位で見ればどうでも良い話題だ。考えたって意味がない。死んだ奴のことはどうでもいい。今考えるべきは、戦艦水鬼のことだけだ。

 

 戦う機会が来るかは別にして。

 褒められた考え方ではないが、できるなら、一回ぐらい戦う機会が巡って来てほしい。

 押し付けられた洗い物を片付けながら、卯月は願っていた。

 

 なお、洗い物には油汚れや米がこびり付いて全然取れなくなってた。熊野に『スポーツドリンク代払いましたよね』と言われたらなにも言い返せなかった。タダなのはお金()()だった。

 

「くそだぴょん!」




駆逐棲姫が前科戦線近海まで到達できた理由は明確に存在しますし、今後のお話で明らかになります。
忙しくて艦隊新聞を書くヒマがないでござる。
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