卯月はもう戦艦水鬼と戦えないと、仇討ちのチャンスはないと思っていた。前科戦線は海域調査も特効調査も終わらせてしまったからだ。出撃の機会はないのだ。
しかし、その『特効』が光明だった。泊地棲鬼に続き卯月は特効を持っていた。
戦艦水鬼本人ではなく、随伴艦に対してという特殊な形ではあったが。
なんであれ報復のチャンスは巡ってきた。わたしの時代が来たと喜んでいただろう。
普段ならば。
「なに見てんだよ」
「見てないぴょーん、自意識過剰だぴょん」
「無視しなさいよ竹」
食堂の空気は今世紀最悪だった。施工当時の加賀の方がまだマシと断言できるレベルで酷かった。
「水雷戦隊のアイドル? 随分スケールがちっちゃいね!」
「もう、不相応な夢を抱いたらダメでしょ、那珂おばさん!」
「あっはっは、生意気な小娘ね!」
アイドル(自称)の血みどろの争いはなんかベクトルが違うが、ヤバそうな雰囲気だ。
「なんでお姉さま食堂に来たんですか?」
「一緒にティータイムでもすれば、少しは良くなるかと思いまシタ!」
「さすがお姉さま、でも判断ミスだと思います! 卯月と同室でリラックスとか比叡には無理です!」
ギロリと敵意に満ちた視線が突き刺さる。卯月がいるから空気が悪い。出ていけと言わん勢いだ。
あげく相席は松と竹だ。なんでやねんと内心突っ込む。
こんな空気では、報復のチャンスも喜べない。
「あんたなんでこの空気で出ていかないのよ」
「満潮にしてはまっとうな質問だぴょん、理由はシンプルぴょん」
「なによ」
「負けたみたいで腹が立つからだぴょん」
隣の席の満潮は心底呆れる。
この状況下で怒る余裕があるとは。無神経というか図太いと言うか。
「誰が無神経だぴょん」
「あ、言ってた? 当然あんたのことよ」
「よっしゃ殴るぴょん」
「二人ともうるさいから黙ってて欲しいんだけど」
「やだね! 黙れと言われたら騒ぐのがうーちゃんの生きざまぴょん!」
「……オウ」
このお茶会を言い出した金剛は頭を抱える。
かなり無茶な試みだったのは知っていた。やらかした前科持ちといきなり仲良くなるなんて不可能だ。
それでも一緒に戦うのだから、最低限コミュニケーションがとれて欲しい。
結果は失敗だった。他の前科組以上に、卯月への嫌悪感が高すぎる。
卯月がいなければ、もう少しスムーズに進んだ。しかし卯月は今回の作戦のキーファクターだ。外すなんてできない。
「なんでよりにもよって、卯月が特効持ちなんですかね」
「それは戦艦水鬼にListenしないと、分かりませんネー」
「時間もないですし、どうしましょう」
金剛と比叡は揃って頭を抱える。比叡の気持ちは良く分かる。松たちが卯月を徹底して嫌う理由も納得できる。
ただそれを作戦に持ち込まないでほしい。
軍艦なら、そんなことはなかった。感情を持つ艦娘ゆえの弊害だ。
「もう少し様子を見まショウ、同じ基地で一緒にいれば、関わる機会はありマース」
「余計悪化しなければ良いんですけど」
「それはノーセンキューデース」
お茶会は完全に失敗に終わる。再出撃の時間は確実に押し迫っている。まったく連携できない状態で勝てる程戦艦水鬼は甘い相手ではないのだ。
どうすればいいのか。誰にも分からないまま、来客初日は終わった。
*
金剛たちが来てから二日目の朝が来た。寝ぼけ眼で卯月はベッドから起きる。満潮は既にいない。トレーニングに行ったのだろう。朝から満潮の顔を見なくて良かったと卯月は安堵する。
今日の卯月はやる気に満ちていた。戦艦水鬼と戦えると分かれば訓練にも身が入る。身支度を整えてジャージ姿になった後、いつも走り込みをしている砂浜へ向かった。
だが、やる気は一瞬にして霧散する。
「なんでお前たちがいるぴょん」
砂浜にジャージ姿の松と竹がいたのだ。二人も走り込みに来ているのは明らかだ。このままいくとこいつらと仲良く並走することになる。
卯月としては構わない。だが松と竹からすれば。
「……最悪ね」
「ああ、早く帰りたいぜ」
「なるほど、このうーちゃんの美しさに耐え切れないと」
松と竹は卯月に対して完全無視を決定した。ポツンと置いていかれる卯月。酷い連中だ、無視するなんて許せない。頭に血が昇った卯月は二人を追い駆けて走り出す。
「無視すんじゃねーぴょん! このうーちゃんをなんだと思ってるぴょん!」
「造反者卯月」
「裏切り者の卯月」
「言いたい放題か!」
卯月のツッコミは間違っていた。前科戦線に引き籠っているから知らないだけだ。艦娘のままの裏切り。前代未聞の事件に酷い二つ名がいくつもついている。松と竹が言ったのはその一例に過ぎない。
「こいつ、追い付いてきてやがる!」
「うわははは! 前科持ちのエリート集団に囲まれてんだ、否が応でも強くなるぴょん!」
「来ないでよ、気持ち悪い……!」
今の卯月の練度は40ぐらいだ。あくまで目安でしかないが、数日前まで25だったことを顧みれば急成長と言っていい。駆逐棲姫と戦ったことで大きく成長しているのだ。
松と竹、金剛たちの練度も低くない。むしろ高い方だ。最低でも練度70はある。作戦部隊の中核なのだから当然だ。
ただ、情報がまったくない海域に突撃しなければならない前科戦線とは任務の過酷度が違いすぎた。部隊の編制目的が違うと言ってしまえばそれまでだが。
卯月自身も、二人に追いつき始めていることに驚いていた。
自覚している以上にパワーアップしている。戦いの経験は無駄になっていない。強くなればその分深海棲艦を殺せる。喜ばしいことだった。
「このままぶっちぎってやるぴょん、やーいノロマー」
「裏切り者の癖に、なんでこんな態度なんだ」
「こんな性格だから、仲間を売ってもなんとも思わないんでしょうね!」
艦娘としては後輩。仲間を撃った艦娘以下のド外道。そんな奴に負けたら恥だ。提督に合せる顔がない。松と竹は卯月に追いつかれないよう必死で走る。
卯月も卯月で、嫌悪感をぶつけられ過ぎて頭に来ていた。追い抜いて馬鹿にしてやると誓い全力疾走。
ただ、その速度はランニングで出して良い速度ではなかった。全力疾走し過ぎた結果、三人は仲良く入渠ドックで緊急回復する羽目になったのであった。
ドックに入っていたせいで、朝ごはんに来るのが遅れてしまった。卯月は慌てて食堂へ向かう。しかし同じドックから出てきた松と竹は、なぜか別方向へ向かって行った。あっちは確か割り当てられた客室のある場所だ。
「食堂いかないのかぴょん」
「ああ、昨日は金剛姉さんの顔を立てたが、お前と同じ飯なんて喰いたくない」
「持ってきた食料があるから、自室で食べるの。お願いだから顔を出さないでねさようなら」
冷たく突き放し、二人は自室へ向かう。ちょっとしょぼくれた気持ちになったが、飛鷹さんのご飯を食べれば元気になるさ。卯月はテンションを戻して、食堂の扉を開いた。
同時に、ナイフのような視線が突き刺さる。
卯月以外のメンバーはほとんど食堂にいた。まだ朝食途中の人もいる。しかし卯月を見た途端、箸の動きが止まってしまった。
「うぇー、最悪ー、朝から虫けらが視界に入ったー」
「
「飛鷹さんにも失礼ですわ」
「うーん、ごめんねポーラさん、熊野さん。でも桃も、あんなのと一緒にいたくないから。二人とはお喋りしたかったけどアレは無理」
ポーラと話しながら食事をしていのだろうか。楽しそうな雰囲気だった。那珂がいなければ暴走しないようだ。だが卯月が来たことで空気が一変してしまった。残った食事を一気に掻っ込み、席から立ち上がる。
「卯月がいないときに、また話そうね!」
「わ、分かりました~……」
「ええ、よろしくてよ……」
ポーラに笑顔を向けた後、扉に立っていた卯月を蹴り飛ばした。
「ちょっとジャマ」
「いたっ!?」
なにすんだと言おうとした時には、桃はもういなくなっていた。
「なんなんだぴょん」
ここまでされる筋合いはないんだが。てかなんで
ため息をつきながら席に座る。誰かと一緒の席はなんか嫌だった。一人でテーブルに座ると、目の前が暗くなった。
なんだと思い顔を上げると、険しい顔の比叡が睨んでいた。
「松と竹はどうしましたか」
「え、あの二人なら」
「あなたと一緒にランニングしてましたよね、なんでいないんですか、まさか殺したんですか?」
「おいおいおい早とちりは勘弁してくれぴょん! 松と竹は自室だぴょん!」
いくらなんでも思考が飛躍し過ぎている。いないからって即私が殺したと言わないでほしい。さすがのわたしも傷つくんだぞ。卯月は内心で文句を言う。
「そうですか、飛鷹さん、ご飯ごちそうさまでした!」
比叡は卯月から目を背けた後、こころからの笑顔で飛鷹にお礼をいった。偽りの感情ではない。卯月と他とで態度が違い過ぎる。卯月も飛鷹も違和感しか抱いていない。
「そ、そう……まだ残ってるわよ?」
「すいません自室で食べます、二人がこいつに殺されてないか、心配なので。本当にごめんなさい!」
トレーを持って比叡は食堂から出ていこうとした。途中でまた卯月の傍を通りかかる。
その時小声で、『出て言ってくれませんかね』と確かに言った。
卯月は俯いたままだった。比叡は荒々しい音を立てて出て行った。
「美味しそうなスメルデース!」
入れ違いで食堂に入ってきた金剛だが、食堂の異様な雰囲気に口を閉ざした。
卯月は俯いたまま動かない。ポーラと熊野、飛鷹は困った様子で固まっている。一部始終を見ていた満潮も首を傾げている。
「エー、アー、成程」
金剛は理由を察した。自分の仲間がやらかしたのだ。
俯いている卯月は食事をとる気配もない。旗艦である自分の責任と考えた彼女は卯月の傍に近づいた。
「一緒に食事、ドウデスカ?」
「いや、遠慮しとくぴょん。そんな気分じゃないぴょん」
「そうですか……ソーリー」
「金剛さんが謝ることじゃないぴょん」
金剛の好意はありがたいけど、比叡とかその辺りに恨まれそうなので止めておいた。
居心地も悪い上に食欲もなくなっていた。卯月は席を立って自分の部屋へ戻ることにした。
卯月の背中を金剛が心配そうに見ていたが、引き留めることはしなかった。
「どうするおつもりですか?」
「ワッツ!? 不知火!? いきなり背後から現れないでクダサイ!」
「それは失礼しました、しかしこの流れは、貴女方にとっても望ましくはないでしょう?」
不知火の問い掛けに金剛は眼を閉じる。
金剛の目的は卯月と同じ。戦艦水鬼の撃破だ。多少空気が悪くても仕事とあれば割り切れる。しかしここまで仲が悪いと問題だ。
仲間の問題だ、旗艦である金剛が責任をとらねばならない。卯月に責任がない以上はなおさらだ。
「なんとかしないと、不味いデース」
「お願いします、貴女も同じ気持ちだと思いますが……」
「ノー、私は卯月を嫌ってはいまセン」
不知火は目を丸くした。『事情』を知っているからには、金剛も卯月のことを嫌悪しているかと思っていたからだ。
金剛は意を決したよう、不知火に伝える。
「話しても良いデスネ?」
「やむを得ないでしょう、提督には不知火から伝えておきます」
「Thank Youデース」
この異様な嫌悪の原因は言わなければならない。言って悪化する可能性はあるが、このままでは悪くなるばかりだ。
食堂から出ていった卯月は、一人自室で座り込んでいた。表情は伺えない。泣いているのか、体を小刻みに震わせていた。電気もつけていなかった。
「いんの卯月、入るわよ」
入ってきた満潮が部屋の電気をつける。項垂れている卯月を見て蔑む目をぶつける。
持ってきたトレーには飛鷹に頼まれた食事が乗っていた。嫌だったが飛鷹の頼みでは断りづらい。
「食い物持ってきてやったわよ、食べなさい」
「毒とか入ってないぴょん?」
「こんな軽口言えるなら、いらなそうね」
「待ってぴょん食べるぴょん」
正直に言えば良いものを。なんでいちいち一言多いのか。ブーメラン発言に満潮は気づいていない。
卯月は顔を上げて食べ出す。目が若干赤く腫れていた。
「ざまぁないわね、普段の行いが帰ってきてるのかしら」
「バカな……うーちゃんはとても良い行いばかりしているのに……」
「復讐鬼が言っても説得力皆無なんだけど」
まあ、これには、反論できなかった。
しょぼくれながらもご飯は食べる。飛鷹さんが持ってきてくれたのを残すなんてできない。
「ごちそうさまぴょん、飛鷹さんにお礼を言っといてぴょん?」
「嫌よあんたが言いなさいよめんどくさい」
「ぴょぇん」
「あいつらに会いたくないのは分かるけど、わたしの知ったことじゃないし」
だが、不可解だ。
ポーラや熊野には普通の態度なのに、卯月にだけあの露骨な嫌悪。同じ前科持ちなのになにが違うのか。
どれぐらいって、松と竹以外は食堂以外で会ってさえいない。会いそうになると回避してしまう。それぐらい嫌悪されている。
卯月がどうなろうがどうでもいいが、作戦進行に支障がでるのは認められない。
卯月も同じことが疑問だった。理由が分からないので余計気落ちしてしまうのだ。
彼女たちが来てからまだ一日も経っていないのにこのザマ。協力できなければ勝てないと知ってる分、余計に辛い。
なにが原因なのか。二人揃って首を傾げる。その時、扉を誰かがノックした。
「金剛デース、卯月サン、いますカ?」
来訪者は金剛だった。
比叡松竹梅の態度が尋常じゃなく酷いですが、相応の理由があります。造反者って以外にも理由があります。それは次回ということで。