理由は分かるが納得ができない。他の前科組と比べて異様に嫌悪され続けた卯月は、さすがに気分が落ち込んでいた。
あまり顔を合せたくなくなり、部屋に立て籠もっていたところに、金剛がやってきた。
卯月たちは金剛とテーブルを挟み、カップに入ったお茶をグイっと呑む。
「どうですか
「砂糖とミルクマシマシが良いぴょん」
「わたしコーヒーの方が好きなんだけど」
「ワッツ? 泥水が好きとかありえな──コーヒーもナイスネ!」
今しがた英国面が垣間見えたが見なかったことにする。満潮の顔は引きつっていた。
と、まあ。やってきた金剛が振る舞ってくれた紅茶を、卯月は堪能していた。食事を運んで来ていた満潮も流れで参加している。
食堂とかではなく、卯月&満潮の自室でやっている。
三人は狭いし、来客をこの殺風景極まった部屋に入れるのは無礼だと卯月は言ったのだが金剛がそれを断ったのだ。
もちろん理由はある。でなければクソ害獣の卯月となんぞお茶しない。金剛がやってきたのには理由がある。彼女がこの部屋に拘ったのも聞かれたくない話題だからだ。満潮はそう踏んだのだ。
「
金剛はテーブル越しに、深々と頭を下げる。客人でしかも相手方の部隊の旗艦。さらに卯月たちは前科持ち。そんな相手に頭を下げる。金剛の謝罪は本気だ。
「別に、蔑まれるのはとーぜんだぴょん。うーちゃんだって逆だったらそーするぴょん」
そりゃ仲間を撃ったクソったれと仲良くしろってのは無茶だ。卯月もそれは理解していた。納得できないのは、なぜ卯月だけが、突出して嫌われているかだ。前科持ちは他だって同じなのに。
「それについて、説明をしに来たんデース。あの態度には
「なんでそんなことを? 説明する理由なんてあんの?」
「謝罪だけじゃ十分ではないのデース、迷惑をかけたことへの、対価と思って貰えれば十分ネ」
「対価ねぇ……なんの問題解決にもならないんじゃないの」
痛いところを突かれた金剛が、ばつの悪そうな顔をする。満潮の言う通りだと卯月は思った。嫌悪感の原因を知ったところで、それが自力でどうにかなる問題とは思えなかった。時間の無駄と言っても良い。
「いいや、教えて欲しいぴょん」
「良いんデスカ?」
「うん、まずうーちゃんは『納得』したいぴょん。それが優先だぴょん」
今一番こころに引っ掛かっているのは、理由が分からないからだ。納得できればまた感情や状況が変わるかもしれない。
まあ、それ以外に選択肢がないってもの大きいが。
「
「構わないぴょん」
「私たちのテートクは、『
藤、藤提督か。当然知らない名前である。
しかし金剛はルーキーと言ったが、着任一年目で大規模作戦の中枢戦力を任せられているのだ。ルーキーでもかなりのやり手なのは間違いない。
「ただ、新人のテートクには、
「んで、それがどう関係しているのよ?」
「この補佐ですガ、主に引退した元テートクがつくケースが多いんデース」
引退の理由は様々だ。怪我や個人的事情、年齢によるものなど。しかし長い間経験を積んだ人材を遊ばせるのはもったいない。新人提督からしても先人の知恵を直接学ぶことができるメリットがある。
「卯月が嫌われているのは、この補佐が
「ワッツ? なんでだぴょん」
卯月は首を傾げる。
引退した提督が新人の補佐をした結果、凄まじいヘイトを浴びる。
意味不明とはこのことだ。まさか金剛が嘘を吐いているわけでもあるまい。補佐の人がわたしを嫌ってるから、連鎖してるとかだろうか。
「まさか」
金剛はとても話しにくそうだった。それでもなんとか、苦しそうに口を開いた。
「藤提督の補佐は、
卯月の目的は達成された。
嫌悪されている理由について『納得』することができたからだ。
しかし同時に、卯月のこころは深く抉られた。
「て、提督が、いるのかぴょん」
「
「なるほどね、合点がいった。つまり比叡や松たちは、卯月の犠牲者から直接話を聞いていた……だから嫌う」
「Yes」
神提督は重傷から助かった、後遺症で提督業への復帰は困難だった。間宮越しとはいえ、泊地棲鬼の主砲を受けたのだ。余波でも人間には致命的だった。
しかし経験はある。神元提督は新人の藤提督のところへ、補佐として着任したのだ。
鎮守府壊滅という悪評はすべて卯月が背負ったので問題にはならなかった。
「神テートクは、卯月の造反を
「そんな」
「当たり前でしょ、でなけりゃ他人に話したりしないわ」
他人に言わざるをえないほど、神補佐官は卯月を憎んでいる。その憎しみは話した人にも感染する。
ニュースや連絡で聞くのとはわけが違う。
惨劇の当事者から直接聴いたのだ。伝わり方が違う。
結果、比叡や松たちは神提督をそんな目に合わせた、卯月を徹底的に忌み嫌うようになった。
「けど話を直で聞いたとしても、随分な影響力ね」
「元々大本営お墨付きのテートクとして、有名でしたカラ。
「そっかぴょん」
神補佐官が信頼されていることは、ちょっと嬉しかった。わたしへの態度以外は、昔とそう変わっていないと卯月は思う。
「ん? 金剛もうーちゃんがなにしたか聞いてるぴょん?」
「聞いてるケド?」
「じゃぁなんで、ふつーに接してくれるぴょん?」
金剛だけは普通の態度だ。卯月の前科(冤罪)を知っていたら、松たちのような態度が普通だ。
当然冤罪については話せない。言ったところで大本営が絡んでるので無駄だが。
「ワタシは直接
「直接?」
「造反と聞いてるケド、やむにやまれない事情かもしれないネ。大本営がでっち上げた
「!!」
金剛の一言に卯月は目の色を変えた。まさか、その可能性を考えてるとは思っていなかった。
「結果は
「どうせなら金剛も嫌ってくれれば良いのに」
「うるせぇぴょん、紅茶飲んだらさっさと立ち去れ部外者」
「は? わたしの部屋よ忘れたのド腐れ脳味噌?」
いかん、満潮なんてカスカスのカスに構うのは無駄な行為だ。
なんであれ、金剛の接し方はとても嬉しいものだった。
この状況は全て仕方のないものだ。全て承知で前科戦線に来たのだ。それでもキツイものはキツイ。だから金剛の態度が救いになる。
「あの、神提督はほんとにうーちゃんを憎んでるぴょん?」
「分からないネー、そうかもしれないケド、冤罪の可能性を考えると、話が別デース」
本気で判断がつかない様子で、金剛は頭を捻る。
「卯月の冤罪を『磐石』にする為、誰もそれが冤罪だと疑わないように、あんな言動をしてるかもしれないデース」
それしかない。卯月は信じる。
卯月の造反は冤罪だ。神補佐官のミスを擦り付けるためだ。だが負い目を感じた神補佐官は、卯月が前科戦線で生きられるよう取り計らった。それが真実だ。
これを誰かが疑い、冤罪だと露見した時、神補佐官は今度こそ失脚する。大本営の信頼は失墜する。
どんなに完璧な奇襲で、神補佐官に落ち度がなくても責任をとらなければならない。その展開は誰も望んでいない。卯月自身もそうだ。
だから神補佐官は、偽のエピソードを広めたのだろう。卯月は推測する。
偽のお話でも、大多数が信じればそれは『真実』になる。
それは嘘だと誰かが言い出しても、大半は信じなくなるだろう。神補佐官及び大本営は、その為に卯月の裏切りを話し続ける気だ。
未来永劫裏切り者として語り継がれるのだろう。仕方ないけど気が滅入ると言うのが正直な感想だった。
「はー、そーゆーことかぴょん」
「言ったからといって問題が解決する訳じゃないケドネー」
「そうよ、どうすんのよ、あんた旗艦でしょなんとかしなさいよ。こんな面倒な空気が続くのは御免だわ」
問題は解決していない。嫌悪感の理由が分かったし納得できたが、空気の悪さをなんとかしないと作戦に影響が出る。
「そもそも神って奴が口を滑らせたのが原因じゃない」
「まさか神テートクも、前科戦線、卯月と
「口は災いの元って言っときなさいよ」
かといってどうしたもんか。困ったものだと卯月はうめき声を上げる。
誰が悪いとかそういう問題ではない。
松たちに真実を伝えれば、神補佐官の行動は無駄になる。それ以外の方法を考えるしかない。
三人とも頭を捻りながら妙案がないか考える。卯月も頭から煙を出しながら思考し続ける。
「うん、ギブ、わたしには無理」
「ヘルプミー! 私も限界デース!」
「知らないわよ!」
全員関係改善に必死だった。作戦遂行に関わることだから、本気で悩んでいるのだ。
その光景を見た卯月は、ふと思った。
「なんか、イライラ、してきたぴょん」
理由を知り、卯月は納得した。
それによって感情の整理ができた。結果浮かんできた感情は、松たちへの『苛立ち』だった。
「は?」
「いや、ムカムカしてきたぴょん。なんでうーちゃんたちがここまで悩まなきゃきけないぴょん」
「まあ、そうだけど」
松たちがやって来たのは、卯月に協力を仰ぐためだ。前科戦線の任務外の要望を出しているのは松たちの方である。
迷惑、面倒をかけると、申し訳なさそうにするのが普通だ。協力してくれてありがとうと言われるべきだ。
だが、なんだこれは?
頼んできたクセになぜここまでコケにされなければならない?
前科持ちのグズなのは認める。ここはそういう場所だ、間違っても尊敬される部隊ではない。
それでもだ、最低限の礼儀があるだろう。頼む側としての礼儀が、艦娘のクズだとしても。あの態度はなんだ、ふざけている、なめている、コケにしている!
「いや! ガチギレぴょん! なんだぴょんあいつらは! なにしに此処に来たんだぴょん、任務と私情も分けられねーのかぴょん!?」
「卯月!? どーしたんデース!」
「やかましいぴょんポンデリング二号!」
「二号!? ポンデリング!?」
頭をガシガシかきむしりながら、卯月は怒鳴り散らす。冷静になって気づいた。こんな不条理あってたまるか! 言ってるだけならともかく、頼んでる立場であれはない。
「金剛、一応聞くぴょん! 金剛が言ってあいつらは態度を改めるかぴょん!?」
「
「よっしゃ、決定ぴょん!」
こめかみに血管を何本を浮かばせて、卯月は廊下へ駆け出した。なにをする気だと満潮と金剛は追いかける。
卯月が向かった先は、松たちの部屋だった。中から活動音が聞こえる、中にいると卯月は判断した。
「仕返しの時間ぴょんオラァ!」
卯月は怒りに駆られるまま、松たちの部屋の扉を全力で蹴破った。
「痛ぁ!?」
丁度扉に寄りかかっていた松が、派手に吹っ飛ばされた。
「松姉!?」
「あ、ごめん、予想外ぴょん」
本当に予想外だ。不測の事態だわたしは悪くない。卯月は軽く謝って済ませようとした。
「ごめんじゃねぇ、いきなりなにしやがる!?」
「あ゛あ゛!? なにしやがってんのはてめーらだぴょん分かってねーのかこのタコッ!」
「意味分からないわよ!?」
松と竹は当然憤慨する。奇襲攻撃をしかけた上因縁をふっかけているようにしか見えない。しかし卯月からしたら事情が違う。
「このうーちゃんに協力してと頼みにきたのに、ふざけた態度とるからぶっ飛ばしにきたんだぴょん」
「ふざけてんのか、お前みたいな裏切り者に頼むなんて本当なら願いさ」
「やかましいッ! だったら最初から頼むんじゃねぇぴょん! 協力してもらうが礼儀は払わねぇってか、都合の良いこと言ってんじゃねぇ、うーちゃんはプッツンしてるんだぴょん、理解したかこの脳味噌雑木林!」
さりげなく松型そのものを侮辱する卯月。意図してのことだ。ぶっ飛ばすと言ったが、正当なルールに沿っていなければならない。そのルールに引き摺りこむ為の挑発だ。松に扉をぶつけたのはラッキーだ、竹がより怒るからだ。
「うーちゃんは、てめぇら雑木林に『演習』を挑むぴょん!」
「演習だと?」
「そうだ、負けたら勝った奴に絶対服従、恨みっこなしのルールに沿って半殺しにしてやるぴょん!」
それは口実でしかなかった。もはや関係改善など微塵も考えていない。ボコボコにしてやる。そうすればスッキリする。卯月はそうしたかっただけだった。
無論、負けたら松たちに絶対服従だ。それもそれで、自分を納得させられるからヨシ。あとはこいつらが乗ってくれるかだ。
「待って竹お姉ちゃん、これは挑発だよ?」
「悪りいな桃、俺は我慢できない。裏切り者にしては良い提案をする。神提督と仲間を殺した痛みを、味わわせてやりたかったんだ」
「そうね、どうしたって一緒に戦うんだもの、お互いの手の内は知っておくべきだわ」
松は最もらしいことを言うが、内心は竹とそう変わらない。桃も一応諫めはしたが、卯月をギタギタにしたい気持ちは同じ。強くは引き留められない。
「待ちなさいよ、そんな私怨での演習、高宮中佐が認めな──」
「良い、提案ですね」
「不知火!?」
突然背後から現れた不知火に、満潮と金剛は驚く。
「中佐には不知火から伝えておきます、ルールに沿って誠実に、『演習』を行いましょう」
こうして、ルールに沿う半殺しを目的にした演習のゴングが鳴らされたのであった。
松たちからすると、人を後ろから撃つような輩に背中を預けなければならず、挙げ句その蛮行の被害者一号から詳しく話を聞いているという状況。
これで警戒するなという方がムチャという。
藤 江華提督の名前の由来は……
言えません。
ある種のネタバレなので。
本人が登場したらお話しましょう。