卯月が松たちに不条理な扱いを受けていた原因は、彼女たちの鎮守府に補佐官として復帰していた、卯月の元提督神躍斗が原因と判明した。
しかし、卯月の前科が冤罪だと思われてはいけない。そのために必要な行動だったと、卯月は自らを納得させた。
だが、それでも松たちの態度は許せなかった。完全にプッツンした卯月は松たちに演習という名目の『決闘』を挑んだ。
ほぼ思い付きの行動だったが、意外なことに不知火が認めた。不知火の意思は高宮中佐の意思。彼女の許可がとれたことで、準備はトントン拍子で進んでいった。
そしてその日の午後、演習の準備が整った。卯月は艤装を受け取りに北上のいる工廠を訪れていた。
「北上さーん、いるかぴょーん?」
「いるよー」
「やっぱ上かぴょん」
工廠のリフトに乗って北上が現れた。卯月の艤装も同時に運んでいた。
「いやぁビックリした、いきなり演習なんて」
「うん、うーちゃんも驚いてるぴょん」
「いやなんで言い出しっぺが……ああ不知火?」
コクリと卯月は頷く。不知火の許可は嬉しいが理由が全く分からない。風紀が乱れそうな戦いなんてむしろ拒否しそうだが。
「最初から軽く演習するつもりだったんじゃないの? 卯月のを口実にしただけとか」
「まあ、なんでも良いぴょん。ボコボコにしてくるぴょん」
卯月的には松たちを痛め付けることができれば良い。生意気な態度を後悔させてやる。
「いや、もしかしたら……不知火も、キレてるかも」
「へ? 不知火が? なんでだぴょん?」
「あいつらは卯月を侮辱している。分かる? 間接的に前科戦線を、即ち中佐を侮辱している」
そう、なんだろうか?
理屈は合っていると卯月は思うが、だからってキレないと考える。仮にキレても演習に乗ってきたりしないだろう。仮にも中佐の秘書艦なんだし。
なんて考えていた時期が卯月にもあった。
「なんであんたいるの」
「不知火も参加するからですが」
「その心は?」
「よくも中佐を侮辱しましたね八つ裂きです」
こいつ秘書艦に向いてないんじゃね?
卯月はそう思ったが、怒りの矛先が変わりそうなので黙ることにした。
「なんでもいいわ、さっさと始め」
「なんで!? なんで那珂先輩がいないの!? 桃、あいつを叩き潰したいのに!」
「駆逐同士の戦闘に軽巡がいたら、戦力が片寄るからです」
松型三隻に対して、前科戦線は卯月、満潮、不知火の三隻を演習相手にした。駆逐同士の戦いにするためだ。これで一隻軽巡ではバランスが崩れる。
「それに軽巡を入れたら勝負にならないので」
「へぇ、そう」
「ハンデは必要です、これは演習ですから」
やっぱり不知火も頭にきてるじゃない。
怒り心頭の他人を見て、卯月はちょっと冷静になる。
挑発された松たちも、明らかに苛立っていた。血生臭い戦いの予感が充満していた。
「
演習エリアの中央を挟み、それぞれ指定の位置に移動する。主砲や魚雷は全てダミーだ。それでも痛めつけることは可能だ。卯月はそのつもりだ。
「スタート!」
金剛が信号弾を撃った瞬間、二つの駆逐隊は相手目掛けて突撃していく。
「撃て!」
旗艦の不知火の合図に合わせて、砲撃戦が始まる。
どちらも砲撃だが傾向は違う。卯月たちは広範囲に、松たちは一か所に集中して弾幕を張る。スペックの差によるものだ。
卯月が足を引っ張っているが、不知火と満潮は二連装の主砲を使う。対して松たちは単装砲、弾幕の密度に限界がある。ならば一か所に絞り、確実に撃破を狙う方が良い。
そして、松たちが集中砲火をするのは卯月──では別になかった。
演習中に私情を挟むほど、松たちは馬鹿ではない。
卯月はそのことに安堵した。実戦でわたしに攻撃することはないと分かったからだ。
「クソッ近づけないぴょん!」
なので自分を囮にする戦法は使えない。
松たちは卯月たちが近づくルートを潰すように弾幕を張る。ルートを変えれば即座に砲撃を変えてくる。三隻が一斉に、同じ狙いで動ける。徹底した連携に卯月たちは阻まれる。
不知火たちも砲撃はしているが、松たちとはベクトルが違う。
前科戦線の戦い方は、とにかくリスクを減らすやり方だ。当たらなければいつか勝てる。掠り傷は敗北に繋がる。その為に広範囲に砲撃を行い、行動の選択肢を狭めていく。
逆に言えば、弾幕が広がる分回避し易くなる。松たちは砲撃を見て確実に回避していた。お互いに膠着状態、様子見のような状態が続いていた。
「今です、突撃を」
それを変えたのは、不知火の一声だった。
彼女に従い卯月と満潮は主砲を撃ちながらも、松たちに向かって突撃する。その直後さっきまでいた場所に松たちの主砲が一斉に着弾する。
「外れた!」
不知火は自分を含めて、自分たちが一か所に集まるタイミングを意図して作っていたのだ。それは攻撃を誘発するためだ。全員が一斉に撃てば、再装填のラグが生まれる。安全に突撃できるようになったのだ。
だが松たちも素人ではない。一瞬で再装填を終え、迎撃の弾幕を張る。
「反撃がくるわ!」
「このままいきます、お互いに援護してください」
「難しいことを言うなぴょん!」
「不知火に追従すれば突破できます」
松たちは再び進路を塞ぐような集中砲火を張る。卯月たちはその中へ飛び込む形になった。回避できる量ではない、そう思った。
だが不知火は、弾幕を全て回避していた。ほんの僅かな砲撃の隙間を縫うように、しかし速度は落とさずに突っ切っていく。
艦娘三隻分の集中砲火を浴びたにも関わらず、不知火は一切の無傷だった。その後ろを通った卯月と満潮も同じだ。
接近に成功した三人は、松たちの側面に向けて砲撃を放つ。松たちも即応し反撃を撃ちながら回避する。
それでも、主砲の掠り傷が確認できた。ここまで近づけば命中率は相当上がる。逆もそうだが、不知火と満潮はそう簡単に被弾しない。
卯月だけがダメだった。
「当たった!?」
回避運動が甘かったのだ、主砲を撃つことに集中し過ぎていた。誰かの攻撃が肩を掠ってしまっていた。小破判定を受けている。三人の中で卯月だけがダメージを負ってしまう。
「……どちらにしても、狙いはあいつね」
「なら俺がやる、援護してくれ!」
二人の会話は卯月にも聞こえていた。同時に竹の主砲の照準が卯月に合わさる。一番弱いわたしから確実に落としていくつもりだ。
竹の主砲が発射された──あとにはもう眼前だ。この距離だと到達までが数秒しかない。これが本来の速度なのだ。
顔面クリーンヒットをギリギリのところで回避する。お返しと言わんばかりに卯月も竹へ攻撃するが、既に竹はやや後方へ下がっていた。
どういう動きなんだ。遠くからわたしを狙い撃つつもりなのか。と考えている間に、松と桃が卯月に主砲を合せていた。
「ボサっとしてんじゃないわよ!」
すかさず満潮が援護に入る。松が主砲を撃とうとしたタイミングに合わせて、満潮は攻撃していた。松は回避しつつ攻撃しようとしたが、不知火が回避後の位置を狙っているのに気づき、攻撃を中断する。
だが、桃は誰の妨害も受けていない。彼女の攻撃は卯月が自力で回避しなければならないのだ。
「くたばっちゃえー!」
狙いが一人なら狙いはつけやすくなる。回避困難な場所へ次々へと攻撃が撃ち込まれる。なんとしても竹のところへ行かせないつもりだ。
竹はなにかを目論んでいる。その前に阻止する。卯月は弾幕へ飛び込んでいく。
「バカ卯月! 行くんじゃないわ!」
「当たらないぴょん、竹は任せるぴょん!」
これぐらい突破できなければ訓練の意味がない。機関出力を上げて、卯月は正面から走り抜けていく。
回避、できる。隙間が見えるようになっている。着実に成長していると、卯月は実感した。
「違う、誘き寄せてんのよ!」
「へ?」
だがそれは罠だった。卯月は、自分が満潮たちと分断されてることに気づいた。竹との一対一に持ち込まれた。桃の攻撃は『近づかせたくない』と思わせるブラフだった。
「かかった、くたばれ造反者!」
まだだ、一対一ならなんとかなる。包囲されてるわけじゃない。卯月の考え方は紛れもなくフラグだ。
竹は卯月を包囲するように雷撃を放った。だが、数が尋常ではなかった。
「なんだぴょんこの数は!?」
竹の搭載している魚雷の数は、普通の駆逐艦を凌駕していた。北上の属する雷巡クラスの雷装が積まれていた。
それが一斉に、卯月一人に襲いかかる。
逃げるには竹に近すぎる。魚雷の射程距離外へ逃げるのは不可能だ。相討ち覚悟で竹に襲いかかるか、頑張って回避するかの二択。
「当たるかぁーっ!」
卯月は回避を選んだ。球磨からの説教があったからだ。自分を犠牲にする戦い方は避けるようになっていた。
ただ回避するだけではたりない。主砲や爆雷を叩き込み魚雷を処理しながら、ほんの僅かな隙間を掻い潜る。それに集中させまいと、竹が狙いを定める。
「逃がすかよ!」
「そうですか、不知火も同じです」
「じゃあ桃が活躍するよー!」
「あんたの出番はないわ」
卯月を支援しに不知火が現れた。松と桃は一時的に満潮が押さえ込んでいる。短時間だが、卯月が生き延びる時間は稼げる。
竹からの妨害がなければ、なんとかなりそうだ。卯月は一層集中し、魚雷の処理速度を上げていく。
あと少しで、逃げ道が作れる。
安堵したその瞬間、予想外の事態が起きた。
誰も予想できなかった事態だった。
「ぴょん?」
なにかのスイッチが切れたかのように、卯月は一歩も動けなくなった。
正確には足は動く。
しかし艦娘のように、船のように海上を走れない。
艦娘の機能が喪われたような感覚だった。
「動かない? 俺をバカにしてんのか?」
「いやいやいや違う違う違う待ってちょっと今それどころじゃな」
「トドメを刺してやる」
竹は主砲を撃った。真っ直ぐで、回避は簡単な一撃。しかし今の卯月は動けないわけで。
「あじゃぱーっ!?」
顔面にペイント弾丸が直撃し、頭から真っ赤になり、卯月は倒れた。轟沈判定であった。
そのあとの演習結果は、卯月的にはどうでも良かったが、前科戦線の勝利だった。
卯月が回避さえしなかったことに首を傾げた竹が、不知火の不意打ちをくらい轟沈判定。松と桃はダメージあり、その差で前科戦線が勝利となった。
「そんなことはどうでも良いぴょん!」
と、演習結果を説明する金剛に怒鳴る。松たちの卯月への好感度はまた下落した。いやもう底辺だが。
「Yes、卯月になにか、Accidentがあったみたいネ」
「バカにしてたんじゃなかったんだな」
金剛だけではない。間近で見ていた竹も同じ意見だ。卯月になにがあったのか。この異常事態を見極めるべく、全員が工廠に押し掛けていた。
「てか竹はなんで気にするぴょん」
「あんな演習の終わりかた認めるわけないだろ。やりなおして、お前をちゃんと潰したい」
「おお! 始めてうーちゃんと思いが一致したぴょん」
竹は卯月を無視した。卯月はやはりショボくれた。茶番を他所に北上は艤装を解体していく。眉間によるしわは深くなっていく。
解析は進んでいる。しかし解決への糸口は見えてこない。
「どうだぴょん」
「内部に不調は見られない、異常も起きてない、なんだこれ」
卯月が海上で動けなくなったのは、間違いなく艤装側の不調だ。卯月自身に問題が合ったら動けないどころでは済まない。卯月の成長についてこれなくなってオーバーヒートしたのかも、そう思い調べたが、故障はただの一か所もない。
「これは、アレかなぁ」
「アレ? ワッツ?」
「卯月ー、ちょっとさー、艤装装備してみてくんない?」
北上は分解した艤装を組み直して台座に置いた。卯月は言われるまま背中を艤装に押し付ける。接続ユニットとかはない。摩訶不思議なパワーで磁石のように艤装と背中がくっつく。それが艤装の装備方法だ。
当たり前の方法で装備してなにがしたいのか。卯月はその理由を思い知る。
背中をくっつけた後、膝を立てて立ち上がる。
だが、艤装は台座に置かれたままだった。
卯月の背中に艤装はくっつかなかった。
「えっと?」
卯月だけではない。金剛や松、満潮も目を丸くして、この異常事態を見ていた。
「もう一度やるぴょん」
背中を艤装の接続面に押し付けて立ち上がる。今まではこのやり方で艤装との接続ができた。同じやり方を卯月は何度も試した。
それでも艤装は、卯月に繋がらなかった。こうなれば卯月でも誰でも、なにが起きているのか理解できる。
「艤装に
「そういうことだね。艤装に接続できなかったら、とーぜん動かせない。海上で止まった時点で、リンクはほとんど切れてたんでしょう」
「いや、なんでだぴょん!?」
そういうことじゃねぇと卯月は叫ぶ。なんだ接続できないって、そんなことどうやったら発生するんだよ。
卯月の考えている通り、艤装の接続ができなくなるなんてことは、今まで確認されていない。前代未聞の事態だった。
「分かんない、艤装だって謎技術が多いからね。まあ沈まなかっただけマシだよ。演習の時完全に切れて、艤装の力がゼロになってたら」
「戦闘中でなかったのは、不幸中の幸いネー」
「そうだけど、本当に原因は分からないのかぴょん?」
このまま艤装と接続できなかったら、わたしはどうすれば良い。どうやって戦えば良いんだ。報復の機会が完全に消えかけている。予想だにしなかったラストに、卯月は泣きそうにさえなっていた。
「やっぱり、アレだよねぇ」
「原因があるのかぴょん!」
なら原因を解決すれば良い。そうでなければわたしは終わりだ。卯月は北上の次の言葉を待った。
「不知火、言っていいのコレ?」
「……止むを得ないでしょう。言わなければ卯月は今後、戦えなくなってしまいます」
「そうだそうだー、なんか分からんが言えぴょーん」
なにを隠してるのか知らないが、戦えないのは困る。不安から早く解放されたいと卯月は喚きたてる。その様子を見て北上は、とうとう観念し重い口を開いた。
「
「…………ぴょん?」
想定外どころか天をぶち抜く一言が、卯月の脳天に叩き込まれた。
第12話 訓練
「……北上さん、これって、ホントにうーちゃんの艤装かぴょん?」
「どういうことさ」
「なんか、なんというか、パワーが出きってない感じがするぴょん」
↑これが艤装が他人のものという伏線です。