戦艦水鬼のすくう最終海域へ卯月たちは突入を仕掛けた。
だが突入方法はヘリからの降下。二回目で慣れていない卯月は情けない悲鳴を上げながら落下していた。
からだを広げれば速度は落ちるが、そんなことをすれば対空砲火の的になる。ギリギリまで速度を落とさずに、速やかに降下しなければならない。
顔が変形しそうな風圧に耐えながらも、海上の敵に狙いをつけ、主砲を放つ。
空中からの奇襲にあった深海棲艦は混乱している。降下しながらでも狙いやすい。
敵艦隊の牽制に成功したメンバーは、無事海面へと着水した。
卯月は無事ではなかった。
着水だけ失敗して、頭から水面にめりこんでいた。見た深海棲艦が動きを止めるほどに無様な姿である。
「はは、笑える」
前科メンバーに手伝ってもらったので、無事着水した竹が卯月を見て笑った。
「なんつったぴょんてめー!」
「うるさいです二人とも、敵はまだいますよ!?」
不知火の言葉に卯月と竹は意識を改める。空中からの攻撃で結構減ったが、まだまだイロハ級は大勢湧いていた。
幸い包囲されてはいない。しかし時間の問題だ。
「強硬突破するのよね」
「No、急いでdamageを受ける方がdangerデース! 水鬼までは傷を抑えて行くネ!」
「なら球磨たちの仕事だクマ」
「お願いしマース!」
前科戦線と金剛たち。役割は決まっている。
前科戦線が取り巻きを始末し、金剛たちが水鬼を叩く。重要性が高いのは金剛たちだ。彼女たちを極力水鬼戦まで温存することが作戦成功に繋がる。
「イロハ級ごときが、邪魔するなクマ」
「ですわね、とぉーう!」
熊野と球磨の二人が、最奥に陣取っていた戦艦級に狙いを定める。有効打を与えるべく、敵艦隊を掻い潜り接近していく。イロハ級は挟み撃ちだと猛攻を加えるが、二人には一発も当たらない。
「短絡な連中ね」
「お、自己紹介かぴょん?」
「全員死になさい」
満潮の一言はイロハ級か卯月、どっちに対してか。
熊野たちを狙うイロハ級は無防備そのもの。満潮と卯月は横腹へ砲撃を次々に撃ち込む。回避運動をしてはいるが、単純な動きでしかない。
しかし、少し戦えばイロハ級でも理解する。
あの戦艦たちを守りたいのだ。ならそれを攻撃すればいい。
砲撃の雨から辛うじて脱出した個体が、金剛たちに狙いをつけた。その時、周囲に影がかかった。
「ダメよ、甘いわね」
その個体の上空には、飛鷹の艦載機がひしめいていた。逃げ場も助けてくれる仲間もいない。
砲撃の雨を抜けた敵は、飛鷹が始末していた。また一隻深海棲艦が沈んでいく。
ただの一隻も、金剛たちに傷はつけられない。有効打を撃てる戦艦クラスも、クマクマコンビに次々と殺られていく。
なお不知火は万一に備え、金剛たちの側にいる。そこまで接近できる敵はまったくいないが。
かといってこの状況は望ましくはない。
水鬼の随伴艦と戦う力を残しておきたい前科戦線としては、こんな雑魚とは戦いたくないのだ。
使う弾は最小限にしているが、減ることに変わりはない。
その状況を好転させる一言を、金剛が叫んだ。
「もう
イロハ級の群れに、誰かが放った雷撃が突っ込んでいった。桁外れの量。雷巡の攻撃だ。
「遠くに人陰を確認したわ、金剛、これはそういうこと?」
「Yes、私たちの友軍ネ!」
「少し、遅れていたようですね。まあ許容範囲内です」
金剛たち、藤鎮守府の艦隊が遠くに見えた。誰なんだか分からないけど味方だ。
はるか遠距離から次々と撃ち込まれる攻撃に、敵艦隊は身動きがとれなくなった。離脱の最大のチャンスだ。
支援艦隊は砲撃を繰り返しながら距離を詰めていく。その最中、卯月はたまたま友軍の顔が見えた。
彼女たちは卯月には気づくな否や、露骨なまでに嫌悪感に満ちた顔に変わった。
「はー、またかぴょん」
ホント、どんだけ嫌われてるんだわたしは。
しかし、卯月の造反(冤罪)は艦娘の世論そのものに無視できない影響を与えている。
深海棲艦に変異しなくても、裏切る可能性が証明されたのだから。
艦娘の社会参加そのものへの致命的影響。まっとうに頑張ってる人からすれば、最悪以外のなにものでもない。
さすがに作戦遂行中なので、卯月を後ろから誤射する人はいなかった。
そんなことをすれば裏切り者の卯月と同じだ。そう考えているのだ。同類にはなりなくない。そう考えているのだ。
ここまで続くとうんざりしてくる。卯月は深く深くため息をつく。神提督はどんだけおぞましい作り話を披露したんだ。仕方ないけど。仕方ないけど!
「ホントにSorryネ……」
「気にすんなぴょん、このうーちゃんが造反しないことは、この戦いで証明されるぴょん」
裏切る素振りを一切の見せず、仲間のため作戦成功のため戦えばあの友軍もわたしを認めるだろう。
要はちゃんと働けば良いのだ。やることは簡単だと、卯月は気合いを入れる。
「金剛の仲間が抑えてる内よ、速攻で戦艦水鬼まで突撃するわ!」
羅針盤の針が、一方向を刺して激しく揺れる。強力なエネルギーに引っ張られているかのように。この羅針の先には水鬼がいると、誰もが予感した。
金剛たちの友軍が敵を抑えている隙をつき、戦艦水鬼の領域まで前科戦線は走る。
度々敵に横やりを入れられたが、さっきの方が多かった。あそこが事実上の最終防衛ラインだったのだろう。群がるザコもなんなく始末し、卯月たちは奥へと進む。
「なんか攻撃が弛いぴょん」
「前もそうだったのよ、あそこを越えると、もう殆ど敵が出てこなくなる」
「不思議だぴょん」
異様な静けさだ。嵐の前の静けさでもある。
服の裏を蛇が這っているような、嫌な圧迫感が強まる。奥に行くほど海域は赤黒く染まっていく。肌を突き刺す敵意も強まっていく。
最初は軽口を叩いていたものの、次第に少なくなっていき各々警戒に全力を注ぎだす。そして、索敵機を飛ばしていた飛鷹が『敵』を見つけた。
「敵がいたわ、水鬼も随伴艦もいる。もうこっちに向かってる」
「気づかれてしまいましたか、前と同じですね」
比叡が言った通り前回も同じだった。比叡達が発見するよりも早く敵艦隊がこちらを捕捉した。先制攻撃をとられたのも、大打撃を受けた一因だ。
今回は違う。軽空母がいる。だから先──とまではいかなかったが、同時にお互いを認識できた。
しかし隣で見ていた卯月は気づく。飛鷹の顔色がなんだか良くない。
「空母込みのイロハ級……なのかしら、これは」
「どうしたんだぴょん、イロハ級はイロハじゃないのかぴょん」
「見れば分かりマース、もう来ますヨー!」
金剛が戦闘態勢に入った。その時にはもう敵艦隊が視認できる範囲に来ていた。恐ろしく速い。駆逐棲姫のような瞬間加速ではなく、基本の速度が速い、だいたいの駆逐艦より上の速度を持つイロハ級だ。
「って、は!?」
速度なんぞどうでもよくなる特徴を、そのイロハ級はしていた。卯月だけではなく初見メンバー全員が絶句していた。
「顔が、ない」
例えイ級でも上位クラスの個体でも、深海棲艦には顔がある。
だが目の前のイロハ級には『顔』がなかった。目も鼻も口もない。のっぺらぼうと言う他ない。
「気持ち悪いわね……」
「あのFaceに怯んだのも、Damageの原因デース」
「やだー、桃あの顔見たくなかったのにー、二回も視るなんてー」
別に桃じゃなくても、その顔は見たくないだろう。
顔がないからってどうということはないが、不気味なことは変わらない。てかキモイ。そういった要素も時に戦局を左右する。油断してはならない。
その証拠に、顔無しのイ級はもう目の前に到達していた。
「早いっ!?」
満潮の顔に、口内の主砲が突き付けられかけていた。
寸前に満潮は顔無しの腹を力づくで蹴り飛ばす。姿勢が上に逸れ砲撃が虚空へ飛んでいった。反撃の攻撃を試みた時、今度は別の顔無しが満潮を挟みこもうと迫っていた。
そして、砲撃が放たれる。
この距離なら回避可能と踏んだが、砲撃速度そのものもかなり早まっていた。計算を間違えた満潮は回避しきれず、服の端っこが千切れた。
「満潮さん!」
「掠り傷よ、心配要らないわ!」
「敵空母艦載機を発艦……してるクマ! 飛鷹!」
「もう上げてるわ!」
この動きに対応すべく、飛鷹はすでに艦載機を発艦。敵空母と激しい制空権争いを繰り広げる。熊野も支援するため水戦を飛ばす。
「よし、うーちゃんは水鬼をメタメタにするぴょん!」
「不知火と対空砲火をしつつ前衛を援護する役です今度はどんなお仕置きがお望みですか」
「顔無しどもかかってこいぴょん!」
卯月は泣く泣く顔無しの相手をすることにした。本当は水鬼を殺したかったけど。仇討ちしたかったけど!
でも仕事だから我慢します。卯月は名残惜しそうにしながら、不知火とともに対空砲火を始めた。
顔無しの放つ艦載機。その物量は普通のイロハ級を凌駕している。ヲ級一隻が空母棲姫クラスの艦載機を保有している。
それに対してこちらは飛鷹一隻。熊野が水戦を飛ばしているがとてもじゃないが手数が足りない。球磨も水戦を飛ばすが、焼け石に水でしかない。
「数が多いからって、慢心しないでよね」
飛鷹の航空機はそのどれもが熟練だ。深海の有象無象とは力量が違う。まるで後ろに目でもついているような動きで、着実に艦載機を撃破していっている。
だが数の減りが遅い。
艦載機を操りながら、飛鷹は違和感に気づく。簡単に落とせるのと、そうでないのが入り混じっているのだ。
なぜ練度が一律ではない? 極端にぶれている?
違和感を感じながらも飛鷹は攻撃を続行する。不知火と卯月の対空砲火のおかげで、制空権は徐々に奪いつつある。
「フッフーン、オニューの艤装はご機嫌ぴょん! 菊月には悪いけど!」
前々とは艤装の馴染み方がまるで違う。
自分の動きと艤装の動きに時間差がない。わたし自身も艤装の力をより引きだせている。敵艦載機の空爆も今まで以上に回避できるようになっていた。
なにより敵艦載機の動きが読める。
直感的に、どこへ行くのか勘で分かる。特効が強く働いている証拠だ。なぜ随伴艦にだけ特効があるのかは分からないが、敵を倒せるなら何でもいい。
一方、顔無しを前科戦線が引き受けたおかげで、金剛たちは容易に戦艦水鬼に接近することができた。
最奥に陣取っていた水鬼は、金剛たちが近づいても迎撃も逃亡もせず、そこで待ち構えていた。
「アノ赤毛ノ駆逐艦、彼女ハ特効ヲ持ッテイルノネ」
特効艦のせいで、水鬼は不利になっている。
しかし彼女は動じる様子を見せない。怒っていもいないし苛立っても、卯月を憎む様子もない。
深海棲艦としては珍しい個体だと金剛は思う。前回交戦した時ももそうだったが、ここまで落ち着いている個体は余り見ない。だいたい怨念の化身なので、恨み節や呪詛を吐く個体が圧倒的に多い。
「Yes、文句は聞きませんヨ?」
「文句ナンテナイワ、殺シ合イダモノ。手段ヲ選バナイノハオ互イ様ヨ」
「
「顔無シヨ、見レバ分カルデショ?」
顔無しは手段を選ばなかった結果なのか。顔無しはそんな兵器なのか。ただの高性能なイロハ級にしか思えないが。
しかしその高性能ぶりは、金剛たちの艦隊の大半を大破へ追い込むほどである。とっておきの兵器であることは間違いなかった。
「どーゆー兵器かは」
「言ワナイ。ソコマデ、オ人好シジャナイノ」
「そーなりますネー!」
水鬼が淡々と腕を上げる。すると背中の艤装が動き出す。耳をつんざく絶叫を放ちながら獣人型の艤装が主砲を掲げた。
水鬼が落ち着いている分、荒々しい部分は全て艤装が持って行ったかのようだ。
「沈ミナサイ」
戦艦の主砲は高威力だ。姫級の主砲は超威力だ。その中でも最上位に近い戦艦水鬼の砲撃はほはや異次元の威力だ。
発射されるだけで、空気が爆発し海面がはじけ飛ぶ。直撃も掠り傷もやばい。傍を通っただけで衝撃波が撃ち込まれる。
それでも、一度は交戦した相手だ、戦い方は分かっている。金剛は主砲をギリギリで回避し、衝撃波を装甲で受け止める。
「
「とれたら、比叡とお姉さまで決めます。なので空母を倒してください!」
「分かりました、松たちに任せてください!」
空母群は水鬼の更に背後から、艦載機を飛ばしている。飛鷹たちが抑えている間にそれを叩かなければいけない。
水鬼の脇を潜り抜けて、松たちが空母群へ接近する。
水鬼はそれを、別に止めなかった。
「見逃した、とかじゃないですネ」
「旗艦ハ貴女デショウ、貴女カラ殺スワ」
「やらせるわけないでしょう、比叡たちを舐めないでください」
戦艦同士の激突が始まった。空気が弾け海面が揺れるほどの、凄まじい攻撃の応酬。その衝撃は前線を越え、卯月たちのいる後方にまで聞こえていた。轟く轟音を聞き、卯月は身震いをしながらも、一層やる気を滾らせた。
一回目の交戦時、前科戦線は戦艦水鬼とはほとんど交戦せず一撃だけ入れて立ち去ってます。なので顔無しの存在には気づいていません。
前作では
顔無しがどういった兵器なのかは、次回、少し分かります。