そんなことより8周年の卯月書き下ろしを見ましたか。あれはきっと改二のお告げに違いない。
前科戦線に着任するかどうか、改めて聞かれたわたしは、着任を選んだ。
地獄には違いないけど、生きることができる。
わたしは生きたいのだ。
また神少佐に会うため、そして深海凄艦に報復するために。
この前科戦線で戦うと、もう決めたのだから。
高宮中佐に着任を宣言したあと、わたしはすぐに眠ってしまった。
なにせ半年間昏睡してたのだ、少し動くだけでもからだの負担は大きい。
不知火に車椅子で運んでもらい、医務室のベッドに転がり込む。
詳しい話諸々は、また明日してくれるとのことだ。
急激に押し寄せる疲労に身を任せて、わたしは一瞬で眠りについた。
その夜、夢をみた。
見知った仲間たちと、間宮さんの朝ごはんを楽しむ。これは、前の鎮守府の記憶だ。
このあとは、いつもどおり訓練に勤しむ。
船のときと、人の体では戦い方がまるで違う。センスのある艦娘だと数日で慣れるらしいが、あいにくわたしにセンスはなかった。
それでも一ヶ月後やれば、基礎訓練は終わる。
ここからは、戦闘技術の向上がメインだ。今日からその訓練をする予定だった。
「卯月、提督が呼んでいる」
「提督が?」
「出撃だそうだ」
「ってことは、初陣かぴょん!」
あわただしく、菊月と一緒に執務室に入る。
いつもと違う、どこか緊迫した空気を感じる。神少佐は地図を広げて、一点を指差す。
「鎮守府近海に小型深海棲艦を発見した、駆逐艦数隻を軽巡一隻が率いている」
「珍しいな、こんな近くまでくるのは」
「本隊からはぐれたんだろうね。なんにせよ、卯月の初陣にはちょうど良いと思ったんだけど、どうかな?」
遂に、きた。
守護者としての使命、睦月型の力を見せる最初の戦いだ。
「うーちゃんにどーんと任せるぴょん!」
「頼もしいかぎりだ、でも、無茶は駄目だよ、分かっているね」
「当然、命大事に、だぴょん」
戦闘訓練だけじゃない、座学もやった。
まず教わるのは、『轟沈してはならない』原則だった。
恐ろしいことに、艦娘が沈んでしまうと、そのまま深海棲艦に取り込まれてしまうのだ。
開戦当初は知られておらず、それはもうボッコボコにされたらしい。
だからいま、艦娘を沈めるような戦法はNGになっている。
そんなことをする提督はクビ、どころか利敵行為で始末されることもある。それほど、深海凄艦は恐ろしい敵なのだ。
「万が一もおこらないように、護衛の子もつける。安心して戦ってきてほしい」
「了解ぴょん」
「それと、ちょっと良いかな?」
手招きする神少佐に近づくと、なにやら白い布を手に取る。そしてわたしの右肩に結び付けた。
「これは?」
「願掛け……と言えば良いのかな、みんなしてるだろう? 帰ってこれますようにっていう願掛けだよ」
そういえば、間宮さんも菊月も、同じものをつけていた。
ようするに、決戦のときつけるハチマキみたいなものか。悪い気はしない。なんだか、やっと真の意味で、仲間になれた気分だ。
「提督、時間は大丈夫か」
「そろそろ、いやピッタリだね。艤装の準備もしてある、訓練の成果をぼくたちに見せて欲しい」
「ふっふっふ、目ん玉飛び出る戦果をあげてくるぴょん!」
「軽巡と駆逐艦しかいないがな」
「菊月はちょっと黙ってるぴょん」
艦種の問題ではないのだ、そうに違いない。
とにかく、これが初めての出撃だ。緊張以上に胸が高鳴る。工廠への廊下を走るわたしのこころは、これまで以上に昂っていた。
どんな敵にも負ける気がしない、訓練で身に着けた自信に押されて、わたしは海へと飛び出す。
「駆逐艦卯月、出撃ぴょ──」
目の前が真っ暗になった。
*
「ッ!?」
バッと目を開ける。さっきまで広がっていた海はない。
装備していた艤装も消えている。というか、仰向けで寝ている。制服ではなく、白い病人服を着こんでいた。
「ゆめ、かぴょん」
そう自覚すると、だんだん記憶が戻ってくる。
ああそうだ、わたしの記憶は、あそこで途切れた。パソコンが落っこちたように、いきなり舞台の暗幕が降りたように。
また幕が上がった時には、造反の罪で解体寸前だったことも。不知火に助けられて、前科戦線に着任したことを思い出す。
ここは施設の医務室だ、昨日高宮中佐に改めて宣言して、そのまま爆睡してしまったんだ。
「こっちが夢なら良かったぴょん……」
前科戦線に着任したのが悪夢で、神少佐のところで活躍する方が現実じゃないかと、今でも割と本気で思っている。
しかし、現実だとは理解できている。そうでなければ、この胸の
記憶も実感もないのに──確かに、憎悪だけは感じられるからだ。
仲間を殺されたことへの怒りがある。記憶がなくても、それは消えていない。
この憎しみが、現実だと証明している。まあそれでも、現状を信じ切れないわたしもいるんだが。
実感が持てないのが、けっこう大きく影響している。
「うん、やっぱり夢に違いないぴょん」
もう一回寝て起きたら、変わっているかもしれない。卯月は速やかに毛布を被る。
「おやすみなさーい」
「んなわけないでしょうが」
速やかに毛布を引っぺがされた。不知火だった。
「酷い、悪魔だぴょん!」
「今日から忙しいんです、起きるぐらいはできますよね」
「うっ! 持病の冷え性が……」
チラッと不知火を見る。
「…………」
小動物なら目力だけで殺せそうだ。
卯月は名の通りウサギ、小動物である。卯月は不知火に睨まれる。
キュッと心臓が締め付けられる、生命の危機が迫っていた。
「おはようございますぴょん、今日も元気に頑張るぴょん」
「よろしくお願いします」
なんとかからだを起こすも、からだのあちこちからピキピキと軋む音がする。
半年間寝ていたのだ、からだもかなり鈍っている。まずは体力を取り戻さないといけない。
「どのくらい動けますか」
「……かなりキツイっぴょん」
「やはり、ですか」
ぶっちゃけ立つこともままならない。
顔を洗うどころか、トイレも難しい。かなり困った状態だ。時間的にも、もよおしておかしくない。いったい、どうすればいい。
「しばらくは補助が必要ですが、ずっとわたしがいることもできないですし」
「秘書官の仕事ぴょん?」
「ええ、そうです。まあ今日ぐらいまでなら時間はありますので、おいおい考えましょう」
「ほーい、で今日はなにするぴょん」
「まずは挨拶ですね」
「むう、清廉潔白を地で行く正直者うーちゃんが馴染めるか……」
「行きますね」
不知火の目が冷たいのは気のせいだ。
実際、前科持ちの艦娘とやっていけるかは不安がある。
まあ、当たって砕けるしかあるまい。卯月と不知火は、医務室の扉を開く。
なんか床に、全裸の女性が転がっていた。
「……うん?」
「あ~、シラヌイじゃないですか、
「朝です」
気の抜ける間延びした声で、全裸の女はワイングラスを振る。
空っぽだ。
泥酔しているのは明らかだが、いやだからって全裸になるか普通。
そこで卯月は冷静さを取り戻す。
人と考えるから混乱するのだ。
艦娘は元々軍艦、服なんて着ない。つまり彼女は、より元に近い存在ということだ。
卯月は納得した。
「この物体も前科持ちかぴょん?」
「いやせめて生き物と認識してください」
不知火に指摘によって、卯月は認識を改める。
信じがたいが、これは真っ当な艦娘らしい。
全裸だが。
始めて会う仲間一号ということだ。
全裸だが。
「あれぇ~、知らない子がいますね~、どなたでしょ~か?」
「半年前からいましたが」
「そうでしたっけ、ポーラ、忘れちゃいました~」
この露出狂はポーラというのか。
名前からして海外の艦娘だが、そんな先入観は簡単に吹っ飛ぶ。
顔を赤らめ、二へラと笑いながらこちらへ這いつくばってくる。酔い過ぎて立てないのか。いったい何時まで飲んでいたんだ。
「
「わたしは睦月型の卯月だぴょん」
「ウヅキ、ですね」
ポーラはフラッフラの千鳥足で、なんとか立ち上がる。あいさつぐらいはちゃんとする気らしい。ちょっとだけ安心した。
いくら前科持ちと言っても、そんな常識・礼儀もなかったら色々困る。
「ポーラ、覚えました、よろしくお願いしまオエッ」
突発的に、赤らんだ顔が青くなった。
爆発するまで、一秒もかからなかった。
ポーラの口から、虹がスプラッシュする。不知火が直前でどついたものの、すべては回避できなかった。
ようするに、ちょっとかかった。
「……おい」
「
「じゃあなんのせいぴょん?」
「この体ですよ~、呑むと吐く人間の体が悪いんですよ~」
「片付けはしてくださいねポーラ」
不知火の顔は見えなかった。
けどポーラの顔がそりゃもう真っ青になっていたので、察することはできた。もちろん止める気はなかった。
「お風呂行きますか」
「わあい、うーちゃんお風呂大好きぴょん」
「わたしもです」
「あ、ポーラもです~」
わたしたちは速やかにお風呂へ急行する。後ろから聞こえるポーラの声は気のせいだ。いや、そもそもポーラというのは、わたしが生み出した幻覚だったのかもしれない。可能性は高いだろう。
だが、かかった液体が、現実だと突き付けてきた。あれが前科持ちの仲間という訳だ。まじかよ。
「あんなんばっかぴょん?」
「あれは最悪のパターンです、他はマシです」
「どのくらい?」
「……7.7ミリ機銃と12.7ミリ機銃ぐらいは違います」
誤差じゃねえか。人間基準なら大きな差だが、艦基準だと誤差でしかねぇ。
「彼女はまあ、見ての通りアルコール中毒なので。あとは脱ぎ癖があるぐらいです」
「それを最悪って言うんだぴょん」
初対面でシャワー(比喩)をかけられて良い印象があるわけない。いやもうホント最悪である。
「あれ、それだけじゃないぴょん?」
アルコール中毒は病気だ、前科ではない。ここは前科戦線であり、病院船ではないのだ。まあ、病院船が逃げ出す気もするが。
「まあ、酔っぱらって暴力沙汰になったとか、露出で問題になったとか──」
「密造です」
「……ああ、梅酒とかかぴょん」
「いえガッチガチの、ワインとかウイスキーとか」
「生まれる時代間違えたんじゃないかぴょん?」
禁酒法時代のアメリカでもあるまいし。そもそもなんで買わないで自分で作ろうと思ったんだ。不知火に聞くと、うんざりした様子で答えてくれた。
「飲みすぎて金が尽きたからです。なので自分で作ったそうです」
「クズだったかぴょん」
「いえ、それだけなら謹慎処分ぐらいだったんです。ただ密造が原因で……」
ここ前科戦線は、解体寸前の重罪をおった艦娘しかいない。
言っちゃ悪いが、密造はそこまでいく罪じゃないそうだ。謹慎とか減俸が打倒なところ。つまりポーラは、それ以上の何かをしているのだ。
「鎮守府爆発させたんです」
どうやらわたしの耳が悪いようだ。酒作ってて鎮守府爆発なんて、何の話やら。
「作った酒の度数が高すぎて、気化炎上からの爆破沙汰を起こしたんですよ。鎮守府の四分の一が吹っ飛びました」
「どんな酒を造ったんだぴょん、どんなのを!」
もう駄目だった。
前科戦線送りしかなかった。
テロを疑われてもおかしくないぞ。いや、実際疑われたに違いない。だからこんな地獄行きになっているのだ。
「一応鎮守府の端っこでやっていたので、怪我人はポーラ自身を除いていなかったんですが」
「許される訳なかったから、懲罰部隊行きかぁ」
「そういうことです、彼女の前科は『密造』及び『施設爆破』です」
納得いった。爆破テロもどきをおこして、お咎めなしは無理がある。
しかし、そんな経緯で送られたのに、あいつには酒を止めようという感じが全くない。現状を正しく理解しているのかも分からん。
「あれ、反省しているかぴょん?」
「少なくとも爆破事故は起こしてないです。ただ御覧の通り勤務態度がアレなので、お勤めの期間はほとんど減っていません」
「そんなことだと思ったぴょん」
結局、アルコール中毒が治らない限りはどうにもならないのだ。卯月はわずかに同情した。病気は仕方がないのだ。
「入渠でアルコール依存症は治ってるんですけどね、肉体、精神依存どっちも」
プッツンと音がした。主に吐かれたことへの恨みだった。
「……なんで解体しないぴょん?」
「戦力としては使えるからです」
「さいでっか」
マジで、ここで戦うの?
今更ながら卯月は絶望していた。どいつもこいつも前科持ちと言っていたが、しょっぱなから飛ばし過ぎていた。
「おそうじが、終わりました~」
またアレが現れた。やはり全裸のままだった。ぶっちゃけ見るに堪えない。今気づいたがとんでもなく酒臭いし。
「まだ服着てなかったんですかあなた」
「ど~せお風呂入るんですし~良いじゃないですか~」
「良くないです」
「そんな~、これでもポーラ反省してウッ」
「二度目は本気で怒りますよ……?」
他は多少マシとはいえ、大差ないに違いない。
「うーちゃん帰りたいぴょん」
偽りなき本音だった。
楽しいですと嘘を通せるほどわたしは強くなかった。
ここは前科戦線、吹き溜まりの行きつく底の底。天井を見上げる卯月の目は死んでいた。
あとポーラは結局吐いた。
ポーラの扱いがアレな気はしますが、元々ぶっ飛んだキャラに前科を加えるとなると、ああなるしかないと思います。
なお前科戦線にザラ姉さまはいません。