自爆装置を、ただの気絶装置に変えたことは誤りではないと不知火は考えていた。
卯月を自爆させる訳にはいかない。まだ彼女には使い道がある。金剛たちが危険に晒される可能性があったとしても、殺す選択肢はあり得ない。
絶対に生きて連れて帰る。それが高宮中佐から受けた密命だ。その為には不知火が卯月の相手をしなければならない。他のメンバーでは殺す危険が残る。
それに、卯月の危険性を承知で出撃を許可したのは高宮中佐だ。正規メンバーの不知火と飛鷹が率先して卯月と戦わなければ、メンツが立たない。
「アハハハ! 死ね死ね、ぜーいん、沈めっぴょん!」
欲望の赴くまま攻撃を乱射する卯月。主砲が掠めた箇所が燃えている。速度が速すぎる。摩擦熱だけで着火していた。すぐに海水で消火した後、不知火は全員に一斉に指示をだす。
「卯月さんは不知火と飛鷹が止めます、金剛さんたち元々の指示通り、前科メンバーは顔無しの始末を優先!」
「平気なんですカ!?」
「問題ありません、不知火たちが責任をとる。出撃前にそう言いました」
卯月は、体中に溢れる力に酔いしれていた。全能感のまま主砲をやたらめったら乱射する。
こんなに強くなれるし、気持ちよくなれるなんて。艦娘止めて良かったと心の底から思う。こうしてくれた水鬼さまには感謝の気持ちしかない。
「不知火、相手は任せたわよ!」
「当然です」
暴走する卯月を不知火は直接止めにかかる。飛鷹は逆に被害が出ないよう立ち回る。無差別に乱射される主砲を艦載機で攻撃し、金剛たちや球磨たちに当たらないよう妨害をしていく。
その光景を見て、面白くないのは卯月だ。
「このうーちゃんを、二人で押さえるつもりかぴょん、バカだぴょん」
水鬼に忠誠を誓った卯月は、とにかく敵を多く沈めることを目的としていた。一隻沈めれば水鬼に貢献できる。そして卯月自身も裏切りの背徳感を味わえる。だから、不知火と飛鷹の相手を馬鹿正直にする理由はない。
「抑えられるなら、抑えて見ろだっぴょん」
「抑えますよ、必ず」
「へぇ、でも満潮はもう、死んだっぴょん。もうできてないぴょん」
と言って、卯月は一瞬で姿を消した。
あらゆる身体能力が上がっている。溢れる力に卯月は興奮していた。
卯月の狙いは、金剛たちだ。
不知火や飛鷹が守る対象である、金剛たちを沈めた方が、より絶望させられる。楽しめると考えたのだ。
一番近くにいた、比叡の近くへ着地する。
「やっほー、うーちゃんでーす」
「な、いつの間に──」
「死ぬのだぴょん!」
比叡の首元に主砲を突き付けた。一瞬でこんなに接近できたことに卯月自身驚いていた。
卯月はじゅるりと舌なめずりをする。絶望に染まった比叡の生首が転がる様子を思うと、更に興奮できた。
そして、トリガーが引かれた。
「させませんから」
「って、また不知火かよ!」
不知火は軌道を予測していた。発射された後の砲弾を阻むように攻撃していた。それでも完全回避はできなかった。逸れた砲弾が比叡の艤装を掠める。そこは一瞬で赤熱し融解した。速度と摩擦熱だけでこうなった。
「駆逐艦の威力ですか、これが!?」
「もうザコなんて言わせない、水鬼さまの下僕になれたおかげぴょん。感謝してもし足りないぴょん」
「哀れな」
攻撃する不知火から、卯月は距離をとる。不知火や飛鷹がいる限り他の連中は殺せない。しかし前科戦線で一番強い二人を殺すには時間がかかる。どうしたものかと、卯月は苛立ちを募らせた。
そう思った時、背後から大量の艦載機が現れた。発艦させていたのは、顔無しの空母だった。気づけば卯月の周囲に顔無しが集まっている。指示を出したのは戦艦水鬼だ。水鬼は卯月を見ると、優しく微笑む。
「使ッテイイワヨ」
「良いんですか!?」
「確カ貴女ノ仲間ダッタンデショウ、ソノ方ガキット良イワ」
水鬼さまが、また気遣ってくれた。頭が真っ白になりそうな多幸感と同時に、手を煩わせた申し訳なさが沸く。ここまで頼って下さってるのだ、応えたい。大好きな水鬼さまに、もっと喜んでもらいたい。それがわたしの幸せだ。
「ふふ、また一緒だぴょん……」
顔無したちを見た卯月は、懐かしい感覚を覚えた。
まさか、また神鎮守府の仲間たちと一緒に戦えるとは。しかも水鬼さまの為に。二度と会えないと思っていた仲間に再開できた喜びで胸がいっぱいになった。
「みんな、飛鷹を抑えるぴょん!」
顔無しは返事をしない。まあ口がないから当然だが。でも指示は聞こえたのか、飛鷹に攻撃を集中し始めた。
これで、思う存分殺していける。わたしを邪魔する存在はいない。
「うーちゃんの本当の力、見せて上げるぴょん!」
卯月は全員に攻撃を始めた。飛鷹がいなければ攻撃を止めることはできない。不知火一隻では全ては止めらない。
回避はできるが、しかし金剛たちの前には水鬼がいる。回避だけに集中できないのだ。彼女たちの顔は間違いなく焦りに染まって来ている。
「ああっ、楽しい! 楽しいよぉ……アハハハ!」
その様子を見ていると、また気持ちよさが弾ける。
今まで守ろうとしてたもの。大事だったものが壊れていく。台無しになる。それも自分自身の手で。
背徳感が堪らない。ゾクゾクしてしまう。それに、昔の自分を否定すればする程、水鬼さまの道具という実感が強くなっていく。身体も記憶も、全部あの御方の色に染まりたい。足りない、もっとそうなりたい。
艦娘だったら、罪悪感で潰れていただろう。でももうそんなの止めた。侵略者としての悦楽を、心の底から楽しむ。艦娘の心が壊れていく。
そうすると、更にこころが真っ黒に染まっていく感覚がした。力も増していく。快楽がますます溢れだす。多幸感に卯月は狂い続けていく。
その猛攻に、不知火は卯月から離れてしまっていた。今の卯月は完全なフリーだ。誰でも自由に狙うことができる。
卯月の赫い眼光は、桃を捉えた。
「満潮の次は、お前だぴょん」
「桃狙いなの!? 嘘ーってか本当にピンチなんだけど!?」
「大丈夫だぴょん、すぐに死ぬぴょん!」
バカなのかな? 可哀想に。卯月は侮蔑の愉悦を味わいながら、桃へ急速に近づいていく。
前の卯月を圧倒的に越えた攻撃速度に、桃は対応できていない。金剛たちも同様だ。無理に動こうとすれば、水鬼がその瞬間に砲撃するだろう。
「桃逃げろ!」
「む、竹かぴょん、雷撃ぴょん?」
「妹に近づくんじゃねぇ!」
竹が、残る全ての雷撃を放つ。
演習でも追い込まれた大量の雷撃だ。逃げるルートそのものが殆どない。あるにはあるが、距離を取られてしまう。
けど、今のわたしなら行ける。
全能感に任せて、卯月は──跳躍した。
「……ウソだろ」
無数に撒かれ、隙間の存在しない雷撃。
だが、波の動きやそれによる速度の差で、一瞬隙間ができることはある。
卯月はそこ目掛けて、跳躍を繰り返していた。
「おーい、逃げないのかぴょーん」
超人技を披露しながら、更に砲撃を畳み掛けていく。空中で撃っているのに姿勢が崩れない。身体能力が
そして卯月は竹の前に着地した。魚雷を撃ち切った竹の方が殺しやすい。大破した桃はいつでも殺せる。
「ごめんぴょん、約束破っちゃって」
と、卯月はとびきり申し訳なさそうな顔をした。その口角は上がりきっていた。
「でも、しょうがないぴょん。こんな気持ちの良いこと知っちゃったら、使命とかそんなのどうでも良くなっちゃったぴょん」
「てめぇ、あの怒りはどうしたんだ!」
「あーあれ? アッハッハ、そんな黒歴史忘れたぴょん」
愚かにも深海棲艦、水鬼さまを殺そうとしてた記憶なんて、一刻も早く消したい。これまでのわたしが残した証拠を全部なくしておきたい。だから竹も殺すのだ。
強化されてなくても、外さない距離。
この後起きる惨劇を思いながら、卯月はトリガーを引く。
その時、卯月の死角から攻撃が放たれた。
「卯月ぃぃぃぃ!!」
目を血走らせ、殺意を滾らせながら現れたのは、満潮だった。
卯月は攻撃を跳躍して回避する。竹へのトドメを刺し損ねた。楽しみを邪魔された怒りより、生きてたことへの衝撃が勝る。
「満潮!? 生きて」
「死ぬわけないでしょうがあんなもので! そんなことよりも良くもやってくれたわねこのクソザコのウジ虫が! 絶対に許さない今殺す!」
あまりの剣幕に卯月は若干引いた。目は血走り口から血が流れ、あちこちに火傷を負っているのに凄い迫力だった。
「満潮! 殺すのはダメです! 回収をし」
「やかましいわどいつもこいつも役立たずの上隠し事なんてしやがって!そんな奴が命令するんじゃない!この裏切り者は今日今地獄のふちに沈めるのよ!!」
不知火の制止さえガン無視。命令違反を躊躇なく実行する姿に、卯月は苦笑いを浮かべた。
「は、はは、まあちょうど良いぴょん。今のうーちゃんなら、一切の躊躇なくお前を殺せるぴょん」
「こっちのセリフよ。なにがなんだか分からないけど裏切ってくれてありがとう、あんたを抹殺する大義名分ができたわ!」
「お前については水鬼さま関係なしだぴょん、殺す!」
満潮だけはある種の例外だ。痛めつける想像をしても、殺す瞬間を思い浮かべて、嫌悪感しか湧いてこない。最初から大嫌いなので背徳感とかそういうのもない。卯月は主砲を撃ちこんでいく。
かすっただけで装甲が融解するような破壊力。満潮は激昂しながらも、回避を優先せざるをえない。その状況でも反撃していくが、卯月は全て回避していく。
有利なのは卯月の方だ。一発だけでも当てれば勝てるのだから。
だが、先に当てたのは、満潮の方だった。
「はっ!? なんでだぴょん!?」
「動き方が変わってないのよ、速くなっただけで、わたしに勝てるか!」
方向転換の一瞬の隙を正確に狙われた。当たる直前腕で弾いたので、ほぼノーダメージだ。
それでも満潮は回避しながら、着実に攻撃を当てていく。少しずつだが、ダメージが累積していっている。
「
卯月の命令に従い、残る顔無し全てが満潮へ殺到する。他の艦娘がフリーになるのは承知していた。それよりも前に決着をつければ良いと卯月は考えた。
「そいつら、あんたの仲間だったんでしょ、なにも思わないの!?」
「急になんだぴょん」
「聞いているのよ、答えなさい」
なんでそんなどうでも良いことを聞く? 卯月は首を傾げたが、冥土の土産に教えてやってもいいかと思った。
「顔無しに加工されたことを心の底から感謝してるに決まってるぴょん」
「なんでよ」
「深海棲艦さまに殺されたこと自体、最高の幸せだぴょん。しかも死んだ後も、水鬼さまに使って頂ける。今は仲間だったうーちゃんの為にも戦える。天国さながらの気分を味わってるに違いないぴょん」
今の卯月にとって、艦娘や人間の命は全て深海棲艦への捧げ物だ。深海棲艦の為なら全てが幸せになれる。殺されることさえ気持ちが良い。それが彼女の常識だった。さっき私が殺した個体も、あの世で喜びに震えているだろう。
「という訳で、お前も命を捧げろぴょん!」
「誰がっ、ざけんな!」
「可哀想だぴょん……この幸福を知らないまま死ぬなんて」
そう思うと、やはりわたしは幸運だ。この快楽を知れたのだから。水鬼さまに選ばれたことへの優越感。選んでくれた甘美感が合わさり、底なしの情愛へ変わる。
「見下げた奴、そこまでクズに堕ちたのね! 戦艦水鬼なんてのアバズレの奴隷に!」
「違うぴょん、生まれ変わったんだぴょん! てか水鬼さまになんつった!?」
「アバズレよ、それとも淫売? ビッチ? いずれにしても変態に違いないわ」
落ち着け、あんなのは断末魔でしかない。実際満潮はほとんど動けなくなっていた。顔無しの砲撃に空爆、それでも回避しているが、時間の問題だ。
満潮は、それらを回避し、迎撃しながら突撃してきた。被弾面積を最小限に抑えているが、ダメージは深刻になってきた。それでも来る。何発か確実に当ててくる。
「悪あがきも、これで仕舞いぴょん」
そこへ卯月は、大量の雷撃を放った。
わずかな逃げ道全てを塞いでやった。遂にあの満潮に止めをさせる。やっと顔を合わせなくて済むと、卯月は安堵した。
「それは貴女の方です」
不知火が、大量の雷撃の中へ割り込んできた。不知火は雷撃に向けて、砲撃と爆雷を一気に叩き込んだ。
魚雷が爆発させられ、大量の水柱が立つ。卯月は一瞬不知火を見失ってしまった。
「そこかぴょん!」
すぐに発見し、主砲を撃ち込む。
だが、それらは、更に上からの銃撃に軌道を逸らされた。上を見上げた時、空を飛ぶ水上戦闘機が目に入る。
「熊野と、球磨かぴょん!?」
「そうです、卯月、あなたの動きはもう見極めています」
「くそ、でもうーちゃんには
「ムダですよ、見てみなさい」
呼んでも顔無しが来ない。満潮を襲っていた顔無したちが、那珂一隻に押さえ込まれていた。顔無しの動きも読み終わっていたのだ。空母の顔無しは飛鷹に抑えられている。時間があれば突破できるだろうが、それじゃ間に合わない。
「チッ、役に立たない連中だぴょん!」
「もうお終いです、この悪夢は」
「ふざけるな、私は睦月型駆逐艦四番艦の卯月だぴょん、お前なんかに負けるものかぴょん!」
妨害がなくなり、不知火は悠然と卯月に接近する。卯月はまだ諦めない。不知火は卯月を捕獲するつもりでいるので、殺す気がない。そこにつけいる隙があると卯月は考える。
「溶けてなくなれぴょん!」
卯月は誘発材の塗られたナイフで切りかかる。目視さえ困難な速度を出せている実感があった。
しかし、不知火の方がなお早かった。
「その戦い方を教えたのは、不知火ですよ」
身体能力では勝ってる筈なのに。
ナイフを持った方の手首を掴まれた。すぐ振りほどき、もう一度切りかかるが、それも対処される。
やること全てが、完全に対応される。卯月の余裕が消えて、焦りが募る。
「な、なんでだぴょん!?」
「不知火が、不知火たちの全力が、あの程度と思っていたんですか?」
「舐めプをしてたのかぴょん!?」
「戦術です。卯月さんを確実に仕留めるための。そして気づきませんか……貴女の速度も落ちてることに」
不知火の拳が、鳩尾にねじ込まれた。
「が……!?」
連撃が身体のあちこちに叩き込まれる。あまりのダメージに意識が失われていく。逃げようとしても、身体のどこかしらを掴まれる。
卯月は間違えた。不知火の強さを見誤った。
後悔しても、もう遅い。
一方的に殴られながらも、卯月は呪詛を吐き捨てる。
「あり得ない、水鬼さまの為に戦ううーちゃんが、こんな連中に負けるなんて!?」
「それは単に卯月さんが弱いからです、前の方がまだ強かったですよ」
「嫌だ! まだ、私は、水鬼さまのお役に立てていないのに! 誰も殺せないなんてやだぁ!?」
なんの貢献もできなかった。誰も殺せなかった。あんなに優しくして貰ったのに。
悔しさと罪悪感に涙が溢れ、卯月は泣きじゃくる。汚く、ぐしゃぐしゃになった顔面に、不知火がストレートを叩き込む。それが止めになった。
全身の感覚が薄れる。身体が冷たくなり、意識が暗闇へ消えていく。
「ごめんなさい水鬼さま、ごめんなさい……ごめんな……さ……」
水鬼への懺悔を叫びながら、造反者卯月は意識を失った。
不知火の全力戦闘はまだ未解禁。正規メンバーなので、その気になれば前科組を全員ねじ伏せられるのは間違いないですけど。
暴走卯月はとりあえず気絶。目を覚ました時正気に戻っているかは分からない。戻ってたら戻ってたで、メンタルぐしゃぐしゃ待ったなし、大丈夫かコレ。